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■藤里色紙和歌■

エム・リー
【5251】【赤羽根・灯】【女子高生&朱雀の巫女】

 
 街中を外れ、電車とバスとで揺られる事、数時間。
 そこには見事な藤棚が咲く事で知られる場所があるのです。

 この度、その藤を愛でつつ茶会でも開こうじゃないかという運びとなりました。
 しかし、ただの茶会では些かつまらないものもございましょう。
 そこで、この度の茶会では、皆様に平安朝の貴族方の装束を纏っていただき、雅やかに百人一首でも楽しもうという運びとなったのです。




藤里色紙和歌



◆ 集合 ◆

 季節はとうの昔に初夏を迎え終えているというのに、五人が案内された山間の里中では、どうしたわけか、未だに藤が咲き乱れている。
 藤は、風散。その名の通り、流れる風に乗って宙を舞う様がとても絵になる花の一つであろうか。

「見事な藤棚ですね」
 藤色の狩衣の袖から細く華奢な腕を伸べ、高峯弧呂丸がやわらかな眼差しをやんわりと細めて溜め息を漏らす。
 伸べた手の中に、風に舞う藤の花びらが数枚舞い込んだ。
「僕、今まで藤の花を間近でじっくりと見た事がなかったのですが……香もある花なのですね」
 弧呂丸の隣に腰をおろし、感嘆の息を吐きながら藤棚を仰ぎ見ている少年は、名を尾神七重という。七重もまた狩衣を纏っているが、その色は弧呂丸のそれとは異なる合わせをしている。合わせの色は苦色と呼ばれるものだ。
「藤の香はふくふくとして、なかなかに強いものでありんすえ」
 小さなあ微笑みを滲ませながら言葉を挟みこむ立藤は、日頃身につけている花魁装束とは異なる衣装――袿姿でのんびりと頬を緩める。
 七重が少しばかり気恥ずかしそうに頬を染めるのを、弧呂丸は静かに見つめている。
 藤がひらひらと風に舞う。
「……しかし、藤棚の下で百人一首とは随分と風流な催しだと思うが」
 微笑みをかわしあう弧呂丸と七重、そして立藤。その三人の会話に口を挟みこんできたのは、白拍子姿をとった物部真言。真言は立烏帽子を被る頭を片手で押さえやりながら、ちらりと確かめるような視線で立藤を見た。
 立藤の視線が七重から真言へと移されると、真言は途端に気まずそうな表情を浮かべて視線を泳がせる。
「思うが、なんですか?」
 弧呂丸がやわらかな微笑みのままで真言に言葉をかける。真言は泳がせていた視線を弧呂丸へと向けて落ち着かせると、
「いや、百人一首は、子供の頃にほんの数回ばかりやっただけだからな……どこまで出来るか分からない、と言おうと思ったんだ」
 すうと伸びた眼差しを心持ち細めつつ、真言は小さな息をひとつ吐き出した。
「なるほど。私もあまり得意な方ではありませんが、まずは雅やかな空気を堪能しつつ、この見事な藤棚を愛でる事にしましょう」
 真言の言葉に穏やかな微笑みを浮かべ、弧呂丸は同意を求めるような眼差しを立藤へと送る。
 立藤は弧呂丸の言葉に双眸を緩めつつ、ふうふと笑みを漏らしながら頷いた。
「そうだよ、たっくさん楽しんだほうがいいんだって、こういうのはさ!」
 不意に身を乗り出して口を挟みこんできたのは、淡い水色の水干を身につけた――つまりは白拍子装束を纏った浅海紅珠だ。紅珠は紅色の双眸をぱちぱちとしばたかせつつ、席を同じくした全員の顔を順に見渡す。
「私もそのように思います。私も立藤様も、――ひいては今日この場を企画された紫紺様や侘助様も、皆が皆様の休日を楽しいものと成すためのお手伝いを出来ればと思っているんですもの」
 紅珠の横でふうわりとした笑みを浮べたのは、立藤と同じく袿姿をとった紅碧。紅碧は立藤と視線を重ねて互いに静かに頷きあっている。
「私は百人一首って今日が初めてですよ! 坊主めくりっていうんだっけ? あれはやった事あるけど、なんだかドキドキするよね」
 やはり白拍子装束を纏った赤羽根灯が満面の笑顔で首を傾けた。
「終わった後はもちろんお茶会だよね!? 私的にはそっちのが楽しみだったりしてね、へへ」
「むろんですわ、灯様。本日は、及ばずながら、私が和菓子を数種ほど作り、持ってきております」
「紅碧さんって和菓子とか作れる人なんだ!? うわー、私、和菓子すごい好きなんです。昆布茶があれば最高なんだけどなあ」
「昆布茶は、申し訳ありません。次回からはご用意させていただきますわ」
 申し訳なさげに首を傾げた紅碧に、「私、緑茶も大好きだから!」と笑みを返す灯。
 その時、不意に、風が少しばかり勢いを強め、流れた。藤の花がはらはらと流れた。
「それではそろそろ始める事にいたしんしょう」
 札を手に取りながら、立藤がゆったりとした口調で百人一首の開始を告げた。

