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■異次元学園■

愛宕山 ゆかり
【5973】【阿佐人・悠輔】【高校生】
調査コードネーム:異次元学園
執筆ライター  :愛宕山 ゆかり
調査組織名   :神聖都学園
募集予定人数  :1人〜10人


------<オープニング>--------------------------------------

また一人、生徒がいなくなった。

「どういうことなんですか!? もう四人目なんですよ? いくら学園の敷地が広いからって、何日も隠れていられる訳がありません!」
もうウンザリだとばかりに立ち上がったのは、この神聖都学園の音楽教師、響カスミだった。
「しかし、生徒たちが最後に目撃されたのは、いずれもこの学校の構内なんだ。校外に出る姿は確認されていない。トイレに行く為に、友人に荷物を預けて、そのままトイレから帰って来なかった生徒までいるんだからねぇ…」
白髪頭の教頭は、深い溜息と共にそう言った。いっそ頭を掻き毟りながら喚き散らしたいところであろう。

「兎に角…今は生徒たちの安全を確保するのが第一です。当面部活動は自粛してもらって、授業が終わり次第下校を徹底させる。登下校は集団で。クラス担当の先生方は、この方針に従って、生徒を指導して下さい」
学年主任のふっくらした女性教師も、今までに何度となく繰り返した注意事項を確認するだけに留まった。明らかに疲れの色が見える。

響は何か言いかけて口を噤む。
何をどう議論したところで、学園内部で忽然と消えた生徒たちが、急に帰って来る訳ではない。彼女は無駄としか思えない職員会議に参加しながら、周囲に気付かれないよう溜息を落とした。

部活動も一時停止の措置のお陰で、誰もいないはずの音楽室で、彼らは息を殺している。

職員たちに伝えても、非科学的だと一蹴された、噂話。
一般的な分類に従えば、どこの学校にも一つや二つはある、「学校の怪談」の類、ということになるだろうか。

誰もいない学校の廊下の突き当たりや特別教室の扉が、見た目はこの学校ソックリな、異次元の世界に繋がっている。
そこには一人だけ、学園にその昔在籍していた女の子の亡霊が住んでいる。
そして、その女の子に気に入られた人間は、「異次元の学校」に連れて行かれ、二度と帰って来れない…。

今夜、その噂を確かめるために、彼らはここにいる。
バレたら停学は免れないだろうが。

窓から差す夕日が、ゆっくりと色褪せて行く。
そろそろ、時間だ。


------<申し込み前の注意事項>------------------------------

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違う場合もございます。これはライターの文章作成方法の違いから
出るものですので、あらかじめご了承ください。
異次元学園

音楽室の窓から差し込む残照が、ゆっくり薄れて行く。
幽かな光を目で追いながら、阿佐人・悠輔(あざと・ゆうすけ)は、昼間の出来事を思い起こしていた。


「三年生は…男子二人で伊倉繁樹と、津田大吾。二年生は、女子の伊倉美穂。そして、古賀さおり、か。伊倉美穂は、伊倉繁樹の実の妹か…」
図書室備え付けのパソコンを使い、悠輔は行方不明となった四人の生徒の記録を洗っていた。
「こいつら…親も、この学校の卒業生なのか…。しかも…同級生同士、だな」
四人の名前から始まり、学園の生徒に関するデータベースをあらゆる角度からひっくり返していた彼は、そのちょっとした偶然が気になっていた。

行方不明になった四人は、家族ぐるみの付き合いがある間柄で、幼い頃から親しかったらしく、学園内でもよくつるんでいたようだ、という話は聞いていた。
しかし、彼らは他の生徒から見れば、あまり芳しい存在ではなかったらしい。
特に伊倉兄妹は、執拗なイジメ常習犯、かつ授業妨害までする不良として生徒の間で知れ渡っていた。
だが、曽祖父から父親までが軒並み有力な政治家という家系の出である彼らは、身内の七光りを背景に、学園内で好き放題に振る舞っていた。彼らから受けたイジメで何人不登校に陥ろうと、怪我をする生徒が出ようと、彼らの背後を恐れて教師も強く出られない。そして他の二人は、この兄妹の腰巾着だったらしい。
彼らがいなくなったと聞いて、久しぶりに登校して来たという女子生徒は、憎らしげに吐き捨てたものだ。

