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■東京ダンジョン■

九流 翔
【2512】【真行寺・恭介】【会社員】
第2次世界大戦末期、本土決戦に備えて東京の地下に広大な通路が築かれた、なんて話はゴシップ記事としてはあまりにも有名だ。新宿の市ヶ谷駐屯地の地下に入口があるとか、いろいろ噂は後を絶たないが、もし本当の入口が見つかったとしたら、どうする?
誰もが笑い飛ばすよな。そんなことあるわけないって。でも、見つけちまったんだから仕方がない。何人か噂に釣られて見に行ったって話だ。でも、潜った連中がどうなったかはまだ誰も知らないんだ。少し気にならないか?
そういや、旧日本軍はナチスと結託して心霊兵器を造ったなんて話もあったよな。なにか関係があるかもしれないな。
まあ、興味のある奴は地下への入口を探してみちゃどうだ?
噂じゃ渋谷にあるって話だぜ。

byボーン・フリークス

    あるアングラ掲示板の書き込みより抜粋

東京ダンジョン

 第2次世界大戦末期、本土決戦に備えて東京の地下に広大な通路が築かれた、なんて話はゴシップ記事としてはあまりにも有名だ。新宿の市ヶ谷駐屯地の地下に入口があるとか、いろいろ噂は後を絶たないが、もし本当の入口が見つかったとしたら、どうする?
 誰もが笑い飛ばすよな。そんなことあるわけないって。でも、見つけちまったんだから仕方がない。何人か噂に釣られて見に行ったって話だ。でも、潜った連中がどうなったかはまだ誰も知らないんだ。少し気にならないか?
 そういや、旧日本軍はナチスと結託して心霊兵器を造ったなんて話もあったよな。なにか関係があるかもしれないな。
 まあ、興味のある奴は地下への入口を探してみちゃどうだ?
 噂じゃ渋谷にあるって話だぜ。

 byボーン・フリークス

    あるアングラ掲示板の書き込みより抜粋

 アンダーグラウンド系のサイトにそんな書き込みがされたのが約一週間前。東京にいる人間にとっては「またか」というような内容であった。しかし、今回に限っていえば、いつものような単なる噂話ではなく、日を置くにつれて実際に地下通路へ潜った人間からの書き込みも寄せられるようになっていた。
 そんなある日、真行寺恭介は会社の重役室に呼び出された。
「失礼します」
 ドアをノックして部屋に入ると、重厚な作りのデスクには見慣れた初老の男性が座っていた。彼にとっては直属の上司に当たる人物だ。恭介の上には二つの存在しかいない。一つは目の前にいる上司。もう一つはコンツェルンを動かす中枢部の役員――こちらのことは良く知らない。
「来たようだな」
 初老の男性が言った。男性が手元のリモコンを操作すると、窓にブラインドが下り、部屋の蛍光灯が点いた。盗聴器などを警戒して妨害電波が発生され、この部屋で行われる会話は外に漏れないように配慮される。
 恭介がこの部屋に呼ばれる時、それは基本的にダーティーな仕事を任される場合に限っていた。
「携帯電話では、盗聴の恐れがあるのでな」
 男性の言葉に恭介はうなずいた。いかに優れた携帯電話といえども、電波を飛ばして会話を行う以上、確実に盗聴される。また、逆探知でもされれば、どこから恭介に電話がかけられたのかも判明してしまう。どのような先端技術を盛り込もうがそれは変わらない。会話のデータを暗号化しようと、解読や逆探知をされれば意味はない。最も安全な方法は、こうして一対一で会い、盗聴の可能性がない場所での会話に限る。
「今日、呼んだのは他でもない。新しい仕事だ」
 そう言って男性はデスクの上の木箱から葉巻を取り出した。コイーバ・パテナラ。キューバ産の高級葉巻だ。彼のカストロ議長も愛煙しているコイーバの中でも細身の物で、よりシガレットに近い感覚で吸うことができる。
「君は旧日本軍が東京の地下に造ったとされる通路について知っているかね?」
「ええ。そうした噂があることは知っています」
「だが、ただの噂ではなかったようなのだ」
 その言葉に恭介は片眉をかすかに動かしただけであった。
「先日、諜報課の人間がネット上で面白い書き込みを見つけてね。それによると、渋谷の地下で旧日本軍が建造した地下通路の入口を発見した、というような内容だったそうだ。当然、最初は良くあるデマだと思っていたらしいのだが、日が経つにつれ、実際に潜ったと証言する人間が現れてきた」
 男性はシガーカッターを取り出して葉巻の両端を切り落として口にくわえた。
「そのことに役員の一部が興味を持ったようだ。問題の地下通路の探索、特にそれが本当に旧日本軍が造ったものだとしたら、旧日本軍はそこでなにをしていたのかを調査してほしいのだ」
「わかりました」
 静かに答えながら、どうして老人連中は旧日本軍という言葉を聞くと目の色を変えるのだ、と恭介は胸中で吐き捨てた。役員の中に旧日本軍の将校だった人間がいるのかもしれない。老い先が短いことを悟り、自分の過去でも振り返ろうというのだろうか。
「では、頼んだぞ」
 そうして男性は葉巻に火を点けた。恭介は会釈すると踵を返して部屋を出た。たいして気も乗らないが、仕事である以上は仕方がない。そんなことを思いながら廊下を進んだ。