 
◆ 開始 ◆

 一つの山を作り上げていた札が、立藤と紅碧の手とに配られる。二人はそれを敷いた御座の上へと並べていき、そうして、示し合わせたような動作で互いの顔を見合わせた。
「それでは、読み上げをさせていただきます」
 紅碧が穏やかな声音で告げる。
「一首目」
 紅碧の声音は確かに穏やかなものであるのだが、読み上げを始めると同時、五人の中には少なからず緊迫した空気が漂いだした。
「滝の音はーたえて久しくなりぬれどー名こそながれてなほきこえけれー」
 一番初めに読まれたのは藤原公任による歌だった。
 咄嗟に動いたのは灯だ。灯は持ち前の反射神経でもってピクリと身じろぎしただけだったが、絵札は未だ見つけられずにいた。
「名こそながれてなほきこえけれー」
 下の句が再び読み上げられる。
「「あ」」
 七重と紅珠とが同時に声を発した。札は二人が座っている場所のすぐ傍にあったのだ。
 七重と紅珠、ふたりの紅色の双眸がかちりとかみ合った。――刹那。
「はい!」
 発する声も高らかに、紅珠が先に動いた。紅珠は勢いあまり、ズザーっと滑り込むような状態で札を掴み取ったのだ。
「てへへ、俺の勝ちー!」
 掴み取った札をずいっと持ち上げて示し、紅珠は誇らしげに頬を緩める。
「紅珠さんの勢いに負けてしまいました」
 対する七重は、さほど残念がるような素振りも見せず、かすかな笑みを浮かべて紅珠を見遣る。
「それは結構でありんすが、紅珠はん。せっかく並べた札でありんすえ」
 横手からやんわりと言葉を挟みいれてきた立藤を見上げ、紅珠はむっくり起き上がって頭を掻いた。
「あわわ、ごめんね、立藤さん。えへへ。並べなおすの、手伝うよ」
 
