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■CallingU 「胸部・むね」■

ともやいずみ
【5698】【梧・北斗】【退魔師兼高校生】
「はい……もう、あと、少し……です」
 小さく、ゆっくりと報告する。
 表情のない顔で受話器から響く声を聞き、何度も相槌をうつ。
「わかって……ます」
 もうすぐ終わりだ。この東京での暮らしも。
 長かった……とても。
 ……とても。
 もうすぐ……この巻物も完成する……!
CallingU 「胸部・むね」



「これで……ラスト! っと」
 バシュっ! と矢が敵を撃ち抜く。
 梧北斗は持っていた退魔武器・氷月を下ろすと小さく息を吐いた。
 これで今日の仕事は終わりだ。
 空を見上げると月がある。辺りはすっかり暗くなっていた。
(……月、か)
 苦笑する。
(欠月も今頃……退魔に励んでるのかな……)
 それは別れを意味することだ。
 北斗の頭を占めるのは遠逆欠月という人物のことばかり。
 憑物封印をしているという欠月。全てを終えたら彼は東京から去ってしまう。
(帰る……か)
 そりゃあ、東京は彼の故郷ではない。いずれは故郷に帰ることになるだろうことはわかっていた。
(帰っちまうまでに何が出来るかな……)
 とんでもなく自分が小さく見えた。
 広い広い夜の空の下、北斗はなんて自分が小さいのかと思う。
 人間てのは、やはりできることなんて限られていて、でもそれでも、頑張りたいと願う。
(少しでも……あいつを支えられることなんて、できんのかな)
 そこまで思ってからハッとして真っ赤になった。
 ぱたぱたと顔の熱をさげるために手を振る。
 これではまるっきり恋する乙女ではないか。冗談じゃない。自分はそんな趣味はないのだ。
(いや、まぁ……そりゃ欠月のことは嫌いじゃないけど。それはあれだ。友達としてだって)
 男の自分から見ても欠月は美形で、見惚れてしまうのはわかる。
 なんだか異様なほどに自分が心配になった。
 男にドキドキして頬まで染めるなんて……これではマズイんじゃないだろうか? まともな恋愛ができるんだろうか、自分は。
 なにより、こんな自分を好きになってくれる女の子なんているのだろうか???
 ずどん、と落ち込んで北斗はよろよろと歩き出す。
 自分にも早く春がきてほしい。
「はぁ」
 小さく溜息をついて帰路につく北斗はぼんやりとしたまま歩き続けた。
 欠月と出会ってもう半年ほど経つ。憑物封印終了が間近なのは、当然とも言えた。
 次に欠月と会ったら何を伝えよう。何を伝えたらいいんだろう?
 北斗は視線を地面に落とした。
 動く自分の足を眺めてまた嘆息する。これでは重度の病気だ。
 考え事をしていたせいか、北斗は背後からの音にまったく気づかなかった。



 ガキッ――!
 背後で音がして北斗は振り向く。
 その音は別の音……鈴の音と混じって妙な感じで北斗の耳に届いた。
 北斗と背中合わせになるような格好で欠月が刀を構えている。
 刀で一撃を受け止めた欠月は力押しに負けて北斗ごと吹っ飛んだ。
 道路に叩き付けられた二人。
 北斗はくらくらする頭を軽く振って意識をはっきりさせると、襲ってきた敵の姿を見遣った。
 侍だ。なんで侍なんかがこんなところにいるんだと北斗は普通に思う。
(どっかで撮影でもやってんのか?)
 なんて呑気なことを思っていた北斗だったが、侍の男の目が赤色に染まっていることに気づく。全てが真っ赤だ。
 北斗は転がっていた氷月を掴むや構える。
 武器があるならこちらが有利だ。
 ふふふ、と男は笑う。その気持ち悪い声に北斗は顔をしかめた。
 そういえば。と北斗は周囲にちらちらと目配せする。男からは視線を完全に外せないためだ。
 案外簡単に欠月は見つかった。
 北斗からそう遠くない道路の上に彼は倒れている。
「欠月っ!?」
 目を見開いて北斗は思わず男から視線を外した。
 欠月の濃紫の制服はズタズタに破れており、もはや衣服として機能していないように思われる。ケガはしていない様子だが服のあちこちが血で汚れていた。
 は、とした時は遅い。
 一気に距離を詰められてしまった。
 矢ではもう――!
