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■CallingU 「心臓・こころ」■

ともやいずみ
【5682】【風早・静貴】【大学生】
 ここが決断の時。
 ここが分岐点。
 あなたは決めなければならない。
 抗うか。
 それとも受け入れるか……!

CallingU 「心臓・こころ」



 彼の告白に、自分は……うまく、考えられなかった。
 だがぼんやり思う。
 自分は、死にたく……ない。
 痛いのは嫌だ。ケガも、したくない。
 記憶を渡す? それもお断りだ。
 目の前にいる、大切な友人が死ぬのは絶対に――――嫌だ。
 造られた? そんなことはどうでもいい。身体があって、息をしている。それだけで十分だ。
(心だって、本当にないなら……見逃そうなんて情けはかけない)
 気づいていないだけだ。彼が。
「記憶は渡さない」
 言い切ると、欠月は目を細めた。
 目の前の刃ではなく、欠月を真っ直ぐ見つめて風早静貴は言う。
「でも僕が死ぬのも、君が死ぬのも絶対に御免だ」
「…………それで?」
「僕は君に生きていて欲しいよ。また一緒に遊びに行ったりしたい。でも君がそれを望まないなら……僕はもう、何も言えないけれど」
「…………」
 興味がないような欠月はなんの反応もしない。
 それが、静貴は悔しくて悲しい。
「……君には心がちゃんとあるよ。ないなら、命令された通りに僕を殺すもの」
「…………」
「君はれっきとした人間だよ!」
 ややあってから、欠月は「あぁ」と呟いた。どうでもいい、というような感じがした。
 静貴はぐっと拳を握りしめる。
「君が死なずに済む方法を意地でも見つけてみせる!」
「…………」
「やれるだけのことをやらずに、無駄とか無理とか言っちゃ駄目だ。きっと方法はあるはずだよ」
 諦めては、全てがおしまいなのだから。
 静貴の言葉に欠月は無言だ。
 言葉は……気持ちは通じないのだろうか?
 欠月はしばらくしてから、口を開いた。
「それで? 具体的な方法は?」
「え?」
「見つけるとして、どこから?」
「ど、どこからって……」
「言うのは簡単だ。具体性に欠ける。どうやって見つけるんだ?」
「そ、そうだね……。まずは実家に当たってみる……かな」
 戸惑いながら答える静貴。欠月は表情を崩しはしない。
「確実性もない。それに時間も足りないだろう」
「それは……」
「何をしても、無理な時は無理だ」
「そんなことないよ!」
「…………おまえの気持ちの問題、というやつか?」
 どういうことかわからず、静貴は反応できない。
「おまえは後悔したくない。満足していたい。そうじゃないのか?」
「当たり前だよ! 可能性はあるはず!
 諦めてたら、なんにも始まらないじゃないか!」
「…………」
 欠月は観察するように静貴を見ていたが、口を開く。
「おまえは残酷な男だな」
 突拍子もないセリフに静貴が疑問符を浮かべた。
「残酷……? 僕が……?」
「ボクが収集した情報の中から判断した。おまえは残酷だ」
「どうして……? どうしてそんなこと言うの?」
「ボクは、ボクが得た情報から全てを判断している。おまえにチャンスを与えたのもそれが原因だ。
 そんなボク相手に言っているのなら、さほど残酷でもないのだろうが…………これが普通の人間相手だったらと考えると、人間は辛いのではないだろうか」
「???」
「おまえは自分の満足を得るために、たった少しの希望にすがっている。
 例えると…………治りもしない重病の患者に、『大丈夫。きっと助かるよ』と言っているようなものと判断した」
 冷酷に言う欠月を、静貴は凝視した。
「できなかった時のことを考えて…………発言しているんだろうな、勿論?」
「…………」
 静貴は冷汗が出るのを感じる。
 きっとどこかに方法があるはず。見つけることは可能なはず。
 だが欠月の言葉はそんな静貴を嘲笑っている。
 できなかったらどうする? と。
「…………でも、やっぱり」
 やらずにいるよりは…………やったほうがいい。可能性がどれほど少なくても。
「僕は……やると思う」
「…………そうか。それで? ボクが助かったとして……ボクの家の連中はどうするんだ? 見殺しか?」
「きっとどこかに、全部丸くおさまる方法があるよ!」
「…………理想ばかり口にする。薄っぺらい言葉だ」
 欠月は嘆息した。そして両手を広げる。
 持っていた武器が、まるで粘着性のある液体のようにずるりと落ち、地面に溶け込む。
「欠月君?」
 刃を退けたということは……。
 静貴は期待の眼差しで見つめた。彼は生きることを選択してくれたのだ。
 欠月は呟く。
「…………ボクとは意見が合わないようだ」
「え?」
「殺すのは止めた。見逃してやる」
「欠月君……それじゃあ……」
「…………おまえの言葉は受け入れることはできない」
 落胆してしまった。彼は……静貴の手を取らないのだ。
「おまえがボクを心配している……というのはわかった」
「…………君がそう決めたなら、僕には……」
 苦笑する静貴は――ふと、気づいた。
 なんの前触れもなしに。
(時間も、足りない……?)
 なぜ時間を気にする?
 静貴は真っ青になった。
 欠月の身体は、徐々に動かなくなっていると……彼自身が言っていた。
 自分の身体のことは、自身が一番わかるとよく言うではないか。
(もう……)
 もうすでに、限界なのでは?
「か、欠月君……?」
 だいたい彼があっさりと生贄になることを承諾する自体、静貴には信じられない。そうだ……理由がきちんとあるに決まっているのに!
 よく見れば、欠月の手は微かに震えている。彼は手を下ろした。
「欠月君……も、もしかして……」
 楽観的すぎると彼は言っていたではないか。もうすぐそこまで迫っていたら……どうにもできないのに!
 欠月はがくんと膝をついた。静貴は慌てて駆け寄る。
「欠月君!」
「………………タイムリミットか」
 ふ、と彼は意識を失ってしまった。