 紅珠の手を借りて、札は程なくして再び場に広げられた。
「では、続けんすえ」
 紅碧に続き、今度は立藤が札を手に取った。
「花の色はーうつりにけりないたつらにーわか身よにふるなかめせしまにー」
 これは比較的知られた歌だった。小野小町が詠んだ一首だ。
「あ、あった」
 弧呂丸が言葉と同時に手を伸ばす。その視線を追い、絵札の位置を確かめた真言が、続き手を伸べた。
「「あ、みーっけ!」」
 続き、紅珠と灯とが声を弾ませる。
 絵札がある位置は、比較的真言がいる場所に近くあったのだが――真言は、ふと、伸べた手をひたりと止めて目を細ませた。
「――取りました」
 弧呂丸が絵札を手に取り、穏やかに微笑む。
「お見事でありんす」
 立藤が小さく手を叩き、弧呂丸を見つめて首を傾げた。弧呂丸は立藤に顔を向けてぺこりと小さな会釈を返し、それからちろりと真言を確かめる。
 実際には、真言の手の方が絵札に近くあったのだ。が、真言は札を手に取るより先に、ふとした躊躇を滲ませていたのだ。
「真言はんも頑張っておくれなんし」
 穏やかな微笑みと共に告げられた立藤の言葉に、真言はわずかに視線を泳がせ、そして小さく頷いた。
「うわー! あともう少しだったのにー!」
 紅珠がくやしそうに藤棚を仰ぐ。
「次は私が取るよ、絶対!」
 灯はガッツポーズをとってみせていた。
 七重はといえば、ただただ小さな笑みを浮かべているばかり。
「七重様は絵札をお取りにならないのですか?」
 紅碧が問うと、七重はふるふるとかぶりを振って答えた。
「僕は、今日、藤の花を見に来たので……その、趣旨に適った行為ではないかもしれませんけど……」
 少しばかり気恥ずかしそうに頬を染め、睫毛を伏せてそう告げる七重に、紅碧はふわりと笑んで頷くのだった。
「いいえ。お楽しみいただけていれば、それでよいのですよ」



◆ 途中経過 ◆ 
 

 開始から半時ほどが経った。
 紅珠はこの間に何度か札の上に乗り上げたし(もちろん、そのたびごとに札の並べを手伝いもした)、真言と七重は自分のすぐ目の前にある札をそれぞれに数枚ほど取り、灯は札の上に乗り上げはしなかったが、いつの間にか札ゲットに夢中になっていた。思いがけず意思の強固さを見せたのは弧呂丸で、『勝利』を目標として目をギラつかせている灯とは異なるものの、その双眸には確かな光を宿していた。
「今の時点での結果を申し上げます」
 紅碧が札を数え、立藤を見る。
「紅珠はんが十四枚、真言はんが九枚。弧呂丸はんが十五枚で、灯はんが十一枚。七重はんは」
「僕は八枚です」
「合わせ、五十七枚。残りは四十三枚となっております」
「しつもーん」
 元気良く挙手した灯に、藤棚の下にいる全ての者の視線が寄せられた。
「一番枚数を取れなかった人には、なにかバツゲームみたいなのとかあるんですか?」
「バツゲーム」
「バツゲームですか」
 真言と弧呂丸が、ほぼ同じタイミングで同じ言葉を口にする。
「うわ、そうだ。あんまり気にしてなかったよ」
 紅珠が片手を口許に添えて目をしばたかせた。
「そういったものは、とくには考えておりませんでしたけれど」
 紅碧の頬がわずかに緩められ、それから、しばし思案するような面持ちを作り上げた。
「そうですね……そういうものを設けてみるのも一興かもしれませんわね」
 頷き、立藤の方へと視線を向ける。
「では、ひとつ、なにか決めてみんすか?」
 ふぅふと笑いながら立藤が告げると、
「わんこ和菓子!」
 紅珠がすいと手をあげた。
「わ」
「わんこ和菓子ですか?」
 思いがけない提案に、七重が紅色の眼差しをわずかに見開き、弧呂丸がやんわりと首を傾ける。
「和菓子ってさ、おだんごとかおまんじゅうとかじゃん? あれって結構お手軽な大きさっていうかさ」
「私がお作りしてきましたのは、」
 紅珠の言葉に、紅碧が風呂敷包みにしてあった重箱をぱかりと開けた。
 三段構えになった重箱の一段目にはあんころ餅(つぶ餡、こし餡、きなこ、うぐいす餡と多彩に用意されてある)が。二段目には見目にも涼やかな水饅頭が。三段目には藤や桜、山吹といった花々を模した上生菓子が収められている。
「すごいですね」
 七重が感嘆の言葉を述べて、重箱と紅碧の顔とを眺めやる。
「趣味の域を超えませんものですから。皆様のお口に合えばよろしいのですが」
 紅碧がわずかに眉をひそめた。
「どれもとても美味しそうですね。いただくのが楽しみです」
 弧呂丸が穏やかな笑みを浮べる。その傍らでは、真言が深々と頷きながら髪を掻きまぜている。
「しかし……あんころ餅の量が少し多いんじゃないか」
「あ、あんこを作りすぎてしまって」
 紅に染めた頬を両手で包み、紅碧が気恥ずかしそうに俯いた。
「じゃあ、わんこあんころ餅っていうのは?」
 灯が人差し指をびしっと立てる。
「あ、それイイかも!」
 紅珠が賛同した。
「でも私和菓子大好きだから、私にはあんまりバツゲームになんないかも」
 紅珠と顔を見合わせつつ、灯がてへへと頭を掻いた。
「俺も。甘いもの大好きだし」
 同じくてへへと笑う紅珠を横目に見遣りつつ、七重が小さなため息を吐く。
「……好物とはいっても、限度というものがありますし……」
「そもそも、わんこ食べをしているのでは、菓子の味をゆっくりと楽しむ事も出来ませんでしょうしね」
 弧呂丸が七重のため息を肯定した。
 真言はといえば、重箱の中に敷き詰められた(大量の)あんころ餅に視線を奪われており――しかし、その表情には、決して否やといったような色を浮かべてはいないのだった。


