■ひなたうららかいちご狩り■
追軌真弓 |
【0322】【高遠・弓弦】【高校生】 |
終着駅の名前がアナウンスされ、私はうたた寝から目を覚ました。
まだ電車は海沿いの線路を走っていて、かたん、かたんとのんびりした音を立てている。
風のないおだやかな春の海から、ほんのり潮の香りと海鳥の声が届く。
桜が咲く下を散歩するのも今の季節は楽しいけれど、そう思う人はたくさんいて、どこへ行っても賑やか過ぎた。
桜を楽しむ前に疲れてしまいそうな感じがする。
――一人か、本当に仲の良い友達と肩の力を抜いて過ごしたいな。
そんな風に思っていた私の目に留まったのは、ある苺狩り農園のホームページ。
一日に入園できる人数は限られているけれど、その分ゆったりと過ごせそうだ。
――時間制限もないしね。一度苺狩りって行ってみたかったんだ。
入園料の千円を払えば閉園時間まで食べ放題になるし、併設のカフェでデザートも食べられる。
どきどきしながら電話予約を入れて、その日がやってきた。
電車を降りて、所々で咲く薄紅の桜を眺めながら登っていくと、ウッドデッキが目印の苺農園に着いた。
――ダイエットは明日からだよ! 今日は思いっきり食べよう!
……じゃない、のんびりしに来たんだよね。
農園のおばさんが私に気がついて、声をかけてくれた。
「ようこそ遠い所を。今日はゆっくり楽しんで下さいね」
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ひなたうららかいちご狩り
「お弁当、作りすぎでしょうか」
「大丈夫、俺が残さず食べるからさっ!」
海沿いの線路を走る電車が、かたん、かたんとのんびりした音を立てている中、膝の上のバスケットを両手で抱えた少女の隣、輝くような金髪の青年が明るく言った。
何日も前から献立を考えて、今日を指折り待っているのも楽しかった。
――ジェイドさんと遠くに出かけられるなんて。
開け放した窓から入る風が、ほんのり潮の香りを届けながらスカートの裾を揺らす。
花柄のワンピースはお気に入りの物だ。
高遠弓弦がジェイド・グリーンから苺狩りに誘われたのは、そろそろ季節が初夏に移ろうとしていた頃だった。
どちらかというと控えめで、にぎやかすぎる場所が苦手な弓弦だったが、これから向かう苺農園は一日に入園できる人数は限られている分、ゆったりと過ごせるらしい。
また、入園料の千円を払えば閉園時間まで食べ放題になるし、併設のカフェでデザートも食べられるようだ。
ジェイド自身は人も多い場所が苦手、という程でもないが、たまには混雑や喧騒から離れて過ごしたい。
思い悩む事が多く、ともすれば塞ぎがちな弓弦を思ってジェイドは彼女を連れ出してくれた。
――その気持ちだけでも、私は嬉しいです。
そっと弓弦は心の中で神に感謝した。
――ありがとうございます。
私に今日という日をお与え下さって。
「お天気で良かったね。
これは日頃の行いが良いせいかな?」
「そうですね」
ジェイドの言葉に弓弦も笑顔を見せる。
緩やかな弧を描いて、電車は終着駅へと向かっている。
駅から少し離れた丘の中腹に苺園はあるので、気分は遠足のようだった。
「今日は一日、ゆっくり楽しもう?
