■no name sweets 〜イートイン編■
櫻正宗 |
【6314】【緋神・琥羽】【大学生】 |
まだ空は藍い。
繁華街は賑わいの名残を惜しむように、ひっそりとしていた。
路地裏も同じようにひっそりとしていたのかもしれないけれども、そこだけは違っていた。
外見の上品なイメージとは違い、中はなぜか賑やかだった。
小さな小さなパティスリーはいつものように開店準備に追われていた。
「アッキーさん。卵から、ヒヨコが生まれましたっ」
「チーフと呼べ」
「アッキーさん。腕が疲れましたっ」
「チーフと呼べ」
「アッキーさん」
「五月蝿い。 さっさと軽量のひとつでも済ましやがれっ」
厨房の中には男が二人、今日の準備にとりかかる。
無駄口叩くアシスタントに、黙々と手を動かしては今日の店頭に出すものを作り上げていくパティシエ。
そうこうしてるうちに、焼き菓子が焼きあがれば店内全体に広がる程よく甘い香り。
クリームを搾り出しながらデコレートしていけば、店内に広がる優しい時間。
そうこうしているうちに繁華街は目を覚まし、再び賑わいを見せ始める頃。パティスリーも開店時間になる。
「いらっしゃいませ。」
元気のよい声が店内に響いた。
午前中から昼過ぎまでバイトの代わりにアシスタントがフロアも担当する。
「では、こちらへどうぞ。」
そうして差し出されたメニューはなぜか2冊。
普通にメニューがかかれているもの。と何故か何もかかれてないまっしろなもの。
「お気に召さなければ、なんでもお作りさせていただきます。」
聞えたのはパティシエの声。
ひと段落ついた厨房から顔をだし、お客に声をかける。
何も書かれてないメニュー。とメニューのあるメニュー。
さて、ご注文はどうしましょう?
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no name sweets 〜イートイン編
そろそろ、4月も終わりに近づいていた頃だった。
突然の電話がなった。
「もしもしー?あぁ、お兄ちゃん?」
電話の相手は兄だった。
物凄く久しぶりだった。お医者さんはどうも忙しいらしく、ここのところてんでまともに逢ってなかったりする。
見事にすれ違い。外科医って端からみててもかなり忙しいぽい。
そんな兄からなんだか改まって電話なんてかかってるくと、ちょっとドキドキ。
「お兄ちゃんの今度のお休み?うん、私は大丈夫だよ。うん、じゃぁ、そこで」
うれしい申し出だった、電話越しに聞える声も久しぶりでうれしかったのだけれども、それよりも次の休みにご飯でもどうだなんて、ちょっとうれしすぎるじゃない。
かなりぶりの一緒にお出かけ、今からわくわくして、恋人でもないのに何着ていこうかなんて考えてしまう自分がちょっと悲しい。
誰も居ないひとりの部屋でにまにましていることに気がついたのは、電話を切って振り返った時に眼に入った姿見にうつる自分の姿を見たときだった。
自分でもちょっと浮かれすぎ。だと、思った。
晴れている春の陽射しは、暖かく眠りを誘うほど。
約束の時間よりも大分と早い時間。
あまりに張り切ってしまって、多分大分とまつのだろうけれども。来てしまったものはしょうがない。春の陽射しに誘われて、なんとなしに小走りになってしまう。
そうして待ち合わせ場所に見つけてしまった。
兄の姿。
私も早く着いたのに、兄のほうが早かった。
それがなんとなく今日のことを楽しみにしていてくれたのか、なんて憶測が働いてうれしくて余計に走っていってしまった。
「お兄ちゃーん」
しかも、ちびっこのように兄を呼び、手をヒラヒラと振ってまでいる。
だめだ、にやけた頬がしまりがない。分かっていてもしまらない。
余計にしまりをなくしてしまったのは、兄が私をみつけて笑顔で手を降り返してくれたから。
「ごめんねぇ。先について待ってようと思っていたんだけれども、お兄ちゃんの方が早かったんだ」
しまりのなさすぎる顔を兄に向けるのは少々照れくさい。
走ったことによって、少しだけあがった息。それを整えながらなんでもない、言葉を選んだ。
「じゃぁ、少し予定よりも早いが行こうか?」
「うん。で、どこのお店なの?」
「あぁ……」
私の呼吸が整った頃、兄が私を促した。
ゆっくりと足を向けるほうに、私もついていく。兄の隣を歩きながら、今日はどんな店に連れて行ってくれるのか、尋ねてみた。
そうして曖昧に言葉を濁しながら兄は、繁華街から外れる路地の方に足を向けていった。
一歩路地に入っただけだというのに、何故だか恐ろしくそこは静かだった。続くのは何の壁かわからない壁ばかり。
