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■お友達になりたくて〜第4章〜■

笠城夢斗
【5799】【F・ー】【???】
 退魔の家系の次代当主、葛織紫鶴はある少女と友達になりたがっていた。
 その相手は、近所の薔薇庭園に住むロザ・ノワール。
 先だってお茶会を開いたとき、親戚の邪魔が入りノワールが怒ったように帰ってしまった。別荘から出ることのかなわない紫鶴の代わりに、世話役の如月竜矢と紫鶴の友人たちが、ノワールに詫びに行った。
 それ以来、竜矢はしばしば薔薇庭園に訪れていた。月が細い。葛織の能力者は月が細ければ細いほど力を奪われベッドに伏せることになるが、紫鶴はどうしてもノワールの様子を知りたがった。それがゆえの薔薇庭園への来訪。
 ある日、竜矢は紫鶴が一生懸命書いた手紙をノワールに届けようと出かける準備をしていた。
 文通は紫鶴の友人が薦めてくれた方法だ。今回が始めての手紙となる――

「あ、こんにちは。ええそうです、姫の手紙をノワールさんに届けようと思いましてね……え、ついてきてくださいますか? ありがとうございます」

     **********

 薔薇庭園に、複数の人影が現れた。
「ふん……ここは相変わらずのんきな場所だ」
 ひとりの青年が、鼻を鳴らして薔薇庭園を眺めた。歳の頃20代半ばだろうか――
 いけ、と青年が他の人影に命を下す。
 二十人を軽く超える人数の人影は、一斉に手に持った剣で庭園の薔薇を散らし始めた。
 ――薔薇が憎い 憎い
 怨嗟の声を撒き散らしながら。

「あなたたち!」
 紫音・ラルハイネが館から飛び出してくる。続いてロザ・ノワールが。
「また来たの……薔薇狩り」
 ノワールはつぶやく。
 『薔薇狩り』の中央の青年が、金髪のノワールをせせら笑うように見た。
「今日は……ただではすまさない。そら、ちゃんと見たか? お前の大切な黒薔薇……」
 ――黒薔薇にしかけをしたと。言外に告げられて。
「―――!」
 ノワールは身を翻した。館の中へと――

 ノワールの大切な黒薔薇。その本体は、館の中庭にある――
お友達になりたくて〜第4章〜

 退魔の名門葛織家――
 その次代当主と目される、弱冠十三歳の少女、紫鶴。
 彼女が今熱中していることと言えば――

 手紙を、書くこと。

 ものすごく肩が凝りそうな姿勢、便箋とにらめっこ状態で彼女は一生懸命文字を書きつづった。
 そして便箋たった一枚の手紙を、数日もかけてようやく書き上げて――
「竜矢!」
 彼女は世話役の如月竜矢を呼んだ。とてもはしゃいだ様子で。
「はいはい。――届けてきますから、姫は落ち着いて」
 竜矢はそっと微笑んだ。

 あて先は。
 近所の薔薇庭園に住む、ロザ・ノワール――

     **********

 Fは今夜もぼんやりと過ごしていた。
 外の生垣に背中をつけて座り、夜空を見上げる。
「………」
 ――三日月が目に飛び込んでくる。
 まぶしい。そう思って目を閉じた。
 何を考えるわけでもない。何を思うわけでもない。
 Fはそうして生きてきた。今までも、そしてこれからも……

