■ノルンの真実 ―怪盗ノルン―■
高原恵 |
【3072】【里見・俊介】【警視庁超常現象対策本部長】 |
●オープニング【0】
5月下旬――桜桃署捜査課勤務の新米刑事・月島美紅が自宅に戻ってポストを開いた所、『月島美紅様』と宛名が記された切手も消印もない手紙が1通入っていた。
「何だろう……」
ハンカチを取り出し、自らの指紋をつけないよう手紙を包んで持つ美紅。不審な手紙と思えたため注意して扱おうと考えたのだ。
美紅は手紙を裏返し、差出人を確認してみた。筆記体の署名がある。『ヴェルディア』……そう読み取れるだろうか。
手紙を持って家の中に入り、美紅は手袋をつけて封を切ってみた。便箋が1枚入っている。ペンで記した手紙で、文字は読みやすく綺麗なものであった。
先日のシーディヌス捜索に対する礼から始まったヴェルディアの手紙には、明後日の夜にとある場所で会いたいという旨が書かれていた。指定された場所は喫茶店、名を『夢待』というらしい。そこで、改めて礼を言いたいのだという。
(……行かなくちゃ……)
手紙を読み終えた美紅は即座にそう思った。自分の中の何かが、そうすべきだと訴えかけているのだ。ひょっとするとこれがいわゆる『刑事の勘』という奴かもしれない。
まあ、先日のあの事件は謎が多く残っている。会って、それについて問い質してみるのもいいだろう。
そしてヴェルディアからの手紙が届いていたのは、何も美紅だけではない。同様に届いていたのは他にも居て――。
〈ライター主観による依頼傾向(5段階評価)〉
戦闘:1/推理:5/心霊:3/危険度:1
ほのぼの:3/コメディ:1/恋愛:1
関連依頼:『怪盗ノルン』
『インターミッション ―怪盗ノルン―』
『囚われのノルン ―怪盗ノルン―』
参考依頼:『喫茶『夢待』にて』(ゴーストネットOFF)
その他、いくつかあります
*プレイング内容により、傾向が変動する可能性は否定しません
【募集予定人数:1〜10人】
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ノルンの真実 ―怪盗ノルン―
●喫茶『夢待』にて【1】
とある商店街に『夢待』という名の喫茶店がある。その夜、入口の扉には『本日貸切』なる札がかけられていた。
店内に目を向けてみると、カウンターの中には腰まである緩やかなウェーブのかかった黒髪の女性の姿があり、せっせと何やら準備を行っている。
では、テーブル席はどうかというと――都合8人の客の姿がある。鹿沼・デルフェス、不動望子、シュライン・エマ、露樹八重、高ヶ崎秋五、天薙撫子、葉月政人、そして月島美紅だ。なお撫子は来た早々、何やら桐の箱をカウンターの中の女性に手渡して、伝言を伝えていたみたいだが、その詳しい内容はよく分からない。
この8人には2つの共通点があった。先日の山形はるひ失踪事件に関わったことがまず1つ。そしてもう1つは、いずれの元にもヴェルディアからの招待状が届いていたということである。
招待状が来たということは、当然ながらヴェルディア本人がここへ現れるということであろう。そのためか、微妙に空気が重苦しい。相手がどういった行動に出るのか、あまりよく分からないからなのかもしれない。
「……ここに来るのも、ずいぶん久し振りだわ」
そんな中、ぼそっとシュラインがつぶやいた。たちまち視線が集まる。
「前にね、いい喫茶店があるって教えてもらって、来たことがあるの」
視線に気付いたシュラインは、そうとだけ答えた。あれこれと語るべきことはあるだろうけれども、恐らく今話してみても無用な混乱を誘うだけであると考えたのだ。
と――一同は不意に空気が変わったことを感じ取った。何者かが現れたようなのだ。それも、店の奥から。
「ようこそ、私のお店へ」
聞き覚えのある声がした。見ればカウンターの中に、あのヴェルディアが白いドレスに身を包んで立っているではないか。その傍らには、シーディヌスの姿もある。
「あなたのお店だったんですかっ?」
驚く美紅。他の者も、おおよそそんな感じだ。しかしシュラインだけは、やっぱりといった納得の表情を浮かべていた。
(あの時のあれは、見間違えなんかじゃなかったのね)
やはりあれは、ヴェルディア本人であったのだろう。となれば、あの時見たウェイトレスな親子と今ここに居るウェイトレスの女性との関係は……。
「本当は親子なんかじゃなくて、同一人物なんでしょう?」
思わずシュラインはそう、カウンターの中のウェイトレスに話しかけていた。女性はにこり微笑むと、頷いてからこう言った。
「当店ウェイトレスの夢野桐依と申します」
女性は『ゆめのきりえ』と名乗った。……『夢の切り絵』という意味か?