 渋谷へ向かう車の中で恭介は懐から携帯電話を取り出した。車種はBMWの新型M3。一介のサラリーマンが乗るような車ではない。ましてや会社が社用車として使うにも適している車でもない。だが、会社から恭介に与えられた車はこれだった。それだけ、恭介への期待も大きいということだろう。
 馴染みの電話番号を押してしばらく待つと、聞き慣れた情報屋の声が響いた。
「俺だ。ネットで噂になっている地下通路に関する情報が欲しい」
「あ、あれね。なに、兄さんも潜るの?」
「そうだ。前置きはいい」
「はいはい。噂じゃ、渋谷川のどこかにあるってことだけど、その正確な位置はわかってない。何人か面白半分で潜ったらしい。でも、潜った全員が無事に帰ってきたわけじゃないね。地下で得体の知れないものを見たという証言もあるみたいだ」
「得体のしれないもの?」
 悪霊や怨霊といった類いのものだろうか、と恭介は思った。そうした現象は確かに存在する。第二次世界大戦時に造られた通路だとすれば、そこで無念の死を遂げた人間がおり、そうした成仏できない人間が悪さをしているのだろうか。
「単にネズミをお化けに見間違えただけかもしれないし、本当になにかがいるのかもしれない。それは潜ってみなければわからないね。けど、そういう話が出ているってことは、なんの危険もないことはないんじゃないかな?」
「どのような経緯で発見されたんだ?」
「それについても噂がいくつか流れている。浮浪者がたまたま見つけた。渋谷を根城とするストリートギャングが見つけた。ボーン・フリークスが見つけた。でも、どれが本当なのかわかってない。ただ唯一、明らかなのは、この噂を広めたのはフリークスだってことだけ。フリークスのことは知っている?」
「いや、知らないな」
「凄腕のハッカー。どこでも忍び込む天才だよ」
 ため息混じりに情報屋は言った。その声音からはかすかな嫉妬が感じられたのは恭介の気のせいだろうか。
「それで、入口の大まかな場所は?」
「渋谷川の暗渠のどこかだと思うよ」
 渋谷川(古川水系)は新宿御苑を水源として東京湾まで続いている。新宿御苑から渋谷駅前までは広大な暗渠となっており、渋谷駅東口の渋谷警察署付近で地上に姿を現す。渋谷川は渋谷駅北側で分岐し、東は渋谷川、西は宇田川となっている。
 渋谷川と宇田川を合わせた暗渠の総延長距離は約二十九キロ。当然、そのすべてを人間が入れるわけではなく、宇田川の上流部では幅四十センチほどまで狭まるという。人間が入れるのは暗渠の中でも下流部に限られ、その距離は三キロほどとなっている。
「わかった。報酬はいつもの方法で支払う」
「了解」
 そこで恭介は電話を切った。車を渋谷駅東口のバスターミナル近くにある終夜営業のコインパーキングに止め、トランクからバッグを取り出して渋谷川へと向かう。
 稲荷橋の上に立って恭介は暗い川を眺めた。周囲の光を水面がわずかに反射しているのが見えた。川の両側にはビルが背を向けて建ち並び、その換気ダクトから漏れる様々な臭いが辺りに立ち込めている。両岸はコンクリートで固められ、川というよりも巨大な側溝を連想させた。
 イルミネーションに包まれ、多くの人間で溢れ返る渋谷の街で、ここだけは違う場所のように感じられた。
 探索を夜にしたのは、街を歩く人間に暗渠へ入るところを見られたくないためだ。目撃した人間が警察などへ通報すれば、厄介事が増えるだけでしかない。喧騒に包まれた渋谷でも、深夜を回れば人はわずかにだが少なくなる。それに地下通路の探索に昼夜は関係ない。どのみち、暗渠には照明もないも設置されていない。
 恭介は橋の欄干から川岸に飛び下りた。コンクリートの狭い岸の上に着地すると、悪臭が鼻をついた。腐った水の臭い、金属臭、汚水の悪臭。様々な臭いが入り混じり、恭介は思わず顔を顰めた。目の前には暗渠の入口がポッカリと開き、その真ん中には澱んだ水がゆっくりと流れている。
 暗渠へ少し入り、橋の上からは見えない位置にしゃがむと、恭介はバッグを開いて装備を身に着ける。ショルダーホルスターを肩から吊るし、拳銃を収める。腰には数本の予備弾倉とフラッシュライト。胸元には数個の手榴弾とコンバットナイフを鞘ごと装備し、最後に頭部装着型の赤外線暗視装置を取りつけた。この暗視装置は光源増幅機能――いわゆるスターライトスコープの機能も装備し、切り換えて使うことができる優れものだ。
 拳銃はH&KモデルUSP。四十五口径。米軍特殊部隊が採用するU.S.SOCOMのベースともなった銃だ。非常に高価な物だが、作動不良や弾詰まりが少ない構造で信頼できる代物だ。人間相手なら火力はまったく問題ない。
 拳銃を構え、恭介は暗闇の中へ足を踏み入れた。

