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■どっちの弁当SHOW〜本日のご注文は?■

瀬戸太一
【6206】【シャナン・トレーズ】【闇医者】
「うー、虫干しは疲れるわあ…腰にくるのよね、これって。
ええ、手伝ってくれるの? でもいいわよ、そんなの。お客様にこんな労働させられないもの」
 季節の移り変わりの時期には恒例になっている、”ワールズエンド”倉庫に収められている品々を、陽の下に並べる行事。ルーリィはじめこの店の従業員たちはそれを”虫干し”と呼んでいるが、実際のところ、ただ店の外に所狭しを並べ、一日陽にあてているだけなのである。店主曰く、年に数回はこれをしないと、道具たちが期限悪くなるのだ―…そうなのだが。
 その作業の真っ最中にやってきた来訪者たちの相手をしながら、ルーリィはぱたぱたと忙しなく働く。
そんな中で、ルーリィは来訪者たちの視線が、自分の持つ道具に集まっていることに気づいた。
「これ、気になる? これにはね、別に特殊な魔法は何もかかってないのよ。とても古い道具だから、変な魔法をかけちゃうと壊れそうでねー」
 ルーリィはそう苦笑しながら言う。
それは何、と問う視線に応じ、ルーリィはよいしょ、とそれを抱え直して言った。
「うちの婆様ね、ああ見えて日本の骨董品が大好きなのよ。これは婆様のコレクションのうちの一つなんだけど、同じようなものがいくつかあるし、結構大きいものだから、うちの店の倉庫にいれとけって…文字通り、お蔵入りのモノなのよね、これ」
「何に使うものかって? 見てのとおり、重箱よ。江戸時代に流行った花見重って言うんですって。取っ手のついた外側の箱に、お重が三段とお酒を入れる徳利にお銚子、それから取り皿も納まってるのよ。お重は現代のものよりも少し小さいから、この1セットが一人用なんでしょうね。きっと昔の人はこれを下げて、気軽にお花見を楽しんだのよ。とてもロマンチックじゃない?」
 ルーリィはそう言って、愛しげにその花見重を撫でた。そうしていると、ふと来訪者のうちの一人から、彼女の目を丸くする提案があがった。
「え? 魔法がかかってないなら、虫干しのついでに使えばいいじゃない、って? でも、桜が―…あら、もう咲いているの? そういえば、もうそんな時期なんだっけ。そーねえ……うん、そうよ。そうしましょ」
 ルーリィは一人で頷きながら呟いていたかと思うと、ぱっと来訪者たちのほうを向いて、にっこりと笑顔を浮かべた。
「丁度、今いる皆さんと同じ数の花見重が揃ってるの。今度の休日に、これを使って皆でお花見に行かない? 場所取りはうちの者がするわ。近所にいい公園があるの」
 それはいい、場所取りをお願いできるなら好都合だ。そう浮かれる来訪者たちに、ルーリィは笑顔のままで付け加える。
「だから、ね。この花見重、皆さんに1セットずつ預けるわ。集合場所はこの店よ。日にちは今度の日曜、お昼時、ね!」
 …預けるといっても。果たして自分たちに何をしろというのだろう?
「あら、もう分かってるでしょう? …そう、皆さんに、ご自慢の手料理をこの花見重につめてきてもらいたいの。勿論、出来合いのものはダメよ。徳利もあるから、お酒なり大好きなジュースなりを入れてきてね。中身の食材や料理のジャンルはお任せするわ。審査員は私たち従業員! 私たちが唸ってしまうようなもの、お待ちしてるわね」
 …審査員? いつの間にそんな料理コンクールのような―…。
「あら、料理は味じゃなくって真心よ。それに皆さんの個性溢れるものを食べてみたいの。ああそうそう、折角だから包むものにも凝りたいわね。最近とても素敵なお店を見つけたの! ここの近くにあるお店でね…あとで地図も書いて渡すわ。そこはね、アンティークの小物とか古着とかを扱ってるお店なんですって。日曜にうちの店に集まる前に、そこで花見重を包む布を貰ってきてくれるかしら。きっとお料理と貴方たちに似合うとびきりの布を見繕ってくれるわよ。ああ楽しみ! 今年のお花見は一風変わった面白いものになりそうね。早速場所取りの計画を練らなくっちゃ! 2,3日前からで大丈夫かしら? 何せ混みそうだものね―…」
 ルーリィはうきうき、と飛跳ねながら、虫干しもそこそこに店の奥へと引っ込んでしまった。そんな店主を見かねてか、唖然とする来訪者たちに、申し訳なさそうに銀埜がお茶を出してくれる。
「本当に、皆様方には―…毎度毎度、主人の思いつきに付き合って頂いて申し訳ないといいますか」
 …どうやらいつの間にか、参加することになってしまったらしい―…。
少々恨みがましく銀埜を見ると、何故か彼は主人直伝の笑みを浮かべていた。…もしや先ほどの申し訳なさは演技か。
「いいえ、そのようなことは。…ただ、本音を申しますと、私も皆様方の作られる料理を楽しみにしている一人でして。うちのものは大食漢が揃っていますので、品数が多くても一向に困ることはありませんでしょう。何でしたら、例のアンティーク屋の方々も審査員としてお招きしても―…ああ、これは独り言です。とにかく、楽しみにしておりますから。頑張って下さいね」
 銀埜はそういいながら、一人一人に例の花見重を渡してくれる。手渡されたそれには、それぞれ違う蒔絵が描かれており、大変趣を感じさせる品ではある。

 さて、これに何の料理を詰めようか―…。
どっちの弁当SHOW〜本日のご注文は?








