■時の彼方、思い出の先■
志摩 |
【5566】【菊坂・静】【高校生、「気狂い屋」】 |
ぴりぴりとした、空気だった。
今、この銀屋の店内にいるのは店主の奈津ノ介と小判、そして要。
奈津ノ介が一瞬驚いた表情を浮かべた。すぐに表情を戻すが、緊張しているのが嫌でもわかる。
からころと、高さのある下駄で店の奥へとまっすぐ歩いてくるその人物。体つきからして男だろう。長い黒髪を一つに束ね、そして柔らかな表情を浮かべている。目元には朱、そしてどことなく、誰かに似ている。
「覚えておられますか?」
「忘れるわけ、ないでしょう……世司さん」
奈津ノ介は彼を見上げて笑った。
「御用は、何ですか」
「……急くね。ここでは話し辛い」
「そう、ですか……要さん、お店お願いしますね。すぐ帰りますから」
その言葉よりも早く彼は店の戸口へと歩む。
その後を追って奈津ノ介は歩み、ふと戸口で思い出したかのように振り返る。
「このことは親父殿には内緒ですよ」
穏やかな笑みの中に圧力をかけて彼は言う。それだけで何か不味いようなことの気がした。
「……俺気になるからついていって来る」
人型から猫へ姿を変じ、止める間も無く軽やかに小判は走る。器用に引き戸を開けて外へ。
そしてその十分後。
がらがら、と戸口が開き、そちらを向くと藍ノ介と千両と蝶子が大荷物で帰ってきたところだ。
「誰だ、箱ティッシュこんなに買うといったやつは!」
「それは貴様だ藍ノ介」
「そうそう、ついでにトイレットペパーも安かったのじゃ」
「あれ、小判たんはどこ行った、小判たんー?」
あからさまに挙動不審な千両に要が笑いながら答える。
「セイシとか言う人と一緒に出てった奈津さん追いかけて……って、あ……」
「セイシ、だと?」
その名に、藍ノ介と千両はまずった、と表情を硬くする。
そしてこの二人よりも蝶子のほうが、表情を強張らせた。
そんな彼女の口から漏れたのは『兄上』という言葉。
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時の彼方、思い出の先
それは昔。
一瞬のすれ違い、思い出の中で、何度も何度もそれを繰り返す。
何度も、何度も。
それはすでに時の彼方で起こった事。
銀屋店主、奈津ノ介と、その知り合いと思われる世司。
二人の関係は友好とは言えないものだと誰もが思っていた。
今の今まで和やかに雑談をしていたのに一瞬にしてその雰囲気は悪いものへとなっていた。
不安だとは誰もが思う。
「……俺気になるからついていって来る」
人型から猫へ姿を変じ、止める間も無く軽やかに小判は走る。器用に引き戸を開けて外へ。
今の今まで楽しく雑談をしていた所に現れた世司。
小坂佑紀は立ち上がって小判を追いかける。
「小判君だけじゃ心配だし……あたしも行くわ」
「僕も行くよ、何があるかわからないし」
さらにその後、音原要に心配せずに待っててと笑いかけながら菊坂静が追う。
「奈津さん暴走すると手がつけられないから注意してくださいね」
心配そうな視線を後ろから感じつつ、二人と一匹は店を出た。
まだ先を行く奈津ノ介と世司の姿は視界に見え、このまま追いかければ見つかってしまいそうだった。さっと物陰に身を隠す。
「見つからないように注意しないといけないわね」
「そうだね、奈津さん勘が良さそうだし……」
わかってる、というように小判がにゃぁと泣く。
「小判君も小坂さんもあんまり無理しちゃ駄目だよ? 奈津さんのあんなにピリピリした所……見た事ないから……見付かったら、怒られるかな?」
「そうね、無理しないように。怒られるのは嫌だし」
苦笑しながらの静の言葉に、佑紀は頷いて同意する。
「気をつけて、慎重に追いかけよう」
そうして電柱の影に潜みながら、曲がり角で距離を稼いだりと進んでいく。
小判が先走りそうになるのを佑紀が抱きとめ、静が様子を伺いチームワークは抜群だ。
そしてたどり着いた先は神社。途中から一本道でなんとなく、そこへ向かうのだろうなというのは予測できた。
神社の境内、その中心よりも外れたお堂の傍。人気の無い場所に距離をとって二人は立つ。
そこから距離を置いて繁みの中、こっそりと身を小さくして耳を欹てる。
佑紀は小判が飛び出したりしないようにとしっかりと抱き上げていた。
「ここからじゃちょっと聞き辛いね……もうちょっと近づこうか」
「ええ、もうちょっとだけ……」
そろそろと音を立てないように、少しずつ少しずつ距離を詰める。場所としては世司の右後方。
いつも薄い気配をさらに殺して気付かれないように。
「奈津さん、弱みを握られてるみたいに見えるけど……気のせいかな?」
