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■CallingU 「心臓・こころ」■

ともやいずみ
【0413】【神崎・美桜】【高校生】
 ここが決断の時。
 ここが分岐点。
 あなたは決めなければならない。
 抗うか。
 それとも受け入れるか……!

CallingU 「心臓・こころ」



 神崎美桜は、少しだけ瞳に力を込めた。
 ここで怯まない。怯むわけにはいかない。
「私は忘れたくないし、死にたくありません」
 はっきりとそう言い切った。
 突きつけられた刃を一瞥し、美桜は欠月を見遣る。
 一歩、近づいた。
 すると欠月は一歩退く。
「…………近づくな」
「どうしてですか?」
 欠月は不審そうだ。だがすぐに気付いてさらに距離をとった。
 美桜は欠月に近づき、彼を癒したいと考えていたのだ。抱きしめて、落ち着かせたいと。
(……やはり、簡単には近づけないようですね)
 ならば方法を変えるだけだ。
「あなたには感情があります」
「……は?」
「命を助けるとか、感情がないと考えること自体、感情がある事です」
 だから、欠月には感情がある。
 欠月は美桜を凝視していたが、嘲るように呟いた。
「相変わらずの……その偽善。鬱陶しいほどだな」
「そういうことが言えるということは、感情がある証拠です」
「ボクは……得た情報の中から判断し、最善のものを選んでいるだけだ。おまえの言動は、一般人の半分は不愉快になると判断した」
「どうしてですか」
「感情がある、ないの問題ではない。そんなことは、どうでもいいことだ」
 どうでもいい?
 美桜は眉をひそめた。
「そんなことはもう問題ではない。感情がボクにあったとして……それでなんだというのだ? おまえから記憶か命を奪う選択肢は変化しない。感情に訴え、命乞いをするつもりなら無駄なことだ」
 ……悲しい。
 美桜はそう思う。
 欠月の言っていることは……どうしても美桜と相容れないものだ。
 だが間違ってもいない。
 欠月に感情があったとして……、それで状況は変化しない。美桜に突きつけられた刃はまだ、下ろされていないのだから。
「あなたは……あなたは本当は生きたいと考えているんじゃないですか?」
「…………今度はなんだ」
 冷たい目で見てくる欠月は、同じように冷たい声で囁く。
「身体は魂の器です。だけど……身体が生きたいと願い、欠月さんが死にたいと思っているから……うまく繋がっていられないんです。きっとそうです」
「…………」
 欠月は目を細めた。それはとても美しく、また残酷に見える。
「…………本当に、よく勘違いをする女だ」
 言葉の刃に美桜は耐える。欠月は何かを……隠している。きっと。
「話を聞いていなかったのか? 身体が『生きたい』だと……? そうだろうな。この肉体は、影築の物だ。…………影築は死にたくなかったから、生きたいと願うのも仕方ないことだろう」
 だが。
「ボクが、死にたいなんて、ただの一言でも言ったか?」
 その言葉に美桜は目を見開く。
「え……そ、それは……」
「ボクは一度も、死にたいなどと口にしてはいないはずだ。どこからそんな考えが出た?」
 そう言われればそうだ。欠月は自ら死ぬとは、言っていない。
 ではなぜ。
「この肉体は影築のもので、ボクのものではない…………だから、無理に繋げていた鎖が劣化している」
 そう言ったはずだが。
 静かに言われて、美桜はぐっ、と唇を引き結ぶ。
「じゃあ……じゃあ欠月さんは死にたくないのに死ぬというんですか!?」
「…………ならおまえはどうする? どうしようもない病に身を蝕まれているヤツに……どう声をかけるんだ? 助かる見込みもない病で、おまえはそうやって偽善をひけらかし、自己満足に浸るのか?」
「そんなんじゃありません! 私は……!」
「この手の、指先の一本一本にいたるまで……小さな小さな、そして細い糸がボクの魂と繋がっている。その糸が一つ、また一つと……途切れていく」
 その様子を想像して美桜は青ざめた。
 一日、半日、一時間。ぷちん……また、ぷちんと糸が切れる。動かなくなっていく身体。どうしようもできない。その糸が切れるのを、止める手立てはない。
 見えない糸を繋ぎ止める方法なんて……!
「ボクの魂を繋いでいる鎖は腐り落ち……それは即ち、この肉体の寿命だ」
「なにか……なにか手はないんですか? 生きているうちになんとかできないんですか? だってその身体は、今は貴方のものじゃないですか!」
「…………」
「もう一度魂と繋げることはできないんですか? そうすれば……!」
「ボクを贄にしようとしている連中が、そんなことを教えるものか。それに…………ボクは生きたいなど、言っていない」
 ぼんやりと彼は呟いた。
「死も、生も……ボクには同一のものにすぎない。なぜ……おまえがそれほど慌てるのか…………」
「そっ、そんなのっ」
 美桜はなんだか悔しくなる。
「そんなの! あなたが私の友達だからです! 友達は、心配するものじゃないですかっ」
「トモダチ……?」
 欠月は抑揚のない声で囁いた。
「お願いですから、諦めないでくださいっ。死ねと言われて、簡単に命を捨てないで!」
 懇願する美桜を見遣り、欠月は無言になる。それから視線を伏せた。
「…………どうせ死ぬまでもう時間はない」
「時間って……まだあります! 何か手は……」
 そこで美桜は気付いた。欠月の手が震えていることに。
 おかしい。何か、変だ。
 満足に武器も握れないように緩く……もう少しで武器が落ちそ……。
 武器は欠月の手から離れ、地面へと吸い込まれていった。
 もしかして……。
(欠月さ……)
 美桜は蒼白になる。
 なぜ、実家に帰ってから一ヶ月もして……彼はここに来た? わざわざ来なくても……誰か他の者に任せてしまえばいいのに。
 欠月はふらっとよろめき、足から力が抜けてその場に膝をついた。
「欠月さん! しっかりして!」
 駆け寄る美桜は、欠月はもう満足にどこも動かせないことに気付く。
「なんで……どうしてこんな無理をして……!」
「………………最後までボクを嫌わなかったとは……驚いた」
 そう呟いて、欠月の瞳から光が完全に消え失せ…………彼は気絶してしまった。