     **********

 紫鶴の書いた手紙を、ノワールの家まで一緒に届けてくれることになった人物は計九名。
 阿佐人悠輔(あざと・ゆうすけ)。
 浅海紅珠(あさなみ・こうじゅ)。
 蒼雪蛍華(そうせつ・けいか)。
 空木崎辰一(うつぎざき・しんいち)。
 伊吹夜闇(いぶき・よやみ)。
 エルナ・バウムガルト。
 天薙撫子(あまなぎ・なでしこ)
 F(えふ)。
 黒榊魅月姫(くろさかき・みづき)。
 Fと魅月姫以外の八人は、ほとんど最初から一緒にこの『紫鶴とノワールを友達にしよう作戦』に参加しているメンバーだ。すでに顔なじみとなっている。
 Fは相変わらず無表情に、なぜかそこに突っ立っていて、
 魅月姫はあまり表情の動かない顔で「ごきげんよう」と初顔のメンツに挨拶をした。
 そして――
「みんな!」
 別荘から息を弾ませながら飛び出してきたのは、
 赤と白の入り混じった長い髪に、左右色違いのフェアリーアイズを持つ少女――
「よく……来てくれた!」
 庭で待っていた九人の前にたどりつき、紫鶴はぜえ、ぜえと肩で息をする。
「紫鶴さん、あまり無理をしてはいけませんよ」
 辰一がその背中を撫でながらいさめた。「まだ月は完全に復活していない。お疲れでしょう?」
「そんなこと! 皆が来てくれたから全部吹き飛んだ!」
 葛織紫鶴はぱっと体を起こして、満面の笑顔を見せた。
 遅れて世話役の如月竜矢がやってくる。
「本当に変わらんの、紫鶴は」
 蛍華が半ば呆れたように言った。
「えへへっ。それでこそ紫鶴ちゃんだよ!」
 エルナが言い、
「ほーんと、紫鶴らしいよなー!」
 紅珠がばしばしと紫鶴の肩を叩いた。
 夜闇と悠輔と撫子がひそかに微笑み、紫鶴を見つめる。
「で、今回はこの方々と一緒に手紙を届けてきますので――」
 竜矢が手に封筒を持っていた。縁を金で彩った白い封筒。
「おっ! 紫鶴、お前センスいいじゃん! いいレターセット使ったな!」
 紅珠が紫鶴やノワールに渡そうと、レターセットをつめてきたかばんを持ったままはしゃぐ。
 紫鶴は照れ照れと頬を赤らめた。その手に――
「―――? 紫鶴様、お手に何をお持ちですの?」
 撫子が不思議そうに尋ねる。
 紫鶴は手にメッセージカードのようなものを数枚持っていたのだ。
「あ、こ、これは」
 紫鶴は慌てふためいて、「そそそその、み、皆に……!」
「……落ち着いてください、姫。皆さんに渡すんでしょう?」
「そそそそうだ!」
 紫鶴は一枚一枚をその場にいる面々に渡していった。
 真っ赤になって、今にも火を噴きそうな顔で。
 悠輔、紅珠、蛍華、辰一、夜闇、エルナ、撫子、魅月姫……
「……あれ、一枚足りない……」
 紫鶴が慌てる。
「……俺とあんたは初対面だ」
 Fがぼそりと言った。
「え!? そそそそうだったか!? は、初めまして、私は葛織紫鶴――ええと、お友達になってください!」
「うわ紫鶴、色んなものすっ飛ばしちゃったなあ」
 紅珠が笑いながらメッセージカードを開き――
 その場が一瞬、時が止まったようにしんとなった。
「……あ……」
 紫鶴が泣きそうな顔になった。「ま、間違っていた、だろうか……」
「……とんでもない、紫鶴さん」
 辰一が微笑んだ。
「……本当に、あんたには驚かされてばかりだ」
 悠輔がつぶやく。
「紫鶴ちゃん……」
「紫鶴……」
「紫鶴さん」
「紫鶴様」
 皆が口々に紫鶴の名を呼んだ。喜びを含んだ声で。
 メッセージカードには紫鶴の名前と相手の名前、そして簡潔なたった一文。

 『お友達になってくれて、ありがとう』

     **********

「あら、皆さんおそろいで――どうしたの?」
 と紫音(しおん)・ラルハイネは言った。
 葛織家別荘の近所、薔薇庭園の主である彼女は、今日も赤縁の眼鏡をかけ、赤いルージュを引いて清潔な白衣姿で美しい。
「ノワールさんはいらっしゃいますか」
 竜矢は紫音に手紙を見せた。それだけで紫音は察したらしい、優しく微笑んで、
「今、呼んでくるわ」
 と館の中へと身を翻した。
 九人は前庭に残された。
 前庭には、色とりどりの薔薇が植えつけられている。
「この間埋葬した黒薔薇も……ここで眠っているのでしょうか……」
 夜闇がふふっと微笑んだ。
「ええ、きっと」
 撫子が夜闇の肩に優しく手をかける。
 風が吹いて、薔薇たちが揺れる。
 薔薇の香りが全員を優しく包み込む。
「ここに来ると……夢心地、と言いたくなりますね」
 辰一が目を閉じてつぶやいた。
「明るい楽園だよっ」
 エルナが心地よさそうに、くるくると舞った。
 エルナは背に透き通った赤い羽根を持つ。そんな彼女が薔薇園の中を踊れば、まるで薔薇の間を舞う蝶々のように。
「ふむ。なかなか似合いじゃの」
 蛍華がエルナの様子を見てまんざらでもなさそうな顔をした。
 皆、蛍華に同感だった。
「皆さん、お待たせ」
 館の扉が開く。
 すっと紫音が滑り出るようにして出てきて――
 そして、
 その後ろから、
 金髪に、黒薔薇を挿した少女が、
 足音も立てずに、現れた。

     **********

「あの娘は……?」
 黒冥月(ヘイ・ミンユェ)は薔薇庭園の門からひそかに様子をうかがっていた。
 現れた金髪の少女。横だけ長い髪に赤いリボンをからませ、黒薔薇を挿している。
「黒薔薇……の少女……?」
 ――ただ者ではない。冥月の直感がそう告げる。
「あの集団……一体何をしようというのだ」
 冥月は眉をしかめた。何をするにしてもまとまりのない集団だ。退魔師と魔が同時に同じところにいるなどと、滅多にあることではあるまい。
 と――
 ふと、気配を感じて、冥月ははっと振り向いた。
 ざわざわと肌が不快感を訴えた。この感じ――
(何か――来る!)
 冥月は素早く視線を左右に走らせた。
 そして、壁伝いに少し位置を変えた――

