コミュニティトップへ



■Crossing■

ともやいずみ
【0413】【神崎・美桜】【高校生】
 これは日常。
 その人にとっては些細なこと。
 その人にとっては大事なこと。
 そんな日常。
Crossing ―楽園ハ此処ニ在ル―



「え? 急な用事で来られなくなったんですか?」
 驚いて瞬きをする神崎美桜は、横に立つ遠逆和彦に目配せする。和彦はじ、と女主人のほうを見ていた。
 遠い親戚だという女の招待を受けてわざわざこんなところまで来たのは、美桜の義理の兄も来るからだった。
(兄さんが来ないなんて……)
 ここは早々に帰るべきだ。
 美桜は以前の経験から、あまり外をうろうろするのが好きではない。それでも今は前よりは安心である。
 彼女の恋人である和彦は凄腕の退魔士だ。普通の人間も、大抵の妖魔も彼には敵わないだろう。
 守ってくれる彼が居るからこそ、美桜はこんな遠出をしたのだ。
「もう遅いから帰りのバスもないわね……。何もないところだけど、泊まっていってくださる?」
「そ……そうですね。ではお言葉に甘えて……」
 つい、そんな返事をしてしまった。こんな山奥では、帰りのバスはきっとないだろう。
 朝早く出ても、今はもう夕暮れ。戻るよりは泊まったほうがいい。
(あまりいい気はしないですけど……)
 兄がいないことが、こんなに不安にさせるとは……。
 女は和彦のほうを見遣る。
「そちらは?」
「えっ!?」
 反応できなかった美桜の横で彼は静かに「婚約者の遠逆です」と呟く。
「そ、そうです! こ、婚約者の遠逆さんです!」
「あら。お熱いわね」
 くすくすと笑う女は、二人を屋敷の中に案内した。美桜としては頭の中で「婚約者」という単語がぐるぐると回っており、そんな冷やかしなど聞こえてはいなかった。
「では部屋を用意させますね。露天風呂もありますのよ。どうぞごゆっくりしてらしてね」
「あ、あの」
 美桜は気になって口を開く。
「遠い親戚ということですが……母方ですか? 父方の?」
「お母様のほうよ」
 妖艶に微笑む女に、美桜は「そうですか」と小さく洩らす。どちらの親戚でも……実はあまり興味はなかったのだ。



 用意された部屋に入り、「旅館みたい」と美桜は呟く。
 と、そこでハッとして美桜はドサッ、と荷物を落とした。
(ふ、布団が一組しかありません……ッ!)
 というか、なんで布団がもう敷いてあるの!?
 顔を赤らめて呆然としている美桜とは違い、平然としたままの和彦は荷物を置いてから部屋の窓を開けた。
 窓からはなかなかの風景が見えた。森の木々も美しいし、遠くでは滝の音もしている。
「…………」
 むっつりしている和彦は何か考えているようで窓際に腰掛けた。
(はっ……! そ、そういえば兄さんがいないんだったら、こ、ここには和彦さんと私だけ!?)
 どっきーん!
 美桜は困惑し、動揺し、微妙に笑みを浮かべる。
 しかしすぐに慌てて両手を振り回した。
(ちっ、違います! 別にそんな……! 二人だからってそんな……! でも和彦さんだったら私は別に……なんて。って……なんてこと考えてんですか私!)
「……美桜、大丈夫か? さっきから百面相をしているが……」
 不審そうな顔で訊いてくる彼の声で我に返り、美桜は照れてしまう。
「だ、大丈夫です。ちょっと考え事を」
「そうか」
「あっ、え、えっと、お、お風呂に行ってきますね」
「……そうだな。……大丈夫だとは思うが……気をつけて」
「い、いやですねぇ。すぐそこですよ?」
 ふふふと笑いながら部屋に用意されていた浴衣を掴み、美桜は荷物を探ってから色々と手に持つと部屋からそそくさと出て行った。
 残された和彦は、眉をひそめる。
「…………微かに血の臭いが……」
 するんだが。
 だが気のせいかと思うほど、微かなもので和彦には判別できない。山の動物かもしれないからだ。



