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■CallingU 「胸部・むね」■

ともやいずみ
【5682】【風早・静貴】【大学生】
「はい……もう、あと、少し……です」
 小さく、ゆっくりと報告する。
 表情のない顔で受話器から響く声を聞き、何度も相槌をうつ。
「わかって……ます」
 もうすぐ終わりだ。この東京での暮らしも。
 長かった……とても。
 ……とても。
 もうすぐ……この巻物も完成する……!
CallingU 「胸部・むね」



 仕事を終えた帰り道、風早静貴はのんびりと歩いている。
 もう満開の時期は過ぎ、散りかけた桜の木をあちこちで見かけるようになった。
「そっかぁ……もうそんな時期か……」
 静貴はそんな景色を見て呟く。
 ふと……思った。
「そういえば……」
 しばらく欠月に会っていない。
 遠逆欠月。退魔士。東京に憑物封印をするために来ている。
(欠月君……元気かなぁ)
 ケガや病気など、していなければいいけれど。
 彼の安否を確かめたいが、残念ながら静貴は彼の連絡先を知らないのだ。
(ラジオでもいいから、欠月君の近況が流れてくれればいいのに……)
 はあ、と溜息をつく。無論、そんなことはあるわけがない。
 静貴は通りかかった自動販売機を見つけ、近づいた。夜道を照らす人工の明かりだ。
 ポケットを探り、小銭を取り出す。コーヒーは買えそうだ。
 小銭を入れるとボタンが光った。静貴はすぐに押す。
 がたん、とコーヒーが出てきた。それを取り出して、静貴は歩き出した。
 早速コーヒーに口をつけようとしていた静貴は思う。
(もしかして……欠月君、もう帰っちゃったのかな……)
 考えられないことではない。
 彼はとても優秀な退魔士だ。仕事を迅速に終わらせていることだろう。
(……なんだろう)
 視線を伏せて静貴は手の中のコーヒー缶を見下ろす。
 静貴は不安だった。
 欠月のことで、不安になっている。
(欠月君みたいなタイプは……うかつに深入りすると、何か大変なことになりそうな気がする……)
 自分が姉によってことごとく大変な目に遭っているからこその……経験者の勘というやつだ。
 彼は、静貴とは「違う」。
 欠月という人物はいつも夜道を歩く者だ。太陽が不似合いな、夜の住人。
 静貴は退魔師の仕事はしているが、彼とは違う。静貴は大学に通う学生だ。
 そこが彼との大きな違いでもある。
 表と、裏。
 静貴は一般人とは確かに違うだろう。普通の人間は退魔師の仕事などしない。それに、魑魅魍魎の存在すら知らない者も少なくない。
 だが静貴はまだ表の住人だ。完全に闇に染まっているわけではない。
 欠月は逆に完全に闇の世界に生きる人間である。
 静貴のように単位の心配や、平穏な日々を失うことを恐れはしない。彼には元々、そういう生活が存在していないのだから。
 彼は退魔士。それ以上でも、それ以下でもない。
 世間一般の『生活』というものは彼の中にはないのだ。彼に有るのは、『仕事』。
 そんな人間と付き合うのがいいこととは思えない。
 欠月は静貴に仕事を手伝えとは決して言わない。『あちら側』へと引っ張り込まない。
 …………彼は静貴と距離をとっている。
 それが当たり前だ。だって。
(僕と欠月君は、違う)
 欠月はそれを知っている。わかっている。
 彼が正しい。
 彼に深入りすると、後が大変だ。
 だから――――距離をとるのが、普通は正しい。
(でも)
「……なんだろう。心配だなあ」
 心配する理由が静貴にはわからない。欠月は静貴より優秀なのだ。誰かに心配されるような失敗はしないはず。
 けれど、なんだか……引っかかるのだ。彼のことが……。
「にが……」
 口の中に広がるコーヒーの苦味。
 そのおかげか、静貴の頭の中にぱっ、と閃いた。
(そうだ)
「心配なら、こっちから探せばいいんだ……」
 なにも一人で悩むことはない。
 そうと決まれば。
 静貴はぐいっとコーヒーを飲み干す。かなり苦いがこの際、我慢だ。
 欠月がいそうな場所を探そう。
 幸い、今は夜。
 欠月が活動している時間帯だ。まだ東京に居るならば、きっとどこかに居るはずだ。
(どうか、まだ帰ってませんように――――!)



