コミュニティトップへ



■魂籠〜雪蛍〜■

霜月玲守
【0604】【露樹・故】【マジシャン】
 携帯電話の普及は、止まる所を知らない。
 パソコン並みの機能を搭載した携帯電話が続々と登場し、今となっては電話をかけたりメールをしたりするだけではないものが殆どとなった。昔は単音だった着信メロディも、今や何十音にもなっている。モノクロだった画面も、カラー画面になったのはもちろんの事、解像度は新しいものが出るたびに増え続けている。
 そうなってくると、当然のように増えていくのが携帯電話専用サイトである。
 着信メロディや画像をダウンロードしたり、ショッピングやオークションを楽しんだり、チケットの予約やホームページを楽しんだりする事もできる。
 そうして、ゲームも。
 最近話題になっている携帯サイト「天使の卵」は、メールコミュニケーション育成、という携帯電話ならではとも言えそうなゲームジャンルを銘打っていた。そのゲームを提供しているのは、株式会社HIKARIとある。
 何処にある会社なのかは、良く分からない。携帯電話のサイトを提供する会社を詳しく調べようとする人間など一握りもいるかどうかくらいであり、大半は気にもしない。肝心なのは、提供されているゲームそのものだからである。
 その内容とは、メールアドレスを登録して卵を受け取る。その卵は、定期的に送られてくるメールに特定の返信したり、載っているアドレスにアクセスして様々なイベントをこなしたりする事により、最終的にその人だけの天使が生まれるというものである。その天使はアプリとしてダウンロードでき、毎日占いや天気予報、はたまたキャラ電話などもできると言うものなのだった。卵の時にやっていたミニゲームも、可能だという。
 ゲーム「天使の卵」は、今はまだテスト期間だと書いてあった。そのため、一度に限り卵の育成を無料でさせてくれるのだとも。ゲームのサイトではよくある事である。
 だが、そんな「天使の卵」で卵を育てた者達に異変が起きていた。何人かが、理由が全く分からない意識不明に陥ってしまったのである。勿論、何も起きなかった者もいる。本当に、幾人かだけがそのような状態に陥ってしまったのである。
 共通点は、ただ一つ。彼らは皆「天使の卵」にて卵から天使を生じさせていたのだが、その証拠ともいえる天使のアプリが携帯に残されていなかったのであった。
魂籠〜雪蛍〜


●序

 必要なのは、仄かな光。

 携帯電話の普及は、止まる所を知らない。
 パソコン並みの機能を搭載した携帯電話が続々と登場し、今となっては電話をかけたりメールをしたりするだけではないものが殆どとなった。昔は単音だった着信メロディも、今や何十音にもなっている。モノクロだった画面も、カラー画面になったのはもちろんの事、解像度は新しいものが出るたびに増え続けている。
 そうなってくると、当然のように増えていくのが携帯電話専用サイトである。
 着信メロディや画像をダウンロードしたり、ショッピングやオークションを楽しんだり、チケットの予約やホームページを楽しんだりする事もできる。
 そうして、ゲームも。
 最近話題になっている携帯サイト「天使の卵」は、メールコミュニケーション育成、という携帯電話ならではとも言えそうなゲームジャンルを銘打っていた。そのゲームを提供しているのは、株式会社HIKARIとある。
 何処にある会社なのかは、良く分からない。携帯電話のサイトを提供する会社を詳しく調べようとする人間など一握りもいるかどうかくらいであり、大半は気にもしない。肝心なのは、提供されているゲームそのものだからである。
 その内容とは、メールアドレスを登録して卵を受け取る。その卵は、定期的に送られてくるメールに特定の返信したり、載っているアドレスにアクセスして様々なイベントをこなしたりする事により、最終的にその人だけの天使が生まれるというものである。その天使はアプリとしてダウンロードでき、毎日占いや天気予報、はたまたキャラ電話などもできると言うものなのだった。卵の時にやっていたミニゲームも、可能だという。
 ゲーム「天使の卵」は、今はまだテスト期間だと書いてあった。そのため、一度に限り卵の育成を無料でさせてくれるのだとも。ゲームのサイトではよくある事である。
 だが、そんな「天使の卵」で卵を育てた者達に異変が起きていた。何人かが、理由が全く分からない意識不明に陥ってしまったのである。勿論、何も起きなかった者もいる。本当に、幾人かだけがそのような状態に陥ってしまったのである。
 共通点は、ただ一つ。彼らは皆「天使の卵」にて卵から天使を生じさせていたのだが、その証拠ともいえる天使のアプリが携帯に残されていなかったのであった。


