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■Crossing■

ともやいずみ
【5698】【梧・北斗】【退魔師兼高校生】
 これは日常。
 その人にとっては些細なこと。
 その人にとっては大事なこと。
 そんな日常。
Crossing ―日常の一幕。彼らノ場合―



 がらっと引き戸を開ける。そして梧北斗は元気よく片手を挙げた。
「よ! 調子はどうだ? 変なもの食べてないか? きちんと運動してる……ってまだ運動できないか」
 一気に喋ると、ベッドの上で本を読んでいた欠月が呆れたような視線を向けてきた。
「……キミってさ、無駄に元気だよね」
「そうか?」
 北斗は近づき、ベッドの横のイスに腰掛ける。
 欠月をじっと見てから北斗は目を細めた。
「ほんっと、何回見ても嫌味なくらい男前だよな、おまえは」
「褒めても何も出ないデスよ、北斗」
 軽く笑って応える欠月は本をぱたんと閉じた。
 男前というよりは、若干女性よりの顔立ちのような気がする。細い髪の毛にしてもそうだし、身体つきも少々華奢だ。
 だが整いすぎた顔立ちに反する不敵な表情が、彼は男なのだと実感させる。
「なに読んでたんだ?」
「…………うーん」
 欠月は小さく呟き、それから北斗に本を渡した。北斗は不思議そうに表紙を見遣り、タイトルを目で読む。
 瞬間、彼は欠月にそれを投げ返した。真っ赤になって人差し指を欠月に向ける。
「な……なんてもん読んでんだ! この……このっ……!」
 なんと言うべきか北斗は迷う。ストレートに言うのが恥ずかしいのもあったが、そもそもこの手の話題に関して北斗はボキャブラリーが貧困だ。
 欠月は本を軽く受け止めると、かけていたプラスチックフレームの眼鏡を外した。
「たいしたものじゃないよ、こんなの」
「なっ、何が『たいしたものじゃないよ』だ! こ、こんなの病院で読むほうがおかしいっつーの!」
「失礼だね。別にこんなのばかり読んでるわけじゃないよ。マンガも読むし、ライトノベルも読むよ?」
「で、でもよりによって……そ、そんなの読まなくても」
「………………」
 欠月はじとっと北斗を見遣るとくすくすと笑う。
「女性経験がないんだからさ、貸してあげようか?」
「いらねーよっ!」
 すぐさま北斗は断った。いや、ちょっとは興味があるが……って違う違う!
「お、おおおおまえだってないだろーが!」
「…………」
 欠月は無言でにた、と笑う。北斗は冷汗が出た。
「え……なにそれ。なにその笑顔。ちょ、ちょっと欠月……?」
「うそうそ。ないですよ、ボクは」
 なんだか軽い声だ。北斗は欠月の肩を揺する。
「お、おい、本当のこと教えろよ……親友だろ、俺たち」
「ああ、そろそろ検温の時間だ」
「ご、誤魔化すなよ! おい!」
 そこでがらっと戸が開いた。黒髪の看護婦が現れる。
「欠月くーん、検温の時間よ〜」
 お色気たっぷりの看護婦さんが見たのは、泣きそうな顔の北斗と、愛想良くこちらに手を振る欠月の姿だった。