「あれこれと聞きたいことはあるでしょう。ですが、それは食べながらでも出来ることです。桐依」
「それではお客様、ご注文をお伺いいたします」
ヴェルディアに促され、桐依が一同の注文を尋ねる。待ち人が来てからと、一同は注文を控えていたのである――。
●ノルンの真実【2】
ややあって、テーブルの上にはコーヒーやピザトースト、バナナジュースにケーキなどが並ぶ。ちなみにピザトーストとバナナジュースはシュライン曰く、客の評判がいいそうだ。
「あぁー……甘すぎないのに後味甘くて、それでいてしつこくなくて、とてもよいでぇす♪」
などと言い、はむはむとケーキに舌鼓を打っているのは八重である。ちょこんとケーキのそばまで行って、直接食べているからか、口の回りに生クリームがべったりとついていた。
「気に入ったのでしたら、お好きなだけどうぞ」
くすと笑みを浮かべ、カウンター席へ腰掛けたヴェルディアが言う。それを聞いて八重の目が輝いたことは言うまでもない。
「大変美味しいんですが……」
政人が口つけたコーヒーカップを置いて、ヴェルディアの方を向いた。
「用件は何なのでしょう? まずはそれをお聞きしたいですね」
もっともな質問をする政人。別にここへはコーヒーなどをご馳走になりに来た訳ではないのだから。
「もちろん用件があるから、あなた方に招待状を送ったのよ」
くすっとヴェルディアが笑みを浮かべた。
「まずは改めて先日のお礼を。シーディヌスや彼女――山形はるひさんを探してくれて、心から感謝します」
立ち上がり、静かに頭を下げるヴェルディア。その口からはっきりとはるひの名前が出たことから、はるひとヴェルディアたちに関係あることが確定した。
「あなたたちは……いったい何者なんです」
政人は注意深くヴェルディアを観察した。それは警察官としての本能だったろうか。
「どうしてそれをお聞きになるんです?」
「不快な質問でしたら申し訳ないです。ですが、僕は名探偵ではありませんので、名推理するよりも真実を知りたいんです。……もちろん、僕は警察官ですから知るだけでなく対処していかなければいけませんけれど」
政人は頭を下げてから、じっとヴェルディアの目を見つめた。うっすら微笑んだヴェルディアは、すぅ……と息を吸ってからこう話し始めた。
「私は時空の女神。『時空の三女神』などと呼ぶ者も居ます。そして、シーディヌスと桐依は私たち時空の女神に通ずる者」
「それが何故、山形警部の娘さんと関係が」
「……さて、どこから話せばよいものでしょう」
ゆっくりと一同の顔を見渡すヴェルディア。ふと秋五の所で視線が止まった。
「何か、思う所でもおありかしら」
「……なら、お言葉に甘えて少しばかり推理などを」
どうやら秋五があれこれと考えていたことを、ヴェルディアは気付いていたようだ。
「先日の話の流れからなんですが……はるひさんが、怪盗ノルンなのは間違いないのではないかと。そのためにシーディヌスさんでしたか、彼女の力を借りて変身をしていたのではないですか? 接点は、彼女が死神らしいということから、自ずと出来たのでしょうし……」
秋五がシーディヌスの方を見た。表情を変えぬシーディヌス。
「50点、としておきましょう」
秋五の推理を聞いてから、静かにヴェルディアがつぶやいた。
「ええ、ほとんどの方がご想像の通り、怪盗ノルンの正体ははるひさん。しかし、彼女にその力を与えたのはこの私……」
「えっ、ノルンしゃんとシーディヌスしゃんは仲良ししゃんじゃないのでぇすか?」
驚く八重。一緒に行動していたと思しきことからそう考えたのだが、はるひに力を与えたのがヴェルディアとなってくると、はるひとシーディヌスの関係はいったい?
