■眠れる森の少女 〜少女との邂逅(全5話/第1話)■
いずみ風花
【1926】【レピア・浮桜】【傾国の踊り子】
眠れる森の少女(全5話/第1話)

 その森には、年の頃12・3歳の少女が現れるという。
 銀色の長い髪を揺らして、空を切るように歩く。
 少女は、出会った人にアメジストのほの暗い赤い瞳を向ける。
 その瞳は、とても悲しそうで。
 何かを訴えるように口は動いているのだけれど、何を言っているのかわからない。

 少女に明確な意思があるのか無いのか、ある程度話し終ると、森の奥を指差す。
 そうして、指差された方向へと消えて行くのだという。

 狩人が、少女に導かれるまま、森の奥へと分け入った。
 だが、帰っては来なかった。

 傭兵を名乗る6人ほどの小隊が、宝があると踏んで、やはり少女の導きで森の奥へと踏み込んだ。
 帰ってきたのは、全身傷だらけ、髪は真っ白になり、目は落ち着かなさげに辺りを見まわし、口角泡を飛ばして森の奥の話を口走った。目も眩むほどの財宝が、数え切れないほどのアンデッドと、巨大なアンデッドドラゴンに護られ、ある…と。
 近隣の村人の介護のかいなく、8日目に事切れた。事切れたその傭兵の骸は、瞬く間に黒く消し炭のようになって崩れたと言う。

 その話しは、吟遊詩人のサーガで、ソーンにじわじわと広がり、全盛期には何百という宝捜しの冒険家や、貴族豪族に雇われた傭兵団が、小さな村に押し寄せ、村は街になり、その発展は目覚ましかった。
 だが、森に入っていった男達は、ほとんど帰還する事が無かった。
 帰ってきた者は、最初の男と同じように、黒い消し炭のようになり命を落とす。帰らない者は、アンデッドの仲間入りをして、森を護る盾となった。
 宝を求める人の波は、5年もすると、ぱったりと途絶えた。
 ただのひとつも成功しなかったからだ。お宝の片鱗があれば、人の波は途絶えなかったかもしれない。だが、最初の男の話し以外は、誰も宝の話しを持ちかえらなかったのだ。
 
 交通の要でも無い、森に近い穏やかな村だったのだ。街は、発展したのと同じように、急速に寂れて行った。
 けれども、一度活気のある空気に浸った村は、その寂れ方に我慢がならなかった。

 アンデッドを排除し、アンデッド・ドラゴンを倒し、宝を手に入れて、あわよくば宝の眠る場所を観光地化したいと。
 それが、どれほど強欲な話しでも、村人にとっては切実な問題であった。




 
 全5話予定。プレイング次第で、ラストが変化致します。よろしくお願い致します。
 
 1話〜少女との邂逅
 2話〜アンデッドとの戦い
 3話〜アンデッド・ドラゴンとの戦い
 4話〜廃墟の捜索
 5話〜眠れる森の少女


 参加人数 5人前後〜 人数に満たない場合は一端下げさせていただきます事をご了承下さい。
 NPCは基本的には参加致しません。
眠れる森の少女〜少女との邂逅〜(全5話/第1話)

 その森には、年の頃12・3歳の少女が現れるという。
 銀色の長い髪を揺らして、空を切るように歩く。
 少女は、出会った人にアメジストのほの暗い赤い瞳を向ける。
 その瞳は、とても悲しそうで。
 何かを訴えるように口は動いているのだけれど、何を言っているのかわからない。

 少女に明確な意思があるのか無いのか、ある程度話し終ると、森の奥を指差す。
 そうして、指差された方向へと消えて行くのだという。

 狩人が、少女に導かれるまま、森の奥へと分け入った。
 だが、帰っては来なかった。

 傭兵を名乗る6人ほどの小隊が、宝があると踏んで、やはり少女の導きで森の奥へと踏み込んだ。
 帰ってきたのは、全身傷だらけ、髪は真っ白になり、目は落ち着かなさげに辺りを見まわし、口角泡を飛ばして森の奥の話を口走った。目も眩むほどの財宝が、数え切れないほどのアンデッドと、巨大なアンデッドドラゴンに護られ、ある…と。
 近隣の村人の介護のかいなく、8日目に事切れた。事切れたその傭兵の骸は、瞬く間に黒く消し炭のようになって崩れたと言う。

