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■例えばこんな吟遊歌■ |
紺藤 碧 |
【2872】【キング=オセロット】【コマンドー】 |
いつものように白山羊亭に訪れたコールは、自分がいつも座っているカウンター席に見ず知らずの男性が座っていることに首を傾げる。
「いらっしゃい、コールさん」
忙しなく給仕でホール内を駆け回っているルディアの挨拶を受けて、コールは挨拶と共に笑い返す。
「こんにちは、初めまして」
コールは男性の隣に腰を下ろして、いつもの調子に話しかける。
「おまえさん、席は沢山開いているだろうに物好きだな」
「えっとね、この席」
コールの手短な言葉に、男性はなるほどとどこか納得がついたのか、
「それは済まなかったな」
と、グラスを持って立ち去ろうとしたが、コールは慌ててそれを押し留める。
いつもの場所と告げたといっても、場所を返して欲しいわけではない。
「お兄さんは、旅の人?」
この歳にもなってお兄さんと呼ばれるとは…と、男性は少しだけ驚いたようだが、さほど気に留めた様子も無く肯定の頷きを返し、
「今日エルザードに付いたばかりでね」
このソーン中を旅している小さなキャラバン。男性――キャダン・トステキはその団長なのだと口にした。
「あー。こんな所に居たー!」
白山羊亭の入り口を勢い欲開けて入ってきた少女。
あまりに突然の事でコールもルディアもきょとんとしていると、少女はキャダンの元へと歩み寄りちょこんと当然とばかりにその隣に腰掛け腕を絡める。
「お前、他の奴らはどうした?」
「ルゥラ知らな〜い」
どうやらキャダンのキャラバンの一員らしいルゥラ・マップは、ちらりとコールを見たが、直ぐに興味をなくしてキャダンにしきりに話しかけている。
「キャラバンかぁ。うん、でもそれいいね!」
白山羊亭のカウンターで突然そう宣言したコールに、キャダンとルゥラは首を傾げる。
「僕ね、お話書いてるんだ」
そういってコールはまだ白いページが多い本を持ち上げる。
「物語の中だけど、ここにいる皆と団長さん達でお話の中でキャラバン組んでみるって、どう?」
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例えばこんな吟遊歌
いつものように白山羊亭に訪れたコールは、自分がいつも座っているカウンター席に見ず知らずの男性が座っていることに首を傾げる。
「いらっしゃい、コールさん」
忙しなく給仕でホール内を駆け回っているルディアの挨拶を受けて、コールは挨拶と共に笑い返す。
「こんにちは、初めまして」
コールは男性の隣に腰を下ろして、いつもの調子に話しかける。
「おまえさん、席は沢山開いているだろうに物好きだな」
「えっとね、この席」
コールの手短な言葉に、男性はなるほどとどこか納得がついたのか、
「それは済まなかったな」
と、グラスを持って立ち去ろうとしたが、コールは慌ててそれを押し留める。
いつもの場所と告げたといっても、場所を返して欲しいわけではない。
「お兄さんは、旅の人?」
この歳にもなってお兄さんと呼ばれるとは…と、男性は少しだけ驚いたようだが、さほど気に留めた様子も無く肯定の頷きを返し、
「今日エルザードに付いたばかりでね」
このソーン中を旅している小さなキャラバン。男性――キャダン・トステキはその団長なのだと口にした。
「あー。こんな所に居たー!」
白山羊亭の入り口を勢い欲開けて入ってきた少女。
あまりに突然の事でコールもルディアもきょとんとしていると、少女はキャダンの元へと歩み寄りちょこんと当然とばかりにその隣に腰掛け腕を絡める。
「お前、他の奴らはどうした?」
「ルゥラ知らな〜い」
どうやらキャダンのキャラバンの一員らしいルゥラ・マップは、ちらりとコールを見たが、直ぐに興味をなくしてキャダンにしきりに話しかけている。
「キャラバンかぁ。うん、でもそれいいね!」