「買った恨みは十分過ぎるがな。さて…」
今度は、彼らの親を調べることにする。
本人たちが、いくら他の生徒に恨みを買ったとしても、普通の生徒が忽然と神隠しのように彼らを消してしまえるとは考えにくい。彼らが消えた状況からして、超常的な力が働いたことは間違いないだろう。
無論、この学校には、十分超常現象を起こせるだけの力を持った生徒も多数在籍してはいるが、そういう連中がただの人間にイジメられるとは考えにくかった。万が一そんなことをすれば、行方不明以前に食い殺されたり、焼き殺されたり、或いは呪い殺されたりしていることだろう。

しばらく古い記録を繰っていた悠輔は、ある事件の記録に目を留めた。
彼らの親たちが、丁度学園の高等部に在籍していた、二十数年前。一人の少女が、事故によって学園内で死んでいた。
『これは…』
悠輔は、その事件を集中して掘り下げ始めた。何かある。理論以上の何かが、悠輔にそれを教えていた。彼のこの勘は、外れた試しが無い。この独自の勘の良さこそが、悠輔をして、あの異変の唯一の生還者となした要素の一つであろう。

「…これか。この子か」
悠輔の顔が険しくなる。
図書館のパソコンのモニターに、眼鏡を掛けた、緩い三つ編みお下げの大人しそうな少女の写真が映し出されていた。
当時の新聞記事付きで紹介されている。色褪せたモノクロ写真は、黒い枠で囲われていた。

石蕗命(つわぶき・みこと)と、写真の下に名が記されている。

夏休みに入る直前、その少女は、誰もいない図書館の地下倉庫で命を落とした。
何故、そんな場所に一人入ったのか。
彼女亡き今となっては、誰にも分からない。
だが、彼女がそこに入った後で、床の一部も兼ねた巨大な扉が、何かの拍子に閉まってしまった。衝撃でロックがかかり、彼女は閉じ込められた。

夏だった。そして、一学期の修了式を終えた校内には、既に職員も生徒もおらず。
彼女が変わり果てた姿で見付かったのは、夏休みも明けてから、地下から漂う異様な臭気に、図書館の司書教諭が気付いてからだった。

彼女の絶望と苦痛を思い、悠輔は内心で手を合わせた。

だが同時に、何かが彼の中で引っ掛かっていた。

『何故だ…何故、石蕗命は、そんな所へ一人で行ったんだ?』
修了式が終わって人気の無くなった図書館へ出向き、わざわざ地下倉庫へ。
記録では「古い本を片付けようと」ということだが、そんなことは何時でも出来ることだ。わざわざ長時間閉じ込められるような可能性のある時期、時間に、そんなことをしていた、というのは…

『…誰かに誘い出されて、閉じ込められたのか?』

それは、二十数年前の話。
行方不明の四人に、その事件当時在籍していた、行方不明の生徒の親たち。
ある可能性が、悠輔の脳裏に閃いた。

さらに記録を辿ると、その半年後の日付に、図書館が取り壊された後、別の場所に新築され、元の場所には彼女のための小さな慰霊碑が建立された、という記事が掲載されていた。
岩を平らに削って、ただ一字、少女の名を採った「命」という字が刻まれている、簡素な慰霊碑。
きっと今では、生徒はおろか職員でも、それが何か知らないに違い無い。

がたんと立ち上がり、図書室を出る。
出てすぐの廊下には、掲示板があり、告知や学校新聞に混じって、行方不明の四人の生徒の顔写真と名前、学年とクラスが張り出され、目撃情報の提供が呼びかけられていた。

悠輔は、鋭い目でそれを見る。
あまり、同情的とは言い難い、厳しい色を湛えていた。


しばらく探し回って、悠輔は、ようやくその慰霊碑を見付けた。
しかも、意外なことに先客がいたのだ。オレンジ色のヘアピンで髪をまとめたその女子生徒は、小柄でショートヘアの少女と、そばかすのある少女と共に、慰霊碑に小さなオレンジジュースの缶と飴を捧げていた。
しかも、どうも慰霊碑の見た目がおかしい。少女たちも気にしているようで、困惑したように視線を交し合っていた。

「おい、あんたら。この慰霊碑、誰のだか知ってるのか?」
急に見知らぬ生徒に声を掛けられ、少女たちは驚いた様子を見せた。
「驚かして済まない。俺は今、事情があって、この慰霊碑に祭られてる人物を探ってるんだ。何か知らないか?」
悠輔がそう言うと、オレンジ色のヘアピンの少女がおずおずと口を開いた。