●始

 飛び散りし欠片の如く。


 ゴーストネットには、日々たくさんの書き込みがなされている。管理人にとって、盛況なのは嬉しいかもしれないが、その分無法地帯のようになってしまっている感があるのも否めない。
「どこから仕入れてきたんですかね?」
 パソコンの画面をぱちんと軽く弾きながら、露樹・故(つゆき ゆえ)は苦笑交じりに呟いた。ゴーストネットに書き込まれている記事の殆どは、本当に困っているとは思えぬものばかりだ。
 なんでもないことを大げさに言い、それで全てを作り上げようとしているかのようだ。それで何が得られるというのだろうか。
「まあ、俺もその中の一人かもしれませんけど」
 故は自嘲気味にマウスを滑らす。こうしてそのような虚構によって作り上げられた世界を、自分もこうして垣間見ているのには違いない。
 そんなたくさんのスレッドの中から、故はふと一つの記事を見つける。
 携帯ゲーム「天使の卵」について。
 そう題された記事は、いつもならば気にもしないものだった。それなのに、何となく気になり、内容を確認する。
「これは」
 故は呟き、記事をじっと見つめる。
 そこに書かれていたのは、携帯電話のゲームアプリ「天使の卵」で遊んでいた友人が、突如意識不明に陥ってしまったというものである。意識不明になってしまった原因は、全く分からない。ただ、意識を失った後に携帯を確認すると、その「天使の卵」がなくなってしまっていたというものなのである。
「携帯電話のゲーム、ですか」
 故は自分の携帯電話をすっと取り出し、画面を見つめる。特に何があるというものでもなく、いつもどおりの待ち受け画面がそこにはあった。
 何事もなく。
(良く、似ていませんかね?)
 故はぼんやりと思い出す。忌々しいと思っていた、最終的には自分とは異なる道を選んでしまった、その存在を。
(俺は結局、最終的な嫌がらせができませんでしたからね)
 今でも目に焼きついている、橙色のイメージ。その中で消えていった歪んだ存在。蔑みと嘲笑を含んでいたその者を、どうして忘れる事ができようか。
(違っているなら、それでも結構。でも、もし俺の予想が合っているならば)
 故は記事を見つめ、くつくつと笑った。
「もう一度、会えるのならば会いたいものですよ」
 故はそう言い、ぎゅっと携帯電話を握り締める。その言葉に裏はないが、かといって純粋なものでもなかった。
「おや」
 ヴヴ、というバイブを手に感じ、故は携帯電話を確認する。それを見、思わず故は苦笑を交える。
「まるで、どこかで見ているようなタイミングですね」
 携帯電話が着信したのは、株式会社HIKARIからのメールであった。件の「天使の卵」に関するもので、現在テスト期間中なので是非やってみて欲しいという内容であった。
(望むからと言って与え、じわりじわりと侵食してくるようですね)
 それもまた、よく似ていると故は感じた。とてもよく、似通っていると。故がこの「天使の卵」について調べたいと思っていたら、タイミングよくメールが来る。
 故が「天使の卵」を求めているのを、察知しているかのように。
 メールについていたアドレスをクリックし、サイトに接続する。そこにはカラフルな文字と可愛らしい絵が並んでおり、真ん中に「ただいまテスト期間中」という文字がぴかぴかと光っていた。また「お一人様一回に限り、天使の育成が無料で出来ます」とも。
(軽々しく、天使を育成するなんていって欲しくないですけどね)
 故は苦笑交じりに画面を見つめ、ダウンロードと書いてあるボタンをクリックする。しばらく待つと、ダウンロード完了のお知らせと共に「起動しますか?」という問いが画面上に出てきた。
「さて。生まれる天使に必要なものは、何でしょうね?」
 はい、をクリックしてから起動中になった画面を見つめ、故は呟く。天使を育て、生まれさせるというからには何らかのものが必要となるはずだ。
(何を貪りつくして、産声をあげるんですかね?この、天使とやらは)
 画面が光り、可愛らしい天使の絵と共に「スタート」ボタンが表示された。故は迷わずそれをクリックし、ゲームをスタートする。
 始めてすぐ、卵の選択を強いられた。故が適当な一つを選ぶと、画面に「名前をつけてください」という文字が出てきた。
「名前、ですか」
 故は小さく呟き、それからゆるりと携帯のボタンをカタカタと打った。
 キョウ、と。


