■鳩の系譜■
追軌真弓 |
【6334】【玄葉・汰壱】【小学生・陰陽侍】 |
――翼ある者の自由を投げ捨て、地を這う者よ。
地に落ちたわずかな富を拾い集める者よ。
――望み通りその翼、手折ってやろう。
失われたものの価値に嘆くがいい。
白金、黄金の価値など取るに足らぬと気付くがいい。
――鳩の系譜に連なる者よ。
今夜だけは温かな翼に顔を埋めて眠るがいい。
――夜と昼との狭間と共に、我が手が伸びるその時まで。
ゆっくりとドアを開けた先には、おびただしい羽毛が散っていた。
豪奢な天蓋付きのベッドにも、優美な曲線の脚を持つサイドテーブルにも羽根は降り積もっている。
家具はどれも高価な印象だったが、統一感のないそれらに囲まれた私は居心地が悪かった。
灰紫色のそれを一つ手に取ってみたが、見覚えのある色なのに何の羽根なのか思い出せなかった。
「鳩の羽だ」
見たままを隣にしゃがみ込んでいた青年、和鳥鷹群が言った。
童顔だが、戦闘にあたれば剣さばきは確かな青年だ。
和鳥に言われて私も納得する。
公園や街角に群れをなす鳩たち。
手にしていた羽根を落とし、和鳥が立ち上がり振り返った。
視線の先、部屋の外には依頼者の夫人が不安げに立っている。
この部屋の持ち主である夫人で、朝目覚めたら部屋一面に鳩の羽が部屋に詰まっていたという訳だ。
たまたま結城探偵事務所を訪れていた私は、人手が足りないという結城の言葉に便乗して、和鳥の調査の手伝いを申し出た。
私の行動の根底に、好奇心があるのは否定しない。
和鳥が手にした日本刀の刃を引き抜くと、彼の傍らに清楚な女性が実体化する。
剣精・紅覇は刀に宿った人工精霊で、彼らが追う怪異――『狭間』に対抗する武器だ。
「狭間の気配がまだ残っています」
紅覇は部屋を見回して言った。
「この部屋に来た奴が何かわかるか?」
和鳥の問いに一瞬紅覇は夫人を見、きっぱりと言った。
「おそらく禍仙――濡羽かと。
一度魅入られた濡羽から解放されるには、濡羽を倒さなければなりません」
意味のわからない単語が並び、夫人の不安は一層深くなっていったようだ。
和鳥は表情を少し和らげ、微笑んだ。
「ご安心下さい。
手掛かりがある以上私どもはそれを必ずたどり、倒しますから」
安心したのか、夫人の身体からも幾分緊張が取れた。
夫人に聞いてみると、数日前から部屋に鳩の羽根が落ちていたらしい。
そして羽根の量が増えていくのと比例して、部屋の調度品が消えて行ったそうだ。
「濡羽が訪れた場所には、鳩の羽根が残されます。
おそらく自身が攫うに値するか、様子を伺っていたのでしょう」
紅覇が続けて言った。
「これだけの羽根が残されているとすれば、今日の夕方か明日の朝に濡羽は現われます」
狭間は昼と夜の間の時間に現われる事が多いらしい。
時刻は今昼時を過ぎた頃だ。
「あまり時間がないな。でも、手伝いもいるし大丈夫か」
和鳥の最後の言葉は、私に向けられたもののようだ。
私は和鳥に頷き返した。
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鳩の系譜
――翼ある者の自由を投げ捨て、地を這う者よ。
地に落ちたわずかな富を拾い集める者よ。
――望み通りその翼、手折ってやろう。
失われたものの価値に嘆くがいい。
白金、黄金の価値など取るに足らぬと気付くがいい。
――鳩の系譜に連なる者よ。
今夜だけは温かな翼に顔を埋めて眠るがいい。
――夜と昼との狭間と共に、我が手が伸びるその時まで。
――義務教育ってどうしてこんなに退屈なんだろね?