     ▼シャナン・トレーズと姫川皓の場合。









「皓、何だそれは?」
「ん? 花見重だってさ。今日ふらっと立ち寄ってみた雑貨屋で貰ったんだ」
 店主から花見重を受け取り、『ワールズエンド』から自宅に戻った姫川皓を出迎えたのは、同居人のシャナン・トレーズだった。
シャナンは皓が抱えている花見重を興味深そうに眺め、普段の無愛想面で、ふむ、と頷く。
「で、これをどうしろと?」
「いや、なんかこれに料理を詰めて、今週末の花見で持ってくんだと。
雑貨屋の女の子が、料理大会だとか何とか言ってたなぁ」
「ほう、料理大会?」
 皓の言葉に、シャナンの切れ長の瞳がきらりと光る。
外見はすらりとした細身で、華奢なイメージを抱かせるシャナンだが、その実結構な大食らいだったりする。
無愛想な面の下には、食べ物と金銭のことなら決して聞き逃さない、という顔が隠れているのである。
そんなシャナンなのだから、皓が持ち帰ってきたこの話を無視するわけがなかった。
「料理大会・・・か。よし、皓、お前参加しろ」
「は?」
 唐突に指を指され、羽織っていた春物のコートをハンガーにかけていた皓は、素っ頓狂な声をあげた。
「何でシャナンに指図されなきゃいけないわけ?」
 シャナンの弱点が金と食い物だとしたら、皓の場合のそれは女性全般だった。
出会った女性ならば子供でもお年寄りでも、果ては人外の者だとしても、彼にとってはノープログレムで済んでしまうこと。
女性に関してはオールラウンド、と豪語する皓は、
美人かどうかはともかくとして、雑貨屋の”女の子”から誘われた話を蹴るつもりはこれっぽっちもなかったのだが、
同居人であるシャナンから偉そうな顔をして突然指で指されたのでは、いくらなんでも気分が悪い。
「まあ、俺は元々参加する気だったけどさ。じゃあシャナンは行かないんだな」
 ふふん、と笑ってそう言う皓に、シャナンはむすっとした顔をする。
「何故だ。俺が行ってはいけない理由でも?」
「だって、料理大会だぜ? 作らない奴には参加資格はねーんだよ」
 残念でした。 皓はそう言って、得意げな顔をする。
その内心では花見重にどんな料理を詰めようか思いを巡らせつつ、
頭のもう片方の部分では、その大会とやらに集まるであろう女性陣についても考えていた。
(花見だからなー、女の子が好きそうなイベントだし。うーん、楽しみだ)
「・・・・・・甘いな、皓」
 だが皓の確かに甘い妄想は、すぐにシャナンの言葉によって壊されてしまった。
シャナンは片眉を上げて、してやったり、という風に言った。
「大会だぞ。大会というからには審査員が必要だろう?
それに参加する奴の中には、料理が得意でない者がいるかもしれん。
お前は女性に毒見をさせるような奴だったか? フェミニストという顔は偽りの物か?」
「うーん・・・」
 一時は甘い妄想を遮られて気分を悪くした皓も、シャナンの言葉に考え込まざるを得なかった。
確かにシャナンの言うことも一理あるし、自分でさえ食べるのをためらわせるような料理が出てきた場合、
居合わせた女の子たちに食べさせるわけにはいかない。
ならばそんなとき、胃袋がポリバケツで出来ているようなシャナンがいたほうが、何かと便利だろう。
(・・・さすがに食い物のこととなったら、頭が働くよなあ)
 皓は同居人の素晴らしく意地汚い食い意地に、ある意味感動しながら思った。
(しゃあねーな・・・女の子たちを守るためだ)
「・・・よし分かった。但しあんまりがっつくなよ」
「心外だな。俺がいつそんな品の無い真似をした?」
「お前の食い意地のことを言ってんだよ」
 皓はそういいつつ、頭をぽりぽりと掻いた。こうなったからには、シャナンの分も頑張らなければならない。