「私のお母さんの、クラスメートだった人のだって聞いてる。お母さんに、ジュースとお菓子上げてくるように頼まれたの。でも、今見たら…」
少女は、半ば恐れているような視線を慰霊碑に向けた。
悠輔も気付いていた。
慰霊碑は、石を組み合わせた土台が割れてずれ、上に乗った、「命」の字が刻まれた部分が、割れた部分に落ち込むかのように傾いでしまっている。
自然に崩れたものでは、有り得なかった。割れた部分の断面も、明らかに新しい。最近、何らかの力が加わって壊されたのは、疑うべくも無いことだった。

「酷いよね…これ、本当にこの学校で亡くなった人のなんでしょ? それを壊すなんてさ、どんな人間な訳?」
心底怒り、呆れ返った様子で、そばかすの少女が言う。それに釣られるように、ショートの少女も後を続けた。
「先生に慰霊碑が壊れてるって言ったら、『四人も行方不明になってて、それどころじゃない』ってさ。あんなことだから、この慰霊碑の人も怒るんだよね。絶対、アイツらが壊したに決まってるのに」

その最後の一言に、悠輔の目がぎらりと光った。

「あんたら、もしかして壊した人間に心当たりあるのか?」
少女たちは、はっとしたように顔を見合わせた。怯えたように周囲を見回す。悠輔が、あんたらから聞いたとは、口が裂けても言わない、約束すると、トーンを落とした声音で、ぼそぼそと話し出した。
「今、行方不明になってる、四人組だよ。三年の…伊倉、だっけ? アイツが蹴って壊した自慢してたって、ウチの部活の先輩が聞いたんだって」
と、そばかす少女。
ショートの少女が、ヘアピンの少女を肘で突付いて促すと、彼女はぼつぼつとだが話し始める。
「うちのお母さんが、言ってたの。この慰霊碑の人が亡くなった時、表向きは事故ってことになってたけど、当時の生徒は誰も信じなかったんだって。伊倉の親、今政治家やってるヤツだけど、そいつがその女の子を図書館に呼び出して、地下倉庫に閉じ込めたんだって。前々から、伊倉の親父はその人をイジメてたんだって」

『…やっぱりか』
暗鬱な予想が的中し、悠輔はそっと溜息を落とした。

「だが、そいつらは警察に疑われなかったのか? 生徒全員にそいつらが殺したと思われていたんだろう?」
悠輔が疑問をぶつけると、ヘアピンの少女が嫌悪で顔を歪めた。
「そいつ親父と爺さんが、有名な政治家だったから…警察が全く調べなかったのは、圧力がかかったからだって、当時凄い噂だったみたい」
だけど、あんまり大っぴらにそういう話をする人の所には、ヤクザが押し掛けて来たんだって。
少女はそうも付け加えた。

酷いよね。人間一人殺しておいて、何の罪にも問われないんだよ?
…流石に居辛くなって、後から転校したみたいだけど。結局、良い大学に入って、今は政治家のセンセにまでなって。

少女たちに礼を言い、慰霊碑に一礼して、悠輔はその場を後にした。
慰霊碑を形だけでも戻そうと思ったが、下手にいじると本格的に崩れそうで触れなかった。
襲い来る苛立ちと怒りを振り払い、一斉に校舎から吐き出される人の波に逆らって、悠輔は漂流する船のように一人、校舎の内部に戻った。
『お母さんが言ってた。殺された人、勉強のよく出来る、とっても優しい人だったって』
あのヘアピンの少女の最後の一言が、何時までも耳の中に残った。


放課後まで隠れる場所として、悠輔が音楽室を選んだのには訳がある。

まず、ここに出入りする音楽教師である響カスミが、極端なまでの怖がりであることが挙げられる。
行方不明者と幽霊を結び付ける噂が立ってからというもの、彼女は部活動が無いこともあって、全く音楽室に寄り付かなくなってしまったのだ。夜間なら兎も角、下校時間を過ぎても残っている生徒のチェックは各担任と部活動の顧問に任せられている。しかし事実上、彼女にその業務は不可能であり、結果、職員も帰宅するまでの数時間、ここに人気がなくなる事を、悠輔は見越していた。
やがて窓の外に見える空に残照が失われ、外からの闇に教室が沈んだ。通常教室棟一階の職員室だけが、煌々と明るい。中庭の池がその反射で、オレンジ色に煌いていた。