白山羊亭のカウンターで突然そう宣言したコールに、キャダンとルゥラは首を傾げる。
「僕ね、お話書いてるんだ」
そういってコールはまだ白いページが多い本を持ち上げる。
「物語の中だけど、ここにいる皆と団長さん達でお話の中でキャラバン組んでみるって、どう?」
今日の白山羊亭では、開けた一角でミニサイズの真っ白の獅子が空中で一回転をしたり、言葉を理解でもしているのか観客の要望に応えて何か芸をしていたりと、どこか盛り上がっていた。
「ふむ……キャラバンの一員、か」
話を遠からず近からずの位置で聞いていたキング=オセロットは、自分のグラスを掴みカウンター席へと移動してコールに問いかける。
「そのキャラバンというのはいわゆる、サーカスなどの興行のことでいいのかな?」
実際キャラバンを仕切っているのははコールではなく一応キャダンなため、コールはオセロットの問いをそのまま聞くようにキャダンに顔を向ける。
「あぁ、それで構わない」
キャダンは穏やかな笑みを浮かべたままさらりと答える。
「そうか、ならば……」
暫し考えるように瞳を伏せたオセロットに、コールは期待の眼差し向ける。
「居候」
「え?」
思わず聞き返してきたコールに、オセロットは肩を竦めるようにしてふっと笑う。
「というのは、まぁ、半分冗談で、半分くらいは本当かな」
しかし、キャラバンに何の役にも立たないものを居候させるはずがないし、ただ養われるだけというのもオセロットの主義に反していたため、詳しい役柄はコールに任せることにした。
コールは満面笑顔で頷くと、登場人物にオセロットの名前を書き加えた。
「アレスディアはどうする?」
オセロットが振り返った先、元々座っていたテーブルでアレスディア・ヴォルフリートがパスタをつついていた。
どうやら話しに参加はしたかったものの食事中のため遠慮していた模様。
「……私は、キャラバンの護衛、かなぁ……」
あまりにも何時も通りの選択肢を選んでしまったが。アレスディア自身が表舞台に出るような自分が想像できなければ、役として光ってこない。それは舞台でも物語でも一緒のことだろう。
コールはアレスディアの名を登場人物として書き加える。
「ああ、それと……」
アレスディアは口元を丁寧に拭い、スプーンとフォークを重ねて置くと、カウンターへと移動する。
椅子に座っているコールを見下ろして、アレスディアはしどろもどろに話し始める。
「これは……キャラバンとは直接関係ないが……」
先日出来上がった物語からコールに言われた事を何とか実践しようと“努力”するという姿勢に、なぜか周りの人達が軽く笑みを浮かべる。
当のアレスディア自身は何故笑われるのか分からずに困惑の表情を浮かべて、その場にいる人達の顔を見た。
「それは、思ってやることじゃないと思うぞ」
「そ…そうなのか?」
くすっと笑ってそう口にしたオセロットに、アレスディアは至極真面目に問い返す。流石のオセロットもコレにはやれやれと肩を竦めた。
そして、白山羊亭の入り口。
「今日は…いつもよりにぎやかだな」
そんな賑やかさにつられるようにしてサクリファイスが白山羊亭の入り口から中へと足を踏み入れた。ふとカウンターで集まる人だかりの中にコールを見つけて歩み寄る。
「ああ、コール、久しぶり……」
そしてコールの手の中にある白い本に目を留めて、また何か新しい物語を書くのだと悟るや、サクリファイスはその内容を問いかけた。
「キャラバン?」
いつもとは少しだけ趣向が変わっているような内容に、サクリファイスとは小さく言葉を繰り返す。
「……なるほど……う〜ん……そうだな」
「そんな深く考えなくてもいいんだよ?」
にっこりと笑ってコールはそう答えるが、サクリファイスの中ではどんな役柄がいいかと考えが走っていた。
『話』なのだから、もちろん今いるサクリファイスではできないようなことがやれるような役でもいいのだけれど、あまり『私』とは離れ過ぎたくないとも思う。
「楽器の伴奏でもしようかな」
弦楽器ならば多少の心得がある。