「というわけで、市場に来た俺だ」
 皓はふん、と胸を張り、両手を腰にあてた。すでに今日は大会・・・いや、花見の当日だ。
彼の目の前には、多種多様な店先が並んでいる通りが、地平線の彼方まで続いている。
「まー、地平線っていうのは言いすぎかもしれんけど。さーて、仕入れるぞ」
「俺はトナカイがいい。肉汁滴るトナカイの肉のステーキを所望する」
 料理など全くしたことが無く、しかも手伝う気も更々無いくせに物見遊山でついてきたシャナンが、
普段の無愛想な面とセットで我侭な願いを呟く。
皓はその無茶苦茶な願いに、眉を顰めてシャナンを振り返った。
「は、トナカイぃ? お前、そんなもんどうやったらこの日本で手に入るんだよ」
「それを考えるのが、お前の役目だろ?」
「・・・いつからそうなったんだよ」
 皓は内心呆れながら、市場に足を踏み入れた。
途端に360度から二人に届く、威勢の良い掛け声の数々。
あれが安いよこれも安いよ、今日獲れたばかりの新鮮なもんだお兄ちゃん旬なうちに持ってちゃって・・・。
「うは、さすがに威勢が良いね。少し遠出した甲斐があるな」
 早速良いものを見つけて値切ってやろうと目を光らせる皓。
彼らの家から少しばかり離れたところにあるこの市場だが、実は隠れたところに最高食材が揃っている市場だったりする。
一見規模が大きいだけの普通の市場なのだが、知る人ぞ知る、というやつだ。
そしてそれを知っている皓は、いつもの調子で鼻歌を口ずさみながら、飄々と店先を渡り歩いた。
「ああお嬢さん、この豆腐いいねえ。自家製?」
「あらっお兄ちゃん! お嬢さんだなんて、あんたうまいねえ!」
「はは、俺はホラは吹くけど嘘はつかないんだよ。お嬢さんなんて肌がぴちぴちしてるじゃないか。
俺はてっきりそこらへんの女学生がバイトしてるんじゃないかって思っちゃったよ」
「やだねーもう、あたしゃ豆腐作り続けて30年だよ! 女学生なんて言われちゃ、照れちゃうよ!
まあでも、肌に関しちゃあたしも自慢だからねえ。豆腐のお水さんがぴちぴちにしてくれるのさ」
 皓が店先を覗き、普段の軽い口調で話しかけた豆腐屋の女将さんは、得意げに自分の腕を撫でた。
確かにその肌はまだまだ潤っていて―…女学生とまではいかないが―…確かに皓の過剰な褒め言葉も、成る程、と納得するものだった。
 女将さんの言葉に、皓は大げさに目をむいて驚嘆する。
「へえ! やっぱりね、ただの女学生じゃないって思ってたよ。
じゃあきっとこの豆腐に、肌の白さも貰ってんだねお嬢さん。豆腐みたいに透き通った肌だよ」
「あらもー、ほんっとうまいわねえ、お兄ちゃん! あんたこそもしかしてどっかの芸人さんかい? 口が達者すぎるよぉ」
 皓のぺらぺらと良く回る口車に乗せられた女将さんは、赤くなった頬を庇いながら、おばさん独特の手の動きを見せる。
皓は、はは、と軽く笑ってから、人差し指を口にあてた。
「しぃ、お嬢さんだけには教えるけどね。俺はこう見えても、さすらいの天才落語家なんだ。俺とお嬢さんだけの秘密だよ?」
「まっ、ほんとかい?」
 女将さんは、本気で目を丸くして、皓のニッとした笑みを見つめた。
「あらやだ、驚いちゃったよぉ。そんで流れの天才落語家さんが、こんな豆腐屋に何の用だい?
まさかうちの豆腐に目をつけたなんていうんじゃないだろうねえ」
 そりゃ、うちの豆腐は自慢だけどさぁ。 女将さんは本気で皓の”天才落語家”という自称を信じてしまったようで、多少うろたえながらそう言う。
だが皓はノンノン、とおどけたように首を振り、片手の平を見せた。
「ほんとはね、お嬢さん目当てに覗いてみたんだ。でも残念ながら、お嬢さんは既に旦那さんのものだろう?
だから仕方ないから、お嬢さんが心血注いで作ってくれたこの子たちを頂いて帰ろうと思ってね」
 そういいながら、皓は店頭においてある水の張ったケースの中から、めぼしい豆腐をいくつか指す。
「この絹ごしと木綿を二丁ずつ、あと湯葉なんて置いてあるかな。置いてあったら俺はとても嬉しいんだけど」
 そう言って、ニッコリと微笑む。
女将さんは暫しあんぐりと口を開けていたが、やがてぷっと吹き出し、けらけらと声を上げて笑った。
「ああはいはい、ちゃぁんと置いてあるよう! なんたってうちは、明治から続いてる豆腐屋だからね。何でもあるのさ。
しっかし自称天才落語家さんも人が悪いねえ! 買うなら買うって言ってくれりゃいいのにさぁ。
あたしゃ何事かと思っちまったよ」
「俺は本当のことを言っただけだよ? そうそう、残念だけど、今俺手持ちが少なくてね・・・」
「何だよ、水臭い! お兄ちゃんあたしのタイプだからねえ、負けたげるよぉ。豆腐四丁に湯葉で、えーと・・・」




 そういうわけで、ちゃっかり豆腐と湯葉を定価を大分下回る金額でせしめた皓は、上機嫌で市場を巡っていた。
そのあとを、どこかの店頭でいつの間にか買っていた肉まんに被りつきながら、シャナンがやはり仏頂面でついていく。
「どした、何か言いたげだなぁ」
 そんなシャナンの視線に気がつき、皓が振り向いて言った。
シャナンは口にほおばっていた肉まんをもぐもぐ、とのんびり咀嚼し、ごくんと飲み込んでから口を開く。
「・・・豆腐なんか買ってどうするんだ? お前が作るのは肉だぞ。トナカイの」
「あー」
 皓はシャナンの言いたかったことに気づき、苦笑して手を振った。
「これは女の子用。まさか油でぎとぎとのステーキ食わせるわけにゃいかんだろ?
お前にはちゃんと旨いステーキ作ってやるからさ」
 それを聞いたシャナンは、それならいいか、と思ってまた肉まんを頬張った。
だが皓が肉とはいったが、”トナカイの”とは言わなかったことには気づかずに。





 


