■秋ぞかはる月と空とはむかしにて■
エム・リー |
【5251】【赤羽根・灯】【女子高生&朱雀の巫女】 |
薄闇と夜の静寂。道すがら擦れ違うのは身形の定まらぬ夜行の姿。
気付けば其処は見知った現世東京の地ではない、まるで見知らぬ大路の上でした。
薄闇をぼうやりと照らす灯を元に、貴方はこの見知らぬ大路を進みます。
擦れ違う妖共は、其の何れもが気の善い者達ばかり。
彼等が陽気に口ずさむ都都逸が、この見知らぬ大路に迷いこんだ貴方の心をさわりと撫でて宥めます。
路の脇に見える家屋を横目に歩み進めば、大路はやがて大きな辻へと繋がります。
大路は、其の辻を中央に挟み、合わせて四つ。一つは今しがた貴方が佇んでいた大路であり、振り向けば、路の果てに架かる橋の姿が目に映るでしょう。残る三つの大路の其々も、果てまで進めば橋が姿を現すのです。
橋の前まで足を進めれば、その傍に、一人の少年が姿を見せます。
少しばかり時代を流れを思わせる詰め襟の学生服に、目深に被った学生帽。僅か陰鬱な印象を与えるこの少年は、名を訊ねると、萩戸・則之と返すでしょう。
少年の勤めは橋の守り。四つ辻に迷いこんだ貴方のような客人が、誤って橋を渡って往かぬようにと守っているのだと応えます。
橋の向こうに在るのは、現世と異なる彼岸の世界。死者が住まう場所なのです。
少年が何故橋を守っているのか。
少年が抱え持つ百合の花とは何を意味するものか。
少年が抱え持つその謎は、貴方が望めば、何れは明かされていくかもしれません。
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秋ぞかはる月と空とはむかしにて
バイト代が入れば、予算の許す限りに大好きな洋楽バンドの新譜を買う。
この日は日曜日。灯のバイトのシフトは珍しく休みとなっていた。そうして、バイト代が振り込まれたのは昨日の事。
灯は昼過ぎまでを自宅でのんびりと過ごした後に、少しだけ遅めのランチをとるために新宿の街中へと踏み出した。
提げ持ったカバンの中にはCDウォークマンを入れてある。耳につけたイヤホンから流れてくるのは、昨日の夜に買ったばかりの新譜だ。
街中には数多の人間が溢れかえっており、すれ違うにも気を配らなくては、うっかりと肩同士がぶつかってしまったりしかねない。
最近出来たばかりのカフェでランチを食べ、大好きなブランド店を覗き、夏用にと新しい洋服を物色する。それから本屋やら雑貨やらを覗き見て、可愛らしいものがあれば心の中で歓喜する。――いたってのんびりとした休日の、ゆったりとした時間が流れていった。
アルバムが何度目かのリピートを始めた時には、辺りは既に薄っすらとした夜の景色へと変わっていた。
灯は、帰路に着くため、駅へと向かう道のりを歩き出す。そしてふと気付くと、そこはいつの間にか人気の少ない細道の上だった。が、別段怪しい人間が出没するわけでもなし、人ならざるものが出没するわけでもなさそうだ。灯は、心持ち歩みを速めてはみたものの、大した気構えをするでもなく、のんびりと歩いていく。
イヤホンを流れてくる曲が、アルバムの中でも特に気に入った歌へと移り変わる。自然、灯の足もうきうきと軽やかに弾む。
――が、そのすぐ後に、灯の歩みはふと止まる事となった。
「……あれ?」
呟き、首を傾げる。幾度か目をしばたかせてみた後に、灯はぽつりと呟いた。
「また迷った」
眼前に広がっている風景は新宿の街中のそれとは明らかに異なるものだった。むろん、知らず知らずの内に踏み入った事もないような裏路地に入り込んでしまっていたという結論も否めない。
だが。
ぼうやりと広がってあるのは夜の薄闇。その中に、道幅四十メートル程の大路が広がっている。夜目に慣れた視界に映りこむのは、大路の両脇に立つ柳やらといった樹木の姿。それらがさらさらと流れる夜風に揺れて空気を震わせている。
灯は、きちんと切り揃えられた黒髪を片手で撫で付けながら、この大路の上を数歩進んでみた。
アスファルトなどの舗装が一切なされていない大路には、さもそれが当然の事であるかのように、車などの軌跡がまるで残されていない。新宿という街中であるはずながら、人間の往来もまるで目にする事はないのだ。
広い路の上でぽつりと佇みながら、灯は小さな息を吐き出した。
