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■囚われのノルン ―怪盗ノルン―■

高原恵
【0086】【シュライン・エマ】【翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
●オープニング【0】
 怪盗ノルン――それはおよそ2年ほど前に忽然と世に姿を現した泥棒である。
 ノルンが狙うターゲットは宝石・絵画・その他美術品など。それもわざわざ犯行予告状を送り付けた上、厳重な警備を擦り抜けて盗んでゆくのだ。誰1人傷付けることなく。そして盗んだ品物は後日持ち主に全て返されていた。
 ノルンのはっきりとした姿は判明しておらず、一説には変装の達人という話もある。だが実質的な活動期間は1年もなかったであろうか。ぱたっとノルンの動きが止まってしまったのである。
 ノルンからの予告が届くこともなく時が流れ――この4月。久々にノルンからの予告状が某デパートに届いた。そのデパートで催されている宝石展にて展示されていた貴重な宝石を盗み出すというのだ。
 その予告状を受け、乗り出したのがご存知ノルン対策チーム。現場責任者である警視庁の山形警部がいつものように陣頭指揮を取っていた。
「待てーっ、ノルン! 今日こそ逃がさんぞー!」
 予告の夜、現れたノルンを追いかけて山形は部下たちと非常階段を屋上に向かって駆け上がっていた。だがノルンは息を切らすことなく、山形たちの先を走ってゆく。いつもの光景である。
 だが、こんな追いかけっこの最中のことだった……突如ノルンの周囲を、黒く透明な立方体のような物が包み込んだのは。
「あっ!」
 驚きの声を上げるノルン。次の瞬間、立方体らしき物は真っ黒になり、それが消えた後にノルンの姿はなかったのである。ただ、盗んだ宝石のみをその場に残し……。

 ノルンが妙な消え方をした翌日の朝。山形の娘・はるひが入院している病院でのこと。
「おはよう、はるひちゃん。朝の検温――」
 看護師の女性が個室に入るとベッドの上にはるひの姿はなく、もぬけの殻だったのである。

 そしてその夜。
 帰宅しようと署を出た桜桃署捜査課勤務の新米刑事・月島美紅を呼び止める、黒髪で白いスーツに身を包んだ女性があった。
「月島……美紅さん?」
「はい?」
 足を止め振り返る美紅。彼女を呼び止めたその女性は、20歳前後に見えた。
「あなたに、探してもらいたい娘が居るのです」
 女性は美紅の目をじっと見据えて静かに言った。
「それでしたら、署の方に捜索願いを……」
「いいえ、あなたでなければならないのですよ」
 女性が美紅に近付いてゆく。
「……その娘を探すことは、山形警部の娘さんを発見することに繋がるのですから」
 女性がそう言った瞬間、美紅の顔色が変わった。はるひが行方不明になったことは伏せられているのに、この女性は何故そのことを知っているのか?
「時間がないので、用件のみ告げましょう。探してもらいたい娘の名は、シーディヌス。黒のおかっぱ頭で、胸元に大きなリボンのついた黒いワンピースで身を包んでいる少女です。そして……」
 女性は美紅にキーホルダーのような物を手渡した。
「これがシーディヌスの残した物。あの娘のことです、きっと手がかりになるはずです」
 それは鎌の形をした物だった。
「では……」
 と言って女性は美紅の前から姿を消した。
(どうしよう)
 残された美紅は女性を追いかけることも出来ず、ただ鎌の形をしたキーホルダーを見つめていた。
 言われた通り、シーディヌスなる少女を探すべきなのだろうか……知り合いの手を借りて。


〈ライター主観による依頼傾向(5段階評価)〉
戦闘:?/推理:5/心霊:5/危険度:?
ほのぼの:1/コメディ:1/恋愛:1
関連依頼:『怪盗ノルン』
     『インターミッション ―怪盗ノルン―』
参考依頼:ありますが、どれとは明確にしません
*プレイング内容により、傾向が変動する可能性は否定しません

