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■CallingU 「胸部・むね」■

ともやいずみ
【0413】【神崎・美桜】【高校生】
「はい……もう、あと、少し……です」
 小さく、ゆっくりと報告する。
 表情のない顔で受話器から響く声を聞き、何度も相槌をうつ。
「わかって……ます」
 もうすぐ終わりだ。この東京での暮らしも。
 長かった……とても。
 ……とても。
 もうすぐ……この巻物も完成する……!
CallingU 「胸部・むね」



 気持ちというのは難しい。
 人間は「同じ」ではないからなのだろう。
 わかりあえないとあの人は言う。
 でも私は違うと思う。



 窓の側に立ち、美桜はカーテンをそっと開けて外を眺めた。
 曇り空だ。まるで自分の心のよう。
 神崎美桜は小さく吐息をつく。
 どうしたらいいのかわからない。美桜は混乱していた。
 気持ちというのは傾ければ傾けるほど伝わるものだとずっと思っていたのに。
(もう……わかりません……)
 瞼をきつく閉じ、窓に額をコツンと当てる。
 とても辛い。理解してもらえないことがこれほど苦しいなんて。
 欠月は悪人ではない。だから余計に辛いのだ。
 美桜を利用しようとする悪意を持つ者とは違う。彼はいい人間だ。
 無理なのかもしれない。彼に自分の気持ちをわかってもらうというのは。
 そうだ。だって――。
(私は彼が嫌っている……四十四代目の恋人、なんですよね…………)
 ガラスに両手をついて額を離す。
(どうしてわかってくれないの、なんて……)
 子供のワガママみたい……。

 電話の音が鳴っている。
 夜中に目を覚ました美桜はベッドから起き上がった。
(電話……? こんな時間に誰……?)
 美桜は電話の元へ歩く。
 受話器をとった。
「はい、神崎です」
 兄だろうか? 急用でもできた?
<美桜>
 その声に美桜は硬直した。
「え……あ……?」
 ぼんやりしていた頭がはっきりする。
<すまない。起こしてしまったか?>
「い、いえ! そんなことないです!」
 慌ててしまう美桜は頬をうっすら染めて尋ねた。
「こんな時間にどうしたんですか……? あの」
<美桜、絶対に外に出るな>
「え?」
 ぶつん、と電話が切れる。
 通話が突然切れた受話器を見て美桜は怪訝そうにした。
「和彦さん……?」
 ツー、ツー。
 むなしい音だけが響く。なんだか怖い。
 周囲を見回す。時計の秒針が大きく響いて聞こえる。
 こわい。
 ひとり。
「……っ」
 電気もつけていないのだから余計に怖く感じた。
(やだ……っ、和彦さん!)
 耳を塞ぐ美桜。
 受話器を置いてベッドまで一直線に戻ろうとした時だ。
 屋敷の外……窓ガラスから見えた人物に美桜は目を見開く。
 血まみれの和彦の姿があった。彼は手をガラスにつける。べったりと血がついた。
 青白い顔の彼は何か呟いている。悔しそうな顔で。
(うそ……。こ、こんなのまぼろし……)
 唇から血を流して美桜に何か弱々しく訴えている和彦はだらんと腕をさげる。ガラスに残った彼の血の手形。
 真っ青になって美桜はおろおろする。
 上海にいるはずの彼がこんなところにいるはずがない。頭ではわかっていても…………。
 和彦は瞳を伏せてからす、とそこから去っていく。
 耐えられなくなって美桜は窓ガラスに近づく。慌てて鍵を開けて外に出た。
「どこ!?」
 見回すが和彦の姿はない。
 美桜は屋敷の敷地内をあちこち探し、とうとう。
 敷地内から外に出てしまう。
「はぁ……はぁ……」
 荒い息を吐いて屋敷の前の道路を見渡す。だがどこにも彼の姿がない。
 やはり幻だったのだろうか?
「外に出るなと言ったのに」
 真後ろから聞こえて美桜はゾッとし、冷汗を流す。
 ヒヤリとした手が美桜の首に回された。まるで氷だ。
「恋人の忠告はちゃんと聞いたほうがいいよ、ミオちゃん」
 これは彼の声じゃない。これは彼の手じゃない。
 せっかく彼が教えてくれたのに…………!