ね、弓弦ちゃん!」
「はい」
終着駅の名前がアナウンスされ、ジェイドたちは降りる支度を始めた。
駅から二人はなだらかな坂道を登っていった。
道の両脇にはまだ咲き残る桜の薄紅色が見え、ちょっとしたお花見気分も味わえた。
バスケットを手にしたジェイドは、弓弦のペースに合わせてゆっくり歩いていた。
「弓弦ちゃん、少し休もうか?」
「はい」
少し息の上がった弓弦が頷いた。
弓弦は幼い頃から身体が弱く、激しい運動は禁じられていた。
「絶対に無理させない事」という条件付で、ジェイドは弓弦との遠出を許してもらえたのだ。
――できれば心配掛けたくないもの。
手近な木の切り株で弓弦が休んでいる間、弓弦は姉の姿を思い浮かべた。
――私のペースで、ジェイドさんも歩いてくれるし。
うん、大丈夫。
座ってお茶を口にしていた弓弦が言った。
「何だか遠足みたいで嬉しいです。
私はそういうの……あまり参加した事がなくて」
両手を組んで「感謝します」と弓弦は呟いた。
――神様。
それからジェイドさんに。
「もう大丈夫です。
行きましょう、ジェイドさん」
自分ですっと立ち上がり歩き出す弓弦は、以前の自分を悲観する少女から変わりつつあるようにジェイドには思えた。
「うん、行こうか!」
ジェイドもそう言って、弓弦の後を追った。
ウッドデッキが目印になった苺農園へは、歩き出して間もなく到着した。
農園の入り口で「今は露地物がいいですよ。ハウス物よりも甘くて」と声を掛けられた二人は、少し園内を歩いて露地栽培の畑に向かった。
園内は広く、畑で苺狩りを楽しむ客同士がぶつかるような事は無さそうだ。
家族連れやカップル達が、思い思いに苺を摘んでは口に入れている。
「こんなに苺がたくさん……!」
パックに入ったものしか見た事のなかった弓弦が、感激したように声を上げた。
「ね? 来て良かったでしょ?」
「はい」
口に入れると、太陽の光を受けて赤くなった苺の甘味と酸味が爽やかに広がる。
さくさくと藁のしかれた畝の間を歩きながら、ジェイドと弓弦は苺を味わった。
「スーパーで売ってるのとは味が全然違うねっ。
新鮮さが違うのかな」
「美味しいです。
真っ赤になってて、ちょっとお日様の温かさがあって」
弓弦はあまり量を食べられないのだが、苺畑の雰囲気や、遠くに広がる風景を楽しんでいるようだ。
「お土産は何がいいかな?
やっぱり苺がいいかな」
まだ着いたばかりなのに早速お土産の心配をしだすジェイドに、弓弦はくすくすと笑った。
「まだ午前中ですよ」
両手一杯に苺を摘むジェイドの向こうに、弓弦は気にかかる若い男女を見つけた。
眼鏡をかけた細身の青年と、黒髪が清楚な大学生ぐらいの娘だ。
――とってもいい雰囲気のお二人ですね。
あんな大人の二人って憧れちゃうな。
ジェイドの方は全く気付かず、苺を摘むのに夢中である。
だんだんジェイドと彼らの距離が縮まる。
「あ!」
畝の藁に足をもつれさせたジェイドが、バランスを崩して苺を手から落とした。
が、すぐ傍にいた青年が手を伸ばし、苺を受け止めた。
「大丈夫ですか? 怪我はない?」
青年は落ち着いた声でジェイドを気遣った。
「ありがとうございますっ」
「ありがとうございました」
ぺこりと頭を下げるジェイドの後ろで、弓弦も丁寧にお礼を言う。
「ジェイドさん、摘みすぎですよ」
「だって姉御のお土産はいっぱい用意しなきゃ!
今から摘まなきゃ間に合わないよ」
弓弦にたしなめられてもジェイドは気にしない。
そんな様子に青年の連れている女性がくすくすと笑い出した。
「お土産にする苺は別料金ですよ」
彼女の言葉に、ジェイドは眉を下げて肩を落とす。
「え、そうなの? 食べ放題って聞いてたのに〜。
じゃ、これも食べなきゃね」
もぐもぐと口一杯に苺を頬張って、ジェイドは食べてしまった。
「あの……」
控えめに弓弦は話し掛けたた。
両手で持ったバスケットを持ち上げて、にこりと微笑みながら。
「宜しければ、一緒にお弁当食べませんか?