「昔は、生きて戦い、死んで戦いの世界だったから、せめてもの慰めにと思って」
それを聞くと、コールはウンウンと頷いてサクリファイスの名を登場人物に加えた。
「しかし、キャラバンか」
普段一人で旅をすることが多いアレスディアは、たまにはこういった大勢での旅も楽しそうだと、少しだけウキウキとした表情を浮かべる。
「一人…か。私は大勢での道行といえば、戦いしかなかった」
戦いの中で身を置く大勢での旅と、道ずれは居ない一人の旅。どちらが言いかといわれたら、もちろん一人であろうとも戦いが無い旅のほうがいい。
「たまには、こういうのも悪くない」
「ああ、楽しそうだ」
いつか皆で本当に旅をすることがあったら……多分コールは迷子になるだろう。
「えっと、普段なんだけど」
集まった女性3人の顔を見上げてコールは、興行時以外で何をしてるのかと問いかける。
「そうだな、私は揉め事仲裁といったところか」
オセロットが選んだ職業からすれば、そう言った役割の人間が居ても確かに味になっていいだろう。
「買出しや薪割りでも。力の要ることならば、いくらでも協力できると思う」
2人と違って何か芸を披露できるような役柄ではないと自分で決めたため、裏方全般を引きうけるつもりでアレスディアは答える。
「いつもは……食事の支度とか、洗濯とか……」
考えるように口を開いたサクリファイスに、ばっと視線が集まる。
天使(落天使だが)という立場の人がそんな家庭的な事をするとは予想外の出来事で。
周りの視線から何かを感じ取ったのか、サクリファイスはしどろもどろに言葉を続ける。
「似合わないのは、わかってるけど……」
「いや、似合わないとは」
確かに、姿から想像は出来そうもない。
「これでも、一応は自炊してるんだぞ」
照れ隠しにそう宣言したサクリファイスに、カウンターが和やかな雰囲気に包まれる。
そして今まで一心不乱に芸を披露していた白の獅子は、そんな賑やかなカウンター席を視界の端に捉え、動きを止めた。
白い獅子は、終わりを告げるように一度唸り声を上げ、すたすたとカウンター席へと足を進める。
「うわ!」
そして、鼻先でコールを突付いた。
「ほぉ。白いライオンとは珍しいな」
その横でキャダンが感心したように口を開く。
「よぅコール」
「え??」
この声は聞き覚えがある。
わけが分からずにコールは瞳をパチクリとさせていると、小さな白い獅子の輪郭が歪み、銀髪の20歳ほどの青年へと変わっていく。
このシルエットは―――
「オーマさん…かなぁ?」
「当りだ」
そう、白い獅子に変身していたのはオーマ・シュヴァルツ。にっと笑いながらコールに答えると共に、その姿が元の黒髪の親父姿へと戻っていく。
「面白いね!」
変身♪ 変身♪ と、どこか楽しそうに呟きながら、コールは登場人物にオーマの名前を書き連ねる。
「これは、楽しい旅になりそうだ」
キャダンは集まったメンバーを一通り見回し、小さく呟いた。
【ブルビネラなキャラバン隊】
キャラバン隊はほぼ自活自炊が基本であり、街へ着いたとしてもこうして街の外の平原に、ちょっとしたコテージを組み立てて興行中はそこで生活することにしていた。
もちろん食物や追加の衣類・アクセサリー、薬品は担当を決めて街まで買い足しに良く。
いや、担当を決めてというのは少々おかしいか。
舞台に立つことのない街道護衛役のアレスディアが、いつも雑品を買い足して荷馬車に何時も積んでくれているのだから。
そうして今日も興行が終わり、皆がコテージへと帰ってくる。
乾いた洗濯物が入った籠を抱えて、オーマは荷馬車へと歩いていた。
「ああ、丁度いい」
すらりとした立ち姿で切り株から立ち上がったご意見番のオセロットに引きとめられ、オーマは顔をかしげる。
「ちょっとそこの木の前に立ってくれないか」
「はぁ」
オーマは洗濯物の籠を置くと、オセロットに言われるままに木の前に立つ。
―――トシュ。
「ひぃいい!!」
ぱさり。と、オーマのサイドの髪が数本はらりと地面へと吸い込まれていった。
