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■CallingU 「心臓・こころ」■

ともやいずみ
【5566】【菊坂・静】【高校生、「気狂い屋」】
 ここが決断の時。
 ここが分岐点。
 あなたは決めなければならない。
 抗うか。
 それとも受け入れるか……!

CallingU 「心臓・こころ」



 菊坂静は、目の前に立つ欠月をじっと見つめた。
 貧血のせいだろうか。意識がぼんやりする。けれども。
「……記憶も、命も……渡せません」
 小さく呟いた。
 欠月は目を細める。
「そうか。では、ボクと戦うということか。いいだろう……一瞬で楽にしてやる」
 だが欠月は動けなかった。静が矛の刃を強く握りしめたからだ。
 両手で握ると、掌に痛みが走る。
「今まで……今までのことが嘘でも……それでも、僕は欠月さんに生きて欲しい……!」
「…………」
「造られたとしても、欠月さんは今! ここに居るのに! 生きてるのに!」
 強く欠月を見つめた。
 彼は目を軽く見開き、硬直している。
「僕が……僕が生きることを許してくれた欠月さんも……優しい『人間』です……!」
「……愚かな。それが一番いい方法だと思ったからだ。別に優しくしていたわけではない」
「僕は欠月さんが家族みたいで……大好きなんです!」
 静の叫びに欠月はぎくりとしたように口を閉じた。
「嫌だ……逝かないで……死なないで……生きてください! お願いですから!」
 刃を握りしめた静の掌から、血が滴り落ちた。その様を、欠月は見遣る。
 無理な願いだなんて、静にはわかっていた。けれども願わずにはいられない。
 生きて欲しい。一緒に生きたい。
 ……欠月は眉をひそめた。そして武器から手を放す。武器はすぐさま影に戻ってしまった。
 静は怪訝そうにし、欠月をうかがう。ここで欠月が武器を手離すということは……期待してもいいのだろうか?
「痛……い」
「欠月さん……?」
 だが欠月の呟きは、予想したものではなかった。
 彼は胸元を強く握りしめる。痛みを堪えるように、だ。
「…………キミの言葉でボクの心臓はひどい痛みを発する……」
 信じられないというように欠月は静を見遣った。なんの感情もない、瞳だ。
「壊れる寸前なんだ……。キミがボクを壊していく……」
「僕が……?」
 そういえば、好意を寄せれば寄せるほど欠月は不愉快そうにしていた。
(あれは……痛みを堪えて……?)
 自分の気持ちが、欠月を死へと早めていたのだ。
 欠月は呟く。
「…………ボクは優しくない」
 それはどこか、虚ろな声。
「全部計算して……。一番いい方法をとっていた…………『優しい』とは言えない」
 彼は一筋涙を流した。
「…………どうして……どうしてだ……ここまですれば――――――嫌いになるだろ、普通」
 欠月の言葉に静は目を見開いた。
 今のは……?
「欠月さ…………」
 一瞬で全てが紐解けた気がした。
 欠月の肉体はもう、彼の意志ではどうしようもないほど動かないのに……なのにわざわざこんなところに来るなんて正気ではない。
 別れの時も、彼は退魔の仕事で苦戦していたのだ。それは身体が動かなかったからだろう。さらにそこから一ヶ月は経過している。
(も、もう……もう動けないはずなのに……!)
「なんでわざわざ……?」
 ここに?
 問いかけに彼は応えはしない。
 静は手を伸ばす。血まみれの手を。
 だがそれが欠月に届こうとした刹那――――欠月はふっ、と意識を失ってその場に倒れてしまう。
「かっ、欠月さ……!」
 駆け寄ろうとした瞬間、静の意識がぐらっと回転した。ダメだ。自分まで気を失っては……。
 しかし無駄だった。静の意識はあっという間に暗闇に呑まれてしまったのだ。



 意識を失い、救急車によって病院まで運ばれたのは、一ヶ月も前のこと。
 すっかり元気になって退院した静は、別の病院にやって来ていた。
 個室のドアを開けて入り、今日も様子の変わらない彼を見て……悲しく微笑む。
 欠月は一ヶ月前にこの病院に運ばれ…………そのまま目覚めない。
 眠り続ける欠月は……このままのほうがいいのかもしれなかった。
 緩く上下している欠月の胸元を見遣り、静は安堵する。欠月の心臓はまだ動いてくれているようだ。
「……欠月さんは、バカだ」
 ベッドの横にあるイスに腰掛けるや、静は呟いた。
「悪役を演じたって……僕が嫌いになるわけ…………ないのに」
 欠月の言葉が嘘とは思えない。彼は実際、静の前でいつも演じていたのだろう。
 けれども……静に迫ったあの時…………明らかに彼はわざと、静を絶望させるように喋っていた。
 騙すつもりなら……いつもの『欠月』でやるはずだ。
 いつものように笑顔で、優しく……言い聞かせるように、そして懇願すればいい。
「お願いだから、記憶をちょうだい」
 と。
 彼が心底困っていると思えば静とて、仕方なく記憶を差し出しただろう。だが欠月はそれをしなかった。
 最後まで徹底的に嘘を貫かなかった。
 そして、もう死んでしまうから……静の心の負担を軽くしようと彼は、嫌われようとしていた。
「自分ばっかり……辛いじゃないか……」
 静は鼻をすする。目頭が熱くなり、涙が浮かんだ。
 好きな、大切な人が死ぬと確かに辛い。とても辛い。それを欠月はわかっていたのだ。
 どうせ死ぬのなら……嫌われたほうが。なんて。
「なんでいっつも……損な役を引き受けるんですか……」
 それは――――彼が「優しい」からだ。それを静はよく知っている。
 知っていたのに……!
「そんな優しさなんて……僕は望んでないです……よっ」
 声が上ずる。ぼろぼろと零れる涙を拭うことはしなかった。
「僕に嫌われて……一人で死ぬなんて…………許しません! 絶対に!」
 無理な身体で、東京までやって来るなんて……。それがそもそも彼の真意に違いない。
 他の誰かに任せず、こうしてやって来た彼の優しさが今は痛い。
 静は、欠月の手を握り締める。やはり冷たいままだった。
「……ははっ。本当に……すごく冷たい……」
 冷えた指先を擦り、少しでも暖かくしようと強く握りしめた。
「…………欠月さん。名前……欠けた月だけじゃなくて……月の欠片って意味もあります。死ぬための名前じゃ……ないですよ?」