 その話しは、吟遊詩人のサーガで、ソーンにじわじわと広がり、全盛期には何百という宝捜しの冒険家や、貴族豪族に雇われた傭兵団が、小さな村に押し寄せ、村は街になり、その発展は目覚ましかったという。
 だが、森に入っていった男達は、ほとんど帰還する事が無かった。
 帰ってきた者は、最初の男と同じように、黒い消し炭のようになり命を落とす。帰らない者は、アンデッドの仲間入りをして、森を護る盾となってしまったのだった。
 そうして、5年もすると、宝を求める人の波は、ぱったりと途絶えた。
 ただのひとつも成功しなかったからだ。お宝の片鱗があれば、人の波は途絶えなかったかもしれない。だが、最初の男の話し以外は、誰も宝の話しを持ちかえらなかったのだ。
 
 交通の要でも無い、森に近い穏やかな村だったのだ。街は、発展したのと同じように、急速に寂れて行った。
 けれども、一度活気のある空気に浸った村は、その寂れ方に我慢がならなかった。

 アンデッドを排除し、アンデッド・ドラゴンを倒し、宝を手に入れて、あわよくば宝の眠る場所を観光地化したいと。
 それが、どれほど強欲な話しでも、村人にとっては切実な問題であった。








 宝森の村ヴァゴ。そう呼ばれてから5年が経つ。
 かつては、ただの小集落の村であり、村の名前すら、無かったような小さな村だった。森を開墾し、村民が食べるのに精一杯の作物を作って暮らしていた。身を隠すように。
 その祖は、いずれかの覇権争いの果て破れて逃れた一族であるともいうが、そんなものを立証するような品も無い。ただ、街を避けるかのように、ひっそりと暮らし、それなりに繁栄し、何処にでもある村のように、ゆっくりと時は流れるはずだった。
 だが、村人すら入り込まない森の奥の奥へと分け入った狩人から、村の平安は失われる。宝捜しに夢中になった人々が押し寄せ、森は切り開かれ、ほそぼそとした畑は踏みしだかれ、誰も泊まらない宿屋が目立つ、酷く空虚な、廃墟のような村に落ちるのに時間はかからなかった。

 目の落ち窪んだ初老の男性が、その細い身体を小さく折り曲げて、久し振りに、森に入ってくれるという人々に頭を下げた。
 村に、若者の姿が無い事に、最初に気がついたのは、オーマ・シュヴァルツだった。王室につてのある彼は、村の依頼を聞いた当初、どうにかして、村自体が、自力で立ち行くようにしてやりたいという心積もりで居たのだ。それがどうだ。村には、働き盛りを過ぎた老人達しか居ない。

「そうですな。ここ3年ほどでしょうか。若い者は、全部村を出て行きました」

 街からかなり遠いこの村からは、出稼ぎというよりは、転居で。残っているのは、それでも村から出たく無いという老人達と、それを介護する初老の者達ばかりで。食べるので精一杯なその畑は、天候次第で冬の蓄えも出来ないだろう。
 村を出てしまえば、農業と、付け焼刃の宿屋で、サービス業しかしてこなかった村人は、生活するだけでも大変な事なのだろう。残した親や祖父母に送る仕送りも、畑と同様やせ衰えているようだった。

「急に人が増えましてなぁ…。もともとから村に居た人間と、増えた子らと、それでも、婚姻などで、絆は深まったと思っておりましたが…。元から居た子等も…私の息子夫婦や孫も、みな、街へ行ってしまいました…」

 農地の惨状と、残った人々を見て、虎王丸は言葉も無かった。元より、雇い主の内情など、気にするつもりは無かったが、予想より遥かに小さい農地に、いつもの明るい笑顔が曇る。森の中の農地なのだから、当然なのだけれど、家庭菜園のように小さいそれを見て、唇を引き結び、仏頂面で、老人の話しを聞いている。その横では、同朋の蒼柳・凪が、少女のように整った顔を憂いに曇らせて、やはり、黙って老人の話しを聞いていた。