すぅっと視線だけを横に移動させれば、磨かれたナイフの刃が鏡となって、引きつったオーマの顔をそこに映していた。
「ちょ、オ…オセッ……!!」
「ふむ……」
オーマは思わず講義の声を発するが、当のオセロットは何か納得したように小さく頷くと、すたすたと何事も無かったかのようにコテージへと戻っていく。
オーマはペタンとその場に座り込んだ。
もういやこんな生か……とまで思ってブンブンと首を降る。
何よりも珍獣として売られていた自分を助けてくれたのは、このキャラバンの面々であったのだから。
しかし、いつまでたっても相変わらず下っ端のままなのだけれど。
「何座り込んでるの?」
へなっとしてしまったオーマを覗き込んだのは、若手軽業師のルゥラだ。ご意見番としてこのキャラバンと行動を共にしているオセロットと共に繰り出す本物のナイフを使用したジャグリングは中々に好評の演目であり、実際は違うのだが二人とも金髪青目であるために、演目では姉妹と名乗っている。
何せその方が受けが良いから。
「あら。オーマの頭の上のリンゴ、何時も射抜いて上げてるのに、なんだか失礼しちゃうわね」
やってることは“ほぼ”同じなのに、オセロットが行った時だけこんなにもオーマが怯えているのはいたく心外だ。と、ルゥラは口にする。
「ル…ルゥラ…………さん」
呼び捨てにしようとしてぎりっと睨まれる。何せ向こうはベテラン。こっちは下っ端。
「それくらいにしてやれ」
「団長!」
ここぞの助け舟とばかりに、キャダンの落ち着いた声が響く。
「そうだオーマ。サクリファイスが食事の準備をしていたぞ」
オーマは団長の言葉に、助かったと言わんばかりに安心した笑顔を浮かべて、手伝ってきますとその場から走り出す。
が、途中でばっと引き返してきた。
「??」
不思議そうに見ていると、オーマは置き去りの洗濯籠を掴み、荷馬車に積み込むと煮炊き場へと走っていった。
キャンプよろしくの煮炊き場で、アレスディアは鍋をかき混ぜるサクリファイスの傍らに薪を置く。
「薪はこのくらいでいいか?」
「ああ、充分だ」
鍋からは美味しそうな香りが仄かに立ち始めている。
「しかし、わざわざ食事の支度までしなくとも」
最後まで言葉にする事無く、サクリファイスは首を降る。
「だが、怪我をしては大変だ」
万が一火が付いた薪が飛んで火傷を負ってしまったり、包丁で指を切ってしまったり。
「私の指は弦を爪弾く程度だ」
オセロットやルゥラが行っているナイフ投げのように、手先の正確さが要求されるわけではない。
「爪弾く程度とは聞き捨てならないな」
演奏家にとって指先の敏感な感覚が音へと影響することくらいアレスディアも知っている。
「私は護衛が仕事。表舞台に立つことなない。しかし、サクリファイスは違う。小さな怪我が興行に影響することもあるだろう」
自分の指先をもっと大切にするべきだ。と主張するが、サクリファイスは「ありがとう」とただ笑う。
「私は充分自分の指を大切にしているつもりだ」
それに楽器を弾くためだけの存在では、自分だって働けるのに他の団員たちに申し訳ないような気さえする。
皆一様に何かしらの演目を持ち、それで尚雑用もこなすのだ。中には興行だけ行い雑用をまったく行わない団員もいるのだが、それはまたそれだ。
「私は料理を作ることが好きだし、美味しいといってくれる皆が好きだ」
だから、それを奪わないでくれ。と、サクリファイスは切なく微笑む。
叶わないといった調子でアレスディアは小さく肩を竦めると、ふっと微笑む。
「包丁と火傷には充分気を付けるんだぞ」
「ああ」
言葉にはしないが、視線で「分かっている」と答え、サクリファイスはアレスディアに向けていた視線を鍋へと戻す。
「薪が足りないようだったら言ってくれ。直ぐに用意する」
料理の薪。風呂焚きの薪。実は薪はいくらあっても足りなくなったりもする、雑貨の中で一番の重要アイテムだ。
まれに、他の団員が料理用に用意して別に分けておいた薪をコッソリ持ち出して風呂焚きに使っていた事がある。