「順を追って話しましょう。最初は、はるひさんの死期の通知から。割り振りが私たちの所へ届き、シーディヌスが死神としてはるひさんの元へ向かいました。……大きな発作が起きて、一時危篤状態となった頃といえばお分かりかしら」
「ですが、その時はるひ様は危篤状態より回復された訳ですわよね」
デルフェスが確認するように尋ねた。回復していなければ、現在はるひが居るはずないのだから。
「……死神として職務を履行出来ない事態がシーディヌス様に起きたのでしょうか?」
「履行出来ない事態は確かに起こりました」
デルフェスの言葉に頷くヴェルディア。
「しかしそれはもっと上のレベル、そもそもの死期の通知からして間違いだったのです」
……はい? それはどういうことですか?
「何者かがシステムに妨害を仕掛けてきたのです。そのために誤りがいくつか生じ、このケースの1つがはるひさんだったのです。すんでの所でそれが判明し、はるひさんは危篤状態を脱することが出来ました。他の誤りについても同様です」
「……私は死神ですが、私が生命を奪う訳ではありません。ただ私は、死者の魂を迷うことなく導くだけです」
ヴェルディアの説明に続き、シーディヌスが静かに言った。
「その後、私たちは上からの指示により、誤りに巻き込まれた人たちを対象とし、フォローに努めることとなりました。具体的に言うならば、対象者の望みを叶えるということです。それが指示でした。そのため私は引き続きシーディヌスに、はるひさんの望みを調べるように言ったのです」
「その時に大好きなお父様――山形警部への想いの表れを感じ取ったのですね……」
撫子が納得するようにつぶやいた。そのことはヴェルディアが現れる前、意見交換の際に望子やデルフェスなどからも撫子同様の意見が出ていた。
「その通りです。はるひさんの心の奥底の想いを具現化したのが……時空の狭間の存在、怪盗ノルン。もっともはるひさんは、ノルンの行動を覚えていたとしても、夢の中の出来事としか思っていないでしょうけれど」
ちなみに、何故に怪盗なのかは謎である。もしかすると、何かしら漫画かアニメの影響なのかもしれないが……。
「夢?」
シュラインが反応した。ヴェルディアが顔を向ける。
「おや、何か?」
「ノルンとなるきっかけに、夢が関係あるの? だとしたら、それってある意味夢魔が好みそうな状況なのかもって。実は先日……」
シュラインは先日、草間興信所に持ち込まれた夢魔絡みの事件についてヴェルディアに説明した。
「あれでぇすね? 時間を悪戯しちゃいけないのでぇす♪」
その場には八重も居たからよく覚えている。その夢魔は、依頼者の時間を奪い去ろうとしていたのだ。しかも八重に向かって『あの女神たちの眷属なのか』などと言い――。
「時の悪魔……」
ヴェルディアがぽつりとつぶやいた。
「え、夢魔じゃないの?」
きょとんとなるシュラインに、ヴェルディアは首を横に振った。
「悪魔の中で、時に関する能力を持ち合わせる者を私たちはそう呼んでいるのです。言うなれば、私たちの敵。光りある所に闇もある。私たちが居るように、彼らも存在する。彼らは時間を奪い、乱すことに喜びを見い出しているのです。そうですか、時の悪魔が現れましたか……」
思案するヴェルディア。何やらややこしい話になってきたようだ。
