■夢見の薔薇■
笠城夢斗 |
【6334】【玄葉・汰壱】【小学生・陰陽侍】 |
その場所にいるだけで、すでに夢心地だった。
「あら、いらっしゃい。私たちの薔薇庭園へようこそ」
黒い髪に紫の瞳。赤いルージュのよく似合う美人が薔薇庭園で出迎える。
そう――右も薔薇、左も薔薇、前も薔薇なら後ろも薔薇という……薔薇づくしの世界の中で。
「どうなさったのかしら? 薔薇に興味があるの?」
くすくすと笑う彼女――紫音(しおん)・ラルハイネは、紅唇で微笑んだ。
――興味があるではなく――
魅入られてしまった気がする。
そう、この庭園に来るものは薔薇に、魅入られる。
薔薇。それは美しく、香り高く、そして棘のあるただ愛でられるだけではない花。
そんな花がいったいどれほど集まっているのか――
どれだけの間そうしていただろうか。長時間のような気も、一瞬のような気もする。
美しき白衣の女性は、「そうねえ」と人差し指を唇に当てて考えていた。
「最近、ひとつ奇妙な薔薇が見つかったのよ。おためしになる?」
――奇妙な薔薇?
「夢見の薔薇、と名づけたわ」
紫音は自身、夢のような声で囁いた。
私たちのさがす薔薇とは少し違う、弱いものだけれど――と摩訶不思議なことを言い、
「でも、素敵な薔薇よ。これをローズティーにして飲むと……素敵な夢が見られるの」
素敵な夢……
「そう。――あなたが見たい夢を、ね」
いかがいたしましょうか――? と、いたずらっぽく紫音は微笑んだ。
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薔薇の眠り、よい夢を
そこは怪しくも美しい薔薇庭園――
「いらっしゃい……薔薇をおさがし?」
美しい庭園の主が、にっこりと微笑んで迎えてくれる――
そこは薔薇庭園。
美しく怪しい薔薇の華の咲き誇る薔薇庭園……
**********
汰壱は、ふと香ってくるあでやかな香りにつられてその家にやってきた。
古き洋館。
その前庭に――
見事なまでの……薔薇園。
「うっわ、すっげーーー!」
汰壱はその薔薇の多さに圧倒され、その美しさに目を奪われた。
「いい匂い……俺の嫁さんからもこんな匂いするといいなあ」
――玄葉汰壱。七歳。
陰陽侍と呼ばれる陰陽系呪術を付加して戦う武術使い。物心ついたころからの厳しい訓練と、本人の素質も作用して、弱冠七歳で一人前となった。
陰陽侍には陰陽――つまり男女一対でなくてはその力を最大限に発揮できないという事情があった。そのため、男子は十八、女子は十六になったら互いの対となる異性を探さなくてはならない。
しかし、汰壱の場合――
「待ってらんねーよ十八までなんて♪」
というわけで、嫁さんレーダーを日々全開にしながら七歳にして未来の嫁さん探しに余念がない。
そんなある日――
彼は薔薇庭園と出会ったのだ。
色とりどりの華。とげのある、それだけに美しい華。
子供ながらにませている汰壱は、
「とげがあるだけ綺麗……女の人みてえだな」
などとつぶやいていた。
と――
「あら、おませさんね」
声がした。
振り向くと、そこに美しい女性が立っていた。
つややかな黒い髪――紫の瞳をなぜかひときわ美しく際立たせる赤縁の眼鏡。赤いルージュがあでやかに引かれ、はおった白衣が清潔感をかもしだしている。
汰壱は一瞬どきっとした。
――しかし、この人は違うとレーダーが言っていた。
「ようこそ、我が薔薇園へ……私は紫音・ラルハイネ。ぼうや、薔薇をおさがし?」
紫音はにっこりと笑って訊いてきた。
汰壱は首を振った。
「み……見とれてただけ」
「あら、そう? ありがとう。美しいでしょう?」
「ああ!」
汰壱は再び視線を薔薇園へ戻す。
赤、黄色、白……柄のあるものもあれば、色一色のものもある。
どれもこれも魅力的だった。魅惑的だった。
「どれか薔薇を持っていく?」
紫音は小首をかしげていたずらっぽく訊いてくる。
汰壱は、
「つむのがもったいねえじゃん」
と答えた。
紫音は微笑んだ。
「いい子ね……そうね。それじゃこんな薔薇はどう? 少し待っていてね」
言って、彼女は屋敷の中へといったん戻っていく。
そして戻ってきたときには、瓶とコップを持っていた。
瓶には、透明な液体が入っている。
「これはね、薔薇のエキスが入っているの。飲んでみる?」
「薔薇のエキス? そんなの女の人が飲むもんじゃん」
「そうじゃないのよ。この薔薇はね」
『夢見の薔薇』と言うの――
「これを飲むと、いい夢が見られるわ。試してみる?」
――いい夢とは何だろう?
