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■CallingU 「頭蓋・あたま」■

ともやいずみ
【5566】【菊坂・静】【高校生、「気狂い屋」】
 憑物封印を終えて帰ったはずの遠逆の退魔士。
 なのに、なぜ。
 いま、目の前にいるのだろうか?
 どうして、そんな冷たい目で見ているのか。
 憑物封印はどうなったのか?
 そして、失われた記憶は戻ったのか?
 その謎がいま、明かされる……!
CallingU 「頭蓋・あたま」



 侵食されていく……。
 右手首をおさえて家を飛び出した菊坂静は荒い息を吐き出した。
 静の内側には、静ではないモノが存在している。
 他の人を巻き込みたくなかった。だから家を出た。
 視界が霞む。
(だ、め……だ。しっか……り)
 意識を、持たなくちゃ……。
 このまま倒れてしまえばいいのに。
 このまま……楽になれれば……。
(だ、め……)
 そんなこと……。
 流れていく血。右手首から出たそれは指先を伝い、地面に落ちる。
 壁に手をついて休む静は、暗い道の真ん中に誰かが立っていることに気づいた。
 目を、見開く。
(欠月さ……ん)
 どうして、という疑問よりも嬉しさが胸を占める。
 見慣れた濃紫の制服姿の彼は、静に別れを告げた時と同じように冷たい表情だ。
(冷たい目……)
 欠月には、笑っていてほしいのに。
 嫌われる理由は、たくさんある。それでも…………。
(僕は……)
「欠月さん」
 声をかけた瞬間、欠月はすぐさま構えた。影の武器は矛の形へと成る。
 攻撃する気だ、こちらを。
 静はごくりと喉を鳴らし、今の考えを追い払う。
 嘘だ。欠月が自分を攻撃するなんてこと……。いくらなんでもそれは変だ。
「あ、の……」
「静君」
 欠月の声は瞳と同じく冷たい。
「ボクに関する記憶……消させてくれないか」
「……は?」
 なにを言う?
「忘れてくれれば命まで、奪いはしない」
 目を見開く静は緩く首を振る。
「ど、うしたんですか? いつも、笑顔だったじゃないですか……。なにか……あったんですよね?」
「…………べつに何もない」
 寒い。右手首から流れる血のせいもあるが……とても寒い。
 悪い夢をみているようだ。
「実家で……何かあったんですか? そう、ですよね?」
 お願いだから!
(そうだよって言ってください、欠月さん!)
 矛を構えたまま、欠月は呟く。
「何もないと、言っているだろ」
「嘘です……だって、こんなに態度が違うのに……」
「……やはり納得しないか。いいだろう。話してやる」
 彼の言葉に静は深呼吸する。聞いてはいけないと、頭のどこかで誰かが囁く。
 だがそう。
 人間というものは、好奇心には勝てない。
 なにより静は欠月の豹変の理由を知りたがっているのだ。自分を嫌いならばそれでもいい。けれども、きちんと理由が知りたい。自分のせいだと思うのは簡単だ。ならばその嫌われたところを改善したいと思う。
「納得すれば、記憶を差し出す気になるだろう」
 静かに言う欠月は、表情を動かしもしなかった。



