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■鳩の系譜■

追軌真弓
【4487】【瀬崎・耀司】【考古学者】
 ――翼ある者の自由を投げ捨て、地を這う者よ。
    地に落ちたわずかな富を拾い集める者よ。

 ――望み通りその翼、手折ってやろう。
    失われたものの価値に嘆くがいい。
    白金、黄金の価値など取るに足らぬと気付くがいい。

 ――鳩の系譜に連なる者よ。
    今夜だけは温かな翼に顔を埋めて眠るがいい。

 ――夜と昼との狭間と共に、我が手が伸びるその時まで。


 ゆっくりとドアを開けた先には、おびただしい羽毛が散っていた。
 豪奢な天蓋付きのベッドにも、優美な曲線の脚を持つサイドテーブルにも羽根は降り積もっている。
 家具はどれも高価な印象だったが、統一感のないそれらに囲まれた私は居心地が悪かった。
 灰紫色のそれを一つ手に取ってみたが、見覚えのある色なのに何の羽根なのか思い出せなかった。
「鳩の羽だ」
 見たままを隣にしゃがみ込んでいた青年、和鳥鷹群が言った。
 童顔だが、戦闘にあたれば剣さばきは確かな青年だ。
 和鳥に言われて私も納得する。
 公園や街角に群れをなす鳩たち。
 手にしていた羽根を落とし、和鳥が立ち上がり振り返った。
 視線の先、部屋の外には依頼者の夫人が不安げに立っている。
 この部屋の持ち主である夫人で、朝目覚めたら部屋一面に鳩の羽が部屋に詰まっていたという訳だ。
 たまたま結城探偵事務所を訪れていた私は、人手が足りないという結城の言葉に便乗して、和鳥の調査の手伝いを申し出た。
 私の行動の根底に、好奇心があるのは否定しない。
 和鳥が手にした日本刀の刃を引き抜くと、彼の傍らに清楚な女性が実体化する。
 剣精・紅覇は刀に宿った人工精霊で、彼らが追う怪異――『狭間』に対抗する武器だ。
「狭間の気配がまだ残っています」
 紅覇は部屋を見回して言った。
「この部屋に来た奴が何かわかるか?」
 和鳥の問いに一瞬紅覇は夫人を見、きっぱりと言った。
「おそらく禍仙――濡羽かと。
一度魅入られた濡羽から解放されるには、濡羽を倒さなければなりません」
 意味のわからない単語が並び、夫人の不安は一層深くなっていったようだ。
 和鳥は表情を少し和らげ、微笑んだ。
「ご安心下さい。
手掛かりがある以上私どもはそれを必ずたどり、倒しますから」
 安心したのか、夫人の身体からも幾分緊張が取れた。
 夫人に聞いてみると、数日前から部屋に鳩の羽根が落ちていたらしい。
 そして羽根の量が増えていくのと比例して、部屋の調度品が消えて行ったそうだ。
「濡羽が訪れた場所には、鳩の羽根が残されます。
おそらく自身が攫うに値するか、様子を伺っていたのでしょう」
 紅覇が続けて言った。
「これだけの羽根が残されているとすれば、今日の夕方か明日の朝に濡羽は現われます」 
 狭間は昼と夜の間の時間に現われる事が多いらしい。
 時刻は今昼時を過ぎた頃だ。
「あまり時間がないな。でも、手伝いもいるし大丈夫か」
 和鳥の最後の言葉は、私に向けられたもののようだ。
 私は和鳥に頷き返した。
鳩の系譜

