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■闇の羽根・桜書 T < 宿すは現 >■

雨音響希
【5973】【阿佐人・悠輔】【高校生】

 肉親が肉親であると言う事。
 お母さんはいつでもお母さんで、お父さんはいつでもお父さんで
 お兄ちゃんは、変わらずにお兄ちゃん。
 それを望んでいた。
 変わらないものを切望していた。
 ねぇ、だって・・・普通は変わらないものじゃない。
 ずっと、パパはパパでママはママだよ?
 お兄ちゃんだって・・・・・・・・・・・
 ねぇ・・・でも、全部、あたしのせいなんだよね―――――




 夢幻館の中、照明の落とされたその場所で現の中に住まう少女が1人、支配人に連れられて。
 「入りますよ、麗夜さん。」
 現の司の元を訪れた。
 そんなある日・・・・・・
 「久しぶりです、もな様。」
 「麗夜ちゃんがあんまりにも外に出てこないから、久しぶりだねになっちゃうんだよ?」
 「えぇ、知ってます。」
 言葉少なに現の司はそう言うと、少女の顔を覗き込んだ。
 普段のどこか捕らえ所のない表情を崩し、1人の少年としての表情を浮かべる・・・。
 「それで・・・もなは良いの?」
 「良いも悪いもないよ。夢幻の魔物が現の扉から出ちゃったんでしょ?あたしは現の守護者だもん。」
 「俺の守護者は随分と逞しいね。」
 「夢の守護者と違って?」
 「あれはあれで逞しいよ。」
 クスクスと、子供が囁き笑っているかのような小さな声。
 「それじゃぁ・・・もなの中に“現に送り返す力”を入れるね。でも、これは持って3日。そして・・・もなの体力を酷く奪う。」
 「知ってるよ、麗夜ちゃん。」
 「話に聞いただけ・・・だろ?実際に宿すのは初めてなんだから。」
 「宿した人を見た事はあるもの。」
 「・・・現を?それで・・・最後は?」
 「麗夜ちゃんが知らないわけないでしょう。何の守護もないのに現を宿した者の末路を・・・」
 「だって、無理に頼むんだもん。現か夢の守護のない者には宿せないって言ったのに。」
 現の司はそう言うと、ふっと小さな笑顔を覗かせた。
 酷く冷たい笑みは、きっと正面から見たら言葉を無くすだろう。彼の通常の温和な性格からして、その表情はあまりにもかけ離れたものだったのだから・・・。
 「それじゃぁもな・・・現に送り返す力を与えるね。もなは俺の・・・現の守護を受けているから、あぁはならないよ。」
 「あぁなっちゃったら、誰が現を守護するの。」
 冗談めいた言葉に、現の司は苦笑した。
 そうならないと言う保証はどこにもない。それはきっと、少女にも分かっていた・・・。
 守護がある分、自身を蝕む力は弱まる。けれどそれは、消えたわけではない。
 「今回逃げた夢幻の魔物は全部で3体。こちらで確認次第、知らせるから。」
 「うん・・・あたしは直ぐに動けるように外で待機してる。」
 「了解。・・・それじゃぁ・・・いくよ・・・?」


* * * * * * *


 「あー・・・やっぱこれ、目立っちゃうかな・・・。」
 左手首に巻いた包帯の白を見詰めながら、もなはそう言うと、目の前の建物を見上げた。
 もう何年も使われていない工場らしく、むき出しの鉄筋はボロボロに錆びている。
 「でも、仕方ないや。別に、誰に会うってわけでもないんだし・・・。」
 夢幻館を出てから、既に数時間が経っている。
 ここまで送ってくれた、馴染みの運転手に1つだけ礼を言うと、もなは工場の中へ足を踏み出した。
 「奥に・・・1体・・・か。他にも、怨霊っぽいのの雰囲気感じる・・・けど、あたし・・・視えないし。視えなきゃ・・・害なんてないよね。」
 独り言に返事なんてあるはずがない事は、良く知っていたけれど―――
 震える足を前に出すためには、自分に語りかけるしかなかった。
 「害・・・あっても、あたしには除霊とか・・・浄霊とか、出来ないし。」
 大きく1つだけ息を吸い込むと、もなは歩き出した・・・・・・・・。