(! っ、斬られる!)
 防御するように体の前に弓を持ってくる北斗だったが、男の刀を弾いたのは漆黒の矢だった。
 続けざまに矢が男の頭に数本突き刺さる。
 攻撃の衝撃に耐えられなかったのか、男は吹っ飛ばされた。
 上半身だけ起こした欠月が矢を放ったのだ。彼は息も乱さずにただ無表情で、矢を放ったままのポーズでいる。
 ぴくぴくと痙攣している男は時間が経てば復活するだろう。悪霊というよりは、長年生きて変化したもの、とでもいう存在だ。
 人間の気配はしないが、霊の類いでもない。
(あれか。九十九神の一種ってことかな)
 ぼんやりそう思う北斗は氷月を構え、気を練り上げて『矢』の形に仕上げた。それを倒れている男目掛けて放つ。
 退魔武器だけあってか、氷月の一撃は男の脳天に突き刺さり、そのままジュワ、と溶かした。
(ま、欠月の攻撃のおかげかもな)
 一撃で終わるとは、正直思っていなかったのだ。
 北斗は慌てて欠月のほうを向き、駆け寄る。
「お、おい! 大丈夫か?」
「…………」
 無言でこちらを見る欠月に北斗は疑問符を浮かべた。様子が変だ。
 彼の眼前で手を振ってみる。
「お〜い? 見えてるか? 起きてるか?」
「…………起きてるよ」
 感情のない声で呟く欠月は息を吐き出す。
 彼は弓から手を放した。弓は元の影に戻る。
 よろめきながら立ち上がる欠月を北斗は心配そうに見た。
「ほ、ほんとに大丈夫なのか……?」
「……無傷だよ。見ればわかるだろ」
 冷たく言う欠月の言葉に北斗は少し身をすくめる。まるで欠月ではないように見える。
 いつもの笑顔も浮かんでいないし……何かあったのかと思うではないか。
「し、しかし派手に服が破れてるな!」
 話題を変えようとしてわざと明るく言う北斗を見もせずに欠月は「そうだね」と応える。
 黙ってしまう北斗は思考を巡らせた。
 なんだかよくわからないが……彼は怒っているのだろうか?
(お、俺、なんか怒らせるようなことしたっけ?)
 そんな覚えはない。
 不安で汗を流す北斗はそれでも挫けずに顔をあげた。
「さ、さっき、ありがとな」
「……なにが」
「助けてくれただろ。ボーっとしてた俺が悪いんだけどさ」
 いつもならここで「ほんとだよ」と嫌味ったらしく笑って言うはずだ。
 それなのに。
 欠月はちら、と目配せしてから口を開く。
「…………べつに」
 とだけ呟いた。
(俺……嫌われたんだろーか……)
 あまりのことに青ざめて言葉も出なくなってしまう北斗である。
「じゃあね」
 そう言うと欠月は歩き出す。えっ、として北斗はおろおろする。
「ま、待って……!」
 ぴた、と足を止めて肩越しに欠月がこちらを見てきた。
 まるでガラス玉のように、なんの感情も浮かばない紫色の瞳。
 これが欠月? 本当に欠月なのか?
