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■CallingU 「頭蓋・あたま」■

ともやいずみ
【5698】【梧・北斗】【退魔師兼高校生】
 憑物封印を終えて帰ったはずの遠逆の退魔士。
 なのに、なぜ。
 いま、目の前にいるのだろうか?
 どうして、そんな冷たい目で見ているのか。
 憑物封印はどうなったのか?
 そして、失われた記憶は戻ったのか?
 その謎がいま、明かされる……!
CallingU 「頭蓋・あたま」



 学校帰りの梧北斗は、夕暮れの道の真ん中に立っている人物に気づいて足を止める。
「欠月……?」
 別れを告げたくせになぜここに?
 だが雰囲気はいつもと違う。
 なんだか……こわい。
(嬉しいはず、なのに……)
 なぜ?
 冷たく見つめてくる欠月の前で戸惑う北斗は、どう切り出していいかわからない。
 ごくりと喉を鳴らし、拳を握りしめて北斗は口を開く。
「こんなところでどうしたんだ? 仕事は終わったんだろ?」
 刹那、欠月は掌を地面に向け、影を手に掴む。影は矛の形になり、欠月は構えた。
 突然なんなんだ? と、北斗は怪訝そうにする。
「……お、俺、前に言ったよな? おまえを護ってやりたいって。今でもそれは変わらない」
「…………」
 無言でこちらを見ている欠月は、まるで北斗の声を聞いていないようにも思えた。
 そんなはずはない。
 この距離で北斗の声が届かないはずはないのだ。
「あの時……俺のこと、名前で呼んでくれただろ? なんでもないことかもしれないけど、凄い嬉しかった」
 囁くように、照れながら言う。だがそれでも欠月は表情を一切浮かべない。
「何かあったんだろ? 何があっても驚かない。俺はおまえを信じてる! だから何があったのか全部聞きたい!」
「……何もない」
 小さく欠月は呟いた。構えを解きはしない。
「そんなことより、一つ頼みがある」
 淡々と言う彼の口調が、いつもと違う。北斗は混乱した。
 北斗の戸惑いなど気にもとめず、彼は続けた。
「ボクに関する記憶、貰いたい」
「……は?」
「簡単に言えば、ボクのことを忘れろ、ってことだ」
「な、なんで……?」
「忘れれば、命は助ける」
 ……なんだ? なにを言ってる?
 理解できなくて北斗は一歩後退した。
「や、やめろって。なんの冗談なんだ?」
「…………」
 再び無言になった欠月を、北斗はうかがう。
「なにがあったんだ……? なあ」
「何もないと言っている」
「何もないわけ……」
 はっ、として北斗は尋ねた。
「記憶、戻ったのか!?」
「…………」
「俺……おまえが何者でも、俺のことどう思ってても……さっき言ったように、信じる。嘘じゃない」
 真摯な眼差しで欠月を見ていると、欠月はややあってから口を開く。
「…………全て話すまで納得しないようだな。いいだろう。話してやる。ボクの記憶がどうなったのかを」