 墓場まで歩いて来た美桜はぼんやりした瞳のまま、膝をつく。
 目の前に墓石があった。
<さあミオちゃん、オレを生き返らせてくれよ……>
 低く笑う声が頭に響く。美桜はその声に頷いた。
 抵抗できるはずがない。この肉体の主導権は彼にあるのだから。
<骨にキミの血を使えば蘇るんだろう? ふふふ……>
 美桜は骨壷を取り出そうとする。
<ナイフは持ってないからね、自分の爪で手首を切り裂いておくれよ>
 頭の中で響くその声。
 死んですぐならば美桜の血は効果があるが、時間が経っているのならば無理だ。それなのに。
 美桜はそのことすら伝えられない。
 思考がうまく働かないのだ。
<あの屋敷はキミの精神状態にも作用されるからね。キミに恋人ができたのは知ってるよ〜?>
 ケラケラと笑う霊。
<男前だよねえ? キミのことをとても大事に大事にしてる。結界の揺らぎに気づいてせっかく電話してきてくれたのにねえ?>
 背後でじゃり、と足音がした。
「こんな夜中になにをしてるの」
 だがその声を無視して美桜は骨壷を出そうと墓石を動かしていた。
「…………霊に取り憑かれてるのか。なにやってんだか……」
 呆れたような口調の欠月に、美桜は振り向く。
「誰だおまえは……」
 美桜の口から別人の声が出る。低い男のものだ。
「退魔士、遠逆欠月」
 彼は名乗り、目を細める。いつも浮かべている笑顔を、彼は浮かべていなかった。
「……遠逆欠月……。ミオちゃんの恋人と同じ苗字……」
「そ。なんの因果か、彼女の恋人は…………まあボクの親戚になるんだろうな」
 欠月はす、と持っている漆黒の刀を美桜に突きつける。
「仕事を終えてきたばかりで疲れてるんだよ。彼女に何かあると四十四代目にボクが殺されるから、出ていってもらえる?」
 抑揚のない声なので霊は冗談だと思ったようだ。
「ふ。やれるものなら……」
 はらり、と美桜の髪が一本落ちる。欠月の刀が斬ったのだ。
 霊は黙りこくり、やや経ってから言う。
「頼みをきいてほしい」
「頼み?」
「この女の血を使えば生き返れるんだ。見逃してくれ」
「……バカじゃないの。蘇生や復活術はとんでもないカウンターが発生するものだ」
「本当なんだ! 頼む。生き返りたいんだ!」
「無理だね」
 はっきり言い放った欠月は美桜の鼻先に刀の先端が触れそうなほどに近づける。
 操られている美桜は避けようとしない。
 霊は笑う。
「ならいいさ。勝手にやらせてもらう。この女の血を全て使ってな!」
「…………ボクの忠告を聞いてないのかな」
 冷えた声で言う欠月。
 意識の奥底でそのやり取りを聞いていた美桜は顔を歪める。
 よりによって欠月が来るとは。
 自分相手に欠月が手加減するとは思えなかったが……。
(私は大丈夫だから……!)
 美桜は能力を使った。欠月を危険にはさらせない!
 だって自分は欠月や和彦を信じ、力になりたいといつも思っているのだから。
 たとえ自分の心が壊れても。貧血と力の使いすぎでベッドから出られなくなっても!
 その感情を欠月に伝える。ありのままに。
「な……?」
 霊が不審そうにする。
 欠月は片眉をあげるが、美桜の感応能力にすぐに気づいて刀を離し、手を振り上げた。