周囲に人の気配が無いことを確認すると、悠輔は動き出した。
職員室から見えないように、廊下の教室側寄りを素早く駆け抜ける。噂通りなら、夜の学園のどこかに、「異次元の学園」に通じる扉のようなものが出現するはずだ。

音も無く、悠輔が四階に駆け上がった途端。
「…あれか」
階段の右奥、廊下の突き当たり部分が、まるで緑色に発光する水面のように揺らいでいた。その奥に見える、古びた教室扉の連なり。
悠輔は無言で走った。
少しずつ小さくなって行く次元の揺らぎに、彼はまるで炎をくぐるライオンの如くに飛び込んだ。風を巻き込み、若々しい全身が次元の向こうに呑み込まれるや否や、揺らぎはまるで埋もれるかのように消え去った。
後はただ、しんとした暗く冷たい廊下が続くだけ。

「…っと」
古流武術の受身のように、くるりと一回転して、悠輔は立ち上がった。

「ここが、『異次元の学園』なのか…」
見回すと、夜だったはずの周囲は、丁度日暮れ時の、濃厚な蜂蜜色の光に包まれていた。まるで、一時間以上も時間が逆流したかのような光景。
よく見ると、学校の内装が見慣れたものとは違う。明らかに、造りが古臭い。彼の知る神聖都学園は、つい数年前に校舎を新築しており、こういう内装はどこにも存在していないはず、なのだが。
『これは、旧校舎か。石蕗命が在籍していた当時のまま、ということなのか』
それが決して珍しい現象では無いことを、かつて街ごと異世界に飛ばされた経験のある彼は知っている。
人の想念は、街や建物など、生き物ですら無いものに、ある種の霊的な実体を与えてしまうことがある。恐らく、ここもそうした場所なのだろう。石蕗命という少女は、その空疎な建物の亡霊と言うべき存在の、思念を持つ核として機能しているのではないか。悠輔は、そう予想した。

『だとすると、厄介だな。彼女は言わばこの世界そのものと化している。この内部では、神クラスの存在でない限り、彼女に勝てないはずだ…』
万が一、彼女との交渉が決裂し、襲われた場合を考えて、悠輔は溜息をつく。

「あなた、どうしたの? 下校時間を過ぎたら帰らないと、怒られるんじゃないの?」

気遣わしげな声に背を叩かれ、悠輔は電光の速度で振り向いた。
そこにいたのは、緩く編んだ三つ編みのお下げに、眼鏡の小柄な少女。両手で本を抱えている。
見覚えのある顔だ。モノクロの粒子の潰れた写真ではごく無愛想に見えたが、こうして見ると、無垢な愛らしさを感じる風貌の少女。
「…あんたが、石蕗命さんか?」
急に名を呼ばれ、少女は驚いたように目をぱちくりさせた。
「どうして…私の名前を知っているの? 私、もう二十年も前にいなくなった人間なのに」
当たり前のように放たれる、後半の言葉が悠輔の背筋を寒くする。
もう二十年以上も前に霊体になったのであろうに、少女の姿だけ見るならば、やたら人間的だ。暖かそうな肌の質感、穏やかで温和な性格を感じさせる仕草、全てが血の通った気配を感じさせ、ある意味、だからこそ恐ろしい…。

「俺は、人を探しに来た。学園内部で、行方不明になった四人だ」
彼は努めて平静に、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「色々調べる内に、その連中と、あんたの関係を知った。あんたの慰霊碑が壊されているのも、この目で確認してきた」
ぴくり、と命の肩が動いた。小さな顔が伏せられる。表情が、徐々に強張る。

「…ストレートに言おう。あんたが、あの四人を、この『異次元学園』に引き込んだんじゃないのか?」

まるで停電でもしたかのように、瞬時に辺りが闇に包まれた。
眩しいくらいだった蜂蜜色の光が消え去り、真夜中の真っ暗な廊下が周囲に広がる。非常灯と消火板の表示だけが、寒々とリノリウムの床を照らしていた。
普通の少女と変わりなかった命の姿も、一瞬にして変貌を遂げていた。
健康的だった肌の色は、まるで全ての生命の痕跡を引き剥がしてしまったかのような、異様な蒼白さを呈している。まるで生きた炎のような白い霊気が、彼女の全身からゆらゆらと立ち上り、運動靴に包まれた足先は、まるでどこかに吊られているかのように床面から離れて浮き上がっていた。