●動

 望みは淡い思いを経て。


 携帯ゲームアプリ「天使の卵」は、電話やメールをする度に成長するというものであった。勿論、アプリを立ち上げて直接言葉をかけたりしてやっても成長をする。その時の気持ちによって、相当する記号を卵が出してくる。
 愛情ならばハート、興味ならば星、嫌だったら髑髏、疑問だったらハテナマークなどといったものだ。
 そうして自分好みの記号をたくさん出していき、少しずつ自分だけの天使を育てていくのである。
「この選択肢というのは、なかなか曲者ですね」
 故は呟き、携帯画面を見つめる。アプリを立ち上げ、話しかけると時折質問を問いかけてくるのだ。今、故が投げかけられた質問は「生まれ変わりってあると思う?」だった。
「生まれ変わりだなんて」
 故は思わず嘲笑する。輪廻というものがあるとでも言うのだろうか。あるのだとしても、長い生を生きる故に何か関係するとでも言うのだろうか。
(それでも、過去に出会った人には今一度出会いたいと、思わなかったわけではないですが)
 だからこそ、このようなアプリにさえ気にかけてしまうのだ。会ってどうしたいか、までは考えていないが。
 故はしばらく考えた後、小さく「ちょっとニュアンスが違いますけど」と呟きながら「ある」を選ぶ。
 再び出会う事が出来そうな選択肢は、こちらであったから。
 しかし、生まれ変わったからといって本人であるとは到底いえないだろう事も承知していた。実際にこのアプリを進め、キョウと再び会うことが出来たとしても、それは既にキョウ本人だと果たして言えるかどうかは分からない。
 キョウは橙色の世界の中、幸せに包まれて消えていったのだから。
(俺の嫌がらせも、拒否して)
 今まで自らが起こした事をなんとも思うことなく、ただただ自分の欲望の為に勝手な行動を起こしていた。
 虚ろと思っていたその姿も、結局は己の野望を全うするためのものだった。
(本当に、嫌というほど思い出させる)
 ぴろろん、と故が選んだ選択肢によって、アプリの中の卵が音を出した。星マークが出ている辺り、興味を引かれたのだろう。
(俺に興味、ですか)
 故は鼻で笑う。興味を引かれて、それでどうしようというのだろうか。実際に天使を生まれさせるというが、それに至るまでにこうした問答を何度も繰り返していくのだろう。その中でどうして「生まれ変わり」が必要だというのか。
 他にも引っかかる選択肢はたくさんあった。家族はいますかだとか、恋人はいますかだとか、友人はいますかだとか。余計なお世話だと言わんばかりの選択肢だ。
 加えて、一番引っかかったのは「今、会いたい人はいますか?」だ。
(どうしてそう、周りから攻めていくんでしょうね)
 故は思わず苦笑する。
(会いたい人がいると答えたからと言って、会わせてくれるわけではないでしょうし)
 もしそうならば、素晴らしいアプリだ。否、既にアプリの域を超えてしまっているだろう。何しろ、今会いたい人に会わせてくれるのだから。一時の夢かもしれないが、それでも会えたら喜ばしい人が何人もいるはずだ。
「……ちょっと、待ってください」
 故はふと気付く。
 もし、一時でも会いたい人に会ってしまったらどうなるのだろうか。ずっとその人と一緒にいたいと考えるのが、普通ではなかろうか。
 でなければ、また会うことが出来るとは限らないのだから。
「そういう、事ですかね?」
 故は呟き、じっとアプリ画面を見つめる。故が適当に選んだ卵が、もごもごと動いている。可愛らしいアニメーションだが、その卵の中に入っているものが可愛らしいものだとはどうしても思えない。
 会いたい人というものを、その殻の中で形成しているのかもしれないのだから。
「もしそうならば、意識不明に陥った人とそうではない人がいるのも納得できます。意識不明に陥った人は会いたかった人とずっと一緒にいたいと思った人で、そうならなかった人は現実世界に戻ることを選んだ人……」
 符合する状態に、故はじっと考え込む。後気にかかるといえば、意識不明に陥った後、携帯電話から「天使の卵」のアプリがすっかりなくなってしまっているという点だ。
(意識を取り込まれていくのならば分かりますが、無くなる必要があるんでしょうか?)
 どこかに行ったと言うのならば、一体何処に行ったというのだろうか。この「天使の卵」を提供している「株式会社HIKARI」が回収しているとでも言うのだろうか。
「と言っても、おそらくは実在しない会社でしょうが」
 故は呟き、苦笑する。それは勘ではあったが、確かな予感を伴ったものだ。このような怪しげなアプリケーションを提供する会社が実在しているとは、到底思わなかった。本当にあるのならば、もっと別の動きがあってもいいはずだ。意識不明者の共通点がゲームにあるというのならば、マスコミがそれを放っておくとは考えられない。実在するのならば、その会社自体に直接インタビューなり取材なりを申し込んでいるだろう。
 だが、それらの動きは全く見られない。つまり、裏が取れないからだと思われる。
 故が考え込んでいると、ぴろろん、と軽快な音が響いてきた。携帯画面を見ると、卵に小さなひびが入っていた。
「ついに、誕生ですか」
 故は画面の中の卵を見つめ、小さく笑った。冷たい眼差しで。