 ―――― 一ヶ月ほど経っても、病院に運ばれた欠月は目覚めはしなかった。
 彼はただ静かに眠り続けている…………今も。



 病院のベッドで横たわる欠月は、瞼をしっかりと閉じたままだった。
 だがなぜか、『見えていた』。
 ベッドのすぐ横に、白い着物の長い髪の少年が立って、こちらを見下ろしている。
「かづき……」
 自分とそっくりの男に、欠月は意識をそちらに向ける。
「……そうか。あなたはこの肉体の持ち主か」
 口は開いていないが、言葉が出た。
 とても病弱そうで、儚い感じの少年だ。欠月の元気な様子を見ていては信じられないほどの。
 病で苦しみの生活を送っていた遠逆影築。その一生のほとんどを、布団の上で過ごした。
 短い一生を終えてしまった悲劇の男。
「君が羨ましい……」
「……どうしてそう思う? ボクはあなたこそが羨ましい」
 感情がある。死にたくないと思える。
 だが欠月には何もない。
 生きたいという感情さえ、わからない。
「とても元気で……私ができなかったことが、できたから」
 恨めしそうな瞳で欠月をじっと見下ろした。
 今にも欠月の首を締めそうな雰囲気だ。だがそうはしなかった。
「私も戦いたかった。私たちが仕えていたあの方たちだけ、いつも戦いに出るから。
 傷だらけで帰ってくる……。
 私はくやしい」
 影築は吐露し、それから歪んだ笑みを浮かべた。
「くやしい……くやしい……。
 ただ待っているのがくやしい。
 あの方たちの無事を待っているだけ。
 死がやってくるのを待っているだけ。
 私はいつも、ただ『待つ』ことだけしかできなかった……」
 欠月はそれをただ聞いていた。
 いや、聞くことくらいしかできない。感情のない自分は、彼の悔しさはわからない。
「だから……赴いてしまった。手助けできるかもしれないと思って。
 でも……結果はわかるだろう?」
「…………そうか。妖魔の氷に閉じ込められたのか」
「私は冷たい氷に閉ざされてしまった。でも最期に、思ったように行動して、良かった」
「……後悔はしていないのか」
「してる。すごくしてる。
 君みたいに走り回って、戦いたかった。役立たずじゃないって思いたかった。
 必要とされているんだって、思いたかった……!」
「…………」
「でもいいんだ。私の夢は叶った」
 欠月はそれが不思議でならない。
「いつ壊れるかわからない心臓に怯えることのない日々……手に入れたかったのはそれ。
 私は手に入れた」
「…………そうか。この肉体はあなたに返せるのか」
 欠月は苦笑した。
「……そのほうがいい。ボクは、誰かを傷つけてばかりだからな」
「……ほんとうにそう思うのか」
 彼は窓から外を見た。広がる青空はとても美しい。
「私がその身体を君から取り上げて……君になりすますことがいいと思うのか?」
 欠月は無言だ。
 それがいいことかどうか、わからないから。
「私はそんな情けはいらない……! 君の『代わり』なんて嫌だ!」
「…………」
「いいか……? 君の魂の一部は私でできている……。私がいることで、君は感情が発生した……!」
「なんだって……?」
「人造の魂は生きることをしない。憑物封印をするためには『生きる』ことが必要だった。
 そのために私の魂の残りカスが使われた……。私は君なんだ、欠月」
「うそだ……」
「でなければ……君が『迷う』ことはなかった」
 影築は振り向き、苦笑いを浮かべた。
「こうして話すことはもうない……。もう君の中の私は全て消耗されてしまう」
 彼は続ける。
「だから目覚めなさい。
 その肉体はもう君のもの。もうすぐ君はまた、苦しい世界に身を堕とす」
「…………」
「私は君を簡単には死なせない。見届ける…………最期まで」
 欠月は影築をじっと見つめた。
 そして、ゆっくりと頷いたのだ。



 見舞いに来ていた静貴は、個室のドアの前で嘆息する。あれから色々と手を尽くしたものの、欠月を目覚めさせる方法も……彼の命を救う方法も、何一つ見つかりはしなかった。
 自分で調べるには限界がある。その壁を、痛いほど思い知った。
(会わせる顔がないよ……)
 どうせ今日も彼は眠ったままだろう。
 持ってきた花を見遣り、思い切ってドアを開ける。
 カーテンが、風によってゆらゆらと揺れているのが見えた。
 ベッドの上から開け放たれた窓の外を見ていた彼は、口を開く。
「綺麗な青空だ……」
 その声はとても小さく――――呟かれた。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【5682/風早・静貴(かざはや・しずき)/男/19/大学生】

NPC
【遠逆・欠月(とおさか・かづき)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 最終話までお付き合いくださり、どうもありがとうございました風早様。
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 最後まで書かせていただき、大感謝です。