「私ったら、また道に迷っちゃったよ。……ここってどこ?」
歌を止めてイヤホンを外し、返される事のないであろう問いかけを呟く。賑やかな音が失せた世界には、ただ静寂なばかりの夜が広がってあるばかり。
肩越しに振り向いてみると、今まで歩いてきていたであろう方角に、今まで目にした事もないような大きな橋が架かってあるのが見える。
灯は瞬きを数度ばかり繰り返し、それからふいと視線を向けなおす。
「ここって……新宿じゃないよね」
きょろきょろと忙しなく視線を動かしながら、改めて周りの景色を確かめた。そして、灯はようやく今自分が置かれている場所が現世とは異なる世界であるのを悟ったのだ。
見上げる空は墨を引っくり返したような漆黒色をしており、それを照らす月も星の瞬きも見当たらない。
梅雨の気配を含んだ、少しばかりしっとりとした夜風がそよりと吹いていく。その風が柳の葉や路傍に伸びる草花とを撫でて行き、終いに、灯の髪をはらりと舞わせ、再び闇の中へと消えていった。
灯は一頻り辺りの様子を窺い見た後に、再び、今度は深々とした息を吐いた。
「私ってば、方向音痴も極まったって感じ」
呟き、肩を竦める。
過ぎて行く風は、湿った空気ばかりを辺りに散りばめているわけではないのだ。風は人ならぬ存在の気配をも含み、灯の元へと届けて来る。耳を澄ませば、どこから流れてきているとも知れない唄声が、遠く近くに寄せているのが分かる。
もう一度だけ振り向いて、先ほど目にした橋を確かめた。
「あの橋を越えていけば戻れるのかな」
でも、どうだろう。ぽつりと続け、首を傾げる。渡った先がどういった場であるのかも知れない。それを、確認もせずに渡るのは、さすがに少しばかり躊躇してしまう。
さわさわと流れる夜風が、遠く近くに聴こえていた唄声をより近い場所から伝えくる。それに伴い、人ならざる存在の気配もまた、より近い場所から届くようになってきた。
灯はしばしの躊躇を示した後に、くるりと踵を返し、今まで歩き進んできたはずの大路を引き返してみることにした。
「どんなのがいるのかわかんないしなー。……あーもう」
むうと溜め息を一つ零し、近くにあった小石をつま先で軽く蹴り上げる。小石はからころと転がり、そして橋の傍らで動きを止めた。
「……あれ?」
小石の行方を確かめて、灯はふと足を止める。
薄闇の中に姿を現した橋は木製で、全体的に緩やかな山型を描いていた。その下にはさらさらと静かな水音をたてながら流れる川がある。しかし、灯が目に留めたのは、橋でも川の水でもなく、川の近くに佇んでいる少年の姿だった。
「あれ、ねえ、あなたも道の迷っちゃったの? 良かったぁ、私もそうなんだー」
道に迷い、どことも知れない場所へと入り込んでしまったのが自分一人だけではないのだという事を知って、灯は安堵の息を吐く。
少年は、見れば、どこか古めかしい印象のある学生服を身につけている。頭には学帽を目深に被り、その下から覗く表情は、少しばかり陰鬱たる色を滲ませていた。
なによりも、少年は、その両腕で大切に抱え持つような恰好で、数本の白百合を持っているのだ。
灯は少年の風体をちらりと確かめた後、人懐こい笑みを満面に浮かべて走り寄っていった。
「あなたの制服、あんまり見た事のないデザインだね。修学旅行とかで東京に来てる口? 私もねー、元々は東京の人じゃないから、いまいち道を覚え切れなくて」
言葉を続けるも、少年は灯の顔を見つめたままで、一向に言葉を返そうとはしない。
「あなた、名前はなんていうの? 私は灯っていうの。あ、でも、修学旅行とかだったら、泊まってるとこに戻らなくちゃいけない時間って決まってるんじゃなかったっけ?」
返事を述べようとしない少年に向けて笑みを浮べたまま、灯は少年のすぐ目の前まで歩みを進める。
そして、そこで、ふと灯は言葉を止めた。
少年には、体温というものが感じられない。むろん、触れて確かめてみたわけではないのだから、確かな事は言えないのだが。――だが、灯の頭のどこかが小さな警鐘を鳴らすのだ。
「……あなた、……だれ?」
笑顔を張り付かせたまま、灯は少年の顔を覗き見る。少年の表情には、やはり、感情といったものがまるで感じられない。
「人間じゃない、よね?」