闇の羽根・桜書 T < 宿すは現 >



◆▽◆


 パソコンのスイッチ押すと、ブンと言う微かな音と共に画面が明るく染まった。
 うち慣れたパスワードを叩き込む。
 阿佐人 悠輔はパソコンを立ち上げると直ぐにゴーストネットOFFにアクセスした。
 今日も沢山の掲示板が立っており、中には真偽の程は分かりきっているといったものもある。
 つまりは、ただの噂・・・ないし作り話だ。
 直に消去されるだろうソレを流し読みしながら、下へ下へとバーをスクロールさせて行く。
 ―――――と、悠輔の目に留まった書き込みがあった。
 近くにある廃工場に魔物らしきものがいて、その周囲に幽霊の類が集まっていると言う・・・。
 その下にはいくつものレスがつき、白熱した会話を繰り広げていた。
 書き込みの内容も、レスの内容も、なかなか見所のあるものだった。
 恐らく、真偽の程は半々と言ったところだろうか・・・?
 しかし、調べてみる価値はあるかも知れない。
 悠輔はそう思うと、傍らに置いてあったメモ帳から1枚ピっと紙を切ると、ペン立てからシャーペンを1本取り出した。
 掲示板に書かれていた場所を控え、別窓を開いて場所の詳細を検索する。
 それもメモに控え・・・・・・・・
 どこかざわめく心が告げている。
 これはきっと、ホンモノだと―――――


◇▼◇


 廃工場の前に着くと、悠輔はすぅっと目を細めた。
 やはり、間違いない・・・
 ベッタリと肌に絡みつくように感じる霊達の存在と・・・そして、その奥深くに感じる、強大なナニカ。
 これは一筋縄じゃいかないな。
 悠輔はそう思うと、神経を集中させた。
 魔物の気配は廃工場の奥から感じる・・・が、どうもおかしい。
 霊達の気配はある特定の場所に向かって進んでいる気がする。
 その方向と魔物の居る場所とは若干のズレがあるように思うが・・・・・・
 悠輔は暫し考えた後で、霊達の向かう先から行ってみようと心を固めた。
 もしかしたら興味本位でやってきた学生などが霊達に囲まれて立ち往生している可能性もある。
 とは言え、ただの浮遊霊の類が集まっただけで、ヤツラはこちらから攻撃を仕掛けない限りは手を出してこない。
 けれど一応念のために・・・と、悠輔は銀のバンダナを握り締めた。
 1歩、廃工場の中に入った途端に埃っぽい風が吹き、思わず目を閉じる。
 ポッカリと穴が開いたかのように口を広げる、かつての玄関部分から中に入れば、足元には割れたガラスが飛び散っていた。
 窓から入ってくる陽の光にキラキラと輝くソレを見詰めながら、霊達の後に続いて奥へ奥へと進んで行く。
 狭い通路にはボロボロになった段ボール箱が置かれ、風雨にさらされたポスターのようなものが端のほうに丸まっているのが目に付く。
 カツリ・・・
 急に床の感触が変わったその場所で顔を上げると、ソコはどうやら昔は部屋として使われていた場所のようだった。
 視界が開け、奥には今にも崩れ落ちそうな壁が立ちはだかっている。
 そして―――――
 その前には、可愛らしい少女が1人、ポツンと立っていた。
 茶色と言うよりはピンク色に近い髪を頭の高い位置で2つに結び、淡い色のリボンでキュっと結んでいる。
 服装はヒラヒラとした膝上のスカートで、どこかロリータを思わせるようなものだった。
 悠輔の足音に気付いた少女が振り向き・・・
 可愛らしい表情はあどけなさを含んでおり、小学生程度だろうか・・・?身長は140cmそこそこだ。
 華奢な手足に細い腰・・・今にも折れてしまいそうな身体つきの少女だ。
「あんたは・・・」
「貴方、誰?」
 凛と良く響く高い声は外見と同じく可愛らしい。
 が、その口調はまるで刃のようだった。
 棘々としたそれは明らかな不審を含んでおり、眉根は寄せられ、視線は射るようだった。
「俺は・・・それより、どうしてこんなところにいる?」
「貴方に関係ある?」
 この少女・・・あの掲示板を見てやって来た少女なのだろうか?
 霊を見たいと言う好奇心で・・・?
 それならば尚の事危険だ。ここはただの噂の場所ではない・・・ホンモノの場所なのだから・・・
「ここはTVで見るような所ほど穏やかな場所じゃないぞ。さっさと帰るんだな」
「は?」
 何のことだか分からないと言う風に少女が首を傾げ、ツカツカとこちらに歩いてくる。
 その足取りは確実で・・・すっと、悠輔の隣を過ぎようとする・・・
「おい」
「何?」
「何処に行くんだ?」
「奥」
「奥は危険だ」
「だから行くの」
 少女の言葉は素っ気無く、悠輔と会話をする気が無いと言う事は痛いほどに分かっていた。
 それでも、少女を奥に行かせるわけにはいかない。
 なぜなら・・・奥には強大な力を持った魔物がいるからだ。
「奥にいるのはただの霊じゃないんだぞ!?」
「だから何。って言うか私、霊なんて視えないし」
「何だって・・・!?」
 霊が視えないのにここに来た・・・!?
 悠輔は気が遠くなるような思いがした。
 これほどまでに霊が渦巻いているのに、それを・・・視えないなんて・・・!
 悠輔は少女の腕を掴むと、その手に1枚の布を握らせた。
 霊の類が視えるようになる布だ。これでこの場所を見たならば、流石の少女も怖がって帰るだろう・・・。
「分かるか?ここは霊が溜まっているんだ。危険だから、早く家に・・・」
「あのね、だから何?」
 少女がそう言って、布を悠輔に突っ返す。
「たかが霊が視える程度で、だから何?」
「たかがって・・・」
「貴方、退魔師さんか何か?どうして此処に来たのか分からないけれど、貴方の方が帰った方が良いんじゃない?」
「何だって?」
「ここにいるのはたかが霊なんかじゃないの。夢幻の魔物」
 聞き慣れない言葉に、悠輔は目を丸くした。
 夢幻の魔物・・・?それは何なのだろうか?」
「ふぅん、貴方、組織の人間じゃないのね」
「組織?」
「・・・ねぇ、退魔師さん。貴方、何も知らないで此処に来たの?」
「夢幻の魔物とは何なんだ?あんたは・・・」
「そうね、教えてあげるわ」
 少女はそう言うと、悠輔に背を向けた。
「私は“夢幻館”(むげんかん)ってところで“現の守護”をしている者。現に属する者。今日は、組織の命令で夢幻の魔物を現の世界に還すためにここに来たの」
 少女の言っている事は半分も分からなかったが、とりあえず少女が何の能力も持たない一般人でない事だけは分かった。
「貴方に退魔の力があるのと同様に、私には夢幻の魔物を現に還す力がある」
「そう・・・なのか?」
「そう。ね、分かった?貴方のが帰った方が良いんじゃない?って意味が」
 少女はそう言うと、ツカツカと歩き出した。
 甘いシャンプーの香りが漂い・・・悠輔は再びその腕を掴んだ。
「何?」
「俺も・・・一緒に行く」
「はぁ?冗談言わないで」
「冗談じゃない。確かに、夢幻の魔物を送り返す力はないけれど、あんたの力にはなれる」
「・・・駄目って言っても、ついてくるんでしょう?」
 全てお見通しと言うように少女がそう言って肩を竦めた。
「俺は、阿佐人 悠輔って言うんだ」
「あ、そ」
「あんたは?」
「別に知らなくても困らないじゃない」
 相変わらず冷たい瞳でそう言うと、少女は先にたって歩き始めた・・・・・・