 地下通路への入口はすぐに発見することができた。暗渠の入口から渋谷川を一キロほど遡ったところ、コンクリートで覆われた側壁の一部が崩れていた。恐らく地震かなにかで崩壊したのだろう。歩いてきた距離と方角から、原宿駅の近くだろうと恭介は思った。
「ここか……」
 独りごちて恭介は地下通路へと入って行く。
 通路は高さ二メートル、幅一メートル半ほどで、土や岩盤を掘ったところへタールを塗り固めたらしく、その表面は硬化していた。
 通路は徐々に下っており、湿気のせいか足元は滑りやすくなっている。
 ここに来るまで特別な物は発見していなかった。暗渠の所々に巨大なネズミや野良犬の死骸が転がっていただけである。
 ドサッ……
 その時、恭介の耳にかすかな物音が聞こえた。十字路になった通路の右側からだ。
 一気に緊張感が高まる。拳銃を構えながら足音を殺して進み、壁に身を隠しながら顔だけを覗かせて様子を確認する。赤外線の視界に人間の形をしたものが映った。その人影は通路にしゃがみこみ、なにかをしているように見えた。
「動くな」
 銃口を向けながら恭介は言った。同時に人影が驚いたように動きを止めた。
「ゆっくりと立ち上がり、こっちを向くんだ。四十五口径が向けられている。妙な動きをしたら、躊躇なく撃つ」
 人影は両手を上げながら立ち、恭介のほうを振り向いた。思っていたよりも小柄だ。恭介よりも頭二つ分は優に低い。
 その手には懐中電灯が握られているのがわかった。恭介は右手で拳銃を構えながら左手で腰のケースからフラッシュライトを取り出し、それで目の前の人物を照らした。暗視装置を上にずらし、顔を確認すると、そこにいたのは十代半ば頃の少女であった。
 顔を照らされ、少女は眩しさに目を細めた。身長は百五十センチ程度だろうか。つぶらな瞳と茶色いショートヘア。まるで猫のような雰囲気だ、と恭介は思った。
「何者だ?」
「ピースキーパー」
 恭介の質問に少女は素直に答えた。だが、その言葉の意味を恭介は理解できなかった。
「なんだと?」
「ピースキーパー。街の平和を維持する正義の味方」
 セイギノミカタ。その言葉に恭介は思わず眉を顰めた。
 この少女は本気で言っているのだろうか。それとも自分をからかっているだけなのだろうか。この歳にもなってテレビの特撮ヒーローごっこをしているとは思えないが。
「ふざけるな」
「ふざけてなんかないよ。ボクはピースキーパー。名前は御子柴要。街の平和を守るために悪と戦う正義の味方だよ」
 恭介の口から思わずため息が漏れた。この少女――御子柴要は本気で自分を正義の味方だと思っているようだ。少なくとも恭介を見詰める瞳は真剣だ。
(おかしな奴に関わってしまったな)
 そんなことを思いながら恭介は、先ほどまで要がしゃがんでいたほうへフラッシュライトを向けた。そこには死体が転がっていた。うつぶせになって壁際に横たわっている。身なりはストリートギャング系といったところだ。
 恭介は要に視線を向けた。
「やったのボクじゃないよ」
 視線を受けて要が慌てて答えた。
「じゃあ、これはなんだ?」
「ボクが来たときには、もう死んでたんだよ」
 恭介は死体を見た。確かに血は固まり、死後硬直も起こっている。数時間のうちに死んだものではない。それに死体の傷は鋭利な刃物によるものだが、要は武器らしいものを何一つ所持していない。そのことは少なからず恭介を驚かせた。
 恐らく、これは噂の地下通路に潜ったまま帰ってこなかった人間のなれの果てだろう。
 この地下に人間へ危害を加えるなにかが存在しているということだ。
(調査だけでは済みそうにないかもしれないな)
 単独による調査が可能だと判断し、チームのメンバーを連れてこなかったことを恭介は悔やんだ。大抵の状況では生き残れる自信があるが、今は足手纏いがいる。
「さて、どうしたものか……」
 暗い通路に恭介の呟きが反響した。