「……あの、お話の続きを」
シュラインが考え込むヴェルディアを促した。
「ああ、そうでしたね。ノルンが動くためには、はるひさんが眠る必要があるのです。暴走しないための安全装置と考えてください。ですが、その間ははるひさんは無防備となってしまいます。そこで私は、シーディヌスをそばに置いていたのです。もしシーディヌスを目撃したことがあるのなら、その最中のことなんでしょう」
「ノルン様が美術品を盗んでおられたのには何か理由がおありだったのでしょうか? 例えば悪霊が取り憑いていて、後程にシーディヌス様が狩っておられたとか……」
デルフェスが自らの考えを口にしたが、これはシーディヌスが首を横に振った。言葉で答えたのはやはりヴェルディア。
「いいえ。盗む物は、ノルンがアトランダムに決めたのです。曰くも何も存在はしません。ノルンにとって重要なのは、山形警部を引っ張り出すことだったのですから。もちろん盗んだ品は、私たちが返しておきましたけれど。時空の狭間にあれば、返すのは簡単なことです」
ヴェルディアがくすっと微笑んだ。ノルンが時空の狭間の存在だというなら、盗んだ品も一旦は同じく時空の狭間へ行くのだろう。で、ヴェルディアの説明に繋がると。
「愉快犯ですか……もう1度ノルン様にお会い出来たら、それは注意しなければいけませんわね」
難しい表情を浮かべるデルフェス。まあその後に、事情を知らなかったとはいえ一方的に悪だと決め付けていたことを詫びるつもりではあるのだが。それはそれ、これはこれである。
「あの。はるひちゃんの山形警部への思慕が、ノルンを生み出していた原因であることはよく分かりました。私たちも話していたことでしたから」
望子はそう言うと、ヴェルディアの目をしっかと見つめた。
「……先日、ノルンが消えたのは、はるひちゃんが捕われたからなんですね?」
ここまでの話の流れから、望子はそのように考えた。ノルン活動中眠っているはるひにシーディヌスをつけるということは、はるひに何かあるとノルンにも影響が出ることに他ならぬのだから。
「ええ。シーディヌスも抵抗しましたが、敵の方が実力が上だったようです。辛うじて、武器である鎌を小さくして残せたのみで」
ヴェルディアがシーディヌスを見る。シーディヌスは無言でうつむいた。
「……いったい何が目的だったのでしょうね」
撫子がぽつりとつぶやいた。無論、はるひとシーディヌスを攫った敵のことだ。
「さて、何でしょう」
しれっと答えるヴェルディア。見当がついていないのか、それともとぼけているのか。恐らくは後者であるだろう。
「質問いいでぇすか?」
ケーキに夢中になっていた八重が、思い出したようにヴェルディアに尋ねた。
「昔、時間を操ることが出来る人はあまり表に出てきてはいけないと言われたことがあるのでぇすが、話を聞くと時々出てきてるみたいなのでぇすね……」
「その通り。だから私たちも、普段はあまり表に出てくることはないのです。シーディヌスや桐依などに任せ、間接的に動くことが主体です」
「ヴェルディアしゃんとあのりっぽーたいを作った人とは別なのでしょー?」
「ええ、違います。ああいった真似が出来ることからして、なかなかの能力者でしょう……人であるならば」
微妙なヴェルディアの言い回し。それはつまり……?