「…ええ。そうよ。私が、あの人たちをこっちに連れてきたの」
静かで穏やかな、彼女の細い声。なのに、何故、これ程までに背筋が寒いのだろう。
「ごめんなさい…大きな騒ぎになって、関係無いあなた方にまで迷惑を掛けているのは、分かっているの…」
その異様な静けさに気圧されたように、一瞬言葉に詰まった悠輔は、それでも更に言葉を繋いだ。
「あんたの、怒りは分かる。だが、こんな事はしちゃ駄目だ。怒りに身を任せてこんな事をすりゃ、あんたは悪霊化しちまうぞ!」

今まで何度となく見てきた現象。
本来悪霊ではないごく無害な霊が、その死者としての尊厳を踏みにじられ、怒り狂って悪霊と化す。
本来穏やかな者が腹を括って祟るだけに、元より荒れている霊より始末に悪く、鎮めるには恐ろしい労力が必要なのだ。

だが、労力がどう、などということよりも。
あんな理不尽で悲惨な死を迎えながらも、今まで悪霊化することも無く、ただ学園を見守ってきた心優しい少女の霊。
彼女がそのようなおぞましい存在に成り果てるのだけは、何としても阻止したかった。

「…あいつらは、謝らなかったわ」
ぽつりと、命が呟く。小さな小さな声なのに、やたらはっきり聞こえる。
「ここに連れて来て、あなたの親に私は殺された、あなたはその慰霊碑を笑いながら蹴り倒したのよって言っても、自分は悪くない、あんなのはただの石だろって」
命の眼鏡の表面が鏡のように冷たく光り、表情が見えない。
「わざわざ、来てもらったのに悪いけど…帰って。あなたには、関係の無いことなの…」

悠輔は唇を噛んだ。
彼女の、悠輔に対する態度は、あくまで丁寧で穏やかだ。優しい少女だと、手当たり次第に祟るような低劣な存在では無いのだと、嫌と言う程良く分かる。
だが、だからこそ。
人として、最低限の尊厳を踏みにじられたのが、絶対に許せなかったのだ。
真面目で真摯な魂を、持っているからこその憤り。人としての、最後の誇りを掛けて。

俺が、この人を責められるのか。
この人を邪悪だと、間違っていると、言えるのか、この俺が。
俺も地獄を見た。あれが地獄で無いと言うなら、一体何をもって地獄と言うのだろう?
だが、少なくとも、俺はこうして生きている。生き延びたのだ。

だが、この人は…。

「帰ってくれるなら、先生に見付からないように、裏口の前に出口を開けるわ。そして、忘れて。みんないつか忘れるわ。あいつらがこのまま死んだら、死体だけは校庭にでも戻しておくから」
その恐ろしい言い草に肝を潰す以前に、はたと悠輔は気付く。
この言い草からすると、連中の誰も、まだ死んではいないのだ。

「…命さん。一つだけ、頼みがある」
命の頭が、かすかに動いた。
「俺を、そいつらに会わせて欲しい。俺が、キッチリと話を付けて、あんたに謝らせる。そして、連中の手で、あんたの慰霊碑を元に戻させる」
正面から、悠輔は命を見る。だが、彼女の答えは。

「無理よ」

だが、悠輔は食い下がった。
「無理かどうか、やってみなければ分からない。頼む…一度だけでいい。俺にチャンスをくれないか?」

命が、顔を上げた。
じっと、悠輔を見る。

「どうして? どうして、そこまでするの?」
氷壁の中に、僅かに走るひびのような困惑。
「あなたにとって何の得にもならないでしょう? なのに…どうして…?」

悠輔は、ぐっと背筋を伸ばした。一瞬の沈黙の後、静かに告げる。
「俺には、妹がいる。血の繋がりは無いんだが、大事な妹に違い無い」
何故、そんなことを? と微かに眉を顰めた命に向かって、更に言葉を重ねる。
「見た目とか、声とか、どこが似てる、というんじゃない…。だが、あんたを見ると、俺は何故か妹を思い出すんだ」

