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■昼下がりのお茶会■

三咲 都李
【1522】【門屋・将太郎】【臨床心理士】
「夢を見るんだ…」

 月神詠子(つきがみえいこ)はそう言った。
 お茶とお菓子の置かれたテーブルを挟んで座っているあなたに、ポツリポツリと詠子は語りだした。

「場所はよくわからないけど、どこか深い暗い、でも懐かしい闇の中で男の人が立ってるんだ。
 そしてボクに訊くんだ。
『君は今幸せか?』 …って。
 ボクはどう答えていいかわからないまま、目が覚めてしまう…」

 そうして、詠子はまたため息をついた。

 
昼下がりのお茶会

1.
  非常勤カウンセラーとして神聖都学園に出入りするようになって、どれくらいの月日がたつのか。

 5月の昼下がり。
 木漏れ日が降り注ぐ学園内をゆっくりと歩きながら、門屋将太郎(かどやしょうたろう)は空を見上げた。
 今年は少し雨が多い5月だが、今日はその合間をぬっての快晴。
 いつもの時間よりも早めに到着したので、学校は授業中でひっそりとしている。

  今日は外で話を聞くか。
  太陽の光ってのは、それだけで気分を明るくする効果があるからな。
  カウンセリングの部屋の方には外にいるって立て札でもしときゃいいだろ。

 しかし、問題はどこで話を聞くか…だ。
 一応カウンセリングは個人のプライバシーに関わる話だ。
 誰が通るかわからないような外でできる話ではない。

  とすると…学食にでも行ってみるか。

 校舎に向かう足を止め、門屋はゆっくりとその歩みを学食へと向けた。

 神聖都学園の学食は食堂と購買部を併設している。
 ゆったりとした空間の一部がオープンテラスとしても利用できる食堂は、とても明るい場所だ。
 そして、購買部は学校の施設としては少し変わっている。
 学用品は元より、昼食用のパンのほかにもデザート類やお菓子。
 そこまでは普通だが、校内に存在する生徒主催の料理研究部が作った食品までもが商品として陳列している。
 それらは価格設定が安めながら味の方は保証つきに美味い。
 門屋が学食へと足を踏み入れると、オープンテラスの隅に1人の女子生徒を見つけた。
 今は授業中のはずなのに、その女子生徒はただボーっとして動こうとはしない。
 門屋は購買部で栗羊羹を買うと、食堂のおばちゃんに緑茶を二つ頼んだ。

 カウンセラーとして見過ごすわけにはいかなかった。


2.
「珍しいな、月神が物思いに耽るなんて」

 門屋はそう言って栗羊羹と緑茶を置き、月神詠子の隣の椅子にドカッと腰掛けた。
「何かあったのか? 俺でよければ話を聞くぜ」
「…うわ。ビックリした」
「全然ビックリしたように見えないんだけどな?」
 ゆっくりと門屋の方を向いた詠子が目をパチパチと瞬かせた。
「ホントだよ。…で、門屋サン、何してんの? ここで」
 本気かどうかいまいちはっきりしない詠子に、門屋は違和感を覚えた。
 門屋の知っている詠子らしくなかった。
「一応カウンセリングの先生なんだから、『門屋先生』と呼ばんかい」
 わざと軽口を叩くと、詠子はフフッと笑った。
「『先生』なんてオカシイよ。門屋サンは門屋サンだもん」
「おまえなぁ〜」
 門屋が怒ったフリをすると、詠子の顔は明るくなった。
 他愛も無い言葉を掛ける事で詠子の気持ちをほぐすことができた。
 門屋は、先ほど言った言葉を再び口にした。

「で? 何かあったのか?」

 そう聞くと、詠子は少し考えてひとつため息をついた。
「何かあったってわけじゃないんだけどさ」
 前置きをして、詠子は語りだす。
 一つ一つ、言葉を探りながらゆっくりと。