「……うちの仕事が増えてきそうですね」
政人はヴェルディアの言い回しから、そう感じ取った。先程シュラインが語ったケースなど、ひょっとしたら氷山の一角なのかもしれない。対超常現象1課が動かねばならぬ事件は、増えることはあっても減ることは当分なさそうだ。
「でも……」
心配そうな表情を浮かべ、シュラインがヴェルディアを見た。
「ノルンに変身することって、はるひちゃんの身体に負担をかけているんじゃあ。ノルンの動きがない間、はるひちゃんは回復していたっていうし」
懸念を口にするシュライン。同様のことは撫子も思っていた。
「わたくしも、病状の改善に関係しているように感じられるのですが……病状が再発することなどないのでしょうか?」
撫子もやはり心配であった。ノルンとなって父親に会えたとしても、それではるひの病状が悪化しては本末転倒な訳で。
するとヴェルディアが何か言うよりも先に、秋五がこう言った。
「先日、病院で担当医から聞いてきた経過なのですけどね。順調に回復してきていて、この調子なら秋には一時退院も不可能じゃないレベルだということでしたよ」
「私もそう聞いています」
秋五の話に大きく頷く望子。そしてヴェルディアが口を開いた。
「心配無用です。はるひさんは遅くとも年内には一時退院出来ます。回復はもう決まったことなのですから」
「じゃあ、はるひちゃんに負担は?」
「ありません」
シュラインに対し、ヴェルディアはきっぱりと答えた。それを聞いて一同は安堵した。はるひが回復し、元気に退院してくれることは何より喜ばしいことなのだから。
「退院すれば、自ずとノルンが現れることはなくなるでしょう。病院の中だけだった世界が広がり、何か他に興味を覚えることもあるでしょうから」
「そう願いたいですね。現状、山形警部はノルン対策に追われて父親として会えなくなっているんですから。まあ、ノルン事件がなくとも警察官が忙しいことには変わりませんが……それでも現状よりはよいのではないでしょうかと」
政人がヴェルディアに言った。父親に会うためのことが、逆に父親に会いにくくしているという矛盾を生み出してしまっている。これは互いにとって不幸ではないだろうか?
「それは、時が解決してくれます」
ヴェルディアは笑って言った――。
●山形警部の苦悩【3】
「は、出向……でありますか?」
「そうだとも、山形警部。ぜひ君に、我が超常現象対策本部に来てもらいたい」
美紅たちが喫茶『夢待』でヴェルディアたちと会っていた頃――警視庁内では、山形が超常現象対策本部長である里見俊介警視長に呼び出されていた。
山形にしてみれば、この話は寝耳に水。ずいぶん唐突なことであった。俊介が思いつきで言っているのではないかと思えるほどに。
もちろん俊介は思いつきで言ってはいない。部下である政人や望子からの報告を受け、思慮した結果がこれだったのだ。
「しかし! 自分には、ノルンを捕まえるという使命が……!」
「そのためにも、超常現象対策本部での経験を積んだ方がよくはないかね。ノルンは能力者である、というのが我々の見解だ」
「ですが本部長殿!」
「山形警部。出向中、ノルンによる事件が起きれば、対超としてその捜査にあたることが出来る。君からノルンを追う使命を奪う気はない。何か問題はあるかね?」
「く……」
山形がぎゅっとこぶしを握り締めた。出向を命じられた悔しさからだろうか。
「私は……君のことを評価しているんだ」
「……は?」
「君も知っての通り、対超はその性質上若手の警察官が多い。若さは勢いとなり、新しき視点や考え方をもたらしてはくれる。だが、経験だけはこれから重ねてゆかねばならない。そこで、君のような経験豊富な人材が必要なんだ」
「自分がでありますか?」
尋ねる山形に対し、こくっと俊介は頷いた。
「若手を指導し、捜査の基本などを叩き込んでやってもらいたい。君以外にも、何人かに声をかけるつもりだ」
と説明する俊介。山形に出向を承諾してもらうための口実ではあるが、嘘を言っている訳ではない、実際問題、若い部下たちに経験が欠けているのは本当で、遅かれ早かれどうにかしなければならないのだから。
「本部長殿……申し訳ありません、考えさせていただけますか」
力なく山形が言った。
「うむ、君からいい答えが返ってくることを期待しているよ」
「……失礼します」
敬礼し、立ち去ろうとする山形。それを思い出したように俊介が呼び止めた。
「ああ、山形警部」
「はっ」
「娘さんは元気かね」
「はっ! 先日は私事ながら、大変ご迷惑をおかけいたしました」
頭を下げる山形。
「無事に保護されて何よりだったね。……君たちの親子関係が良好なことを私は願うよ」
笑みを浮かべる俊介。それはどこか寂し気な笑顔であった……。
●パパへ【4】
翌朝――出勤前、山形ははるひの入院している病院へ立ち寄った。出向話に対する考えがまとまらなかったこともあったが、夕べ俊介から言われた言葉が頭に残っていたのだった。
