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■Crossing■

ともやいずみ
【0413】【神崎・美桜】【高校生】
 これは日常。
 その人にとっては些細なこと。
 その人にとっては大事なこと。
 そんな日常。
Crossing ―かえりみち、あなたと私と―



 電車の振動に神崎美桜は顔を少ししかめる。
 この微かな振動でさえ、少し辛い。
 遠い親戚だと名乗ったあの女の屋敷からの帰りである。
 早朝に出発したが、山から降りる道中、美桜は身体のほうが悲鳴をあげて和彦に負ぶってもらった。
 彼は謝る美桜に何も言わなかった。無言でいつものように軽々と美桜を背負うと黙々と山を降りていったのだ。
 バスに乗るのも、そしてこの電車に乗る時も、美桜は和彦に手を引かれてなんとか移動していた。
 でも。それでも彼女は幸せだった。
 昨夜の彼の言葉を思い出すだけで顔が緩んでしまう。
 見上げた時の彼の綺麗さと妖艶さ、それに彼の薄闇に浮かんだその肌。思い出せば出すほど顔から火が出そうになるが、幸せなのだからしょうがない。
 左隣に座っている和彦は普段と変わらずに無表情だ。
(…………むぅ。和彦さんは本当に顔に出ません……)
 なんだか悔しい。
 平然としている彼を見つめ、美桜は思い出す。
 和彦と同じ遠逆の退魔士である欠月は、以前美桜に「体力をつけたほうがいい」と言っていた。
(体力……ですか)
 それほど必要とは思わなかったのでなんの行動もしていなかったが……やはり体力は必要だ。
 和彦の体力に合わせるとすると、絶対に必要だ。きっと昨日だって……。
(遠慮……したと思います……し)
 かあぁ、と顔を赤らめて美桜は昨晩のことを思い出し、慌ててその想像を追い払った。
 とにかく人並みの体力は必須。
 美桜は決心して和彦の服の袖を軽く引っ張った。
「……ん?」
 彼は視線を美桜のほうへ向ける。
「あの……あの」
「?」
「一生懸命、頑張って体力をつけますね」
 はにかんで、上目遣いで言う。けれどもそんな美桜に彼はまったく反応しない。誰が見ても彼女の今の熱っぽい視線に羨ましさをおぼえるというのに。
 和彦はにこっと微笑んだ。
「そうだな。美桜は体力がないから。逃げる時のことも考えたら、多少は鍛えたほうがいいだろう」
「え……えと、そういうことではなく……」
「?」
 にぶい。
 衝撃に美桜はふふ、と引きつった笑いを浮かべた。
「俺と一緒に……そうだな、ジョギングでもするか?」
「えっ! ほ、本当ですか?」
「ああ。ちょうどムダに敷地が広いんだし、屋敷の周りを走ればいいだろ」
「…………」
 彼の言葉に美桜が一瞬で顔を青くした。
 美桜の屋敷の広さは……本当にとんでもなく広い。
「あ、あの……屋敷って……もしかして、全体の、ですか?」
「もちろん。こういうところであのムダな広さが役に立つとは思わなかったな」
 なぜ彼は笑顔なのだろうか。悪意がなくても美桜には辛い。
 そもそも彼は美桜の家をムダに広いといつも言っている。美桜としては彼の意見もわかるが、兄の意見もわかるのだ。
 兄は自分の為を思って屋敷を作った。狭いところが嫌いな美桜のためにと、万全な家を作ったにすぎない。
 だが和彦はそれとは全く逆の意見だった。広すぎると見えないところで危険に襲われても対処できないと言っていた。もっともな意見である。
「ちょ、ちょっと私には辛い……ですけど」
 距離がありすぎて。
 だが和彦は美桜を少し睨む。叱る時の仕種だ。
「美桜が体力不足なのは、美桜自身もわかっているだろ? 少しずつでいいからやらないと」
「は、はい……」
「まずは来客で道具を使わないこと」
「ええっ!?」
 それは困る!
 美桜の使っている家から表の玄関まではかなりの距離だ。徒歩ではかなり時間がかかる。
 仰天する美桜に、彼は言った。
「少しずつ」
「……そ、そうですね……」
 どれほど時間がかかるか……考えるだけで怖い。
 がっくりしている美桜の横で彼は小さく笑う。
「まあ、当面は俺が来客を出迎えるから。まずは学校の行き帰りを徒歩でおこなうこと」
「と、徒歩……」
「走ってもいいが……すぐに息が切れると思うぞ、美桜は。あ、屋敷の敷地内では、としよう」
 敷地内だけでもとんでもなく広いというのに……。
 だが美桜は渋々頷いた。広いからと言って楽をしていてはいけない。
 そういえば和彦は普段から何も使わずに屋敷内を移動していた。
 この間も心配だからついて来てくれと言ったら、いつの間にか表の門のところで待っていた気がする。
「そういえば和彦さん……どうやって移動してるんですか、屋敷の中で」
「足で移動に決まっているじゃないか」
 あっけらかんと彼は答えた。やっぱり、と美桜は思ってしまう。
「美桜、広い場所が悪いと言っているわけじゃないんだ。広すぎる、のが問題なんだ」
「……わ、わかってます。でも兄さんは私のために……」
「移動に使っている車が壊れたらどうする? その代わりのソリもだ。道具というのは万能ではない。壊れてしまうのを前提に使わなければ」
 彼の言う通りだ。いつ壊れるかわからないのだから、それに頼ってばかりではいけないと彼は言っているのだ。
 兄とは別の意味で和彦は心配性なのである。
「そ、そうですね! やっぱり心構えから入らないと、ですよね!」
「そうそう。その意気だ」
 彼に素直に褒められては悪い気はしない。