命が揺らいだ、ような気がした。

「正直俺は、死者を足蹴にして恥じないようなゲスどもなんぞ、死んでも構わないと思ってる」
その静かな宣言は、全く揺るぎが無く、彼が心底そう考えていることがくっきり伝わってきた。
「だがな、それを許しちまったら、堕落するのは他ならぬあんただ。俺には、それが納得出来ない。…俺は、必ず約束を守り、あいつらにも守らせる。もし、この約束を破ったら」
ふ、と命が顔を上げる。

「この俺を含め、まとめて五人とも、煮るなり焼くなり好きなようにしてくれ」

沈黙が落ちた。

命は、相変わらず蒼白く凍り付いたように表情が無く、ぴくりとも動かない。
無言のまま、悠輔はただ彼女の返答を待った。

「いいわ」
やがて。
小さな、だがはっきり聞き取れる声が、そう告げた。
「でも、約束を破ったら」
炯々と輝く異様な瞳が、約束を言い出した彼を射抜く。
「あいつらも。そして、出来もしないことを言ったあなたも…許さないから」

炎の渦巻く地獄の下層から、生還したに等しい経験を持つ悠輔でも、思わず後退りしそうになるような冷たい霊気が、津波のように押し寄せた。
何もかも放り出して、全力疾走で逃げるのが得策なのではないか、という弱々しい誘惑にすら駆られる。
命は実際、途轍もなく強力な霊体だ。
正面から戦ったら、少なくともこの「異次元の学園」の内部では勝ち目は無いだろう。

だが。
自分は、ここで引くことは出来ない。
何故だかは分からないが…
もし、ここで逃げ出せば、自分は、二度と妹に顔向け出来ないのではないか。
根拠は無い。が、そんな気が、した。

命に連れられて行ったのは、悠輔が予想していた通りの場所だった。

「図書室…地下倉庫、か」
恐らく、彼女が閉じ込められた当時と、そっくり同じ構造なのだろう。
独特の古い本の匂い。天井までの大きな書架。擦り切れた、金文字入りの背表紙。
誰も手を触れていないのに、命が入ると、ぱっと照明が点灯する。

「…そこよ」
命が床の一角を指差すと、がちゃりとロックが外れ、巨大な蓋が、まるで見えない手に摘み上げられるように、ゆっくりと持ち上がった。
思わず駆け寄った悠輔の鼻を、むっとする臭いが突く。

「い、いやぁ! 助けて…もうやだぁあぁぁぁ!!!」
「助けて…開けてくれよぉ…!」
「あ…あ、助けて…」
冥府の亡者じみた、恐怖と狂気を帯びた悲鳴が響く。悠輔は、蓋が棒で固定されたのを確認すると、内部を覗き込み、声をかけた。
呻き声が一瞬止まる。
光が差した拍子に、薄汚れた四つの顔が彼を見上げた。

「あっ…ああっ、助けに来てくれたの…?」
涙でぐしゃぐしゃの顔でそう呻いた少女の顔は、校内に張り出されていた伊倉美穂の顔に似ていた。
それ以外の面々が、あの四人組の顔に対応する。間違い無いようだ。

「助けてくれよぉ…あの化け物が…」
「あんたら。あんたらが、石蕗命さんの慰霊碑を壊したんだな?」
同情の欠片も無い、鋼のように冷徹な声が、喜びのあまり出口に殺到しようとした四人を硬直させる。
「い、慰霊碑って…」
「とぼけるな。伊倉繁樹。あんたが、命さんの慰霊碑を蹴って壊したことは分かってるんだ。他の三人も、それを見ていたんじゃないのか?」

嫌な間が開いた。

「だって…知らなかったんだよ! あれが慰霊碑だなんて…どう見たって変な石にしか見えなかったし…!」
悠輔の背後で、ざわ、と命の怒気が膨れ上がる。
もっともだ、と彼は正直思う。
いくら知らなかったとは言え、慰霊碑を「変な石」と表現出来るその精神性に、彼はある意味悪霊よりも恐ろしいものを感じざるを得なかった。どれだけ甘やかされれば、こういうガキになるのだろう?