 豪華な露天風呂を前に、バスタオルを巻きつけている美桜は「うわぁ〜」と感動していた。
 早速体を洗ってから入ろうとした矢先、がらりと引き戸が開いて誰かが入ってきた。
 きょとんとして振り向いた美桜は思わず悲鳴をあげそうになる。
 慌てて風呂の中に逃げ込んだ彼女は、彼と目が合う。
 腰にタオルを巻いている和彦は、美桜の姿に目を丸くするが……なるほど、というように納得したようだ。
「混浴だったか……」
「か、和彦さん……ですよね?」
「当たり前だ。こんなことだったら時間をズラしてくれば良かった」
 回れ右をする和彦の背中を見て、美桜は慌てて声をかける。
「べっ、別に一緒に入ってもいいですよ、私!」
 自分で言ってから仰天する。
(わ、私! なんて大胆なことを……!)
「気にしませんから……!」
 くるり、とこちらを向いた和彦の視線に美桜は身をすくませる。
「たっ、タオル巻いてますし! ね?」
 あああ、なに言ってるんだろう私。
 彼は無言だったが嘆息した。
「それもそうだな。風呂に入るくらい、なんてことはないか」
「そ、そうですよ! こ、混浴でもどんとこーい」
「…………まあ、襲われてもいいということだな。美桜は」
 和彦の言葉にピキ、と固まった。襲われるって……誰に?
 顔を赤らめて引きつらせる美桜に、彼は苦笑した。
「冗談だ。さすがに無人の屋敷ではないからな。やめておく」
「あは、はは……は」
 内心……冗談で良かったという安堵と、残念な気持ちが渦巻く。なんだかそれが複雑だった。
 一緒に風呂に浸かってゆったりしていたが、二人の距離は微妙にあいている。
(う……ち、近づくべきかな……)
 お湯の熱さもあって、美桜の意識はぼんやりとしていた。そろそろと和彦のほうへ近づく。
 彼はそんな美桜に気づき、「ん?」と呟いた。
「え、えへへ」
 照れ笑いして横に座った美桜に、彼は微笑してみせる。
「こういうのもたまにはいいな」
「はい」



 ぼんやりと美桜は瞼を開けた。
 すっかり夜も更け、音などしない。
 風呂にゆっくり浸かって食事も終えたので、二人は早々に寝てしまったのである。
 横で寝ている和彦を見遣り、はふ、と息を吐き出して起き上がった。
 汗をかいている。
(どうしましょう……)