訊ね、眉根を寄せる。同時、灯の足元から赤々とした炎が沸き起こった。炎は漆黒の一色きりであった夜の世界を煌々と照らし出し、それを意のままに動かすために、灯は片手を持ち上げる。
少年は、それでも表情ひとつ動かそうとはしない。が、その口が、ひどくゆっくりとした動きで上下した。
「……俺は、萩戸といいます」
少年の口からふつりと落とされた声は、ともすれば闇の中へと消え入ってしまいそうなほどに小さなものだった。
「灯さんは、この場所には偶然入り込んでしまったんだ。……それと、俺は、元々この場所に住んでいる者です」
少年の目がふいと細められる。
灯は少年の顔をしばしの間だけ見据え、それから持ち上げた手をゆっくりと下げ、頷いた。
「そっか。悪いひとじゃないみたいだね。早とちりしちゃってごめんなさい」
「……いいえ」
少年は灯の言葉にかぶりを振る。
白百合がふわりと芳香を広めた。
「私ったら、方向音痴な上にそそっかしくって。……ねえ、ここってどんな場所なの?」
少年の顔を見つめ、灯は再び笑顔を見せる。
少年は灯の問いかけに応じ、ふと思案したような表情を浮かべてから口を開けた。
「ここは、彼岸と現し世とを結ぶ場所。……この橋の向こうは彼岸の世界だ」
「彼岸? へえー」
大きな頷きを返し、示された橋の向こう側へと視線を向ける。が、橋の向こう側は夜の闇で覆われており、確かめる事は出来そうになかった。
「俺は、灯さんみたいにこの場所へ迷い込んできた人が、橋を渡ってしまわないようにと見守ってる」
「橋守りさんなんだね」
感心したように頷いて、それから灯はふと首に引っ掛けてあったままのイヤホンに目を向けた。
「ねえ、そういえば、音楽とか好き? 私、すっごいお奨めな新譜持ってんだ」
言いながら取り出したウォークマンとCDのジャケットを少年の前に示して見せる。少年はしげしげとそれらに見入り、それから再び灯の顔に目を向けた。
「初めて見るものだ」
「ホントに? じゃあ聴いてみなよー。ホント、すっごいいい曲なんだから」
ニコニコと満面に笑みを浮かべて差し伸べたイヤホンを、少年はそろそろとした動きで手に取り、灯が身振り手振りで教えるのを真似て耳へとあてがった。
「どう?」
時間を見計らってそう訊ねる。少年は目を白黒させて、満面に驚愕と歓喜とを浮かべた。
「すごい。こんな楽曲は今まで聴いた事がない」
「ホント!? 良かったぁ。それじゃあ、今度はもっといろんなのを聴かせてあげる。――あ、でも、私、東京へは戻れるのかな?」
問い掛けながら少年を見遣る。少年は黙したままで頷き、イヤホンを外して灯の手へと渡す。
「ここへは、一度縁が出来てしまうと、来ようと思ったら何度でも出入り出来るようになる。……灯さんもそのはずだ」
「そっか。なら大丈夫かな。じゃあ次に来るときにはもっと色んなCD持ってきてあげるね」
満面に笑みを浮かべ、灯は少年の顔を見つめた。そうして少年が小さな頷きを返したのを確かめ、自分も大きく頷き返したのだった。
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登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【5251 / 赤羽根・灯 / 女性 / 16歳 / 女子高生&朱雀の巫女】
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ライター通信
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シチュノベではいつもお世話様です。
この度はゲームノベルへのご参加、まことにありがとうございました。
えー。則之との初対面ということでしたが、四つ辻にウォークマンとかCD(しかもロック!)というものを持ち寄ってくださったのは、灯様が初めてでした。この意外性は、書いていてとても楽しい部分でもありました。
則之は、ともすれば陰鬱なばかりの少年になってしまいかねません。が、そこは灯様のお力でどうとでも開拓(笑)してくださればと思います。よろしければまた構いにきてやってくださいませ。
それでは、またご縁をいただけますようにと願いつつ。
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