◆ 確認までに ◆

「そういや」
 紅碧が札を読み上げようとした時、不意に思い出したのか、真言がぽつりと呟いた。
「これって、装束によって付加される特別優待みたいなのが在ったはずだよな」
「ええ、ありんすえ。どなたもお使いになりんせんので、余分なもんをつけてしまったかと思っていんしたが」
 頷く立藤に目を向け、真言はふむと頷いた。
「そうそう。だれも使わないからさ、使っちゃダメなのかなって思ってたんだ」
「私も。なんだ、使っても良かったんだ」
 紅珠と灯とがそれぞれに、思惑を含んだような笑みを浮べる。
「それでは、確認ついでといってはなんですが、皆様方の装束に付加されている能力をご説明いたします」

・白拍子(真言、灯、紅珠)
 
 三名様に配らせていただいております扇は蝙蝠と称されるものですが、そちらをはらりと振るっていただきますと、場に並んでおります絵札の位置を変える事が可能となります。絵札も枚数が減ってまいりますと、その位置を暗記してしまわれる方もおいででしょうから――そういった方に対する対応策としてお使いくださいませ。ただし使用回数は二度までとさせていただいております。

・狩衣(七重、弧呂丸)

 狩衣と言えば陰陽の術で名を馳せた清明はんが有名処でありんしょう。お二人には清明はんに因んだ能力をお渡しいたしておりんす。念ずれば、余所様がお持ちの絵札とご自分がお持ちの手札とを強制的に交換する事が出来んすえ。どうしても欲しい絵札がありんしたら、ちろりと念じてみるのも愉しいものでありんしょう。――ただし、念じたものが必ずしも成功するとは限りんせん。それはくれぐれもお心に留めおきくれなんし。