玄葉汰壱は小学校からの下校途中、高い塀の連なる住宅街を歩きながらぼんやり考えていた。
最近おろした黒いスニーカーを履いた足が、年相応に華奢な身体を乗せて規則正しく歩道を進む。
校門を出た時には歩道いっぱいでおしゃべりしていた子供たちも、一人、二人と流れから離れて行き、今そこを歩いているのは汰壱だけになっていた。
――こっちはわかりきってる事をさー、めんどくさいよ。
今更九九なんかやってられないよ。あれさぁ、暗記するだけじゃん。
陰陽の術式覚える方がよっぽど難しいよ。
汰壱は一見ごく普通の小学生だったが、陰陽五行の力を武器に付加して戦う『陰陽侍』だった。
持ち前の潜在能力を厳しい修行の中で開花させた汰壱は、七歳にして陰陽侍を名乗る事を許された。
しかし将来有望な年若き陰陽侍にも足りないものがあった。
それは陰陽侍の対、陰となる存在の女性。
男女一対、陰陽になぞらえた相手が揃ってこそ、陰陽侍の戦闘能力は最大限まで引き出されるのだ。
陰陽侍の男子は十八歳になった時に、相手となる女性を探し始めるしきたりがある。
が、汰壱はそれが待ちきれない。
――早く会いたいじゃんか、その子にさ。
なんたって、俺の未来の嫁さんだもんな!
この世界のどこかに必ずいるだろう相手を思って、汰壱は笑った。
――どんな子なのかなぁ……。
もう修行は始めてるのかな。あ、もしかして年上だったりして。
俺の後ろついて来てくれるような、清楚でおとなしい子もいいけど……ちょっと気が強くて、一緒に戦うのが似合いそうな子もいいなぁ。
下校途中はあれこれ想像しながら歩くのが汰壱の日課になっていた。
汰壱は放課後も時間があればその相手を探し歩いている。
もっとも、探すあては自分の勘次第というのが心許ないのだが――。
ふと、肌が粟立つような感覚を覚えて汰壱は立ち止まった。
温かな陽射しがもたらす恩恵と真逆の存在感、まとわりつく負の感情にも似た、それは……。
――陰? 確かに女の人の感じだけど、これは……。
こんなのが、俺の相手なはずないだろっ!?
ぶる、と身震いして汰壱は脚を踏み出そうとした。
――けど、気になるよな。
汰壱の足元に、春の強い風がどこからか盛りを過ぎた桜の花びらを吹き付けて去っていく。
その中に紛れていた鳥の羽根が一枚、汰壱のスニーカーに鳩紫の影を落とした。
「……鳩の羽根?」
拾い上げた羽根から陰の気を感じる。
気はすぐ近くの住宅、館と言っても良い大きな家からも漂っている。
――行ってみよう!
汰壱は長く続く塀の先、固く閉ざされた門扉に向かって駆け出した。
「ごめんくださーい」
館の庭に人影を見た汰壱は、インターフォンを鳴らすよりも先にその人物へ向かって声を上げた。
「ここに女の人の気配を感じてきたんですけどー……っ!?」
門扉の向こうに立った青年は、その手にむき身の日本刀を携えている。
汰壱の声に気付いた青年はどんどんこちらに近付いてくるが、刀をしまおうともしない。
――げ、もしかしてヤバイ人!?
左目の下に泣きぼくろのある、やや童顔の青年だった。
不機嫌な表情の青年は門扉越しに汰壱を一瞥し、
「小学生が学校帰りに来る所じゃない」
と言い放って再び遠ざかろうとする。
「待てよっ! 俺はただ、陰の気配がしたからここに……」
汰壱が揺らした門扉が音を立て、青年の足が止まる。
しかし青年を引き止めたのは汰壱ではなく、その傍らに寄り添う女性の言葉だった。
「陰……そう感じられるのですか」
――たった今まで気配が無かったのに。この姉ちゃん、何者なんだろ?
