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■CallingU 「胸部・むね」■

ともやいずみ
【5566】【菊坂・静】【高校生、「気狂い屋」】
「はい……もう、あと、少し……です」
 小さく、ゆっくりと報告する。
 表情のない顔で受話器から響く声を聞き、何度も相槌をうつ。
「わかって……ます」
 もうすぐ終わりだ。この東京での暮らしも。
 長かった……とても。
 ……とても。
 もうすぐ……この巻物も完成する……!
CallingU 「胸部・むね」



 コンビニの袋を片手に歩く菊坂静は、夜の空を見上げて嘆息する。
 だが徐々に顔つきが緩み、情けなさそうに眉をさげた。静のことを知っている者ならば、どうしたことだ? と思う表情だろう。
(ああ……次に欠月さんに会ったらどういう顔すればいいんだ……)
 高熱であまりにも情けない姿を欠月に晒したことに静はショックを受けていたのだ。すでに一ヶ月も前のことなのに、いまだにそれを引きずっているのである。
 恥ずかしい。
(な、なにを女の子みたいな……っ)
 涙まで流して!
 自分はもっとこう、しっかりした男ではなかったのか?
(そうそう、欠月さんみたいにしっかりした……)
 ふと。
 欠月のような人物が理想なのかもしれない、と静は思う。
 自分も物静かなほうだが、欠月はその上をいく。穏やかでいつも笑顔で、それでいて楽しくて明るい人だ。
 それに、時々ズレたことをすることがあるほうが、人間としてはちょうどいい。
 実際、欠月のような兄がいればどれほど良かったことか。
(毎日が楽しくて、きっといつもハラハラしてるかも……)
 一人で居ることが多い静は苦笑した。
 欠月も一人で東京に居る。なのにどうしてあの人は違うのだろう、自分と。
(欠月さんは何かに執着したことがないのかな……)
 執着?
 気になって静はきゅ、と唇を引き結ぶ。
 欠月はこれまでいつも静を助け、守ってくれた。だがそう。
 記憶がないせいなのか……欠月は何事にも執着しないのだ。
 静と決定的な差があるとすればそこだ。
 静は大事な人を失うのをなにより恐れている。それは両親を失った際のトラウマのようなもので、大切な人が死ぬことがとても怖いのだ。
 だが逆に欠月は失うことを恐れはしない。それが自分の命であっても。罪のない一般人の命でも。
(…………欠月さんの好きなものって、なんなのかな)
 好きな料理があるならば、ぜひとも作って食べてもらいたい。
(今までのお礼に……。それくらいしか、僕にはできないし。欠月さん、喜んでくれるかなぁ)
 想像して照れている静は、ハッとして頭を振った。
 なんなんだ今の反応は……。
(み、道を踏み外してしまいそう……)
 その時だ。
 ちりーん、と。
 澄んだ小さな鈴の音が静の耳に届いたのは。



 欠月の邪魔になりたくない。そう思っていた静だったが。
(戦いが無事に終わるまで別の場所で隠れていれば……そうすれば欠月さんも迷惑には思わない)
 そう、考えていたのに。
 重荷になりたくなくて。
 彼の足を引っ張る存在にだけはなりたくなくて。
 一緒に居たいという自分のワガママなんて、彼のためならいくらでも殺せる。
(もしも)
 もしもという不安はあるけれど、欠月なら大丈夫だと思っていた。
 ――――――――それなのに。
 駆けつけた静は、巻物を広げる欠月を発見した。
 無事に戦いは終わったようで、静は安心して声をかけようとした。
 だがその声が出る直前で、止まる。
 欠月の濃紫の学生服は無残に千切れ、破れていた。欠月の目の前に倒れているのは野犬のようだ。いや……きっとあれは野犬の姿をした憑物だろう。
 みるみる傷がふさがっていく欠月の姿を凝視していた静の手から、コンビニの袋がどしゃ、と落ちた。
 音に気づいて欠月は静のほうに視線を遣るが、すぐに憑物に戻す。憑物は巻物に封じられ、姿を消した。
 どうしてそんなケガをしているの?