【募集予定人数:1〜10人】

囚われのノルン ―怪盗ノルン―

●説得【1】
「山形警部」
 月島美紅が謎の女性と出会った翌日、警視庁内――心なしか肩を落とし気味に廊下を歩いていた山形警部を、背後から呼び止める者が居た。警視庁超常現象対策本部・対超常現象1課所属の葉月政人警部である。ちなみに2人の年齢差は干支1回り以上、もちろん政人が年下だ。
「……ああ、葉月警部」
 振り返り自分の名を呼んでくれた山形を見て、これは重症だと政人は思った。いつもであれば『葉月警部殿』と少々嫌味っぽい口調で言ってくるのに、今はそれがない。やはり娘のはるひが行方不明になったことで、かなりダメージを受けているのだろう。
「ちょっとこちらへ」
 政人はそう言い、人気のない方へと無理矢理山形を引っ張ってゆく。山形は特に抵抗することもなく、素直についていった。
「山形警部。今から僕が言うことを、よく聞いてください」
 真剣な眼差しを向け、政人は山形へ語りかけた。
「……何だね」
「ノルン担当から一時的に外れて、今は娘さんの捜索に専念してください」
「何っ!」
 政人の言葉を聞いた瞬間、山形の瞳に光が宿った。
「馬鹿を言うな! 肉親の事件は……」
「分かっています。肉親の事件を担当することは、捜査の原則から外れるということを」
 普通、捜査員は自らの関係者が絡む事件からは外される。それは捜査に私情が入らないようにするためである。私情のために、真実が曲げられてしまう可能性が否定出来ないからだ。政人だって警察官だから、そのことは非常によく分かっている。けれども――。
「でも今回だけは行ってあげて下さい。……娘さんのことは聞きました。きっと娘さんは寂しかったと同時に、山形さんの仕事が好きなんだと思います。だから今、山形さんが娘さんを探してあげないと……きっと悲しい思いをさせてしまうと思います。そして山形さん自身も……後悔することになると思います」
 そう言って、がしっと山形の肩を政人はつかんだ。
「しかし……わしは……」
「ノルンのことは、僕たちに任せてください」
 ただまっすぐに、山形の目を見つめる政人。どのくらい時間が経過しただろう……山形の頭が、ゆっくりと沈んだ。
「……すまない、葉月警部」
「では山形警部!」
「……病院に向かわせてもらう。わしは……警察官失格かもしれんな……」
「そんなことはありません。あなたは、立派な警察官です。娘さんに、決して恥じることのない警察官です!」
「……ありがとう」
 政人の言葉に大きく頷く山形。目の端に、光る物があったのは決して気のせいなんかではないだろう。
 そして山形は政人に敬礼すると、廊下を駆けていった。その後ろ姿を敬礼して見送る政人。山形が角を曲がった時、1人の女性警察官が擦れ違って政人の方へやってきた。
「探しましたよ、葉月警部。今のは山形警部では……?」
 女性警察官、対超常現象1課のオペレーター・不動望子巡査が政人へ声をかけた。抱えているのは書類の束、どうやら何かの報告にやってきたようである。
「うん。今から病院へ向かうことになった」
「では、はるひちゃん失踪事件の捜査に、ですか?」
 望子の問いかけに頷く政人。望子も警察官ゆえ、事件のことは当然知っていた。そして思い出したように望子へ政人が告げる。
「……一緒に行ってもらった方がいいかもしれない」
 それに対し、ほんの少し思案してから望子は口を開いた。
「分かりました、葉月警部。山形警部にも、報告をしなければならないと思っていましたから。それを兼ね、私もこれから病院へ向かいます」
 現在望子はノルン対策チームへ合同捜査として、対超常現象1課から出向扱いとなっていた。ゆえに今、山形は上司にあたる。捜査を手伝うことは、何ら問題ないのだ。
「ではこれを」
 と言って望子は書類の束を渡そうとしたが、政人はそれを手で制した。
「それは山形警部へ。同じ内容はディスクにも入っているだろうし」
「ええ、その通りです」
 IT化が進んだ現在においても、書類というのはなかなか減らないものである。特に警視庁みたく旧来から存在する組織だと、その傾向が強いのかもしれない。
「それでは不動望子巡査、これより山形警部の補佐につきます」
 望子が書類を脇に抱え、政人に敬礼した。