 そして自宅に戻り、早速調理を開始した皓は、シャナンに見守られながら、
てきぱきと手際よく手を動かしていた。
無論、見守るといってもシャナンの場合、その言葉どおり”ただ”見ているだけなのだけれど。
だが皓のほうも、それは十分承知の上だったので、シャナンの視線を気にせず数種類の調理に励んでいた。
 そのときちょうど炊飯器の電子音が鳴り響き、ご飯が炊けたことを皓に知らせてくれた。
「おお、丁度いい具合に炊けたな。良し良し」
 皓はしゃもじで炊飯器の中をざっくりとかき混ぜながら、中のご飯の様子を見て満足げに頷いた。
そしてほかの料理のために皓がその場を離れると、ささっと素早くシャナンが炊飯器の前にやってくる。
じゃきん、と愛用の箸を取り出し、おもむろに炊飯器の中にそれを突っ込むシャナン。
皓が気づいたときには時既に遅し、げ、と表情を歪める皓の視線の先では、
シャナンが悠々と炊けたばかりの筍ご飯を頬張っていた。
「・・・うむ、出汁加減といい、こげ加減といい、さすがは皓だな。うん、美味だ」
「おいおい、シャナン。味見は許すがつまみ食いはするなっつったろ?
女の子の分がなくなっちまうじゃんか」
「ふっ。愚問だな、一口や二口で味が分かるか。こういうものは沢山食すことによってだな・・・」
「一口や二口以上食われるとこっちが困るんだよ。手伝わないならせめて邪魔すんなって」
 皓は呆れた口調で、菜ばしを振りながら言った。
だがまったく堪えた素振りも見せないシャナンは、普段の仏頂面で堂々と言い放つ。
「邪魔とはなんだ、邪魔とは。俺はな、皓に勝ってもらわねばならんのだ」
「・・・何でだよ? 俺は女の子に満足してもらえたらそれでいいね。
見ろよこれ、湯葉揚げに豆腐しゅうまい、豆腐の田楽もある。
女の子は流行の料理が好きだからな、最近流行の豆腐尽くしでいってみた。見た目も綺麗だろ?」
 田楽に使うらしい味噌を混ぜていた皓は、得意げにそう言った。
シャナンはそれを受けて、ふむ、と考え込んだ。但し愛用の箸を握ったまま。
「花見というからには、確かに女性も多いだろう。ならば女性に好まれる料理を作ることは勝算に繋がるか・・・。
よし皓、その勢いで頑張れ。俺が味を調えてやろう」
「だからお前の助けはいいって。どうせつまみ食いだろ?」
 皓は呆れながら、味噌の入ったボウルを脇に寄せ、滑らかにした豆腐を練って串に刺し、固めた田楽をガスで炙っていく。
程なく香ばしい匂いが台所に漂うが、シャナンは顔には出ずともどことなく意気込んでいた。
彼にとって食い物は重要であるが、それ以上に重要なことがあった。それはもちろん、金である。
「もっとやる気を出せ、皓。この花見は大会なのだろう? ならば必然として賞金も出るじゃないか」
「・・・へぇ?」
 皓は串を掴んで田楽をひっくり返しながら、耳だけをシャナンのほうに傾けた。
事務所を持たない万年貧乏の自称国際弁護士(断じて落語家ではない)の皓にとっても、
やはり金は大事なものであるらしい。具体的に言うと、生活のためだ。
「でも賞金が出るとか、あの女の子いってたっけなあ・・・」
 皓は雑貨屋で見た、金髪の少女を思い出して呟いた。
確かに大会どうのこうのとは言っていたが、賞金があるとは言っていなかったような気がする。
第一大会云々もその場のノリのような感じでー・・・。
 だが意気込んでいるシャナンには、皓の呟きはまったく聞こえていなかったらしい。
箸ごと拳を握り締め、無表情ながら熱く語りだす。
「何を暢気にしてるんだ、皓。お前の腕を持ってすれば女性たちを魅了し、優勝を掻っ攫うのも苦ではなかろう。
大会といえば優勝、優勝といえば賞金だぞ。その金で溜まった家賃が賄えるかもしれんじゃないか」
「そーだなあ」
 皓はシャナンの熱弁を話半分に聞き流しながら、それでも頭の中では、集まった女性のハートと、
賞金の入った熨斗袋をがっちり掴む自分の姿が描かれていた。
「賞金か・・・うん、それもいいな。二兎を追う者は一兎も掴めず、だがこの姫川皓は二兎とも掴んじゃうぜ」
 ふっふ、と自信たっぷりの笑みを浮かべ、皓は丁度香ばしく焼けた田楽をシャナンに突きつけ、言った。
「任せな、シャナン。これで今月の家賃の心配はオールナッシングだ!」
「その調子だ、皓。期待してるぞ」
 シャナンはやる気になった皓に満足しつつ、自分の箸をかちかちと鳴らして、次に何をつまみ食いするか逡巡していた。














