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■CallingU 「頭蓋・あたま」■

ともやいずみ
【3525】【羽角・悠宇】【高校生】
 憑物封印を終えて帰ったはずの遠逆の退魔士。
 なのに、なぜ。
 いま、目の前にいるのだろうか?
 どうして、そんな冷たい目で見ているのか。
 憑物封印はどうなったのか?
 そして、失われた記憶は戻ったのか?
 その謎がいま、明かされる……!
CallingU 「頭蓋・あたま」



 羽角悠宇は、あの日以来、考えていた。
 欠月に謝らないと、と。
(言い過ぎた……からなぁ、どう考えても)
 悠宇は足を止め、「あ」と小さく呟く。
 夕暮れの細い道の真ん中で、学校帰りの悠宇を待ち構えていたらしい――欠月がいる。
 いきなりのことに悠宇は視線をさ迷わせるが、今しかないと決意した。
「……よう。この間の怪我、もういいのか?」
 囁くように尋ねると、欠月は無言でぐっ、と構えた。彼の影が浮き上がり、矛の形に収束して握られる。
(ええっ!? なんだ? そんなに怒ってたのか???)
 戸惑う悠宇は、慌てて続ける。
「あの時は悪かったな。つい、心配になったから口が過ぎちまって……」
「…………」
「俺も無茶するほうで、あちこち生傷絶えなくて……さ。そのことで彼女にすげぇ泣かれて怒られて……いや、つまりだ、自分の傷は時間が経てば治るかもしれないけど、それで自分に関わる人が辛い思いをする事もあるって、気づいたから……」
 うまく言えない。しどろもどろになる悠宇である。
「そういうことがあったから、おまえにも説教くさいこと言っちまったかもしれないんだ。本当に悪かった」
 頭をばっ、とさげた。だが欠月はただ無表情で悠宇の行動を眺めているだけだ。
「でもな、憑物封印とか退魔の仕事とか、俺の想像もつかないところで危険と向き合ってるおまえのことが心配なのは本当だ。
 おまえが怪我したり……大変な目にあったりしたら、俺は心配する」
 顔をあげるが、欠月は反応すらしない。
「何かできることはなかったのかって自分に問うし、おまえをそんな目にあわせた相手に腹を立てる。そういうヤツが一人くらい居たっていいだろ? その、物好きなのはよく知ってるはずだし、おまえ」
 照れ臭そうに、言いたいことを全部吐き出して……悠宇は欠月をうかがった。
「悠宇くん。お喋りは終わったか?」
「え? あ、ああ」
 頷く悠宇は怪訝そうにする。
「ボクの心配をする必要は、今後ない。ボクに関する記憶を、残らず渡してもらう」
「…………は?」
 突然言われたことに悠宇は疑問符を浮かべた。
「なに言って……?」
「記憶を渡さないなら、おまえの命を貰うしかない」
「お、おい……? 冗談やめろよ……」
 構えを解かない欠月は、いつでも悠宇の首を落とせる状態にある。それに悠宇は気づいた。
「なんなんだよいきなり……。仕事でなんかあったのか!?」
「何もない」
「じゃあなんでいきなり……。記憶を渡せとか、命を貰うとか……ワケわかんねぇ……!」
「…………納得すれば、記憶を寄越すのか? ならば、話してやる」