●光

 目の前の現実すら、疎かになる。


 卵に入ったひびは、びくびくと卵が揺れるたびに大きくなっていく。
「ついに、天使とやらと御対面ですね」
 故はそう言い、じっと携帯電話画面を見つめる。小刻みに震え続ける卵から、小さな光が漏れてくる。
 卵が、孵るのだ。
(出てくるのは、一体何なんでしょうね?)
 提示された様々な選択肢を選んでいった果てに辿り着くのは、果たして何なのだろうかと故は思う。一番会いたい人が出てくるのならば、それはどのような姿なのだろうかと。
(俺の目の前に出てくるとするならば)
 卵の上部がゆっくりとあがる。ついに、出てくるのだ。光は画面いっぱいに広がっていき、ゆっくりと収まっていく。
 そして出てきたのは、全身を黒で固めた青年であった。ドットで描かれていたが、それが一体何者なのかだなんて、故には嫌というほど分かっていた。
 故は小さく笑う。目は全く笑っていない。
「再び会えましたね、キョウ」
 故が呟くと、生まれたばかりのキョウの下に会話窓が出てきて、文字が刻まれる。
「甦らせてくれて、有難う」
「甦らせる?」
 思わず故は怪訝そうに呟く。単なるプログラムを組まれただけのコンピュータが、このような台詞をはくだろうか?普通に考えれば、卵から孵ったのだから「生まれさせてくれて」だとか「孵してくれて」といった言葉が出てくるのではないか。
 それなのに「甦らせて」だなんて。
「……まさか、本当にキョウだとでも?」
 故の問いかけに、キョウはただ微笑んだ。ドットの粗い絵だというのに、微笑んでいるのが分かった。
 それも、見た覚えのある不愉快さを伴う微笑みを。
「本当に、キョウ、なのですか?」
 キョウは微笑む。頷く事も、肯定する事もない。ただ、その場で微笑んで佇むだけだ。
「キョウ」
 故が何かを言おうとして口を開いたその瞬間、再び窓に文字が刻まれる。
「僕と一緒に、来ない?」
 故がその問いに答えるまもなく、一瞬にして辺りが真っ暗になってしまった。故はさして取り乱す様子も無く、ゆっくりと辺りを見回す。
 暗い、黒い、何も無い空間。
 そんな中、目の前に空間と同じく黒を纏った青年が立っていた。先ほどまで見ていた、ドットの粗い絵などではない。
 見覚えのある、黒髪に虚ろな黒の目、全身に纏うは黒の青年。
「相変わらず、強引ですね」
 故は「相変わらず」という言葉を使ってから、ふと気付く。目の前の青年が本当に「キョウ」であるかどうかは分からないのに、本人だというような「相変わらず」という言葉を使ってよいものだっただろうか。
 目の前の青年はそのような故の戸惑いを見透かすように小さく歪んだ笑みを浮かべ、口を開く。
「僕は、別に強引なわけじゃないよ」
「俺の返事を待たず、勝手につれてくるのがどうして強引じゃないと?」
 口調まで、言葉まで、よく似ていると思いながら故が反論すると、キョウは静かに口を開く。
「だって、願っていたから。ここに、僕の傍に来たいと、願っていたから」
 故は「はっ」と笑いを漏らす。目の前のキョウは、偽者とするには良くできすぎていた。本人と言っても、何ら問題が無いほど。
「その、あくまでも他者を理由にするところも相変わらずですか」
「僕は願いを叶える者だから」
 キョウが笑う。虚ろな目で、歪んだ笑みを浮かべて。故は確信する。
 目の前にいるのは、紛れも無くキョウ、だと。
 故はくつくつと笑い、手をぐっと握り締める。