◆ 再戦(?)◆

「では、読み上げいたしますね」
 確認の意味をこめた説明も終わり、紅碧は再び手に持っている札へと視線を向けた。
「高砂のーおのへのさくら咲にけりーとやまの霞みたたすもあらなんー」
 紅碧の声が歌を読み上げたのと同時に、それまではのんびりとした姿勢を守っていた七重が、突然弾かれたように顔をあげた。
「とやまの霞みたたすもあらなんー」
 紅碧の声が、下の句を再度読み上げる。
 七重は、出来る限りに平静を保ちながらも――しかし視線は忙しなく動き、該当する絵札を探し求めていた。
 権中納言匡房が春を詠ったこの歌は、恋の歌が大半を占める百人一首の中にあり、雑事を詠ったものである。そして、七重の好きな一句でもあった。
 絵札は、残念なことに、七重を離れた場所にあった。位置的にはむしろ真言の目の前といった場所にある。
「……あ」
 真言の目が絵札を見つけ、その手が絵札を取るために伸べられた。
「あ、みっけ!」
 紅珠の声が響く。
 どうしよう? 紅珠よろしく、絵札の上を滑り込んでいくべきだろうか?
 考えて、七重はしばし躊躇する。
 絵札の上に乗り上げては、他の皆に対し迷惑をかけてしまう事になる。そもそも、そんなような行動を自分は果たして取る事が出来るのだろうか?
 考えあぐねている七重を尻目に、紅珠が何度目になるか知れない行動を取った。すなわち、ずざーっと絵札の上に滑り込んできたのだ。
「……あ」
 小さく呟いた七重の目に、該当する絵札を手にとっている真言と、てへへと笑って頭を掻いている紅珠とが映る。
「……? 尾神君、今の札が欲しかったのでは?」
 弧呂丸が七重の顔を覗きこむ。
 七重は少しばかり照れくさそうに頬を染めつつ、上目に弧呂丸の顔を確かめた。
「……好きな歌だったのです」
「そうなんですか? あれは良い歌ですからね」
 頷き、次いで、弧呂丸はふむと頷いた。
「ならば私達の装束に付加されているという能力を用いてみてはどうでしょう? 試してみる価値はあると思いますよ」
 言いつつ、弧呂丸は穏やかな笑みを満面に滲ませる。
 真言は七重と弧呂丸とが交わしている会話には気付いている様子もなく、十枚目の絵札を確かめている。
 紅珠はばらばらにしてしまった札を並べなおしながら立藤や紅碧との会話に気を向けていた。
 灯は――灯は紅碧の横に置かれた重箱に気を取られているらしく、時折にやにやとした笑みを浮かべているのだ。
 七重は弧呂丸の顔を見遣り、意を決したように、首を縦に動かした。

「……あれ?」
 数拍の後、真言ははたりと首を傾げた。
 手にしてある十枚の絵札を確かめてわずかに眉根を寄せる。
 真言がこれまでに取った絵札は全部で十枚。数に変化はないものの、見覚えのない絵札が一枚紛れ込んでいるような気がするのだ。
 一応のためにと周りを見渡すが、誰も怪しい素振りを見せてはいない。
 真言はしばしの間眉根を寄せて思案していたが――やがて軽くかぶりを振って、十枚の絵札を自分の脇に落ち着かせたのだった。


◆ 終了 そしてわんこ和菓子 ◆


 一時間ほどの時間が流れ、百人一首はひとまずの終了を見た。

「結局弧呂丸さんは能力使わなかったんだね」
「……ええ、そうかもしれませんね」
「そうかもしれないって、え、もしかしていつの間にか使ったとか?」
「そうかもしれませんし、そうではないかもしれません」
「えー、なにそれ。弧呂丸さんチョー怪しい!」
「そんな事ありませんよ」
 紅珠の言葉に、始終安穏とした笑みを浮べたままでいた弧呂丸が小さな頷きを返す。
「……おかしい」
「どうしたんですか?」
「何度見直してみても、取った覚えのない絵札が二枚紛れこんでいるんだ」
「えー? 気のせいじゃなくて? 私なんか、自分がどれを取ったのかとか、全然覚えてないよ」
「……そう、だろうか」
「あ、それか、あれかな。付加されてた能力とかいうやつ」
「……」
 二度も起きた不可思議な現象を訝しく思いながらも、真言は灯の言葉を耳にして、ふむと小さく頷いた。
 手札を入れ替える事が出来るのは狩衣を身につけた七重と弧呂丸の二人。
 思案しつつ、向こう側に座る七重と弧呂丸に向けて視線を放つ。
「七重はん――坊(ぼん)は取りたいと思っていた絵札は取れなんしたか?」
 つつと歩み寄ってきた立藤を見上げ、七重はこくりと頷いた。
「どうにか取れました」
「ふぅふ。そなに嬉しげに目を細めなんして。良うござんしたねえ」
 知らずに笑みを浮かべていたのだろうか。束の間首を傾げた七重の目許を、立藤の指がはらりと撫ぜた。
「坊は、恋を詠うた歌には惹かれないんでありんすか?」
「……惹かれないというか……その、そういった感情は僕自身もまだよく理解出来ずにいるので……」
 わずかに視線を泳がせる七重に、立藤はやわらかな微笑みを浮かべて頷いた。
「ようござんす。――さ、結果が発表されんすえ」

