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■刃啼の唄■

志摩
【5566】【菊坂・静】【高校生、「気狂い屋」】
「奈津さーん、なんか表に落ちてましたよー」
 からから、といつものように銀屋の引き戸を開けて要は中に入る。その手にはぼろきれに包まれた長物がある。
「落し物ですかね……」
 奈津ノ介はそれを受け取って布をはらう。刀のようだ。ツバは無い、鞘は漆黒だがそれとなく光っている。
「刀……ですか。これ売り物になりませんかね」
「奈津さん……」
 冗談ですよ、と呆れ顔の要に返して、その柄を奈津ノ介はつかみ、少し抜き身を出す。刃の部分は黒く銀に光っていた。
「! これはっ」
 その刃を見て、奈津ノ介は瞳を見開く。すぐにそれを鞘に収めようとするが、そうできない。体が勝手に動いてそれを鞘から抜く。奈津ノ介は、鞘が手から離れ地に落ちるより早く叫ぶ。
「親父殿!!」
「なんだ、奈津。大声、で……」
 奈津ノ介の大声で和室の奥にいた藍ノ介が顔を出す。そして奈津ノ介の手に持っているそれと、状況を見てすべて把握する。
「要、客を店の外に出せ」
「え、なんでですか?」
「早くしろ」
 藍ノ介の言葉がいつもより重い。要はただ事ではないと思って、その様子を好奇心で見ている客に外に出るよう促して回る。
「刃啼、か」
「みたいですね、啼いてます」
 その刀からオォンと啼くような音が聞こえる。
 刃が啼いているようだった。
「奈津よ、腕一本くらいは覚悟しておろうな」
「ええ、最悪命も」
 愚息にしてはいい答えだ、と藍ノ介は笑う。
 と、藍ノ介はまだ店内に残っているものを視界にとどめた。
「なんだ、汝らはなんとなくこの状況をわかってのこっているのか、それとも足が動かんだけか? 前者なら、手伝え。後者なら、じっとしておれ」
 そう言った藍ノ介の視線は奈津ノ介を中心にとらえていた。




刃啼の唄



 問題を起こしてごめんなさい、と奈津ノ介は苦笑する。
 カタカタと、彼の手は震えていた。それはきっと自我がのっとられるのを抑えているからだろう。
「汝らは……協力する気、満々のようだな」
 藍ノ介は視線をめぐらせる。それぞれ、しっかりと明確な意思をもってここに残っていた。
「こんなことになって放っておけるわけがありませんからね。奈津ノ介さんにはおいしお茶も頂いていますし」
 柔らかな笑みとともにセレスティ・カーニンガムは言う。そしてそれに呼応するように小坂佑紀も頷く。
「そうね、私は……戦えないけど方法を考えてみるわ。他にも出来ることがあればやるし……」
「佑紀さん、それならそこのツボ、高いので安全そうな場所に避難を……!」
「これ?」
「そうそれです、それ。他にも色々避難を……」
「こんな時まで……なんだか奈津さんらしいなぁ」
 その様子を見ていた菊坂静はくすっと笑いつつ、先日この店で見つけた棍を手に取った。
「俺も協力します。奈津ノ介さんの、というかその刀の実力がどのくらいなのかわかりませんが出来る限りは」
 すっと自分の掌から抜き身の刀を取り出し応戦体制をとったのは櫻紫桜だ。
「俺が持っている限りは木刀並に切れ味がないので、安心してください」
 そして一人、奈津ノ介の後ろで状況がいまいち掴めず立っているのは朝深拓斗だ。たまたま偶然立ち寄ったという様子。
「……訳がわからん。でもまた何か問題発生、みたいだな」
「あはは、ほんっとうにすみません。手加減しなくて良いですから」
 手加減しなくて良いと言われるものの、思い切り知り合いを力技でねじ伏せるのは躊躇われるのは当然だ。
「汝ら、無理するなよ。できることでいい」