                   ***









「あっ、ここよ、ここ! 皆さんいらっしゃーい」
 日が段々と紫色に変わっていこうとする夕暮れ時、それぞれ『ワールズエンド』から連絡をもらい、
花見重を手に集まった丘では、既にルーリィたちが万全の用意をして待っていた。
 続々と集まってきた参加者たちに、ルーリィは手を大きく振って出迎える。
「まあ、良い場所。見晴らしも良いし、桜も綺麗。・・・場所取り、有難う」
 ルーリィたちが敷いたのだろうゴザの前に立ち、満開の桜を見上げて、アレシアは、ほう、と感嘆のため息を洩らした。
なだらかな丘の上に堂々と咲く一本の桜の大木が、夕暮れの青紫の空気に凛、として立っている。
その様子は確かに感嘆のため息をつい洩らしてしまうものだったし、
アレシアがうっとりとしてその桜を見上げるのも、また至極納得のいく仕草だった。
「ふふ、ついこの間発見したの。たくさんある桜も良いけれど、こうして一本だけどどっしり構えてる木も良いわよね。
さ、皆さん遠慮なくどうぞ! 広いから何人でも入れるはずよ」
 ゴザの中央で、既に靴を脱いであがっているルーリィは、いつもの笑顔で参加者たちを迎え入れた。
だがアレシアはじめ、集まった参加者たちは、そのゴザの大きさを見て首を傾げる。
そのゴザが明らかに1,2人ぐらいしか入れない大きさで、ルーリィ一人が立っているだけのスペースしかないように思われた。
 するとそこへ、桜の木の上方から、ぱたぱたと黒い小さな何かが飛んでくるのが見えた。
その黒いものは、ルーリィの肩に止まり、羽を自分の体に収めてふんぞり返る。
「ちっす、固まってないでさっさと入れよなっ。俺ァ場所取りしてて、朝から何も食ってねーんだ。
あんたらが席につかねえと、何も食えねえんだよっ」
「へえ、こりゃ驚いた。金髪が素敵なお嬢さん、そいつはきみのペットかな? 躾が行き届いてるねえ」
 そう大仰な程感心したように言ったのは、黒髪眼鏡の姫川皓。
それを聞いた勝気な少女、浅海紅珠は、あんぐりと口を開けて皓を見上げる。
「おにーさん馬鹿? 躾けただけでコウモリが喋るわけねーじゃん。
リックはルーリィの使い魔なんだよなっ」
 紅珠はそう言い放ってから、履いていた靴をぽいぽい、と投げ捨て、ルーリィの足元にすとん、と腰を下ろす。
すると目の錯覚か、ゴザが広がったように見えた。
 一瞬でその仕組みを理解した皓は、ぽん、と手を叩き、靴を脱いでゴザにあがる。
皓が足を踏み入れると、やはりゴザは皓の場所を開けるかのように広がる。
仕組みは分からないが、こりゃ便利だな、と皓が思っていると、それに続いて
相方であるシャナン・トレーズがやはり無愛想なまま乗り込んできた。
懐に愛用の箸を忍ばせ、どこからでもかかってこい状態である。
 ルーリィは自分を含め、4人座って余りある状態までゴザが広がったのを確認し、
未だ桜に見とれていたアレシアを呼び寄せた。
「アレシア、桜は逃げないわ。どうぞこちらにきて、座って頂戴な」
「ああ・・・そうね、ごめんなさい」
 じゃあ、失礼して。
そう言いつつ、アレシアは丁寧に靴をそろえて脱ぎ、ゴザの上に上がる。
 その時点でゴザの大きさは、皆が車座になっても十分余裕のある大きさにまで広がっていた。
「さっすが魔女! いーなあこういうの。俺も遠足に持って行きたいぜ」
 すでに寛いだ様子の紅珠が、羨ましそうにゴザを撫でる。
ルーリィは可笑しそうに紅珠を見つめ、
「あら、きっと紅珠さんにも使えるわよ、こんな魔法ぐらい。何ならあとで教えましょうか?」
「ほんとっ! ラッキー、約束だぜっ」
「ええ、約束ね」
 そんな少女二人の話を盗み聞きしていた皓は、すかさず二人の間に割り込み、にっこりと愛嬌のある笑みを浮かべた。
「魔法だなんて、ロマンチックな話をする可愛らしいレディたちだな。
俺にも魔法をかけてくれるかい? きみたちのハートを離さないような」
「あっ、さっきの馬鹿にーちゃん!」
 早速の口説き文句の途中で、口説いていた当の少女からツッコミを食らい、思わず気を殺がれてしまう皓。
そして紅珠のほうは、その皓の先制攻撃だけで彼の属性を見抜いたようで、
わざとそっぽを向いてルーリィに話しかけた。
「なあなあ、銀埜とかリネアとかは? まだ店にいんの?」
「あ・・・そうね、もうそろそろ来るんじゃないかしら。飲み物が足りないかも、と思って取ってきてもらってるの」
「そっかあ! 俺、隠し芸また覚えたんだー。リネアに見せてやろうと思ってさ!」
「そ、そう。それは嬉しいわね・・・」
 ルーリィはそんな受け答えをしながら、間に割り込んできていた皓をちらちら、と横目で見る。
皓は笑みは消してはいないものの、その拳を堅く握り締め、闘志を燃やしていた。
「ふふ・・・この俺がシカト食らうなんてね。いけないお譲ちゃんだ。尚更やる気が沸いてきたぜ」
 そんな闘志を燃やしている相方を放って、一人あぐらを掻いているのはシャナンである。
彼は右手に箸を握り締めながら、賞金のかかった大会はまだかと気を逸らせていた。
そんな彼に気づいたのは、気配りの淑女、アレシアである。
「・・・お腹空いてらっしゃるの? もうすぐ始まると思いますよ」
 その声に気づいたシャナンは、ん?と顔を上げてアレシアを見た。
アレシアは心配そうにシャナンを見つめていたが、彼は全く逆の考えを持ったらしい。
ジッとアレシアを見つめたあと、唐突に口を開く。
「・・・ご心配感謝する。時にマダム」
「アレシア・カーツウェルと申しますわ」
「シャナン・トレーズだ。・・・あんたは料理が得意か?」
「・・・胸を張って得意とは申しませんけれど。それでも、趣味にはしています」
 アレシアは内心困惑しながら、それでも律儀に答えた。
アレシアの丁寧な返答を聞き、シャナンはむうと唸って考え込む。
そして考え込んだあと、またおもむろに口を開いた。
「ならばアレシア、あんたの身分は?」
「・・・主婦です。夫も子供もおりますわ」
 この人は何を考えて、私にこんなことを尋ねているんだろう・・・。
アレシアはそんな疑問が頭を渦巻くのを感じたが、その答えは彼女にはついに分からなかった。
シャナンの相方である、皓が唐突に乱入してきたからである。
「今晩和、マダム。貴女のようなッ可憐な人が、こんな無愛想の塊と付き合うことはありませんよ。
俺が紳士の持て成しをして差し上げましょう」
「あ、あの?」
 彼女を困惑させる新しいキャラクターの登場に、アレシアは目を白黒させた。
だが皓は持ち前の愛嬌と強引さで、彼女を自分の隣に座らせる。
そしてささ、とシャナンのほうへ行き、耳打ちで囁いた。
「おい、俺より先に口説くなよ。お前はつまみ食い専門だろ?」
「此処が女性ばかりで色ボケしたか、皓? 主婦で料理が趣味と豪語するからには、あの女かなりの腕前と見た。
俺はお前が勝てるかどうか思案していたのだ。お前も少しは悩め」
「あのな・・・」
 皓は明らかにこの場に置いて浮いている友人の、至極真面目な顔を見て、呆れてため息を吐いた。








 そうして参加者たちの、普通ではない交流が進んだところで、ルーリィがすくっと立ち上がって注目を集めた。
いつの間に現れたのか、すでに銀埜やリース、リネアなんかの『ワールズエンド』の面々も揃っていて、
各々好き勝手な場所に陣取っている。
「えーと、では皆さん。本日はワールズエンド主催のお花見にいらしてくださって、どうもありがとう!
それぞれ花見重にも料理を詰めてきて下さった様で、とっても感謝しております」
 そこまで言って、ルーリィはこほん、と息を整えた。
「お飲み物は皆さんが持ってきて頂いた物の他に、こちらでも少しばかり用意してます。
宜しければ、そちらもどうぞご遠慮なくね! ・・・ええと、今銀埜がグラスを配ってるの。回った? いけた?」
 そう言って、ルーリィは場をきょときょとと見渡す。
持参したぐい飲み程度の大きさのグラスには、既に薄桃色の液体が入っていて、
参加者と『ワールズエンド』の面々の前に配られている。
「ちなみに、中に入ってるのは、少しばかり桜の風味を入れたお水。
とりあえず、開始の杯ってことでー・・・皆さん、どうぞごゆっくり楽しんでいらしてね。乾杯!」
 そう言ってルーリィがぐい飲みのグラスを掲げると、皆も口々に乾杯、といって口に運ぶ。
―・・・そうして、今夜の花見の宴が始まった。






