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■あなたの冒険お供します!■ |
龍本みーや |
【2787】【ワグネル】【冒険者】 |
珍しく危機に陥っていない麗らかな日。
妖精ミミとそのお付の子妖精マメルはとある書物を眺めていた。
「マメル」
「はい、何でございましょう! ミミ様」
「わたくし……故郷のことを思い出してしまいましたわ」
珍しくしんみりとした様子でミミは美しい瞳を伏せた。ミミの親はとても厳しくそして偉大な人だ。『世界をもっと知るが良い』と村を出されたからにはそれなりの経験を終えて戻らぬ限りきっと恐ろしい仕置きが待っていることだろう。
「ミ、ミミ様、早く様々な経験をして村に帰れるように致しましょう」
マメルは慰めるようにミミの顔の周りを飛び回った。
「ですが、世の中には滅多に体験できることのない不思議な出来事はたくさんありますわ。本当にわたくしに出来ますのでしょうか」
ミミはじっと、手元にある書物を睨み付けるようにする。――というのも、彼女を悩ませている原因こそこの書物だったからだ。
この書物は妖精界における――――ミミの故郷の村における83の項目が綴られていた。
・偉大なる魔法をその目で見よ
・人と魔物が情を交わす様をその目で見よ
・剣王と呼ばれるべき美しき剣技をその目で見よ
・大地の理を知れ
・空の心を理解せよ
など、冒険に纏わる基本的なことから世間のこと、果ては創世にいたるまでの様々な項目が並んでいた。
この書物はその項目に纏わる出来事が起こった際、呪文を唱えると書物がその出来事を記憶する。映像を本に刻むのだ。
パラパラと捲ってみたが、映像が描きこまれたページはほんの10ページたらず。
しかも基本的な項目「術を唱えてみせよ(印を正しく扱うべし)」「心奪われし魔の者に挑んでみせよ(挑む心が大切。結果は不問。)」「大人の世界・『酒-SAKE-』を体感せよ(己の限界を知れ)」などだ。
細々と続けていたのではとてもじゃないが終わりそうにない。そもそも、「世界は何か」などを答えるのではなく「体験」するなどもってのほかだ。
「絶対……無理ですわよね」
ミミはしょんぼりと肩を落とし、大きな息を吐いた。このままでは一生村に帰る事が出来ないかもしれない、と。
「……」
マメルはすっかり気を落としてしまったミミにそっと手を伸ばし、慰めるように髪に触れた。
「あ、あの……ミミ様。ここは幸い冒険者がたくさんおります。その者たちの冒険に、共に連れて行ってもらうのはいかがでしょう?」
「けれど……」
「多くの者がおれば多くの目的や状況がありますゆえ、何らかの項目をクリアすることが出来るかもしれませぬ」
「そう……そうですわね」
ミミは考え込んでしまった。――珍しい、とマメルは思った。
いつもならば彼女は真っ先に色々なことに首を突っ込み、騒ぎを起こす人だ。マメル的見解では「危険なこと大好き」と考えているような人だ。それなのに。
「けれど当事者にならねば面白さ激減ですわよね……」
「――!?」
ボソリと呟かれた言葉にマメルは目を見開いた。やはりそうか。そんな風に考えていたのかと。
「ミ、ミミ様!! やはり助けを借りましょうぞ! 共に行動させてもらうだけにしましょうぞ!!」
マメルは焦ったように告げ、慌てて街へと飛び、触れ回ったのだった。
「冒険に同行させてくれる者求む。危険な冒険大歓迎。特殊な状況尚大歓迎。当方魔法扱えます。もちろん無償で援助!」
――そんな言葉を触れ回ったお陰か、今、彼女の元に訪れる者がいた。
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扉の向こう
「参った……」