 早くケリをつけてしまいたいものだと、苦々しく藍ノ介は呟く。
 自分にできることは何だろうか。
 棍術、そして幻術。
 怪我はしたくないし、させたくもない。特に藍ノ介が腕一本やら命やら、そんな物騒なことを言っていた。もしもの時は、致命傷を与えるようなことは防ぎたい。
 と、きらりと刃は輝き、奈津ノ介は一歩を踏み出す。
 その切っ先が向かう先は紫桜の方だ。
 ガキッと高い音が響き、双方の刀がぎしぎしと軋み合う。
「っ……!」
「すみませ……っ!」
 と、そこへ棍を振り下ろし割って入ったのは静だ。
「大丈夫?」
「すみません、ありがとうございます」
 いいよ、と静かは紫桜に微笑む。だけれども目は笑っていない。
「奈津、刃啼に炎だけは使わせるなよ!」
「わかってますよ」
 声をかけつつ、踏み込む藍ノ介の向かう手は、拳は、容赦なく奈津ノ介の急所、一撃の致命傷狙い。
 それに気がついて、静は藍ノ介の踏み込む瞬間、足元に棍を差し出し防ぐ。
「なっ、静っ!」
「そんな事しないでください」
 藍ノ介の行動に微笑で静は答えるがそれには有無を言わさない静止力。
 そして周りの面々も、静と同じようになんて事をしているんだ、と冷たい視線を送る。
「う……」
 さすがにこれには藍ノ介もたじたじだ。
「そうだ、その刀……刃先を何かに刺して固定させてしまえば……」
「確かに振り回してるのはよくないと思う。即席でも連携……できそうな感じだな」
 佑紀の言葉に拓斗は頷きつつ言い、そして視線を空で皆とあわせる。
 即席でどこまでうまくいくかわからないが何もしないよりはマシだ。
「汝らは……奈津にあまり怪我させぬようにしてくれるのだな……」
「あたりまえでしょう」
「そうです、腕ごととか物騒なこと考えてるのは藍ノ介さんですよ」
 そうか、と藍ノ介は苦笑した。だけれども相変わらずぴりぴりとした雰囲気を持っている。
「奈津、まだ抑え込めるか?」
「やってますけど……そろそろ限界、かな」
 そう苦しげな声で言った奈津ノ介の顔は少し青白い。よほど気を張っているのがわかる。
「僕が行きます」
 そう宣言したのは静で棍を奈津ノ介の手に向かって振り下ろす。その振り下ろされた先、刃啼はその棍を刃先で弾き、奈津ノ介を踏み込ませる。そして刃先は静の鼻先をかすめ、それをかわすと同時に紫桜の刀が振り下ろされる、と同時に拓斗が後ろより抜刀しないままの刀を下ろす。
 避けるか、受けるか。
 それはどうやら受ける、らしく奈津ノ介の左手は刀の柄からはずれ、そしてそのまま右手、刃啼自身で紫桜を、左手で拓斗を受け止めた。
 硬く高い音をたてて受け止められ、その衝撃は互いに響く。
「お二人とも、筋が良いですね……っ」
「奈津ノ介もまだ余裕あるみたいだな!」
「いーえ、ぎりぎりです……っ」
 紫桜と拓斗が抑えた奈津ノ介の動きが止まる。何故だかわからないけれども先程よりも力は落ちていてそれは奈津ノ介自身も感じているようだった。
「このままでは、いけませんね……」
 ふとセレスティは呟く。決定打になるような衝撃を刀に与えなければ、奈津ノ介と刃啼とが離れない。そんな感じがしていた。
 と、キィンと刀同士、離れるような硬質な音が響く。
 刃啼の方が無理やりに紫桜と拓斗と距離をとったような感じだ。
 そしてその一瞬の合間に藍ノ介は入り込んで、奈津ノ介の右手を押さえ込む。
 ぎりっと音がしそうなほどの力、きっと普通なら刀を取り落としているはずなのだけれども握る力はさらにこもっているようだった。
「親父殿、このまま柱に投げてください」
「は?」
 何を言っているのだと一瞬力が弱まる。その瞬間を刃啼は見逃さずに、蹴りを藍ノ介の鳩尾に入れる。
「っ……!」
「すみませーん」
「待て、奈津よなんだか嬉しそうだぞ……!」