     **********

「ノワール!」
 紅珠が飛び出した。「ノワール! ほら、今回はものすっごいプレゼントだぜ――!」
「プレゼント……?」
 ロザ・ノワールが紅珠の目を見る。
 竜矢が前に進み出て、
「これ、うちの姫からです」
 と封筒を差し出した。
「………」
 ノワールは黙って金縁の封筒を見つめる。
「文通! な!」
 紅珠がかばんから、「あんた用のレターセットもたくさん持ってきた! 選べよな!」
 と大量のレターセットを覗かせた。
「用意がいいですね」
 辰一が笑いながら、「ノワールさん、ぜひご覧下さい。紫鶴さんの気持ちがいっぱい詰まっていますよ」
「………」
「あの、紫鶴さんのことですから、その、いっぱいいっぱい真剣に書いたと思うのですぅ」
 夜闇がかぶったダンボール箱を少し持ち上げて、おずおずと視線をノワールに向ける。
「あのバカ素直な紫鶴のことじゃからな。おそらく読むのも恥ずかしいシロモノじゃぞ」
 蛍華が真顔で言った。
 誰もがあさっての方向を向いた。……否定できなかったのである。
 魅月姫がすっと進み出て、
「お久しぶりですね、ノワール?」
 と丁寧に礼をした。
「あなたは……」
 ノワールの瞳に、一瞬警戒の光が走った。
 けれど魅月姫はすまし顔で、
「今日は紫鶴の用で私も来ました。お元気そうでよかったわ」
「………」
 ノワールは応えなかった。
「なあ……手紙を受け取ってくれないか」
 悠輔が真剣な顔でノワールを見る。
「頼む。紫鶴さんが一生懸命書いたんだ。読んでほしい。ここにいるみんなの願いだ」
「………」
「お願いだよ、ノワールちゃん」
 エルナが悠輔の言葉に重ねた。
「ノワールちゃんだって知ってるよね? 紫鶴ちゃんがどんなに真剣な子かって。ねえ、お願いだよ」
「………」
 ノワールの視線はかたくなに動かない。
 と、撫子がふと言い出した。
「エルナ様。……先ほどの蝶の舞をわたくしと共に行いませんか」
「え?」
 エルナが振り向く。撫子はにっこりと微笑んで、
「わたくしも舞を少々たしなんでおります。合わせてこの薔薇園で舞いませんか」
「あ、うん! やるやる!」
 そうして始まる不可思議な舞の時間――
 エルナの蝶々の舞とは違い、撫子の舞は神楽のように静かだった。
 静かに、けれど柔らかく暖かく。
 蝶々が薔薇園を舞うためのかすかな風を起こすかのように。
「……見事じゃの」
 蛍華がつぶやいた。「紫鶴の舞とは違うが……」
「紫鶴……舞……」
 ノワールが、つぶやいた。
「懐かしいわ……紫鶴の舞、今はさらに美しくなっているのでしょうね」
 紫音が頬に手を当てる。
「………」
 蝶々と風の巫女は舞い続ける。
 ノワールの手が動いた。
 竜矢の手から手紙を受け取ろうとした、その瞬間――

     **********

 冥月は見た。
 ひとりの青年を筆頭に、二十人の怪しい人影が薔薇庭園に飛び込んで行くのを。

     **********

 しゅざっ――

 フードにマントをまとった人間が振るった剣が、前庭の薔薇を散らす。
 突然飛び込んできた二十人ほどの人間が、みるみる内に前庭の薔薇を枯らしていく。

「何をするの!」
 薔薇園の中にいたエルナが悲鳴をあげた。
 撫子がはっと舞をやめる。

 紫音が大声をあげた。
「――カノ!」
 フードにマントの人間たちの中央にいた、唯一普通の格好をした青年が――
 場違いなほど丁寧に、礼をした。
「お久しぶりですね、シオン」
 その声の雰囲気、そして何より容姿が。
 紫音に、異様なほど似ていた。
 ノワールがばっと前に出る。
「……また来たの」
 黒薔薇の少女の雰囲気の変わりように、誰もが驚いた。
 殺気。
 ノワールがまとうのは、まさしく殺気だ。
「また来ましたよ、お嬢さん」
 青年はうっすらと笑みを浮かべる。どこか紳士的な雰囲気を残したまま。
 しかしその間にも、フードマントの人間たちが剣やら斧やらを手にして薔薇を散らしている。
 と――
「無粋なことをされる方々ですね」
 撫子が即座に複数本の妖斬鋼糸を放ち、フードマントたちの二、三人の動きを止める。
「なんじゃこいつら……どう見てもお友達になりたくてって感じではなさそうじゃな」
 蛍華がその手に氷剣を生み出した。蒼く透き通る巨大な剣が、ひょうと風を切る。
「普通の人間にしては変な気配じゃし……」
「物騒な方々ですね。お客様……ではないご様子。すみませんが、貴方たちはここで何をしているのですか?」
 辰一がすっと前に進み出る。
 紫音が「カノ」と呼んだ青年が、目を細めた。
「ほう……今日は何やら助けが多いようですね」
「そうよカノ、およしなさい」
 紫音がかっとヒールを鳴らす。
「いつまで分かろうとしないの……! ここの薔薇はお前には渡さない、散らさせないわ!」
「それはこちらのセリフですよシオン。僕は決して諦めない」
 そしてカノはノワールを見た。
 まっすぐと、ノワールを。
「黒薔薇の姫……」
 ノワールが、一瞬ひるんだように片足を少し後ろにそらす。
「僕が、何の策もろうせずに来るとお思いですか……?」
「……なに……」
 ノワールがきしむような声を出す。
 カノははははっと軽く笑った。
「あなたの大切な黒薔薇をたしかめてくるといい! 果たして無事でいるかどうか……!」
「―――!!!」
 ノワールはぱっと身を翻した。
 カノは再び笑った。
「我らは『薔薇狩り』――!」
 両手を広げて、満足そうに。
「魔の力を持つ薔薇など、すべてなくなってしまえばいい!」
 青年の両側で――
 様々な武器を持った人間たちが、狂気に瞳をぎらつかせて得物を振り回していた。