とある遺跡の内部で声が上がった。
冒険者の男は自分の前に立ちふさがる大きな扉を見上げ、そしてポリポリと頭をかく。
扉は遺跡の高さいっぱいにまで伸び、遺跡の壁を彩るどの材質よりも高価そうに輝いていた。お宝があるのはきっとこの扉の向こうなのだと思わざるを得ない。それまでの遺跡内部の雰囲気とは明らかに違うからだ。
だが、先に進めないとなるといくらお宝があったとしてもどうにもならない。
「魔法的なロックが掛かってんのか……?」
男は扉に近寄り手で触れてみたり、押してみたり、様々なことを試してみたが扉はびくともしなかった。
しばし考える。
男は小麦色の肌に少し伸びた髪を一つで結わっており、剣を携えた立派な冒険者の出で立ちだった。決して『魔法』が使えるようには見えない。
「……傭兵でも雇わにゃダメか」
はあと一息、男は踵を返して扉を背にした。
一度街に戻って魔法を扱える傭兵と共に再びここまで来なくてはならない。
この扉は遺跡内最奥部にあり、ここに辿り着くまでに遺跡に住み付いた魔物たちと何回も遭遇した。戻って帰ってくる間に他の誰かにお宝を奪われる可能性も否めない。そして一番重要な問題として、傭兵を雇うのなら余計な出費が発生する ―― 何とも気分が乗らないまま、男は遺跡入り口へと重い足を引きずりつつ引き返したのだった。
「冒険に同行させてくれる者求む〜〜。われら二人をお供させてくだされ〜い。当方魔法も扱えましてござりまする〜」
そんな声が聞こえてきたのは遺跡から街へ向かう途中の森の小道。
男はハッとなって声の主を探し、その姿を目に止めた。
掌サイズ程の、背中に羽を持った小さな妖精が危なげにフワフワ飛んでいる。
「おい、今の話は本当か?」
小さな妖精は急に聞こえた声に「ひゃっ」と一瞬驚いたようだが、慌てたように気を取り直し、先程よりも更に大きな声で誰かを呼んだ。
「ミ、ミミ様ぁ〜! ミミ様、来ましたぞ!!」
その声は小さな身体からは想像も付かぬほど大きく、男は眉根を寄せて耳を塞ぐ。
そして程なくして美しい少女が姿を現した。こちらは標準サイズだったが、しかし同じように背中に羽を持っている。
男は少女を見て心の中で「お、可愛いじゃん」などと思う。けれど現れた少女はのんびりと微笑みながら「あらあら、まあまあ」などと呟いていた。随分と外見とのギャップがありそうな感じだ。
「貴方様が今回、冒険のお供をさせてくださる方ですの? よろしくお願いいたしますわ。わたくしはミミ。あちらはマメルと申します」
ミミとマメルが二人揃って頭を下げる。なんだかとんとん拍子で話が進んでいるようだ。
「あ〜、俺はワグネル。なんかよくわからねえけど協力してくれんならありがたい」
「もちろんですわ、わたくし共が貴方様に協力させていただきたいと願うのです」
その言葉に『無料』の意を感じ取る。傭兵代が浮いた、無料の鍵が見つかったと喜びかけたが、しかし一番重要なことを聞き忘れてはならない。ワグネルはずずいと顔を近づけて二人を交互に見た。
「あんたら開錠の呪文はいけるか?」
「鍵開けならばこのわたくしめにお任せあれ!」
どん、と自らの胸を叩いて自信満々に答えたのは小さなマメル。ワグネルはほんの少し眉根を寄せた。
正直、こんなやつが頼りになるのだろうかと疑問を抱いたのだ。
「あ、その顔はおぬし、信じておらぬな?!」
だがマメルには疑いの目線がバレてしまったようで小さな妖精は顔を真っ赤にさせて己の素晴らしさを主張し出した。
「良いか、このマメル様には偉大な力が存在し、おぬしには計り知れぬ――」
「ワグネル様、目的地は何処でしょう? 何をなさるのか教えてくださいます?」