 欠月は、正座していた。畳はとても冷たい。
 とうとう終わったのだ。
 彼に与えられた仕事は、終わった。
 新しい当主がたてられていない今、遠逆家を動かしているのは奥に座っているあの老人だ。
「ようやった。欠月よ」
「ありがたきお言葉」
 欠月は面をあげて、巻物をずいっと前に押し出す。
「お望みの東の逆図にございます」
「…………おまえの目に適うほどのモノたちだな」
「左様にございます」
 淡々と喋る欠月には表情などない。一切ない。
 老人は笑った。
「ヒトの真似事はもうしないのか?」
 途端、欠月は表情をつくった。薄く微笑む。
「これでいかがでしょうか?」
 その口調さえも、柔らかなものになった。今までの冷たい声とは違って。
「…………まあどちらでも良いがな。
 欠月よ、ではおまえに告げる」
「なんなりと」
「命を寄越せ」
 欠月は動揺すらしなかった。
 彼はわかっていたかのように「はい」と小さく頷く。
「その前に、一つうかがいたいことがございます」
「なんだ?」
「長……ボクには記憶など、元からないのでございましょう?」
「よく気づいたな」
「ではないかと、思っておりました」
 確信になったのは、つい最近のことだ。
 記憶が戻らないのは、そういう理由ではないのかと薄々気づいていたのだから。
 目覚めてからしばらくの自分のことを思い出せば、そうではないかと思い至るしかない。
 言葉もわからない。身体の動かし方もわからない。自分の顔を鏡で見ても実感がわかない。なにもかもわからない。
 これでは、まるで生まれたばかりの赤ん坊ではないか?
「話してもらえますか。冥土の土産に」
「よかろう。
 おまえは、我々が作った人造の魂だ」
「…………やはりですか」
「察しがついておったのか?」
「おかしいと思っておりました……いえ、そのような感情さえ、ヒトの真似ですが。
 ボクには感情などというものがなかった。ですから、目覚めてからは人間を観察し、その動作を真似るようになった」
「おまえは賢い。それが一番手っ取り早いのだと気づいておった」
「お褒めにあずかり、恐悦至極。
 人真似をすることが、人間社会に溶け込む一番の近道でしたゆえ」
 言葉も、動作も、感情すらも。
 人間の……他人の真似で得たものだ。
 パターンにしていけばいとも容易いことだった。
 こういう時にこういう反応をする。そうすればいい。
 それだけをおぼえた。
 そこに自分の感情はない。
 どう言えば相手が喜ぶか。
 どう言えば相手が悲しむか。
 どう言えば…………相手を怒らせるか。
 わかっていて、やっていた。
 それが一番簡単で、誰にも気づかれない。
 感情がないなんて。
 自分が、人真似をしているだけなんて。
「欠月、おまえの名前の由来……気づいておったか」
「…………我が名は、負の名。死へと帰属する名にございます」
「その通りだ。満ちることのない不完全な月。おまえは闇へと属する死人の名」
「…………」
「その肉体は、永い間氷に閉じ込められていた四代目当主……かづき……遠逆影築のもの」
 欠月はそれを告げられてもぴくりとも動かない。
 その脳裏には、夜な夜な訪れる悪夢。
 死にたくないと、死にたくないと告げる………………この肉体の持ち主の怨恨。
「心臓病でな、長くはなかった。文字通り、十代で世を去った。最期は、妖魔の氷に閉じ込められて息を引き取った」
「左様にございますか」
「封じられておったのだが…………」
「……なんらかの理由で、影築を閉じ込めていた氷が溶けた……ということですか」
「そうだ」
 影築はすでに死んでいた。動いたのは彼の無念の想いのせいだ。
 死にたくなかった。彼は。
 そして、さ迷い出てきて、車に轢かれた。
 その身体を遠逆が回収したのだ。
 欠月の魂を入れて、その肉体を生かした。
 病弱だった肉体そのものを、『無理に』強化して。
「おまえは保険だったのだ、欠月」
「それも、なんとなくわかっておりました」
 憑物封印の前任者である四十四代目のことを、誰も口にしない。失敗した儀式のことすら。
 それはすでに『代わり』を用意していたからだ。『遠逆欠月』という贄がすでに用意されていたからだ。
「四十四代目は……あやつの血は、少し問題のあった者の血を濃く継いでおるゆえな…………無理ではないかと思っていた」
「だからボクを造ったのですね。その時のために」
「運命だと思ったのだ。元々影築の肉体を使うつもりではいた。だが我々が使おうと思っていた時期より前に影築は氷から解放された……。
 四十四代目が失敗し、その時のためにおまえを使えと……天よりの思し召しかと思ったほどだ」
 この老人は、確信めいた予感を持っていたのだ。
 四十四代目が失敗すると。
 そしてそれは現実になった。
「……いつ気づいた? 自分が造られた存在だと」
「三ヶ月ほど前から……。肉体と魂の連結が外れ始めてからです」
 無理に繋げていた魂と肉体の鎖。
 鎖は劣化し、次第に肉体制御をできなくさせていたのだ。
 元々欠月の肉体ではないので仕方がないことだ。
 指が、腕が、足が、顔が。
 動かなくなってきて、欠月は自分の死期を悟っていた。
 元々長くは動かないのだろう、この身体は。欠月が憑物封印を完遂させるかどうかは、一種の賭けだったはずだ。
「思う通りに動かせなくなってきていたので、そうではないかと思いまして」
 肉体と魂の連結が外れれば外れるほど、肉体を生かそうと欠月の身体は強力な治癒力を発揮していたが、それは気休めにしかならない。
 徐々に冷たくなっていく指先を見ながら欠月は考えていたのだ。
 蘇らない記憶。欠陥のある肉体。感情まで存在しない者など、正常な『人間』ではないと。
「では、よいのだな?」
「御意。
 元より、ボクはこの時のために存在していた幻にございます」
 欠月は指をつき、深く頭をさげた。



 愕然とするしかない。
 欠月が造られた存在だったとは。
 何があっても驚かないと決めていたが、無理だった。
「憑物封印は……?」
「それも長に聞いた。
 憑物封印は我が一族を退魔士として存続させる契約の儀式。代々『四』のつく当主が贄になる」
「四……」
 そう、目の前にいる欠月は四代目当主『影築』の肉体を使用しているのだ。
「殺せと命じられたが、東京で世話になった礼だ。ボクの記憶を寄越せば、命は助けてやる」
 淡々と告げる欠月の瞳に感情の揺れはみられない。
 ただ告げているだけだ。
「俺を殺すなんて……冗談だろ?」
 彼の肉体はすでに死んでいる? 彼の魂は造られたもの? もう死んでしまう?
 では北斗が「信じていた」という欠月はなんだったのだ?
「今のおまえが、演じてるほうなんだろ? なあ?」
「欺く必要はもうない。おまえはボクのことを忘れる。今さら演じる必要はないだろう?」
「…………」
 そんなバカなことって……。
 ああだが。
 欠月の手の冷たさを北斗は知っている。
 あの頃にはもう、欠月は気づいていたということになる。そういえば時々指先をじっと見ていた。
 あれは……。
(うまく動かなかったから……?)
 身体の不調を欠月は巧妙に隠していたということになる。まさかあの時の風邪もそれが原因では……? そう考えると妙にしっくりした。
 欠月はにこりと微笑んだ。それは北斗がよく知っている笑顔だったが、今は違うものとしか思えない。
「なんだったら演じてやろうか? おまえが知っている『欠月』を。
 全てを忘れる前に、そのくらいの願いならきいてやる」
 今までの彼の行動は……全て「嘘」だったのだ。
 あの笑顔も。あの振る舞いも。
 彼は表情を完全に消して北斗に刃を突きつける。
「さあ選べ。
 忘れるか、
 ――――――それとも死ぬか?」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【5698/梧・北斗(あおぎり・ほくと)/男/17/退魔師兼高校生】

NPC
【遠逆・欠月(とおさか・かづき)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、梧様。ライターのともやいずみです。
 記憶喪失の顛末と、「誕生の秘密」が語られました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!