もうすぐお昼ですし……。
たくさん作ってきましたから、お二人の分も大丈夫です」
言葉を選びながら話す様子から、弓弦が感謝の気持ちを伝えようとしているのがわかる。
「弓弦ちゃんのお弁当、すっごく美味しいんだよ!
俺が今朝味見したから、その点はバッチリ保証する!」
ジェイドは自分の事のようにそう言って、嬉しそうに笑った。
青年が娘の方を見ると、彼女もジェイドの明るい雰囲気が楽しいようだ。
「それじゃ、お言葉に甘えましょうか瞳子さん。
僕は槻島綾。こちらは千住瞳子さんです」
軽く頭を下げて瞳子が自己紹介した。
「初めまして、千住瞳子です」
「綾サンに瞳子サンか〜。
俺、ジェイド・グリーンねっ」
ぶんぶん、と音の出そうな程力強くジェイドが綾と瞳子の手を握って握手する。
「高遠弓弦です。宜しくお願いします」
弓弦は深々と頭を下げる。
「どこでお弁当を広げましょうか」
バスケットを弓弦から受け取ったジェイドが綾に答える。
「あっ、それなら苺畑の向こうに、水仙の咲いてる所があったよ。
あそこなら海も見えるし、いいんじゃないかな?」
「草の上に直接座ると、草の汁が付きませんか?」
綾は瞳子や弓弦が服を気にしながらでは、せっかくのお弁当の味も半減しそうだと考えているようだ。
「フフフ」と先を歩くジェイドが歩きながら笑った。
「ご心配無くっ。
じゃーん! しっかり大きめレジャーシート持ってきてたりして。
じゃ、俺先に行ってシート広げてくるね!」
「あ、ジェイドさん! 走ると危ないです」
「平気―!」
引きとめようとする弓弦にそう言って、ジェイドは走り出した。
三人の先で一度くるりと回ってから、苺畑の向こうに駆けて行く。
「にぎやかな人ですね」
瞳子がそう弓弦に話しかける。
「一緒にいると楽しいです」
「時々困る事もあるけれど」と弓弦は苦笑を滲ませながらもふわりと笑った。
そんな弓弦に瞳子も微笑む。
「ここで会えたのは偶然だけど、私たちとも仲良くして下さいね」
「はい。もちろんです」
――千住さんは学園のお姉さま方みたい。
だからでしょうか、何だか話しやすい雰囲気のよう……。
ふと、瞳子が振り返って綾の隣に並ぶ。
「そういえば綾さんは、旅行先でこういう経験多そうですね」
綾は首を傾げた。
「こういう経験?」
「……例えば可愛い女の子と知り合ったりとか……な、何でもないですっ」
自分で言ってしまって照れた瞳子は、再び弓弦の隣に戻った。
「早く早くー!」
ライラックの木陰でジェイドは大きく手を振って待っている。
なだらかな丘の上、ライラックが薄紫の小花を咲かせる下にジェイドはシートを広げていた。
すぐ傍に咲く水仙から甘い香りが漂い、丘の向こうに広がる海の青さと水仙の黄色が目に染みる。
「ああ、飲み物が足りませんね」
綾の言葉に、バスケットからお弁当を取り出して並べていた瞳子たちの手が止まる。
お茶は弓弦たちも持ってきていたのだが、カップが足りないのだ。
「僕が買ってきますよ」
「あ、俺も行くー!」
――いけない、お茶はもうなくなりかけてたんだわ。
ジェイドさん、気が付いてくれてたんですね。
シートから立ち上がった綾をジェイドが追う。
「わ、私も」
瞳子も立ち上がろうとするのを、綾は押し留めた。
「瞳子さんは座っていて下さい。
すぐに戻りますから、ね?