「本物、ですか」
 故の言葉に、キョウは肯定も否定もしない。ただ歪んだ笑みを浮かべたまま、じっと故を見つめている。
「今度こそ、俺の嫌がらせを受けてもらいましょうか」
 故はそう言い、じっとキョウを見つめる。キョウは表情を崩さぬまま、故を見ている。虚ろな目で、ただじっと。
「自分の願いを叶えさせ、さぞ満足だったでしょう?ですが、それで綺麗に終われたとでも思っているのですか?」
 キョウは答えない。
「君が俺の事を嫌いだったのは知ってます。だからこそ、俺は」
 故はそう言い、ふと何かの違和感に気付いた。言葉を噤み、キョウを見つめる。
 キョウは、相変わらず虚ろな目で歪んだ笑みを浮かべている。
(違う……)
 雰囲気、というのだろうか。長い間、様々な事象に携わってきたからこそ気付いた、妙な違和感。
(これは、キョウであってキョウではない)
 虚ろだというのは、よく似ている。否、キョウそのものだといってもいい。だがしかし、キョウとは決定的に違うものが目の前のキョウにはあった。
 それは、故に対する視線。
 キョウは、故に対して虚ろながらも物欲しそうな目はしていない。肯定も否定もしないような、曖昧な事はしない。いつだって自らが何らかの役割を持っていることを伝え、それがいかに正当なものであるかを熱弁するのだ。
 このような、あるがままを受け入れるという事はしない。
「どうしたの?どうして、黙ってしまうの?」
 キョウの問いに、故は答えない。じっと、キョウを見つめるだけ。
「もっと、言いたい事を言えばいいじゃないか。僕は、こうしてここにいるんだから」
 キョウの言葉に、故は答えない。じりじりと間合いをつめていくだけ。
「僕に言いたい事があったんだろう?言えばいいじゃないか、やればいいじゃないか!」
 キョウの叫びに、故は氷のトランプでもって答えた。故の手から放たれた氷のトランプは、まっすぐにキョウの右肩に向かっていった。
 そしてそれは、ざくり、と音をさせて突き刺さった。
 キョウはゆるりと突き刺さったトランプを見、再び故の方を見た。虚ろな目から、物欲しさが増した貪欲な目に変わっている。
「どうして?」
 目を見開いて尋ねてくるキョウに、故は静かに口を開く。
「……キョウは、そんな風に尋ねてきたりはしません。キョウにとっては、全てが虚ろなんですから」
「僕が君の言うキョウじゃなくても、いいじゃないか。僕ならば、君の願いをも叶える事ができるというのに」
 キョウの言葉に、故は再び氷のトランプを放つ。今度は、左肩に突き刺さる。
「望み、願えばいいじゃないか!僕と一緒に、幻の彼方へと進もうと!」
「それは残念ながら、嫌がらせにはならないんですよ」
 故はまっすぐにキョウを捕らえ、冷たく笑う。ぞくりとする、故の笑み。
「僕ならば僕ならば僕ならば……!」
 キョウは叫び、まっすぐに故に向かって走ってきた。そこに、故の知るキョウの姿は無い。
 故は一つため息を漏らし、氷のトランプをキョウの全身に浴びさせた。ざすざす、と全身に氷のトランプが突き刺さる。
「本当に、良く似ていましたよ」
(いるだけで、不愉快さをもたらすところですとかね)
 故は心の中で呟き、そっと笑んだ。氷のトランプが突き刺さっているキョウの体がすう、と闇に溶けていく。
 それと同時に、真っ暗な空間から自分が元々いた場所へと、ゆっくりと戻っていくのであった。


