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■診察室 “Letzt Nacht” **case.茶精■

徒野
【5484】【内山・時雨】【無職】
 ――何故こんなモノが、
 貴方は招待状を見乍首を傾げる。
 正直言って怪しい。誰かの悪戯の可能性も大いに有る。
 然し、調べてみると会場としてカードに示された住所は存在した。
 貴方は暫く考え、一つの結論を出した。

「……行くだけ行ってみる、か。」

 其処迄出向いて、少し覗いてみよう。
 案内状を見るにガーデンパーティらしいから、外からでも覗けるのでは無いか。
 何も無ければ其れで良い、帰れば良い。
 何か有ったら……そう、何か有ったら、訊けば良い。

  * * *

「おや、今回の御客は君かな。」
 貴方の眼の前で男性が眼を細める。
 覗く迄も無い。
 何せ其の男性は門に凭れて立っていたのだから。
「招待状を。」
「……あ。」
 反射的に、持って来た招待状を出して仕舞った。
「……Okay. ようこそ“望月の茶話会”へ。」
 男性は其のカードを改めると、装飾の美しい黒い鉄門を押し開いた。
 勧められる侭に中へと入る。然し、こんなに立派な屋敷だとは思っても見なかった。
 庭の処々に、柔らかい光を湛えた蝋燭が焚いてある。
 空を見上げれば満月。其の光だけでも充分視界は利くので、多分雰囲気の為だろう。
「私は秋乃・侑里と云う者だ。今日は私の茶器達が失礼したね。」
 男性は振り向いて優雅に一礼した。
 ――茶器、
 貴方が首を傾げていると、侑里は亦前を向いて説明を続けた。
「私は骨董蒐集が趣味なんだが、如何云う訳か良く不思議な物達が集まって来てね。……強い想いを込められて作られた物や長年大事にされた物には自我が芽生え易い。」
 其の話を聞いて先を予想した貴方は真逆と思う。
「蒐集した茶器達も、そんな仔達でね。ティーポットに急須、中国茶器……此がまぁ、同じ処に置いておいたら意気投合して仕舞ってね。折角だから茶会を開きたいと云って来た。――初めは一回だけでも、と。其れが終わるともう一回、其れが終わるともう一回……結局其れの繰り返しで、今の様に大体月に一回、満月の綺麗な夜に定期的に開く事に為って仕舞った。」
 侑里の声音から、苦笑しているのだろうと思う。
「そして彼の仔達は段々エスカレィトして行ってね。御客も私達だけでは飽き足らず……関係無い方達迄巻き込む様に為って仕舞った。」
 ――今日の、君の様に。
 其処迄云うと、先を歩いていた侑里が立ち止まり、躯をずらした。
「まぁ、そんな訳だ。気張らず、ゆっくり愉しんで行って呉れ給え。」
 侑里が躯を退けた御陰で広がった視界に、綺麗に整えられた芝生の上に小洒落たテーブルセットが置かれているのが入った。
 話の通り、テーブルの上には和洋中の茶請けが用意され――。
診察室 “Letzt Nacht” **case.茶精


「……おや、今回の御客は貴方か。此は奇遇だ。」
 門柱に凭れてぼんやりと正円の月を眺めていたスーツの男性は、近附いて来た気配に身を起こし、其の姿を認めると僅か眉を上げてそう呟いた。
 視線を向けられた人物――内山・時雨は零れた其の言葉に眉を顰める。
「うん、……君が此を出したんじゃないのかい、」
 そう云って懐から琥珀色の封筒を取り出し、相手の男――秋乃・侑里に見せた。
 侑里は其れを一瞥すると、苦笑と共に軽く肩を竦め「私と云うか何と云うか……、」と零し、門を開いた。
「詳しい事は、歩き乍話そう。どうぞ中へ。」
「ふむ、」
 まぁ良いか、と促される侭に時雨は門を潜った。