「え、そんなこと……」
 声色は確かに明るくて、本当に悪いとは思っていないのは誰でもわかる。
 静にふっと笑みがこぼれる。まだいつもの奈津ノ介だ、のっとられていない。
「あーもう、柱に向かって投げてくれれば切り込ませれたかもしれないのに……」
「どの柱だ、どの!」
「藍ノ介さんの後ろの柱だと思うんだけど……」
 ほら、と佑紀は指差して言う。藍ノ介の後ろには立派な木の柱。
「これか!」
 意思疎通をしなくても、わかる。
 動きを止めることが先決、それから奈津ノ介から離す方法を考えても遅くはない。
「で、どうやら刃啼としては紫桜さんの刀に反応してるようなので……」
「わかりました、ライバル心でも持っているのかな」
「かもしれませんねっ」
 じり、と距離を詰めて一足、紫桜は避けることせず、真っ向から刃啼の攻撃を受け止め、そしてそれを流す。もちろん振り返って切り返してくるのだけれどもそれは知らずのうちに合った呼吸で、紫桜と拓斗が受け止め押し返し、そして攻撃に転じる。
「いい刀筋だなっ!」
「あなたも中々っ!」
 同時に攻撃、その最中、紫桜と拓斗は一瞬視線を合わせて笑いあう。
 二対一では分が悪いとみたのか、刃啼は二人の切っ先を弾く。
 少しずつ、場所を変え、柱の方へと誘導を行っていく。
 と、拓斗がふっと思いついたように言う。
「なぁ、奈津ノ介が意識をなくせば刀が暴走する事はなくなるんじゃないのか?」
「それは駄目です。僕が意識なくすと同時に、のっとられます、多分」
「うむ、わしもそういう話は聞いた……ような気がするぞ」
「そうか、ならしょうがないな」
 そんな会話をしている間も刃啼は攻撃の手を休めない。
 今現在、静の棍と切り結び合っている。
 静は先日奈津ノ介と手合わせしたばかりだ。なんだかその時よりも、奈津ノ介の動きに精彩は無い。奈津ノ介自身が力を押さえ込んでいるのがわかる。
「静さん、大丈夫です、か?」
「うん、奈津さんこそっ」
 棍のしなりの反動を使って刃啼に操られた奈津ノ介を弾く。
 だけれどもすぐ、刃啼は向かってくる。
 刃先を、静は棍で受け止める。それは自分の真正面だ。
「静さ……っ!」
 ひっそりと、こっそりと静は幻術を奈津ノ介へとかけていた。
 そして今その幻術が発動し、きっと奈津ノ介には自分を斬ってしまったように見えているはずだ。
 自分だけに見える奈津ノ介の表情が固まる。そして一瞬、憤りのせいか何のせいかわからないけれども、光の無い瞳をした。
「奈津さん、大丈夫だよ」
 奈津ノ介の慌てたような声に、静は微笑みながら言い、しっかりと受け止めていた刃啼の流れをいなす。
 と、行き場を失った勢いはそのまま柱へ。
 かつり、と刃先が柱に当たる音。
「!」
「浅いっ!」
 ちらっと振り返った奈津ノ介が鋭く叫ぶ。
 と、その声と同時に何をすれば良いのか一瞬で感じ取る。
 だっと一斉に、奈津ノ介の元へ向かって体当たりをかける。
 静は一番近い場所で、奈津ノ介と紫桜にはさまれる。出来る限りの体重をかけての体当たり。それは双方への衝撃覚悟でだ。
 それぞれの衝撃を受け、刃啼は柱へと突き刺さる深さを増す。
「もう、抜けない……みたいです、よかった……」
 奈津ノ介に静、紫桜、拓斗と団子状態の中から安心するような声が響く。
「とりあえず、当分皆さんに危険はないと思います」
「よかったわ。三人とも大丈夫……?」
 一応の落ち着きをみせ、佑紀は四人の下へと歩む。
 三人とも起き上がって、大丈夫だと笑う。
 奈津ノ介だけは刃啼とくっついたまま、身動きは取れない。柱から抜こう、としているものの、それが無理そうなこと刃がほぼ半分埋まっていることからわかる。
「奈津、よかったな……!」