 ――翼ある者の自由を投げ捨て、地を這う者よ。
    地に落ちたわずかな富を拾い集める者よ。

 ――望み通りその翼、手折ってやろう。
    失われたものの価値に嘆くがいい。
    白金、黄金の価値など取るに足らぬと気付くがいい。

 ――鳩の系譜に連なる者よ。
    今夜だけは温かな翼に顔を埋めて眠るがいい。

 ――夜と昼との狭間と共に、我が手が伸びるその時まで。


 ふらりと立ち寄ったにも関わらず、結城探偵事務所の所長である結城恭一郎は忙しいだろうその手を止め、僕に時間をさいてくれた。
「最近発掘には向かっていないんですか?」
「……うん? そんな事はありませんが」
 テーブルの上、調査員の和鳥鷹群が淹れてくれた珈琲を挟みながら結城が笑った。
「いえ、偶然街で顔を会わせる事が多いように感じられて」
「偶然、ですよ」
 ――そういう事にしておいて欲しいな。
 僕――瀬崎耀司は考古学を学ぶ学徒だ。
 寄稿に机へと向かう時間も少なくないが、多くの時間は発掘のフィールドワークに費やしている。
 海外での発掘作業はここ数ヶ月短期間のものが続いており、自然日本にいる時間も増えている。
 僕の関心は常に未知のものへと向けられている。
 僕が惹かれるもの、その一つが『狭間』と呼ばれる存在、そしてそれを追う結城探偵事務所の二人という訳だ。
 所長である結城は壮年の白髪の男で、めったに言葉を荒げたりしない穏やかな人物だ。
 しかし狭間と対峙すれば、咆哮鞭と言われる武器で実体化させた雪狼を操り戦うのだと聞き及んでいる。
 その二面性が、興味深いと思う。
 ――身のうちに獣を飼う、か。
 調査員である和鳥鷹群も、やや幼い顔立ちや料理全般に秀でた世話好きな一面を裏切るような、豪放な太刀筋を持つ青年と聞く。
 ――アンバランスさが面白い二人だ。
 耀司は口元に運んだカップの熱さに、かすかに眉を寄せた。
 香りは申し分の無い珈琲だが、心なしか熱いような。
 調査員の和鳥は机に戻り、書類の山に埋もれている。
 盗み見たその横顔がやや不機嫌に曇っているのに気付き、耀司は密かに笑った。
 ――和鳥さんにとっては、まだ僕は招かれざる客という事か。
 和鳥は夏にいきなり紅茶の詰め合わせを送り付けた耀司を、いまだに不審がっているようだ。
 狭間に興味を持ったというだけで近付いてきた耀司を警戒している。
 その気持ちも、わからないでもないのだが……。
「お忙しそうですね。
僕はそろそろお暇した方がいいかな」
「いえ、俺もちょうど休もうと思っていた所ですから、お気になさらないで下さい」
 書類の向こうから突き刺さる、和鳥の視線が言外に帰宅を願っているように感じられる。
 ――感情が表に出やすい子は、からかい甲斐があるな。
 十年も年下だとこうも幼く感じられるものだろうか。
 自分が彼の年齢だった頃はどうだったろう、と耀司は意識をめぐらした。
「所長!」
「声大きいよ鷹群」
 結城にたしなめられ、む、と口元を曲げた和鳥が「……すいません」と謝って言葉を続ける。
「先日依頼があった所に行ってきます」
「ああ、濡羽らしいっていう……一人で大丈夫かい?」
 ますます眉間の皺を深くしながら、和鳥が答えた。
「大丈夫です」
 ――濡羽?
 耀司が疑問を口にする。
「狭間絡みの事件ですか?」
「ええ、禍仙と呼ばれる者が関わっているようなので、できれば俺も行きたいんですが。
生憎と書類作成が押していまして」
 苦笑する結城が語る所によると、禍仙とは狭間の中でも上位に位置する存在だという。
 ――実際に見てみたいものだな、狭間とやら。
「僕が同行してはいけませんか?」
「は!? だ、駄目に決まってますよ! ねぇ所長!!」
 耀司の思いがけない言葉に、上ずった和鳥の声が重なる。
 結城は一瞬考え込んだようだが、にこりと微笑んだ。
「そうですね。一度狭間がどういったものか、実際に御覧になった方が良いかもしれません」
「所長!」
「宜しくお願いします、和鳥さん」
 殊更丁寧に耀司は和鳥に頭を下げた。
 もちろん、和鳥の反応がおかしくてわざとそうしたのだが。
 不満げな和鳥に、結城が声をかける。
「瀬崎さんは鷹群の手を煩わせるような人じゃないよ」
「……っ! 車、出してきます」
 車のキーと壁に立てかけてあった日本刀を手に取り、和鳥は事務所から出て行った。
「鷹群は何をムキになって……」
 ややふらつきながら出て行く背中を見送り、結城が呟いた。
 ――この人もひどい天然だ。
「結城さん、わかってないんですか」
「何がですか?」
 意味がわからず見返してくる結城を見つめ、耀司は喉の奥で笑った。
 ――本当に面白いな、この人たちは。
「……いえ、何でもありませんよ」