本当に店があるのだろうか、ちょっとドキドキしてしまう。
「こんな場所にお店があるの?」
思わず尋ねてしまった言葉は、ちょっと意地悪だったかもしれない。けれども本当にお店がでてくるなんて想像もつかないから。
けれどもその不安を打ち砕くように何か見えた。良く見ようと首を伸ばせば、何か店らしきものを見つけた。
「ぁ。あった」
こじんまりとひっそりと佇む小さな店だった。
兄を追い越してその店の前に立った、掲げられた看板を読んだ。
「Le Diable Amoureux」
恋する悪魔。どこかで聞いたな、なんて首を傾げた。あぁ、と心の中で叫んだ。いつか友達が言ってたんだっけか。美味しいケーキ屋があると、しかもそこは魔法のケーキを注文することができるらしいとか。本当なのかどうなのかしらないけれども、兄が私を連れてきてくれた店は間違いなく、その店だった。その噂に寄れば何もかかれてないメニューから、注文すればいいらしい。つか、何も書いてないメニューからどうやって、注文しろというのだろう。
この店がその噂の店だというのなら、入ればわかる。
少し遅れて店の前に立った兄を見て、私は言った。
「お兄ちゃん、いい店だね」
「いらっしゃいませー」
扉を開けて、飛び込んできたのは元気のいい少女の声だった。
その声に出迎えられて、私と兄は店内へと足を踏み入れた。
「すみません、予約を入れておいた緋神ですが」
「緋神様。 はい、お待ちしておりました、どうぞこちらへ」
どうやら兄は予約を入れておいてくれたらしく、少女へと名前を告げればその少女も分かっているらしく、にこにこしながら私たちを案内してくれる。
小さくはない喫茶スペース。その中でも割りと奥の方のソファ席へと案内された。
席に着けば手渡される、メニュー。2冊。ここは噂に聞いていて店で間違いないと確信した。
上に置かれた方のメニューを開けてみた、つらつらとメニューがたくさん書いてあった。で、念のためもう1冊の方のメニューを広げてみた。
真っ白だった。
メニューに顔を隠して私は、にひひ。と、思わず笑ってしまった。その様子が兄にばれてやしないからと、メニューを見るように兄を盗み見てみれば、店員さんにオーダーをしているようだった。ほっと胸をなでおろし一息つく、普通にメニューが書いてある方のメニューを眺めながら、何を食べようか考える。
メニューを見てもちらりと見えるショーケースに並ぶケーキを見ても、どれを選ぶのか迷ってしまった。胃袋が許すのなら、右から1個ずつ全部もってきてと、言いたい。ところ、が、そんなに食べられるわけもない。それくらい分かってる。
うーん。声にならない声を心の中であげて、私は観念してしまった。
「あーん。困ったなぁ、選びきれないやー」
穴が開くほど眺めていたメニューから視線を上げて、向かい側に座る兄を見た。
目の前でなにか、ちょっと挙動不審な店員さんの様子が眼に入ったけれども、突然私が声を大きく出したから、びっくりしただろうなんて軽く考えていた。
「ねぇ、ねぇ。お嬢さん。もう選べないからさ、ここのお勧めを5個ほど持ってきて」
「あ。はい、かしこまりました。何かこれだけは外せないとかありますか?」
「んー。いまいちわかんないからさ、美味しいの」
穴が開くほど見てたメニュー。それほど見てて決められれなかったのだから、お店に一存するほうがいいに決まってる。お勧めて、言ってるのにおいしくないものが出てくるはずがない。
美味しいケーキはお店にお任せするとして、私は2冊のメニューを片付けて少女の店員さんに差し出した。
そうすれば少女の店員さんはぺこりと頭を下げてメニューを抱えて去っていく。
にこりと笑って向かい側に笑いかける。その向こう側にいるのは兄。
こうやって、ゆっくりとした時間を一緒に過ごせる時間はなんだか暖かく、むず痒かった。
チラリと店の入り口を見た。先ほどの少女の店員が見えた。と、厨房の扉を開けて一人の青年の姿が出てきた。
よし。今だっ。
「ぁ、ちょっとごめんね」
私はそういって席を立つ。うふふふー。なんて笑ってしまったから、これからの企みがばれてやしないかと、一瞬ひやりとした。
そうして向かう先は店の入り口のあたり、レジやらショーケースやらが並ぶそこへと。
ニコニコとしながら、向かった。
たどり着いたときには少女の店員さんはいなくて、さっき厨房から出てきた青年が立っていた。
「何?何か追加注文?」