 村の中心に位置する、一番大きな宿屋の一階。
 かつては賑わっただろうと思われる、酒場兼食事用の大きな広間。6客用の丸テーブルが10も入り、カウンターはやたら長く、20人は座れた。今は、この宿屋のみが、開店されている。
 老人から話しを聞く3人以外にも、食事を取る人も居ないでは無い。
 街道から外れてはいるが、物見遊山に来る酔狂な客も居るとの事だ。
 だが、その寂れ様は隠せるモノでは無い。
  
「ここが、賑やかになれば…」

 帰ってくると信じていた。
 賑わえば、子供達は帰ってくると。
 妄執にも似たその願いに、3人は、三様に頷いた。それを、老人は目を細めて見る。その目に移るのは希望か、それとも。




 酒場を出ると、虎王丸は、大きく深呼吸した。
 太陽は溢れんばかりに日差しをくれる。けれども、まるで、時が止まっているかのような錯覚を起こさせる町並みに、もう1度深呼吸する。それを見て、凪はクスリと笑った。だが、凪も、手に緊張が残っているのは否めない。

「オレは墓を見てくるが…」

 巨躯を揺らして、男臭い笑顔を向けるオーマに声をかける者が居た。
 3人の視線の先には、穏やかな微笑を浮かべた青年が立っていた。
 手にしているのはスタッフと竪琴。吟遊詩人のようだ。

「んだよ、兄ちゃん。吟遊詩人に、今の所用は無いぜ?もっとも、数日後には壮大なサーガが生まれてるかもしれないけどなっ!」
「トラ!失礼なものの言い方しない!」
「久し振りだな。いつ以来か?…もっとも、挨拶だけって訳でも無さそうだし、依頼を受けに来たという訳でも無さそうだが?」
「お久し振りです。まあ、依頼は受けるつもりはありませんが…ご一緒してもよろしいですか?」

 山本健一は、依頼で顔を合わせた事のあるオーマに挨拶すると、少年達に笑いかけた。
 街から外れた、森の中の村。
 常に人を探してソーン中を歩いている健一は、どんな細い道でも、見落とさず、丹念に進む。今回は、たまたま、この村に辿り着いただけだった。
 しかし、森の少女とアンデッドと未だ見ぬ宝のサーガは、聞いた事があった。
 この村だったのかと、健一は目を細めて閑散としたメインストリートを眺めた。
 何も手を打たなければ、あと数年も持たないだろう。寿命がつきかけている村。そういう村は、よくある。何かの拍子で、過疎化が進み、瞬く間に寂れてしまうのだ。旅する身としては、ここもかという気持ちしか無い。悲しい事だが、自然の流れでもあるのだ。
 この村の依頼は、あちこちに張り紙がしてあり、健一も、見た事があった。依頼を受けるつもりは無かったが、ここで知り合いに会ったのも何かの縁だろう。吟遊詩人の端くれとして、少女に…会ってみたいのだ。
 
「そりゃ構わないが…」

 オーマが少年達を見る。

「人数は多い方が心強いってもんだ!」
「よろしくお願いします」

 虎王丸も、凪も、そう言う事なら嫌は無いようだった。
 健一は、笑みを深くして、よろしくと笑うのだった。




 森へ入る前に、オーマは犠牲者の墓に行きたいといい、しばらく別行動をとる事になった。
 凪は、早速、木陰で銃のメンテナンスを始める。戦闘馴れしていない自分が、足手まといになるのは、もう御免だからだ。緊張して、あまり役に立てなかった初戦を思い出し、溜息をつく。もう、あんな無様な真似はしない。カートリッジを納める軽い金属音が響く。メンテナンスが終ったら、一通り、舞術のおさらいもするつもりだ。準備は、入念過ぎるという事は無いのだから。
 なによりも、死して尚、生かされ続け…いや、動き続け、彷徨わなくてはいけない、アンデッドになった人達が、あまりにも酷く悲しい事だから、出来るなら…救ってあげれたら良いと、凪は思っていた。

「なあ!」
「ん?何?」

 凪の隣に立ち、辺りを見ている虎王丸が、声をかける。
 その声が、いつもより緊張しているのがわかるのは、凪だからだろうか。大体、何を考えているかはわかる。気にしないように、いつも通りの返事を返した。