     **********

「楽しいことになりそうだな」
 冥月は門のところでひそかに襲撃を観察していた。
 見ると途中で、金髪の少女が。そしてそれに続いて数人の人間が館内へと入っていく。
「ふむ」
 冥月は『影』を通じて襲撃者をひとり引き寄せた。
 そして引き倒し、押し付け、何のためらいもなく肩と肘の関節をはずし武器を手放させると、首の後ろに膝を当て、
「これでいつでも首を折り殺せるな」
 とどこか楽しそうに言った。
「さて、目的やら背後関係やら、色々と教えてもらおうか。抵抗は一切するな。お前が死ねば他のやつに聞くだけだ」
「ひ、ひいいい」
 捕まえたのは二十代ほどの男だった。なぜか武器を手放させた瞬間に、目の色が変わった気がする。狂気の色から――ただの怯える人間へと。
「どうする? 骨を一本一本砕いていこうか?」
「――僕たち薔薇狩りは、カノ様についていくだけだ!」
 男は悲鳴をあげた。
「カノとは何者だ。薔薇狩りとは何だ?」
「カノ……様は、魔の力を持つ薔薇を狩る力をお持ちだ……! ぼ、僕たちは、カノ様に武器を与えられて……薔薇を……狩る!」
「……魔の力を持つ薔薇……?」
 ふと、思い出した薔薇。
 黒薔薇。
 あの少女が髪に挿していた――
「あれが、目的……だと……?」
 冥月は門から青年の背中を見る。
 カノ……
「言え。カノ、とは何者だ!」
「カノ……カノ・ラルハイネ! 薔薇のラルハイネ家の長男……!」

     **********

「うっわ、変なのが来た!」
 紅珠は慌てて、館に駆け入るノワールに続いて館に入った。
「ノワールさん、待て、落ち着け!」
 悠輔が追ってくる。
「紫音さん! すみませんがカーペットが汚れるかもしれません!」
 悠輔は叫ぶ。紫音が、「構わないわ!」と返事をする。
 悠輔はすかさず館に入ってすぐにあった絨毯に手を触れ、つるつるにすべる素材へと変化させた。後から追ってくる『薔薇狩り』が入ってきても時間稼ぎになるよう。
「ノワールさんん……! 落ち着いてくださいなのですぅ……!」
 と、夜闇も。
「………」
 Fも、そして最後尾を撫子が。
 ノワールを追う数人の『薔薇狩り』を露払いとして妖斬鋼糸を繰り出し、『薔薇狩り』の動きを封じながら館の扉を閉めた。
 ノワールはまっすぐに駆けていく。
 後ろでどたんばたんと音がした。館を開けて入ってきた『薔薇狩り』が、悠輔が滑りやすくした絨毯によって滑って転んでいるのだ。
 そこをすかさず最後尾の撫子が振り向き、妖斬鋼糸で転んだ『薔薇狩り』をからめとって館の外に放り出した。
 そんなことを繰り返しながら、五人は慌ててノワールを追う。くねくねと入り組んだ館だった。おそらく一度通ったくらいでは道を覚えられまい。
「ちょっと……ノワール! おい……どこへ行くんだって……!」
 すでに肩で息をしながら、紅珠が苦しそうに声を出す。
「この状況ならひとつきりだろう」
 Fが淡々と走りながら、ぼそりと言った。
「薔薇狩りが昼間に真正面から攻めてくる……八百長だ」
「そうですわ。何か……何か仕掛けがあるはず」
 撫子は懐に忍ばせている御神刀『神斬』の感触をたしかめながらFの意見に同意した。
「ノワールさん……ノワールさん、落ち着け……!」
 悠輔がノワールの背中に叫びかける。しかしノワールは止まらない。
「うう……気になるのですぅ……」
 夜闇が、さすがに段ボール箱を放り出して一緒に走りながらつぶやいた。
「はぅぅ……あの瞳はよくないのです……昔、私を霧散させた方々と同じ狂信のかがり火……うぅ……少しからだが痛い気がするのです」
「大丈夫ですか? 夜闇様」
 撫子が夜闇の背中をそっと押さえながら走る。
 はいです、と夜闇はこくりとうなずいたが、どこか震えていた。
「気になるのです……わざわざノワールさんに黒薔薇に仕掛けをしたことを伝えたことが……」
「たしかに」
 Fがぼそぼそとつぶやいた。「この先に必ず仕掛けがある。……覚悟することだな」
「え!? なに、この先にも何かあんの!?」
 紅珠が声をあげる。
 聞こえているのかいないのか、ノワールはただただ走り続けていた。