「では…これは知ってるか」
低い声で、あえてゆっくりと、悠輔は言った。
「あの慰霊碑の主、石蕗命さんを殺害したのは、当時、この学園に在籍していた、お前らの親どもだ」

恐怖とも、驚愕とも、怒りとも付かない何かが、彼らの間を走り回った。

「うそ! 嘘よ、パパがそんなことするハズないじゃない! 偉い政治家なのよ!?」
繁樹の妹、美穂が絶叫する。
否定の根拠が「偉い政治家」だから、という、その兄に負けず劣らずのメンタリティに、悠輔は怒りを通り越した感覚を覚えた。

「本当よ。そう言ったでしょ?」
四人組が悲鳴を上げて、階段の下まで逃げ出した。何時の間にか、命が悠輔のすぐ背後にやって来ていた。
「私もね、今、あなた方のいる所に閉じ込められたわ」
命の蒼白い、氷のような指が四人組を指す。まるで、そこから有害な何かが放射されてでもいるように、四人組は後退りした。
「流石に、偉い政治家の先生になるような方は、違うわね。わざわざ、人がいなくなる時期を狙って閉じ込めて下さった。だから、私死んだの。殺された人間が言っても、信用出来ない…?」
笑みすら浮かべているような説明。悠輔は顔を強張らせ、動くことも出来なかった。背中に、フリーザーの扉を全開したかのような冷気がぶち当たり、彼の顔を青褪めさせる。

まずい。この、氷のような冷たい霊気は、悪霊の顕著な特徴だ。彼女は、怒りのあまり悪霊になりかかっている。
そう思った時、彼は動いた。恐怖に凍り付く四人組を睨み、一喝する。
「あんたら、まず、この人に…命さんに謝れ! その後で、俺と一緒に学校に帰って、慰霊碑を元通りにするんだ!」

悠輔の剣幕に圧されたのか、それとも、命への恐怖心か。
四人組は、気抜けする程あっさりと、命に謝罪の言葉を述べた。

これで、第一関門はクリアだな。
悠輔は僅かに安堵したが、命を見ると、そんな感覚は吹っ飛ぶ。彼女の霊気は白く張り詰め、未だ冷たい怒りを吐き出していた。
「命さん。済まない。少しの間だけ、俺とこいつらを、慰霊碑の前に行かせてくれないか…少しの間、慰霊碑を直す時間の分だけでいいんだ」
微かに、命が頷いた、ような気がした。

次の瞬間、悠輔を含む五人は、夜の校庭の一角に放り出されていた。
塀と並木の枝葉越しに漏れる、僅かな街燈の明かりに照らされて、傾いだ慰霊碑が目の前にある。

「お前ら。自分の手で直すんだ。お前らのやったことの始末を付けろ!」
振り向きざまに、悠輔が叫んだ、その瞬間。

「せんせぇえーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
「助けてぇええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」

最後列にいた、伊倉繁樹と美穂の兄妹が、数キロ四方に轟き渡るような絶叫と共に、校舎に向かって走り出した。腰巾着二人も、すかさず後に続く。
無論、校庭に面した職員室には、まだ煌々と明かりが灯っており、四つの人影に気付いた職員らしき影が駆け出して来るのが見えた。

「あ…」

悠輔は。
呆然と、追う事も忘れて、その場に立ち尽くした。

俺は、阿呆だ。
そうだ…こうなるに決まっているじゃないか。

あんな連中が、律儀に約束を守るとでも?
俺があの異界で出会ったバケモノどもの方が、まだ見所があるんじゃないかと思うような、あのゲスどもが外に出たら、そりゃあ、こうするよな。

悠輔は、だが、それでも一人向きを変えた。
慰霊碑に手を掛け、誰の助けも借りぬまま、石を持ち上げ、腕が痛むのも構わず上腕で支えると、ずれた土台をじりっ、じりっと元の形にして行く。
どうにか元の形になった土台の上に、今度は慎重に慰霊碑自体を安置しようとする。