「…付き合ってくれなくても良かったのによ…」
「誘ったのトラじゃない」
「そーだけどよー」

 歯切れの悪い声に、苦笑する。
 詳細は、老人…村長に聞けた。凪は、消し炭になったという犠牲者の話しで、表情が強張っていた虎王丸を思い出して、さらに笑う。

「俺としましては、猫まっしぐらに、宝捜しに向かいそうな奴を止める義務?ていうのがあるじゃない?」
「なっ!んだよそれっ!誰が猫まっしぐらだよ!」
「自覚あるんだ」
「やっぱ、俺の事かよ!」

 笑い合う中で、ふと、虎王丸が真剣な表情で、問題の森のある方向を向いた。その真剣な表情に、凪もつられて森を見る。

「宝なんて、あるかどうかわかんねぇぜ?」

 その瞬間、虎王丸の、酷く真面目な声が響いた。
 問い返そうと、振りかえれば、いつもの、あっけらかんとした笑顔しかなくて。
 宝捜しというと、飛んで行ってしまう姿しか頭に無かったから、酷く、びっくりした。じっと見ると、おっさん達、何やってんだ〜と、大きな伸びをして、凪から数歩離れ、虎王丸は、また、振りかえって、笑った。

 凪は、軽く唇を噛み締めた。
 どうしてかはわからない。
 わからないけれど、なんだかもやもやとして。
 目を瞑り、首を横に振ると、立ちあがって、舞術の型をとった。これから、森に入るのに、こんな気持ちは不用だから。
 ふわりと着物の袖が揺れ、裾が揺れる。最初の一歩を踏み出すと、意識が収束し、伸ばす手から、もやもやが抜けていく。
 そう、がんばらなくては。

 凪には見えていなかったが、虎王丸が、真剣な顔で舞う凪を見守っていた。




 その頃、オーマと健一は、犠牲者の墓の前に居た。
 村人の墓標とは、まったく違った場所に埋葬されていた。埋葬場所は柵で囲ってあり、柵の上部は鋭く尖り、柵の中に入るには鍵を外さなくてはならないほどの隔離。限りなく問題の森に近く、それでいて、森には踏み込まないギリギリの場所だった。
 
「なんとも遣りきれないやね」
「最後が最後ですし…普通の人にしてみたら、アンデッドも、亡くなった方も、大差ないのかもしれませんね…」

 事前に借り受けた鍵で柵を開けると、オーマは健一に、入るなと、軽く目配せすると、柵の中心部で軽く目を閉じた。
 オーマの能力、死者の具現化を始めるのだ。
 失った人や物の記憶。魂を呼び寄せる禁忌の技。
 健一は、目を細めると、辺りに気を配る。
 何も無い空間が、ぐにゃりと歪むと、泣き叫ぶ男達の声がし始める。

「教えてくれ。見た事を」

 声にならない、オーマの思いが、さらに空間を歪ませる。
 
 痛い。

 痛い。

 怖い。

 光って。

 噛まれる。

 怖い。
 
 痛い。

 少女が。

 泣いて。

 痛い。

 死者達の声は、断片的で。
 オーマは読み取るのに苦労する。
 明確に言葉として残るのは、よほど思いが深く、思慮深い者の意思だけであり、苦痛を訴え、恐怖を訴えた犠牲者からは、ほとんど、その断末魔の叫びしか聞こえない。
 
「悪かったな…静かに眠ってくれ…」

 オーマは、その力を振るう事を止めた。
 具現化霊視も万能では無い。村長に聞いた話が、目の前に繰り広げられただけであった。
 見えるのは、同じ光景ばかり。
 食いつこうとするアンデッド。
 振り払う犠牲者。
 森の頭上すら超えるのではないかというドラゴンの翼が遠くに見える。
 森の奥を指差す、長い銀髪の少女。
 アンデッドに噛まれた痛み。恐怖。必死の逃亡。追い縋る無数のアンデッド。10や20ではきかない数だ。100以上、居るのかもしれない。
 悲しみを癒す様に、泣き叫ぶ犠牲者達をそっと撫ぜるように包んで還してやる。

 健一が、手にした竪琴、水竜の琴レンディオンをかき鳴らす。
 その音色は、鎮魂の音。
 低く、優しい声色が、泣き叫ぶ死者の魂を慰める。
 安らかであれと。
 何の呪術も、魔力も使ってはいないが、健一の鎮魂歌は、それだけで、泣く死者達の心をなだめ、穏やかにするのだろう。泣声はすすり泣きとなり、安堵の溜息となり、空間に消えて行く。

