コミュニティトップへ




■CallingU 「胸部・むね」■

ともやいずみ
【2387】【獅堂・舞人】【大学生 概念装者「破」】
「はい……もう、あと、少し……です」
 小さく、ゆっくりと報告する。
 表情のない顔で受話器から響く声を聞き、何度も相槌をうつ。
「わかって……ます」
 もうすぐ終わりだ。この東京での暮らしも。
 長かった……とても。
 ……とても。
 もうすぐ……この巻物も完成する……!
CallingU 「胸部・むね」



 自分は遠逆日無子のことが、好きなのだ。
 そう気づいてから、獅堂舞人は彼女のことをやたらと気にするようになっていた。
「思い出とか、いらない」
 薬局で呟いた彼女の言葉。
 あの瞬間の、日無子の冷たい表情を舞人は忘れられないのだ。
 どうしてあんな顔をしたのか……。
 なにか、あったのだろうか?
 それからというもの、暇さえあれば舞人は怪しげな噂のある場所へ足を向けていた。
 怪異のある場所に日無子は現れる。
 彼女の仕事は妖魔退治なのだから。
 だがこの一ヶ月というもの、日無子と会うことはなかった。



 もう彼女は帰ってしまったのかもしれない。
 舞人は次第にそう思い始めていた。
 だとしたら、自分は……。
(……俺は、遠逆のこと……)
 関係が壊れるのが嫌で、好きだと伝えなかった。そのことが、どうしても引っかかっている。
 こんな気持ちのままで日無子と別れるなんて……。
(言えば良かった……)
 恐れずに。
 そう悩みながら過ごしていた舞人は今日も日無子を探していた。
 空を見上げればそこには月。
「…………もう、会えないのか……?」
 呟く舞人は嘆息する。もう時間も遅いし、自分とて学生なのだからそろそろ帰るべきだろう。
 いくら三年とはいえ、明日は朝から講義がある。単位を落とさないためにも出席しなければ。
 薄暗い公園の横を通りかかり、舞人は「ここを最後にしよう」と半ば諦めた気持ちでうかがう。
 公園の中には人の気配は感じられない。
 だが。
(え……?)
 血のニオイが舞人のほうへ風によって運ばれてきた。
 まさか、という思い。
 舞人は公園の中に足を踏み入れる。
 小さな水音がした。
 なんだか嫌な気持ちになって舞人はそちらへ走る。
 公園内は広く、小綺麗だった。昼間は賑やかなのだろう。きっとジョギングする若者も老人も多いに違いない。
 だが今は夜。誰もいない。
 水道のあるほうへ行くと、そこには。
「……と……さ、か?」
 遠逆日無子が舞人のほうをゆっくり振り向く。
 血まみれの顔や身体。少しだが、破れた衣服。
「ど、どうした……んだ? その……格好」
 うまく言葉が出てこない。日無子のこんな姿を見たのは初めてだからだ。
 近づこうとする舞人を冷ややかな目で見る日無子。
「……なんか用?」
 片眉をあげて冷たく言う日無子の言葉に舞人は辛い気持ちになる。
「よ、用って……」
「ないならあっち行って。顔洗うんだから」
 どうしたんだろうか? いつにも増して冷たい気がする。
 今までも拒絶されたような発言はされたことがあったが、笑顔で言われていた。それなのに。
「手当てするから」
 そう小さく言う舞人に彼女は口を開く。
「いらない。もう治ってる」
「でも……!」
「くどいな。治ってるんだよ。後は血を洗い流せばいいんだから」
 きっぱりと言う日無子は水道の水で手を洗い始める。流れる透明な水に薄い赤色が混じった。
(なんだ……?)
 なんだかおかしい。
 ここまではっきり拒絶されたことは今までない。
(何か……したのか? 俺……)
 そう思うと居てもたってもいられなくなる。
 舞人は日無子のすぐ横まで来ると、声をかけた。
「何かあったのか、遠逆!?」
「べつに」
「だけど……」
「ちょっと苦戦しただけ。斬られたところから派手に出血したからひどく見えるだけだよ」
 淡々と言う日無子は顔を洗う。
「見てて面白いもんじゃないと思うけど」
 そう言ってちらりと目配せする日無子。彼女は顔の血を綺麗に洗い流し、着物の袖で拭く。
 黙っていた舞人は小さく呟いた。
「言いたいことが、あって……」
 手の水を、手を軽く振って落としていた彼女は舞人を見遣る。
「言いたいこと? なに?」
「この間……思い出がいらないって言ってただろ?」
「それが?」
「そんな……悲しいこと……」
 思い出がいらないなんて。
「もういなくなるから、そんなこと言うのか?」
「…………」
「日無子に会ってから色々あったよな。それもいらない、思い出じゃないって言うのか!?」
 感情に任せて早口で言い放った舞人。
 彼女は鼻で笑う。
「『思い出』なんていうのは、しょせんは『記憶』。いわゆる『情報』に過ぎない」
「日無子……?」
「作りたいのは舞人さんでしょ? あたしは別にそんなものいらないもの。必要としてないから」
 なんて。
 なんて悲しいことを言うのだろうか、彼女は。
「価値観の違いってやつだね。舞人さんにとってどれだけ大事でも、あたしにはそれほどの価値は見出せない」
「どうして!」
「その問いへの答えは簡単。あたしと舞人さんが別の人間だから」
 さらっと言い放つ日無子は水道の蛇口を止めた。
 水音がなくなり、二人の間を沈黙が支配する。
 舞人にとって日無子とのことはどれも大切で、忘れがたいものだ。
 けれども日無子にとっては違うという。
 感情の違いというやつだろう。
 舞人は日無子のことが好きだ。特別だ。
 だが日無子にとって舞人はそうではない。だから価値が違う。
「俺は……俺にとってはどれも大切な思い出だよ。それは、これからも作っていきたい……」
「……そう」
「日無子のことが、好きだから…………隣に立って一緒に居たいって思うから」
