■とまるべき宿をば月にあくがれて■
エム・リー |
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【2320】【鈴森・鎮】【鎌鼬参番手】 |
薄闇と夜の静寂。道すがら擦れ違うのは身形の定まらぬ夜行の姿。
気付けば其処は見知った現世東京の地ではない、まるで見知らぬ大路の上でした。
薄闇をぼうやりと照らす灯を元に、貴方はこの見知らぬ大路を進みます。
擦れ違う妖共は、其の何れもが気の善い者達ばかり。
彼等が陽気に口ずさむ都都逸が、この見知らぬ大路に迷いこんだ貴方の心をさわりと撫でて宥めます。
路の脇に見える家屋を横目に歩み進めば、大路はやがて大きな辻へと繋がります。
大路は、其の辻を中央に挟み、合わせて四つ。一つは今しがた貴方が佇んでいた大路であり、振り向けば、路の果てに架かる橋の姿が目に映るでしょう。残る三つの大路の其々も、果てまで進めば橋が姿を現すのです。
さて、貴方が先程横目に見遣ってきた家屋。その一棟の内、殊更鄙びたものが在ったのをご記憶でしょうか。どうにかすれば呆気なく吹き飛んでしまいそうな、半壊した家屋です。その棟は、実はこの四つ辻に在る唯一の茶屋なのです。
その前に立ち、聞き耳を寄せれば、確かに洩れ聞こえてくるでしょう。茶屋に寄った妖怪共の噺し声やら笑い声が。
この茶屋の主は、名を侘助と名乗るでしょう。
一見何ともさえないこの男は、実は人間と妖怪の合いの子であり、この四つ辻全体を守る者でもあるのです。そして何より、現世との自由な往来を可能とする存在です。
彼が何者であるのか。何故彼はこの四つ辻に居るのか。
そういった疑念をも、彼はのらりくらりと笑って交わすでしょう。
侘助が何者であり、果たして何を思うのか。其れは、何れ彼自身の口から語られるかもしれません。
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とまるべき宿をば月にあくがれて 四
「たのもーっ！」
パターンと大きな音を響かせて、四つ辻茶屋の戸板が引き開けられた。中にいた妖怪達の視線が一斉に寄せられた先に立っていたのは、洋菓子店の箱と大きな紙袋を手に提げた鎮だった。
「いらっしゃい、鎮クン。うちの引き戸を開けるのも、もうすっかり手馴れたもんですね」
慣れた調子で店の中へと入り込んできた鎮を迎えた侘助がやわらかな笑みを浮べる。
「ん？ そう？」
提げ持ってきた箱を侘助へと手渡して、鎮は手近にあった椅子を引いて腰を据える。
「うちの引き戸は建て付けが悪いですからねェ。まあ、コツを覚えてしまえば、開けるのもそうは難儀しないと思うんですが」
「そうなんだ。ま、それよりもさ、うちあわせしようぜ、うちあわせ」
「打ち合わせ？」
「きゅうー」
わずかに首を傾げた侘助に、鎮の肩に乗っていたくーちゃんがガッツポーズを取りつつ目を輝かせた。
「帝都びっくり大作戦のだよ！ もうそろそろ実行に移してもいい頃じゃん」
鎮もまたくーちゃんと同様に両目をキラキラと輝かせ、紙袋の中から丸めた地図やら路線図をまとめたぶ厚い本やらを取り出した。
「大荷物ですね」
横手から覗き込みつつ、侘助が感心したように目を細ませる。
土産として持ってきた洋菓子は、店中にくまなく行き届いているらしい。シュークリームやら焼き菓子やらといった洋菓子は、日頃は和で埋め尽くされている四つ辻にとり、とても珍しい甘味なのだ。
「帝都の地図と、あと、山手線の路線図。あと、俺なりに街ん中の写真とか適当に撮ってきてみたんだけど、どんな感じかな。それと、色々メモもしてきてみたんだけど。街によっては学生が多いとか酔っ払いが多いとか、色々あるしさ」
言いつつ、持ってきた写真をテーブルの上に広げていく。
「へええ、これが今の帝都かね」
「随分と風変わりしちまったもんさねえ」
丸い鏡の中に獣じみた顔を映しこんだ妖怪――雲外鏡と、眼孔に光を宿した骸骨――がしゃ髑髏とが寄ってきて、興味深そうに写真を確かめた。
「今の帝都にあんた達が出てきたら、そりゃもうすげえ騒ぎになるぜ、きっと」
キヒヒと笑い、鎮は残った焼き菓子の一つを頬張った。
人間としての姿はせいぜい十歳程度にしか見えない見目ながら、その実、鎮はかれこれ五百年近くを生きてきている。
永世という時代は遥か前に終わり、時世は平成という元号に移り変わった。後に戦国時代と称されるところとなった争乱の時代に生を受けた鎮は、これまで、様々な土地に渡り、様々な人間や妖怪に対峙してきたのだ。
「昔はさ、自由に現世を歩いてたしさあ、共存っての？ 皆も人間達に混じって暮らしてたし、脅かしたりなんだりさ、面白かったよな」
侘助が差し伸べた湯呑を口に運びつつ、鎮は懐かしげに目を細ませた。
「それを今再びという事で、今回の作戦を練っているんですよね」
鎮の横の椅子を引いて腰を下ろし、侘助がやんわりとした笑みを浮べる。
「そう！ 皆もここに閉じこもってばかりじゃ飽きてくるだろうしさ。たまには気分転換とか必要じゃん！」
「きゅうー！」
目を輝かせた鎮に、くーちゃんが同意したように片手を振り上げる。
「よっし、それじゃ、うちあわせしようぜ、みんなー！」
くーちゃんと同じように片手を振り上げて、鎮は店の中にいる総ての妖怪達を見渡した。
いくつかのテーブルを真ん中に寄せ集め、その上に帝都（東京）の地図と路線図、それに合わせた写真とを広げる。