 依頼者の元へと向かう車中、和鳥はぶつぶつと不満を口にしていた。
「所長が良いって言っても、俺は反対なんですからね!」
「まあ、自分の身くらいは守れるつもりだよ」
 助手席に納まった耀司が、慰めとも言い訳ともつかない言葉を口にする。
 赤い左目に宿った蛇神の力を解放すれば、狭間に対抗できるだろう。
 ――使わずに済めば、それに越した事はないが。
「……どうして、ついて来る気になったんですか?
瀬崎さんは人助けってタイプには見えませんよ」
 信号待ちで止まった車の中、諦めたのか落ち着きを取り戻した和鳥が聞いた。
「ハハ、辛口だな」
 耀司は流れていく人並みを見やりながら答えた。 
「僕は狭間の存在自体に強く惹かれていてね。
うん、君の言う通り、依頼人を助けたいなんて考えちゃいない。
要は知りたがりなんだよ。僕は」
 信号が変わり、和鳥は車を発進させる。
「後できっと後悔しますよ」
「君は後悔しているのかい?」
 逆に問われて、和鳥は一瞬言葉につまった。
「うちは母親が剣精使いでしたから、後悔も何も、最初から選択肢が無かったんです」
 成長した男の横顔に、まだ子供のような柔らかな部分を耀司は認めた。
 ――辛い時期もあったのだろうか。
「……良い思い出ばかりではない?」
「狭間に関われば、嫌でも人の感情の汚い部分を見てしまいますから」
 和鳥はそう言った後「もう慣れましたけどね」と笑った。
 涙の位置にあるほくろが耀司の印象に残った。


 依頼者の住まいは館と言っても過言ではない、豪奢なものだった。
 その内部も贅沢にかけられた金の重さを感じさせる。
 ――趣味が良いとは言いがたいな。
 依頼者であるこの家の夫人に案内され、通された寝室にはおびただしい羽毛が散っていた。
 豪奢な天蓋付きのベッドにも、優美な曲線の脚を持つサイドテーブルにも羽根は降り積もっている。
 家具はどれも高価な印象だったが、統一感のないそれらに囲まれた耀司は居心地が悪かった。
 ――何だ? この感覚……。
 チリ、と左目が痛む。
 異界を覗き見る、左目……それが真に開こうとしているのか。
 灰紫色のそれを一つ手に取ってみたが、見覚えのある色なのに何の羽根なのか思い出せなかった。
 見えている物と、その本質が大きくかけ離れているように思える。
「鳩の羽だ」
 見たままを隣にしゃがみ込んでいた和鳥が言った。
 和鳥に言われて耀司も納得した。
 公園や街角に群れをなす鳩たち。
 手にしていた羽根を落とし、和鳥が立ち上がり振り返った。
 視線の先、部屋の外には依頼者の夫人が不安げに立っている。
 この部屋で朝目覚めたら、部屋一面に鳩の羽が部屋に詰まっていたと彼女は語った。
 ――それはまた、猟奇的だ……。
 そう思いつつも、一欠片も夫人に同情していない自分が耀司はおかしかった。
 ――狭間が目をつける、その価値をこのご夫人はお持ちだ。
    それが何かを知りたいね、僕は。
 和鳥が手にした日本刀の刃を引き抜くと、彼の傍らに清楚な女性が実体化した。
 剣精・紅覇は刀に宿った人工精霊で、彼らが追う怪異――『狭間』に対抗する武器だ。
「狭間の気配がまだ残っています」
 紅覇は部屋を見回して言った。
「この部屋に来た奴が何かわかるか?」
 和鳥の問いに一瞬紅覇は夫人を見、きっぱりと言った。
「おそらく禍仙――濡羽かと。
一度魅入られた濡羽から解放されるには、濡羽を倒さなければなりません」
 意味のわからない単語が並び、夫人の不安は一層深くなっていったようだ。
 和鳥は表情を少し和らげ、微笑んだ。
「ご安心下さい。
手掛かりがある以上私どもはそれを必ずたどり、倒しますから」
 安心したのか、夫人の身体からも幾分緊張が取れた。
 夫人に聞いてみると、数日前から部屋に鳩の羽根が落ちていたらしい。
 そして羽根の量が増えていくのと比例して、部屋の調度品が消えて行ったそうだ。
「濡羽が訪れた場所には、鳩の羽根が残されます。
おそらく自身が攫うに値するか、様子を伺っていたのでしょう」
 紅覇が続けて言った。
「これだけの羽根が残されているとすれば、今日の夕方か明日の朝に濡羽は現われます」 
 狭間は昼と夜の間の時間に現われる事が多いらしい。
 時刻は今昼時を過ぎた頃だ。
「あまり時間がないな。でも……何とかやれるだろ」
 その言葉は彼自身に向けたものらしかった。
 ――さて、どう出るのか狭間よ……。 