 ぐったりした北斗は欠月を見遣った。
 やけに看護婦が欠月に優しい。いや、まぁこいつの顔は女にモテるだろうが……。
(なんだろう……そこはかとなく悔しいのは)
 いや、羨ましいのかも……。
 そんなことを考えていると欠月が話し掛けてきた。
「そういえば、こんな朝早くにどうしたの?」
「あ、そうだった。
 まだあんまり遠くまで行けないんだろ?」
「行けないってことはないんだよ。電車とか車で移動すればいいんだから」
「でもなるべく近いほうがいいんだろ?
 へへー! 映画のチケット手に入れたんだけど、一緒に行かねー?」
 じゃじゃーん! と取り出したチケット。
 どうやらそれが目的で北斗は今日ここに来たようだ。
 欠月は少し思案すると、不憫そうな目で北斗を見てくる。
「えーっと……ボクの退屈を紛らわせるため、だよね? 誘う女の子がいないから、じゃあないよね……?」
「そんな憐憫の目で見るな! おまえの退屈を紛らわすためだよっ!」
「良かったー……そうだよね。北斗にだって、誘う女の子の一人や二人……」
 笑顔で言う欠月に、北斗は次第にイライラしてくる。こいつはわかっていてわざと言っているのだ。
 あの冷徹冷淡な欠月を見ているだけに、今の欠月の嫌味なところが信じられない。
「……あのさ、おまえってどっちの喋り方が本当なんだ?」
「ん?」
「あの、こ、怖い感じのほうと……」
 ああ、と欠月は納得すると薄く笑った。ぞくっと北斗の背筋に悪寒が走る。
「こちらで喋っても構わないが、それではおまえが困るんじゃないのか? 落ち着かなくて」
「………………やっぱいつものでいい……」



 病院から近い映画館まで足を運ぶ。
 北斗が選んだのはアクション映画だ。やはりここはド派手なアクションで気分をスカッとさせたい。
 看板がでかでかと出ているので、北斗は指差す。
「あれだよ。あれを今から観るんだ」
「ふむふむ」
 頷く欠月は眼鏡をしている。先ほどの読書中にかけていたものだ。
 ふと心配になって北斗は尋ねた。
「目……大丈夫か?」
「ん? ああ、これか。気にしないで。本当はなくてもいいんだけど、補強でかけてるだけだから」
「補強?」
「でも逆に映画だと困るかもね。近くで見えすぎて」
「席は後ろから二列目だぞ?」
「そういう意味で言ったんじゃないよ。ボク、視力すごくいいから」
「スゴク?」
 きょとん、とする北斗に彼は小さく笑う。
「気にしないほうがいいよ」

 映画館の中は少し込み入っていた。日曜なのだから仕方ない。
「なんか食う?」
 売店を指差して北斗は訊く。しかし欠月は首を振った。
「いや、映画の最中は集中するから飲食はしないことにしてる」
「ええ? そうなのか? ポップコーンとか食べないのかよ? コーラくらいせめて……」
「…………そっちが普通なら、それに合わせるよ」
 妙なセリフ。
 北斗は慌てて手を振った。
「いや! いいって! 別に食べなくても、観終わってからどっかで食べればいい話だから」
 さっさと席に行こうとする北斗は内心焦ってしまった。
 欠月は基本的に「楽しい」「嬉しい」という感情に対して希薄なのだ。
 彼が映画を集中して観るのは情報収集をしていたせいだし……そこに楽しんで観る、ということはなかったのだろう。
 座席に腰掛けると二人は始まるのを待った。
「なかなかいい映画だって、クラスの連中も話してたんだぜ?」
「ふーん。それは映像が凄いってこと? 話の構成が?」
「ど、どうかな……。どいつもこいつも単純明快なのが好きだから……」
「へえ。キミと一緒なわけだ」
「そりゃどういう意味だよ……」
 じとっと見遣るが欠月は肩をすくめただけ。
 館内が薄暗くなる。どうやら、始まるようだ。