     * * *


「ふぅん、付喪神ねぇ。」
 侑里から事の経緯を聞かされた時雨が、庭で甲斐甲斐しく動き廻る女性達を見遣る。
 彼女等も亦、時雨と同じ様に人為らざる者なのだ。――まぁ、其の存在自体は異なるモノではあるが。
 そんな事を思いつつ、何となく視線を巡らせれば、隅に有るティブルに見覚えの有る後ろ姿を見附けた。
「ん、ありゃぁ……、」
 近附いて確信した。
「矢っ張り志摩さんだ。」
 呟いた時雨の声に、志摩と呼ばれた相手が振り返る。
「ぇ、……嗚呼、久し振り、と云いますか、」
 相手――志摩希、はそう云って微笑み、軽く会釈した。
「今回は貴方が招待されたのか……。縁と云うのは繋がってるモノだな。」
 そうしみじみ零した希に、時雨も隣の席に着くと笑って応える。
「全くだ。……処で、他に客の居無い処を見ると、君が秋乃さんの云っておった固定メンバなのかい、」
 時雨が、問いと云うより確認の意で言葉を続けると、希は嗚呼と頷いた。
 半ば予想の附いていた答えであるが、其れを聞いた時雨は面白そうに眼を細める。
「はぁ、志摩さんと秋乃さんも友達だったとは。……全く、ヒトの縁とは不思議なモンだ。」
 そう云って亦笑い合った処に、給仕服を着た女性を連れた侑里が顔を出す。
「おや、此方も知り合いだったのか。……さて、時雨さん。飲み物は何を用意しよう。大抵の物は揃えてあるけども。」
「ぁー生憎と私ゃ詳しくないんでね。何でも良いよ。」
 侑里の問いに間を空けずそう答えた時雨だが、「畏まりました。」と下がって行こうとした給仕を不図思い附いた様に、呼び止めた。
「嗚呼、但し、匂いのキツイ奴や濃過ぎる抹茶以外で頼むよ。」
 少し肩を竦めてそう云う時雨に、給仕は丁寧に御辞儀を返すと用意をする為に別のティブルへと下がった。
 時雨は其の姿を一瞥した後正面に向き直って、同ティブルに着いている二人の顔を見渡した。
「さぁて、折角御茶に呼んで貰ったんだ、良い機会だから積もる話でもしよう。」
 そう云って、にやりと口の端を上げる。
「積もる話……、と云っても、」
「まぁま、細かい事は気にしなさんな。――時に志摩さん。此の間は黙って居ったけれどね、彼の学園で会うた子、遊び相手にでもしようと思うたんだよ。」
 其れだけ云って、時雨は背凭れに深く身を預けた。
「……遊び相手、」
 希がそう、反復する様に零したが、其の響きは丸で初めて其の言葉を聞いたとでも云う様に意味を伴っては居なかった。
 そして、其処迄話した処で給仕がティポットとカップを持って来る。
「何でも良いとの事でしたので、御薦めの紅茶を持って参りました。」
「嗚呼、有難さん。」
 其の言葉に続けて、簡単な説明を加えると恭しく御辞儀をして亦去って行った。
 希の前にはロイヤルミルクティのカップ、侑里の前には抹茶の碗が置かれている。
 時雨は徐にカップに手を伸ばし、一口啜ると話を続けた。
「君達には隠した処で無駄だから云うけど、昔は良く子供等に混じって葬式やポン引きの真似事なんかしたものさ。」
 其れを聞いてようやく二人は、嗚呼、と納得が行った様だった。
「随分顰蹙を買うたけど、そりゃあ楽しかった……。」
 眼を細めてしみじみ呟く其の姿は、紅茶を愉しんでいるのか、昔を懐かしんでいるのか。
 そして時雨はもう一口、紅茶を啜ってから乾菓子に手を伸ばす。
「私ばかり話して居っても愉しく無かろう、次は君等の番だ。二人はどんな幼少期を過ごしたね、」
 窺う様に顔を覗いてくる時雨に、そんな質問は全く頭に無かったのか希と侑里は思わず顔を見合わせた。
「どんな……と云われてもな。」
「貴方程長生きしてる訳でも無し、そんな聞いて面白い様な体験はしていないよ。」
 そう云って苦笑する侑里に、時雨は肩を竦めた。
「愉しもうとして無いんじゃないのかい、損な生き方だぞ。――けど、別に私も愉しい話を聞こうとしてるんじゃないんだよ。」
「と、云いますと、」
「君等に興味が湧いたんだ。何でも良いから話しとくれ。」
 頬杖を着いて微笑み、続けられた言葉に希も侑里も少し驚いた様に眉を上げたが、直ぐに微笑み返して、
「そう云う事なら、喜んで。」
そう、告げた。



 希は幼い頃一緒に過ごした愛犬の事を、侑里は少し変わった実兄の事を話した。
 二人共諸事情で、幼少遊んだ期間と云う物が短かったのだが、其れでも思いつく限り、其の記憶を上げた。
「……嗚呼、もう空が白んで来たな。月も沈む。」
 不図顔を上げた侑里が空を眺めて呟いた。
「そろそろ御開かい、……随分と長居してしもうたな。悪かったね。」
 侑里が立ち上がろうとした時雨の椅子を引く。
「いいえ、此方も愉しかった。……亦気が向いたら、今度は連絡でも。」
 そう云って侑里が微笑む。
「門まで送ろう。」
 希が、先を行こうとしたが時雨は其れを引き留める。
「良いよ良いよ、此処で。直ぐ其処だろ。」
 来た方向を指さして、希を追い越す。
「其れじゃぁね、亦。」
 ゆったりと一回手を振って、時雨は歩き出した。
 多分、姿が見えなく為る迄彼の二人は同じ場処に立っているのだろう。
 時雨はそんな事を思いつつ、門を押し開け、岐路へ着く。

 ――不図見上げた、陽の昇って来る東の空は、持て成された紅茶と同じ色をしていた。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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[ 5484:内山・時雨 / 女性 / 20歳 / 無職 ]

[ NPC:秋乃・侑里 / 男性 / 28歳 / 精神科医兼私設病院院長 ]
[ NPC:志摩・希 / 女性 / 23歳 / 入界管理局局長 ]

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■         ライター通信          ■
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改めまして御機嫌よう、毎度如何もの徒野です。
此の度は『茶精』に御参加頂き誠に有難う御座いました。

プレイングを見乍「チャレンジャーだ……チャレンジャーだ……ッ、」と一人浮き足立っていたのは秘密です。
仕上がりとしてはこんな感じにさせて頂きました。
結構好きにしたのですが、未だプレイングの範疇内ですかね……。
希と侑里の過去に就いては別処で既出なので勝手乍控えさせて頂きました。
宣伝になるので詳しくは云いませんがッ。

其れでは、此の作品の一欠片でも御気に召して頂ける事を祈りつつ。
――亦御眼に掛かれます様に。御機嫌よう。