「さてお待ちかね、お料理オープンのお時間です!」
 ルーリィがそういうと、すかさずシャナンが箸をじゃきん、と構えた。
その気迫に気づいたルーリィはシャナンのほうを見つめ、首を傾げる。
「ええと、あなた―・・・」
「ああ、申し訳ない。どうしてもこの宴に混ざりたいというんでね、連れてきてしまったんだ。
こいつの胃は頑丈だから、毒見でも何でも使ってやってくれるかな」
 皓の素早いフォローに、ルーリィは納得して頷いた。
「あら、そうだったの。わざわざ毒見してくれるなんて、良い人ね!
でも皆さんが心をこめて作って下さった料理だもの、きっと大丈夫だとは思うけれど」
「御託は良いからさっさと始めよう。腹と背がくっつきそうだ」
 ぐるる、と唸りだしそうなほど鬼気迫る形相のシャナンに、ルーリィは暫し目をぱちくりさせた。
そしてポン、と手を叩き、成る程、と頷く。
「とってもお腹が空いてるわけね。了解、じゃあはじめましょ!
まずはこれー・・・ええと、これは」
「あっ、俺の俺の! へへ、見てびっくりするなよー」
 ルーリィが指したのは、華々しく椿の花が描かれた重箱だった。
それに手を上げたのは、紅珠である。
 紅珠は備え付けの徳利をゴザの上に置き、漆の取り皿も皆に配る。
そして重箱を重々しくゴザの上に設え、じゃーん!と掛け声をあげて蓋を開けた。
次の瞬間、皆の口から漏れる感嘆のため息。
「まあ、とても豪華ね。これは・・・蒲焼かしら? 鰻の」
 紅珠が苦心して作ったそれに目をつけたアレシア。
その言葉に、紅珠は得意になって胸を張る。
「へへ、いいからいいから。まず食べてみて!」
 そういいながら、ずずいと重箱を前に押す。
それに後押しされ何本も箸が伸び、紅珠力作の蒲焼が皆の口に入る。
入った瞬間、先ほどとは違う声が皆の口から漏れた。
「あら」
「へぇ」
「ほう」
 そんな皆の顔を、紅珠は得意満面で眺める。紅珠にとっては、この瞬間のために苦心したというべき代物なのだ。
「ええ、姉さんこれ、ウナギってやつじゃないの? なんかおでんに入ってる奴みたいな味がするよ?」
 目をぱちくりさせて、リネアがそういう。
紅珠はふふん、と胸を張り、堂々と解説した。
「これなー、鰻もどきって料理なんだよ。見た目はまんま鰻の蒲焼だけど、中身は豆腐と山芋!
そんで背中の皮みたいに見えるのは、実は海苔なんだ。すっげーだろ?」
「すっごい、さすがねえ」
 ルーリィも娘同様、感激して目をぱちくりさせている。
「俺も感激したよ、小さなレディ。その年の若さで俺の目を眩ませるとはね。どう、俺と―・・・」
「ほらほら、次の段も可愛いんだぜ! じゃーん」
 今度は決め台詞すら言わせてもらえなかった皓。心なしかがっくりしている。
・・・どうやら皓と紅珠の相性は最悪のようだ。
 それはともかく、紅珠の二段目も、別の意味で皆の注目を集めることとなった。
目を見張るのは、食紅で桃色に染めたお握りに、これまたピンク色の椿もち。
他にも鮮やかだったり淡い色だったり、といった桃色で統一されたおかずがところ狭しと並んでいる。
お握りの形が少々いびつだったりするところが紅珠らしくもあったが、それを余って尚その重は春らしい華やかさに満ちていた。
「へえ、こうやって桃色に染められるの。すごいわねえ」
 感心したように桃色の重箱を見つめるリース。
「・・・でもこれ、食べて大丈夫? お腹壊したりしない?」
 そんな失礼な言い草に、紅珠はけらけらと笑って黙々と食べているシャナンを指差す。
「心配なら、あの兄ちゃんに毒見してもらやいいじゃん! そのためにいんだろ?」
 リースはそれもそうか、と思って頷くが、シャナンはその逆襲とばかりに無愛想なままで言い放つ。
「ああ、俺の胃は頑丈だからな。たとえ小学生が手を洗わずに作った料理だとしても・・・」
「ひっでー! ちゃんと手は洗ったモンね!」
 思わずカッと来た紅珠は、手元にあった箸をシャナンに向かって投げつけた。
それはシャナンの額にクリーンヒットし、シャナンは暫しその衝撃で首を上方に向ける。
・・・だがすぐに元に戻り、何事も無かったかのように公開されたばかりの紅珠の料理をがつがつ食いだす。
 そんなシャナンの様子に、さすがの紅珠もごくりと喉をならし、
「・・・変な奴ぅ・・・」
 と呟くしかなかった。
「ええと、とても色鮮やかで目にも楽しいお料理をありがとう!
ええと、次のこれはー・・・」
「あ、それは俺だね、お嬢さん」
 ルーリィが目を止めた花見重は、側面に藤の花が描かれていた。
そのどっしりとしつつも艶やかな重箱の持ち主は、先ほどから女性の間をあっちにふらふら、こっちにふらふらしている皓である。
「小さなレディではないけど、俺のもなかなか目に優しいよ。ほれ」
 そういいながら、皓はゴザの上に置いた重箱の、一段目の蓋を取る。
期待しながら覗き込んでいた女性陣は、現れたそれに思わず顔をうっと顰めた。
「た・・・確かにこれは注目を集めることは集めるわね」
「目に優しいかっつったら、それはまた別の問題だけどね・・・」
 リースとルーリィ、魔女二人は顔を見合わせてひきつり笑いを浮かべる。
その反応に訝しいものを覚え、皓は自分の一段目を見下ろし、ゲッと固まる。
すぐさま蓋を閉め、一段目をそのまま持ち上げシャナンのところに押しやる。
「・・・お前のだった。ステーキな」
「ああ、肉汁たっぷりのか」
「・・・精々栄養つけろよ」
 華々しいデビューのはずが、トナカイと偽ってじっくり焼き上げた牛肉のステーキだったことに、皓はいささかの落胆を感じつつ、
本番の二段目を、皆に―・・・主に女性陣に公開した。
 今度は皓の思惑通り、わぁという感性があがる。
しめしめ、と皓が内心ほくそ笑んでいることなど知らず、女性陣は皓の重箱に目を輝かせた。
「素敵! 純和風なのね。これは筍ご飯?」
「・・・これはもしかして湯葉揚げかしら。となれば、これは・・・」
「わーっかった。兄ちゃん、女の子受けしようと思って、豆腐づくしにしたんだろー!」
 自分の思惑をあっさり小学生に見破られた皓は、それでも全く気に病むことはなく、
むしろ自信満々に言ってのけた。
「女の子受けを狙うとは心外だな。これはきみたちのために拵えた、女の子のための料理なんだぜ。
豆腐は美容と健康の神様、俺の料理を食えば、それだけで肌が10年は若返るという代物さ」
「・・・10年も若返ったら、俺赤ん坊にもどっちまうってーの!」
 12歳の紅珠はぶーたれるが、35歳のアレシアにとっては、皓のおだて文句は有効だったらしい。
アレシアは微笑みながら、
「・・・じゃあ私は、二十代の肌に戻れるのね。それは嬉しいわ」
「いやあアレシアさん、貴女はまだまだ10代でも通用しますよ? でもこの料理はもっと貴女を輝かせるでしょう。
俺もそれを望んでいます。貴女の肌がますます白く輝くことをね」
「まあ、お上手ね」
 くす、と笑うアレシア。皓は内心、よっしゃとガッツポーズを取っていた。
 そんな皓の斜め後ろでは、店から持ってきた酒類の準備をしている銀埜が、肩を落としてため息を吐いていた。
「ふ・・・どうせ花見なんて女性だけのもの。男性である私は大人しく酒の用意をしておきましょう」
 そんな銀埜に気づいたのは、一人料理をかっ込んでいたシャナン。箸を握ったまま、ぽんぽん、と銀埜の肩を叩く。
「まあ、そう気を落とすな。女と見れば誰彼構わず口説く、皓のほうが異常なだけだ」
「はぁ」
 そう相槌を打ちながら、銀埜はシャナンの前に置かれた取り皿を見た。
そこにあるのは、分厚いステーキ。しかも香ばしい匂いが漂っている。
本性は犬、元々肉食である銀埜は思わずごくりと喉を鳴らすが、それに気づかないシャナンではない。
 すぐにもとの無愛想に戻り、わざと銀埜から取り皿を遠ざけながら言った。
「だが俺の食い物はやらん。俺のものは俺のもの、俺の視界に入った食い物も俺のものだ」
「・・・あなたも中々素敵な性格してますね・・・」
 やはり集まってしまった尋常ではない参加者を前に、銀埜はトホホ、と背を丸めたのだった。