◆▽◆


 廃工場の一番奥に着くと、少女は暗がりに向かって声をかけた。
「来たよ」
 素っ気無いその声に反応するかのように、何かが動く気配がする。
 割れた窓から差し込んでくるささやかな光さえも届かないそこから現れたもの・・・
 悠輔は思わず口元を押さえた。
 ぶよぶよと白い脚に、ダラリと伸びた長い腕。
 腰まである髪に・・・開かれた口からは何事かが呟かれている。
 様変わりしてはいるものの、それは嘗て人間だったものの姿だった。
「そんな・・・」
「あら?もうギブアップ?」
「そんなわけないだろ・・・。それより、これは何なんだ?」
「何度も言わせないで。これは夢幻の魔物。ま、昔は人だったんだけどね」
 感情の篭っていない口調でそう言うと、少女がすっと太ももを撫ぜた。
 スカートをたくし上げ・・・手には拳銃が握られている。
「どうやら退魔師さんの勇ましいのは口だけだったようね。邪魔だから引っ込んでて」
「・・・いや、俺がやる」
「言っとくけど、途中でヤバくなっても私は助けないわよ?」
 本当に心の底からそう思っていると言う響に、悠輔は頷いた。
 ・・・じっと見ていても見飽きないほどに可愛らしい容姿なのに、どうしてこうも性格がキツイのだろうか・・・
 悠輔はそう思いつつも、バンダナを握り締めた。
 少女が太ももに拳銃を仕舞うのを確認した後で、床を蹴った。
 長い腕が振り下ろされ・・・それを何とか避ける。
「あ、そうだ。処理が面倒だから殺さないでくれるとありがたいわ」
 奮闘する悠輔の耳にそんな少女の呑気な声が聞こえ・・・
 悠輔は了解の代わりに一際強く夢幻の魔物に攻撃を加えた―――――