忽然とその場に姿を現した、長い髪を肩に流したワンピース姿の女が汰壱に向かって微笑みかける。
「紅覇、関係ない奴は放っておけ」
「人の本質は年齢に関係無いものですよ、鷹群様。
この方は狭間の気配を感じて、ここまでいらっしゃったのですから」
たしなめられた青年は、姉に叱られた弟のように決まり悪げに唇を結んでいる。
「狭間って?」
汰壱の質問にも、まだ和鳥は口を開くのをためらっているようだ。
「教えて差し上げれば良いではないですか。
少なからずこの方が、魔と戦う力をお持ちだと鷹群様もわかっているのでしょう?」
にこやかな物腰でそう言うと、紅覇は和鳥の腕に寄り添った。
はー、と和鳥は肩を落としてため息をついた。
「わかったよ……とりあえず入れ。
門の前で子供がうろちょろしてると目立ちすぎる」
軋んだ音と共に、汰壱の前の門扉が押し開けられる。
和鳥鷹群と名乗った青年について、汰壱は館の中へと入っていった。
金額的な価値は想像するしかない汰壱だったが、それなりの金額がかけられた家具、調度品があふれているのはわかる。
――成金趣味っぽいけど。
視線を彷徨わせながら歩く汰壱を、ある部屋の前に立った和鳥が手招きした。
「お前が陰だと感じたのは、これだろ?」
覗いた先には、おびただしい羽毛が散っていた。
豪奢な天蓋付きのベッドにも、優美な曲線の脚を持つサイドテーブルにも羽根は降り積もっている。
そしてその場から、汰壱は強い陰の気を感じ取った。
「この部屋の持ち主……ここの奥さんだな。
彼女はお前が感じた陰――俺たちが狭間って呼ぶ魔に魅入られてる。
狭間を倒すのが俺たちの仕事だ」
表向きは普通の調査事務所だが、実際は対魔専門の力を持つ者で構成されているのが結城探偵事務所だった。
今回は調査員の和鳥だけがこの件に関わっている。
彼の傍に常に寄り添う紅覇は剣精と呼ばれ、刀に宿った人工精霊だ。
剣精は彼らが追う怪異――『狭間』に対抗する武器である。
「狭間は昼と夜の間、境界時間に現われる事が多いのです。
もうすぐ夕刻……狭間の現われる時間です。
気の根源が何かお分かりになりましたら、お帰りになるのが賢明かと」
丁寧に帰宅を促す紅覇に、汰壱は言い返す。
「そいつ、悪い奴なんだろ? 俺も一緒にやっつける!」
「お前、今の話聞いてなかったのか。
危ないから帰れって言ってるんだぞ?」
呆れる和鳥に、汰壱はむっと頬を膨らませた。
「だいたいさっきからお前って呼んでるけど、俺には玄葉汰壱って名前があるの!
ちゃんと名前で呼べよっ」
変声期前の子供の高い声で大声を出され、更に和鳥は肩を落とした。
汰壱の意志は変わらないどころか、ますますこの件に興味を持ってしまったようだ。
「……ここの奥さんに、一人助っ人が増えたって説明してくる。
紅覇、俺が戻るまでこいつの面倒見てろ」
「こいつじゃないっ!」
「わかりました」
くすくすと笑う紅覇に見送られ、和鳥は依頼人の待つ応接室へと消えた。
「汰壱様は狭間というものが何かご存じないでしょう?」
「あ、うん」
人工精霊と言っても、全く普通の人間のように紅覇は振舞っている。
心を持った存在のように。
「いくつも重なり合ったこの世界の間に出来た歪み、ゆがみ……そういったものと人の心が作用して、狭間は生まれるのだと言います。
今回私たちが相手にする狭間は、中でも上位の存在――禍仙と呼ばれるものです」
「かせん?」
聞き覚えのない単語の羅列に戸惑う汰壱を椅子に座らせ、紅覇は言葉を続ける。
「災禍、わざわいですね。それを操る仙人と古の人は思ったのでしょう。
禍仙はかつて何度もこの世に現われています。
この羽根を残した者は……濡羽と呼ばれています」
濡羽は暗紫色の和装をまとった女の姿を取ると紅覇は語った。
そして着物の柄に描かれた鳩の羽を解放し、その羽根に触れた部分・物体を異界へと送るのだとも。
「俺が感じたのって、その濡羽って姉ちゃんのことか……」
「羽根にはくれぐれもお気を付け下さいね、汰壱様」
声をひそめてそう言う紅覇に、汰壱は立ち上がってポケットに手を入れる。
「あっ、紅覇も俺が子供だからって甘く見てるな!?」
取り出した白い式符に精神を集中させる。
北天に輝く北極星と、それを中心に回る星々。
陰陽道の主神、泰山府君。
汰壱はイメージを解放した。
――招来!!