 そして場では、とうとう最後の重箱が公開されることとなった。
トリを努めるのは主婦暦ウン何年のアレシアである。
「・・・でも期待してもらっても、それに応えられるようなものはないわ。
私はただ、お花見の補助が出来る料理を、と思っただけだもの」
 そういいつつ微笑を浮かべ、アレシアは自分の重箱をゴザの上に置く。
彼女の重箱は鈴蘭。独特の形をした清楚な花が、重箱の脇に描かれている。
その慎ましさ、そして凛とした存在感はアレシアの人柄を良く現しているようだった。
「いーじゃん、早く開けてくれよ! ぜってえ美味いよなあ」
 ルーリィの肩に止まったまま、コウモリ姿のリックが騒ぐ。
以前彼女お手製のシュークリームを口にしてから、アレシアの料理の腕は認めているようだ。
「リックくんに言われたら、仕方ないわね」
 アレシアはふふ、と笑い、一段目の蓋を開けた。
そして一段目をゴザの上に置き、二段目も公開する。
 確かにアレシアの用意した料理は、万人の目を引く華やかなものではなかったかもしれない。
だがそれは遠足に出かける我が子を癒すような、そして手に取るものが食べやすいように、と趣向を凝らした、
何とも温かい料理ばかりだった。
「うわー、ピクニックんときみたい! うまそーっ」
 紅珠はそう言って、目を輝かせる。
「ほんとだぁ。あっ、このウィンナ、タコさんとかカニさんの形してるよ!」
「あらほんと、ねえアレシア、これどうやってやるの?」
「ふふ、あとで教えてあげる。結構簡単なのよ」
 アレシアはそう言って、嬉しそうに頬を緩ませた。
そのとき、食い意地の張ったシャナンが、アレシアの用意したサンドイッチの一つに目を留めた。
「おいアレシア。コレは何だ?」
 そう言って手に取ったサンドイッチを目にし、アレシアは苦笑を浮かべる。
「えぇ・・・それはね、新しい食材に挑戦してみたの」
「ふむ」
 シャナンはそう言って、おもむろにサンドイッチを口に放り込んだ。
それをゆっくり味わいながら目を閉じ、ごくん、と飲み込む。
「・・・ポテトサラダか。だがあまり量は多くないな。味付けもごく少量に抑えてある。
・・・これは・・・醤油か? ほんの僅かだが・・・ふむ、それで風味が誤魔化してあるのか」
「・・・あら」
 アレシアはぺらぺらと自分の作ったサンドイッチの中身が解説されていくことに驚いていた。
無論、それに驚いたのはアレシアだけではない。
相方である皓以外の全ての参加者が目を見張っていた。
その内心は共通している。すなわち。
(・・・ただの食い意地張った図々しい人じゃなかったのか・・・)
 である。
 他の面々に内心どう思われていようと全く気にすることなく、シャナンの解説は続く。
「これは・・・これがメインだな。粘り気のある食材、だが独特の食感を持つ。
ふむ・・・オクラか。俺も食べなれない食材だな」
「・・・正解。オクラとポテトサラダのサンドイッチよ。
オクラに合うよう、ほんの少し醤油を混ぜてみたの。・・・驚いたわ」
「ふん。食のことで俺に分からぬことはない」
 シャナンは心なしか仏頂面の中に得意そうな色を混ぜ、手を伸ばして更にオクラのサンドイッチを手に取った。
そして当然のごとく、それにかぶりつく。
「あの・・・それはどう? 大丈夫かしら」
「何がだ? ああ、味ならば及第点をやってもよかろう。なかなか面白い味だ」
「そう・・・それは良かった」
 アレシアの言葉はほんの僅かなものだが、それでもそのこぼれた笑みによって、彼女が安堵したことが全員に伝わった。
ルーリィはそんなアレシアを満足げに眺め、そしてシャナンのほうを見た。
「ね、審査員さん。今夜のお料理、どれが一番だと思う?」
 そう面白そうに言う。シャナンは、ん? とルーリィを見た。
「毒見のほかに審査員も引き受けてくれるんでしょう? 皓さんに聞いたわ。
だからシャナンさんに選んでもらいたいの。どれが一番美味しかった?」
「ふむ」
 シャナンは頷き、暫し唸って考え込んだ。
そんなシャナンに、その場に居る全員の視線が集中する。
 そして数秒後、シャナンはおもむろに顔を上げてルーリィに言った。
「ところで娘、これには賞金が出るのか?」
「・・・は?」
 ルーリィはシャナンの言葉に、きょとんとした顔を見せた。
その顔で、シャナンは全てを察する。
 なので、チッと舌打ちをして言った。
「ないのか。賞金がないのならば、こんな大会に意味は無い。全員同着でも良かろう」
「え、それって・・・」
 まだ良く自体が把握できていない紅珠が、前のめりになってシャナンに尋ねる。
シャナンは無愛想な表情で続けた。
「だから、全員同着。全員優勝だ。それに元々甲乙つけ難い出来だったことだし。
・・・貴様、それでは不服か?」
 シャナンに視線を向けられ、ルーリィは一瞬目を大きくした。
そしてぷるぷると首を振り、にっこりと笑う。
「まさか! 私もそれに賛成。皆美味しすぎて、順位なんてつけられないものね!」
 よぅし、とルーリィは気合を入れ、掌を合わせてぱぁん、と叩く。
「じゃあ、余興はこれで終わり! 皆さんのお料理、ごゆっくり味あわせて頂戴な。お酒もあるわよ?」