「そうね、そんな感じもするかしら」
声を潜めに潜めての会話。
と、世司が先に言葉を紡ぎ始める。
「昔よりも、かわいくなってらっしゃる」
「そうですね、百年ちょっと前は……封じる前でしたから」
「それでいいんですか? 私は昔のあなたの方が好きですよ」
「ええ、この姿でいいんです。世司さんは、相変わらずのようで」
にこりと、奈津ノ介は張り付いたような笑みを浮かべた。
それ以上言うなというような牽制。
「傷は未だ、疼きますか?」
その言葉に、奈津ノ介は笑顔を返す。けれどもそれは本当に笑んでいるわけではないのは一目瞭然。それに対する世司がどんな顔をしているのか、こちらからはわからない。
「雨の前なんかは……思い出しますよ。今も若いですけど、昔は馬鹿だった」
「あの時は、私も悪かった。すみませんね、我を失っていた」
「水に流すとは言えないけれど、もういいですよ。それで用件は何ですか?」
「先ほども急いていた。私と話をするのはそんなに嫌か。まぁ……良いですけどね。要件はあなたに会いたい、と言っている人がいます。その伝言だけ」
そうですか、と奈津ノ介は呟いて、でもその表情にはそうしないと言っているのが見て取れる。
きっと視線は強い。
「ちょ……小判君!」
「あっ……!」
突然じたじたと、小判が佑紀の腕の中で暴れる。少しばかり大きな物音を立てそうになる寸前、静は佑紀を腕の中に収め声の漏れる口を塞いで息を潜める。
ざわっと一瞬、音を立ててしまう。
その音を耳にしたのか世司が振り返った。
「……」
「どうかしました? 誰かそこにいるんですか?」
「いや、気のせいということにしておきましょう」
静も佑紀も、冷や汗を背中に感じていた。ばれているのかもしれないが、そうだとしたら世司は自分達を見逃してくれているということだ。
「あっ、ごめん痛かった? とっさだったから……」
「大丈夫、声……漏れそうだったからありがとう。小判君駄目でしょ、ばれちゃうわ」
悪いとはちゃんと思っているらしくごめんなさい、というように気落ちした小さな声で小判が鳴く。
そんな姿に佑紀はちょっと微笑ましいと小判を一撫で。
「奈津さん、大丈夫かな……」
「機嫌が悪いのははっきりわかるわ」
佑紀の言葉に小さく静は笑う。
今はまだ、静観しているのが良さそうだった。
そう思っていたのに、どたどたと足音を盛大にさせながらの乱入者たち。
「奈津!!」
「小判たん小判たーん!!」
その騒がしさに緊張していた雰囲気はふつりと途切れた。
「ああ、邪魔が入りましたね、どうしますか……」
苦笑しながら、世司が言う。
「あー……来ちゃいましたか親父殿、蝶子さんまで……内緒だって言ったのに」
と、お堂の方からピーッと電池切れのような音が響く。
「……誰か、いらっしゃるんですか?」
奈津ノ介の問いの後で、からりとお堂の扉が開いた。
「私の後ろにも、隠れてらっしゃる方たちがいますよ」
静も佑紀も小判も、その言葉にびくりとする。
視線を一度合わせ、気まずく笑いあった。
「え……?」
繁みから立ち上がって、その姿をさらす。
「静さん、佑紀さん、小判君まで……」
「ごめんなさい、でも心配だったから……」
「小判たん……! 無事でよかった……!」
と、佑紀の腕の中にいた小判の姿をみて千両は安心する。
そして、蝶子は奈津ノ介よりも前へ出て、世司を見る。
「兄上」
「久しぶりだね、蝶子」
「奈津の前にまた現れると思っておったのじゃが、本当にそうなったのじゃ」
「私は、まだ会う気はなかったんだけどね」
にこりと笑うのだけれどもそれはどこか卑屈だった。
「世司、何をしにきた! また奈津に……うぐっ」
と、さわぎ始める藍ノ介の頭上にいた黒猫は顔を蹴り、地に下りる。
そして世司を見上げた。
「お前さんはちょっと黙っとり。ふぅん……ええ男やなぁ……そんで、奈津の坊に何の用なん? まさか手ぇ出しとらんやろな? 奈津、でしゃばって堪忍な」
黒猫は世司を見定めて、そして奈津ノ介に視線を送る。
「僕は、大丈夫です……いえ、ありがとうございます。頭が……冷えました、クロさん」
「ん、ならええんよ。さ、蝶子は話あるんやろ?」
静かに見守ることしか、周りのものは出来ない雰囲気。
「兄上、兄上は……」
「蝶子、それは言っては駄目だよ。言えば、肯定しか私にはない」
「!」
二人だけの間で通じる会話の後、きゅっと唇をかみ締めつつ蝶子は世司を、睨んでいた。
「否定はされないのじゃな?」
「しないよ」
「……わかった、のじゃ……」
納得しきれないけれども無理矢理納得する、そんな様子だった。
世司は蝶子を通り越して、視線を奈津ノ介に向ける。