理由は、風呂焚き用の薪置き場が遠かったから。
流石にコレにはアレスディアも雷を落としてしまったのだが、それ以来減ったとは行っても皆無ではない。
そんな事を思いつつ、アレスディアはキャダンの元へ、必要物資の確認と買出し確認をするためにその場を後にする。
そして、入れ替わるようにしてオーマが走りこむ。
鍋をかき回すサクリファイスを見るなりオーマは叫んだ。
「指先怪我したらどーすんだ!?」
アレスディアと同じ言葉に、サクリファイスは耐え切れなくなったのか声を上げて笑い出し、それを遠耳に聞いたアレスディアも小さく苦笑する。
ただ一人、オーマだけがわけが分からないと言った面持ちで首をかしげた。
今日のナイフ投げの正確さを(オーマで)確認し、オセロットは手首のスナップをやや利かせたほうがいいだろうか。と、一人考えながらコテージへと向かう。
「誰がなんと言おうが、失敗は失敗だ!」
「あの方がうけたんだからいいだろうが!」
声に視線を向ければ、コテージのまん前で団員が2人大声で怒鳴りあっていた。
(やれやれ)
話の内容が些細な事であれば当人達で解決するであろうし、逆に一触即発の状態であったならば誰かが止めに入ったほうがいいだろう。
もし、第三者の助言が必要ならば彼らはオセロットを呼び止める。
団員達はごく当たり前に頼ってしまっているが、それがご意見番の仕事と言ってしまっても過言ではなかった。
「あ、オセロットさん!」
口論をしていた団員が、偶然を装ってその場を行き過ぎようとしたオセロットを呼び止める。
呼び止めたのは、キャラバンのクライン2人。
「どうした?」
話を聞いてみれば、どうやらクラウン2人は自分達の演目の時、片方が実は芸を失敗していたのだという。
クラインという職業は人を笑わせることが仕事であり、咄嗟の際にすぐさま転機を働かせることが必要とされる職業だ。
見た目は笑いものの道化者でも、実はそれが一番難しい。
「俺はお客様を笑わせることが出来た事に対して文句なんて言ってねぇ!」
「だったらいいだろう!」
「その考えを改めろって言ってんだ!」
怒鳴りあいの内容から喧嘩の原因に大方の想像がついたのだが、オセロットは困ったと見せかけて軽く眉を寄せて眉間に手を当てる。
「失敗と見せかけなかったことは、クラウンとして誇りとしてもいいだろう」
人に言われて気が着くのが良いのか、それとも自分で気が付くのが良いのか、微妙な問題だな。と、オセロットは思う。
「しかし、うけたからと言って、それでそのまま良いかと言われたら、そうではない」
成功に目がくらみ、失敗を省みないままでは、彼がこの先大きくなれるとは思えない。
「人は何時も成功だけをつかめるわけではない。成功へと向かうために何度も何度も失敗を重ね、やっと成功を手に入れる。この成功への過程にあるものは……なんだろうな?」
それは、失敗を素直に認め反省し、次への糧とすること。
結果的に成功になったとしても失敗は失敗であり、そしてなぜ失敗したのかを自分で考え反省しなければ、また同じ過ちを繰り返すのだ。
オセロットの言葉に呼応するようにクラウンの片方が真剣な眼差しで相棒を見る。そして失敗したクラウンは、沈痛な面持ちで眉根を寄せて顔を伏せた。
「同じような状況がまた起きた時、次も今回みたいにお客様が笑ってくれるとは限らないだろう?」
「……わりぃ」
本当はとても仲がいい2人なのだ。
オセロットはそっと数歩離れた場所から静かに2人を見守る。
「仲直りは出来たか?」
オセロットは微笑んでクラウン2人を見る。
「すいません」
「お手数おかけして」
照れたように頭を垂れた2人を見て、オセロットは尚強く笑う。
「気にすることはないさ」
そしてオセロットはふと顔を上げて、振り返る。
「今日の夕食が出来たようだ」
風に乗って美味しそうなスープの香りが、オセロットの鼻腔をくすぐった。
羊皮紙を手に雑貨がまとめてある荷馬車の中で、雑貨の確認をしているキャダンの姿を見つけ、アレスディアは丁度いいとばかりに声をかけた。