●ある仮説【2】
 同じ頃、桜桃署近くの喫茶店で集まっている者たちが居た。奥まったテーブルへ座っているのは、美紅を中心とした計6人。シュライン・エマ、高ヶ崎秋五、鹿沼・デルフェス、天薙撫子、そして美紅と5人……おや?
 おっと失礼、もう1人忘れてはいけない。シュラインの頭上に10センチほどの可愛らしい女の子、露樹八重がちょこんと座っていた。これで間違いなく6人だ。5人いずれも美紅が声をかけた知り合いの者たちである。
「鎌みたいなのでぇす……」
 シュラインの頭上から身を乗り出し、八重がまじまじとテーブルの上に置かれたキーホルダーのような物を眺めた。鎌みたいというか、鎌をかなりサイズダウンしたらこうなったという気がしないでもない。
「あたしがもつとジャストサイズっぽいでぇす」
 確かに、八重が持つとぴったりくる大きさであった。威力はどうだか知らないけれども。
「……で、その白いスーツに身を包んだ女性がこれを残していったんですか。美紅さん」
 話を一通り聞き終わった秋五が美紅へ確認する。元々は美紅の上司である築地大蔵警部補と昔から縁のある情報屋だったのだが、その関係で近頃美紅との付き合いも出来てきたのだ。
「はい。『きっと手がかりになるはず』なんて言って」
「ふぅむ……」
 思案する秋五。この鎌の形をしたキーホルダーのような物に、いったい何の手がかりが残されているのだろう。
「……それがすなわち、はるひ様を見付けることにも繋がるのですね」
 静かに撫子が言う。撫子は美紅から今教えられる前に、はるひ失踪のことを薄々勘付いていた。以前のお見舞い以後、折を見てははるひの病室を訪れていたのである。つい昨日だってそうだ。訪れてみれば、何やかんやと理由をつけられてはるひに会わせてもらえない。そして上手くカモフラージュしているが、警察らしき者たちの出入りが病院にあって――。
「そう言っていました。でも、どうしてそれが繋がるのか、まるで分からなくて」
 頭を抱える美紅。シーディヌスという少女とはるひ、この間に何の接点があるというのか。
「……そういえば美紅様」
 それまで黙っていたデルフェスが、思い出したように美紅の名を呼んだ。
「はい、何でしょうか?」
「ノルンも姿を消したと、連絡をいただいた時にお聞きしたと思うのですが」
「……言いましたっけ?」
 デルフェスの言葉に、美紅の目が泳いだ。
「ええ、確かに」
 こくんと頷くデルフェス。デルフェス曰く、その時の美紅の発言内容としては『ノルンも娘も消えて山形警部は大変だ』といったものであったらしい。
「私、疲れていたんでしょうか……」
 またまた頭を抱える美紅。どうもうっかりそんなことを口走ってしまったようである。
「じゃあ、3人いなくなったでぇすか? 重なりすぎなのでぇす」
 素朴な疑問を口にする八重。確かにそうだ、偶然にしては出来過ぎている気がしなくもない。
 と、ふと八重はシュラインの様子が妙なことに気付いた。
「あや、シュラインしゃんどうしたのでぇすか?」
「えっ?」
「さっきからずっとむずかしいお顔してるでぇすよ?」
「……そうかしら」
 八重の問いかけに、シュラインは曖昧気味に答えた。でもやっぱり、難しい表情のままである。
「ノルンのことなのですけれど」
 再びデルフェスが口を開いた。皆の注目がシュラインからまたデルフェスへと戻る。
「……怪盗ノルンが現れない間、わたくしは冷静になって考えてみました。その考えを、今ここでお話ししてもよろしいでしょうか?」
 皆へ同意を求めるデルフェス。視線は特に美紅へと向いていた。
「お願いします。今はどんなことでも聞いた方がいいと思うんです」
 きっぱりと美紅が言う。他の者も異論はない。異論が出ないことを確認し、改めてデルフェスは語り始めた。
「今までわたくしはノルンを一方的に悪と見てきましたが、悪には悪の理由があって盗んでいると思うになりましたの」
「……どうしてそう思われるに至ったのでしょう」
 撫子が静かにデルフェスに問いかける。デルフェスは小さく頷いてから、撫子の質問に答え始めた。
「皆様、お忘れではないでしょうか。ノルンは盗んだ品物は全て返しているということを。ですから、品物を目的として盗んでいる訳ではないのは明らかかと思われます。ならば盗むという行為……それが目的と考えることになると思いますの」
「でもそれは、捜査本部も考えていることだと思いますけど……?」
 美紅が口を挟む。ノルン対策チームも愚かではない。品物を返している以上、目的が盗む行為そのものだと考えているだろう。だが、デルフェスは静かに頭を振った。
「そこが、盲点なのですわ、美紅様。品物を狙うことが盗むという目的を果たすための手段と考えるのでしたら、盗むことが別のある目的を果たすための手段であるとも考えられなくないと思われますの」
 このデルフェスの説明を聞いて、他の5人の頭上に一瞬クエスチョンマークが浮かんだような気がした。……どういうことですか?
「そこまで考えが至りしばらくし、昨夜美紅様からご連絡をいただきました。それを聞き、わたくしは稲妻が全身を貫いたような感覚に襲われましたの……飛躍した、考えであるかもしれませんが」
「とても面白い話ですね。先を聞かせてもらえますか」
 デルフェスの話に興味を覚えていた秋五は、さらなる話の先を促した。
「例えばシーディヌス様がはるひ様のパートナーで、魔女っ娘のようにノルンに変身させているとしたならば……いかがなのでしょう」
「え?」
 デルフェスの推理に耳を疑う美紅。
「美紅様。はるひ様の外へ出たい願望を、ノルンとして具現化させているのかもしれませんわ。もちろんこれは、わたくしの仮説にすぎないのですが……」
「ちょ、ちょっと待ってください……。じゃ、じゃあ、盗むということはその……外へ出たい願望を果たすための……手段で……ええ?」
 混乱する美紅の頭。しかし、デルフェスの仮説は筋が非常に通っているような気がする。ならば、シーディヌスを探すことがはるひを見付けることに繋がるのも自然な流れなのか……?