「…何ともなぁ…」
「はい」
「大元…何とかしねぇと…むかっ腹がたって仕方ねぇやね…」
「そうですね…」
 
 不殺を掲げるオーマにとっては、アンデッドやアンデッドドラゴンですら、守るべき対象なのだけれど、その生が、偽りに世界に繋ぎ留められている生ならば、救うこともまた、ひとつの手段だと納得している。そうして、彷徨う少女も、また、救わなくてはならない。
 ソーンに住まう人々が、笑って生活出来るように。




 柵を除いて、手入れのされていない、その無縁墓の一画を、健一とオーマは、丁寧に整備した。
 雑草を引き抜き、崩れかけた墓標を建て直し、土を馴らして、打ち水をする。
 たった5年で、酷く古びた石の墓標を、健一は、その長い指で撫ぜる。

「次、お会いすることがあれば、恋歌や舞踏歌や、冒険譚を聞いてくださいね…?」

 どんな人生も、間違いなどという事は無いと、思うのだけれど。出来るなら、愉しいものであって欲しいと、健一も思うのだ。
 次は楽しい人生でありますよう。

「オーマさん」

 軽く、祈りの形に手を組むと、何処で採ってきたのやら、オーマが、可愛らしい野の花をたくさん手にして現れた。大柄で、見た目には迫力のあるオーマが、以外に細かく、配慮する事を知っているので、別段、驚きもせず、花を受け取り、手分けして供えた。

「そろそろ日暮れですね…以外に手間取りましたか…探索は、翌朝一番の方がよいでしょうね…」

 アンデッドに合うかもしれないという事を考慮すれば、夜の探索は無謀に他ならない。夜は、闇に所属する者の力が増す。わざわざ、危険を犯す必要は無いだろう。
 そんな夕闇に、気配を感じて、二人は立ち上がった。

 あの…森の方向から、その気配はやってくる。

 どういう結界か、アンデッドは、ある一定のラインからこちらの森には入ってこない。だからこそ、村は存続していた訳でもあるが。
 何故、アンデッドが自身のねぐらから出てこないかも解明されていないのだ。不意に、襲ってくる事になっても、何ら不思議は無い。
 健一は、竪琴を括り直すと、セブンフォースエレメンタラースタッフ。水の精霊杖を構えた。地水火風陽月のエレメンタラーフェアリーが宝玉に封印されている、稀なる杖が残照を浴びて僅かに光を放つ。
 オーマも、身の丈をも越す銃器を具現化し、軽々とその巨大銃を森へ向かって構えた。
 だが。 

「オーマ!」

 出てきたのは、目の覚めるような、美女だった。
 その顔には見覚えがある。
 健一は、構えをとき、オーマの持っていた巨大銃は掻き消える。

「…どっから出てくるよ…」
「ん?アンデッドと、アンデッドドラゴン退治でしょ?あたしも混ぜて欲しいの!」

 いわくの森の方向から、しゃらしゃらと装身具の音を立てながら、青い髪を揺らし、夕闇の中現れた、美しい踊り子。
 レピア・浮桜。王都で有名な舞姫だった。





 レピアは、自らに科せられた神罰<ギアス>を解く事の出来るアイテムが、アンデッドドラゴンに守られているのではないかと、噂を聞き込み、ひとり、王都からやって来ていた。
 日の入りと共に活動を許され、日の出と共に冷たい石像となってしまう神罰。
 その為、活動は当然夜で。到着したのも夜だった。
 そうして、すぐに情報収集を試みたが、お年寄りの夜は早かった。
 到着したのは、暗くなってから、しばらく経った後だったが、何処の家も、すでに明かりが消えており、途方にくれてしまった。戸を叩いても、何の反応も無い。
 戦う事も出来無いでは無いが、本職は踊り子である。
 多数のアンデッドに、アンデッドドラゴン。そんなモノにひとりで太刀打ちするのは無理がある。
 はあ。
 自然と溜息が出た。 
 通常の例からいっても、そういう輩は、夜の方が力を増す。

