■遙見邸客室にて・現存記録の検索依頼■
めた |
【1963】【ラクス・コスミオン】【スフィンクス】 |
「やあ、お久しぶり兄さん。七罪ちゃんも変わらないねぇ。ああ、荷物は客室で良いかい? これからパソコン十台フル稼働だけど多めにみてくれよ?」
遙見邸ロビーにて。たくさんのダンボールと共に入って来たのは、その目を緑色のバイザーで隠した、軽薄そうな男だった。髪は染めているのかどぎつい紫で、肩まであるその髪にコードがまざっている。どうやらバイザーと脳を直接つないでいるらしい。
それを出迎える遙見邸の主・遙見苦怨は、しぶい顔をしていた。
「……貴様。三年行方をくらませて開口一番にそれか。もっと言うべき事があるんじゃないのか」
「あったっけ」
男はあっけらかんとしている。
彼――苦怨の弟・遙見虚夢は、口元だけで笑いの表情を見せた。
「兄さんは古いんだよ。今の時代、パソコンの一つも使えないとやっていけないよ? まさか未だにキーボードも叩けないなんてことないよね」
「叩けませんよー。苦怨さまはまだ羽ペンでお仕事なさってます」
七罪が言うと、苦怨が更に顔をしかめる。逆に虚夢は大声で笑い出した。
「嘘だろう? 化石的人物だねえ。ほら、キィ、挨拶なさい」
虚夢は手元の小型ノートパソコンを開く。片手で持てるサイズのそれの画面に、やがて一人の女性が映った。眼鏡をかけた、いかにも秘書といった感じの女性である。
「――お久しぶりです。苦怨さま、七罪さま。お変わりないようで」
「キィ・テ・フォンだったか。お前は変わらんな」
「はい。プログラムですので」
無表情に言う彼女。冗談か本気か判別はつかない。
キィ・テ・フォン。ソフトプログラミングのエキスパートである遙見虚夢が製作した、人工知能である。無論人間どころか生物ですらないが、こうして話してもなんら違和感がない。
「では、兄さん。僕もこれからここで仕事をさせてもらうけど、構わないかな」
「――好きにしろ。ああ、コードもカメラも設置するのは構わんが、俺の部屋には絶対持ち込むなよ」
よほどコンピューターが嫌いなのか、苦怨はさっさと行ってしまった。
「本当に、変わらないねえ」
「はい。あ、カメラはやっぱり、私の部屋にも……?」
「この家は無用心すぎるからね。キィが警備するには必要だから。もちろん覗いたりはしないから安心して」
「ご安心ください七罪さま。そのようなことはありません」
困ったように笑いながら、七罪は荷物を運ぶ手伝いをするのだった。
「――虚夢さま」
遙見邸客室。コンピューターやコードが無造作に――それでいてなにかしらの法則があるかのように並べられている一室で、声が響いた。画面の一つに、キィが現れる。
モニターに囲まれているのは、虚夢。バイザー越しでは、彼が一体何を見ているのかは分からない。しかし、おそらく常人が想像できる世界ではあるまい。
彼の目は、常人が見る太陽光を認識できない。認識できるのはきわめて特殊な赤外線や、あるいはモニターから発する光だけだ。だから彼はバイザー越しに、普通の人間が見ることができない世界を常に見ている。
「依頼をしたいという方がいらっしゃいました」
「お通しして――っと、その前に顔を見ておきたいな」
「はい」
画面が切り替わる。映ったのは、おそらく虚夢に依頼をしたいという人物だろう。
「初めまして。遙見虚夢です。声は聞こえるかな?」
依頼人が頷いた。
「僕の仕事は、今現在記録が残っている情報を集め、整理し、まとめ、きちんとした資料としてあなたに提出する事です。兄のように『失われた過去の情報』や、妹のように『これから起こる未来の情報』ではない。つまり貴方が調べればいくらでも手に入る情報なんです。もちろんこちらもプロですから、それなりにクオリティの高い情報は提供します。ですが本当に金を払うほどの情報なのか、きちんと考えてみてください。
今ある情報なら、全て。全てが調べられます。例えば今生きている誰かの心境とか。もちろん、犯罪には協力できませんが。ああ、情報屋なんかとはまた赴きが違うので、そこは勘違いしないでもらいたいですね。
気に入らない依頼ならばお断りします――貴方の望む情報は、さて、なんでしょうか?」