「藍ノ介さん、まだ終わってませんよ」
 もう大丈夫だと安堵する藍ノ介に微笑を送り、セレスティは歩む。そして鞘と、そして巻かれていた布を拾い上げる。
「封……ということでしょうかね、この布……」
「あとは奈津さんを刃啼から離すだけね。どうしたらいいのかしら……」
「もう叩き壊してしまえ」
 拓斗がどーんと言い放つ。
「確かに……それが早いかもしれないなぁ……」
 そして紫桜もそれに呼応する。
「や、駄目ですよ、壊すなんてもったいない……!」
「……奈津さん、それ売る気なの?」
「そうじゃないですけど……」
 必死に声を上げた奈津ノ介に静はくすっと笑いかける。ちょっとだけ気まずそうな奈津ノ介は視線をふいっと逸らした。
「よし、わしが壊す」
「できるの?」
「できなくてもやる」
「できないことはできないわよ」
 藍ノ介がそれでもやるのだ、と言う。そしてちょっと言い方を間違っただけではないか、と苦い表情を浮かべた。
「待ってください、藍ノ介さん」
 と、藍ノ介が刃啼を壊しにかかるのを静止したのはセレスティだった。どうしたのか、と集まる視線の中セレスティは微笑む。
「その刀を浄めてみてはどうです? 今まで何もできませんでしたからお役にたたないと。刀は曰くがあるのが美しいと聞きますから、できるだけそのままがいいと思うのですが……血を吸った物であるのなら仕方ないでしょうし」
「それで壊さずにすむなら僕は嬉しいです」
「だがしかし……」
「これで駄目なら奈津ノ介さんも納得して破壊させてくれますよ。お水を少しもらえますか?」
 しぶしぶの藍ノ介を押し切り、セレスティは奈津ノ介と刃啼のもとへと行く。
 水、と言われて藍ノ介は奥へと消え、そして戻ってくるその手にはコップ一杯の水。
「もっといるか?」
「十分です」
 水を受け取り、少しずつ刀へとかける。
 ぽたぽたと落ちる雫は透明であるはずなのに、赤い。
 それは今まで血を吸ってきた証拠だ。
 水をかけられるたび、刃は震えていく。
 そしてその赤はだんだんと薄まりやがて透明へと戻る。
「終わりましたよ」
 セレスティのその声とともに、ぱっと奈津ノ介の手が離れる。
 きつく握り締めていたのか掌は赤くなっている。
「無事離れてよかったね、奈津さん」
「はい」
「うん、よかった。日頃の稽古が役に立ったような感じだ」
「まぁ、日々平凡これ至福……だけどたまにはこういうのも有りかな」
 手にしていた刀を掌へと紫桜は収める。拓斗と紫桜は互いにご苦労様、と軽く言葉を交わす。
「安堵しているところ申し訳ないんだけれども」
 と、和やかな雰囲気を佑紀が崩す。視線は集まり、何だろうと問いかけてくる。
「その刀、刺したままは駄目でしょ。どうするの?」
「抜いて鞘に収めるしかないだろうな……」
「だろうね」
 藍ノ介はそう言い、静も同調する。
 いくら浄められたとはいえ、誰かがまた触れ、そして手が離れなくなるなんてことになったら面倒だ。
「先程まかれていた布ならここにあります。ただの布……みたいですが」
 セレスティは先程拾った布を差し出す。それを受け取ったのは奈津ノ介。まじまじとそれを観察する。
「本当ですね。うん、でも……抜かなきゃいけないから、親父殿」
「え、わし?」
「はい」
 奈津ノ介はにこーっと笑い布を手に巻けと藍ノ介に言う。
 藍ノ介は右手にそれを巻くと刃啼の束を持った。
「離れます?」
「お、大丈夫のようだ」
 言われて手をぱっと離す。どうやら今回は大丈夫のようで、その様子を見守っている面々も安堵する。
「じゃあ、抜くぞ」
 片足を柱にかけ力を入れる。ずずっと少しずつ刀は動き、そしてだんだんと刀身全体が出てくる。
 それを抜き終わると、いままで詰めていた息を盛大に藍ノ介は吐いた。
