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■時の彼方、思い出の先■

志摩
【5686】【高野・クロ】【黒猫】
 ぴりぴりとした、空気だった。
 今、この銀屋の店内にいるのは店主の奈津ノ介と小判、そして要。
 奈津ノ介が一瞬驚いた表情を浮かべた。すぐに表情を戻すが、緊張しているのが嫌でもわかる。
 からころと、高さのある下駄で店の奥へとまっすぐ歩いてくるその人物。体つきからして男だろう。長い黒髪を一つに束ね、そして柔らかな表情を浮かべている。目元には朱、そしてどことなく、誰かに似ている。
「覚えておられますか?」
「忘れるわけ、ないでしょう……世司さん」
 奈津ノ介は彼を見上げて笑った。
「御用は、何ですか」
「……急くね。ここでは話し辛い」
「そう、ですか……要さん、お店お願いしますね。すぐ帰りますから」
 その言葉よりも早く彼は店の戸口へと歩む。
 その後を追って奈津ノ介は歩み、ふと戸口で思い出したかのように振り返る。
「このことは親父殿には内緒ですよ」
 穏やかな笑みの中に圧力をかけて彼は言う。それだけで何か不味いようなことの気がした。
「……俺気になるからついていって来る」
 人型から猫へ姿を変じ、止める間も無く軽やかに小判は走る。器用に引き戸を開けて外へ。
 そしてその十分後。
 がらがら、と戸口が開き、そちらを向くと藍ノ介と千両と蝶子が大荷物で帰ってきたところだ。
「誰だ、箱ティッシュこんなに買うといったやつは!」
「それは貴様だ藍ノ介」
「そうそう、ついでにトイレットペパーも安かったのじゃ」
「あれ、小判たんはどこ行った、小判たんー?」
 あからさまに挙動不審な千両に要が笑いながら答える。
「セイシとか言う人と一緒に出てった奈津さん追いかけて……って、あ……」
「セイシ、だと?」
 その名に、藍ノ介と千両はまずった、と表情を硬くする。
 そしてこの二人よりも蝶子のほうが、表情を強張らせた。
 そんな彼女の口から漏れたのは『兄上』という言葉。