 病院のベッドで横たわる欠月は、瞼をしっかりと閉じたままだった。
 だがなぜか、『見えていた』。
 ベッドのすぐ横に、白い着物の長い髪の少年が立って、こちらを見下ろしている。
「かづき……」
 自分とそっくりの男に、欠月は意識をそちらに向ける。
「……そうか。あなたはこの肉体の持ち主か」
 口は開いていないが、言葉が出た。
 とても病弱そうで、儚い感じの少年だ。欠月の元気な様子を見ていては信じられないほどの。
 病で苦しみの生活を送っていた遠逆影築。その一生のほとんどを、布団の上で過ごした。
 短い一生を終えてしまった悲劇の男。
「君が羨ましい……」
「……どうしてそう思う? ボクはあなたこそが羨ましい」
 感情がある。死にたくないと思える。
 だが欠月には何もない。
 生きたいという感情さえ、わからない。
「とても元気で……私ができなかったことが、できたから」
 恨めしそうな瞳で欠月をじっと見下ろした。
 今にも欠月の首を締めそうな雰囲気だ。だがそうはしなかった。
「私も戦いたかった。私たちが仕えていたあの方たちだけ、いつも戦いに出るから。
 傷だらけで帰ってくる……。
 私はくやしい」
 影築は吐露し、それから歪んだ笑みを浮かべた。
「くやしい……くやしい……。
 ただ待っているのがくやしい。
 あの方たちの無事を待っているだけ。
 死がやってくるのを待っているだけ。
 私はいつも、ただ『待つ』ことだけしかできなかった……」
 欠月はそれをただ聞いていた。
 いや、聞くことくらいしかできない。感情のない自分は、彼の悔しさはわからない。
「だから……赴いてしまった。手助けできるかもしれないと思って。
 でも……結果はわかるだろう?」
「…………そうか。妖魔の氷に閉じ込められたのか」
「私は冷たい氷に閉ざされてしまった。でも最期に、思ったように行動して、良かった」
「……後悔はしていないのか」
「してる。すごくしてる。
 君みたいに走り回って、戦いたかった。役立たずじゃないって思いたかった。
 必要とされているんだって、思いたかった……!」
「…………」
「でもいいんだ。私の夢は叶った」
 欠月はそれが不思議でならない。
「いつ壊れるかわからない心臓に怯えることのない日々……手に入れたかったのはそれ。
 誰かに必要とされ、生きていることを実感すること……求めていたのはそれ。
 私は手に入れた」
「…………そうか。この肉体はあなたに返せるのか」
 欠月は苦笑した。
「……そのほうがいい。ボクがいることで……悲しませてしまう人がいるのだ。これ以上、それは見たくない」
「……ほんとうにそう思うのか」
 冷たい声で影築が顔を近づけてくる。
「私がその身体を君から取り上げて……君になりすますことがいいと思うのか?」
 欠月は無言だ。
 それがいいことかどうか、わからないから。
「私はそんな情けはいらない……! 君の『代わり』なんて嫌だ!」
「…………」
「いいか……? 君の魂の一部は私でできている……。私がいることで、君は感情が発生した……!」
「なんだって……?」
「人造の魂は生きることをしない。憑物封印をするためには『生きる』ことが必要だった。
 そのために私の魂の残りカスが使われた……。私は君なんだ、欠月」
「うそだ……」
「でなければ……君が『迷う』ことはなかった」
 影築は近づけていた顔を離す。
 その穏やかな笑みに欠月は泣きそうになった。
「こうして話すことはもうない……。もう君の中の私は全て消耗されてしまう」
 微笑む影築は、欠月のベッドに突っ伏している人物を見遣る。
「羨ましい……。私には、こうして心配してくれる人はいなかったから」
「影築……」
「だから目覚めなさい。私の分も生きてくれ。私のできなかったことを成し遂げてくれ。
 その肉体はもう君のもの。だけど、私のためにも生きると誓ってくれ」
 欠月は選択を迫られた。
 だが心は決めている――――もう、迷いはしない。



 眠り込んでいる静を見下ろし、彼は小さく笑った。
「…………静君、起きないと風邪ひくよ……?」
 泣き腫らした目元をそっと撫で、囁く。
 ボクの声が――――――聞こえる?



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【5566/菊坂・静(きっさか・しずか)/男/15/高校生・「気狂い屋」】

NPC
【遠逆・欠月(とおさか・かづき)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 最終話までお付き合いくださり、どうもありがとうございました菊坂様。
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 最後まで書かせていただき、大感謝です。