「買い足し表が完成していたら、受け取りたいのだが」
キャラバンで使用する雑貨の在庫の管理だけはキャダンよりもアレスディアの方が詳しいのだが、流石に興行を行う団員たち特有のものや、興行中に使用するアイテムなどは団長であるキャダンに聞かねば分からない。
今まで買いだしを行った雑貨の事は逐一覚えてはいるものの、材料から用途が見出せない、そう言った関連のものは何時も買い足し表を作成してもらっていた。
「そうだな、スパイスが少し減っているようだ」
このスパイスも料理のためのものではない。
「承知した。明日、皆が帰ってきたら行くとしよう」
キャラバンの団員が興行に行っている際、アレスディアとその日興行に出ない数人には人気がなくなるコテージを護るという役目がある。
一応専門職としてのアレスディアがキャラバンと共に行動しているのだが、やはり数々の場所を旅してきた面々だけあって個々の腕はそれなりにたったりもする。ただ、その技が劣るとすれば、そうして手に入れた戦闘力も、純粋に戦闘に向けるものではなく、芸のための一環でしかないということ。
やはり、咄嗟の際、アレスディアには叶わない。
「もう少し、人手を増やした方がいいか?」
突然のキャダンの言葉にアレスディアは首を傾げる。
「このキャラバンも大きくなった。ここに残っている者たちだけで、興行中この場を見回るのは辛いだろう」
街の外に簡易的な拠点を築く以上、街の中のように安全というわけではないのだ。
人手が少なくなった時を見計らって盗賊が襲ってきたり、目の届いていない場所を狙い盗人が入るかもしれない。
それに、何よりアレスディアも歳若い女性なのだから。
キャダンの言葉にアレスディアはやっと理解したようにふっと微笑んで、
「心配には及ばぬよ」
と、口にして、そのまま瞳を伏せる。
「私は一度護ると決めたものは護り通す。護ること。それが私の誇りでもあるのだ」
そしてアレスディアは、閉じた瞳をゆっくりと開き、キャダンを真っ直ぐに見つめた。
キャダンはその瞳を見据え、小さく微笑み「そうか」と呟いた。
羊皮紙を受け取り、アレスディアは買い足すものを確認すると、ぴくっと顔を上げる。
緩やかな風に乗って、先ほどサクリファイスがかき混ぜていたスープの香りがこの場を包み込んでいた。
コトコトと煮立つスープの香りに、サクリファイスの顔が徐々に緩まっていく。
味見はまだしていないが、この香りならば今日もスープは美味しくできたことだろう。
「わざわざ来てくれたのに、すまなかったな」
サクリファイスから少し離れた場所で、その足元に角を持った子猫を擦り寄らせ、チクチクと取れかかったボタンを直していたオーマは顔を上げる。
「いや、飯の支度も新入りの仕事だと思っただけだ」
それに、サクリファイスの指は大切だ。と、言葉を続けようと思ったが、先ほど笑われたばかりだったためにその部分の言葉は噤む。
しかしその真意は完全に汲み取られていたのか、サクリファイスはまたふふっと笑った。
「うっし、終ったぁ!」
サクリファイスの言葉と行動に負けて、食事の支度に当てていた時間に暇が出来たオーマは、一度荷馬車に運んだ洗濯物や、普段の衣類、舞台用の衣装を抱えて戻ってきた。
後々、ボタンが外れかけてるじゃない! とか、ボタンが外れてるじゃない! とか、言われることは眼に見えているため、それならば先に終らせてしまえ。と、大量のボタン着け直しを決行した。
「針仕事が本当に上手いな」
それに、早い。と、サクリファイス。
「おうよ。伊達に家事マスターしてねぇぜ」
どんっと胸を張るように答えるオーマ。
この銀髪の青年の姿に見えるオーマだが、出会いはとある商人に珍獣として売られていた姿だった。
あまりにも不憫な扱いを受けていた動物達を見るに見かねて、キャラバンが一手に引き取ったのである。
だから、このキャラバンの一員になる前、サクリファイスが知っていることといえば、掘っ立て小屋みたいな見世物小屋で売られていた小さな獅子の姿くらい。
