■月下の暗殺者■
志摩 |
【5206】【八重草・狛子】【ボディーガード】 |
月には雲がかかっておりその光がボンヤリと降りそそぐ。
暗闇、足下はほのかな街灯で見えるほどだ。
と、後ろからひゅん、と風の音。
なんだろう。
振り向く、そしてその瞬間、白銀が閃いて、鼻先を掠めた。
ぴっと痛みが走る。
「よけた……」
声が聞こえてふっと月にかかった雲が途切れ明るくなる。
月下、自分に刃物を向ける―――
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月下の暗殺者
空には綺麗な満月。薄暗い路地、ビルの隙間から見えるそれ。
雲ひとつなくぽっかりと、浮かんでいた。
八重草狛子はそれを見上げていた。
綺麗、と思いつつ。
そう、思いつつも身の危険は染み付いた性質か、本能的に感じて身を翻した。
ひゅんっと風を切る音がし閃く切っ先。
その切っ先が月光を反射して光る。
瞳の端に写ったそのきらめきも、綺麗。
狛子は自分に刃を向ける相手をじっと見詰めてから、口を開いた。
「いきなり襲ってくるとは驚きました」
「……そりゃ、暗殺だからな。狙われてるんだよ、俺に」
「背後からなんて、随分な挨拶じゃないですか。と、言うか、狛はあなたに襲われる理由が分かりません」
「理由なんていらねーだろ。今この状態だけで、十分だ」
なんだそれは、というような声色。
相手は、狛子よりも年下らしい。ばさばさの金髪がきらきらと、そして片目を覆う布は印象的。
「俺はお前を殺す、それだけだ」
かちゃりと切っ先を狛子へと、相手は向ける。
狛子は、少し間をおいてから言葉をつむぐ。
「誰かと勘違いをなさっていませんか?」
「八重草狛子、だろ? そうじゃなければ人違いだな」
「あら、それは狛です。それなら……また今度にしてくださいませんか?」
「は?」
狛子はマイペースを貫き通す。そしてそれは相手には伝わっていない様子だった。
「あなたのお名前は? 狛の名前だけ知られているのはちょっと不服です」
「あ、えーと、レキハ、空海レキハ……」
「わかりました、生憎狛は今日、武器を置いてきてしまったんです」
それがどうした、という表情を受ける。
狛子はそのままとうとうと言葉を、続ける。
「武器無しの相手に心は痛みませんか? 今度日時を決めて……って、それじゃあ暗殺になりませんね、どうしましょう」
「どうもこうもないだろ、なんなんだよお前……」
「狛は狛です。あ、正々堂々と決闘、決闘すればいいんですね。でも決闘と言っても、狛にはあなたと戦う理由はないです。ですから、狛は貴方に刃を向けません」
「本気で、言ってんのか?」
「はい、それでも貴方が狛に刃を向けると言うのなら、全力でかわし続けます」
「……俺を甘く見てるのか?」
プライドに触ったのか、きっと視線はきつくなる。
けれども狛子はきょとんとしたままだ。
「甘く? 甘いのですか? 人に味があるなんて……ということは狛は何味なんでしょう」
「……だ、大丈夫なのか、お前」
「お前じゃなくて狛です。ええと……ガレキ君?」
「ガレキって、ガレキってちょっと待て。それは俺か!?」
「はい、ヘキガ君の事です」
「キしかあってねぇし!」
自分の持っている刀を思わず地に叩きつけながらの大声。
狛子はちょっと吃驚する。
「駄目です、武器はそんな風に投げるものじゃありません」
「う、あ……そうだな」
「はい、拾って謝ってください」
「ごめ……って違うだろ!」
狛子のペースにまきこまれたじたじのレキハは、刀を拾おうとしゃがみこんだまま項垂れる。
狛子はそれが何故かわからずただきょとんとするだけだ。
「どうしました? お腹でも痛いですか? それなら狛が病院に……」
「いや、全然元気だし……なんかもう……はぁ……」
深く深く、溜息をつきレキハは立ち上がる。
そして狛子に今まで向けていた刀を鞘へとしまった。
レキハはずかずかと狛子の方へと歩み寄るのだが、今までの殺気は全くない。
その代わりに眉間には皺。
至近距離、近づいてずずいっと真正面。
「あのな、俺は」