女の子同士お話してて下さい」
弓弦も不安そうにスカートの前で手を組んで瞳子に言った。
「私も、一人でここで待ってるのは寂しいです」
ハッとした瞳子が綾と弓弦に謝る。
「ごめんなさい。
そうですね……ここで待ってます」
「行ってきます」
綾とジェイドは少し離れた自動販売機まで歩き出した。
残った瞳子と弓弦は、とりとめなく雑談していた。
シートには弓弦の作ったお弁当が並んでいる。
うららかな陽だまりの中なのに、瞳子の気分は少ししおれていた。
「これ、弓弦さんが全部一人で?」
「はい。あ、ジェイドさんが味見して、お手伝いしてくれましたけど」
口元に手を当ててその様子を思い出して笑う弓弦は、瞳子から見れば銀色の髪のせいもあって、光を集めたように輝いていた。
「私は料理って苦手だから、料理上手な弓弦さんが羨ましいな」
「私が羨ましい、ですか?」
深い赤の瞳を見開いて、弓弦が驚く。
「そんな風に言われたの、初めてです」
――私にも何か、人に分け与えられるものがあるんですね。
はにかんだ微笑みを浮かべ、弓弦が言葉を続ける。
「……私は最近になって、ようやく家族と一緒に暮らせるようになったんです。
ジェイドさんとも……」
一旦言葉を区切り、弓弦はどう言おうか言葉を選んでいるようだった。
「二人とも、私は大好きなんです。
だから、大好きな人に喜んで欲しくて……お料理も、それ以外の事も、頑張ろうって思ってるんです」
大人しい印象の奥に、瞳子は弓弦の芯の強さを感じた。
「このお弁当、私にも作れるかな」
「凝ってるように見えますけど、意外と簡単なんですよ!
千住さんにもお教えしますね」
バッグからメモ帳を取り出してレシピを教えてくれる弓弦に、瞳子の胸にも温かな安らぎが広がってくる。
「瞳子って呼んでもらっていいのに」
律儀に名字で呼ぶ弓弦に、瞳子はくすりと笑った。
「でも、年上の方をお名前で呼ぶのは……」
ためらい顔を赤らめる弓弦に、瞳子は言う。
「それじゃ、またどこかでこうやって会う事があったら……名前で呼んでね」
はっきりとしたものは何もないのに、「またいつか」という予感がする。
――本当にそうなったら良いな。
瞳子の言葉に弓弦も同じ予感をおぼえて頷いた。
シートの上にお弁当を並べ、瞳子と弓弦は二人の帰りを待っていた。
食べやすいように小さめに作ったサンドイッチや手鞠お結び、きれいな狐色のから揚げ、出汁巻き卵、彩りを考えて煮含めた煮物、箸休めのさっぱりとした和え物や、ほんの少し洋酒で風味を付けたフルーツ寒天などが並んでいる。
「……美味しそうですね」
瞳子の隣に座った綾は、シートの上の料理に驚いて声を上げた。
「でしょでしょ〜?
弓弦ちゃんの料理は最高だよ!