 欠月は、正座していた。畳はとても冷たい。
 とうとう終わったのだ。
 彼に与えられた仕事は、終わった。
 新しい当主がたてられていない今、遠逆家を動かしているのは奥に座っているあの老人だ。
「ようやった。欠月よ」
「ありがたきお言葉」
 欠月は面をあげて、巻物をずいっと前に押し出す。
「お望みの東の逆図にございます」
「…………おまえの目に適うほどのモノたちだな」
「左様にございます」
 淡々と喋る欠月には表情などない。一切ない。
 老人は笑った。
「ヒトの真似事はもうしないのか?」
 途端、欠月は表情をつくった。薄く微笑む。
「これでいかがでしょうか?」
 その口調さえも、柔らかなものになった。今までの冷たい声とは違って。
「…………まあどちらでも良いがな。
 欠月よ、ではおまえに告げる」
「なんなりと」
「命を寄越せ」
 欠月は動揺すらしなかった。
 彼はわかっていたかのように「はい」と小さく頷く。
「その前に、一つうかがいたいことがございます」
「なんだ?」
「長……ボクには記憶など、元からないのでございましょう?」
「よく気づいたな」
「ではないかと、思っておりました」
 確信になったのは、つい最近のことだ。
 記憶が戻らないのは、そういう理由ではないのかと薄々気づいていたのだから。
 目覚めてからしばらくの自分のことを思い出せば、そうではないかと思い至るしかない。
 言葉もわからない。身体の動かし方もわからない。自分の顔を鏡で見ても実感がわかない。なにもかもわからない。
 これでは、まるで生まれたばかりの赤ん坊ではないか?
「話してもらえますか。冥土の土産に」
「よかろう。
 おまえは、我々が作った人造の魂だ」
「…………やはりですか」
「察しがついておったのか?」
「おかしいと思っておりました……いえ、そのような感情さえ、ヒトの真似ですが。
 ボクには感情などというものがなかった。ですから、目覚めてからは人間を観察し、その動作を真似るようになった」
「おまえは賢い。それが一番手っ取り早いのだと気づいておった」
「お褒めにあずかり、恐悦至極。
 人真似をすることが、人間社会に溶け込む一番の近道でしたゆえ」
 言葉も、動作も、感情すらも。
 人間の……他人の真似で得たものだ。
 パターンにしていけばいとも容易いことだった。
 こういう時にこういう反応をする。そうすればいい。
 それだけをおぼえた。
 そこに自分の感情はない。
 どう言えば相手が喜ぶか。
 どう言えば相手が悲しむか。
 どう言えば…………相手を怒らせるか。
 わかっていて、やっていた。
 それが一番簡単で、誰にも気づかれない。
 感情がないなんて。
 自分が、人真似をしているだけなんて。
「欠月、おまえの名前の由来……気づいておったか」
「…………我が名は、負の名。死へと帰属する名にございます」
「その通りだ。満ちることのない不完全な月。おまえは闇へと属する死人の名」
「…………」
「その肉体は、永い間氷に閉じ込められていた四代目当主……かづき……遠逆影築のもの」
 欠月はそれを告げられてもぴくりとも動かない。
 その脳裏には、夜な夜な訪れる悪夢。
 死にたくないと、死にたくないと告げる………………この肉体の持ち主の怨恨。
「心臓病でな、長くはなかった。文字通り、十代で世を去った。最期は、妖魔の氷に閉じ込められて息を引き取った」
「左様にございますか」
「封じられておったのだが…………」
「……なんらかの理由で、影築を閉じ込めていた氷が溶けた……ということですか」
「そうだ」
 影築はすでに死んでいた。動いたのは彼の無念の想いのせいだ。
 死にたくなかった。彼は。
 そして、さ迷い出てきて、車に轢かれた。
 その身体を遠逆が回収したのだ。
 欠月の魂を入れて、その肉体を生かした。
 病弱だった肉体そのものを、『無理に』強化して。
「おまえは保険だったのだ、欠月」
「それも、なんとなくわかっておりました」
 憑物封印の前任者である四十四代目のことを、誰も口にしない。失敗した儀式のことすら。
 それはすでに『代わり』を用意していたからだ。『遠逆欠月』という贄がすでに用意されていたからだ。
「四十四代目は……あやつの血は、少し問題のあった者の血を濃く継いでおるゆえな…………無理ではないかと思っていた」
「だからボクを造ったのですね。その時のために」
「運命だと思ったのだ。元々影築の肉体を使うつもりではいた。だが我々が使おうと思っていた時期より前に影築は氷から解放された……。
 四十四代目が失敗し、その時のためにおまえを使えと……天よりの思し召しかと思ったほどだ」
 この老人は、確信めいた予感を持っていたのだ。
 四十四代目が失敗すると。
 そしてそれは現実になった。
「……いつ気づいた? 自分が造られた存在だと」
「三ヶ月ほど前から……。肉体と魂の連結が外れ始めてからです」
 無理に繋げていた魂と肉体の鎖。
 鎖は劣化し、次第に肉体制御をできなくさせていたのだ。
 元々欠月の肉体ではないので仕方がないことだ。
 指が、腕が、足が、顔が。
 動かなくなってきて、欠月は自分の死期を悟っていた。
 元々長くは動かないのだろう、この身体は。欠月が憑物封印を完遂させるかどうかは、一種の賭けだったはずだ。
「思う通りに動かせなくなってきていたので、そうではないかと思いまして」
 肉体と魂の連結が外れれば外れるほど、肉体を生かそうと欠月の身体は強力な治癒力を発揮していたが、それは気休めにしかならない。
 徐々に冷たくなっていく指先を見ながら欠月は考えていたのだ。
 蘇らない記憶。欠陥のある肉体。感情まで存在しない者など、正常な『人間』ではないと。
「では、よいのだな?」
「御意。
 元より、ボクはこの時のために存在していた幻にございます」
 欠月は指をつき、深く頭をさげた。



 愕然とするしかない。
 欠月が造られた存在だったとは。
「憑物封印は……?」
「それも長に聞いた。
 憑物封印は我が一族を退魔士として存続させる契約の儀式。代々『四』のつく当主が贄になる」
「四……」
 そう、目の前にいる欠月は四代目当主『影築』の肉体を使用しているのだ。
「殺せと命じられたが、東京で世話になった礼だ。ボクの記憶を寄越せば、命は助けてやる」
 淡々と告げる欠月の瞳に感情の揺れはみられない。
 ただ告げているだけだ。
「こ、これも……おまえのいつもの冗談なんだろ?」
 彼の肉体はすでに死んでいる? 彼の魂は造られたもの? もう死んでしまう?
 悠宇の知る『欠月』は……演技?
「納得する、しないはおまえの自由だ」
 欠月は小さくそう言う。
 そういえば欠月が風邪をひいていた時があった。欠月も人間なのだから、そういうこともあるとは思っていたが……。
 あれは……それだけではなかったのだ……。
 悠宇に気づけというほうが無理な話だ。欠月はうまく隠していたし、悠宇には想像も及ばないことなのだから。
 欠月はにこりと微笑んだ。それは悠宇がよく知っている、いつもの笑顔だった。
「素直に記憶を渡すなら……最後に、おまえの望むように『欠月』として、友人を演じてやろう。なに、簡単なことだ。おまえが喜ぶと思われることを、言えばいいんだろう?」
 今までの彼の行動は……全て「嘘」だったのだ。
 あの笑顔も。あの振る舞いも。
 彼は表情を完全に消して悠宇に刃を突きつける。
「さあ選べ。
 忘れるか、
 ――――――それとも死ぬか?」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【3525/羽角・悠宇(はすみ・ゆう)/男/16/高校生】

NPC
【遠逆・欠月(とおさか・かづき)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、羽角様。ライターのともやいずみです。
 記憶喪失の顛末と、「誕生の秘密」が語られました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!