●少女の名は……【4】
「落ち着かれましたか、美紅様?」
「は、はい……」
 デルフェスが美紅を気遣っていた。テーブルの上の水は全て飲み干されている。落ち着くために、ひたすら美紅が飲んでしまったのだった。そして全て飲み干して、ようやく落ち着きを取り戻したのである。
「……ま、ちょうど暇でしたし手伝いますよ」
 美紅が落ち着きを取り戻したのを見届けて、秋五が言った。だが前髪に隠れた目は、美紅を見つめてはいない。注意深く、皆の様子を窺っているように思えた。
「ただ……」
 ぼそりとつぶやくような秋五の言葉に、皆の視線が引き寄せられるように集まった。
「私のカンですけど、ひょっとしてこの中にシーディヌスを知っている者が居るのでは……?」
 秋五はそう言って、ゆっくりと皆の顔を見回した。しばしの沈黙の後、ある2人が重い口を開いた。
「……思い当たることがないと言えば、嘘になるのかも」
「シーディヌスという少女が、わたくしの知る少女と同一人物であるのでしたら……」
 ほぼ同時に、シュラインと撫子が口を開いたのである。思わず顔を見合わせる2人。互いに先を譲り合ったが、結局撫子から話すこととなった。
「その少女の風体を聞き、思い出したのです。以前……とある事件で、わたくしたちの前に現れた少女のことを。彼女は、時の女神に通ずる死神と名乗っておりました」
「その少女がシーディヌスですか?」
 秋五が確認するが、撫子は頭を振った。
「その時、素性こそ明らかにしていましたが、その名を名乗ることはありませんでした。この時だけでしたら、わたくしももしかすると思い出すことはなかったのかもしれません」
「また、目撃をされたのでしょうか?」
 デルフェスが尋ねると、撫子はこくっと頷いた。
「はい。以前はるひ様の入院する病院で。お見舞いを終えた帰りに……」
 撫子、衝撃の発言であった。それはつまり、死神がはるひのそばに居たということで――。
「……死期近いってこと……?」
 シュラインがぽつりつぶやく。素直に考えれば、そういうことになるのだろうか?
「死期が近いから関わり合って、そのことによってノルンが出来て……一緒に居るの?」
 言葉を続けるシュライン。そういう考え方も出来なくはない。
「ああ、やっぱりノルンって名前はそういうことだったのね……」
 シュラインが大きな溜息を吐いた。何やら思い当たることがあるらしい。それはきっと、先程の発言に繋がるのであろう。
「話してもらえませんか」
 秋五が今度はシュラインに話を促した。
「……以前から名前に引っかかっていたのよ。ノルンといえば北欧神話、それに出てくるのは過去・現在・未来の3人のノルン……」
「時間をつかさどってるのでぇす♪」
 八重がすっと会話に入ってきた。難しい話が続いていたのでずっと静観していたのだが、時間の話は八重の分野である。いくらでも会話が出来る。
「時の女神、ですね」
 撫子がつぶやくと、シュラインが大きく頷いた。
「きっと月島さんに依頼した女性は、時の女神の1人だわ。黒髪なら……きっとヴェルディアという名の」
 この女神には、以前とある事件でシュラインはお目にかかったことがあったから覚えているのだ。
「……女神ですか……」
 あ、ダメだ。美紅さん、何だか遠く見つめてます。理解力をちょっと越えてしまった模様。
「美紅様! どうかしっかり……!」
 デルフェスが美紅を遠くから呼び戻そうとするが、どうも少し時間がかかりそうな気配があった。無理もない。
「……さて、じゃあ私は病院から調べてみましょう」
 秋五はそう言って、すくっと席を立ち上がった。