 足で探すのにも限界というものがある。
 肩で息をしていた静貴は座り込みそうになった。
 考えてみれば東京というのは範囲が広い。その広い中で欠月に稀にだが会っていたことは、自分の運が良かっただけなのだ。
「せ、せめて自転車でもあれば……」
 とうとう座り込んでしまった静貴は、気づいた。
 薄暗い道に、ぽつんと在る。あれは自販機だ。
「……ほんと、自販機はどこにでもあるんだなぁ」
 そんなことをぼやいていると、誰かが少しだけよろめきながらその自販機の前を通る。
 静貴はその様子をぼんやり眺めていた。
 自販機の明かりに照らされた顔を見て、彼はバッと立ち上がった。
「欠月君!?」
 ついつい大声をあげてしまう。
 静貴の声に反応し、欠月は自販機に手をついてから顔を向けてきた。
「……ああ、静貴さんか」
「まだ東京に居たんだね? 良かった」
 安堵して近づくと、欠月の濃紫の制服が少し破れているのが目に入る。
「服、破れてるね。あ、少しだけど」
「…………」
「どこかに引っ掛けたの?」
 尋ねる静貴をじっと見ていた欠月は小さく言う。
「いや、これは今日の仕事のせい」
「え? そうなの?」
「苦戦したから、衣服が少し裂けた」
 信じられない。欠月が苦戦?
(欠月君でも苦戦なんてするんだ……)
 新鮮に感じる静貴は、彼の様子が少し妙なのに気づく。
 いつもの欠月は無駄に笑顔でいるのに。
(なんでかな……今日は、笑ってないけど)
 疲れているのかもしれない。苦戦したと、言っていたし。
「良かったら手を貸そうか?」
「…………え?」
 突然の静貴の申し出に欠月は怪訝そうにする。それもそうだろう。いきなり「手を貸す」と言えば誰だって不審に思う。
「あ、えっと……なんだか疲れてるみたいだから……」
 慌てて弁解する静貴。
 欠月は自販機についていた片手を見遣り、離す。そして姿勢を正した。
「いや、疲れてるわけじゃないから」
 はっきりと言う欠月は薄く笑う。いつものような満面の笑みではない。
(……ほんとに疲れてないのかな……? 嘘ついてるかもしれないな……)
 静貴はそう思ったが、口には出さない。
 無理強いしても、欠月は素直に静貴の言うことはきかないだろう。彼はそういう性格だ。
 なんだかいつもと少し様子は違うが、欠月はどこもケガをしていない。無事だ。
(杞憂で済んだみたい……)
 良かった。
 安心していると欠月はす、と歩き出した。
「えっ、あ、どこ行くの!?」
「どこって……もう帰るんだけど」
「あ。待ってよ。一緒に帰ろう」
 静貴が欠月と並んで歩き出す。欠月はそれを横目で見て、目を細めた。
「あ! 呆れた?」
「…………いや。どうしてそんなにボクに構うのかなって、ちょっと考えた」
「うん……そうだね。欠月君みたいな人は、僕には珍しいタイプだからかな」
「…………そう」
 さして興味がないように呟く欠月。
 空を見上げた静貴は月を見つけて手を伸ばす。
「んー……やっぱ届くわけないか」
「…………」
「そんな冷たい目で見なくても。届かないってことはわかってるよ。でもたまに、こういうのしてみたくならない?」
「そういう非現実的なことは、しない」
 きっぱりと言われて静貴は「そっか」とガクっとする。
 欠月は現実的で、ロマンがない。
(可哀想に……欠月君と付き合う女の子は、ロマンなんて味わえないぞ……絶対)
 そんなことを思いながら欠月に話しかける。
「僕、てっきりもう帰ったのかと思っちゃったよ。しばらく会ってなかったし」
「……予定では、もっと早く終わるつもりだったんだけどね」
 に、と欠月は唇の端をあげた。
「あれ? そうなの?」
「…………ちょっと色々あって、遅れたんだよね。やることが」
「そっかぁ……なんだか忙しそうだね」
「…………」
 欠月は応えない。
 なんだか本当に奇妙だ。
(……やっぱり、疲れてるんじゃないのかな……?)