「でも、まあ、今やれる事をやりましょう」

 自分に気合を入れると、レピアは、夜の森に分け入ったのだった。

 少女はすぐに現れた。
 森を進むと、白く、目の前に細かい斜線が入ったような球体が浮かんだかと思うと、その球体は、見る見るうちに、少女へと変貌する。
 とても、愛らしい少女だった。年の頃なら、15.6歳だろうか。腰まである長い銀髪に、紫水晶のような瞳。上品な顔立ちに良く似合う白いワンピース。膨らんだ半袖とウェストについた細いリボンが、長く揺れている。

 レピアは、少女をじっと見つめた。

 何の罪科で、こんな姿になっているのだろう。
 華奢な身体が、空に浮かぶ様は、まるで、吊られて動かされているかのようで。
 夜にしか動けない自分よりも、可哀想ではないか。
 手を伸ばして、抱しめてあげれたら良いのに。
 けれども、今回は、調査が目的で。
 力の無い自分がはがゆかった。

 少女は、レピアの居る方向へ向かって語りかける。視線が合いはしないけれど、レピアの居る位置は、大体わかっているようだった。
 ―――少女は語る。だが、その声は誰も知らず。
 レピアの聞いた、サーガの一節だ。
 こくりと咽を鳴らして、その声無き語りを少女がするのだろうと踏んで、じっと待った。
 幸い、少女はすぐに口を開いた。レピアは、多くの語源を理解する。どんな言葉でも見逃すまいと、少女の口元から目を離さないでいた。
 だが、その内容は、レピアにはわからない単語が多かった。
 言葉は、標準的なソーンの言葉のようだ。簡単に読唇が出来た。だが、内容がわからない。
 
『アノ木ヲ越エタラ…赤外線反応装置ガアルカラ…死人ニ噛マレタラうぃるすニ感染スル…気ヲツケテ…血清ハ…泉ノ中…』

 ひとつ指を指し、また、別の方向をひとつ指を指し、少女は後ろを向いた。
 そうして、最初に指差した方向へと進んで行く。

 あの木を越えたら。

 それは、わかる。

 死人に噛まれたら…。

 噛まれたらいけないのだろう。

 それも、なんとなくわかる。

 レピアは忘れないように、必死に少女の言葉を繰り返す。
 少女は、あの木と呼ばれる木を越えると、また、指を指して、何か話している。
 だが、遠過ぎて読み取れない。
 もっと近くに寄った方が良いのかもしれない。あの、木の向こうで話しているのは同じ言葉なのかどうか確かめなくては…。
 けれども、あの木を越えたら何かあるのなら、近付くだけでも、危ないのかもしれない。

「んも〜っ!あたしは踊っていられればそれで幸せだったのにっ!」

 冒険者ばりに色んな目に会っているレピアは、今回は自分から動いたとはいえ、踊り子にあるまじき人生を振り返って溜息を吐くのだった。




 依頼を受けた者も、そうで無い者も、翌日の朝日を浴びながら、森に分け入っていた。
 風が、森の上空を吹き抜けているのか、まるで、森がざわめいているかのような音と、細かい枯れ枝や落ち葉が、時折舞い込むが、密集した木々の天井からは、かすかにしか光は見えず。
 暗い森に、いく筋もの光の糸が下りている。
 しかし、その糸も、地上に届くには光量が足りず、かすかな光に落ち葉などが、かろうじて反射し、景色に強弱をつけている。それでも、のっぺりとした、作り物のような森にしか見えない。
 くっきりと、外の森とは、その成り立ちが違うようだ。アンデッドが追いかけてくるのは、明らかに違う、森の境界線までなのだろう。
 外の森は、陽光に溢れ、様々な動植物に溢れているのだから。

 レピアを連れて行きたいのは山々だったが、やはり、対アンデッドは陽光が一番。今回は、村の酒場で留守番をしてもらう事になった。
 石像に変る前に、レピアは、宝は、ひょっとしたら、あの少女かもしれないわね。と、微笑んでいた。
 レピアには、意味不明の単語だったが、昼間組みには、虎王丸をのぞいて、ほぼ理解されているようだった。

「…赤外線装置にウィルス感染。お嬢ちゃんはホログラムって所か」
「噛まれたら、8日後に手遅れになって炭化ってことでしょう」
「アンデッド化しなかった人が、炭化するっぽいですね。血清…無事でしょうか?」
「要は、噛まれるなって事だよな?」