●秘密【6】
 某所廃屋。
 そこに小麦色の肌を持つ、1人の金髪女性の姿があった。豊満な肉体を持つ、美女といって差し支えない20代前半ぐらいの女性である。
 廃屋に金髪女性1人きり?
 いやいや、そんなことはない。『動いている者』に限定するならば金髪女性1人きりだが、それ以外を含むなら3人居ることになる。
 1人は5歳くらいの可愛らしい女の子だ。そしてもう1人は、胸元に大きなリボンのついた黒いワンピースで身を包んでいる、黒のおかっぱ頭の少女。2人とも黒く透明な立方体のような物に包まれて、身動き1つしやしない。生きているのか死んでいるのか、それすらも分からなかった。
「あっけないもの……」
 金髪女性は赤い瞳を立方体に向け、鼻で笑った。
 そんな廃屋へ不意に飛び込んできた者が居た。それは背中に蝶のような羽根のある、体長50センチほどの……妖精なのだろうか。ツインテールの女の子妖精みたいだ。
「スクエアちゃん、探したよ〜」
 妖精は金髪女性に向かってスクエアと呼び、頭上をくるくると飛び回った。
「どうしたの、アズ」
 スクエアが妖精をアズと呼んだ。それが妖精の名前なのだろう。
「ニーベルちゃんが呼んでるよ〜。だからアズ探してたの〜。飛王ちゃんはもう来てるの〜」
「……せっかくいい感じだったのに」
 ぼそりつぶやくスクエア。残念そうな口振りである。
「あ〜、スクエアちゃん勝手に何かやってたんだ〜? ニーベルちゃんに言ってやろ〜、言ってやろ〜」
「静かになさい、アズ。あなたもこうなりたい?」
 と言い、スクエアは立方体を指差した。たちまちふるふるとアズが頭を振った。
「アズ嫌だよ〜」
「ならおとなしくなさい。いい子にしてたら、あとでクッキーあげるから」
「わ〜い☆」
 くるくるとスクエアの頭上で舞うアズ。さてはてこの2人、いったいどういう関係なのだろう。
 やがてスクエアはアズとともに廃屋から姿を消した。残されたのは2つの立方体のみ。
 しかし……ここにスクエアたちが居たことを知るのは、誰も居ない。