マメルの主張は重なったミミの声に掻き消えた。ミミは構うことなくにっこりと、穏やかな笑みを見せているのに対し、マメルの顔はだんだんと悲痛なものに変わっていく。そしてとうとうマメルはいじけたように横を向き、ぶつぶつと何事かを呟きだしてしまった。
ワグネルはこの様子を見て、ミミとマメルの力関係を知る。ご愁傷様という目線をマメルに送り、ワグネルは己の目的、状況を説明した。
「……ってなわけで扉の開錠が出来るヤツを探してたんだが」
大きく頷きながら目を瞬かせるミミ。そして彼女は迷うことなくにっこり笑った。
「とりあえずその場所に行ってみないことには分かりませんわね。ワグネル様、改めましてよろしくお願いしますわ」
遺跡まで向かう途中に聞いた話によると、ミミとマメルは自らの修行のために人々の手伝いをしているのだという。
故郷の村における83の項目に関する出来事を体験し、呪文を唱えることで書物にその出来事を記憶する。映像を本に刻みつけるという課題らしい。
だが途方もない課題の数々に、ミミは付き人である子妖精マメルの意見に従い、他の冒険者に協力を頼むことにしたのだという。
人様の冒険に付き合って様々な経験をすれば、それこそ「ミミの課題書」の項目をクリアする出来事に遭遇するのではないかと――。
彼女は先程、遺跡のことなどを詳しく聞きもせず同行を決めた。そして今は随分とご機嫌な様子で鼻歌までも歌っている。
「……その課題書に書いてあることを今回経験できるってことだよな? 扉を開けてみろ、とかでもあんのか?」
ワグネルはあまり興味がなかったのだがとりあえず話をあわせてみると、ミミは待ってましたとばかりに瞳を輝かせた。
「はいっ! ずばり『お宝探しを経験せよ』です!!」
「……」
宝探しなぞいくらでも出来ることなのにどうして今までやらなかったんだとワグネルは思ったがグッと堪える。何しろ相手は可愛い少女だ。あまり責める様な真似はしたくない。
「んじゃ、張り切ってお宝探しに行きますか」
「はいですわっ!」
遺跡に辿り着くと、再び侵入者が来たとばかりに魔物の軍団が襲い掛かってきた。どこから集まったのか、なかなかの数だ。それらの相手を撃退、もしくはそれらから逃走しつつ件の扉を目指す。
多くの敵と複雑な道、そして奥深い遺跡に疲れてきた様子のミミを支えるようにしつつワグネルは進む。
ちょっと役得だなと心の中でほくそ笑んでいながらも腕を衰えさせることなく敵を撃退し、そしてとうとう扉の前に到着したのだった。
先程と同じく大きく威圧的な扉がドンと構えている。誰か他の者に破られた形跡もないようだ。
「ここが……お話しておりました扉ですのね?」
ミミは惚けたように扉を見上げたまま呟いた。その身体は尚もワグネルによって支えられている。
「よし! ではわたくしめが……!」
マメルが得意げにミミの懐から飛び出した。道すがら聞いたのだがマメルは手先が器用なのだという。どのような鍵も瞬く間に開けてしまうと聞いたのだが、しかし。
「さっきも言ったけどこれは魔法的な何かでロックされてるみてぇだ。鍵開けで開くならもうとっくの昔に盗賊たちによって開錠されてんだろうさ」
言って、ワグネルは自分が試した時のことを思い出しながらうんうんと頷く。
もちろん自分だって開錠は試した。盗賊家業をやっていれば嫌でもこういう目に合うため開錠の知識も持ち合わせている。けれどそれでも開かなかったからこそ、ミミたちに協力を頼んだのだ。
「……うぐ、うぐぐぐぐ……」
案の定マメルの力では無理なようで、マメルは言葉にならない唸り声を上げて開錠を諦めた。
「わたくしめの力では無理なようでございます……」
しょんぼりと、全身を脱力させてミミに謝るマメルに構わず彼女は壁に手を伸ばす。一点を見つめるようにしつつ何かを探っている姿は少し奇妙な様子だった。
「ミミ?」