 こっそり露天風呂へと行くと、音がしていた。
 誰か居るのかとそっと覗くと女主人が入っているのが見える。
(なんだ……あの人か)
 浴衣を脱いでタオルを巻きつけると、美桜はそっとお邪魔することにした。
「あら。眠れなかったの?」
 女は振り向いてにこりと微笑む。
「は、はい……。ご一緒してよろしいですか?」
「ええ。どうぞ」
 しばらく浸かっていたが、美桜は沈黙に途中からそわそわし始めてしまった。
 なんだか肌がチクチクする。これは視線だろうか?
「綺麗な肌ね」
「え。そ、そうですか?」
 落ち着きなく応える美桜は、もう出ようと立ち上がった。だがその腕を女に掴まれる。
 湯に浸かっていたはずなのに、氷のように冷たい手だ。
 女は薄く笑った。
「あなたのお肉って、若返りの力があるんでしょう?」
「は……?」
「それに永遠の美貌も手に入れられるとか」
 喉の奥を鳴らして笑う女の手を振り払おうとするが、美桜の腕力では敵わない。
 ぎりっと腕を捻られた。
「あうっ」
 声をあげる美桜を愉しそうに見ていた彼女は、湯の中から立ち上がる。その肉体の皮がめくれていた。
 胸元から皮膚が爛れている。
「ひっ……」
 恐怖に美桜が逃げようとするが、女は手を放さない。
「この女の肉は不味くてね……。おまえを騙すために喰べたけど」
 ぺろりと唇を舐める女は美桜に顔を近づける。
「おまえは若くて肌も綺麗だ。喰べたらさぞかしいい栄養になるんだろう?」
「そ、そんなことのためにあなたは……この女の人を殺したんですか……?」
「おまえも女ならばわかるだろう? 常に美しくあり続けたい……その欲望が!」
「いた……っ」
 手首を強く握られているため、美桜は顔をしかめる。
 彼女の吐く息は生臭い。
「放して……放してください……っ!」
「ほほほ。まるでニンゲンみたいなこと言うじゃないか!」
「わ、私は人間です……」
「そうかしらねえ? おまえの婚約者という男だって、本当はどう思っているかわからないぞ? おまえのその肉を狙っているんじゃないのか?
 そうでなければ……おまえのような疫病神など、誰が……!」
 ぱんっ! と女の頭が目の前で破裂した。
 返り血を浴びた美桜は呆然とその場に佇む。
 頬を伝って血が流れ落ち、美桜は…………しばらくしてから涙を流す。
(私……疫病神……?)
 利用することしか、意味がない存在?
「大丈夫か、美桜」
 声のほうへ顔を向ける。浴衣姿の和彦が居た。どうやら不穏な気配を察知して、ここまで来てくれたようだ。先ほど、女の頭を吹き飛ばしたのも彼らしい。
(……和彦さん……)
 疫病神、という女の言葉が頭の中に響いた。
 ぐ、と唇を噛み締める。
 笑顔だ。笑顔を作らないと。
(和彦さんの迷惑になりたくない……)
 別れてください。私と。
 笑顔で。言わないと。
「美桜……?」
 近づいて来た彼を見ると、涙が止まらなかった。
 涙を拳で拭う美桜を、彼は心配そうに見つめていた。



 綺麗に血を湯で流し、美桜は部屋に戻って来た。
 ぺたんと布団の上に座り込む。
 ぼんやりとしている美桜をうかがう和彦。美桜は俯かせていた顔をあげた。
 泣いていたため、目が赤い。
 ワカレテクダサイ。
 せっかく手に入れた彼を。
 手離す。
 ――――イヤ、だ。
 和彦の手に、自分の手を重ねた。ぐ、と強く握る。
「…………てくださ……」
「え?」
 彼は、美桜の囁きに怪訝そうにする。
 美桜は彼の首に手を回してすがりついた。
「何も考えなくてすむようにしてください……っ! お願い……!」
 今だけでも。
 彼は美桜の体が微かに震えていることに気づき、ゆっくりとそのか細い腰に手を回して抱きしめる。
「……俺は、」
 彼は小さく言う。
「俺はおまえのものだ……美桜」
 その言葉は強く響く。
 彼はゆっくりと美桜を布団に横たえる。彼女は彼を見上げた。
「おまえが望むのなら、そのようにしよう」
「…………はい」
「俺の心も身体も、おまえのものだ。全てをおまえに捧げる――!」
「私の……もの?」
「そうだ。俺の全てはおまえのもの……」
 彼は美桜と唇を重ねる。触れるだけのそれ。
「それだけは憶えておいてくれ。そして…………おまえは俺のものだ」
 見上げた彼はとても美しい。色違いの瞳が薄暗い中でやけに強く見える。
「おまえの唇も、その身体も……心すら、俺のものだ」
 彼の瞳に強い独占欲が宿った。
 美桜はその言葉を噛み締める。
 ゆっくりと彼が美桜に覆いかぶさった。
「…………おまえの願い、叶えてやる」



□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

PC
【0413/神崎・美桜(かんざき・みお)/女/17/高校生】

NPC
【遠逆・和彦(とおさか・かずひこ)/男/17/退魔士】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 ご参加ありがとうございます、神崎様。ライターのともやいずみです。
 なんだか愛の絆を強くしたような感じに……。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!