「俺だって戦えるんだぜ!」
式符は純白の輝きを放つ剣に変化し、汰壱の手に収まった。
紅覇は目を見張ったが、にっこりと微笑んだ。
「わかっております。
ですから、鷹群様も先ほど汰壱様を『助っ人』とお呼びになったでしょう?」
「え、そうだったかな……」
困惑した汰壱に、戻ってきた和鳥が声をかけた。
「応接室に来い。そろそろ日の入りだ」
西日が差し込み始めた応接室に、依頼人である夫人が座っていた。
部外者である汰壱がその場にいる事も、自分が消えてしまう恐怖と、高価な調度品が消えていく憤りで霞んでいるようだった。
「何でこのおばさん狙われてんの?」
事情を深く知らない汰壱が無邪気に紅覇の袖を引いて聞いた。
和鳥は夫人のすぐ傍らに立ち、その場の気配に神経を配っている。
「……濡羽は人の欲深さを憎みます」
夫人に遠慮した紅覇が控えめに答えた。
――それじゃ、悪い奴ってこのおばさんじゃん。
「……紅覇たちは、それが悪い人でも守るって言うの?」
「守りますよ」
迷いの無い答えが紅覇から返ってくる。
「たとえどんな方でも、私は鷹群様が決めた方をお守りします。
私は古の約定に縛られる身ですが、そんなものなど無くても、人を……鷹群様を守りたいと思っています」
まだ汰壱の心の中には、釈然としない感情がくすぶっている。
――わかんないよ。
「汰壱様が大人になった頃、おわかりになりますよ。
全てをかけても守りたいと思う方が、現われればきっと」
――いつか、俺にもそんな人が……。
「紅覇は……」
「来るぞ紅覇!!」
汰壱が言いかけた言葉を和鳥の声が遮る。
短く悲鳴を上げた夫人の周りに、ふわりと鳩の羽根が舞い降りてきていた。
羽根が触れたテーブルや椅子の背もたれが、泡のように形を溶けさせていく。
横になぎ払った刀の風圧で羽根を飛ばし、和鳥が夫人を後ろに庇った。
紅覇はその傍らの中空に移動している。
「俺も手伝うよ!」
――五行付加!!
手にした剣に金属性を付加した汰壱が駆け寄ろうとするのを、和鳥が拒んだ。
「お前まで消えるぞ!」
「馬鹿にすんなよ兄ちゃん!」
汰壱は陰の気を探り、それを強く感じる一点に向かって剣を突き出した。
両手で持った剣先から確かな手応えを感じる。
――あたりだ!
斜陽の色に染まった応接室が、一瞬で闇の色に染め変えられた。
紅覇とも、夫人ともつかない笑い声がその場に響く。
「……いまだ陰陽侍などという者がいるのか?
とうに滅んだと思っていたわ」
喉の奥で笑いながら、元凶である濡羽が姿を現す。
着物に描かれた鳩たちは、生地の中で生きているように赤い瞳を光らせている。
美しいが酷薄な笑みを浮かべた濡羽は長い袖で口元を覆い、汚らわしいものを見るような視線を依頼人の夫人に向けた。
「その女に守るべき価値などあるのか?
強欲にまみれ、地に落ちた金を拾うのに躍起になっている……そんな女でも?」
和鳥の背後で夫人が息を飲む。
和鳥が一瞬だけ夫人を振り返って笑みを見せ、言い返した。
「人は人の道理で生きている。
どんな人間の命でも、人以外が手を下して冥府へ連れ去る事は許されない」
「ご立派な事……」
とん、と床を蹴った濡羽が和鳥たちに迫る。
「兄ちゃん! 上!!」
汰壱が叫んだ。
一瞬姿を消した濡羽は和鳥の上にその身を躍らせ、黒い扇子を振り下ろす。
扇子に舞った羽根が和鳥の身体に貼り付き、肉を抉った。
「……っ!」
「そこから離れろっ!!」
素早く駆け寄った汰壱の剣が濡羽の袖をかすめる。
軽くそれをかわし、濡羽は和鳥たちから一旦距離を置いた。
「大丈夫かよ!?」
「馬鹿、一ヶ所にまとまってりゃあいつの思うつぼだろ」
痛みに顔をしかめた和鳥が汰壱に向かって言った。
「助けに来たのにそんな言い方っ……!」
言い争いを始めかけた二人の間に紅覇が割って入る。
「鷹群様。汰壱様がこちらにいるのでしたら、夫人は汰壱様にお任せしては?」
和鳥が、ちっと軽く舌打ちする。
「……依頼人守るのは俺の方だろ?」
緊迫した状況でも、先ほどと変わらない笑みを紅覇は浮かべている。
「汰壱様にはお任せできる力がおありです。そうでしょう?」
迷っている時間もないと思ったのか、和鳥が汰壱にまっすぐ向き直った。
「……汰壱」
「な、何だよっ」
初めて名前で呼ばれた汰壱が身構える。
「俺は共同で戦うのは苦手なんだ。
お前とはさっき会ったばかりで、どんな戦い方をするのかもわからないし……。
でも、俺は紅覇の判断を信じるよ」
傷の痛みも感じさせない動きで、和鳥が前に出た。
「羽根がかからないよう、守ってくれ汰壱」
「わかった!」
行動に制限の無くなった和鳥は一気に間合いを詰め、濡羽に斬り付けた。
濡羽が刃の切っ先にひるむと、その身体を掴んで蹴り上げる。
――刀の攻撃だけじゃないのか!?