ささっ、遠慮なく食べて食べて」
弓弦がジェイドの言葉に恐縮しながらも皿を勧めてくれた。
「お二人とも、遠慮なさらないで下さいね」
「それでは頂きます」
綾が料理を取り分けた皿を瞳子に差し出した。
やや俯いた顔を覗き込むようにしながら、優しくその頭を撫でている。
――千住さん、お料理の事少し気にされてるんですね。
弓弦はそう思いあたったが、黙っていた。
「頂きましょう、瞳子さん」
「……はい」
どの料理も細やかな気遣いが感じられる美味しいものだった。
料理を食べているうちに瞳子にも笑顔が戻り、綾も安心したようだ。
「何だか懐かしいな。
青空の下でお弁当なんて」
瞳子が不思議そうに綾に言う。
「そうなんですか? 旅行先でお弁当食べたりもしますよね?」
「それはそうだけど」と綾は苦笑した。
「瞳子さんはまだ学生だから、お昼に外でランチというのもあるかもしれませんが……。
僕ぐらいの年になるとこういう雰囲気が懐かしくなるんですよ。
遠足みたいで、ね」
綾はアスパラのベーコン巻きを皿に取りながら瞳子に笑い掛けた。
「へー! 綾サンってエッセイストさんなんだ!」
「趣味の旅行記が、たまたま少しお金になってるだけですよ」
和やかな雰囲気のまま食事は進み、お互いの話をしているうちに話題は綾の職業になった。
「どんな所に今まで行ったんですか?」
弓弦が尋ねるのに、
「僕は神社やお寺が好きだから、自然と歴史のある所をまわるのが多いかな」
綾はそう答えて今まで足を運んだ場所に思いを馳せる。
ぼんやりと、まさに「心、ここにあらず」といった状態に陥ってしまう。
旅行を語る時の綾の癖だ。
「綾さん?」
「あ、すみません瞳子さん」
つい思い出に浸ってしまう綾の意識を、瞳子の言葉がこちら側に呼び寄せた。
「旅かぁ……いいな〜!
いつか弓弦ちゃんと、俺もどこかに出かけたいな」
「私も……ジェイドさんと一緒に行きたいです」
――そんな日が、本当になればいいのに。
ジェイドの言葉に、弓弦も夢見るように微笑みながら呟いた。
「はー幸せ……」
シートの上に身体を伸ばしてジェイドが言った。
弓弦が作ったお弁当は全て四人のおなかに納まっている。
「私もいつもより食べた気がします」
「こういう所で食べると美味しいですものね。
それに、弓弦さんのお弁当すごく美味しかったな」
口元を押さえて笑う弓弦に、瞳子がそう言った。
「そう言ってもらえると、嬉しいです」
すっかり打ち解けた雰囲気の二人に綾が言う。
「それじゃ、デザートは入らないかな?」
とたんに身体を起こして、ジェイドが手を挙げた。
「別腹に決まってるじゃんっ!
早速カフェスペースに行かないとね!」
駆け出したジェイドの後からカフェスペースに行ってみると、サンプルの前でメニューを決めかねていた。
ここは先にカウンターで注文を取り、テーブルで運ばれてくるのを待つ方式のようだ。
「うう〜決まらない……どれも美味しそうだよ」
サンプルにはふんだんに苺が使われたデザートが並び、すでに食べている人の物はそれよりももっと多く苺を入れているように見える。
「さっきのお弁当のお礼に、僕が皆さんに奢りますよ」
綾の言葉にジェイドが喜びの声を上げる。
「え、ホント? やった!
ありがとう綾サンっ」
「でも……」
遠慮する弓弦に綾は言った。
「楽しい時間を一緒に過ごしてくれたお礼です。
瞳子さん好きなものを頼んで下さいね」
うーん、と瞳子もサンプルの前で迷っていたが、決まったようだ。
「それじゃ、ワッフルプレートでお願いします」
次いで弓弦、ジェイドがメニューを決める。
「私はチーズケーキが良いです」
「俺、パフェねっ!」
綾はチーズケーキと苺の紅茶にしたようだ。
チーズケーキは土日の限定メニューで、鮮やかな苺のソースが白いケーキにかけられている。
四人は一つのテーブルに座り、苺尽くしのメニューを味わい始めた。
「これも美味しいよ弓弦ちゃん。
あーん」
「ジェイドさんっ」
ジェイドが生クリームとストロベリーアイスクリームを掬って、弓弦の口元に運ぶ。
綾たちの視線が気になり、弓弦は困ったような表情を浮かべたが、頬を赤らめつつスプーンを咥える。
――もう、恥ずかしいです……。
「ね、美味しいでしょ?」
にこ、と弓弦はジェイドに頷いてみせた。
「瞳子さんも食べますか?」
「え?」
綾がフォークに刺したケーキを瞳子の口元に差し出している。
「わ、私はっ」
苺畑での場合と違い回りにはたくさんの客がいて、瞳子は見る間に首筋まで赤くなってゆく。
綾は瞳子の皿の上に、チーズケーキを半分載せた。
「半分どうぞ。
せっかくですし、他のも食べてみてもいいでしょう?」
すると瞳子も綾に笑顔を返し、自分の皿からワッフルを持ち上げる。
「それじゃ、綾さんもワッフルどうぞ」
――槻島さんは千住さんの事、大切にしてらっしゃるんですね。
でも、私はジェイドさんがいてくれれば……それでいいです。
弓弦の目に、二人は理想の恋人同士に見えた。
デザートを楽しんだ後も四人は一緒に園内を回っていたが、ジェイド達の帰りの電車の時間が近くなり、それを機にお開きにする事になった。
それぞれ家族や親しい人に分ける苺やお菓子を買い、満足したような表情でいる。
「またご縁がありましたら、どこかでお会いしたいですね」
駐車場で綾はジェイドに手を差し伸べ、ジェイドもその手をしっかり握り返す。
「そうだね!