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遙見邸客室にて・現存記録の検索依頼
「へえ、今度の依頼人はまた面白い人だね……いや、人じゃないかな」
モニター越しに依頼人の姿を見る虚夢。依頼人のラクス・コスミオンは、キィが相手をしている。男性が苦手だという事なので、直接顔を合わせない計らいだ。ただこちらの声は向こうに届いている。実質、虚夢とキィ、ラクスの三人で会話している状態だ。
「その体はなんだろう? 生体実験でもされたのかな」
「あ、あの……どうして……」
ラクスは不安な声をあげる。彼女の身体は、普段は高度な術式でカムフラージュされており、疑問の声などあげないはずである。
「あの……ラクスはアンドロスフィンクスで……」
「そういう種族なんだ。へえ、それは知らなかったな」
「どうして……あの、魔法で誤魔化しているのに……」
「悪いけど、魔法とかは信じていないんだ。催眠術の類だったら効果はないよ。モニター越しだしね、それに僕の世界は紫外線と赤外線で構成されているから……取り繕った君じゃない、本物が見れる」
障害で可視光線を見ることが出来ないという、特殊な体質の虚夢であったが――彼自身は特にそれを不都合とは考えていない。
「まあいいや、そんなこと依頼には関係ないしね」
――くわえて、更に大雑把な性格でもあるのだが。
「依頼はエメラルド・タブレットに関する事でいいのかな?」
「はい、お願いします。ラクスにはねっとは全然さっぱりですので」
「あはは、まるで兄さんみたいだ。分かりました。調べるだけ調べてみるけども……正直、キミが望むような知識が手に入るかはわからないよ? そのあたりは覚悟してもらって良いかな?」
「はい、分かりました」
「ふふ、じゃあ。はじめようか。僕は兄さんみたいに仕事に三日もかけない。半日で――終わらせるさ」
「あら、じゃあ以前も屋敷に来たことが?」
「はい……その節は苦怨様と七罪様に大層お世話になりました。結局は欲しい本を百パーセント修復するのは無理だったのですが――その際、いつでも来て良いと言われましたので」
キィと二人きりになったラクスは、すぐそばのモニターで彼女と話をしていた。ちなみにラクスには、どう考えてもこんな薄っぺらい板に人が入っているとは思えない――無論こんな意見を虚夢が聞いたら、きっと大笑いさせるだろうが。
「あの、今お二人は……?」
「ああ、仲良く映画を見に行きました――といいたいところなのですけれども。正確にはひきこもり気味の苦怨さまを、七罪さまがひきずっていった、というのが本当のところです。今頃は苦怨さまが人ごみの多さに辟易して、映画を見ずに近所の喫茶店で休んでいるはずです」
「はぁ……」
そんな二人も見てみたい気がするが、ともあれ今回は入れ違いになってしまったようだ。
「この間はいらっしゃらなかったのは……どうしてなのですか?」
「行方不明になっていましたので」
キィが言うが、どう考えても行方不明になっていた本人の台詞ではない。どうやら場所は言いたくないようだ。
「恋人を亡くされてから……虚夢さまはほとんど何も出来なくなりまして……そのまま、実家から飛び出したのです。私もお供しましたが、こんな存在ですから……なにかできるということは、ありませんでした」
「そう、なのですか……」
「ですけれど」
キィは目線を右にそらした。何か考えているようでもあるし――しかし彼女はコンピューターで、そんな仕草もプログラムなのかと思うと――。
ラクス・コスミオンには、よく分からなくなってしまった。
「虚夢さまは、帰っていらっしゃいました。自分の家に。私には、虚夢さまがどういう考えのもとにここに戻ってきたのかは分からないのですが――でも、虚夢さまは自分の苦手なもの、嫌なものを克服して、ここに来たのです。何があったのかだけはお話できますが――お聞きになりますか?」
「…………」
どうするべきだろう――ふと、考え込んでしまった。
自分が聞いても良いのだろうか。そもそも立ち入る資格が、自分にはあるのだろうか。他人の領域にずかずかと踏み込んでいくほど、自分はこの人たちを知っているか?