◇▼◇


 ドンと言う大きな音と共に、夢幻の魔物が地に膝をつく。
 悠輔はバンダナを下ろすと、じっと成り行きを見守っていた少女に視線を移した。
「ここから先は、あんたの仕事・・・だよな?」
「下がって」
 悠輔を押しのけるようにして少女が前に進み出て・・・左手を高く掲げる。
 その時になって初めて、手首に真っ白な包帯が巻かれているのが目に入った。
 怪我でもしているのだろうか・・・?
 考え込もうとした悠輔の思考を遮るかのように、突然の突風が吹き荒れる。
 あまりにも強いソレは、立っていることさえままならないほどで・・・グっと足に力を入れると、顔の前で腕をクロスさせる。
 けれどその風は刹那の事で、直ぐにふわりと風は掻き消えた。
「今のは・・・」
 ゆっくりと目を開け、一番最初に見えたのは少女の後姿だった。
 つんと鼻につく鉄の臭いに、眉を顰め・・・視線を少女の足元に下ろせば、そこには真っ赤な血溜りが広がっていた。
 どうやら少女の左手首から出血しているらしく、包帯が外れて真っ赤に染まっている。
「おい・・・?!」
「何でもないわ」
「何でもないだと!?」
「五月蝿いな。放って置いてよ。大丈夫なんだから」
 そう言って振り返った少女の顔色は真っ青で、ゆっくりと歩いて来るものの、その足取りは覚束ない。
「大丈夫だと?そこまでふらふらな状態で言っても、全く説得力はないぞ」
「説得しようと思ってないもの」
「とにかく、どこか治療の出来るところへ・・・」
「すぐに良くなるの。治療なんて必要ない」
 少女が悠輔の隣をすっと通り過ぎようとする―――
「でも・・・」
「あぁ、もう・・・五月蝿いなぁ」
 盛大な溜息をついた少女の肩を掴み・・・少女が凄まじいスピードで振り返ると、悠輔に向かって何かを突きつけた。
 黒く光る・・・それは拳銃だった。
 少女の射るような瞳が悠輔のソレと合わさる。
「放って置いて」
「無理だ」
「どうして?」
「そんなふらふらなのに、一人で帰すわけにはいかない」
「大丈夫だって言ってる」
「とてもそうには見えない」
「それは貴方の主観でしょう?」
「でも・・・」
「貴方はどうしても私を家まで送り届けようとか思ってるわけ?」
「まずは治療が優先だ」
「必要ない」
「それなら、家まで送り届ける」
「それも必要ない。でも、貴方がどうしてもついてくるって言うなら、私にも考えがある」
 少女はそう言うと、ゆっくりと銃の安全装置を外した・・・・・・・・
「これでも?」
「それでもだ」
「・・・・・・・・・・」
 暫く少女は何かを考え込むように俯いていた後で、すっと銃を下ろすと歩き出した。
「・・・え・・・?」
「ついて来たいなら、勝手にすれば良い」
「あ・・・あぁ・・・」
「・・・そうだ。自己紹介がまだだったわね。私、片桐 もな(かたぎり・−)って言うの」


◆▽◆


「今日ね、仕事現場で不思議な男の子に会ったの」
「へぇ。どんな?」
「んー・・・多分、良い人」
「なんだそりゃ」
「結構酷い事したのに、夢幻館まで送り届けてくれた」
「酷い事って・・・お前、仕事場だと人格変わるもんな」
「人格変わるなんてヤな言い方しないでよ」
「悪い悪い」
「・・・もし、次に会ったら・・・もっと普通の態度で接したいけど・・・」
「お前なら出来るよ」


  「有難う・・・冬弥ちゃん・・・」



               ≪ E N D ≫



 ◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


  5973 / 阿佐人 悠輔 / 男性 / 17歳 / 高校生


  NPC / 片桐 もな

 
 ◆☆◆☆◆☆  ライター通信  ☆◆☆◆☆◆

 この度は『闇の羽根・桜書 T < 宿すは現 >』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
 そして、初めましてのご参加まことに有難う御座います。(ペコリ)
 もなと初対面と言う事で、普段のふわふわとした性格とか違い、キツイものになっております。
 素っ気無い態度ではありますが、もなも多少は反省の色を滲ませているようです。
 悠輔様の雰囲気を壊せずに描けていればと思います。


  それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。