     **********

「怪しいのはあの武器か」
 蛍華がつぶやいた。
 見つめるのは『薔薇狩り』たちがふりまわす様々な形状の武器――
 ひゅう、と風が鳴った。
「甚五郎、この人たちをお仕置きしましょう。お前はそのままの姿でいいから」
 肩に乗せていた式神猫にそう語りかけ、符を四方に放ったのは辰一。
 ぴりっと空気が震えて、そして薔薇庭園に結界が張られた。
「……これ以上薔薇を散らせはしませんよ」
「どうやら武器に何かしかけがある様子ですね」
 魅月姫が無表情につぶやいた。
「かわいそうな子たち……エルデを傷つける行為に加担させられるなんて……」
 エルナが同情の目で薔薇狩りたちを見つめる。彼女の言う『エルデ』とは、地球のことだ。
 薔薇狩りたちは剣を、槍を、斧を、鞭を振り回し、薔薇たちを散らそうとするが、辰一の結界に阻まれた。
 と、薔薇狩りたちはターゲットを変えた。――紫音に。
「まったく、なぜこんなことに……」
 竜矢が手に針を生み出した。そして紫音に躍りかかった薔薇狩りのひとりの影に針を放ち、影縫いで動きを止める。
「全員氷付けにでもしてしまえば楽なのじゃが……後々が面倒くさそうじゃなあ」
 蛍華がとんと地を蹴った。
 ひゅおう
 蒼く透明な氷剣が風を切り、薔薇狩りのひとりの剣を叩き砕く。
「なまくらじゃな。蛍華の剣なら一撃じゃ」
 剣を砕かれた人間の目が色を変えた。生気のなかったそれに――恐怖の色が。
 がくりと膝をつくその人間に蛍華が氷剣を向けると、「ひい」と小さな悲鳴が聞こえた。
 蛍華は眉をひそめた。
「……まだ子供じゃな、おぬし」
「子供がまじっている……!?」
 辰一が愕然とし、一瞬動くのをためらった。しかし薔薇狩りたちは変わらずに紫音を襲っている。
 辰一は決然と符をかざした。

「北方守護獣、玄武!」

 高らかな辰一の声とともに、すさまじい冷風が吹き薔薇狩りたちの足元を凍りつかせた。
「あたしはデストロイヤー……エルデに害を成す存在を浄化し、滅する者」
 エルナは寂しそうに囁く。
「だから……あたしはその武器を完全に浄化、破壊するっ!!」
 そして、声高に叫んだ。
「アンチ・リカバー!」
 カシィン
 薔薇狩りのひとりが完全に動きを封じる結界に閉じ込められる。
 しかし、残りの薔薇狩りたちは自らの武器で凍りついた足元を砕き、己の動きを解放した。
 紫音に躍りかかる薔薇狩りたち。執拗なその攻撃を、魅月姫が影の『闇』を操り止める。
「武器を壊せばよいのでしょうね」
 魅月姫は手に雷撃をからみつかせ、手刀で薔薇狩りのひとりの持つ斧を弾き飛ばそうとした。
 しかし、薔薇狩りは斧を手放さなかった。雷撃で手が焼かれても、狂気の瞳で魅月姫を見、荒い息を吐くだけだ。
「……武器に執着しているようですね」
 魅月姫はその男の腹に蹴りを入れる。ほんの少し、男の手から力がぬけた――その隙に蛍華が氷剣をふるった。
 斧が弾き飛ばされた。念のため、蛍華はそれを空中で叩き砕いた。
 武器を手放した薔薇狩りはしゅううと体から力を抜いていく。
 そうこうしている間にも、残りの薔薇狩りたちが紫音を襲う。
 辰一がもう一度玄武を召喚し、薔薇狩りたちの動きを一瞬止めた。
 エルナがアンチ・リカバーで、そして竜矢が影縫いで、ひとりずつ完全に動きを封じる。
 動きを止めた薔薇狩りの得物を、蛍華が砕けるものは砕き、砕けなかったものは魅月姫のほうへ殴り飛ばす。
 魅月姫が体術を駆使して薔薇狩りたちを弾き、力が抜けた隙に手刀で武器を弾き飛ばす。飛ばされてきた武器を蛍華が砕く。
「紫音さん、大丈夫!?」
 エルナが声をあげた。
「大丈夫よ……それよりもどうか、どうか薔薇たちを護って……」
「僕の結界で護られていますよ!」
「あとは紫音だけを狙っているようじゃからな! 結界がよほど強いのじゃろう……!」
 玄武で動きを止められてもすぐに得物で凍りついた足を解放してしまう薔薇狩りたちは、ついでに影縫いを行う竜矢の針も砕いて他の薔薇狩りたちを救っていた。
「おぬし、役に立たんの」
 呆れて蛍華が竜矢に言う。
「まったくですね」
 竜矢自身が一番呆れて、つぶやいた。

     **********

 冥月は姿を隠して、『影』だけで戦況を把握していた。
「館に入ったのは六人……今戦っているのは五人……」
 なかなかの術者が揃っている。しかし紫音と呼ばれていた女はまったく身の安全をはかれていない。
「まだまだだな」
 ふと紫音に鞭が飛ぶのを気配で感じて、冥月は影の中へその鞭使いを引っ張り込んだ。
 戦っている五人が、いきなり姿を消した薔薇狩りの存在に呆然とするのが分かる。
「ふふ。まったく……馬鹿なことだ」
 鞭使いは冥月の目の前に来た。
 冥月はそれが女だと知っても何の遠慮もなく引きずり倒し、間接を外して武器を手放させた。
「戦いにはこれくらいの残酷さも必要だ。……お前たちはそれを知っていて戦っているか?」
 冥月は低く囁いた。
 鞭を手放した女は、泣きながら冥月の下でうめいていた。