それが今じゃこうして立派に家事を引き受けている。キャラバンの誰かが行っている事をみようみまねで出来るようになったわけではないようなので、元々から家事全般にかけて上手だったのだろう。
勘ぐってみても過去は過去。それを問う気はない。
「よっし、ポチ。バーン!」
オーマは角が生えた子猫に銃を模した指先を向けて、打つ動作をする。
普通に考えれば死んだふり等の前ふり動作なのだが―――
「……それは?」
待ってましたとばかりに、オーマがにっと笑う。
「次で披露する予定の芸だ!」
「…………」
子猫は後ろ足二本で立ち、気合を入れるように胸と腹をそらせ、何と言うか……動物マッスルポーズ? 見たいなものを誇らしげにサクリファイスに披露した。
「相変わらず変な芸を教え込んでいるな」
クラウン2人を引き連れて、すっと後から現れたオセロットに、オーマがびくぅっと背筋を伸ばしてずざざざざ…と、移動する。どうやら先ほどのナイフ投げを今だ引きずっているようだ。
「もう直ぐ出来上がる」
キャンプ宜しく焚き火の周りに作られた丸太の椅子に腰掛けたオセロットに、サクリファイスがスープを注いだ器を手渡す。
「ああ、それを見越して来た」
オセロットは器を受け取り、一口、口に運ぶ。
「ふむ…旨いな」
オセロットの言葉に、サクリファイスはにっこりと微笑んだ。
「ならば、完成だ」
程なくして、キャダンと共にアレスディアが戻ってくる。
「あぁ!!」
逆側から、年代の近い団員達と共に現れたルゥラが、キャダンの姿を見つけるなりその腕に絡みつく。そして、アレスディアを睨むようにじっと見つめた。
「ルゥラ殿は本当に、団長殿が好きなのだな」
そんな瞳の真意に気付く事無く、アレスディアはのほほんと答える。
気が着いているのは周りだけ、か。
ルゥラもそんなアレスディアの事は分かっているらしく、すっと何時もの表情に戻った。なにせ、色恋について怒っていても自分が疲れるだけだから。
「さあ皆、ご飯だぞ」
焚き火を囲む団員。それぞれの場所へと、器を受け取り去っていく団員。こうして食事の時間になるたびに、キャラバンの全体が見て取れる。
焚き火に残ったメンバーは、談笑を、そして一芸を。
それぞれの場所に散ったメンバーも、遠くそれを耳にしながら、静かな夜を過ごす。
短い夜の宴は続いていく。
星が瞬く最中、パン! と、キャダンは一度手を叩くと立ち上がった。
「さぁ明日も、お客様を夢と感動へ!」
すぅっと天幕が上がっていく。
暗がりの中、光が照らされた台座の上で一人腰を下ろす漆黒の天使。
観客はその流れるような青の髪と、背に称えられた4枚の翼を見、感嘆の声を漏らす。
そして、ゆっくりとそのしなやかな白い指が、抱えられた弓形の竪琴を奏で始める。
そんな静かな始まりに、誰もがごくっと息を呑んだ。
最後の音が消えると共に、天幕が下りる。
鳴り響く拍手の音。
一度暗闇に閉ざされる演舞場。
1つだった光りが2つに増え、片方に金髪の美女が、そしてもう片方に、同じように金髪の少女が立つ。
似たような衣装に身を包んだ2人は、光に反射する何かをお互いに向けて放つ。
誰もがその光を目で追いかけた。
すっ――――
風を切るような微かな音を響かせて、お互いの指先に収まったもの。
それは小さなナイフだった。
偽物ではないと言うように、放り投げたリンゴにナイフを投げる。
とす。
と、小気味よい音を立ててリンゴのど真ん中に突き刺さるナイフ。
観客の中に、息を呑んだような雰囲気が広がる。
金髪の2人はその姿を確認するや、まるでなんとでもないと言わんばかりに鋭く光るナイフでジャグリングを始める。
最後、天高く投げられたナイフが床へと突き刺さる。
何事かと目を凝らせば、床には板が置かれ、その板に突き刺さったナイフが綺麗に文字を描いていた。
一瞬の沈黙の後、一斉に拍手が巻き起こる。
合間を縫うようにクラウンが2人、一輪車に乗って会場中を走り回る。