「夢を見るんだ…」
 その一言一言を門屋はじっくりと聞き、そして詠子の様子を見つめた。
「場所はよくわからないけど、どこか深い暗い、でも懐かしい闇の中で男の人が立ってるんだ。そしてボクに訊くんだ。『君は今幸せか?』 …って。 ボクはどう答えていいかわからないまま、目が覚めてしまう…」
 そうして、詠子はまたため息をついた。
「それだけの夢。だけど、なんだか頭にこびりついて離れないんだ」
 困ったように笑って、詠子はまたひとつため息をついた。
「『君は今幸せか?』…ね。で、どうすればいいのかわからないまま目が覚めると」
 フムフムと門屋は頷いた。
 夢は深層心理を表すという。

  月神の心の奥に、今の自分に対する不安でもあるのだろうか?

「門屋サン。カウンセラーなんだし、なんかわからないかな?」
 少し不安げな表情で詠子は門屋を見た。
「夢を見たくないのか、夢の男にどう答えたらいいのか。おまえはどうしたいんだ?」
 門屋は少し意地悪っぽく笑った。
 門屋のその問いに、詠子はムゥと考えた
「夢を…見なくする方法かな」
「そりゃ簡単だな」
 門屋はあっさりと言った。
「ホントに!?」
 詠子が身を乗り出して門屋に聞いた。

「どうすればいいのかわかれば、その夢を見なくなるんじゃないのか? これじゃ、解決策にならないかな…ハハッ」


3.
「…門屋サン、ホントにカウンセラー?」
 場を明るくするつもり言ってみたものの、詠子にはすこぶる不評だったようだ。

  純真な少女にゃ、ちいと配慮に欠けた答えだったか。

 ポリポリと頭を掻いてゴホンッと門屋は咳払いをした。
「まぁ、そういう冗談はおいといてだな」
「…本気で言ってたような気がするんだけど…」
 詠子のツッコミを無視し、門屋は続けた。
「夢に出てくる男に心当たりがあるのか? そうでなきゃ、そいつ以外にも誰かが夢に出てくるはずだ。何か思い出せるか?」 
 詠子はその言葉に頭を抱え込んだ。
「見覚え…が無いわけじゃないんだけど、どこで見たのか思い出せないんだ。他の物…他の物かぁ…」
 そういってまた詠子は考え込んだ。
 門屋は黙って詠子の言葉を待った。

「…繭?」
 
 ポツリと詠子が呟いた。
「繭?」
 思わず聞き返した門屋に、詠子は小さく頷いた。
「うん。大きな繭があった気がする」
「他に思い出せることは?」
「…ん〜…思い出せないや。なんかあの男の人ばっか気にしちゃってたから」
 詠子が申し訳なさそうに言ったので、門屋は「気にすんな」と笑った。

  しかし、大きな繭とは…いったい何を意味するんだ?
  閉じ込めた何か? 閉じ込められた何か?
 
 詠子の不安そうな瞳が、門屋の答えを待っている。
 それに気がつき、門屋は口を開いた。
「とりあえず、茶でも飲め。緑茶はリラックス効果があるんだ。あ、羊羹も食っていいぞ」
「…ん。じゃあ、いただきます」
 いつになく素直に、詠子は緑茶をすすった。
 門屋もそれに倣い、緑茶と羊羹を一口ずつ頬張った。
 飲み頃になった緑茶は、柔らかに口腔を潤した。
「…なぁ、月神」

