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■Crossing■

ともやいずみ
【5566】【菊坂・静】【高校生、「気狂い屋」】
 これは日常。
 その人にとっては些細なこと。
 その人にとっては大事なこと。
 そんな日常。
Crossing ―或る温泉での彼ら―



「す、すみません欠月さん」
 菊坂静は横に乗る欠月に照れ臭そうに話し掛ける。
 プラスチックフレームの眼鏡をかけている欠月は彼のほうを見て微笑した。
「気にしないで。車で移動なんだから、ボクは平気だよ?」
「で、でも」
「ありがとう、誘ってくれて」
 はっきりとそう言われて静は「いえ……」と照れてしまう。
 そんな後部座席のやり取りを聞いていた運転手――文月紳一郎はミラー越しに欠月を見遣った。
 静が欠月を誘いたいと言い出したことに紳一郎は心底驚いた。静が誰かを誘おうとするなんて……。
(アレが……カヅキくんか)
 車で病院前まで迎えに行かされた時は病人なのかと思ったが……そうではないらしい。
 静のために用意した温泉旅行だったが……。
(静が喜んでくれるなら、いいか)



「欠月さん、大丈夫ですか? 荷物持ちましょうか?」
 欠月の横をちょろちょろしている静に、欠月は苦笑する。
「大丈夫だって。普通の人と変わらないだけだから」
「で、でも、いつまた……」
「心配性だね。無理はしないから安心して」
 旅館の部屋に案内される最中、静は欠月から離れようとはしなかった。
 それはそうだろう。欠月はそもそも普通の人間と少し違う存在なのだ。肉体は人間でも、魂が別物。それを無理に繋げていたために、彼は一度危機的状況に陥ったのだ。
 現在は魂と身体を繋ぐ鎖は若干安定しているようだが、無理は禁物である。
 そういえばと静は欠月の眼鏡を指差した。
「目……大丈夫ですか? 見えないんですか?」
「ああこれ? ちょっと遠くを見るのに必要かなって思ったから持ってきたんだよ」
「遠く?」
「景色を遠くまで見ようかなと思って。視力はかなりいいんだけど、今は少し落ちてるからね」
「だ、大丈……」
「大丈夫。何回言わせるんだよ。文月さんに呆れられるよ?」
 静の額を人差し指でツン、と突付く欠月。
 突付かれた額を押さえ、静は微笑を返す。
 なんだか知らないが……欠月は異様なほど優しい。静のよく知る欠月と変わらないが、嫌味を言わなくなったのだ。
 部屋は三人には十分なほど広い和室で、荷物を早速置いて温泉に入ることにした。
 広々とした温泉に静は喜び、欠月の手を引っ張って入っていった。なんとも言えない温度に静は息を吐き出す。
「熱くて気持ちいいですねえ」
「…………」
 欠月は無言で唇の端に笑みを浮かべる。
 その笑みに静は不審そうにした。
「どうしました?」
「いや……このくらいの熱なら平気なんだけど……こういうのが気持ちいいっていうのが少し、理解できなくて」
「欠月君は変わったことを言うな」
 紳一郎も浸かっているが、欠月の言葉に不思議そうにした。
「気持ちよくないですか?」
「キミと一緒だから気分はいいよ?」
 妙な答え方をされて静は眉根を寄せ、頭の上にハテナマークを浮かべる。
「気持ちいいんですよね?」
「熱に関するなら、答えはノーだよ」
 静は苦笑するしかない。なぜ彼がこういう答え方をするのかわかっているだけに……。
「ほーっとしたりしませんか? 落ち着く感じというか」
「そう言われればそんな感じもするね」
 不思議な会話をしている二人に向けて、紳一郎は思い出したように言う。
「そういえばここには混浴風呂もあるみたいだ……。私は遠慮するから、二人で行ってきなさい」
「混浴!?」
 仰天する静。
 紳一郎は欠月に向けて尋ねた。
「どんな女性が好みかな?」
「……好みは特にないんだけど」
 それを聞いて静は「当然だよね」と思う。集めた情報の平均的なことを基準としている欠月が、『自分の好み』など持っているはずがないのだ。特に異性関係で。
「静は?」
「ええっ!? 僕?」
 自分にも話がふられ、静は考え込んだ。
「む、胸の大きさとかよりも……肌や腰のラインが綺麗な人がいいと思いますけど……ってなに言わせるんですか!」
 真っ赤になって立ち上がる静に、欠月は「なるほど」と頷く。
「確かに腰は持ちやすいほうがいいよね。色々と」
「はあっ!?」
 欠月の発言に静はのけぞる。
 そんな二人を無言で見つめ、紳一郎は口をやっと開く。
「あまり外見にこだわると、結婚した後で困るぞ?」
「こだわってませんよ、僕は! も、もう欠月さん行きましょう! 混浴でもなんでもいいです、この際!」
「はいはい」
 欠月は静に引っ張られて風呂からあがる。残された紳一郎は「はー」と溜息をついた。やっと静かになった。