 映画の後に食事。定番だろう。…………デートならば。
「男二人っていうのも……。ねえ?」
「うるせーなあ!」
 お好み焼きを焼きながら、北斗が欠月に怒鳴る。
 欠月は「おおこわい」と洩らして自分の分を口に運んだ。
 漂う美味しそうなソースのにおい。
「広島風もいいよなぁ」
「あ、いいね。ボクも好きだよ」
 にこっと欠月が微笑む。刹那、北斗がどきっ、とした。
 さらりと「好き」なんて言われると、どうにもこうにも……。
(裏表のない言葉だから……余計に俺が恥ずかしくなるんだよな……)
「そ、そっか。おまえ、広島風が好きなのか?」
「特別に、ってわけじゃないよ。味覚的には『美味しい』と思うよ。ソースも甘めで」
「…………また変な答え方するし……」
 呆れる北斗は、自分の分を口に運んだ。……熱い。けど美味しい。
「お、お水のおかわり……いかがですか?」
 まだ若い女性店員が、精一杯の笑顔でそう問い掛けてくる。
 北斗は、彼女の視線を追う。向かった先は欠月だ。
「ありがとう。じゃあ、少し注いでもらえるかな」
 優しく言う欠月の言葉に店員は頬を赤らめて、コップの水を足す。
 そんなやり取りを見て北斗は非常に面白くない気分でいた。
「なんでおまえばっかり……なんでおまえばっかり……」
「そんなぶすっとしないで食べたら?」
「別にぶすっとしてねーよ! おまえなんかのどこがいいんだ!?」
「…………」
 ちら、と欠月が北斗を見遣る。彼は愉快そうに目を細めた。
「それはね、キミと同じ理由じゃない?」
「…………は?」
「キミだって、ボクのこと好きでたまらないくせに」
 ぼんっ、と北斗の頭から煙が出た。耳まで赤くして北斗は首を凄まじい勢いで横に振る。
「ななな! なに言うんだおまえはーっっ!」
「異性でも同性でも『好意』ってのは相手によって向ける濃度が違うものだからね。
 …………ボクが言ったのはあくまで『好意』だよ? まさかと思うけど、恋愛感情と勘違いしてないよね?」
 ぎくっとして北斗はあさっての方向に顔を向けた。高笑いして誤魔化す。
「まさか! そんなの、わかってたに決まってるじゃん!」
「…………ならいいけど」
 疑わしそうに見てくる欠月の視線が、痛い。
 欠月は嘆息してから苦笑した。 
「キミはとても真っ直ぐな人だから、キミが好きになった女の子はきっといいコだろうな」
「な、なんなんだ突然……」
「早く春がくればいいのにねえって話しだよ」
「? 今はもう梅雨だろ?」
「…………その抜けたところ、なんとかしたら?」



 北斗は病院まで欠月を送り届けた。
 もう夕暮れだ。病院に入院している欠月のことを考えれば早めに引き上げるべきだろう。
 個室までついて来た北斗は、面会時間が終わるまで居座ることにする。
「はー……ほんとにフツーの日だったな」
「どうしたの、突然」
 しみじみと言った北斗の言葉に欠月はきょとんとした。
 鞄を下ろしていた欠月は眼鏡を外して手頃な場所に置く。
「いや、ほらおまえといると何かに巻き込まれたりすることが多かっただろ?」
「ああ、妖魔退治ね」
「まあ今日はそれがなくて嬉しかったけどな」
 どこにでもいる若者と同じようにできたことが、嬉しい。
 欠月はベッドに腰掛ける。そして北斗を見遣った。
 北斗は欠月を見返す。
「そういえば、映画ってアクションで良かったか?」
「ん?」
「いや、ずーっと無言で観てたから……」
「別にホラーでも恋愛ものでもコメディでも構わないけど。ああ、コメディはちょっと困るかな」
「困る? なんで?」
「何が面白いのか、理解できない」
 ニヤっと笑う彼の言葉に北斗は疑問符を浮かべた。
 肩を落として北斗は言う。
「じゃ、次はホラーにでもするか」
「…………キミは苦手そうな雰囲気がするけどね」
「怖いわけないだろ! 俺は退魔師をしてるんだぞ!」
「馬鹿だな。造り物と本物ってのは、『怖さ』の意味合いが違うだろ?」
 くすくすと笑う欠月になんて言い返そうかと、北斗は思案した。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【5698/梧・北斗(あおぎり・ほくと)/男/17/退魔師兼高校生】

NPC
【遠逆・欠月(とおさか・かづき)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、梧様。ライターのともやいずみです。
 なにげない日常の1コマとして書かせていただきました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!