私が声を掛けるよりも、青年の方が先に私に向かって声を掛けてきた。青年の表情はにこやかに笑っていた、人懐っこいというかなんというか。
「注文、うんそうね。注文かも」
「で、なぁに?」
青年はのんびりと首をかしげながら、私に尋ねてきた。その仕草はまるで恋人か仲の良い友達ににでもするかのように、親しげだった、
「あぁ、そうそう。今からできるかなぁ?」
「言ってごらんよ、うちのパティシエには不可能はないなんていつも言ってるからサ」
「うちの…………?あれ?あなたは違うの?」
自信過剰な言葉を発した青年。それは青年のものと、思ったけどちょっとした違和感。あれ?と、今度首をかしげたのは私のほうだった。
青年は6パティシエ仕様の白衣を着ていて、てっきりここのパティシエだと思って話をしていたから。その私の様子に彼も気がついたのか、私と同じように首をかしげながら同じ笑みのまま言葉を続けた。
「俺?俺は、ここのアシスタントー。チーフのヒトに良い様に、使われているの。で、追加注文何?」
可哀想でしょう?なんて彼は続けたけれども、それはわざとらしく軽快な軽口にしか聞えなかった。けれども、彼も本題を忘れていることはなく、逆に私に聞いてきた。
「えー。あぁ。そうそう。あのね、あそこにいる兄に、プレゼントしたいの」
「オニーサン?」
「うん、そう。いつもね、私の事を気にかけてくれているから、たまにはわたしからも。ってわけで、幸せ一杯になれるもの」
お願いできるかな?と私は両手を顔の前でパチンと、合わせてお願いしますと頼んだ。
「あぁ、いいよ。お安い御用だよ」
「本当、あ。そうそう。その作れないものはないっていうパティシエさんに…………うちのお兄ちゃん、調理師免許持ってるんだ。だから、頑張って唸るぐらいもの作ってもらって」
うふふふー。と、私はまた意地の悪い含み笑いを向けた。それにアシスタントだという彼も楽しげに笑い返しながら、少し身を乗り出してきた。顔と顔が近くなる距離。なんとなく頬が赤くなりそうな気がしてしまう距離。
「オーケー。オーケー。うちのいばりんぼうにそう伝えておくよ。だから…………楽しみに待ってて?」
近い顔と顔。はまた少し近くなり、アシスタントの彼はまたもう少し身を乗り出しその顔を私の耳元まで持っていけば、最後の言葉を耳元で囁く。
きゃー。と、言いたくなったのを必至に堪えて、私は引きつった笑いを浮かべながら席へと戻った。
その同じ時、兄もまた何か企んでいたのは気がついてなかった。
「ごめんねー。一人にさせちゃって」
席に着きながら兄に言葉をかける。
すまないとおもうから、自然と両手を胸の前で合わせるようにして、誤りながら。その様子に兄は特別何かいうわけでもなく、笑ったまま掌をヒラヒラさせた。きっと気になんてしてないよ、って言いたいんだ。なんとなくわかった。
出てくるケーキに、更に追加注文した兄へのサプライズなものがどんなものが予想ができなくて、ひとりどきどきしてしまう。
「ぁー。楽しみだねぇ。どんなケーキがでてくるんだろう」
「あぁ、そうだな。おすすめを注文したのだから、いいものがでてくるんじゃないのか?………………と、言うか、琥羽。5個もケーキを頼んで全部食べきられるのか?」
どきどきわくわくしてる私に突然の兄の言葉。む。と自然と眉はしかめられて、もしかしたら眉間に浅い皺が寄っていたかもしれない。
むー。とした表情のまま、兄へと文句を言ってやる。
「何ぃ、それって大食らいだとか。太るぞとかいいたいのー?」
「いや、そう言う訳ではないけれども」
「女の子はね?美味しい甘いものは別腹。…………そういうのを聞くのは失礼よ」
突っかかる私の言葉に、兄は言い返せずにその言葉の勢いをなくしてしまう。楽しい。こうやって言葉を投げあうだけなのに、何故だか気持ちが暖かい。
穏やかに過ぎていく時間。
軽く怒った口調も演出のひとつ。
兄のそんな姿を見るのも久しぶりで、ゆっくりと流れていく時間がなんだか勿体無いような気がした。もう少しもう少し、このままで。楽しい時間ほど流れてしまうのは早いから。
ゆっくりと話しするのも久しぶりだった。一緒にご飯を食べるなんていつぶりなのだろう。しかも今日はケーキときてる。
ケーキなんて一緒に食べたのは本当にいつだろう。
他愛もない会話が心地よかった。
「お待たせしましたー」
元気のいい少女の声、そこに立っていたのは少女の店員さんだった。
もうちょっと兄と会話していたかったけれども、ケーキがきたなら仕方ない。気になって仕方ないものが今すぐそこに来ている。胸のどきどきは最高潮。
「こちらがご注文されました。お勧めケーキになります」