 美桜は瞬きをする。
 軽く叩かれた頬がじん、と痛んだ。
 今の衝撃で美桜の肉体から追い出された霊に向けて、欠月は即座に刀を作って一閃した。
 頬に手を遣ってから美桜はどうして、という目で欠月を見る。
 意識がはっきりした今ならわかる。欠月は制服のあちこちが少し破れていた。
「欠月さ……」
「使うな、と前に言ったよね」
 冷たい目で美桜を見る欠月。
「自分を大切にしないヤツに、心配されるのは迷惑だ」
「欠月さん……」
「心が壊れても構わないだって……? 自惚れるのはやめるんだね。美桜さん、キミはなにもわかっちゃいない」
「そんなこと……な、ないです……」
「容易く自分の命を懸けれるなんて、なに考えてんだってボクは言ってるんだよ」
 淡々と言う彼を美桜は呆然と見ていた。
「懸けるのは簡単だ。じゃあ失うとしたら……? キミは自分が死んで、その後のことをちゃんと考えているのか?」
「――――っ」
 目を見開く美桜。
「キミのことを大事に想っている人を、キミはいつもそうやって簡単に踏み躙るのか? だとしたら…………軽蔑するね」
「そ……」
「自分のことはいいから他人を優先するだって? キミはそんなに偉いのか? そんなに力があるとでも?」
「…………」
「考えてみるんだね……。四十四代目が、キミが死んだ後どうなるのかを……」
「嫌!」
 美桜は欠月を突き飛ばした。
 二人ともよろめいて地面に倒れ込む。
 なんてことを欠月は言うのだ。
(私が死んだら……? あの人がどうなるかなんて……)
 考えたこともなかった。
 わかっている「つもり」でいた。いつも。
 四十四代目、遠逆和彦。美桜の恋人。大事な大事なひと――――。
 いつも彼の心配をしている美桜。彼の仕事は命懸けだから。いつ死んでもおかしくないから。
 生きて帰ってきてと美桜が願えば、「努力する」と必ず言ってくれる。
 確定した約束ではないが、彼は守る努力はしているのだ。努力を容易く覆すのが運命というものだ。
 なのに。
 美桜は自分を恥じた。
 自分は簡単に『己』を捨てる。すぐに捨てる。
 相手のために自分を懸ける。
 相手が傷つくのが嫌で、その先を考えてなくて。
 美桜のために生きる決意をした和彦。
(私が死んだらあの人…………死んでしまう!)
 命を捨てなくても、きっと。
 抜け殻のようになってしまうだろう。彼はとても真っ直ぐで、融通がきかない。
 なぜか確信できた。
 自分には兄がいる。和彦が死んだらとても辛くて辛くて……でも、兄がいるから。
 だが和彦には美桜だけだ。美桜だけなのだ!
「…………わかった?」
 欠月の氷のような声に美桜は顔をあげる。
「キミは簡単にそうやって能力を使う。前に言ったよね。使わないほうがいいよって」
 涙が零れた。唇がわななく。
 欠月は上半身を起こして座ったまま、美桜を見る。
「キミがボクを心配してる気持ちは知ってるよ。……正直、こんなこと言う気はなかったんだけどね」
 囁く彼は無表情だ。なんだか様子が変だった。
「でもキミは自分の感情ばかり目がいっているから、言わないとわからないみたいだ……」
「…………」
「……女の子を叩いたの初めてだよ。男としてやっちゃいけないことだね。ごめん」
「欠月さん……?」
 目を伏せる欠月はよろめきながら立ち上がる。ふらつく様子を見て、美桜は申し訳なさそうにした。
 彼は別の仕事の後でこちらに来たと言っていた。
「そうだ」
 欠月は薄く笑う。だがいつものような満面の笑顔ではない。そういえば、今日は一度もその笑顔を見ていない。
「憑物封印は無事に終わったよ、美桜さん」
「え……」
 耳を疑う美桜。
 欠月は無表情に戻る。
「バイバイ」
 ちりーん、と鈴の音が鳴ったあと……彼の姿は美桜の目の前から忽然と消えていた。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【0413/神崎・美桜(かんざき・みお)/女/17/高校生】

NPC
【遠逆・欠月(とおさか・かづき)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、神崎様。ライターのともやいずみです。
 た、叩いて申し訳ないです! でも軽くですよ、軽く。音声のみのあの人も登場でしたが、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!