 どうして……。
 静は耳鳴りがするような錯覚に、ただその場に佇むしかなかった。
 欠月はいつも傷を負わない。
 なのに。
「か……かづきさ……」
 声が震えた。
 まるで、別人だ。
 脳裏に浮かぶのは、記憶を失った頃の自分に似ていると欠月本人が言っていた――あの男。
 焦りや混乱で静はまともに思考が働いていないことに気づく。どれだけ自分が欠月を慕っていたかも。
 ぶん! と刀を一振りしてから手を離した欠月。刀は彼の足もとに落ちて影に戻る。
 静が居ることに気づいているというのに、欠月は声をかける気がないようだ。きびすを返して歩き出す欠月が、遠ざかっていく。
 呼び止めないと!
 静はそう思って駆けた。
「欠月さん!」
 腕を掴む。
 彼は足を止めた。
「……どうしたの、静君」
 冷たい声で言われて、静は思わず掴んでいた手を放した。
 ちょうど前髪に隠れていて欠月の表情はうまく見えない。それが幸いしたのかもしれなかった。なんとなく、見たくない、と静は思っていたのだから。
「あ、あの……あの、お仕事……無事に終わって…………良かったです」
「ありがとう」
 抑揚のない声で小さく言う欠月。
 静は冷汗が出てくる。嫌な感じだ。きもちわるい。
「ここは危ないよ。野犬が多い」
 淡々と告げる欠月の言葉に静は曖昧に頷く。そんな言葉が聞きたいんじゃない。
「だ、大丈夫ですか? 服がぼろぼろになって……」
「ああこれ? さっきの野犬にやられたんだよ。油断大敵ってやつか」
 いつもなら苦笑するのに。
 彼は一切笑わなかった。
「い、生きてて……良かったです」
 たとえケガをしていても、生きていればいい。素直に言う静に、欠月は目を細める。
 どうしよう。自分は何か欠月を怒らせるようなことをしたのだろうか?
 欠月に嫌われるということに静は真っ青になった。
 自分を怖がらないでくれたひとなのに。
「あの……」
 彼が無事でいたことが嬉しい。だが。
「僕……なにか、怒らせるようなこと…………したんでしょうか……?」
 声がかすれた。
 やけに自分の鼓動の音が大きく聞こえる。うるさくて耳を塞ぎたい。
(お願いだから、『違う』と言って……!)
 切望する静の内心など構わず、欠月は静に向き直った。
 表情が見える。
 感情の浮かんでいない欠月。
 顔にこびりついた血や泥などモノともしないほどの、美貌がある。彼は無表情のほうが美しいのだ。
「…………ボクに嫌われるのが、そんなに怖いの?」
 待っていた言葉は貰えなかった。
 欠月の声に静は動けないでいる。
 本当に目の前に立つこの人は、遠逆欠月? 本当に? 誰か嘘だと言って欲しい。いつもの欠月に戻して欲しい。
(欠月さん……何かあったんですか? そうですよね?)
 だってそうじゃないと説明できない。
「こっ、怖い……です」
 はっきりと、静は言った。全身に震えが走り、まともに立っていられないと思いながら。
 それでも真正面から感情のない欠月の眼を見て言った。
「だって……言ったじゃないですか。僕……欠月さんのこと、慕ってるんです…………」
「…………」
 不愉快そうに欠月は眉間に皺を寄せる。ぎくっとして静は咄嗟に視線を逸らした。
 見たくない、と勝手に体が反応してしまったのだ。
(嫌われた! 欠月さんにっ! どうしよう…………どうしよう!)