「薔薇たちの魔力で、自分の好きな夢を……」
「自分の好きな……」
「飲んでみる?」
汰壱は即座にうなずいた。
ひょっとしたら、夢の中で未来の嫁さんに会えるかもしれない――
薔薇のエキスは、甘い甘い味がした。
強烈な睡魔が襲ってきた。
汰壱はその場で、崩れ落ちるように眠りに落ちた。
***********
目を開けると――
そこは、一面の薔薇園だった。
「何だ、変わりねえじゃん」
つぶやいた汰壱は、はっと気づく。
今――自分の声が違った?
いつもより……低い。
慌てて自分の手を見る。
大きかった。
体を見下ろす。明らかに自分は成長していた。鏡がないから分からないが、少なくとも声変わりが終わるくらいの年齢には――
「俺……?」
風が、吹いた。
何かが風に飛ばされてきて、薔薇に引っかかった。
――ハンカチだ。
誰かが遠くにいる。長い黒髪が風に揺れている。
このハンカチはあの女性のものだろうか? あれは紫音だろうか。
「拾ってやるか……」
汰壱は薔薇に手を伸ばした。
そして、
「痛っ」
とげが刺さって、手に怪我をした。
「……薔薇ってとげあんだよなあ」
当たり前のことをぶつぶつつぶやいて、汰壱はそれでも何とかハンカチを取る。
途中、何度もとげに刺さって手が軽く傷だらけになった。
かろうじて、ハンカチには血をつけずに済んだが――
「いてて……」
風が、吹く。
ハンカチが飛ばされそうになって、慌てて握り直した。
ハンカチは、隅に花の刺繍のほどこされた、綺麗な白いハンカチだった。清潔感があって、持ち主の性格を現すような気がする。
汰壱の心が揺れた。
まるで風に吹かれたように。
そして――
「まあ、怪我をなさってしまったのですね」
声が、して。
振り向くと、そこに女性がいた――
長いつややかな黒髪――
ぬけるように白い肌――
けぶるようなまつげ――
神秘的な黒い瞳――
清楚な薄黄緑と白の着物――
紅色の唇が、そっと開いて、
「ありがとうございます……そこまでして、ハンカチを取ってくださって」
ああ――
心が大きく揺れた。
「今……手のお怪我を」
汰壱の手に、白いしなやかな指が触れる。
どきんと胸が高鳴った。
なめらかな感触の肌が、傷だらけの汰壱の手を取って、汰壱が拾ったハンカチでそっと血を拭う。
「お、おい、ハンカチが血だらけに」
「よいのです。……せっかく拾っていただいたハンカチですが……あなたの手のほうが大切です……」
女性はほんのりと頬を染めて微笑んだ。
美しい――
どこまでも美しい、汰壱の運命の女性との、『出会い』だった。
「でも……この傷は、薔薇のとげのものばかりではありませんね……? どうかなさったのですか?」
女性は綺麗な旋律のような声で問う。
何を聞かれているのか一瞬分からなかった。
しばらくして、汰壱は、自分の手や腕に古傷のようなものが大量にあることに気づいた。
「あ……ああ、修業とか戦いのせい、だな。きっと」
「修業……戦い、ですか?」
不安そうに顔をくもらせる女性。
ああ、そんな顔をしないでくれ――
「気にすんな! これ、慣れっこだからさ!」
嬉しいよ、と汰壱は赤くなりながら頭に手をやった。
「ハンカチ……悪ぃな。何もお礼できそうにねえけど……」
「何を言ってらっしゃるのですか。こちらこそハンカチを拾っていただいたお礼です」
女性の顔に微笑みが戻った。
女性は線が細いものの、気はしっかりしているようだった。
(すげえ……俺の超好み……)
「あの……よろしければ、お名前をおうかがいしてもよろしいでしょうか?」
女性は頬を染めながら問うてきた。
「ハンカチのお礼……傷のお手当てを、向こうのあずまやで……」
そっと白い腕で視線を促すのは、薔薇園の横にあるあずまやだった。
さっき彼女が歩いてきた方向と同じだ。きっと彼女はあそこにいて、ハンカチを飛ばされたのだろう。
「あ、ああ!」
俺は玄葉汰壱――と元気よく汰壱は答えた。
「私は白草しをりと申します。玄葉さん」
と女性――しをりは言った。
二人であずまやへと移動すると、しをりはハンカチで汰壱の手をそっと結んだ。
何て優しい手つきだろう――
そのしぐさひとつひとつに、汰壱は心を揺らされた。
薔薇が風に揺れるように、揺れるたびにほのかな香りが心を満たす。
間違いない、彼女が俺の嫁さんだ――
「あら……あの、おぐしに」
しをりの手が、そっと和服の袖を押さえながら伸びてくる。
髪にしをりの手が触れた。それだけで鼓動が高鳴った。
しをりの細腕が目の前にある。
――しをりは汰壱の髪についていた、赤い薔薇の花びらを取った。