●発見【7】
 それから約40分後――美紅たち5人の姿が件の廃屋近くにあった。
「……恐らくあの建物かと思われますわ」
「同じくです」
 デルフェスと撫子が2人して、同じ廃屋を指差して言った。2人とも鎌の形をしたキーホルダーのような物から魔力なり霊力などを辿り、ここへ行き着いたのだった。
「あの中に、シーディヌスしゃんがいるでぇすか?」
 八重が尋ねると、デルフェスと撫子は顔を見合わせてからこくりと頷いた。その可能性は決して低くない。
「ちょっと待って。静かに……」
 シュラインが皆に静かにするように言い、耳を澄ませてみた。廃屋の方角からは、特に何も物音は聞こえてこない。誰も居ないのだろうか?
「うーん、誰も居ないみたいだけど」
 首を傾げるシュライン。何の物音もしない所に、果たしてシーディヌスは居るのかどうか。
「でも、気を付けた方がいいですよね?」
「もちろんです」
 美紅の言葉に撫子が即答した。
「何が起こるか分かりません。それに……」
「それに?」
「……気になる物が見えました」
 思案顔でつぶやく撫子。龍晶眼により残留する霊力を読み取った際、見えた物があったのだ。
 それはきっとシーディヌスからの視点であるのだろうか。赤い瞳の金髪女性の姿が不意に浮かび上がってきたのである。そのことを撫子は皆に告げた。
 注意深く、慎重に廃屋へ近付いてゆく一同。やはり廃屋から気配は感じられない。やっぱり誰も居ないのではないだろうか。
「わたくしが覗いてみますわ」
 至近距離まで来た所で、デルフェスが皆に言った。自分ならばいざということになっても、大丈夫だと告げて。
 そして壊れた窓から、そっと中を覗き込むデルフェス。次の瞬間、はっと息を飲んだ。
「はるひ様!」
 そこにはるひが居たのだ。黒く透明な立方体のような物に包まれた状態で。その隣にはもう1人同じ状態の少女が居た。元に大きなリボンのついた黒いワンピースで身を包んでいる、黒のおかっぱ頭の――。
「あれがシーディヌス様なのでしょうか……」
 衝撃をどうにか抑え、中の様子を伺うデルフェス。どうやら誰も居ないようだ。デルフェスは皆にそのことを告げ、全員で廃屋の中へ足を踏み入れた。
「何ですか、これは……?」
 美紅は我が目を疑った。立方体の中で、身動き1つしないはるひとシーディヌス。この状況を目の当たりにして、困惑しない方が珍しいだろう。
「むー……これはいけませんなのでぇす」
 いや、困惑しない者が1人居た――八重である。
「時間を止めてしまってますでぇす。りっぽーたいが悪さをしてるでぇすよ?」
 どうやら2人を包む立方体には、八重曰く時を止めてしまう効果があるらしい。すると八重はぴょこんとシュラインの頭上から、立方体の方へ飛び移った。
「待っててくださいなのでぇす、元に戻してあげるでぇすよ♪」
 と言うが早いか、ものの数秒ほどで何と立方体が消え失せてしまったではないか。
「あうっ?」
 おっと、八重墜落。立方体が消えたので、そのまま地面へ落下……はどうにか免れて、シーディヌスの身体の上へ落ちたのだった。
「……やれやれなのでぇす」
 そのままひょこんと地面へ降りる八重。少しして、2人が唸り声を上げた。
「……う……」
「……あ……」
 唸り声を上げているということは生きている証拠。何はともあれ一安心なのだが……。
「でもこれ、どう収拾つけるのがいいのかしら」
 何気なくつぶやくシュライン。言われてみればそうだ。このまま警察へ電話すればいいのかもしれないが、シーディヌスをどうするかが問題である。そして自分たちがどうしてここに居るのか、それも上手く説明しなければならない。特に美紅、下手なことをすると何かしら処分が下る可能性も否定出来ない訳で……。
 美紅の携帯電話が鳴ったのは、ちょうどそんな時であった。

●矛盾【8】
「妙な話です」
 病院から出てきた秋五は、今聞いてきたばかりの話を思い返して首を傾げていた。
 病院内からその周辺までの目撃情報を浚おうと考えた秋五は、まず担当医と担当看護師に話を聞いてみることにした。人に頼まれて、病状を聞きに来たというスタイルを取ったのである。
 ところが担当医と担当看護師から共通して出てきたのは、はるひが近頃元気であったということ。つまり、回復しているということだ。
(死神がそばに居て、元気になっている?)
 何だか矛盾しているのは、決して気のせいではないだろう。
「え、見付かったんですか、月島刑事!?」
 思案する秋五の耳に、その声が聞こえてきたのはこの時だった。
「……美紅さん?」
 声の聞こえた方に振り返る秋五。そこでは外に出て携帯電話をかけている望子の姿があったのである。
「はい、収拾をつける手段ですか。少し考えてみますので、お時間をいただけますか」
 そう言って望子は一旦携帯電話を切った。秋五が望子に声をかけたのは直後のことだ。

