■呉家の夕食■
川岸満里亜 |
【6082】【オールド・スマグラー】【炭焼き職人/ラベルデザイナー】 |
少女は調理場で佇んでいた。
器具の名前は覚えた。
使い方も一通り習った。
だけれど、食材は多すぎる。
一体、何をどう調理すれば、【食べ物】が出来るのかがわからない。
教育係の苑香は、姉にナイショで友人の家に遊びにいってしまった。
普段なら、家政婦が夕飯を作るのだけれど……。
その家政婦は、急用で今日は来られないと連絡があった。
水香がお腹を空かせて待っている。
水香は自分の大切な“お母さん”だ。
困り果てながら窓を見た少女は、人影を目にする。
通りかかった貴方の頭上の窓が開く。
窓から顔を出した金髪の少女が貴方に言った。
「食べ物の作り方、教えてください」
教えてくれたら、お礼に出来上がった食べ物を差し上げます。……と。
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『呉家の夕食〜新鮮一番〜』
少女は両手を前に組み、じっとこちらを見ている。
それは主人の命令を待つメイドそのものだ。
しかし、ここに彼女に命令を下す者はいない。
「私は何をすればよろしいですか?」
少女の純粋に輝く緑色の瞳を受け、オールド・スマグラーはぽりぽりと頭を掻いた。
つい先ほど、彼は呉家の前を通りかかったところ、少女……少女型ゴーレムの水菜に呼び止められた。
「食べ物の作り方、教えてください」
水菜のその言葉に対し、イエスと答えたわけではない。
しかし、彼女の真剣そうな表情に、つい話を聞いてみれば。
母親に食べさせる料理を作れず困っているというのだ。
困っていると言われてしまうと、どうにも放っておけない。
どうにかしてあげたいと思うのだが、オールドは家庭料理など知らないのだ。
「んー」
とりあえず、材料をチェックしてみる。
冷蔵庫や戸棚の中には、一通り野菜や調味料が揃っている。
肉と魚はないが、ハムと卵はある。
米も各種缶詰もある。
これだけあれば……
「なんだ、全部そのまま食えるじゃんか」
「???」
オールドにとっては、そうある。
「食事ってそういうもんだろ?」
オールドの言葉に、水菜は目をぱちくりと瞬かせている。
そして、水菜はキッチンの引き出しから、本を取り出す。
「苑香さんがよくご覧になっている本です。食べ物の作り方が載っています」
水菜は漢字が読めないという。だから、本を読むことは出来ないらしい。
オールドは渡された本をぱらぱらと捲る。
数秒。
そして、ぱたん!と閉じる。
「これは、食いもんの作り方じゃねえ、飾りモンだ!(断言)」
その可愛らしい料理の数々は、オールドには生け花のようにしか見えなかった。
「てか、あんたは何ができんの?」
「ハンバーガーという食べ物が作れます。でも、今日は材料がありません。あと、ご飯を炊くことができます。火を点けることもできます。包丁で切ることができます。箸を使うことができます。フライパンを持つことができます。鍋を持つことができます。ボールを持つことができます。お皿を持つことが……」
「あー、もういいっ!」
延々と続きそうな水菜の言葉を遮る。
「ようするに、器具は使えるってことだな。よーし、それなら、とにかく焼け!」
「焼く……のですか?」
「そうだ。東京人はどうも、生が嫌いみたいだからな、とにかく全部火を通せばいいはずだ。それなら誰も文句言わず食うだろ」
「わかりました」
水菜は一番近くにあった、ラップを取ると、コンロに向っていった。
「ちょっとまった!!」
オールドが水菜の肩を掴んで止める。
「あんた、何する気だ?」
「焼きます」
「……それを?」
「はい。焼いて食べ物にします」
「いや、それは食えねぇ、さすがに俺も食えねぇぜっ」
オールドは頭を抱えたくなる。
軽く事情は聞いているが、確かにこの娘は普通じゃないようだ。
こなれば、オールドが頑張るしかないではないか!