「それでは、皆様がお取りになられました絵札の枚数を数えてまいります」
 紅碧の声音にあわせ、風が藤をはらはらと舞わせていく。
「紅珠様が二十八枚。灯様が二十三枚。弧呂丸様は二十枚で、真言様が十八枚、七重様が十一枚。合わせ、百枚となっております」
「うわ、やりっ! 俺の勝ち!」
 両手を掲げる紅珠の横で、灯が悔しそうな表情を浮かべている。
「えー! すっごい悔しいー! またやろうよ、二回目希望ー!」
「次やっても俺の勝ちだよー」
「私は二十枚ですか。少しばかり残念ですね」
 残念とは言いながらも、弧呂丸の表情はやはり穏やかな笑みを浮べたままだ。
 対し、真言と七重は何事かを思い悩んでいるような面持ちでいる。
「……僕、バツゲームですか」
「バツゲームはわんこ和菓子ー!」
 紅珠が七重の顔を見つめてニヤリと笑う。
「……しかし、結局のところ、付加されていた能力を使わなかったのは俺だけか」
「その辺りが真言はんらしいといえばそうですえ」
 真言の傍らで、立藤が艶然たる笑みを浮かべている。
 真言は横目に立藤を確かめて、それから軽く息を吐き出した。
「……ま、そうかもしれないな」
「ラストはすごかったねえ」
「なにせ、私と紅珠ちゃんとでばんばん札の位置変えまくったもんね」
 言葉を交わし、紅珠と灯とが同時に明るい笑い声をあげている。
「……わんこ和菓子ですか」
 場にいる者達の中で、七重ばかりが思い悩んだような表情を浮かべていた。


 しかし、結局のところ、わんこ和菓子はバツゲームとならずに済む事となったのは、また別の話となるのだろうか。――紅珠と灯とが(そして意外にも真言もが加わった)、大量に並べられていたあんころ餅を見る間に平らげてしまったのだった。
 






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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【2557 / 尾神・七重 / 男性 / 14歳 / 中学生】
【4441 / 物部・真言 / 男性 / 24歳 / フリーアルバイター】
【4583 / 高峯・弧呂丸 / 男性 / 23歳 / 呪禁師】
【4958 / 浅海・紅珠 / 女性 / 12歳 / 小学生/海の魔女見習】
【5251 / 赤羽根・灯 / 女性 / 16歳 / 女子高生&朱雀の巫女】



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          ライター通信          
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お待たせしてしまいました。お届けが予定よりも遅れてしまい、申し訳ありませんでした。

「藤をモチーフにしたコラボを」というお話を桃月ILとさせていただきまして、今回このようにノベルを書かせていただけたわけなのですが。
……ふたを開けてみれば、藤というモチーフは大分薄らいでしまったような気も、しなくも、ありません。
(あと、今はもう紫陽花の季節だとかいう話も、なくはないですけれども)
ともかくも、ご参加くださいました皆様方に、少しでもお楽しみいただけていればと思います。

>赤羽根・灯様
いつもお世話様です。
灯様は水干姿なのですね。巫女という設定もあってか、ひどくすんなりと想像させていただきました。蝙蝠を手にして舞を踊るお姿ですとか、勝手に想像させていただいたりしました。今回はわりとはっちゃけた感じのお姿を書けたかと思います。

それでは、重ね重ね、お届けが遅れてしまいました事への謝罪の念を述べさせていただきます。
ご縁がございましたら、またお会いできればと願いつつ。