●結

 いつしか進む、還るべき場所へと。


 故はこなれてきた目を何度か瞬きし、辺りを確認する。元通りの、自分がいた場所がそこにはある。
 ふと視線を落とすと、携帯電話が落ちていた。拾い上げて確認すると、アプリ「天使の卵」はなくなっていた。影も形も無い。
 故は小さく「やれやれ」と呟く。
「意識を取り込み、そしてどこかに連れて行こうとしていましたね」
 携帯電話を見つめながら、故は呟く。あの空間で、卵から孵ったキョウは確かに「一緒に来ないか」と言っていた。
 一緒にいようではない、一緒に来ないか、と。
(一体、何処に行こうというんでしょうね?)
 会いたい人に模倣し、そのまま取り込む。そして何処かへと連れ去る。そんな事をして、どうするというのだろうか。
「……誰か、望みでもあるというんですかね?」
 皆の願いを叶えていると豪語し、それを上手く利用して結局は自分の願いを叶えようとする。そんな事をやろうとしている存在が、何処かにいるというのだろうか。
 故はじっと携帯電話を見つめて考える。耳の奥に、キョウが叫んでいた「僕ならば」という言葉が響いている。
「君ならば、何が出来たというんです?」
 携帯電話に向かって故は小さく呟くと、そのままポケットに電話を押し込んだ。
 既に何の存在も残されていない、携帯電話を。

<蛍雪の如く儚き思いを抱き・終>


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【 0604 / 露樹・故 / 男 / 819 / マジシャン 】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
 お待たせしました、コニチハ。霜月玲守です。この度はゲームノベル「魂籠〜雪蛍〜」に参加いただき、本当に有難うございます。
 初めてのゲームノベルでしたが、如何だったでしょうか。久々にキョウと絡む場面を描かせていただきました。覚えていてくださって、有難うございます。
 このゲームノベル「魂籠」は全三話となっており、今回は第一話となっております。
 一話完結にはなっておりますが、同じPCさんで続きを参加された場合は、今回の結果が反映される事となります。
 ご意見・ご感想等、心よりお待ちしております。それではまたお会いできるその時迄。