 欠月は、正座していた。畳はとても冷たい。
 とうとう終わったのだ。
 彼に与えられた仕事は、終わった。
 新しい当主がたてられていない今、遠逆家を動かしているのは奥に座っているあの老人だ。
「ようやった。欠月よ」
「ありがたきお言葉」
 欠月は面をあげて、巻物をずいっと前に押し出す。
「お望みの東の逆図にございます」
「…………おまえの目に適うほどのモノたちだな」
「左様にございます」
 淡々と喋る欠月には表情などない。一切ない。
 老人は笑った。
「ヒトの真似事はもうしないのか?」
 途端、欠月は表情をつくった。薄く微笑む。
「これでいかがでしょうか?」
 その口調さえも、柔らかなものになった。今までの冷たい声とは違って。
「…………まあどちらでも良いがな。
 欠月よ、ではおまえに告げる」
「なんなりと」
「命を寄越せ」
 欠月は動揺すらしなかった。
 彼はわかっていたかのように「はい」と小さく頷く。
「その前に、一つうかがいたいことがございます」
「なんだ?」
「長……ボクには記憶など、元からないのでございましょう?」
「よく気づいたな」
「ではないかと、思っておりました」
 確信になったのは、つい最近のことだ。
 記憶が戻らないのは、そういう理由ではないのかと薄々気づいていたのだから。
 目覚めてからしばらくの自分のことを思い出せば、そうではないかと思い至るしかない。
 言葉もわからない。身体の動かし方もわからない。自分の顔を鏡で見ても実感がわかない。なにもかもわからない。
 これでは、まるで生まれたばかりの赤ん坊ではないか?
「話してもらえますか。冥土の土産に」
「よかろう。
 おまえは、我々が作った人造の魂だ」
「…………やはりですか」
「察しがついておったのか?」
「おかしいと思っておりました……いえ、そのような感情さえ、ヒトの真似ですが。
 ボクには感情などというものがなかった。ですから、目覚めてからは人間を観察し、その動作を真似るようになった」
「おまえは賢い。それが一番手っ取り早いのだと気づいておった」
「お褒めにあずかり、恐悦至極。
 人真似をすることが、人間社会に溶け込む一番の近道でしたゆえ」
 言葉も、動作も、感情すらも。
 人間の……他人の真似で得たものだ。
 パターンにしていけばいとも容易いことだった。
 こういう時にこういう反応をする。そうすればいい。
 それだけをおぼえた。
 そこに自分の感情はない。
 どう言えば相手が喜ぶか。
 どう言えば相手が悲しむか。
 どう言えば…………相手を怒らせるか。
 わかっていて、やっていた。
 それが一番簡単で、誰にも気づかれない。
 感情がないなんて。
 自分が、人真似をしているだけなんて。
「欠月、おまえの名前の由来……気づいておったか」
「…………我が名は、負の名。死へと帰属する名にございます」
「その通りだ。満ちることのない不完全な月。おまえは闇へと属する死人の名」
「…………」
「その肉体は、永い間氷に閉じ込められていた四代目当主……かづき……遠逆影築のもの」
 欠月はそれを告げられてもぴくりとも動かない。
 その脳裏には、夜な夜な訪れる悪夢。
 死にたくないと、死にたくないと告げる………………この肉体の持ち主の怨恨。
「心臓病でな、長くはなかった。文字通り、十代で世を去った。最期は、妖魔の氷に閉じ込められて息を引き取った」
「左様にございますか」
「封じられておったのだが…………」
「……なんらかの理由で、影築を閉じ込めていた氷が溶けた……ということですか」
「そうだ」
 影築はすでに死んでいた。動いたのは彼の無念の想いのせいだ。
 死にたくなかった。彼は。
 そして、さ迷い出てきて、車に轢かれた。
 その身体を遠逆が回収したのだ。
 欠月の魂を入れて、その肉体を生かした。
 病弱だった肉体そのものを、『無理に』強化して。
「おまえは保険だったのだ、欠月」
「それも、なんとなくわかっておりました」
 憑物封印の前任者である四十四代目のことを、誰も口にしない。失敗した儀式のことすら。
 それはすでに『代わり』を用意していたからだ。『遠逆欠月』という贄がすでに用意されていたからだ。
「四十四代目は……あやつの血は、少し問題のあった者の血を濃く継いでおるゆえな…………無理ではないかと思っていた」
「だからボクを造ったのですね。その時のために」
「運命だと思ったのだ。元々影築の肉体を使うつもりではいた。だが我々が使おうと思っていた時期より前に影築は氷から解放された……。
 四十四代目が失敗し、その時のためにおまえを使えと……天よりの思し召しかと思ったほどだ」
 この老人は、確信めいた予感を持っていたのだ。
 四十四代目が失敗すると。
 そしてそれは現実になった。
「……いつ気づいた? 自分が造られた存在だと」
「三ヶ月ほど前から……。肉体と魂の連結が外れ始めてからです」
 無理に繋げていた魂と肉体の鎖。
 鎖は劣化し、次第に肉体制御をできなくさせていたのだ。
 元々欠月の肉体ではないので仕方がないことだ。
 指が、腕が、足が、顔が。
 動かなくなってきて、欠月は自分の死期を悟っていた。
 元々長くは動かないのだろう、この身体は。欠月が憑物封印を完遂させるかどうかは、一種の賭けだったはずだ。
「思う通りに動かせなくなってきていたので、そうではないかと思いまして」
 肉体と魂の連結が外れれば外れるほど、肉体を生かそうと欠月の身体は強力な治癒力を発揮していたが、それは気休めにしかならない。
 徐々に冷たくなっていく指先を見ながら欠月は考えていたのだ。
 蘇らない記憶。欠陥のある肉体。感情まで存在しない者など、正常な『人間』ではないと。
「では、よいのだな?」
「御意。
 元より、ボクはこの時のために存在していた幻にございます」
 欠月は指をつき、深く頭をさげた。



 愕然とするしかない。
 欠月が造られた存在だったとは。
「憑物封印は……?」
「それも長に聞いた。
 憑物封印は我が一族を退魔士として存続させる契約の儀式。代々『四』のつく当主が贄になる」
「四……」
 そう、目の前にいる欠月は四代目当主『影築』の肉体を使用しているのだ。
「殺せと命じられたが、東京で世話になった礼だ。ボクの記憶を寄越せば、命は助けてやる」
 淡々と告げる欠月の瞳に感情の揺れはみられない。
 ただ告げているだけだ。
「う、嘘……ですよね?」
 彼の肉体はすでに死んでいる? 彼の魂は造られたもの? もう死んでしまう?
 今まで静が見ていた欠月は、なんだったのだろう? 偽りだったのか?
「事実だ。おまえが慕っていた『遠逆欠月』はボクが周囲を欺くために演じていたものに過ぎない」
「そ、んな……」
「あの口調と性格は情報収集をするには便利で、よく利用していた。まさか……慕われてしまうとはな」
 静は涙が浮かんでくるのを感じた。
 だが、辻褄が合う。
 静を怖くないと言い切ったのも、心を読む妖魔の天敵というのも。
(それを感じる『心』がないから……?)
 欠月はにこりと微笑んだ。それはいつもの笑顔だったが、今は違うものとして静の目には映った。
「素直に記憶を渡すなら、おまえが慕っていた『欠月』を演じてやろう。おまえの望む言葉も言ってやる。おまえの望むこともしてやろう。
 全て忘れたほうが楽になれる。簡単なことだろう?」
 今までの彼の行動は……全て「嘘」だったのだ。
 あの笑顔も。あの振る舞いも。
 彼は表情を完全に消して静に刃を突きつける。
「さあ選べ。
 忘れるか、
 ――――――それとも死ぬか?」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【5566/菊坂・静(きっさか・しずか)/男/15/高校生・「気狂い屋」】

NPC
【遠逆・欠月(とおさか・かづき)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、菊坂様。ライターのともやいずみです。
 記憶喪失の顛末と、「誕生の秘密」が語られました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!