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■CallingU 「心臓・こころ」■

ともやいずみ
【5698】【梧・北斗】【退魔師兼高校生】
 ここが決断の時。
 ここが分岐点。
 あなたは決めなければならない。
 抗うか。
 それとも受け入れるか……!

CallingU 「心臓・こころ」



「さあ、選べ」
 冷酷に言われたが、梧北斗は一度瞼を閉じ……それからキッと欠月を睨んだ。
「記憶を失ったらお前に会ってもわからない」
「……そうだな」
「死んだらおまえを護れない」
「……だからなんだ」
 北斗は腕組みする。そして苦笑した。
「……わりぃな。俺、どっちも嫌だ」
「なに……?」
「俺はおまえから消えるのが嫌なんだよ!」
 欠月は黙りこくり、それから口を開く。
「……ボクは忘れない。それだけは約束しよう」
「そういうこと言ってんじゃねえよ!」
 苛々したように北斗は怒声をあげた。
「おまえの身体が誰のものかなんて、俺には関係ない!」
 どうしてわかってくれないんだ!
「俺と出会ってからの欠月が、本当の欠月だと思ってる」
「…………つくづく馬鹿な男だ」
「なんと言われようと構うもんか。おまえは絶対に死んだらダメだ! 幻なんかじゃない! 記憶が無くたって……今から一緒に色んな事を経験して、たくさん思い出を作ればいいじゃないか!」
 欠月はじ、と北斗を見つめた。
 紫色の瞳は細められた。
「……何度も言わせるな。もう、無理だ」
「うるさいな! そんなことわかってるさ!」
 なんだか興奮して、涙が浮かびそうだ。
 自分がどれだけ我侭を言っても、欠月が死に向かっているのは止められない。
 彼に生きていて欲しいと願っても、彼自身にだってどうしようもないことのはずだ。
 彼は、自身の存在を全て消そうとしている。
 幻のように、消え去ろうとしている。
 そんなの――――そんなの嫌だ!
 ここに欠月は確かに居るのに。存在しているのに!
「記憶がある、ないの問題ではない……。ボクは元々、この世に存在していない者なのだ」
「違う! だって俺は『おまえ』をいま、見てる! こうしておまえの目の前に居るじゃないか!」
「…………」
「…………」
 互いに見つめ合い、北斗はややあってから小さく笑った。
「欠月って名前……俺は好きだ」
 欠月は微かに目を見開く。
「月はさ、欠けても元に戻るように…………俺はおまえがまた笑ってくれるって信じてる」
「………………月は元々欠けたりしていない。あれは光の加減によるものだ」
「そうだな。俺たちの目には欠けてるように見えているだけ。おまえだって、そうだ」
 じっと北斗は欠月を見つめた。
 その真っ直ぐな眼差しに欠月はたじろいだように、小さく後退する。
 軽く嘆息してから、にっこり笑った。
「俺はおまえに委ねるよ。俺としては嫌だけど…………記憶でも、命でも、おまえが好きなほうを持っていけ」
「……………………」
 欠月は唇を引き結び――――――涙を流した。
 驚いた北斗は口をあんぐり開ける。
「お、おい欠月!?」
「…………痛い」
 ぽつりと欠月は呟き、手から武器を落とす。落ちた武器はそのまま地面に染み込んだ。
 彼は両手をだらんと降ろし、虚ろな瞳で続ける。
「心臓が……こわれ、る……」
「へ?」
「………………」
 無言で佇む欠月はゆっくりと胸元を掴んだ。痛みを堪えるように体をくの字に曲げていく。
「どうして…………抵抗しない?」
「欠月?」
「どうして…………ボクを憎まない? おまえを騙していたと、言ったんだぞ」
 彼は膝をついた。
 北斗は今さらながら、気づいた。
 欠月は本調子ではない。彼は、かなり無理をしているのでは?
(そうだ……だって、もう、動かないって……)
 動かないくせに、こいつは武器を突きつけていたのか!?
 なんのために!?
「欠月、おいしっかりしろ!」
 片膝をついてうかがうが、欠月はぼんやりとした瞳だ。光が消えかかっている。
「理解で……きな……」
「お、おまえ……目が……」
 見えて……いない……?
 動かせなくなってきていると、欠月本人が言っていたではないか。それはこういうことなのだ。
 真っ青になる北斗が欠月の両肩を掴み、揺すった。
「欠月! なんとか言え!」
 緩く動いていた唇もとうとう動かなくなり、欠月は意識を失って北斗の腕の中に倒れ込んだ――――。