片手に持った刀で斬り付ける他に、和鳥は蹴りによる打撃も濡羽に与えていた。
が、視界を羽根で遮った濡羽の手が、一瞬の隙を突いて和鳥の腹部に刺さる。
「我流の剣技、所詮はここまでよ」
濡羽がつまらなそうに言い放つ。
「兄ちゃん!」
「……これでお前も、扇子で羽根を撒き散らせなくなったって事だ」
濡羽の腕を掴んだ和鳥が叫ぶ。
「汰壱!」
――斬れって事だよな!
汰壱は素早く濡羽の背後に回り、金行を付与した剣を突き刺した。
油断していた濡羽が驚きに顔を歪める。
「おのれ陰陽侍……!」
「手強いなぁ、姉ちゃん。でも……」
汰壱は不敵に笑いながら剣に込める力を強める。
その表情は連綿と陰陽道と武技を受け継いできた、陰陽侍のものだった。
「そんなんじゃ、お嫁に行けないぜ?」
濡羽から汰壱が剣を引き抜くと同時に、その姿は細やかな粒子となって消えていく。
闇色の粒子が消えた応接室には、本物の夜の闇が訪れていた。
「すっかり遅くなってしまいましたね。
お家では心配なさっているでしょう?」
館の前、和鳥の横に立った紅覇が言った。
外はすっかり日が落ちている。
依頼人が濡羽によって失くした調度品も、濡羽が消滅すると同時に戻った。
依頼人の今後の生き方がこの件で変わるかは、また別の話になるのだが。
「うち、あんまり心配しないんだよねー」
――自分の身くらいは自分で守れっていう家だし。
そうでなければ放課後、好き勝手に行動などさせてもらえないだろう。
「汰壱様を信頼なさっているのですね」
のんびり言う紅覇に、和鳥が憮然とした表情で言い返す。
「ただの放任主義だろ。
人並み以上に力があっても、こう何でも首突っ込むように育ててるんじゃさ」
そしてバイクのヘルメットを汰壱に渡した。
「送って行くよ。一応のお礼。
あと、放任主義の親の顔も見たいしな」
「うちにいるかな……」
両親の顔を思い浮かべて汰壱は呟いた。
「それでは、私はこの辺で失礼致します。
汰壱様、ご縁があればまた」
和鳥が刀を鞘に収めると同時に、紅覇の姿も消える。
「ホントに、紅覇姉ちゃんて人間じゃないんだ!」
「俺が子供の頃から、うちで使われてきた剣精だ。
だからいつまでも子供扱いで、まいる」
ヘルメットの中から和鳥が呟く声が聞こえた。
「ふーん……」
後部シートに身体を乗せた汰壱の視線の向こう、緋色の鞘に納まった剣がカタ、と小さく揺れた。
(終)
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 6334 / 玄葉汰壱 / 男性 / 7歳 / 小学生・陰陽侍 】
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■ ライター通信 ■
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玄葉汰壱様
初めましてのご参加ありがとうございます。
子供っぽさとそれに反する実力者、という感じで書いてみたのですがどうでしょうか。
和鳥は子供が苦手なので、もっぱら紅覇がお相手しました。
その間和鳥は、むき身の刀を持ち歩いてる危ない人なのですが(笑)
陰の女性=恋人になるかどうか私にはわからないのですが、早くそんなお嬢さんが見つかると良いですね!
少しでも楽しんで頂けると嬉しいです。
ご注文ありがとうございました!
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