時の彼方、思い出の先




 それは昔。
 一瞬のすれ違い、思い出の中で、何度も何度もそれを繰り返す。
 何度も、何度も。
 それはすでに時の彼方で起こった事。




 久しぶりに訪れた銀屋。
 邪魔するで、と少し開いていた扉をするりと高野クロは抜けた。
 するとそこではオタオタと大騒ぎの大人たちと少女。
 クロは何かあったようだとすぐに悟る。
 一度落ち着かせるには何かショックが必要のようと思いふわっと鬼火を漂わせる。
 それを一番騒いでいる者の方へと向かわせる。
「全く……ちょっとは落ち着き!」
 それは途中で二つに分かれて藍ノ介と千両に見事に命中した。
「ぎゃー!」
「炎!?」
 熱っ、と騒ぎつつ視線はその火の玉が飛んできた方へと向く。
 そこにはクロがちょこんと礼儀正しく座っていた。
「手加減はしたから燃えたり火傷なんかしとらん筈やで? んで、藍の字に千の字、蝶子も頭冷えたんな?」
「クロさん! あ……冷えました……」
「騒いどっても何にもならんやろ? 何かあったんはわかるけど……どしたん?」
「奈津が」
「小判が」
「兄上が」
 藍ノ介、千両、蝶子の声が揃う。
 それだけでなんとなく、クロはすべて理解したようにニヤッと笑んだ。
「……何をするべきか分かるやろ? 狼狽えるだけで大事な事逃したら、それこそただの阿呆やで?」
「そうだよね、私もお手伝いするし!」
 頑張るっ、とガッツポーズしつつ百合子は気合を入れる。
 クロはそれを見つつ、ちゃんと手伝ってくれる子もおるんやで、と諭すように言った。
「うん、探すのじゃ。世司兄上……」
「よくわかんないけど、お兄ちゃんなら会いたいよねっ。今から探せばまだ間に合うかもっ」
 蝶子の服のすそをちょいちょいとひっぱりながら百合子は微笑む。
「そう……じゃな」
 少し弱弱しく、蝶子は答えた。
「よし、探しにいくぞ! 要、留守は任せた!」
「はい、いってらっしゃい」
 ひらひらと手を振る要に見送られながら四人と一匹は外へと出る。
「蝶子! 汝は上から探せ!」
「はい!」
 ばさっと背に羽根を出し、蝶子は空へと上がる。
「うちはそのへんの猫衆に聞くわ、先走ったりしたらあかんで?」
「私も探すのお手伝い。ええと……」
「俺は小判たんへの愛で!」
「……それは暴走しそうやからやめとき」
「千両さんめげないで頑張って!」
 千両の言葉にクロは突っ込みをいれ、たたっと屋根の上で昼寝をしている猫へと駆け寄る。そしてクロの言葉にショックを受けた千両を励ますのは百合子だった。
 その様子を屋根の上からくくっと、クロは面白そうに見下ろした。
 昼寝中の猫に銀髪の子ともう一人、男がどこかに行くのを見なかったか、と問う。
 相手の猫は少しめんどくさそうに顔をあげたがにゃあ、と。神社の方だと短く答えてくれた。
 クロはおおきに、と言いその屋根から身軽に飛び降りる。
 と、タイミングよく蝶子も降りてきたところだった。
 けれどもわからないといったような風。
「神社だよ」
「神社や」
 百合子とクロの声が重なる。二人が同じ答えを持ってきたことで、一同そこへ向かうということに。
「神社か、だとしたら人気のない堂の近くだろうな」
「ほな、行こか」
 ぴょん、とクロは藍ノ介の肩へと上がり、そしてがしっと頭に手を置く。
「わ、な!?」
「藍の字の方が足速いやろ? 運んでや」
「ぬ、落ちても知らんからな」
 そして、走り出す。
 それは全力疾走だった。
 神社までのその道中、クロは藍ノ介に思ったことを問う。
「なぁ……うちは知らんのやけど、奈津の坊とその世司って人は一体何の関係なん? 蝶子の兄……だけやないやろ?」
「世司は、昔に奈津の腹に穴を開けたやつだ。だから奈津が……平静を保っていられるかわからん。奈津は怒ると見境がないからなぁ……」
「ふぅん、本当にそれだけなん?」
「……多分」
 それ以上は何も知らないと藍ノ介は言う。きっとそれは事実だ。
 クロはこの後どうなることやらと思う。
 そして話は一区切りし、神社の鳥居が見えてきた。
 そのまま藍ノ介を先頭に人気がない堂の方へ。
 そこに、二人はいた。
「奈津!!」
「小判たん小判たーん!!」
「ああ、邪魔が入りましたね、どうしますか……」
 苦笑しながら、世司が言う。
「あー……来ちゃいましたか親父殿、蝶子さんまで……内緒だって言ったのに」
 と、お堂の方からピーッと電池切れのような音が響く。
「……誰か、いらっしゃるんですか?」
 奈津ノ介の問いの後で、からりとお堂の扉が開いた。
「私の後ろにも、隠れてらっしゃる方たちがいますよ」
「え……?」
 世司の言葉に、ばれてたのかという表情で姿を現した者たちに奈津ノ介は気がついてなかったと苦笑する。
「静さん、佑紀さん、小判君まで……」
「ごめんなさい、でも心配だったから……」
「小判たん……! 無事でよかった……!」
 と、佑紀の腕の中にいた小判の姿をみて千両は安心する。
 そして、蝶子は奈津ノ介よりも前へ出て、世司を見る。
「兄上」
「久しぶりだね、蝶子」
「奈津の前にまた現れると思っておったのじゃが、本当にそうなったのじゃ」
「私は、まだ会う気はなかったんだけどね」
 にこりと笑うのだけれどもそれはどこか卑屈だった。
「世司、何をしにきた! また奈津に……うぐっ」
 と、さわぎ始める藍ノ介の頭上にいたクロは顔を蹴り、地に下りる。
 そして世司を見上げた。
「お前さんはちょっと黙っとり。ふぅん……ええ男やなぁ……そんで、奈津の坊に何の用なん? まさか手ぇ出しとらんやろな? 奈津、でしゃばって堪忍な」
 クロは世司を見定めて、そして奈津ノ介に視線を送る。
「僕は、大丈夫です……いえ、ありがとうございます。頭が……冷えました、クロさん」
「ん、ならええんよ。さ、蝶子は話あるんやろ?」
 静かに見守ることしか、周りのものは出来ない雰囲気。
「兄上、兄上は……」
「蝶子、それは言っては駄目だよ。言えば、肯定しか私にはない」
「!」
 二人だけの間で通じる会話の後、きゅっと唇をかみ締めつつ蝶子は世司を、睨んでいた。
「否定はされないのじゃな?」
「しないよ」
「……わかった、のじゃ……」
 納得しきれないけれども無理矢理納得する、そんな様子だった。
 世司は蝶子を通り越して、視線を奈津ノ介に向ける。
「お返事、いただけないみたいですが……あの人もそんなに気にしないでしょう。いずれまた、ですね。蝶子も、ね」
「兄上、次に会ったら私はきっと……」
「それでいいよ」
 最後の一瞬だけ柔らかな表情。世司は背に黒羽根を広げて飛び上がる。
「あ、逃げるか汝!」
「逃げますよ、父上殿。一人じゃ身が持たない」
 蝶子は追いかけることはできるのだけれども、そうしない。
 きっと兄である世司を見上げるばかりだ。
 黒羽根が、はらはらと落ちてくる。
 誰とも無く、奈津ノ介と蝶子を中心に集まる。
「蝶子さん、大丈夫……? あの、何があるかわからないけどお兄ちゃんなんだから、喧嘩とかしてても仲直りできるよ、ね? 好きなんだよね?」
「うん、兄上は……好きじゃよ。ありがとう。でも……いや、これはなんでもないのじゃ」
「え、え?」
「内緒じゃー! さ、帰ってお茶するのじゃ!」
 元気に一歩、踏み出して蝶子が最初に走り出す。それにつられてか、次に百合子も。
 小判もそれに続いて、千両が追う。
 なんとなく、誰もがこれに続かないといけないと思って走り出す。
 向かう先はもちろん、店。
「元気やなぁ。ま、しょうがないから付きおうてあげるわ」
 渋々、けれども少し楽しい。
 そう感じながらクロは一緒になって駆け出す。
 蝶子と世司、奈津ノ介と世司の間にに何かあるのはわかる。これはきっと本人達に聞くしかないんだろうけれども、きっと答えはしないだろう。
 ただ奈津ノ介にとっては敵意を向けるに値する相手なのだろう。
 まだまだ子供やね、とクロは思う。
 だからこそ見守らなくてはいけない。