     **********

「薔薇狩りが消えた……まさかノワールさんたちのところへ……!?」
 辰一が歯ぎしりするような声で言う。
 カノが眉をひそめていた。
「……伏兵がいるようですね」
 小さくつぶやいた声は、あいにくと他の誰にも聞かれていなかったが――
 魅月姫が薔薇狩りの腹に肘を叩き込みながら、カノを見た。
「……ずいぶんと冷静ですね。何か策でもおあり?」
 カノは微笑んだ。
 ――あまりにも場違いな微笑みで。
「あなたたちに、感謝いたしますよ……」
「………!?」
「さて、もうすぐでしょうか――」
 カノは視線をあげる。
 その先には、大きな洋館――紫音たちの家があった。

     **********

「―――!」
 バタン!
 開いた扉とともに、ノワールが滅多に動かない顔を引きつらせた。
 そこは薔薇園だった。中庭の薔薇庭園――
 その中央。中央に――
「どうした、ノワールさん?」
 悠輔がノワールの肩を揺さぶる。
「あ……あ……」
 ノワールが引きつった顔でうめいた、かと思うと、薔薇庭園の中央部まで走っていく。
「ああ……っ! 私の黒薔薇が……!」
「―――!?」
 ノワールについてきた五人ははっとノワールの近くまで走っていく。
 そして、見た。
 一厘の、
 薔薇が、
 その花びらを散らして、
「あああああああああ!!!」
 ノワールが悲痛な声をあげた。
「私の薔薇……! 私の薔薇が……!」
 ――散った薔薇の色は、黒。
「落ち着け……!」
 悠輔が震えるノワールを後ろから抱きとめた。
「動揺し続けても、状況は悪化するばかりだぞノワール! すぐに対処しないと大事なものを完全に失ってしまうぞ!」
「黒、黒薔薇、は、一度枯れてしまっては、もう戻らな……」
 ノワールの声が切れ切れになる。息があがっている。過呼吸を起こしたかのように、苦しそうに。
「お前が取り乱してどうする」
 Fがぼそりとつぶやいた。
「落ち着け。冷静に考えてみろ――本当に、薔薇は枯れることができる状況だったのか?」
「―――」
「ノワール様、どうか落ち着いて。敵の目的をさぐるのです」
「黒薔薇の力、使わないで欲しいのですぅ。それが敵の目的かもしれないのです……」
「う……歌を歌うからな、俺!」
 紅珠が真顔で言った。「花ってのは歌を聞いてるらしいからな。ヒーリングの歌を歌うからな!」
 そして紅珠が口を開こうとした瞬間――

     **********

「捕まえた……!!」
 カノが嬉しそうに声をあげた。
「捕まえましたよ……!! 行け、お前たち!!」
 残っていた薔薇狩りの数人が、姿を消した。

     **********

 ノワールの眼孔が大きく開いた。
「あ……目……!」
 思い出すのは――
 カノと、視線を交わしたあの瞬間――

     **********

「感謝しますよ、あなた方……!」
 カノはここに来て丁寧に礼をしてまでそう言った。
「あなた方があのお嬢さんの気を和らげていたおかげで、術をかけやすくなった……感謝しますよ!」

     **********

 その場に、瞬間移動のようにずざっと五人の薔薇狩りが現れた。
 その瞬間に、散っていたと思った黒薔薇が復活した。薔薇狩りが嬉々として大声をあげた。
「魔を持つ薔薇……! 見つけたぞ、今枯らしてやる……!」
 とっさに紅珠がノワールをかばった。
 撫子が懐におさめていた御神刀『神斬』を抜き放ち、
「これは……もしや幻覚だったのでしょうか……?」
 静かにつぶやいた。
「……そうらしいな。ノワールの動揺が最高潮に達したところで、ノワールの位置が捕らえられる術をかけられていたんだ」
 Fがぼそりぼそりと撫子の言葉につなげる。
「はうぅう……」
 夜闇が泣きそうな声でうめき、薔薇狩りたちの血走る目を見る。
「………っ」
 ノワールが紅珠を押しのけて薔薇狩りと対峙し、ぎり、と奥歯をきしらせた。
「よくも……よくも……!」
「駄目なのです、ノワールさん……!」
 夜闇がノワールに必死ですがりつく。
「あの方たちに怒りや憎しみで対抗しては駄目なのです……怨嗟の波紋は魔を生み出すのですから! 何よりノワールさんは『護り手』なのです……何をされても黒薔薇さんを優しく元に戻すことだけを考えてくださいですぅ!」
「………!!」
 ノワールが夜闇を見る。
 薔薇狩りが一斉に襲いかかってくる。
 紅珠が口を開いて歌を紡ぎ始めた。
 麻痺呪文――
 薔薇狩りの動きが一瞬止まる。
 その隙に撫子が神斬を振るう。
 薔薇狩りたちの武器にギィンと当たり、弾き返された。
「な……何て硬い武器……!」
「……薔薇狩りの武器は、カノが生み出した武器……」
 ノワールは静かにつぶやいた。
「手放させてしまえば、あとは普通の人間」
「手放させればいいんだな」
 俺は歌を歌い続けるからな、と紅珠が胸の前で手を組み合わせて歌い続ける。
 薔薇狩りたちは、麻痺して地面に転がりながらも、決して武器を手放さない。
「失礼致しますわ!」
 撫子は薔薇狩りのひとりの、武器を持つ手の甲を神斬の柄で打った。
 薔薇狩りはそれでも手放そうとしない。
 Fが――
 思い切り、寝転がっていた薔薇狩りの腹を踏んづけた。
 薔薇狩りの体がくの字に折れ曲がる。一瞬全身から力が抜ける。
 すかさず撫子は武器を奪い取った。
「乱暴だが……これくらいしなくては進まないだろう」
 Fはぼそりとつぶやく。
 武器を奪われた薔薇狩りは、空気の抜けた風船のように縮こまった。
「あ……目から、狂気の色が消えたのです……」
 夜闇がほっとしたようにつぶやいた。
 紅珠はまだ歌い続ける。
「……薔薇狩り……女の子までいる……」
 それに気づいて、悠輔はバンダナを手に取る。
 端を重い鋼鉄状にして薔薇狩りの薬指に引っかけ引っ張った。
 そして伸びてきた指に、重い状態のまま結びつける。
 薬指が伸びてくれば、自然と小指も伸びてくる。小指にも巻きつけ――
 次に中指。
 ――残り親指と人差し指のみ。
 すでに結んだ三本の指を思い切り甲のほうへ引っ張れば、人差し指も伸びてきた。
 その隙に、悠輔は武器を取り上げた。
 地道な作業だが、あまり乱暴はしたくなかったのだ。
 あと三人――
 痺れて地面に転がっている薔薇狩りから、Fと撫子はひとりひとり少々乱暴な方法で武器を取り上げていった。