 豪華な部屋食が用意されていた。
 三人で楽しく食べていたが、静はふと気づいて横の欠月に尋ねた。
「欠月さん、食べたい料理とかあります? 良かったら僕、今度作ります!」
 今の彼なら教えてくれそうな気がした。前々から静は欠月の好みを知りたがっていたのだ。
 欠月は箸を止めて静のほうを見遣る。
「そうだな……。えーっと……」
 悩んでいる欠月はどうやら今まで食べたものを思い出しているようで、眉間に皺を寄せた。
「おはぎ、かな」
「おはぎ?」
「別名ぼたもち」
「そ、それは知ってますけど……」
 意外だ。和菓子が好きそうには見えないのだが。
「茶碗蒸しも食べ易いね、わりと」
「ちゃわんむし……」
 へぇ、と呟いている静に、紳一郎が言う。
「人の好みを訊くのもいいが、静もちゃんと肉や魚も食べなさい。また倒れたいのか?」
「あ、はい」
「欠月君もバランスのとれた食事をとったほうがいい。医食同源という言葉があるからな」
「残すつもりはないので」
 微笑んで言う欠月は、素早く箸を動かして口に運んでもぐもぐと食べた。その速さに紳一郎はどう反応していいのかわからない。
 欠月が実は早食いなのを知っている静は嬉しそうにした。
「欠月さん、なんだか元気ですね今日」
「キミがボクのことを想ってくれるからだよ」
 さらりと欠月が言い放つ。にっこりと微笑んだ欠月に、静が頬を赤らめてしまった。
 紳一郎は妙な気分だった。
 自分だけ取り残されて、この二人は自分たちの世界を作っているような気がしているのだ。
(……まぁ……仲がいいのは、いいことなんだろうな)



 一番に寝たのは静だった。
 どうやら一番はしゃいでいたのは彼だったようだ。
「静、寝る前に薬を……」
 薬を鞄から取り出した紳一郎が声をかけた時にはすでに眠りについていたのだ。
 紳一郎は肩を落とし、息を吐き出す。
「必要ないか。良く眠っている」
 あれほど眠ることを恐れていたというのに。
 紳一郎は窓際に座って外の景色を眺めている欠月に声をかけた。
「君は……静に本当に好かれているのだな……」
 微笑を浮かべている紳一郎に、欠月は顔を向ける。紳一郎が真っ直ぐ欠月を見たのは今が初めてだ。
 眼鏡をしていない彼は物凄い美形で、誰もを魅了する色香を持つ。彼の居る場所だけが異様に見えるほどだ。
「…………」
 欠月は黙っていたが、薄く微笑んだ。それが返事だったのだろう。