「はい」
「俺は空海レキハ、ほら言ってみろ。う、つ、み、レ、キ、ハ」
「空海レキハ? あら、レキシ君じゃなかったんですね」
「俺は最初からちゃんと名乗ってる、お前がおかしいんだ、八重草狛子」
「狛はおかしくありません。おかしいのはカレキ君じゃないですか?」
わざとなのか素なのか。
どちらなのか線引きは曖昧。
「……だから、名前違うって……もうまともに相手すんの馬鹿らしくなってきたな……」
「もう暗殺云々は良いのですか? 狛はとってもありがたいのですけれど」
「……問題ありだけどな、もう今日は……はぁ……」
「レキハ君、溜息が多いですね」
「だから名前ちが……いやあってるな、やればできるじゃないか、うん」
一人頷くレキハに、狛子はにこにこと笑顔を送る。
それに、どうして笑うんだとレキハは問う。
「笑ってました? 狛は戦わなくて良いことが嬉しいです、狛ともうお友達です」
「友達……?」
「はい」
にこりと笑んで頷いた狛子にレキハは、無表情を返す。
そしてとうとうと言う。
「俺はまたお前を殺そうとする。それでも友達か? 友達なんて……必要ないだろ」
「そんなことはありません、貴方はそんなことしません。狛にはわかります。狛がお友達だと思っているのでお友達です」
きぱっと言い切った狛子。その表情は真剣で真っ直ぐ。
どう答えればいいものか、とレキハは少し困っていた。
少しの間を置いて、一つ答えを見つけたのか彼は言う。
「意味、わかんね。けどま、お前がそう思っときたいなら思っとけばいいか。別に俺に害はない……いやあるな、名前間違えやがる」
「名前? 貴方の名前は空海……」
「お、あってる」
「……レモン君でしょう?」
「レしかあってねぇ……名前覚えるの、苦手なのか?」
その問いにふるふるっと狛子は首を振る。
「そんなことはありません、狛の記憶力は悪くありません」
「じゃあなんでだ……」
「何がなんで、なんですか?」
「…………あー、もういい……言っても駄目なのがわかってきた」
ふと、柔らかい笑み、苦笑を交えながらレキハは言った。
何か一つ、自分の中で決着をつけたのだなと狛子は思う。
狛子は自分より身長の高いレキハの頭を、手を伸ばして撫でる。
「!? なな、なんだ!?」
「こうしなくちゃ駄目だなと思ったからです、レキハ君」
「わけわかんね! もう調子狂う! また今度だ今度!」
ちょっと頬を赤らめて、レキハは狛子から距離をとりつつ言う。
そしてそのまま、暗闇の中に走りこんでいった。
「……お腹でも空いたのでしょうか、ヘキガ君」
ぽつりと、その背中をみつつ狛子は呟いた。
すると暗闇から、響いてくるレキハの声。
「ヘキガじゃねぇレキハだ!!!!」
あら、と思いながら狛子は微笑んでいた。
八重草狛子と、空海レキハ。
今の関係はちょっと不安な友情。
妙な敗北感をレキハに与え狛子の勝ち。
次に出会う時、この関係がどうなっているのかは、まだ誰も知らない。
知るわけが、無い。
<END>
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
【5206/八重草・狛子/女性/23歳/ボディーガード】
【NPC/空海レキハ/男性/18歳/何でも屋】
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■ ライター通信 ■
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八重草・狛子さま
初めまして、ライターの志摩です。
無限関係性の一話目、発注ありがとうございました!好きに弄っていいとのお言葉に弄られたのはレキハでした(…)書いている私も楽しかったです!このまま天然を、天然を貫いて…!
次にレキハと出あったときに今回の続きなのか、それとも他の形での出会いか、それは狛子さま次第でございます。
ではでは、またお会いできれば嬉しく思います!
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