 やがて、二人は広い場所に出た。
 地下に築かれた直径二十メートルほどのドーム状の部屋である。室内には古い機械が所狭しと設置され、その上にはうっすらと土埃がかぶさっている。恭介は慎重に周囲を確認しているが、要はなにが珍しいのか部屋の中を走り回るようにして機械などを眺めている。
 ここへ来るまでの間、何度も恭介は「危険だから帰れ」と要へ言って聞かせたが、そんな言葉になど耳も貸さずに要はついてきた。彼女がなにを考え、行動しているのか、恭介にはまったく理解できなかった。
 次の瞬間、不意に室内が明るくなった。
 恭介は反射的に物陰へ身を隠し、息を殺しながら様子を窺う。
「すごいな。電気がつくんだね」
 要の場違いに明るい声が聞こえた。その声に思わず嘆息し、恭介は暗視装置を外しながら要のほうを見やった。
「なにをした?」
「ここ、触ったら電気がついた」
 あっけらかんと答える彼女に、恭介は黙って首を振った。
 ありえないとは思うが、罠が設置されているなどの危険を考えないのだろうか。恭介は慎重に行動している自分が道化のように感じられた。
 ふと、恭介は近くの機械の上に、一枚のメモがあることに気がついた。薄汚れた紙を取って埃を拭うと、古めかしい字体の日本語が記されていた。
 呂号計画、一時凍結。
 文字はそう書かれているように見えた。
(ここは作戦本部かなにかだったのか?)
 連合軍による核兵器の投下を事前に察知していた旧日本軍が、全滅を免れるために指令本部を地下に移したというゴシップもある。ここが、そうだとでもいうのだろうか。恭介はメモを懐に収めた。
「うわあッ!?」
 不意に要が声を上げ、恭介の許へ駆け寄ってきた。
「どうした?」
「あ、あれ」
 怪訝そうに問いかける恭介に、要は部屋の奥を指差した。
 その方向へ恭介が目を向けると、そこには十数人の男女がゆっくりと歩いている姿があった。旧日本軍の軍服を着ている者もいれば、明らかに一般市民としか思えない女性もいる。だが、彼らに共通しているのは、生気のない土気色の顔で足を引きずるようにして歩くということだった。
 まるで、その姿は歩く屍――ブードゥー教のゾンビを連想させた。
「なんだ、あれは?」
「わからないよ。急に奥から出てきたんだ」
 不気味さに嫌そうな顔をしながら要は言った。
「止まれ! 止まらなければ、撃つぞ!」
 徐々に近づいてくる人間たちに銃口を向けながら恭介は言い放った。しかし、その言葉が聞こえなかったかのように人間たちは止まる気配を見せない。
 恭介は先頭を歩く男の足を狙い、引金を絞った。銃声が反響し、男の右膝を銃弾が貫通した。だが、男はわずかに体勢を崩しただけで平然と歩を進める。
 その光景に眉を顰め、恭介は立て続けに発砲した。数発の銃弾が、男の両膝、大腿、両肩に直撃するが、やはり何事もなかったかのように男は歩みを止めようとはしない。
「な、なにあれ?」
 どこか怯えたように呟いた要の声が聞こえた。
 弾倉を交換し、発砲。着弾と同時に男の右足が吹き飛んだ。
 いわゆるエクスプローダーと呼ばれる炸裂弾だ。弾頭内部に設けられた空洞に炸裂火薬が詰め込まれており、弾頭前面にある発火薬が衝突の衝撃で作動するようになっている。装薬を増せば人間を吹き飛ばすことも可能だ。
 片足を男はバランスを崩して床に倒れたが、その傷口からは一滴の血も流れず、さらには傷口の細胞が異常なうねりを見せ、失われた足が瞬く間に再生した。
「なんだと!?」
 さすがに驚きを隠せない様子で恭介は吐き捨てた。
「不死身だとでもいうのか?」
 恭介は思案した。仮にこの連中が不死身だとすれば、今の自分には倒せる術がない。装備も満足とはいえず、足手纏いもいる。不死身でなかったとしても、これだけの人数を相手にするには、やはり装備が不足している。恭介の能力をもってすれば、倒せない数ではないが、無理な戦闘を行うことは無謀でしかない。
(ここは、撤退するか)
 不本意だが、現時点ではそれが得策だろうと判断した。恭介は懐からカードサイズのデジタルカメラを取り出し、男たちの姿を撮影した。
「なにしてんの?」
「記念撮影だ」
 小さく答えて、安全ピンを抜いた手榴弾を放り投げた。金属の塊が床に転がり、小さな爆発音とともに破裂して白い煙を噴き出した。煙幕手榴弾だ。
 数秒もしないうちに男たちは煙に包まれ、恭介は踵を返して通路を戻ろうとする。
「出でよ、炎っ」
 次の瞬間、空中に小さな日が出現した。それは煙幕に含まれる化学成分に引火し、男たちは瞬く間に炎に包まれた。
「やったね!」
 得意げに言い放つ要の腕を掴み、暗視装置を装着した恭介は通路を走り出した。
「なにすんだよ!?」
「こんな地下で火を燃やせば、あっという間に酸素がなくなる。俺たちまで酸欠で死ぬ」
 これだから素人は足手纏いなのだ、と思いながら恭介は出口を目指した。