そして、頬を染めた。
「赤い……薔薇の花言葉をご存知ですか?」
「え?」
花言葉などにはとんと興味のなかった汰壱は、しかしつい見栄を張って、
「し、知ってる! 『あなたは美しい』とかだったよな!」
「まあ、玄葉さんたら」
しをりは和服の袖で口元を隠して、くすくすと笑った。
「……違ってた? ごめん」
何――? と汰壱は素直に訊いた。
しをりは頬を染めたまま、視線を伏せて小さくつぶやいた。
「……『あなたを愛しています』」
汰壱の中で――
何かが、はじけた。
「あの……結婚してくれ!」
彼は思わず、そう言っていた。
しをりは嫌な顔をしなかった。
それから数日、二人は仲睦まじくすごした。
真剣に結婚を考えた。
二人で公園のベンチに並んで腰かけ、将来どうするかを話し合った。
「なあ……本当に、俺についてきてくれるか?」
汰壱は真剣な顔でしをりを見る。
しをりは今日も和服姿で、清楚に両手を膝に置いて聞いている。
「俺の家……今までも少しずつ話したけど、嫁さんも一緒に魔物退治とかに加わんなきゃいけなくなる。それでも……俺についてきてくれるか?」
「はい」
しをりは凛とした声でそう答えてくれた。
清楚な中にひそむ、凛とした彼女のまっすぐな柱。
これなら、陰陽侍の厳しい世界にも耐えられる。そう、きっと耐えられる。
「最初の……出会いのときから、汰壱さんには何かを感じておりました……私はこの方についてゆくのだと」
「俺も、そう思った」
汰壱は思い出す。
薔薇の中に飛ばされてきたハンカチ。
薔薇に傷ついた手を、丁寧に手当てしてくれたしをり。
そして汰壱の髪についていた赤い薔薇のかけら。
『あなたを愛しています』――
「厳しい世界、なんだ。その……うまく説明できないけどよ」
「それは、最初に汰壱さんの……傷だらけの手を拝見したときに……感じておりました」
「……しをりの綺麗な手も、汚しちゃうかもしんね」
「この腕でも、お役に立てるなら」
しをりはどこまでも背筋をぴんと伸ばしていた。
和服の似合う清楚なしをり。
そのぬけるように白い肌、細い腕を、魔物退治なんかで傷つけたくないのは他ならぬ俺だ――
「汰壱さん」
悩む汰壱の心を見透かしたように、しをりはほんのりと頬を染め、
「私にも……あなたと同じ道をゆかせてくださいませんか」
「しをり……」
汰壱はそっとしをりの手を取った。
柔らかな手。この柔肌に、あのきつい修業は耐えられるだろうか。
いや――きっと耐える。しをりなら。
「陰陽侍は陰陽一致でようやく全力を出せる……」
汰壱は力強くしをりの手を握り、
「俺の陰になってくれ、しをり」
「汰壱さん……」
風が、吹く。
二人の道を交わらせ、そして導くように――
**********
はっと目が覚めた。
「お目覚め?」
目の前に、紫音のにっこりとした笑顔があった。
一瞬――
紫音にしをりの影を重ねて、汰壱はどきっとした。
「え、ええと……」
「いい夢を見られた?」
――ああそっか、夢か。
汰壱は体を起こした。
そこは、紫音の薔薇園の間の道だった。
「こんなところで眠っちまったんだ……俺」
こきこきと首を鳴らす。それから、ふわーあと大あくびをした。
薔薇の香りが鼻をくすぐった。
しをり――
何て……いい夢だったんだろう。
「ありがとう、姉ちゃん」
立ち上がり、汰壱は紫音に礼を言った。「いい夢見させてくれて」
「どういたしまして」
「ほんといい夢だった」
「また好きなときにいらしてね」
「おう。じゃなっ!」
汰壱はすがすがしい気分で薔薇園を走りぬけた。
薔薇の香りを、胸いっぱいに吸い込みながら――
―Fin―
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【6334/玄葉・汰壱/男/7歳/小学生・陰陽侍】
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■ ライター通信 ■
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玄葉汰壱様
こんにちは、笠城夢斗です。
今回はゲームノベルにご参加頂き、ありがとうございました!お届けが遅くなりまして申し訳ありません。
汰壱君には重要な嫁さんのシチュエーションノベルということで……緊張いたしました。気に入っていただけるとよいのですが。
またお会いできますよう……
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