きっと、命さんは俺を許してくれないだろう。
約束は約束だ。
煮るなり焼くなりしろと言ったのは俺だ。

自嘲の念と悔悟。結局、俺も命さんを裏切ったんだ。約束を守らせることが出来なかった。
だが、せめて。

ごごっ、と石が動き、慰霊碑が元の形に収まった。

恐らくは、人生最後の仕事を終えたのに、悠輔は動かなかった。
脳裏に浮かぶのは、きっと一人にしてしまうであろう、大事な妹の顔。

もうこんなに暗い。心配してるだろうな…。
ごめん。俺、もう、お前のところへ帰れない…。
ごめんな。俺がドジ踏んだばっかりに、お前を一人にしちまう…。

「…」

彼の口から、妹の名が涙のように零れ落ちた。


「そう。あなたの妹さんて、そういうお名前なの。可愛いお名前ね」

弾けるように振り向いた彼の目の前にいたのは、命その人。
だがその姿は、あの蒼白く燃える悪霊の姿ではなく。
平凡だが愛すべき、あの優しげな少女だった。

「慰霊碑、直してくれてありがとう。嬉しいわ。ごめんね。あなたがやった訳でもないのに、こんなことさせて」
そう言いながら、砂と土埃で汚れた悠輔の上着をぱたぱたと払ってくれる。
「みこと、さん…俺は…あいつらを…」
命は首を振って彼の言葉を押し止めた。

「もういいの。あなたの気持ちだけで十分。あんな連中、もう好きにすればいいんだわ」
命の視線の先に、職員に保護されて校舎内部に連れて行かれる、四人組の姿。
「それに…私があなたを殺したら…私はあいつらと同じ、人でなしになってしまう。妹さんから、あなたを奪うんだもの」

唖然として、立ち尽くす彼の前に来ると、命はぺこりと頭を下げた。
「ごめんなさい。私、わざわざ私の為に来てくれた人に、酷い事するところだった」
「あ、いや。俺も、全然約束なんぞ守れなくて…すまなかった」

何と言って良いか分からず、うろたえる悠輔の前に、小さな鍵と、和風の柄の布が差し出された。幅広の反物のようだ。
「この鍵で、自由に『異次元の学園』に入れるから。私で力になれることがあったら、いつでも言って。それから、この布、ね」
命は少し広げて柄を見せた。まるで、昨日染め付けたかのように鮮やかだ。
「私の先輩に当たる人の、卒業制作なの。不思議な力のある布みたい。多分、あなたの役に立つと思うわ」

悠輔に鍵と布を渡すと、命の体がすうっと透けて行くのが分かった。
「ごめんね。それから、本当に、ありがとう」
何か言いかける悠輔の前で、命の姿は宙に消えた。


その後。
学園が秩序を取り戻すには、そう時間はかからなかった。

だが、流石にあれだけのことを仕出かした四人組は、学園から姿を消していた。
何より、かつて命を殺した者たち…得に伊倉兄妹の父親は、その政治生命を絶たれ、どこへともなく雲隠れしたらしかった。

残ったのは、学園のいつもの日常だけだ。

伊倉兄妹の父親ばかりか祖父がまでが、結局失脚した、という新聞記事を読みながら、悠輔はふと回想にふける。
命が、何故あんなに急に怒りを解いてくれたのか。今でも、悠輔は不思議に思う。
だが…

『俺は、俺の信じるままに行動した。彼女は、約束よりもきっと、もっと深いものを見ていてくれたんだ』

彼のポケットの中で、小さな鍵が、かちゃりと鳴った。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

PC
【5973/阿佐人・悠輔(あざと・ゆうすけ)/男性/17歳/高校生】


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■         ライター通信          ■
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初めまして、ライターの愛宕山ゆかりです。この度は、「異次元学園」へのご参加ありがとうございました。

記念品として、「異次元の学園」に出入り出来る「異次元教室の鍵」と、異能のある生徒が製作し、残していった「魔布」を進呈いたします。具体的な柄や、どういう物に加工するかは自由ですので、お好な形にカッティングしてお楽しみ下さい(笑)。
また、以前別のノベルでお預かりしたPCの方との絡みのある方ということで、そちらの記念品(二枚あるという設定でしたので)もお付けいたします。

さて、お預かりしたPC、阿佐人悠輔くんですが、発注資料に一度目を通した時点で、「この人は、一切の小細工なしで、真正面から幽霊少女とぶつかってもらおう!」と決めました。腐ったイジメっ子の対極に位置する、「ピシッと筋の通ったヒーロー」としての演出には殆ど苦労せずに済み、私としても大変楽しめました。
惜しむらくは、折角戦闘にも対応する柔軟な能力をお持ちなのに、あまり能力自体を生かせるシーンを入れることが出来なかったことです。しかし、最後の、一人で慰霊碑を直すシーンで、「阿佐人悠輔」くんという人格を表現することが出来たかな、と密かに思っております。
もし、お気に召して下されば幸いです。

それでは、またお会い出来る日を楽しみにしております。