■CallingU 「心臓・こころ」■
ともやいずみ |
【2387】【獅堂・舞人】【大学生 概念装者「破」】 |
ここが決断の時。
ここが分岐点。
あなたは決めなければならない。
抗うか。
それとも受け入れるか……!
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CallingU 「心臓・こころ」
「感情がないなんて、嘘だ」
獅堂舞人ははっきりとそう言い放った。
怯まない。怯むことなど、ない。
「ないと言うなら……なぜ一気に殺さない? 世話になったから記憶を消すだけ? それがもう情じゃないか」
日無子は目を細めた。黄と黒の色違いの瞳はとても残忍に見える。
「痛かったって、怒ってた」
腕を傷つけられて激怒した日無子を思い出し、舞人は言う。
「初めは真似だったかもしれない。でも今は日無子自身の感情だ。今の日無子は、作られた人形じゃない、一人の、心を持つ人間だ!」
彼女は人間だ。
だが彼女は冷たい眼差しで口を開いた。
「…………ああ、あの『痛み』に対するあたしの行動だな」
「感情がなかったら、怒るなんてことないだろ?」
「…………アレはこの肉体の反応だ。どうも……あたしは肉体を損傷すると頭に血がのぼるらしい」
「ソレが感情じゃないって言うのか?」
「痛み以外では、ああいう爆発的な衝動は感じたことはない」
「……?」
意味がよくわからない。
しかし日無子を説得しなければ。このままでは彼女は死を選んでしまう。
「作られた感情に惹かれるほど俺はバカじゃないし、流れる涙は演技じゃない」
「……それで?」
だからなんだと、彼女は訊いてきた。
「さっきからゴチャゴチャと言っているが…………ようはあたしの感情の有無について言っているのか?」
「そうだ」
「…………あったとする。それで?」
しん、と静まり返った。
感情があるからとか、ないからとか、そんなことはどうでもいいのだと日無子は暗に言っている。
「おまえは……感情がないから、諦めたんじゃないのか……?」
「諦めた?」
彼女の声は怪訝そうな色が混じっている。
薙刀をすい、と舞人の鼻先に近づけた。
「いい加減、答えを聞かせろ。命を無闇に奪うのは人道的にやってはならないと判断したにすぎない。記憶消去で手を打ってやろうとするのは、フツウだろう?」
舞人はぐっ、と拳を握りしめた。
「記憶を渡せ……か。絶対に、絶対に忘れないぞ」
「…………」
「絶対に日無子のことは忘れないし、信じてる。例え世界中が否定しても何度でも言ってやる。日無子……おまえは人間だ。それが味方ってことだからな」
「……またか。確かにおまえの言う通り、あたしの肉体は『人間』だ。それは否定しない」
「肉体だけじゃない! おまえは人間だ!」
「…………だから、それがなんだというんだ。別に人間だとか、そうではないかとか……そんなことが問題なのか?」
「人間じゃないから、感情がないからおまえは諦めたんだろ!? 生きることを……そして生贄になることを選んだ!」
それに舞人は考えていた。彼女の肉体が魂と離れるのは、生きようとしていないのではないか、と。
ならば、彼女に生きることを選択させなければ。
「その体と魂と心は全部、日無子のものだ。自分の意志で生きて欲しい。生贄で存続する家系? そんな幻想、おまえ自身が砕いてしまえ。俺が……俺はいつでもその力になる!」
精一杯の気持ちを込めた。言いたいことを全て言い切った。どうせなら、日無子に抱きついて、彼女がここに存在していることを認識させたかったが……。
目の前の刃は一向に動かない。変わらず、舞人の首を狙っている。
彼女は呟く。
「おまえは何か勘違いをしている」
「勘違い?」
「先ほども言ったが、感情の有無、人間であるなし、そんなこと……どうでもいいことだ」
「どうでもいいわけないだろっ」
「いいや、どうでもいいことだ。
話をきちんと聞いていなかったのか? 贄になろうと、なるまいと、あたしは死ぬ。自分の残る命の使い道を、より有効に使うほうに決めたにすぎない」
「な、ん……?」
「生贄で存続して何が悪い? 人間は犠牲の上に成り立つ存在じゃないのか」
「だ、だが……」
「贄になる者が拒絶するなら、確かに一般的には『悪』だ。だが、本人の意志でそれを決断した。それは『悪』ではない」
「…………」
「残り少ないあたしの命で、一族が助かる。おまえなら、どうする?」
「…………」
どっ、と冷汗が出た。
死ぬべき運命でないのなら、抵抗するだろう。だが日無子は、もう死ぬ直前なのだ。その残った命を有意義に使おうとしているのだ、彼女は。
いいや、違う。
「違う! おまえが生きようとしていないから……だから魂と離れていっているんだ……!」
「否。だから勘違いだと言っている。
あたしがいつ、自分から死にたいなどと言った?」
「…………」
あ、と舞人が呟く。
「あたしの身体と魂は、形の合わないパズルを無理やり繋げている状態だ。こう言えばいくらおまえでも、わかるんじゃないのか?」
「…………」
「あたしが例え、生きたいと足掻いてもムダだ。老衰に人間が勝てないように、意志の力でできる限界というのは存在している」
「できるかもしれないじゃないか! 足掻けば……!」
「………………」
日無子は落胆したように息を吐き出し、両手を広げる。武器が落ちた。
舞人は不思議そうに彼女を見遣る。
「…………もういい。おまえと話すのは時間の浪費だ」
「ま、待て! まだ話は終わってない!」
「おまえは最初から最後まで味方だといつも言っていたが…………味方だと言うわりには、何一つあたしのことを理解しようとしていないな。