 数分後。二人は稲荷橋の下にいた。暗渠の入口である。
 身に着けていた装備をバッグに収め、恭介は要を見た。なんらかの手段で彼女が煙幕に着火したことは間違いないと恭介は思っていた。
「発火能力者なのか?」
「違うよ。ボクは真界が見えるだけ」
「真界?」
「知らないの?」
「ああ、知らないな」
「真界ってのは……なんて言えばいいのかな、プールみたいなモンだよ」
「プール?」
「そう。いろんなものが混ざり合って浮かんでる、プールだね」
 真界とは初めて耳にした単語であったが、彼女の説明ではまったく理解できそうにもなかった。本日、何度目かのため息を漏らし、恭介はデジタルカメラの液晶画面に先ほど撮影した写真を映し出した。
 これを見た上層部が、どのような判断を下すのかは不明だが、再び地下通路へ潜るという命令が下されるかもしれないと恭介は思った。到底、満足な調査とはいえない。
「ねえ、せっかく会ったんだからさ。名前くらい教えてよ」
「真行寺恭介だ」
 低い声が暗渠に響いた。

 完


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 2512/真行寺恭介/男性/25歳/会社員

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■         ライター通信          ■
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 このたびはご依頼いただきありがとうございます。
 お待たせしてしまい、申し訳ありません。
 地下通路の全容を解明するには文字数的に不可能であるため、このような取っ掛かり的な話となってしまいました。
 楽しんでいただけたなら幸いです。