「まずはさ、移動手段だよな。今回は池袋をターゲットにするつもりなんだけどさ。こん中で、人間に化けられるのって、どんだけいる？」
訊ね、もう一度周りの面々と見渡す。
狐や狸は確認するまでもなく、キジムナーもまた有名だ。アカマターもまた若者に化ける事で知られている。元々が人間に近い見目をもっているならば言うまでもない。
問題は、どう譲ってみたところで、到底人間とはかけ離れた見目をしている者だ。例えば火車や一反木綿などは、さすがに電車で移動などといった手段は取れないだろう。
――が、鎮はふむと小さな頷きをみせ、それからにまりと頬を緩めるのだった。
「思うんだけどさ、四つ辻の橋って、繋がる先は一箇所だけしか選べないってわけじゃないんだろ？」
「？ どういう事でしょう？」
訊ねた鎮に、侘助がわずかに目をしばたかせる。
鎮は侘助の側に身を乗り出して、ニヒヒと笑いながら言葉を継げた。
「例えば、池袋の駅前に繋げてほしいとかいうリクエストが出たとするじゃん。そしたらその辺は融通効くのかなとか思ってさ」
「ああ、なるほど。ええ、それはもちろん可能ですよ」
「まじで！？ それじゃ移動手段には困んないかな」
小さなガッツポーズを作り、鎮は満面の笑みを浮べた。
「極端な話、やろうと思えば百鬼夜行も可能ですしね」
鎮の笑顔を見つめつつ、侘助が茶のお替りを湯呑の中に注ぎ入れる。
「え？」
「つまり、”どこからともなく現れて、どこへともなく消えていく”といった事もやれますよという事ですよ」
眼鏡の位置を正しながら、侘助が小さな笑みを滲ませる。
鎮はしばしの間侘助の顔を見遣っていたが、やがて、今度は大きなガッツポーズをとった。
「それじゃあ、移動手段はそれでＯＫだね！ うおー、燃えるー！」
「きゅうー！」
「ハハハ。それで、コースはどの辺りにするんです？ あまり人目が多すぎる場所でやってもなんでしょうし」
「それなんだよ。うーん、どうするかな」
侘助の言葉に大きく頷き、頭をわしゃわしゃと掻きまぜながら、鎮は大きな唸り声をあげた。
「旅行会社の人ってけっこう大変なのかもな。どこ行こうとかなにを見ようとかさ、色々考えなくちゃいけないわけじゃん」
唸り声をあげつつ、上目で侘助の顔を確かめる。侘助は鎮の視線を受けて微笑み、かすかに首を傾げて応えた。
「鎮クンも大変ですか？」
訊ねられ、鎮は注がれたばかりの茶を口にしながらかぶりを振る。
「大変だけどさ、めっちゃ楽しいんだよなー。どこで何しよう、なにをしたら一番目立つかなとかさ。あれこれ考えるのも楽しいよ」
「そうですか」
返された言葉に、侘助はふわりと微笑んだ。
「そンで、結局どうすんだい」
横手から顔を覗かせたのは河童だった。
「うん。思ったんだけど、さっき侘助が言ってた移動手段を取るんなら、池袋の西口公園近くの横道とか、そういう道に繋げてもらったらどうかなって」
「西口公園ですか」
ふむと頷き、侘助は池袋駅周辺の写真に手を伸べた。
「さすがに大通りとかを横断するわけにもいかないだろうしさ。交通事故とか起こしちゃうかもしんないし」
「ふぅむ、確かに」
河童が緑色の顔を大きく縦に動かした。
「あと、あんまり悪戯が過ぎるのもなんだろうしなって思ってさ。ちんどん屋みたいに横断するだけでも、結構目立つんじゃないかなーって思うんだけど、どうかな」
河童の顔を見つめ、鎮は意見を乞うように首を傾げる。
「ちんどん屋？」
河童の隣にいた管狐が目をしばたかせ、鎮はそちらに目をやって頷いた。
「飴売りってさ、拍子木とか鈴とか鳴らしながら歩いてたじゃん。ああいうのがもっと派手になったやつっていうか」
「飴売り！ とーざい、とーざい！」
傘小僧が楽しげに唄を歌う。
「なるほど、派手に主張しながら練り歩くってんのも、なかなかに目立ちそうですね」
顎を撫でながら目を細める侘助に、鎮は満面に笑みをたたえつつ頷いた。
「平成の百鬼夜行だ！ 思い切り盛り上がってこうぜ！」
ガッツポーズを取りながら声を張り上げた鎮に続き、周りを囲んでいた妖怪達もまた大仰に騒ぎ出す。
にわかに盛り上がり始めた店の中を、侘助が楽しげに見守っていた。
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登場人物（この物語に登場した人物の一覧）
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【２３２０ ／ 鈴森・鎮 ／ 男性 ／ ４９７歳 ／ 鎌鼬参番手】
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ライター通信
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いつもお世話様です。続けてのご参加、まことにありがとうございます。
ということで、びっくり大作戦、いよいよ始動といった流れになってまいりました。次回ぐらいには街中を練り歩いたりするのでしょうか。書き手としても毎回楽しく担当させていただいておりますし、また、読み手としても、続きや展開がとても楽しみです。
それでは、よろしければまたご縁をいただけますように。
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