 門屋はそう切り出した。


4.
「なに? 門屋サン」
 羊羹を思いのほか気に入った詠子は、モフモフと食べながら答えた。

「夢の答えは、おまえさんが自分で考えるんだ。考えれば、自ずと答えが出るはずだぜ?」

 門屋の声に、詠子はパチパチと瞬きだけを繰り返す。
「それって、門屋サンでもわからないってこと?」
「どーしてそうなる!?」
 詠子にすかさずツッコミをかまし、門屋は咳払いをした。
「素直に考えろ」
「素直に?」
 詠子が聞き返した。
「…どうしてでもわからないんなら、俺も一緒に考えるけどな」
 門屋は残っていた緑茶と栗羊羹を口に放りこんだ。
 そろそろ授業が終わる時間だった。
「悪いが俺はそろそろカウンセリングの準備をしないといけないんでな」
 そういって席を立った門屋に、慌てて詠子も席を立つ。
「ま、待ってよ。ボクにどうしろっていうんだよ。門屋サン!」
「だーかーら、素直に考えろって」
 湯飲みを片付けようとする門屋を、詠子は追いかけてきた。
「友達がいて、遊んで、勉強して…そういうの、おまえは好きか?」
「そ、そりゃ好きだよ?」

「なら、その気持ちを素直に言葉で表してみろよ」

 ポンッと門屋は詠子の頭を触ると「じゃあな」と言った。
 振り返ると、詠子がぽかんとした顔で突っ立っていた…。


5.
  ――― それから、数日が経ち。
 門屋はいつもと変わりなく神聖都学園へカウンセリングに来ていた。
 コンコンと扉をノックする音。
「どうぞ」
 門屋がそういうと、ひょっこりと詠子が顔を出した。

「先日はどうも♪ はい、これ!」
 ニコニコして、いつもの詠子らしいハキハキとした口調。
「…なんだこりゃ?」
 詠子が差し出したのは真っ黒い筒状の何か得体の知れない物体だった。
「僕が作った栗羊羹だよ。わざわざ調理部の友達に聞いて作ってきたんだ。この間のお礼」
 確かに、よく見るとそれっぽくはあったが…。
「お礼されるようなことはしてねぇぞ?」
 門屋がそういうと、詠子はちょこんと椅子に座った。
「この間の夢の話。門屋サンに言われて考えてみたんだ」
 詠子はそうして、夢の話を喋りだした。

「いつもみたいに男の人が現れて、『幸せか』って。だから、ボク言ったんだ。
 『友達も勉強も学校全部が大好きだから、ボクは幸せだ』って。
 そうしたら、あの人笑って言ったんだ。『よかったな』って」

 捲くし立てるようにそう言って、詠子はフーッと息を吐いた。
 そして一息つくと、詠子は続けた。
「それから、あの夢は見なくなったんだ。門屋先生のおかげだね」
「俺はおまえに茶を奢っただけだ。それに…おまえに『先生』と呼ばれると何か落ちつかねぇな」
 苦笑いした門屋に、詠子が明るく笑った。
「じゃあ今度はボクがお茶入れるからさ、付き合ってよ」
 いそいそと茶筒から茶葉をだし、詠子がお茶の用意をし始めた。

  やれやれ。これが俺の仕事なんだけどな。

 生徒のカウンセリングを何度行ったか、自分でも覚えていなかった。
 だけど、ここまで感謝されたのは初めてな気がした。

  たまにはああいうカウンセリングもありか。
 
 詠子が入れたお茶と、切り分けたお手製栗羊羹。
 門屋はそれを口に入れた。

「…ぅ、マズッ!?」
「!? マジで!?」



□■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■□

 1522 / 門屋・将太郎 / 男 / 28 / 臨床心理士

【NPC / 月神・詠子 / 女 / 16 / 高校生】


□■         ライター通信          ■□

  門屋将太郎 様

 お久しぶりです。
 この度は『昼下がりのお茶会』へのご参加ありがとうございました。
 少々あやふやなシナリオでプレイングなど書きにくかったのでは? と反省しております。はい。
 が、臨床心理士の門屋様はさすがな感じでとても楽しく書かせていただきました。
 栗羊羹…おいしいですね。緑茶との相性、最高です!
 少しでもお楽しみいただければ幸いです。
 それでは、またお会いできる日を楽しみにしております。
 とーいでした。