だが…………おまえがあたしを心配しているのだけはわかった」
「日無子……」
「だが、それだけだ」
舞人の気遣いだけでも、日無子に届いたのは良かったのかもしれない。
「殺すのは止めだ。生き延びたことに感謝するといい」
きびすを返して歩き出した日無子だったが、瞬間、どしゃ、とその場に倒れてしまう。
「日無子っ!」
舞人は慌てて彼女に駆け寄った。だが、彼女の意識は完全になかった。
―――― 一ヶ月ほど経っても、病院に運ばれた日無子は目覚めはしなかった。
彼女はただ静かに眠り続けている…………今も。
*
病院のベッドで横たわる日無子は、瞼をしっかりと閉じたままだった。
だがなぜか、『見えていた』。
ベッドのすぐ横に、白い着物の長い髪の娘が立って、こちらを見下ろしている。
「ひなこ……」
自分とそっくりの娘に、日無子は意識をそちらに向ける。
「……そうか。あなたはこの肉体の持ち主か」
口は開いていないが、言葉が出た。
とても病弱そうで、儚い感じの娘だ。日無子の元気な様子を見ていては信じられないほどの。
病で苦しみの生活を送っていた遠逆雛。その一生のほとんどを、布団の上で過ごした。
短い一生を終えてしまった悲劇の娘。
「あなたが羨ましい……」
「……どうしてそう思う? あたしはあなたこそが羨ましい」
感情がある。死にたくないと思える。
だが日無子には何もない。
生きたいという感情さえ、わからない。
「とても元気で……わたしができなかったことが、できたから」
恨めしそうな瞳で日無子をじっと見下ろした。
今にも日無子の首を締めそうな雰囲気だ。だがそうはしなかった。
「わたしも戦いたかった。わたしたちが仕えていたあの方たちだけ、いつも戦いに出るから。
傷だらけで帰ってくる……。
わたしはくやしい」
雛は吐露し、それから歪んだ笑みを浮かべた。
「くやしい……くやしい……。
ただ待っているのがくやしい。
あの方たちの無事を待っているだけ。
死がやってくるのを待っているだけ。
わたしはいつも、ただ『待つ』ことだけしかできなかった……」
日無子はそれをただ聞いていた。
いや、聞くことくらいしかできない。感情のない自分は、彼女の悔しさはわからない。
「だから……赴いてしまったの。手助けできるかもしれないと思って。
でも……結果はわかるでしょう?」
「…………そうか。妖魔の氷に閉じ込められたのか」
「わたしは冷たい氷に閉ざされてしまった。でも最期に、思ったように行動して、良かった」
「……後悔はしていないのか」
「してる。すごくしてる。
あなたみたいに走り回って、戦いたかった。役立たずじゃないって思いたかった。
必要とされているんだって、思いたかった……!」
「…………」
「でもいいの。わたしの夢は叶った」
日無子はそれが不思議でならない。
「いつ壊れるかわからない心臓に怯えることのない日々……手に入れたかったのはそれ。
わたしは手に入れた」
「…………そうか。この肉体はあなたに返せるのか」
日無子は苦笑した。
「……そのほうがいい。あたしは、誰かを傷つけてばかりだからな」
彼女は窓から外を見た。広がる青空はとても美しい。
「わたしがその身体をあなたから取り上げて……あなたになりすますことがいいと思うの?」
日無子は無言だ。
それがいいことかどうか、わからないから。
「わたしはそんな情けはいらない……! あなたの『代わり』なんて嫌よ!」
「…………」
「いいこと……? あなたの魂の一部はわたしでできているの……。わたしがいることで、あなたは感情が発生したの……!」
「なんだって……?」
「人造の魂は生きることをしない。憑物封印をするためには『生きる』ことが必要だった。
そのためにわたしの魂の残りカスが使われたの……。わたしはあなたなのよ、日無子」
「うそだ……」
「でなければ……あなたが『迷う』ことはなかった」
雛は振り向き、苦笑いを浮かべた。
「こうして話すことはもうないわ……。もうあなたの中のわたしは全て消耗されてしまう」
彼女は続ける。
「だから目覚めなさい。
その肉体はもうあなたのもの。もうすぐあなたはまた、苦しい世界に身を堕とす」
「…………」
「わたしはあなたを簡単には死なせない。見届ける…………最期まで」
日無子は雛をじっと見つめた。
そして、ゆっくりと頷いたのだ。
*
見舞いにやって来た舞人は、ドアを開けた体勢のままで硬直した。
ベッドの上から開け放たれた窓の外を見ていた彼女の姿に、驚くしかなかったから――――。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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PC
【2387/獅堂・舞人(しどう・まいと)/男/20/大学生・概念装者「破」】
NPC
【遠逆・日無子(とおさか・ひなこ)/女/17/退魔士】
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■ ライター通信 ■
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最終話までお付き合いくださり、どうもありがとうございました獅堂様。
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
最後まで書かせていただき、大感謝です。
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