     **********

 薔薇狩りは残り八人ほどだろうか――
 前庭に残った面々は相変わらず紫音ばかりを狙う薔薇狩りから、紫音を護るのに必死だった。
「動きを止めるのは簡単ですが――」
 辰一が符を取り出しながら眉をしかめた。
「武器をなかなか手放しませんね。どうしましょうか」
「地道にやっていくしかなかろう」
 蛍華がまたひとつ、武器を叩き砕く。
「ノワール……ノワールは無事かしら……」
 紫音がぶつぶつとつぶやいていた。
「心配することはなかろう」
 蛍華はあっけらかんと、「一緒に館へ飛び込んで行った連中……やつらもただ者ではない」
「ふふ。面白い集団ですこと」
 魅月姫は笑いながら薔薇狩りのひとりの懐に飛び込み、かと思ったらその片腕を取ってするりと背後に回した。
 武器を持つ手を後ろ側に。ぎりぎりと絞めていく。
 ぱちっと魅月姫の手に走る雷撃。しかし薔薇狩りは武器を放さない。
 竜矢がすっと針を一本、腕のツボに刺した。
 とたんに、薔薇狩りの腕から力が抜けた。
「おぬしなあ……そんな技があるなら最初からやらんか」
 蛍華がぐったりと竜矢に言う。
「いえ、ツボの位置をいまいちよく覚えてなくて。先ほど辰一さんにたしかめまして」
 でも、これで――と竜矢はひゅっと針を放つ。
 またひとり、ツボを刺されて力がぬけ、がしゃんと剣を取り落とした薔薇狩りがいた。
「俺もいけますよ! 残りも一気にいきましょう!」
 辰一が玄武の名を呼ぶ。
 エルナのアンチ・リカバーが動きを完全に閉じる。
 蛍華が武器を下からギンと切り上げ、弾き飛ばせないと知ると魅月姫に蹴り飛ばす。
 魅月姫が肘をみぞおちに叩き込み、気絶していく薔薇狩りから武器を奪う――
 そして竜矢が針でツボを刺し、次々と武器を落とさせる。

     **********

「何をしているんだやつらは……」
 冥月は少しいらだって戦況をうかがっていた。
「肝心の首謀者を放っておいてどうする」
 こうなったら自分が、と彼女は影を通じてカノを引っ張り込もうとする。
 しかし――
 強烈な反発が起き、バシン! と影が爆ぜた。
「なに……!?」
 冥月は愕然とする。
 ――そう簡単には捕まりませんよ――
 あの青年の声が、影を通じて聞こえてきた。

     **********

「……今回は失敗のようですね」
 次々と武器を落とされていく薔薇狩りの様子を、カノは冷酷にも見える目で見ていた。
「仕方がない。またの機会を狙うことにいたしますよ」
 そしてカノは礼をする。これで終わりだとでも言いたげに。
「待ちなさい! あなたは一体何者なんですか!」
 辰一が声をあげた。
 カノはうっすらと笑みを浮かべた。
「そちらの白衣の方に聞いたほうがよいのでは?」
「カノ……」
 紫音が唇を噛む。
「おかしい……あの人、何度アンチ・リカバーで捕らえようとしても捕まえられなかった」
 エルナがカノを見つめる。
「キミは……何者?」
「僕は、僕ですよ。お嬢さん」
 カノはにっこりと微笑んだ。
 そして、紫音に向かって礼をした。
「それではまた。姉上」
「待ちなさい、カノ!」
 しゅん……
 カノの姿が消える。
 紫音の呼び声が、空中で散った。
「姉……上……?」
 辰一が呆然とつぶやいた。
「………」
 紫音は黙って、散らされた薔薇庭園をぼんやりと見つめる。
「ありがとう……薔薇を護ってくれて……」
 エルナがたたたと地面に倒れ付している元薔薇狩りたちの元へ行き、その手当てを始めた。
「何をしているのじゃ、おぬし」
 蛍華が不思議そうにエルナの行動を見る。
 エルナは必死の声で言った。
「だって……同じ『ヒト』だよ?」
 その場にいる面々は顔を見合わせた。
 そして、ぞろぞろと薔薇狩りたちの元へ歩き、手当てを始めた。
 エルナの腕の中で、目を、開けた少年がいた。
 エルナは優しく微笑み、
「……もう、こんなことはしないで。強い心を持って誘惑を断ち切って」
「………」
 少年は心地よさそうにエルナの腕の中で、すうと眠りに落ちた。