 きっと何かがあったのだ。何かあって、それで自分に対しての態度が変わったのだ。そうに違いない。
 だってケガをするのも変だ。欠月はもっとスマートに戦う人のはず。
 力がなければ知恵を使えばいい、と静に言ったのは彼なのだから!
 欠月が胸元をごしごしと拳で擦る。まるで、ついている血を拭うように。
 怯えながら少しうかがうように視線を遣る静。
「ああそうだ」
 欠月は手を止めて言った。
「さっきの仕事で、憑物封印は完了したよ」
「っ」
 静はその言葉に目を見開き、苦笑いをする。うまく笑えないのだ。
「そ、うですか……。じ、じゃあ……帰ってしまうんですね……」
 もう会えなくなってしまう。いや、どこかで会えるかもしれないが、その確率は低い。
(笑わないと。欠月さんにこれ以上嫌われたくない……)
 無理やり笑うと、ぼろっと涙が出た。
 欠月に嫌われたという衝撃と、会えなくなるという悲しみのために堪えられなくなったのだ。
「あっ、いや、なんでもないんです!」
 慌ててしまい、静は顔を俯かせる。止まらない涙に苛立った。
 まるで子供みたいなことをして。欠月に呆れられたらどうするというのか。
 涙を拭う静を、欠月はただ眺めているだけだ。
「すっ、すみません。みっともないところをお見せしてしまって」
「…………なぜ泣くの」
 底冷えするような声で欠月は呟く。質問しているような口調だ。
 なんでもない、と静は即答しそうになった。
 欠月を心配させたくなかったし、いつも足手まといになるのを避けていた静は――いつもなら、そう応えたはずだ。
「欠月さんが、帰ってしまうから」
 妙な、怒りにも似た感情に従って静はいつの間にかそう口に出していた。
 それは憎しみに近いものだったのだが、静は気づきはしない。
「僕をおいていってしまうから」
 自分は何を言っているのだろうか。
 子供のようなワガママを言ってどうなる?
 静は自分が本気で怒る時にどうなるか知っている。氷のように心が冷たくなるのだ。
 それなのにどうして。
 自分は怒っていないはずだ。だってこんなに『熱い』。
 物凄い熱を持つマグマが心の奥底にあるような感じがする。熱くて熱くて………………おかしくなりそうだ。
 いつも諦める自分。
 いつも納得する自分。
 本当に欲しいものは、いつも指の間をすり抜けてしまうのに!
 満足なんてできるわけがない。欠月が生きているだけで、本当に満足できるはずがないのだ!
 だってこんなに欠月に傍に居て欲しいのに!
「みんな僕を置いていく――――!」
 激しい感情に任せて欠月を責めた。
 欠月は冷たい瞳で静を見ていたがどうでもいいことのようにそこから去ろうとした。
「行かないでください!」
 静の声に欠月は足を止める。
「行かな……いで……」
 声が震えて涙が顎を伝って落ちる。
 だが。
「静君」
 彼は振り向きはしない。背中だけ、向けている。
「さよなら――――」
 歩き出した欠月は、もう、きっと振り向きはしない。
 お願いだから。
 一度でいいから振り向いて欲しい。
 そしてあの笑顔を見せて欲しかった。
 なんでもないよ。冗談だってば。
 そう言って、嘘なのだと――。
 唇を噛んで嗚咽を堪えていた静は、それでも耐えられずに唸った。
 ちりーん、と鈴の音が響き渡り、欠月は姿を消す。
 佇む静は両手で顔を覆った。その手の隙間から涙が零れていく。
 どうしてなんだろう。自分は悪いことをしたのだろうか? 罰なのだろうか?
(たった少しの幸せも…………)
 踏み潰されてしまう。――――――呆気なく。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【5566/菊坂・静(きっさか・しずか)/男/15/高校生・「気狂い屋」】

NPC
【遠逆・欠月(とおさか・かづき)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、菊坂様。ライターのともやいずみです。
 なんだかとんでもないことになっていますが、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました。書かせていただき、大感謝です。