「鞘です、収めてください」
「すまないな」
 いえ、とセレスティは鞘を渡しながら言う。
 切っ先を鞘に、そして刀身全ても収まった。
 これでちゃんと、一安心だ。
「厳重封印で保管しておきます」
「そうするのが一番だろうね」
「あ、無事に終わった……みたいですね」
 からりと戸口の開く音。そこにいるのは要だ。
「お店の中静かになったから……って皆さん痣とかありますよ……! え、えー救急箱とってきます……!」
「いや、大した事ない……」
「駄目です! 手当てしなくちゃ駄目です!」
 本人たちが大した事ない、と言っても要は許さない勢いだ。皆を通り越してささっと店の奥に消えると救急箱を持って帰ってくる。
「はい、手当てしますから。奈津さん、奈津さんも掌とか!」
「あはは……逆らわない方がよさそうです……」
 要の勢いに、奈津ノ介も負けるらしい。苦笑しながら言う。
「私も手伝うわね」
「ありがとうございます。じゃあ奈津さんの手を……」
「ええ」
 要指導のもと、和室に座らされ、怪我などないかのチェック。
「あー痛そう……紫色だし……!」
「あ、それは稽古でできた痣だと思うが……」
「黙っててください」
「……わかった」
 拓斗は今日、刃啼によって受けた痣以外もしっかり要に湿布を張られたり薬を塗られたり包帯を巻かれたり。
 少々仰々しいのでは、と思うくらいで拓斗本人は少し困っているようだ。
 そんな様子を紫桜は見、逆らわない方がよさそうだと勘弁する。
「はい、終わりました。次!」
「じゃあお願いします」
 紫桜も同じように、手際よくされていく。
「痕が残らないといいですね」
「大丈夫だと思います。どうもありがとう」
「いいえ、はい、次は静さん、ってもう終わってる……?」
「うん、彼女にしてもらった」
 静はでもありがとう、と要に言って笑いかける。
 と、ふと視線を感じそちらを向くと奈津ノ介が見ていた。
 静は笑い、そして声をかける。
「どうかした?」
「あ、ええと……静さんを斬っちゃったような気がして……」
「何言ってるの、そんな傷どこにもないよ。夢でも見たんだよ」
「そう……ですね。そうしておきます」
「皆さんには何かお詫びをしなきゃ駄目ですよ、奈津さん」
「ええ、わかってますよ」
 要の強い言葉に奈津ノ介は苦笑する。本当にしっかりしているな、と。
「僕は奈津さんが隠してる高級和菓子でいいよ」
「な、なんで知ってるんですか静さん……!」
「あ、やっぱりあったんだね」
「じゃあ私もそれで」
 静の言葉に乗せられた、と奈津ノ介はハッとし、そしてその隣では佑紀が面白そうに笑いを堪えながら言葉をつむぐ。
 もちろん、それを藍ノ介が聞き逃すわけは無い。
 じとっと重たい視線を奈津ノ介に送る。
「奈津……また汝は隠しておったのか……!」
「だって普通においてあったらあなたが一気に食べつくすじゃないですか……!」
 藍ノ介の言葉にキッと睨み返しつつ奈津ノ介は答える。
「親子喧嘩するなら外でしてください。でもその前に奈津さんは和菓子を持ってくる」
 と、いがみ合う二人をぴしっと制したのは要だった。奈津ノ介は立ち上がると奥へと向かう。だけれどもふと、立ち止まり振り返る。
「皆さんにはお出しするけど」
「何だ」
「親父殿には出さない」
「なっ……!」
 そう言い捨てるとすたすたと奈津ノ介はまた歩みだす。姿が消えると藍ノ介はあやつ生意気に、と呟いて消えた先を睨む。
「苦労してるんだな」
「大変ですね」
「そうみたいね」
「和菓子くらいで……」
「そうなのだ、大変なのだ、苦労しておるのだ」
「藍ノ介さん勘違いしてない?」
 拓斗、紫桜、佑紀、セレスティと呟いた言葉に藍ノ介は頷きながらわかってくれるのか、と言う。