 応接室へと依頼者を移し、和鳥と耀司は屋敷の中を探索していた。
 鳩の羽根は依頼人の寝室の他、中庭にも落ちていた。
 が、その数はごくわずかで、見落としてしまいそうな量だった。
「これは実際の鳥の羽毛と同じものかな?」
 耀司の質問に紅覇が答えた。
「同じものですよ。
狭間に属するものが、異界の存在でいるのは一瞬です。
こちら側に姿を現したその時点で、存在は私たちと同じ場所に立つのです。
しかし、彼らは常に世界の境界である、昼と夜の間に留まっています」
 和鳥はむき出しの日本刀を片手に、中庭の植え込みの影を調べている。 
 人工精霊である紅覇は、完全に独立した存在らしい。
「それならば、攻撃を加えてもあたらないのではないかね?」
 紅覇が耀司の疑問に答えた。
「私たち剣精は、狭間をこの世界に確定する道具でもあります。
不確定の存在である狭間を、この世界で実体のあるものへと変換するのが、剣精と人工精霊の役目なのですよ」
 ――どういった技術が使われているのか……興味は尽きないな。
 耀司は顎に手をやりながら考え込んだ。
 八重垣の祖先が作り出したと言われる剣精は、人工精霊に心さえ付加させている。
 魔力や霊力の無い人間が、狭間と戦うために編み出した技術なのだろう。
 ――そうまでして戦う理由、それも機会があれば調べてみたい。
 思考に沈む耀司に、そっと声を潜めて紅覇が話しかける。
「瀬崎様、あまり鷹群様をからかわないで下さいね」
「随分と人聞きの悪い」
 お互いに小さく笑って、二人はやや離れた場所に佇んでいる和鳥に視線を向ける。
「事務所ではわざと鷹群様の反応を見ていたのでしょう?」
「ばれていましたか」
 人工精霊は鞘に納まっている間も意識を持っているようだ。
「鷹群様はからかうと楽しい方ですけどね」
 年の離れた弟を見守るような眼差しだ、と耀司は思った。
 ――剣精として、ずっと彼の傍にいたのか。
 和鳥が肉体だけでなく、精神も傷付いた日は一度や二度ではないのだろう。
 話しこんでいる耀司と紅覇に気付き、和鳥が二人に向かって歩いてきた。
「またある事無い事吹き込んでたな?」
「無い事は言いませんよ。
私たちは嘘がつけないように作られていますから」
「本当かよそれ」
 紅覇と話している和鳥は、所長である結城に接している時とも違う表情だ。
「そろそろ日が落ちる。戻りましょう」
 和鳥の言うとおり、日が西に傾き始めていた。