 ―――― 一ヶ月ほど経っても、病院に運ばれた欠月は目覚めはしなかった。
 彼はただ静かに眠り続けている…………今も。



 病院のベッドで横たわる欠月は、瞼をしっかりと閉じたままだった。
 だがなぜか、『見えていた』。
 ベッドのすぐ横に、白い着物の長い髪の少年が立って、こちらを見下ろしている。
「かづき……」
 自分とそっくりの男に、欠月は意識をそちらに向ける。
「……そうか。あなたはこの肉体の持ち主か」
 口は開いていないが、言葉が出た。
 とても病弱そうで、儚い感じの少年だ。欠月の元気な様子を見ていては信じられないほどの。
 病で苦しみの生活を送っていた遠逆影築。その一生のほとんどを、布団の上で過ごした。
 短い一生を終えてしまった悲劇の男。
「君が羨ましい……」
「……どうしてそう思う? ボクはあなたこそが羨ましい」
 感情がある。死にたくないと思える。
 だが欠月には何もない。
 生きたいという感情さえ、わからない。
「とても元気で……私ができなかったことが、できたから」
 恨めしそうな瞳で欠月をじっと見下ろした。
 今にも欠月の首を締めそうな雰囲気だ。だがそうはしなかった。
「私も戦いたかった。私たちが仕えていたあの方たちだけ、いつも戦いに出るから。
 傷だらけで帰ってくる……。
 私はくやしい」
 影築は吐露し、それから歪んだ笑みを浮かべた。
「くやしい……くやしい……。
 ただ待っているのがくやしい。
 あの方たちの無事を待っているだけ。
 死がやってくるのを待っているだけ。
 私はいつも、ただ『待つ』ことだけしかできなかった……」
 欠月はそれをただ聞いていた。
 いや、聞くことくらいしかできない。感情のない自分は、彼の悔しさはわからない。
「だから……赴いてしまった。手助けできるかもしれないと思って。
 でも……結果はわかるだろう?」
「…………そうか。妖魔の氷に閉じ込められたのか」
「私は冷たい氷に閉ざされてしまった。でも最期に、思ったように行動して、良かった」
「……後悔はしていないのか」
「してる。すごくしてる。
 君みたいに走り回って、戦いたかった。役立たずじゃないって思いたかった。
 必要とされているんだって、思いたかった……!」
「…………」
「でもいいんだ。私の夢は叶った」
 欠月はそれが不思議でならない。
「いつ壊れるかわからない心臓に怯えることのない日々……手に入れたかったのはそれ。
 私は手に入れた」
「…………そうか。この肉体はあなたに返せるのか」
 欠月は苦笑した。
「……そのほうがいい。ボクがいることで……心配させてしまう人がいるのだ。これ以上、迷惑をかけたくない」
「……ほんとうにそう思うのか」
 冷たい声で影築が顔を近づけてくる。
「私がその身体を君から取り上げて……君になりすますことがいいと思うのか?」
 欠月は無言だ。
 それがいいことかどうか、わからないから。
「私はそんな情けはいらない……! 君の『代わり』なんて嫌だ!」
「…………」
「いいか……? 君の魂の一部は私でできている……。私がいることで、君は感情が発生した……!」
「なんだって……?」
「人造の魂は生きることをしない。憑物封印をするためには『生きる』ことが必要だった。
 そのために私の魂の残りカスが使われた……。私は君なんだ、欠月」
「うそだ……」
「でなければ……君が『迷う』ことはなかった」
 影築は近づけていた顔を離す。
 その穏やかな笑みに欠月は泣きそうになった。
「こうして話すことはもうない……。もう君の中の私は全て消耗されてしまう」
 微笑む影築は続ける。
「だから目覚めなさい。私の分も生きてくれ。私のできなかったことを成し遂げてくれ。
 その肉体はもう君のもの。だけど、私のためにも生きると誓ってくれ」
 欠月は選択を迫られた。
 だが心は決めている――――もう、迷いはしない。



 花を持ってお見舞いに来た美桜は、ドアを開けた瞬間驚愕し……その場に佇んだ。
 ベッドの上から開け放たれた窓の外を見ていた彼は、こちらを振り返った。
「やあ。いい天気だね」
 その声はとても穏やかに――――囁かれた。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【0413/神崎・美桜(かんざき・みお)/女/17/高校生】

NPC
【遠逆・欠月(とおさか・かづき)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 最終話までお付き合いくださり、どうもありがとうございました神崎様。
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 最後まで書かせていただき、大感謝です。