 真剣に、真っ直ぐ、彼女を見て言った。
 日無子は目を見開く。
「……この間は、トモダチだって言ってたじゃん……」
「違うんだ。本当は……日無子のことが好きだ」
 頬が熱い。なんだか物凄く焦る。
 何も言えずに別れたくなかった。だから伝えた。とうとう彼女に。
「スキ……? 異性への感情ってこと?」
「ああ」
 日無子は眉間に皺を寄せる。
「なんなの……? トモダチとか言ったくせにいきなりスキとか…………」
「この間は……怖かっただけなんだ。伝えたら、この関係まで壊れると思って」
 素直に自分の感情を吐露する舞人をじっと見ていた日無子は表情を消した。
「…………意味わかんない」
「わからなくていい。俺がキミを好きだってことは、知ってもらいたいんだ……!」
「……………………」
 例えこの気持ちが報われなくても、伝えたかっただけなのだ。
 日無子は舞人から視線を逸らし、嘆息した。
「あたしの東京での仕事は終わった」
「え……」
「憑物封印。四十四体の憑物を巻物に封じ込める作業」
 それでは、彼女は帰ってしまう?
 ちょうど最後の仕事の後に出会ったことは、幸運だった。そうでなければ、この気持ちすら伝えられずに彼女と別れることになっていただろう。
「お、終わったのか……。そうか…………お疲れ様」
「ありがと」
 再び沈黙が辺りを占める。
 どうすればいいのか。日無子の気持ちはどうなんだろうか。もう会えない?
「帰るとしても、また会いたい」
 そう囁くように言うと、日無子は視線だけこちらに向けてきた。左の黄色の瞳が、やけに輝いている。
「もっと一緒に居たい。俺じゃあ、お前の隣に立てないのか? 日無子の味方で、いられないのか?」
「………………」
 約束が欲しかった。ここでの仕事を終えても、またどこかで会いたい。
 沈黙していた日無子は呆れたように目を細める。
「……まあ、とりあえず舞人さんの気持ちはわかった」
「そ、うか……」
 安堵のような、奇妙な気持ちが広がった。
「でも無理。あたしは舞人さんに対して、今と違う対応はできない」
「…………」
 それほど……強いショックは受けなかった。
 元々期待はしていなかったからだ。
 自分の気持ちを彼女が受け入れてくれたらどれほど嬉しかったか。それはわかる。
 だが。
 現実はそれほど甘くない。
 友達として振る舞っていたのにいきなり告白なんてした場合、相手にその気がなければ恋愛関係は成立しないからだ。
 少しでも気があれば……少しでも恋愛に発展する見込みがあるならば舞人のことを日無子は考えてくれるだろう。
 彼女のいいところは。
(……はっきり言うところ、だ。本当に……はっきり言う)
 友達としてしか、見ていなかった。と、ドラマなどではよく聞くあのセリフ。きっと……それと同じなのだろう。
 もっと優しく言ってくれてもバチは当たらないと思うのだが。
(まあ『日無子』だから……)
 しょうがない。
「隣に立つも何も、足手まといはいらない。味方も、いらない」
 なんて寂しいことを言うのだろう、彼女は。
 今までもそうだった。日無子はいつも一人で戦っている。
 今日だって、舞人が来るまでの間、彼女は一人で戦っていた。
「……それじゃあ、日無子は一人ぼっちじゃないか……」
「あたしは他人に構っていられるほど、余裕はないから」
 彼女は一人でいいと言う。
「寂しくないのか……?」
「……寂しい?」
 彼女は怪訝そうにした。
「元々あたしはずっと一人なのに、なんでそんなこと思うわけ?」
「誰かと一緒にいたいとか、思わないのか?」
「べつに」
 興味がないように日無子は言う。
 なんなんだろうか。舞人はわけがわからない。
 彼女は舞人の心の負担を軽くしてくれた恩人でもある。彼女の言い方はいつもストレートだったし、誰も言ってくれないことを言ってくれた。
 ここにきて、舞人は「日無子」という人物がよくわからなくなっていた。
 彼女と舞人は根本的に何かが違う。
 いつも自分を嫌っていた舞人。自分の存在を嫌っていた。
 その真反対のことを日無子は言った。
 今の「可哀想な自分」が好きなだけだ、と。嫌っているなら変わろうとするはずだと。
 日無子は自分自身を好きなのだと舞人は思っていた。だがこうして目の前にすると――――。
(なんだ……?)
 うまく、はっきりしない。
 舞人の感覚はどちらかといえば、世間一般の者と同じだ。
 だが彼女は違う。彼女の感覚は別なのだ。
 穏やかな日々を欲していた舞人。日無子はそんな日々を求めたことなどない。その日々に憧れすら抱いていない。
(……なにか、変、だ)
 日無子の感覚がズレているのだと思っていた。今までは。
 彼女は記憶を失ってからずっと退魔士として生活してきたのだから、少し変でもおかしくないと。
 それは……本当に?
 言葉の出ない舞人を見ていた日無子は小さく笑う。
「もう用はないみたいだから、行くね」
「えっ!?」
「じゃあね、舞人さん」
 軽く手を振って彼女は――――消えた。鈴の音を響かせて。



□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

PC
【2387/獅堂・舞人(しどう・まいと)/男/20/概念装者「破」】

NPC
【遠逆・日無子(とおさか・ひなこ)/女/17/退魔士】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 ご参加ありがとうございます、獅堂様。ライターのともやいずみです。
 恋愛には進展せずに本編ラストです……すみません。
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!