 西日が差し込み始めた応接室に、依頼人である夫人が座っていた。
 部外者である耀司がその場にいる事も、自分が消えてしまう恐怖と、高価な調度品が消えていく憤りで霞んでいるようだった。
 和鳥は夫人のすぐ傍らに立ち、その場の気配に神経を配っている。
 ――しかし、何故このご夫人が狭間に狙われる?
 耀司から見れば、人間的な価値など全くといって良い程感じられない。
 小声で紅覇に耀司は聞いた。
「……濡羽は人の欲深さを憎みます」
 夫人に遠慮した紅覇が控えめに答えた。
「……例えば悪に属する人間でも、君たちは依頼があれば守るのかな?」
「守りますよ」
 迷いの無い答えが紅覇から返ってくる。
「たとえどんな方でも、私は鷹群様が決めた方をお守りします。
私は古の約定に縛られる身ですが、そんなものなど無くても、人を……鷹群様を守りたいと思っています」
 ――精霊の心は限りなく人に近しい存在か。
 思いに耽りかけた耀司の左目を、再び疼痛が襲った。
 ――異界の存在が、この場に現われようとしている……!
 そこに魔があるからこそ、この左目はそれを見ようと目をこらす。
「来るぞ紅覇!!」
 意識を手放しかけた耀司を、和鳥の声がこちら側に引き戻す。
 短く悲鳴を上げた夫人の周りに、ふわりと鳩の羽根が舞い降りてきていた。
 そして羽根が触れたテーブルや椅子の背もたれが、泡のように形を溶けさせていく。
 横になぎ払った刀の風圧で羽根を飛ばし、和鳥が夫人を後ろに庇った。
 紅覇はその傍らの中空に移動している。
 斜陽の色に染まった応接室が、一瞬で闇の色に染め変えられた。
「……面白い相を持つ人間が集まっている事。
地を這う者に、翼は要らぬな。蛇相の男よ。
そして空の眷属にして、地を這う者を守るか。剣人よ」
 紅覇とも、夫人ともつかない笑い声がその場に響き、元凶である濡羽が姿を現す。
 着物に描かれた鳩たちは、生地の中で生きているように赤い瞳を光らせている。
 美しいが酷薄な笑みを浮かべた濡羽は長い袖で口元を覆い、汚らわしいものを見るような視線を依頼人の夫人に向けた。
「その女に守るべき価値などあるのか?
強欲にまみれ、地に落ちた金を拾うのに躍起になっている……そんな女でも?」
 和鳥の背後で夫人が息を飲む。
 和鳥が一瞬だけ夫人を振り返って笑みを見せ、言い返した。
「人は人の道理で生きている。
どんな人間の命でも、人以外が手を下して冥府へ連れ去る事は許されない」
「ご立派な事……」
 とん、と床を蹴った濡羽が和鳥たちに迫る。
「貴様にとってその価値があるならば、守ってみせるが良い」
 一瞬姿を消した濡羽は和鳥の上にその身を躍らせ、黒い扇子を振り下ろす。
 扇子に舞った羽根が和鳥の身体に貼り付き、肉を抉った。
「……っ!」
「不本意でしょうが、お助けしますよ」
 その場に存在するものを力として変換する耀司の能力は、驚異的な身体能力の向上をもたらす。
 豪腕とも言うべき耀司の腕が濡羽の長い袖を突き破り、鳩の羽ばたく音が響いた。
 敗れた袖に描かれていた鳩は血に塗れて羽根を散らしている。
 耀司の思わぬ攻撃に濡羽は和鳥たちから一旦距離を置いた。
「大丈夫ですか?」
「……何とか」
 痛みに顔をしかめた和鳥が耀司に向かって言った。
「狭間と話はできないのだろうか」
 ――知性と呼ばれるものも高そうな相手だ。
    交渉如何によっては、手を引くかもしれないな。
「濡羽は無理だと思います」
「どうしてだね?」
 抉られた腕を止血しながら和鳥が答える。
「……濡羽は一度決めた相手を消すまで、狭間に戻りません。
濡羽の本質は『強欲な人間を憎む人の心』です。
それは、相手が消えない限り静まりません」
 ――人の心?
「だから、壊すしかないんです」
 立ち上がった和鳥は拳に布で刀を固定している。
「さっき瀬崎さんが袖を破ってくれたおかげで、濡羽の羽根の数がかなり減りました。
あの姿を保つのもやっとだと思います」
 耀司に向かってぺこりと頭を下げ、和鳥が濡羽に向かった。
 怯える夫人が耀司の陰に隠れる。
「少しの間、この人をお願いします!」
 濡羽はざんばらな髪の下から、鳩と同じ赤い瞳を光らせて笑っている。
「……何度我らを倒しても、同じ事、無意味な事だと思わぬのか?」
 ――人の心に影となるものがある限り……。
 濡羽の言葉に頷きそうになるのを、耀司は押し留めた。
 耀司は舞い散る羽根を拳圧で捌きながら、和鳥を見守る。
 と、わずかな隙を突いて和鳥の刀が濡羽を突き抜けた。
「俺は意味があると思って、狭間を狩ってる」
 刀を引き抜くと同時に、その姿は細やかな粒子となって消えていく。
 闇色の粒子が消えた応接室には、本物の夜の闇が訪れていた。


「帰りは僕が運転しよう。
僕が一緒に来て正解だったという訳だね」
「……そうですね」
 肉体の疲労と、それ以外の何かで和鳥の肩は著しく下がっている。
 和鳥の左手に納まった剣精の鞘が、カタカタと音を立てた。
 ――からかうのは程ほどに、かな?
 紅覇の言葉を思い出した耀司は苦笑した。
 外はすっかり日が落ちている。
 依頼人が濡羽によって失くした調度品も、濡羽が消滅すると同時に戻った。
 依頼人の今後の生き方がこの件で変わるかは、また別の話になるのだが。
 ――狭間が危険なものだとわかっても尚、ますます惹かれてしまうのはどうしたら良いのか……。
 それはこれからゆっくり考えればいい事だ、と耀司は運転席のドアを開けながら思った。


(終)


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 4487 / 瀬崎・耀司 / 男性 / 38歳 / 考古学者 】

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■         ライター通信          ■
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瀬崎耀司様

ご参加ありがとうございます。
実は本格的に関わるのが初めてという結城たちです。
和鳥の中では「アヤシイ人だ!」という認識ができているようです。
瀬崎様とは年齢も離れているので、自分よりも余裕のある雰囲気に苛々しているようでしたが、いかがでしたか?
少しでも楽しんでもらえると嬉しいです。
ご注文ありがとうございました〜!