■特攻姫〜寂しい夜には〜■
笠城夢斗 |
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【5655】【伊吹・夜闇】【闇の子】 |
月は夜だけのもの？ そんなわけがない。
昼間は見えないだけ。本当は、ちゃんとそこにある。
「……せめて夜だけだったなら、こんなにも長い時間こんな思いをせずに済むのに……」
ベッドにふせって、窓から見上げる空。
たまに昼間にも見える月だが――今日は見えない。
新月。
その日が来るたび、葛織紫鶴[くずおり・しづる]は力を奪われる。
月がない日は舞うことができない。剣舞士一族の不思議な体質だった。
全身から力を吸い取られたかのような脱力感で一日、ベッドの中にいる……
「……寂しいんだ」
苦しい、ではなく――ただ、寂しい。
ただでさえ人の少ないこの別荘で、部屋にこもるということ。メイドたちは、新月の日の「姫」に近づくことが「姫」にとって迷惑だと一族に教え込まれている。
分かってくれない。本当は、誰かにそばにいて欲しいのに。
「竜矢[りゅうし]……？」
たったひとりだけ、彼女の気持ちを知っていて新月でもそばにいてくれる世話役の名をつぶやく。
なぜ、今この場にいてくれないのだろう？
そう思っていたら――ふいに、ドアがノックされた。
「姫。入りますよ」
竜矢の声だ。安堵するより先に紫鶴は不思議に思った。
ドアの向こうに感じる気配が、竜矢ひとりのものではない。
――ドアがそっと開かれて、竜矢がやわらかな笑みとともに顔をのぞかせる。
「姫」
「竜矢……どこに行って」
「それよりも、嬉しいお客様ですよ。姫とお話をしてくれるそうです」
ぼんやりと疑問符を浮かべる紫鶴の様子にはお構いなしに、竜矢は『客』を招きいれた――
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特攻姫〜寂しい夜に、優しい母を〜
葛織紫鶴。十三歳。
退魔の家の次代当主――
しかし彼女は、葛織としての力が強すぎた。
葛織家の力は月に左右される。
――新月の日、紫鶴は体中の力を奪われ、一日中ベッドにふせっていることになる。
本当は誰かに一緒にいてほしいのに、メイドたちは『新月の日は姫に近づいてはならない』と教育されている。
その夜――
唯一、傍にいてくれる世話役の如月竜矢が、いなかった。
紫鶴は寂しさに耐え、期待した。最近竜矢が新月の日にいないときは、誰か他の人を連れてきてくれることが多い。
誰か、来てくれるのかもしれない。
そして――、
その期待は、はずれることがなかった。
「姫、入りますよ」
竜矢が紫鶴の部屋のドアを開ける。
連れていたのは――
どこか見覚えのある、長い黒髪に左目だけが銀色のオッドアイ、肩に小さな人形のようなものが乗っかっていて、背中に黒い翼を持つ女性……
――夢で――
見たことが……なかったか？
「姫。伊吹夜闇さんです」
竜矢に紹介される。
こんな瞬間、前にもあった――デジャヴ。
「あ、ああ、夜闇殿か……！」
夜闇とは友達だ。しかし、紫鶴の知っている夜闇は子供で……
「こんばんはです」
黒と銀のオッドアイの女性は、ふんわりと微笑んだ。
竜矢は部屋を出て行った。
後に残されたのは、翼持つ女性と紫鶴だけ。
「紫鶴」
夜闇はにっこりと微笑んだ。「覚えていますか？」
「え……ええと……」
紫鶴はあやふやな記憶に混乱した。
夜闇はくすくすと笑った。
「いいのです……今夜も、一夜の夢……一日おかーさんなのです……」
そうして夜闇はそっと紫鶴のベッドに近づいてくる。
ふわ、と優しい香りがした。
少しだけ――どこかへ消えてしまっていた力が戻ってきたような気がした。
「体……起こせますか？」
夜闇は紫鶴の肩に手を乗せる。「髪を整えてあげます……」
紫鶴の寝巻きは白にレースがほどこされ、手足の首はきゅっとしぼられたようになっているタイプだ。
「白いパジャマ……紫鶴には似合うのです」
黒い服を着た夜闇は対照的な紫鶴の姿に、ふふっと笑った。
体を起こした紫鶴は、だるいままそれでも倒れないよう一生懸命自分を保った。
「夜闇殿……？」
「少し、私もベッドに乗らせてもらうのです」
疲れている紫鶴に後ろを向けと言うのははばかられたらしい、夜闇はベッドに乗り、自分が紫鶴の背後に回った。
「綺麗な髪なのです……整えてあげるのです」
赤と白の入り混じった、不思議な色彩。それが紫鶴の髪。
新月の日、一日寝ていたせいでくしゃくしゃになりかけているそれを、夜闇はそっと手に取った。
くしけずる櫛の代わりは、彼女の翼――羽根。