 嫌な夢をみた。
 静は起き上がり、息を吐き出す。
 辺りは薄暗く、肌寒い。夜よりも朝に近い、闇。
 きょろきょろと部屋の中を見回して、すぐ横の布団で寝ている欠月を見て安堵した。
「かづきさん……」
 頭がはっきりと起きていないためか、呂律が回らない。
 静はごそごそと欠月の布団に潜り込んだ。
 彼の浴衣の裾を軽く握り、残った手で彼の手も握り締める。
(まだつめたい……)
 指先の冷たさに静は悲しくなった。
 温泉で少しはよくなるかと思ったが、そうでもなかったようだ。
 うとうとし始めた静はそのまま瞼を閉じた。ひんやりとした欠月の指先の冷たさが、少し心地よかった。

 朝起きた紳一郎は、まず眼鏡をかけた。
 そして無言になって立ち上がる。
「…………」
 布団から出ている静に、そっと布団をかけた。それもそうだろう。静は欠月の布団に無理やり入っているような状況なのだ。体の半分が外に出ていてもおかしくはない。
「……朝風呂にでも入るか」
 そっと部屋から出て行く。まあなんだ、その。
(仲がいいのは、いいことだな……うん)

 静はゆっくりと瞼を開ける。部屋の中は朝の明るさに白く浮かび上がっていた。
(もう朝か……)
 そう思って――ぱち、と瞬きをして慌てて起き上がる。
「!?」
 え? ええええ!?
 真っ赤になって慌てふためく。
 静は愕然としてしまった。どうして自分が欠月の布団に入っているのか……。ワケがわからない!
(えっ、あ……)
 戸惑う静の見下ろす先で、欠月はすぅすぅと眠ったままだ。
 不思議な光景だった。
 気配に敏感な彼がまったく反応せずに眠り続けている。ありえない光景だ。
 眠り続けた一ヶ月間。その時の眠り方とは違うのは、見ていればわかる。
(…………綺麗なひとだなあ)
 前髪を指先で払う。細い毛先が気持ちいい。
 その時だ。
 がらっと戸が開く音がして、部屋に紳一郎が戻って来た。
 ぎくっとして手を止めた静と、紳一郎の視線がかち合う。
「…………えと」
 汗を流して静は微妙な笑みを浮かべた。
 この光景は……その、ちょっと、変な誤解を招きそうな気がしないでもないような。
 しばらく沈黙が続いていたが。
「…………静、欠月君は男だぞ?」
「さ、再確認するように言わなくてもわかってますよ」
「…………まあ彼は女の子に見えなくもないが」
 昨日裸を見たのだから間違いなく男だ。
 静は手を引くと欠月の布団から出る。
「さ、寒くてこっちに入っちゃっただけです。寝惚けたんです」
 間違ってはいないが……なんだか言い訳のように聞こえてしまった。



 温泉宿をあとにし、再び車に乗り込んで帰る三人。やはり運転席に紳一郎。後部座席に静と欠月だ。
「本当にお世話になりました」
 欠月は車内で紳一郎に頭をさげた。
「いや、気にしなくていい。静も楽しかったようだし」
「欠月さんは楽しかったですか?」
 横から静が尋ねる。欠月は静が布団に潜り込んでいたことは知らない。
「楽しかったよ、君が居たから」
「…………欠月君は変わってるな」
 欠月の妙な答え方に、紳一郎はつい呟く。
「そうかな?」
 首を傾げる欠月に、静は苦笑する。
 けれども楽しい一泊二日だった。
 車に揺られながら静は欠月に微笑みかけた。
「また来ましょうね」
「そうだね」
 すぐに彼は笑みを返してくれる。それが静には嬉しくてたまらない。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【5566/菊坂・静(きっさか・しずか)/男/15/高校生・「気狂い屋」】
【6112/文月・紳一郎(ふみつき・しんいちろう)/男/39/弁護士】

NPC
【遠逆・欠月(とおさか・かづき)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、菊坂様。ライターのともやいずみです。
 ほのぼのちっくな感じ……になってますでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました。書かせていただき、大感謝です。