 だけれどもそこに釘を刺したのは静だ。
 もとろん藍ノ介は何をだ、と問いかえす。
「僕ら、多分皆、奈津さん、和菓子くらいで向きになる父親もって苦労してるな、大変だなって思ってるんだけど」
「な……!」
「私も思ってますよ」
 静の言葉に、さらに要のとどめの一撃。
 皆を見回すとこくん、と当たり前というように頷いている。
「うっ……汝ら皆わしの敵だ、敵……!」
「敵に回してよろしいんですか?」
 にこっり笑顔でセレスティに言われ、藍ノ介は固まる。
 この面々で、味方無し。それは辛すぎる。
「…………う、嘘だ! そんなことは断じてない、ないぞ!」
「……また何を大声で……」
 冷ややかな視線。それは和菓子を持って帰ってきた奈津ノ介のものだった。
 気まずい所を見られた、と藍ノ介は硬直する。
「お茶も、玉露持ってきました。今日は僕が皆さんにご迷惑かけたので特別ですよ」
 とびきりおいしいお茶を淹れますからと奈津ノ介は言う。端に寄せてあったちゃぶ台を真ん中にもってきて、皆で囲む。
 今日のお礼を込めて、奈津ノ介が淹れた茶は、茶葉がいつもと違うのもあってか格別だった。
 つかの間の休息のような、ずっと続く休息のような。
 そのどちらでもあるような感覚。
 と、思い出したように、隅っこに追いやられていた、というより自主的に言っていた藍ノ介に要が声をかける。
「いつまで拗ねてるんですかー?」
「拗ねてない!」
 間髪入れず返ってきた言葉は子供のようだ。
 一瞬の間をおいて、最初に笑い出したのは誰かはわからない。




<END>



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

【1883/セレスティ・カーニンガム/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い】
【5453/櫻・紫桜/男性/15歳/高校生】
【5566/菊坂・静/男性/15歳/高校生、「気狂い屋」】
【5884/小坂・佑紀/女性/15歳/高校一年生】
【5977/朝深・拓斗/男性/15歳/中学3年兼神楽舞師】
(整理番号順)


【NPC/奈津ノ介/男性/332歳/雑貨屋店主】
【NPC/藍ノ介/男性/897歳/雑貨屋居候】
【NPC/音原要/女性/15歳/学生アルバイト】

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■         ライター通信          ■
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 ライターの志摩です。今回もありがとうございました!
 無事に奈津ノ介から刀が離れてよかったでございますです。ひとえに皆様のおかげです。存分に奈津ノ介から高級和菓子をふんだくってください(ぇー)奈津さん絶対まだ隠してます…!(何)
 このお話は当初『最近藍ノ介不憫だな…カッコいいとこちょっとだそうか…』と思って作ったOPだったのですが。なんだかいつも通りですね、藍ノ介にカッコいいなんていらないんだ!とお勉強しました。これからも不憫に生きていただきます…!(鬼
 そして皆様の素敵プレイングで志摩も楽しく書くことが出来ました。本当に感謝しております!

 菊坂・静さま

 いつもお世話になっております!戦闘でも色々と活躍していただき、そして藍ノ介も弄っていただき(何)静さまらしさがでていると思います!(言っちゃった…!)静さまがこのノベルで少しでも楽しんでいただければ幸いです。
 またどこかでお会いすることがあれば嬉しく思います!