少女の店員が片手にもった大き目のトレーからケーキをヒトツずつ私の前に置いていく。
「こちらがシフォンケーキ。こちらがガトーショコラ。こちらがショートケーキ。こちらがチーズケーキ。こちらがモンブラン。…………に、なります」
お勧めのわりにはケーキの名前だけを聞けばオーソドックスで面白味に欠けるようなものばかり。けれどもそれはひとつひとつが花びらの形をしていた。皿をひとつひとつ、円を描くようにおいていけば、そこに咲いたのは桜の花だった。ケーキひとつが、一枚の櫻の花弁の形をしていて、それが5つ集まれば櫻になった。
モンブランまでもが、きちんと櫻の花びらの形になっていた。
「おおー。 すごーい」
私は思わず感嘆の言葉と拍手をしてしまった。
それからその後だった。
「それから、こちらは。妹様からお兄様へ、プレゼントです。」
少女の声から青年の声になった、思わずそちらに視線を向けると、アシスタントの彼が得意げに笑いながら立っていた。この言葉に私の方がどきーん。とした。
が、私の表情はなんだかふふーん。と、笑って兄を見ていた。
兄は驚いたように少し眼を大きくして私を見ていた。
「食べたら幸せになれるように、ここのパティシエさんに特別手をふるってもらえるようにお願いしたんだからね…………お兄ちゃんが調理師免許、持ってるって半分脅しちゃった」
だから私は兄に向かって、冗談口調でそんなことを言った。その言葉に兄も笑っていた。その笑顔は何も言わなくてもありがとう。と言っているのと同じようだった。
どんなものをパティシエさんがつくったか、知らないから兄の前に置かれたものに視線はチョットだけ釘付けになった。
それはフランボワーズのムースにチョコレートアレンジがされていた。まるで白い皿の上に絵を描いたようだった。
「それからそれからー。今日のメインでーす」
止めだというように一際少女の声が大きく響いた。じゃーんとか、そのまま口で効果音をつけたりして、少女の店員さんは誰が見ても楽しそうだった。
どーんと、テーブルの中央に置かれたケーキはホールだった。
華やかで可憐な薄紅色のケーキだった。その上にきちんと並んでいるロウソクは私の年の数だった。
フワフワの薄紅色の生クリームで覆われたケーキ、それを眺めているとなんとなく過ぎ去ってしまった満開の桜を思い出していた。
どれくらいそのケーキをずっと眺めていただろう。
「お兄様から、妹様へ。幸せになれるお誕生日ケーキ、櫻バージョンです」
「え、えぇぇー?覚えてたの誕生日」
「あぁ、もちろん」
少女の店員さんの言葉が意識を此方にもどしたから、私はゆっくりと兄のほうを見た。それから驚きはシッカリと言葉になって、ケーキをまた見てから、兄を見た。平然と言う兄。
あぁ、だから一緒にご飯食べに行こうなんて誘ったんだ。
言葉に出来ないうれしさが身体を駆け巡った。
「ありがとう。お兄ちゃん」
ありきたりの言葉しか出てこなかったけれども、それが一番ふさわしいような気がした。
「えー。では、ささやかながら。私と、いけ好かないアシスタントパティシエで、お祝いの歌いたいとおもいますー」
店員の二人は、いそいそと並び。えへん。なんて軽く咳払いしてから、定番の誕生日の歌を歌いだした。
久しぶりに聞く、その誕生日の歌がこれほどうれしかった日はなかった。
「遅くなったけど、誕生日おめでとう」
「ううん。覚えておいてくれただけでうれしい。ありがとう、お兄ちゃん」
改まった口調で兄が私にお祝いの言葉をくれる。
私が企んだ以上のサプライズを兄はこともなさげに涼しくやってのけてしまう
歌が終われば、私はロウソクに灯った火を吹き消した。
なんだか、これから先がこのケーキと同じ薄紅色した幸せがこっちに向かって歩いてくるような気がした。
私が注文したケーキは名前だけ聞けばどれもコレもみんな食べたことがあるような味だろうけれども。桜の花びらの形をとられたそれらは、どれもこれも作りこまれて本気で美味しかった。こんなことなら、お土産様も注文しておくべきだったとちょっと後悔した。兄が心配した5個のケーキはあっという間に食べつくしてしまった。
それよりもメインだといってくれた、桜のケーキ。それはもう、柔らかくふわふわふわしてた、というのが正しいくらい、食べてて優しきい気持ちになるようなものだった。
そうそうそれから、私が兄に頼んだものは大人の味付けだったらしく。兄も満足していた。
やるじゃん、パティシエ。心の中で私は呟いた。
他愛もない会話をしながらケーキを食べていった。