 宴の本番。それは桜の木の下で、春の息吹を感じながら花びらと月夜、そして人々との語らいを楽しむ会である。
それぞれの料理が広げられたあと、それぞれが思うがままに宴を楽しんでいた。

 アレシアはルーリィやリネアと共に、紅珠に『鰻もどき』の作り方を教わっている。
主婦が小学生から料理の作り方を教わっているなど、通常では有り得ない光景だが、今この場では全く問題はなかった。
リネアは教わるついでに、桜の塩漬けが入った桜湯を飲ませてもらい、その新しい味わいに感激していた。
 紅珠はその代わりとばかりに、アレシアの料理をちょいちょいと摘んでいる。
その懐かしい家庭の味に、彼女の箸も留まるところを知らない。
アレシアの徳利に入れられた水を飲ませてもらい、その美味しさに目を見張った。
アレシア曰く、お水にお願いすると、ほんの少し美味しくしてもらえる、とのことらしい。
だがアレシアが魔女だということを知っているルーリィは、
きっと彼女は水の精に頼んだのだろう・・・とあたりをつけたが、それを決して口にはしなかった。

 相性最悪の紅珠に狭まれ、折角の女の子ゾーンに立ち入ることが出来ない皓は、
自分の豆腐料理を目当てに近寄ってきたリースに照準を合わせ、これでもかというほど口説きまくっていた。
やれきみの赤い髪はまるで炎のように俺の心を熱くしているだの、まるで吸い込まれそうなほど深い金色が素敵だ、だの。
酒が入って普段よりも陽気になったリースは、始終けらけらと笑い皓の言葉を本気にはしていなかったが、
皓にとってはそれで十分なのである。彼にとっては女性を口説くということは、女性に対しての礼儀であり、欠かすことのできないものだから。
 そして相方のシャナンはいうと、賞金がもらえなかった腹いせに、これでもかというほど料理をかっ込んでいた。
食い意地の強さでは負けていないリックと張り合いながら、そして時には箸で攻防戦を繰り広げながら、それでもかっ込んでいた。
一人寂しくちまちま酒をやりながらその様子を眺めていた銀埜は、それはそれで尊敬に値すべき食い意地だ、と思った。
だが、それは決して真似をしたいものでもなかったが。



 そんな感じで、宴の夜は更けていった。

 時折思い出したように豪奢な枝振りの桜を見上げ、藍色の夜空に浮かぶ月に杯を掲げ、
そしてまた騒乱へと身を投じていく。
 
 それは宴。まごうこと無き花見の宴。
願わくば来年もまた、変わらず花開きますようにと、願いを込めて、
一年に一度きりの宴はその賑やかさを増していくのだった。


  










                          終。









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▼ 登場人物 * この物語に登場した人物の一覧
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【整理番号|PC名|性別|年齢|職業】

【4958|浅海・紅珠|女性|12歳|小学生/海の魔女見習】
【6206|シャナン・トレーズ|男性|22歳|闇医者】
【6262|姫川・皓|男性|18歳|自称国際弁護士】
【3885|アレシア・カーツウェル|女性|35歳|主婦】

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▼ ライター通信
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 納期を延ばして頂いたにも関わらず、ぎりぎりのお届けになってしまいました;
毎度筆が遅くてすいません、瀬戸です。
皆様、今回ご参加頂いてまことに有難うございました!
それぞれ前半部分は個別で書かせて頂きました。
どのような個別部分になるか、いざ書き出すまで分からなかったのですが、
結果としてそれぞれのPCさんに合わせたかたちの、個別部分となりました。
形は違いますが、楽しんで頂けるととても嬉しく思います・・・!

 そして今回、文字数と展開の都合で、コラボのお相手である桃月ILのNPCを
登場させることが出来なくなってしまいました;
期待して下さっていた方には、大変申し訳ありません・・・。

 反省点もありますが、全体としてはとても楽しんで書かせて頂き、
またこちらとしてもとても勉強になったノベルとなりました。(レシピなど!)
良ければまたご参加頂けることを願います。

 それでは、またどこかでお会いできることを祈って。