「はるひ」
病室へ顔を出す山形。はるひは父親の顔を見るなり、表情を輝かせた。
「パパ! みてみてっ、これっ!!」
何やらごそごそと探し出し、はるひが紙を開いて山形へ見せつける。それは山形を描いた似顔絵。ちと美形化されているのがあれだったけれども。
「これは……」
山形はそのタッチに見覚えがあった。先日望子が描いたはるひの似顔絵に、どこか似た所があったからだ。
「このパパのえをくれたおねーちゃんがね、げんきになったらいっしょにパパのおしごとけんがくにいこうって!!」
にこにこ、にこにこ。満面の笑みを浮かべてはるひが山形に言った。
「……そうか。そうか……」
山形ははるひのそばへ行き、髪をくしゃっとして頭を撫でた。
「元気になったら、パパと一緒に思う存分遊ぼうな――」
●お礼の品【5】
「山形警部が、出向されるそうです」
美紅からそんな話を聞いたのは、ヴェルディアに招待された日から1週間ほど経った日のことだった。結局、出向話を受け入れたのである。
「それからですね、あの日に家に帰ったらポケットから妙な物が出てきて……白い水晶なんでしょうか?」
それは2センチ大ほどの白水晶。見る角度によって、輝きが異なるように思えた。
「え、そっちにもあるんですか?」
驚く美紅。どうも話を聞いてゆくと、全員に同じ物があるようだ。これはもしかして、ヴェルディアの仕業であるのだろうか。
【ノルンの真実 ―怪盗ノルン― 了】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 整理番号 / PC名(読み)
/ 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
/ 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 0328 / 天薙・撫子(あまなぎ・なでしこ)
/ 女 / 18 / 大学生(巫女):天位覚醒者 】
【 1009 / 露樹・八重(つゆき・やえ)
/ 女 / 子供? / 時計屋主人兼マスコット 】
【 1855 / 葉月・政人(はづき・まさと)
/ 男 / 25 / 警視庁超常現象対策本部 対超常現象一課 】
【 2181 / 鹿沼・デルフェス(かぬま・でるふぇす)
/ 女 / 19? / アンティークショップ・レンの店員 】
【 3072 / 里見・俊介(さとみ・しゅんすけ)
/ 男 / 48 / 警視庁超常現象対策本部長 】
【 3452 / 不動・望子(ふどう・のぞみこ)
/ 女 / 24 / 警視庁超常現象対策本部オペレーター 巡査 】
【 6184 / 高ヶ崎・秋五(たかがさき・しゅうご)
/ 男 / 28 / 情報屋と探索屋 】
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■ ライター通信 ■
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・『東京怪談ゲームノベル』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全5場面で構成されています。今回は参加者全員同一の文章となっております。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変お待たせしてしまい申し訳ありませんでした。ここにノルンの正体などをお届けいたします。もっとも他にも色々と明らかになってきている訳ですが。
・一連の話を極めて単純化しますと、はるひの望みをヴェルディアが叶えたということになると思います。そこにシステム妨害など神々の方での話が絡まり、よく分からなく見えるだけで。
・神々の方の話は今回あまり突っ込んで説明していませんけど、そちらを追ったら追ったでまた訳が分からなくなってくると思います。ただ、高原の東京怪談における全てのお話の根底にある事柄だとは言っておきます。このことは、広く広めていただいて結構ですので。
・ともあれノルンに関係するお話は、これで一旦終了です。長々とお付き合い、本当にありがとうございました。とはいえノルンが消滅した訳ではないので、ひょんなことでまた姿を現すかもしれませんが……当分は大丈夫かな?
・里見俊介さん、2度目のご参加ありがとうございます。お久し振りですね。山形に出向させるというのはいいアイデアだったと思います。なので、当面は対超へ出向となります。それからアイテムが反映されていると思いますが、ヴェルディアが動きに気付いていたということで。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。
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