指でそっとまっすぐに整えながら、夜闇は尋ねてきた。
「竜矢さんとは、いつ出会ったのですか？」
紫鶴はふと考えた。世話役の青年との出会い――
「いや……覚えていない。やつは私が生まれたときから傍にいる」
夜闇の手が、一瞬止まった。
赤と白の髪をくしけずる羽根の優しい感触が恋しくて、紫鶴は「夜闇殿……」とどこか甘えるような声を出した。
「そうですか……」
さらり
翼が、紫鶴の髪を撫でる。
「では、気づいたときから慕っていたのですね」
さらり
さらり
――紫鶴は、かすかな記憶が呼び起こされるのを感じた。
「私は……竜矢をパパと……呼んでいたらしい……」
「え？」
「それでも、覚えてる。……本当の父と母が恋しくて、泣き続けていたのを覚えてる」
それは赤ん坊の頃の記憶。
覚えているのが不思議なほどの記憶。
「多分竜矢は……困っただろうな。泣き止まない私の世話をやらされて……」
紫鶴は苦笑した。
すぐ傍にいる人を拒否しては、傍に来られない人間を求める。
かの青年は――当時十代の少年だったはずの彼は、どれほど困っただろうか。
「乳母さんは……いなかったのですか？」
「いなかった。私の制御できない能力を、押さえ込めるような女性がその頃いなかったんだ。だからすべて竜矢がやっていたと聞いている」
ただ、竜矢にその力があったというだけで。
――何もかも、世話をされて。
――何もかも、たったひとりの人に。
「それでも……私は竜矢ではなく父と母を望んだ」
紫鶴の体が重くなってくる。
それはまるで、罪を思いだすような。
「いつから、竜矢さんを好きになったのですか？」
夜闇はそっと訊いてきた。
さらり
――紫鶴は、口に出すのをためらった。
「怪我を……」
さらり
「させてしまったときに……」
さらり
くしけずるたびに美しさを増す、赤と白の髪が、揺れた。
「五歳……くらいのときかな……。私の……制御できない能力で魔を寄せて……竜矢が怪我をした」
さらり
さらり
夜闇は、語るのをやめさせなかった。
――嫌がっているようには、思えなかったから。
ぽつり、ぽつりと落ちる言葉は。まるで免罪を求めるかのように。
「竜矢は痕が残るほどの怪我で……なのに」
さらり
「――目を覚ますなり、まっさきに私の名を呼んだ」
――姫はどこですか、と。
ご無事で、と。
「そして私の姿を見つけるなり……無理やり体を起こして……私を抱きしめた」
――よかった。
そう言ったあの青年の声を、よく覚えている。
「そのときに思ったんだ。私には竜矢がいる、父と母ばかり求めなくていいって……」
一生懸命、怪我をした竜矢の世話をした。メイドたちが止めるのも聞かず。
竜矢は、やめさせなかった。
怪我人の世話を覚えるのも一興ですよ、と笑って。
あれも彼の優しさだったのだと、今では思う。
「竜矢さんのことを好きになれて……嬉しかったですか？」
「ああ」
さらり
「仲良くなれて、嬉しかったですか？」
「ああ……」
さらり
くしけずると不思議な川の流れのように、揺れる少女の髪。
夜闇は髪を一房手に取り、優しく手で撫でた。
「紫鶴はまっすぐ走っていけばいいと思うのです……途中で転んだりくじけたりしたら時々、おかーさんがなでなでしてあげるのです……」
ぴくり、と紫鶴の体が震えた。
髪が、怯えるように揺れる。
「何のことかは気にせずに。考えなくてもいいのです……ただ、仲良くなれたときの喜びだけを忘れないように……」
「仲良くなれたときの……喜び……」
――そう、一番最初に“仲良く”なったのは、竜矢だったに違いない。
メイドたちは今でさえ、距離を置いて近づいてきてくれないから。
「諦めずに頑張れるといいのです」
夜闇は黒い翼で、紫鶴の髪を撫でた。
さらり
赤と白と黒が混じりあい、不思議な色合いになる。
普段は似合わないような色同士でも、今はこんなに綺麗に混ざりあう。
「それから、仲良くなれて大切になった人を、もっともっと大切にしてあげればいいと思うのです」
「うん」
紫鶴は素直にうなずいた。
「私は……竜矢を大切にできているかな？」
夜闇はふふっと微笑んだ。
「私が答えるまでもないことなのです」
さらり
答えは優しく撫でる翼の動きだけで。
「よかった……」
紫鶴の体から力が抜けていく。
倒れかかった紫鶴がベッドに寝るのを手伝い、夜闇は膝枕をしてあげた。
――いつかの夜と同じように。
さわり さわり
翼で髪を撫でる。優しい少女の心が壊れないように。穏やかに、優しく。
ふと、紫鶴の緑と青の瞳が、夜闇をじっと見上げた。
「どうしたのですか？」
さらり さらり
夜闇は微笑んで、紫鶴の視線を受け止める。
「夜闇殿」
「はい」