「………………なに? 用がないなら行くけど」
「あ、いや……えっと」
 口ごもりながらもじもじする北斗はちらちらと何度も欠月をうかがう。
 欠月は目を細めてから北斗に向き直った。
 真正面から欠月に見つめられて北斗は頬を赤く染める。
(だ、だからぁ! そういう乙女みたいな反応してる場合じゃなくてっ)
 意識してぐっと唇を噛み締めて口を開いた。
「言いたいこと、あってさ」
「うん」
「……俺、欠月の役に立たないかもしれないけど……それでも傍に居て支えてやりたい」
 真っ直ぐ見て言う北斗の目の前で、みるみる欠月は不機嫌そうに眉間に皺を寄せていく。せっかくの美形が台無しだ。
 欠月は胸元に手を遣って、ぼろぼろの衣服を強く掴む。どことなく息苦しそうに見えた。
「おまえの背中……えっと、そのっ、…………つまりだ。護ってやりたいって思ってる!」
 ひえぇ、恥ずかしいっ。
 照れた表情で言う北斗。
 欠月は明らかに不愉快そうで、視線を外した。
「……言いたいことは、それだけ?」
「え……あ、ああ」
 素直に頷くと「そう」と欠月は呟く。
 北斗は多少困惑しつつ、欠月をうかがった。
「あの……おまえ何かあったのか……?」
「……なにって?」
「だって服が……」
「……苦戦しただけだよ」
「おまえがっ!?」
 驚く北斗である。それもそうだろう。欠月が苦戦するところなど、見たことがない。
(だ、だっていくらなんでもこの格好は……)
 ただの苦戦で済むはずがない。
「本当にケガはないのか?」
「ないよ」
 欠月は北斗を見遣り、無表情に戻る。
 欠月が笑わないとこんなに違うのか。そう北斗は痛感した。
 嫌味を言いながらでも彼はいつも微笑んでいたし、その笑顔が北斗は気に入っていたのに。
「具合でも、悪い……とか?」
「疲れてるだけだよ」
「……なら、いいんだけど、さ」
 どうしよう。会話が続かない。
 いつもだったら欠月が嫌味を言うので会話が弾むのに。いや、あれは会話が弾むとは言わないかもしれないが。
「その、珍しいな。おまえが笑ってないの」
「……ごめん」
「えっ。あ、いや、謝るほどのことじゃないって!」
 慌てて手を振ってから、後頭部を掻く。
「ただ……ほら、いつも笑顔だったから元気ないのかなって思ってよ」
 自分で言ってからハッとした。
 そうだ。欠月は元気がない。
 じっとこちらを見る欠月は目を細める。紫と茶の瞳のアンバランスの不気味さに北斗は思わずごくりと喉を鳴らした。
「……ありがたいんだけど」
「うん?」
「護ってもらうほど、ヤワじゃないよ」
 冷水を浴びせられたような感覚が、した。いつもの嫌味ではない。
 不愉快そうな顔をした欠月が、無感動な声で言ったこの言葉は――――北斗を拒絶していた。
「だいたい、ボクを護るのなんてムダなんだよ。やめなよ、そういうこと」
「そんなこと言われても……」
 なんだか目が熱い感じがする。強いショックに北斗は涙腺が緩んできていることに気づいた。
「お、俺は……ムダなんて思わない! 欠月が……目の前でボロボロになるのは見たくないんだ!」
 はっきり言い放って、それから俯く。
 欠月が更に不愉快そうな表情になったからだ。
 あんまりしつこくしたから嫌われたんだろうか? それとも、何か心情的な変化があったのか?
 とてもとても悲しい。
(うぅ。俺って案外弱いな、精神面)
 もう二度と見たくないと思っていた欠月の、こういう不愉快そうな顔。
 彼に何か嫌なことがあったとすれば……。
(俺が色々言うのは、鬱陶しく感じるかも……な)
 自分だってイライラしている時にしつこく言われたら怒るだろう。
「憑物封印は、終わった」
 欠月の声に北斗は顔をあげた。欠月はまるで、美しい人形のようだ。感情など一切そこにはない。
「…………さよならだ、北斗」
 その言葉を最後にきびすを返し、彼は鈴の音を響かせてその場から忽然と姿を消した。
 北斗は呆然とその場に佇み――――持っていた弓を落とす。その音にすら、彼は気づかない。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【5698/梧・北斗(あおぎり・ほくと)/男/17/退魔師兼高校生】

NPC
【遠逆・欠月(とおさか・かづき)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、梧様。ライターのともやいずみです。
 とうとう本編ラストです。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!