 それとも。
(き、気にしてること訊いちゃったのかな、もしかして……)
 どきどき。
 そっと欠月を盗み見る。彼は考え込むように歩いていた。
(そうだよね。欠月君からしてみれば、仕事の遅れってそうとうマズイものかも……)
「あ、あのさ。多少遅れても気にしないほうがいいよ? 人命に関わる仕事じゃないならその、多少遅れても……欠月君だって人間なんだし」
「え?」
 慌てて言う静貴のほうを彼は不思議そうに見る。
「あ……ごめん。別に仕事の遅れを気にしてるわけじゃないんだ」
「あれ? そうなの?」
「うん」
 小さく微笑む欠月は再び考え込むように黙ってしまう。
 静かだと落ち着かない。いつもの欠月ならば進んで喋ろうとはしないが、それでも会話のキャッチボールをしてくれるのに。
 そういえば……先ほど欠月は「もっと早く終わるつもりだった」と言った。
 もっと早く。
 終わる。
 もしかして。
「…………欠月君」
「今度はなに?」
 すぐさま欠月が反応した。
「お仕事……終わったの?」
「ん? 憑物封印のこと?」
 こくんと静貴が頷く。
 欠月は笑みを消した。
「終わったよ。ついさっきね」
「さっき!?」
「うん。最後の一体を、封じた」
 淡々と言う欠月はあまり嬉しそうではない。せっかく仕事が終わったというのに。
 静貴との別れを寂しがっている様子もうかがえなかった。
「……そっか。じゃ、今日でお別れなんだ……。残念だな。欠月君ともっと色々喋りたかったのに」
「…………必要な会話はいつもしていたと思うけど」
「そう? でも欠月君は自分のこと余り喋らないか……ら」
 静貴はハッとする。失言だった。
 欠月は自分のことを話さないのではない。彼は話すことがないのだ。
 記憶がないから、彼は話すことが、ない。
 気まずそうに黙る静貴に、欠月は嘆息する。
「気にしてないよ」
「でも……」
 肩を落とす静貴と、そんな彼を見る欠月。二人は並んで歩く。
 夜の中、桜の花びらが少しだけ舞っていた。
「あ……ここはまだ、そんなに散ってないね」
「…………そうだね」
 ぽつりと呟く欠月は掌を上に向けて花びらが一枚が落ちてくるのを待つ。
 桜の花びらが欠月の手に乗った。
「……………………」
 ただそれをじっと見ていた欠月は掌を下に向けて、花びらを地面に落とす。静貴からしてみれば、意味のわからない行動だ。
 結局それからずっと無言だった。
「ボクはこっちだから」
 そう欠月が言うまでは。
 静貴はぎこちなく「うん」と呟く。もうこれで、欠月と会うことは……ほとんどないのだろう。
「ま、またおいでよ。ね?」
「…………じゃあね」
 静貴の声に応えず、欠月は背中を向けて歩き出す。
 嘆息した静貴は欠月の去った方向に背を向けた。その瞬間――――。
 ちりーん、と鈴の音が響き……静貴が振り向いた時には誰もいなかった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【5682/風早・静貴(かざはや・しずき)/男/19/大学生】

NPC
【遠逆・欠月(とおさか・かづき)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、風早様。ライターのともやいずみです。
 憑物封印ラストですが、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!