「おー、もう終わってるー!」
 紅珠の声がした。
 見ると館が開いて、先ほどノワールを追っていった面々が戻ってきていた。悠輔が二人ほど元薔薇狩りをかついでいる。
「紫音」
 ノワールが落ち着いた様子で姿を現した。「中庭にあと三人薔薇狩りがいます。外に連れ出して……何をやっているのですか」
「そこの赤い娘が、同じヒトじゃからというものじゃからの」
 蛍華が少々乱暴な手当てをしながら説明する。
 赤い娘、もといエルナは「その人たちも?」と悠輔がかついでいる二人を見た。
「……薔薇狩り、です。……首謀者は……」
「逃げたわ……」
 紫音が小さな声でそう告げた。
「捕まえればよかったろう」
 Fがつぶやく。
「………」
 紫音が黙りこんだ。
「いや……」
 辰一がそっと紫音の背を撫でながら、「無理……ですよ。お二人は……ご姉弟……」
 紅珠と夜闇、悠輔と撫子が目を見張る。
 沈黙が落ちた。
「――いーんじゃね?」
 紅珠が、明るい声でそう言った。
「俺たちは友達だったから、危ないとこ助けた。それでいーじゃん」
 な? と紅珠は紫音を見る。
 紫音が――優しく微笑んだ。

     **********

「結局、それで解決させるのか……皆甘いな」
 冥月はひとりつぶやいていた。
 苦笑気味に。
「だが……嫌いではない……」
 自分は一体何をしにきたのだったか。ああ――
「葛織家の調査だったか。あの葛織家の世話役……まだまだだな」
 のらりくらりとしている様子の竜矢。
「あんなことで世話役ができるか」
 そう結論づけ、さてと、と冥月は裾を払った。
「帰るかな。今日は充分収穫があった――」
 彼女の足元では、彼女に間接をはずされた二人の薔薇狩りが、いまだ痛みにうめいていた。

     **********

「やれやれ……紫鶴さんとノワールさんの仲直りは穏便に済ませられないようで……」
 辰一が苦笑する。「邪魔ばかりですね」
「無事に済んだのだからいいじゃない!」
 エルナが明るい声で言った。
「ノワール」
 魅月姫が改めてノワールに向き直った。
「聞きたいの。あなたは紫鶴を、どう思っているの」
「………」
 ノワールは視線を泳がせた。それ自体珍しいこと――
 そして彼女は、
 竜矢に、視線を止めた。
「……手紙」
 一瞬何のことを言われたか分からなかった竜矢は、ややして思い出し、ポケットに入れてあった紫鶴からの手紙を取り出した。
 差し出す。
 ノワールは、手を出した。
「……読む。大切に」
 その場の空気が一気に暖まった。
「そうか。そうじゃの。それでよい」
 蛍華がぱちぱちと手を叩き、
「返事用のレターセットあるぜ! ほら全部やるから」
 紅珠がかばんを差し出した。
 ノワールはためらってから、
「……ありがとう」
 と紅珠のかばんを受け取った。
「よっし!!!」
 紅珠が空に向かって拳を突き上げる。「文通第一回、成功!」
「えへへ……紫鶴さんのお手紙なら、きっと暖かいのですぅ……」
 夜闇が段ボール箱をかぶりながら微笑み、
「ええ、そうですわね……きっと心のこもった……」
 撫子が笑顔になる。
「文通か。ノワールさんも心をこめて手紙書いてやってくれよ」
 悠輔が言い、
「紫鶴さんのように肩こり起こすほどじゃなくてもいいですけどね」
 と辰一が笑った。
「そう」
 魅月姫が滅多に動かない表情を、わずかに微笑ませる。
「……よかったわ」
 Fはただじっと見つめていた。その無愛想な表情は、まんざらでもないように見えた。
 こうして――
 紫鶴の手紙は、無事ノワールの手に渡ったのである。

 後日。
 半月ほどして、ノワールからの手紙が紫鶴の元に届いた。
 内容は――


 ―Fin―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0328/天薙・撫子/女性/18歳/大学生(巫女):天位覚醒者】
【2029/空木崎・辰一/男性/28歳/溜息坂神社宮司】
【2778/黒・冥月/女性/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【4682/黒榊・魅月姫/女性/999歳/吸血鬼(真祖)/深淵の魔女】
【4958/浅海・紅珠/女性/12歳/小学生/海の魔女見習】
【5655/伊吹・夜闇/女性/467歳/闇の子】
【5795/エルナ・バウムガルト/女性/405歳/デストロイヤー】
【5799/F・―/男性/5歳/???】
【5973/阿佐人・悠輔/男性/17歳/高校生】
【6036/蒼雪・蛍華/女性/200歳/仙具・何でも屋(怪奇事件系)】

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■         ライター通信          ■
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F様
いつもありがとうございます、笠城夢斗です。
プレイングに嬉しいお言葉ばかり、本当にありがとうございました。今回はいかがでしたでしょうか。頑張って書きましたが、ご期待にそえていれば光栄です。
このシリーズも次回最終回、そして外伝へと続きます。
よろしければまたお会いできますよう……