 嬉しそうにする美桜だったが、電車の揺れに抵抗できずに右隣に体が傾いてしまう。
「あ、わっ」
 すぐさま和彦が手を引いてくれたので、倒れたりしなかった。
「あ、ありがとうございます、和彦さん」
「どういたしまして」
 微笑む彼を見て、美桜はじーんと幸せを噛み締めた。美桜は彼の手を見下ろし、そのままぎゅっと握る。放そうとしていた和彦だったが、何も言わなかった。
 美桜は彼の肩に頭を預ける。
 なんだか眠い。まあそうだろう。あまり眠っていないのだから……。
(どうしよう……寝てしまいそう……)
 うとうとしてしまう美桜は瞼を擦った。
「……寝てもいいんだぞ、美桜」
「い、いえ! 起きてますから」
 気合いを入れるが、ダメだ。気を紛らわせなければ耐えられない。
「何か話しでも……。そうだ、上海でのお話、してください」
 美桜の言葉に彼がギクッと体を強張らせた。
「し……しゃんはい?」
「はい。一緒にお仕事をしていた人たちのこととか……」
「…………」
 和彦は無言になってしまい、頬に汗を流す。
 不思議そうにする美桜は「和彦さん?」と声をかけた。
 彼がこんな反応をするなんて、珍しい。
「あの……だめでしょうか?」
「……ダメ、というわけではないが……」
 思案するようにまた黙りこくり、それから和彦は重い口を開いた。心なしか顔色が悪いような気がする。
「俺が居たのは……いや、世話になっていたのは三人組で…………」
「三人……」
「…………」
 思い出しているのか彼は口ごもってしまう。
 だが意を決して続けた。
「リーダー格というか……一番の問題児は俺と同い年の女の子なんだが」
「おっ、女、の、コ……?」
 それは初耳だ。美桜が和彦を見上げた。
「同い年……? 和彦さんと?」
「うん」
「とにかく一目散に敵に突っ込んで大暴れするんだ。楽天的というか、短絡的というか…………何も考えてないというか」
「ま、待ってください! その、その女の子とは何もありませんでしたよね? ね!?」
 信じていないわけではないが、相手の少女が和彦に想いを寄せている可能性だってある。
 そわそわする美桜に彼は「うーん」と悩んだ。
「何も、というわけではないが……」
「…………」
 がーん、と青ざめる美桜であった。
 和彦はうんざりしたような顔をする。
「とにかく横から俺の食事をつまみ食いするし、寝巻き姿で寝惚けて暴れるし……」
 発言に美桜は安堵する。そういう意味かと安心したのだ。
「なんだか大変ですね」
「そうなんだ。彼女のお守りをしていたのが、三人の中の唯一の男……なんだが、まだ若いくせに女好きでな」
「若い……ですか」
「中学一年か……もしかしたら小学六年くらいかもしれないな。あいつがまぁ、手癖が悪い。気づけば偶然を装って女の胸や腰や尻を触っていてな」
「そ、それは……和彦さん……」
「俺が居るからと、彼女を俺に任せて女性の依頼人を口説いたりするわけだ……。
 …………も、もう思い出したくない……」
 気持ち悪そうに言う和彦が哀れだ。
 どうも上海での仕事はかなり彼の負担になっていたようだ。おもに精神的に。
(た、大変だったんですねぇ……)
 表情に出さないうえ、あまり文句も言わない和彦はいい便利屋になっていたことだろう。
「……あの、最後の一人は?」
「…………」
 彼はげっそりしていたが、顔を赤らめる。いきなりの彼の様子に美桜は不安になった。
「えっ、なんですか? なんで顔を赤くするんですか?」
「いやぁ……美桜が心配するようなことはないんだが、最後の一人は……女性……なんだろうな」
「お、女の人……?」
「色っぽい女性なんだが…………色々と……、なんというか邪魔だったな本当に」
「邪魔? 何がですか?」
「存在自体が」
 さらっと彼は酷いことを言った。
 目を点にする美桜であった。
「仕事を邪魔することに長けているんだ…………」
「…………」
 和彦がそう言うということは、よほどのことなのだろう。
 真面目に仕事をしようとしては三人に引っ掻き回されて彼は大変だったに違いない。
「お、お疲れ様です……」
「もう会いたくないな……あいつらには」
 嘆息する彼の言葉に美桜は小さく苦笑した。
 しばらく電車に揺られていた美桜は、もう起きているのが無理と感じたのか和彦に囁く。
「すみません……ちょっと、寝てもいいですか?」
「わかった。着きそうになったら起こすから」
「はい。
 あ……和彦さん、あの、大好きです」
 眠そうにしながら小さく言うと、彼は目を見開いて頬を赤く染める。そして苦笑した。
 彼の手を握り締めて美桜はテレパスで伝える。もう、口を動かす力がない。
<何があっても……お互い支え合って…………ずっと、ずっと一緒に居ましょうね……>
 そのまま美桜は眠りについた。
 寝息を立てる美桜の横で和彦は肩の重みも気にせずに、腕時計の時間を確かめた。まだ目的の駅まで時間がある。
(本でも読むか……)



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【0413/神崎・美桜(かんざき・みお)/女/17/高校生】

NPC
【遠逆・和彦(とおさか・かずひこ)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、神崎様。ライターのともやいずみです。
 帰りの一時、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!