「お返事、いただけないみたいですが……あの人もそんなに気にしないでしょう。いずれまた、ですね。蝶子も、ね」
「兄上、次に会ったら私はきっと……」
「それでいいよ」
最後の一瞬だけ柔らかな表情。世司は背に黒羽根を広げて飛び上がる。
「あ、逃げるか汝!」
「逃げますよ、父上殿。一人じゃ身が持たない」
蝶子は追いかけることはできるのだけれども、そうしない。
きっと兄である世司を見上げるばかりだ。
黒羽根が、はらはらと落ちてくる。
誰とも無く、奈津ノ介と蝶子を中心に集まる。
と、佑紀の腕の中の小判に向かって、千両が走ってくる。
「小判たん! 無事で、無事で本当に良かった……!」
にゃあ、と一鳴き。それは大丈夫だと言っているようだった。
千両は、小判を佑紀の腕から奪い取る。
「……やきもち?」
「みたいだね」
佑紀と静はそんな様子に苦笑する。
「奈津さん……大丈夫?」
「え、あ……大丈夫ですよ。ほらこの通り怪我も何もなく」
「そう、なら……いいかな」
大丈夫かと聞いたのは怪我などだけではなく他にも、精神的にもだったのだけれども。
気づいているのかいないのか、奈津ノ介はさらりとそれを流した。
「お二人とも、覗きとは良いご趣味で。あなたも……」
「あ、ごめんなさい。悪いとは思ってるん……だよ? ね?」
「ええ、心配だったのよ」
静と佑紀は視線を合わせつつ、自分達を擁護する。
そういうことにしておいてあげます、と奈津ノ介は言う。
「あたしの場合は、後から来たのはそっちなのよね。本当、出るに出られなかったんだから」
「それは、すみませんでした。お詫びにお茶でもご馳走しますよ」
「あ、小判たん!!」
と、走り出した蝶子たちを見てか、小判はそれを追うように千両の腕からするりと逃れた。
「……お店まで競走みたいですね。はい、行きますよ!」
「えっ、ちょっ……!」
走り出した奈津ノ介を追う。
「奈津さん抜け駆けだよ!」
「そんなことはありません」
あははと笑ってはいるものの、奈津ノ介が何か隠しているような、そんな気がしていた。
けれども、聞いても答えてくれないだろうと思うし、それにいずれ話してくれるような気がしていた。
今はただ、その時が来るのを待っていたほうがいいのかもしれない。
きっと話してくれる。
この自信がどこからくるのかわからないけれどもただそう感じた。
<END>
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
【5566/菊坂・静/男性/15歳/高校生、「気狂い屋」】
【5686/高野・クロ/女性/681歳/黒猫】
【5884/小坂・佑紀/女性/15歳/高校一年生】
【5976/芳賀・百合子/女性/15歳/中学生兼神事の巫女】
【6235/法条・風槻/女性/25歳/情報請負人】
(整理番号順)
【NPC/奈津ノ介/男性/332歳/雑貨屋店主】
【NPC/蝶子/女性/461歳/暇つぶしが本業の情報屋】
【NPC/世司/男性/587歳/放浪者】
【NPC/小判/男性/10歳/猫】
【NPC/藍ノ介/男性/897歳/雑貨屋居候】
【NPC/千両/無性別/789歳/流れ猫】
【NPC/音原要/女性/15歳/学生アルバイト】
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■ ライター通信 ■
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ライターの志摩です。今回もありがとうございました!
謎をちょこちょこ残しつつ、のこのシナリオでしたがいかがでしたでしょうか? ここのネタはまたそのうちその先、忘れた頃に…!(ぇー)
蝶子の兄上が投げ込まれました。これで、あと本格的に投入されていないのはあの蛇さんということになります。シリアスーなテイストな話には欠かせませんが、アホシナリオになると、この二人はどう弄ればいいのか…!(悩)前途多難です。
さてさて、シリアスなものをやりましたので、次の銀屋はアホをやります。馬鹿になって楽しんだもの勝ち。また皆様と会えるのを楽しみにしております!
菊坂・静さま
いつもお世話になっております!
追いかけつつ隠れつつ、ラストも追いかけとなりました。
いずれいずれ、奈津も蝶子も自分からこそこそっと今日のことを話すと思います。蝶子は誤魔化しが入るかもしれませんが奈津は…!
そのときをお待ちくださいませ!
ではではまたお会いできるのを楽しみにしております!
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