ちょっと考えて、ラクスは首を振った。
「ラクスは……聞かないでおきます。きっと、それは無理に知らなくても、良いことだと思いますので」
言いながら、ラクスは意外さを感じていた。自分は今まで物事を知る事ばかりを追い求めていたが――今、知らないでおきたいと思ったのだ。遙見虚夢に、一体何があったのかを。
「それに、知らなくても、皆さんと良いお付き合いが出来ると信じています」
「……本音を言うと、誰かに聞いて欲しかったのですけれどもね」
キィは薄く笑う。それは自嘲のような、安堵のような笑みで――非常に人間らしい、表情だった。
「キィ、プリントアウト」
「はい」
ラクスとキィが、今で歓談をしているころ――。
一方でキィ・テ・フォンは、主の仕事のサポートをしていた。遙見虚夢がその技術を結集させて製作した人工知能であるキィだ。客人と話をしつつの仕事など造作も無い。もちろん屋敷の警備も怠っておらず――虚夢は薄く笑うと、自らの心強い相棒を見つけた。
「……少し、疲れたよ」
「電脳空間にいられるのは一回六時間が限界と申し上げたはずです。仕事熱心なのは結構ですが、少しはお体のほうも気にしてください。でないと――」
「でないと?」
「苦怨さまにご報告いたします」
うわぁ、と虚夢が情けない声をあげた。あの男は厳しいくせに優しい。おまけに優しさが捻じ曲がっていて分かりにくい。仕事をやりすぎて身体を壊したと聞いたら――想像するだに怖ろしい。おそらくこちらの体調も気にせず一発ぶん殴り、無理をするなと言ってくるだろう。
とはいえ――仕事に大して無茶をするのは、苦怨とて同じことである。三日間徹夜という強行軍を苦怨はやってのけるのだから、やはり血筋という他はないだろう。
「とはいえ無茶をした分、仕事はきっちりやったよ、あとはラクスさんが満足してくれるかだけど……」
「エメラルド・タブレットの情報はほとんどまとめて書かれています。他の雑多な情報は排除され、事実だけ――私の目から見ても、資料としては申し分ないかと」
キィは人工知能な分、容赦が無い。彼女がそう言うなら、今回はとりあえず成功だ。
「じゃあ、渡しにいこうか」
油断していた――普通に考えれば分かるはずである。出来上がった資料を渡すためには、虚夢が直接手渡すしかないに決まっているのだ。キィでは無理なのだから。
「えーと、隠れられてもこっちが困るんだけど……」
「は、はい。ごめんなさい……っ」
謝りつつもラクスは隠れたソファから出てこない。虚夢も困ってしまったが、しかしこればかりは本人に出てきてもらうしかないのである。
しかしラクスもそう簡単には出てきたくはないようで――男嫌いとは聞いていたのだが、しかしここまで徹底的に顔も見られないとなると、さすがの虚夢も少々傷つく。
「仕方ないなあ……キィ専用のマニュピレータ、倉庫の奥から引っ張り出してこようか」
「だ、大丈夫ですっ……」
そう言ったのはラクスである。
「ら、ラクスも苦手なことは克服しないといけないと思いますので、ここは頑張りたいと思いますっ」
「いや、あの、無理をしなくても……」
「無理じゃないですっ」
ゆっくりと、ラクスが歩み寄ってくる。虚夢がさしだしたファイルを銜える――少々震えてしまっていたが。
「ふぁ、ふぁんふぁりまひふぁ」
おそらく頑張りました、と言ったのだろう。くぐもった声になってしまっていたが。
ここで――。
遙見虚夢、その頭に、ろくでもない考えがぷかりと浮かんだ。
「えい」
そのまま。
男嫌いのラクスに。
虚夢は、抱きついた。
「――――――――――――ッ!?」
「なっ……」
その日、遙見邸に響いた大声は。
ラクス・コスミオンの超音波にも似た大声と。
キィ・テ・フォンの非難に似た悲鳴であった。
ラクスが気絶をしたのは、言うまでも無い。
後日談。
その後、ラクスは、帰って来た七罪に解放され、ようやく意識を取り戻すことになる。目が覚めたラクスが見たのは、苦怨に訥々と説教を受けている虚夢の姿であった。もっとも虚夢の顔つきには、反省の色は欠片も見えなかったが。そんな様子を見て取ったか、虚夢は脳天に、兄からの手痛い一撃をもらっていたが。
見送りは、行きと同様、キィ・テ・フォンのみだった。しかし彼女の視線がなんだか痛い。どういう意味の視線だろうか考えて――ラクスは、答えにいきついた。
「大丈夫です」
「――は?」
いきなり言ったので、キィには何のことか分からなかったらしい。
「そんなに嫉妬なさらなくても、虚夢さんはずっとキィさんのほうを気に入っていると思いますよ」
「嫉妬……」
そうか、この気分が嫉妬なのですか――そんな風に、ちょっと下を向いていうキィ。
どこまでも、人間らしいコンピュータで――ラクスは思わず、声をあげて笑ってしまった。
更に後日談として。
虚夢のレポートは、もちろん役に立ったが――どれも本で得られる知識以上のものは無く。
それならばねっともぱそこんも、意外と簡単かも――と、ラクスに思わせる機会になったのだった。
<了>
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■ 登場人物
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【1963/ラクス・コスミオン/女性/240歳/スフィンクス】
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■ ライター通信
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お久しぶりですラクス様。今回は虚夢とキィのからみで書かせていただきました。虚夢のお客様第一号でございます。ぱんぱかぱーんっ。三回目ともなりますと大分ラクス様のキャラも掴めて参りまして、今回なかなかよく書けたかなーと思っております。
二回、三回と遙見邸に出入りすると、もちろん遙見一家とは顔見知りになれますので。ラクス様はもう遙見邸の常連さんでございます。わーい、こんなに早く常連さんが出来るとは。これからもシナリオは増やしますので、どんどんご依頼くださいませ。
ではでは。今回のお話、気に入ってくださいましたらば幸いでございます。
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