綾サンも瞳子サンも楽しい人で良かった」
「私も、お二人とご一緒で楽しかったです」
大人しい印象で最初はぎこちなかった弓弦の笑顔も、今ではとても自然に解れてきていた。
そんな弓弦に向けられる瞳子の眼差しも穏やかだ。
「私末っ子だから……妹ができたみたいで、嬉しかったな」
「あ、私も……千住さんは何だか学園の先輩方みたいで、お話ししやすかったです」
瞳子と弓弦はお互いに顔を見詰め合って笑った。
「それじゃ、どこかでまた」
お互いに手を振って、四人は農園を後にした。
帰りの電車の中、空になったバスケットに今度はお土産の苺を詰めて、ジェイドと弓弦は揺られていた。
ジェイドの膝にはバスケットが乗り、肩にはうたた寝をしている弓弦がもたれている。
長い銀色の髪が、夕陽の光を受けて同じオレンジ色に輝いている。
電車に乗ってから、しばらく弓弦は「楽しかったです」と繰り返し言っていた。
夢の中、まどろむ弓弦は思った。
――こんなに楽しかったの、いつぶりかしら……。
かごの中の小鳥のように、大事にされていても自由はなかった弓弦にとって、今日はとてもいい思い出になった。
何度も喜びを感じるその度に、弓弦は「感謝します」と心で呟いていた。
――神様、そして大好きな……。
ふと、神の身姿よりも先に思い描く青年に弓弦は戸惑った。
――神様、彼を一番に思う私は罰せられるべきですか?
しかしそんな迷いも、心地良い眠りのうちに沈んでいく。
肩に感じる温もりがジェイドのものならいいのに、と思いながら弓弦は深く、眠りに落ちていった。
(終)
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 5242 / 千住・瞳子 / 女性 / 21歳 / 大学生 】
【 2226 / 槻島・綾 / 男性 / 27歳 / エッセイスト 】
【 5324 / ジェイド・グリーン / 男性 / 21歳 / フリーター 】
【 0322 / 高遠・弓弦 / 女性 / 17歳 / 高校生 】
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■ ライター通信 ■
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高遠弓弦様
初めましてのご参加ありがとうございます。
普段はかなり殺伐としたノベルを書いている身ですので、たまにこういったのんびり・ほのぼのとした物も書きたくなります。
殺伐シリアスも好きでやっているのですが(笑)
弓弦さんは一見ほんわかした雰囲気なのですが、書いていくうちに「もしかしたら芯はしっかりしたお嬢さんなのかもしれない」と思い始めました。
無理はしないで、でも自分のできる事から少しずつ変わろうとしていく頑張り屋だと思います。
少しでも楽しんでもらえると嬉しいです。
ご注文ありがとうございました!
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