二人しかいなかったというのに、テーブルのうえにこぼれそうなほどあったケーキは綺麗になくなっていた。
やっぱりお土産用を頼んでおくべきだった。
また私は思ってしまった。
いつの間にか店内に差し込んでくる陽射しは傾いていた。
それを合図にしたように、緩やかで穏やかな時間は終わりを告げた。
私は兄について店の入り口の方へと足を進める。
「今日はどうもありがとうございました。おかげで、いい時間を凄くことが出来ました」
兄が支払いをしながら、少女の店員さんに言葉をかけた、その言葉に
「いえいえ、素敵なお誕生日会に参加させてもらえて、此方が楽しかったです」
「あぁ、そうそう。ちょっと待ってー」
兄の言葉に少し驚いたように眼を瞬かせてから、少女の店員さんは笑っていた。逆に私たちが楽しま
せていただきました。とか、続けた後だった、ばたーんとまた厨房の扉が開いた。出てきたのはアシスタントの彼だった。
その手には何か包みがもたれていた。
そうしてそれがそのままずいっと、こちらに差し出された。
「コレコレ。持って行って。今日の良き日の思い出に」
差し出されて分かった、包み二つ。
綺麗にラッピングされたものだった。
アシスタントの彼もまた、少女の店員さんと同じように笑っていた。
「うちのパティシエからの、心ばかりのものだってさー」
もってけ泥棒。な、勢いで更にずいっと、アシスタントの彼は包みを差し出す。私も兄もその勢いに押されて手に取った。
兄はそこからそのパティシエがいるという厨房の方を見ていた。私も覗いてみたけれども私のいる位置からは良く見えなかった。
どんな人があのケーキを作ったのか、ちょっと興味はあったのに。隣の兄はその噂のパティシエを見つけたのか、軽く頭を下げていた。
そんな様子をチラりと見ながら、私は元気のいい店員さんたちと会話をしていた。
「ありがとう。おいしかったー」
「また来てね?」
「次くるとき、分かったら俺がサーブしてあげるから」
まるで友達と話すようにフランクに接してくれる。
兄との緩やかな時間はなんとなく、この店だからありえたような気がした。
何故だか二人とも相手の幸せを願った甘いもの。
それは甘いが故に、ふわふわしていたような気がする。
ケーキ屋さんから外に出たとき、そのふわふわしたものが降ってきたような気がして眺めてしまった空。
もう空は茜色だった。
お土産にケーキの代わりにもらった何か。その中になにが入ってるかはわからない。家に帰るまでの楽しみにしておこう。
このドキドキも一緒に持って帰ろう。
包みを開けてはじめて知ったサプライズ。桜の花びらのクッキー。ソレをみて思わず、やってくれるじゃん。とまた呟いてしまった。
4月の誕生日もわるくはないなと、思えた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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6314/緋神・琥羽/女性/20歳/大学生
6342/緋神・譲/男性/24歳/医者
NPC
少女店員→鹿島 美咲/女性/16歳/Le Diable Amoureuxのバイト店員
青年パティシエ→蒼井 尚乃/男性/20歳/Le Diable Amoureuxのアシスタントパティシエ
パティシエ→宮里 秋人/男性/28歳/Le Diable Amoureuxのパティシエ兼オーナー
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■ ライター通信 ■
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緋神・琥羽様
この度は【no name sweets 〜イートイン編】にご参加下さりありがとうございました。
初めてのご参加いただきうれしい限りでございます。
はじめまして。櫻正宗と申します。
仲の良い兄弟さんからのご依頼、楽しく書かせていただきました。
お兄さん思いで元気ではつらつとした感じのお嬢さんに
仕上がるようにがんばったつもりです。
いかがでしょうか?
優しいお話の内容にこちらも書いていて、優しい気持ちになれました。
それでは最後に
重ね重ねになりますがご参加ありがとうございました。
またどこかで出会うようなことがあればよろしくお願いいたします。
櫻正宗 拝
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