●収拾【9】
 約1時間後、件の廃屋を警官隊が取り囲んでいた。その中には山形、政人、そして望子の姿もあった。
 慎重に、慎重に様子を窺い、突入する警官隊。そして響き渡る声。
「被害者確保!!」
 その声に、山形は思わず駆け出していた。それからはるひを抱きかかえる警察官を発見すると、奪い取るようにして自らがぎゅっと抱き締めた。
「はるひ! はるひぃっ!!」
 強く娘の名を呼ぶ山形。するとはるひがうっすらと目を開いた。
「パパ……?」
「そうだ! はるひ! ごめんな! ごめんな! 遅くなって!!」
 山形の両目から、大粒の涙がぼろぼろとこぼれ落ちた。周囲の者が、思わずもらい泣きしてしまいそうな光景であった。
「お手柄ですね」
「いえ……犯人を逮捕してこそ、です」
 短く言葉を交わす政人と望子。傍から見れば、後輩を労う先輩の優しい言葉に思えるだろう。けれども、事情を知る者たちからすれば……これは一種のカモフラージュ。
「これでもう大丈夫ですね」
 遠くから廃屋の様子を窺っていた美紅たちは、ほっと胸を撫で下ろした。今は秋五も合流していた。
 実はだ――政人をも巻き込んで、収拾をつけるための策を施したのだ。
 筋書きはこうだ。病院で怪しい者を見かけた望子が尾行し、廃屋までやってきた。そして政人に連絡し指示を仰ぎ、政人は病院に居る山形に連絡を行い、警官隊の出動手続きを取った……と。
 その間、ぎりぎりまではるひの様子を見守って、警官隊がやってくる直前に美紅たちは廃屋を脱出したのだった。この後はご覧の通りである。つまり、話としてははるひは無事発見されたが、犯人には残念ながら逃げられてしまったということになる訳だ。そこにシーディヌスやノルンなどは登場してこない。
「ご苦労様でした」
 そんな一同に、不意に声をかける女性が居た。白いスーツに身を包んだ黒髪の女性――ヴェルディアだった。
「シーディヌスはこちらへ……」
 そう言った瞬間、シーディヌスの身体はヴェルディアの腕の中へ移動していた。そして、あのキーホルダーのような物も同じく。
「あなた方には非常に感謝しています。また日を改めて、お礼をいたすことにしましょう。……謎への答えも、いずれその際に」
 妖し気な微笑みとともにヴェルディアはそう告げると、シーディヌスを連れて掻き消すようにその姿を消した。
 お礼の日は、それほど遠くない予感がした――。

【囚われのノルン ―怪盗ノルン― 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
     / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 0328 / 天薙・撫子(あまなぎ・なでしこ)
         / 女 / 18 / 大学生(巫女):天位覚醒者 】
【 1009 / 露樹・八重(つゆき・やえ)
          / 女 / 子供? / 時計屋主人兼マスコット 】
【 1855 / 葉月・政人(はづき・まさと)
   / 男 / 25 / 警視庁超常現象対策本部 対超常現象一課 】
【 2181 / 鹿沼・デルフェス(かぬま・でるふぇす)
     / 女 / 19? / アンティークショップ・レンの店員 】
【 3452 / 不動・望子(ふどう・のぞみこ)
  / 女 / 24 / 警視庁超常現象対策本部オペレーター 巡査 】
【 6184 / 高ヶ崎・秋五(たかがさき・しゅうご)
               / 男 / 28 / 情報屋と探索屋 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ゲームノベル』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全9場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変お待たせさせてしまい申し訳ありませんでした。ここに『怪盗ノルン』シリーズの第3話をお届けいたします。今回一気に急展開、色々と謎が明らかになってきたのかもしれません。ようやくあれこれと触れることが出来たなと、高原も思っていたりします。
・ところで場面【6】についてですが、これはいわゆるPL情報というものです。取り扱いにはご注意を。1つだけはっきりと言っておきますが、『怪盗ノルン』シリーズには『虚無の境界』は基本的に関係ありません。……きっと不思議に思われる方も居るでしょうね、これ。
・一応、『怪盗ノルン』シリーズは次回で終了予定です。ヴェルディアがお礼の場を用意するはずです。その場であれこれ疑問をぶつけられるように出来ればなと、高原は考えております。ノルンの今後も、その時に決まるんじゃないかと思います。
・シュライン・エマさん、106度目のご参加ありがとうございます。初回からあれこれと鋭かったですよね。まあ、その通りだった訳です。でも、まだ疑問は残ってますよね?
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。