ワグネルが訊ねるとミミは視線をそのままに掌を少しずつ少しずつ動かしていく。そして何事かを囁きだした。
紡ぎだされる音は、何かのメロディ。
「……歌?」
ワグネルにとってそれが歌だと分かったその時、それまで綺麗に輝いていた扉の模様が一気に古びたように見え、ワグネルは目を瞬く。
「なんだ?」
「……やはり」
やがて小さく呟かれた言葉にミミは壁から視線を外し、ワグネルに向き直る。
「今のは【姿現しの歌】。……これは妖精の世界で使われる古代の文字ですわ」
ワグネルは目を見張った。『これ』とは何か。ミミの指した先にあるものを見たが良く分からない。ワグネルにとっては模様にしか見えなかったものだ。まさか文字だったとは。―― まあ妖精の古代文字など理解できなくて当然であるが盲点だった。
「……驚いた。模様か汚れだと思ってたぜ。……で、それより、なんて書いてあるんだ?」
ゴクリと、息を呑んで真剣に問う。が、返ってきた言葉は――。
「トントンとノックして、ごめんくださいと告げましたら解決ですわ」
「?」
ミミの告げる意味が分からない。ワグネルは眉根を寄せてミミの行動を見守った。彼女は言ったとおり扉を強めに二度叩き、「ごめんください」と告げる。
待つこと数瞬。
「なんじゃ! 騒々しい」
何と扉の向こうから返事が返ってきたではないか。
「わたくしミミと申しますわ。どうかこの扉を開けてくださいませんか?」
大きな扉が開かれる。ギギギという重苦しい音を立てながら。
―――― そして扉の先に現れたのは、一人の老人だった。
「一体……どういうことだ?」
ワグネルはまだ理解不能といったように眉根を寄せたままミミに問う。するとミミは何でもないことのように告げた。
「うふふふ、こちらは偉大なる賢者様のお宅だったというわけですわ。偉大な賢者様は世界の宝ですもの」
「……な、なんだと」
ワグネルの中で急速にミミの言葉が繰り返される。
―― つまり。
ミミの言い分によると、この遺跡の宝=この老人ということになる。
「ふぉふぉふぉ、礼儀正しい娘じゃのぅ。わしの話を聞きにきたのかえ?」
「まあ、お話を聞かせていただけますの?」
「ああ、いいじゃろういいじゃろう」
「それではお邪魔いたしますわ」
「……」
スタスタと扉の中に入っていくミミを呆然と見つめながら、ワグネルは笑った。
「……っ、ハっ、何だ……今回はお宝なしかよ」
脱力するように軽く笑って、盗賊ギルドへの報告文を考えつつ、しかしせっかく扉の開錠という目的を果たせたのだから今しばらくこの茶番に付き合うかとミミの後に続いたのだった。―― そうしないと何だか癪な気がしたのだ。
その後ワグネルは盗賊ギルドへの報告を行ったのだが、真実は書かなかった。
扉の向こうには未知のお宝が眠っているようだ、と――。
真実を書くのは何だか自分が情けなく脱力を感じたし、そして何よりこの仕打ちが癪に障ったため、他の者にも同じような屈辱を味あわせてやろうと思ったのだ。
そしてミミはというと――。
その夜、己の修行の成果を記録する「ミミの課題書」の33項目目『お宝探しを経験せよ』と71項目目『偉大なる知を得よ』の二つの項目が埋まったのを満足そうに眺めた後、眠りについたのである。
ちなみに。
「……うぅ、ミミ様……今回こそは、お役に立てると……思ったのに……うーんうーん」
マメルの嘆きは夢の中にまで続いていたという。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【2787 / ワグネル / 男性 / 23歳(実年齢21歳) / 冒険者】
NPC
【ミミ】
【マメル】
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