 歩き進むと、森の中は、明らかに、普通の森とは違う事に、気がつく。
 確かに、木々は生い茂っている。
 だが、生き物の気配はそれだけで、羽虫のような小さな生き物すら見かけない。
 昼なお暗い、嫌な静けさに包まれた森だった。

 そうして、すぐに少女が現れた。

 銀色の髪を揺らして、4人を見る。だが、誰を見ているのかはわからない、焦点の合わない視線だった。

「ばっ!おい、凪っ!何する気だった?!」
「触れるかな〜って…」
「触っただけで、何か魔術とか発動したらどうすんだよ!」

 すっと、前に出ると、そのまま、流れるような手の動きは少女へと向かっていて。虎王丸が、凪の動きに注意していなかったら、凪は目的を達成していただろう。
 時々、慎重なのか、大胆なのかわからない凪に、虎王丸は盛大に溜息を吐いた。

「…本体も…命あるお嬢さんかねぇ…」

 そうして、虎王丸は、酷く真面目な顔をしているオーマを見て、軽く目を見開いた。
 依頼を何度か一緒に行ったが、こういう面は見た事があっただろうか。
 何か探るような姿に唇を引き結ぶ。
 今回は、凪も一緒だ。少しの油断が生死に関わる。
 虎王丸は、自らの内から、白焔を生み出す事が出来る。それは、アンデッドに非常に有効な技で。この依頼を見つけた時、なら、自分が適任だろうと、進んで村に向かった。自分がついているから、大丈夫だと、凪も誘った。馴染みの顔もある。
 腰に佩いた愛刀をそっと確かめる。
 ふとした気配に凪の方を向けば、大きな赤い瞳が、睨んでいた。
 目が合うと、その目はすぐ逸らされてしまったけれど、怒っている?ほどでは無いが、何やら、不機嫌そうだ。そういえば、舞術の型をさらえてる前にも、同じような顔をしていたけれど。
 考えても仕方が無い。
 虎王丸は、軽く頭を左右に振ると、首の鎖を確認する。
 いざとなれば。
 霊獣の力を内包する虎王丸は、笑みを浮かべた。

 くるりと後ろを向き、森の奥へと浮遊する少女を、4人は慎重に追いかける。もちろん、彼女がここから先は赤外線装置があると言う場所の前までである。
 そうして、少女は、また、4人を焦点の合わない目で見た。
 その、音の無い言葉は、同じ言葉の繰返しだった。
 この線を越え、アンデッドを倒さなくては、次ぎの言葉は無いのか。そもそも、次ぎの言葉があるのかどうかもわからない。

 健一は、テレパシーが通じるだろうかと、一応試していた。だが、オーマの予測通り、どうやらホログラムのようで、通じない。規定通りの動きしかしないのだろう。
 美しくも、幻想的ではあるが、表情が無い。
 アンデッドは、100体以上だという。
 眠る宝とやらには興味がないが。少女が宝なのかもしれないと、レピアが言った言葉が耳に残る。
 少女は、くるりと再び後ろを向くと、自ら示したラインを超えて森の奥へとふわりと進む。

 この先は…。

 アンデッドが群がる区域になる…。












   ++ 第1話 END ++










+++登場人物(この物語に登場した人物の一覧)+++

0929:山本建一       性別:男性 年齢:19歳 職業:アトランティス帰り(天界、芸能)
1070:虎王丸         性別:男性 年齢:16歳 職業:火炎剣士
1926:レピア・浮桜      性別:女性 年齢:23歳 職業:傾国の踊り子
1953:オーマ・シュヴァルツ 性別:男性 年齢:39歳 職業:医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り
2303:蒼柳・凪        性別:男性 年齢:16歳 職業:舞術師


+++ライター通信+++

 レピア・浮桜 様 はじめまして。ご参加ありがとうございます!
 夜にしか動けないのは、ミステリアスですね〜♪綺麗なお姉さんが踊る姿はステキなのに、書けなくてすいません。美人♪美人♪と、喜んで書かせて頂きました。気に入っていただければ嬉しいです。

 少女との邂逅、機械系の方がお見えで無いと、結構大変なラストになったと思います。
 村の惨状は、ちょっと手酷いかなと思う書き方でしたが、どうでしょうか。どきどきです。

 書かせて頂いて、ありがとうございました!

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