「夜闇殿も私の友達だ」
ぴたり、と翼の動きが止まった。驚きのために。
「私は夜闇殿も大切にできているだろうか……？」
真剣な色違いの瞳。
その鮮やかな色。
まるで春の空のように、まるで春の草原のように、広い解放の瞳。
吸い込まれそうな黒水晶と銀の夜闇とは対照的な――
夜闇は視線を合わせて、
ふわりと、
微笑んだ。
「私は……紫鶴が大好きなのです……」
紫鶴の視線が和らぐ。その解放の力。
夜闇はふわりとそよぐ春の風を感じた。
「私は……夜闇殿と仲良くなれたときのことも忘れない」
紫鶴は笑顔で言った。
色違いの両眼が、爽やかに輝いた。
「紫鶴。今の私はおかーさんなのです」
くすっと笑って。
そっと紫鶴の額に口づけて。
「でも、私も忘れません。あなたと仲良くなれた日のことを……」
――友達になってくれと。
真正面から言われたあの日のことを。
あの瞬間に思った。この少女がくじけるのは嫌だと。諦めるのは嫌だと。
悲しむのは嫌だと。
だから……
「私は、おかーさんになるのです……」
さわり さわり
優しく 優しく
儚いけれど 幸せな夢をあなたに
「つらくなったら、私を呼んでほしいのです……」
呼んでくれたなら
「いつでも、私はおかーさんになるのです……」
すぐに飛んでゆくから
「おかあさん……」
紫鶴の声が、
瞳が、
表情が、
夢を見るように、
「おかあさん……」
さわり
「ここにいるのです……紫鶴……」
さわり
「ここに」
さわり……
紫鶴は目を閉じる。
解放の瞳が夜闇の前から消えて。
そのことに少しだけ寂しさを感じたけれど、
「いいのです……次に開くときは、きっともっと輝いているのです……」
微笑んだ。
さわり さわりと紫鶴の髪を撫で続けながら――
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
翌朝、目を覚ました紫鶴の目に入ったのは、竜矢の姿だった。
「………？」
まだ少し重い体を動かして、竜矢に向き直る。
竜矢がそれに気づいて、
「おはようございます、姫」
と言った。
「……誰か、いなかったか？」
また――
誰かが傍にいてくれたような、
優しい気配が傍らにいてくれたような、
「夢ですよ」
竜矢は優しく微笑んだ。
「夢……」
ふと触れた髪が、いつもよりさらさらとしている。
なぜだろうと考えた。
「夢……？」
思い出せない。
ただ……思い出せるのは……
「竜矢……竜矢、私は」
「はい？」
「お前を大切にできているだろうか？」
真顔で尋ねた。
竜矢がぷっとふきだした。
「何を言っているんですか。そうですね、もう少し無鉄砲な言動をやめてくれれば俺に優しいかもしれないですが」
言葉とは裏腹に、優しい声が。
――あなたはそのままでいいのです。
誰かの声が、聞こえた気がした。
「私は……私のままで……」
「姫？」
「私なりに、みんなを大切にする」
紫鶴は竜矢に手を伸ばす。
竜矢は首をかしげながら、その手を取った。
紫鶴の世話をずっとしてきた強く優しいその手。それをぎゅっと握って。
「これからも……よろしく、竜矢」
竜矢がぽかんと口を開ける。その表情に紫鶴はむっとして、
「こらっ！ お前も返事をしろ！」
「はあ……わざわざよろしくされなくても、俺は一生傍にいますよ」
「………！！」
紫鶴が真っ赤になった。
竜矢が思い切りふきだした。
「わわわ、笑うな、竜矢！」
紫鶴はベッドの上で暴れた――
窓辺から、暖かい日差しが差し込んでくる。
あなたは、そのままでいいのです――そのまま、元気にまっすぐ走ってください――
どこからか落ちてくる声が、紫鶴の朝を明るい場所へと導いた。
―Ｆｉｎ―
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
【５６５５／伊吹・夜闇／女性／４６７歳／闇の子】
【ＮＰＣ／葛織・紫鶴／女／１３歳／剣舞士】
【ＮＰＣ／如月・竜矢／男／２５歳／鎖縛師】
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■ ライター通信 ■
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伊吹夜闇様
こんにちは、いつもありがとうございます笠城夢斗です。
今回も一日おかーさん役、本当にありがとうございました。紫鶴たちの過去に触れてくださるのも嬉しいです。過去話大好きなのでｗ
よろしければまたお会いできますよう……
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