 


<END>



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

【5566/菊坂・静/男性/15歳/高校生、「気狂い屋」】
【5686/高野・クロ/女性/681歳/黒猫】
【5884/小坂・佑紀/女性/15歳/高校一年生】
【5976/芳賀・百合子/女性/15歳/中学生兼神事の巫女】
【6235/法条・風槻/女性/25歳/情報請負人】
(整理番号順)


【NPC/奈津ノ介/男性/332歳/雑貨屋店主】
【NPC/蝶子/女性/461歳/暇つぶしが本業の情報屋】
【NPC/世司/男性/587歳/放浪者】

【NPC/小判/男性/10歳/猫】
【NPC/藍ノ介/男性/897歳/雑貨屋居候】
【NPC/千両/無性別/789歳/流れ猫】
【NPC/音原要/女性/15歳/学生アルバイト】

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■         ライター通信          ■
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  ライターの志摩です。今回もありがとうございました! 
 謎をちょこちょこ残しつつ、のこのシナリオでしたがいかがでしたでしょうか? ここのネタはまたそのうちその先、忘れた頃に…!(ぇー)
 蝶子の兄上が投げ込まれました。これで、あと本格的に投入されていないのはあの蛇さんということになります。シリアスーなテイストな話には欠かせませんが、アホシナリオになると、この二人はどう弄ればいいのか…!(悩)前途多難です。
 さてさて、シリアスなものをやりましたので、次の銀屋はアホをやります。馬鹿になって楽しんだもの勝ち。また皆様と会えるのを楽しみにしております!

 高野・クロさま

 二度目まして、ありがとうございますー!
 姉御にゃんこ(ぇ)再来…!としっかり喜んでおりました。今回も似非関西弁なのですが…(…)楽しんでいただければ幸いです。
 まだまだ手の焼けるお子達…大人組も大人なのに手が焼けますが…面倒を見てくだされば嬉しいです。
 ではではまたお会いできるのを楽しみにしております!