 部活をしていると、どうも遅くなる。
 面会時間ぎりぎりに来てしまう北斗は、慌てて病院の廊下を走った。看護婦の注意の声に、「スイマセン!」と謝る。
 慌てて引き戸を開けて個室に入る。
 北斗はほー、と深く息を吐き出してからベッドに近づき……覗き込んだ。
 一ヶ月間、ただ眠り続けている少年がそこに横たわっていた。
「よお。また遅くなったけど、ちゃんと来たぞ」
 微笑んで言うが、話し掛けた相手は応えない。
 北斗にとって幸いなのは、欠月の心臓がまだ無事に動いていることだ。いつ、止まるかわからないだけに、北斗は彼が眠り続けているだけでも嬉しい。
 欠月は、元々北斗を殺す気などなかった。
 後からよく考えればわかる。だが色んなことを一度に聞かされて混乱した頭では……判断できないことだった。欠月はそれすらも計算済みだったのだろう。
「……ほーんと、おまえって頭いいんだからよ……」
 わざと北斗を突き放すような言い方をしたのは、北斗の怒りを煽るためだ。 
「…………不器用だよな、おまえって……見かけによらず」
 北斗が欠月を嫌えば……確かに北斗の心はそれで落ち着くだろう。好意を寄せているまま欠月が死ねば……北斗はそれを悔いる。
 嫌いになるわけないのに。
「……目を覚まさないほうが、おまえは幸せかもしれないな」
 小さく呟いた北斗は、ベッドの側のイスを引っ張ってきて座る。
 欠月の静かな呼吸の音が……北斗の耳に届いた。
 ああ、今日も彼は生きている。心臓が動いている。
「せめて……寝ている間くらいは、おまえのこと護るから安心しろ」
 不安は色々ある。
 このまま目覚めなかったらどうしようかなとか。
 目が覚めても……完全に動かなくなっていたらどうしようとか。
 だがそう。今はまだ。
 何も考えず、欠月の側で彼を護っていこう。



 病院のベッドで横たわる欠月は、瞼をしっかりと閉じたままだった。
 だがなぜか、『見えていた』。
 ベッドのすぐ横に、白い着物の長い髪の少年が立って、こちらを見下ろしている。
「かづき……」
 自分とそっくりの男に、欠月は意識をそちらに向ける。
「……そうか。あなたはこの肉体の持ち主か」
 口は開いていないが、言葉が出た。
 とても病弱そうで、儚い感じの少年だ。欠月の元気な様子を見ていては信じられないほどの。
 病で苦しみの生活を送っていた遠逆影築。その一生のほとんどを、布団の上で過ごした。
 短い一生を終えてしまった悲劇の男。
「君が羨ましい……」
「……どうしてそう思う? ボクはあなたこそが羨ましい」
 感情がある。死にたくないと思える。
 だが欠月には何もない。
 生きたいという感情さえ、わからない。
「とても元気で……私ができなかったことが、できたから」
 恨めしそうな瞳で欠月をじっと見下ろした。
 今にも欠月の首を締めそうな雰囲気だ。だがそうはしなかった。
「私も戦いたかった。私たちが仕えていたあの方たちだけ、いつも戦いに出るから。
 傷だらけで帰ってくる……。
 私はくやしい」
 影築は吐露し、それから歪んだ笑みを浮かべた。
「くやしい……くやしい……。
 ただ待っているのがくやしい。
 あの方たちの無事を待っているだけ。
 死がやってくるのを待っているだけ。
 私はいつも、ただ『待つ』ことだけしかできなかった……」
 欠月はそれをただ聞いていた。
 いや、聞くことくらいしかできない。感情のない自分は、彼の悔しさはわからない。
「だから……赴いてしまった。手助けできるかもしれないと思って。
 でも……結果はわかるだろう?」
「…………そうか。妖魔の氷に閉じ込められたのか」
「私は冷たい氷に閉ざされてしまった。でも最期に、思ったように行動して、良かった」
「……後悔はしていないのか」
「してる。すごくしてる。
 君みたいに走り回って、戦いたかった。役立たずじゃないって思いたかった。
 必要とされているんだって、思いたかった……!」
「…………」
「でもいいんだ。私の夢は叶った」
 欠月はそれが不思議でならない。
「いつ壊れるかわからない心臓に怯えることのない日々……手に入れたかったのはそれ。
 私は手に入れた」
「…………そうか。この肉体はあなたに返せるのか」
 欠月は苦笑した。
「……そのほうがいい。ボクがいることで……悲しませてしまう人がいるのだ。これ以上、それは見たくない」
「……ほんとうにそう思うのか」
 冷たい声で影築が顔を近づけてくる。
「私がその身体を君から取り上げて……君になりすますことがいいと思うのか?」
 欠月は無言だ。
 それがいいことかどうか、わからないから。
「私はそんな情けはいらない……! 君の『代わり』なんて嫌だ!」
「…………」
「いいか……? 君の魂の一部は私でできている……。私がいることで、君は感情が発生した……!」
「なんだって……?」
「人造の魂は生きることをしない。憑物封印をするためには『生きる』ことが必要だった。
 そのために私の魂の残りカスが使われた……。私は君なんだ、欠月」
「うそだ……」
「でなければ……君が『迷う』ことはなかった」
 影築は近づけていた顔を離す。
 その穏やかな笑みに欠月は泣きそうになった。
「こうして話すことはもうない……。もう君の中の私は全て消耗されてしまう」
 微笑む影築は、欠月のベッドに突っ伏している人物を見遣る。
「羨ましい……。私には、こうして心配してくれる人はいなかったから」
「影築……」
「だから目覚めなさい。私の分も生きてくれ。私のできなかったことを成し遂げてくれ。
 その肉体はもう君のもの。だけど、私のためにも生きると誓ってくれ」
 欠月は選択を迫られた。
 だが心は決めている――――もう、迷いはしない。



 部活疲れで眠り込んでいる北斗を見下ろし、彼は小さく笑った。
「…………北斗、そろそろ面会時間終わるよ」
 早く起きないと。
 軽く北斗の肩に手を添え、力を込めて揺する。
 ボクの声が――――――聞こえてる?



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【5698/梧・北斗(あおぎり・ほくと)/男/17/退魔師兼高校生】

NPC
【遠逆・欠月(とおさか・かづき)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 最終話までお付き合いくださり、どうもありがとうございました梧様。
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 最後まで書かせていただき、大感謝です。