しばらくして、珍妙だったり奇妙だったり、可愛かったりする行列が、観客の前に現れた。
そして、並べられた輪に、1つ1つ火が灯されていく。
合図と共に真っ白い獅子がその火の輪をジャンプで潜り抜けた。
小さな犬が輪投げの杭よろしく首に輪を絡めていく。
猫が地上何メートルという高さから、地上のクッション目がけて落ちる。
そして、ガラガラと音を立てて、大きな檻が観客の前に晒された。
アシスタント檻に仕掛けがないと確認させるように、檻を回転させる。
白い獅子を檻の中に導くと、檻をすっぽりと覆うような大きな布をかけた。
1。
2。
3。
ばっと布が外される。
檻の中で小さく蹲る影が見える。
しかし、入ったはずの白い獅子の姿がない。
立ち上がった影が、観客に満面の笑顔を向ける。
獅子が、銀髪の青年へと替わっていた。
観客からわっと歓声が沸きあがる。
青年はその場に残る動物達を操りながら、舞台裏へと手を振りながら去っていった。
すっと天幕が開かれる。
そこにいたのは、シルクハットを被った壮年の男性。
「Ladies and gentlemen」
男性はうやうやしく帽子を外しながら軽く腰を折る。
演目を披露した人々が舞台に現れる。
そして、お互いの手を握り合い、大きく観客に向けて頭を下げた。
本日閉幕。
終わり。(※この話はフィクションです)
「面白い話だった」
カランとキャダンの手の中のグラスの氷が踊る。
コールの物語に参加したことがある面々は、何時もの事なのだろう、擬似的にだがキャラバンで過ごした物語に自分の思いを口にする。
そんな皆の姿を微笑ましい眼差しで見つめ、キャダンはゆっくりとグラスを置いた。
「エルザードに、フロッターが営んでいる店があると聞いたんだが」
キャダンは椅子を立ち上がりルディアに尋ねる。
ルディアは暫し考えるようにして顎に手をあて、虚空を泳ぎ見た後ぽんと手を叩いた。
「あぁ」
あそこね。 と、ルディアはキャダンにその店の場所への行き方を教える。
「行くぞルゥラ」
「はぁい」
数枚の金貨をカウンターに置き、キャダンとルゥラは白山羊亭の入り口へと歩き出した。
そして、何かを思い出したように振り返る。
「物語と言えど同じ釜の飯を食った仲間だ。どうだい? 一緒に」
奢るぞ。 と、キャダンはその場に居た一同に向けて微笑んだ。
☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆
【1953】
オーマ・シュヴァルツ(39歳・男性)
医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り
【2919】
アレスディア・ヴォルフリート(18歳・女性)
ルーンアームナイト
【2872】
キング=オセロット(23歳・女性)
コマンドー
【2470】
サクリファイス(22歳・女性)
狂騎士
☆――――――――――ライター通信――――――――――☆
例えばこんな吟遊歌にご参加くださりありがとうございました。ライターの紺碧 乃空です。今回はキャラバンという舞台をご用意させていただきました。
今後このキャラバンはソーン中(クリエイター個室)を転々と回っていきます。ノベルの内容を次に移行させることは出来ませんが、今回当シナリオはNPCを引きついでリレー的に受注する今シリーズの頭となりました。
次に訪れるのは、いずみ風花WRの「スサ診療所」となります。皆様ご一緒について行ってみてはいかがでしょうか?
お久しぶりでございます。居候で揉め事仲裁だと、やはり立場はご意見番だろうと思いまして、今回このような立ち居地とさせていただきました。物語内にて揉め事の仲裁をさせていただく際に、想像で言葉を述べさせていただきました(毎度のことですが)。オセロット様はこういう時どう考えるのでしょう…?
それでは次は「例えばこんな鎮魂歌」にて……
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