「あー、ハムや卵は焼いた方が美味い……かもな。野菜は生の方が美味い。だから、これとこれを焼け」
オールドは、冷蔵庫から、卵とハムを取り出し水菜に渡す。
「はい」
冷蔵庫を再び開け、レタスとキュウリとキャベツを取り出す。
コン。
なんか気持ちのよい音がした。
何の気なしにオールドが振り向くと、そこには不思議な光景が!
「まてまてまてまて、直接火で焙るなー!」
慌てて服で火を消す(←良い子の皆さんは危険ですので真似しないでね!)。
コンロの上には無残にこげたハムが。卵はなんとか無事のようだ。
「申し訳ありません」
真っ黒にこげたハムを見て、水菜は少し哀しそうに頭を下げた。
「あ、いや……。別に俺は困らないし。まあ、落ち込むなよ! ええっと、メシは炊けるんだったよな。そっち頼む」
「わかりました」
水菜は炊飯にとりかかる。今までとは違い、実に手際が良い。習ったことは正確にこなせるらしい。
「まてよ? 卵はそのままかけた方が美味いんじゃないか? 焼くことはないかー」
野菜は4つにちぎる。
レタスは手で。
キャベツは剥いて四等分。
キュウリはぱきっと割った。
小松菜は切る必要がなかった。
戸棚を調べたら、にんじんやジャガイモもあったので、同じように、根性で割って並べた。
「味噌汁っちゅーのも飲むんだよな」
味噌を見ながら、オールドは呟く。
「まあ、味噌に汁だから、水で味噌を溶かせばいいだろ」
……そんなこんなで、料理?が出来上がる。
水菜が野菜にかける水(ドレッシング)というものを取り出し、盆に並べていく。
今晩のメニューは……。
・白米
・生卵
・生野菜
・味噌汁
出来上がった料理を見て、水菜はとても嬉しそうだった。
「ありがとうございますオールドさん。本当にありがとうございます」
純粋な瞳で礼を言われ、オールドは照れくさそうに笑ったのだった。
「うわあ、美味しい」
水菜の作り主、呉・水香は今晩は、研究室での夕食だった。
「美味しいですか」
盆を抱えたまま、水菜は嬉しそうに少し微笑んだ。
「美味しいわ〜。このカレー」
「よかったです」
水菜は水香の言葉を純粋に受けて、幸せそうだった。
「ああ、残ったものは、明日苑香に料理させてね」
「??」
「そうそう、料理したつもりなのよね、あなたは。うふふふ。いいのよー、ちゃんと料理を教えず外出なんかしちゃった苑香が全部悪いんだから〜」
「???」
チーン。
心地よい音が響く。
研究室には電子レンジが存在する。
非常食なんかも存在する。
なかでも、レトルト食品は多種存在する。
「味噌汁できたみたいね」
水菜は水香に命じられてレンジの中から、味噌汁を取り出す。
具は、キャベツに小松菜。
水菜達が作った料理からチョイスして味噌水に入れてレンジでチーンしたらしい。
「美味しいわ、この味噌汁。出し入りにしておいて正解ね」
「よかったです」
水菜は母親の言葉を聞いて満足だった。
ちょっとだけ、母親の笑い顔がいつもと違う気がするのは気のせいだろう。
呉家の外、心配になったオールドは研究室の側で聞き耳を立てていた。
「美味しいわ、この味噌汁」
そんな言葉がかすかに聞こえる。
「そうか、俺の料理の腕も捨てたもんじゃねーぜ!」
オールドも満足気に山へ帰っていったのだった。
お礼として受け取った料理は、近くの村の老人達にプレゼントする予定だ。きっと喜んでもらえるだろう!
……食材として。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【6082/オールド・スマグラー/男性/999歳/炭焼き職人/ラベルデザイナー】
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■ ライター通信 ■
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初めして、ライターの川岸です。ようこそお越しくださいました!
弐号さんは色々苦労されたようですが、なんとか無事料理を仕上げ?ることができたようです。水菜もとても感謝しています。
彼の料理?を受け取った老人達の反応は、ご想像にお任せいたしますー。
発注ありがとうございました!
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