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■Crossing■

ともやいずみ
【0413】【神崎・美桜】【高校生】
 これは日常。
 その人にとっては些細なこと。
 その人にとっては大事なこと。
 そんな日常。
Crossing ―イビツなヤカタ―



 遠逆和彦が居てくれるおかげで、神崎美桜の外出回数は増えた。
 どこかへ行きたいと思っていても、義理の兄が居なければ今までそれもままならなかったのだ。
 兄は心配性で、美桜が出かけることに対して心配ばかりする。美桜の能力は誰もが欲しがるものなのだ。だからこそ、彼女は常に狙われている。
 そんな彼女の現在の護衛役は、彼女の恋人である遠逆和彦だった。感覚が鋭く、何事にも冷静に対処する彼は、護衛役としてはうってつけだ。
 今日も、山の別荘に招待してくれた友達のもとへ向かっている最中である。
 いつもなら断るのだが、和彦が居るので断らなくて済んだ。彼に甘えてしまうのを申し訳ないと美桜は謝るが、彼はいつも小さく微笑んで「気にするな」と言ってくれた。
 彼氏を連れて行くと相手に迷惑かもと思っていたのだが、和彦は別荘に居座る気はないらしかった。彼は美桜の邪魔になるようなことはしないつもりらしい。
「でもそれじゃあ……和彦さんはどこに居るつもりなんですか?」
「さあ……? 近くか?」
「近くって……別荘の周りは何もないですよ?」
「近くは近くだ。気にするな」
 あまり語らない彼は薄く笑っただけ。美桜としては気になって仕方がない。
 そんなやり取りをしつつ目的地に向けて進んでいたのだが、天気が急変した。
 雨粒が地面に点々と落ちてきたのは最初だけで、次第にその雨脚を強くする。
 両手で雨から頭を庇うようにしていた美桜の腕を和彦が掴んだ。
「もっと寄れ」
 ぐいっと引き寄せると彼は自身の影を浮かび上がらせ、すぐさま番傘の形に収束して手に持った。
 大き目の傘に美桜は驚く。
「べ、便利ですね」
 感心している美桜に彼は苦笑した。
 しかし雨は止む様子もなく、ひどくなる一方だった。傘もあまり役に立ってはいない。
 仕方なく雨宿りできる場所を探す二人は、古びた洋館を見つけてそちらに向かった。
 近くで見ると蔦が生え、壁を覆っていた。手入れがされている様子はないので、無人の館なのだろう。
「ここで雨宿りさせてもらいましょうか?」
 美桜の言葉に和彦は難しい表情をしていた。彼は気が進まない時はこういう顔をすることが多い。
 雨の酷さに彼は館の扉に手をかけ、開く。軋んだ音が館の空間に恐ろしく大きく響いた。
 一歩踏み込んだ和彦がぐらっと眩暈を感じて少しよろめく。
「? 和彦さん、どうしました?」
「…………なんでもない」
 顔をしかめる和彦は美桜の手を引いて館に完全に入った。
 玄関ホールは閑散としていたが、あちこちに壊れたマネキンが転がっていた。人間の大きさの人形、と言ったほうが正しいかもしれない。
 話し声が聞こえて和彦はそちらに向かった。
 ドアを開けたそこはリビングだ。話し声がぴたりと止まる。
 男が三人。彼らはホコリまみれのソファに腰掛け、談笑していたところだったようだ。
「うわっ、すごいずぶ濡れ」
 一人が美桜たちを指差した。美桜は大きな声に驚いて和彦の後ろに隠れる。
「君らも雨宿りかい?」
 一番長身の男がそう尋ねてくる。和彦は雨に濡れた前髪を手で払い、口を開いた。
「……あなたがたも?」
「そーそー。あ、ここお湯は通ってるみたいだから、どっかの部屋でシャワー使えば?」
「……それはどうも」
 和彦はすぐさまきびすを返してリビングから出て行こうとする。
 出て行く間際、男たちは「屋敷を探検しね?」と言っているところだった。
 美桜は和彦に手を引っ張られながら不安そうな顔をする。こんな不気味な屋敷を探検するなんて、どうかしている。
「か、和彦さん、あの人たち、ここを探検するなんて言ってますよ?」
「…………」
 すたすたと歩く和彦はあちこちを見回しつつ、急に足を止めた。
 彼は口元を手で覆うと、青い顔で吐き気を堪えるような仕種をする。
「! かっ、和彦さん顔色が……! だ、大丈夫ですかっ?」
「…………美桜、すぐ出たほうがいい」
「え?」
「……ここは」
 言いかけた和彦が振り向く。暗い廊下の先を見据えた彼は目を細めた。
 不思議そうにする美桜は、廊下の奥に向けていた視線を和彦に戻した。
「でも外はひどい雨ですし……。せめてシャワーくらい……」
「…………」
 和彦は聞いていないようだった。彼は廊下の奥から視線を外さない。
「和彦さん?」
「…………」
 彼は美桜のほうをやっと見ると浮かない様子で口を開いた。
「そうだな。だが……」
 美桜が寒さで震えているのに気づいて、彼はもっと複雑そうな顔になる。どうするか迷っているようだ。
 和彦は上着を脱ぐと、ぎゅっ、と強く絞った。上着が吸収していた雨が廊下の床に大量に落ちる。
「これを着てろ」
「え、で、でも」
「シャワーはダメだ」
 彼がこう言うからには何か理由があるのだ。シャツ一枚になった彼はひどく用心している。
 美桜は戸惑っていたが、彼に従うことにした。
「わかりました。じゃあ着替えますので、ちょ、ちょっとその部屋に入ってもいいですか?」
 近い部屋のドアを指差す。
 彼は眉をひそめた。
「ここで着替えればいいだろ」
「ええっ!? こ、ここでですか?」
「ああ」
 今さら彼に何を見られても構わないが……やはり困る。美桜が渋っているのを見て和彦は嘆息した。
「わかった。手短にな」
「はい」
 部屋のドアを開けて中に入ると、美桜は早速衣服を脱いだ。下半身のものは着替えられないので、上だけ全て脱ぐ。それから和彦の服を着込んだ。
 濡れた衣服が肌に張り付いていた先ほどまでの状態とはかなり違う。濡れている自分の衣服を抱えて部屋から出ようとした刹那、視線を感じて美桜は振り返った。
 いや――――彼女は振り向けなかった。振り向く直前に、後頭部を強く殴られてしまい、意識を失ってしまったのである。



 冷たい。
 美桜は軽く震えて瞼を開けた。
 冷たい原因は自分が倒れている床のせいだ。そこに接触している肌が寒さを訴えていた。
(……?)
 なぜ自分は床に寝ているのだろうか?
 美桜は怪訝そうにしていたが目を見開き、顔を強張らせた。
 視線の先――部屋の奥にあるイスに腰掛けているミイラに話し掛ける男。
 ミイラの細く縮れた髪を手で撫でていた男は楽しそうに笑う。そしてその足もとに無造作に転がっているのは、先ほどリビングにいた男たちだった。
 全員が事切れたように白目をむき、口から血を流していた。
 恐怖で硬直してしまった美桜は、ぼそぼそと喋る男の声にさらに恐れを抱く。
「またトモダチがきたよ……うれしい? ねえ嬉しいよね? ね?」
 二十代前半という感じの男はゆっくりと美桜のほうを見遣った。その目は虚ろだ。
「これでまた寂しくなくなった、よ……うれしい、よね」
 近づいて来る男から逃げようと美桜は立ち上がった。部屋の中を見回す。
 出口のドアが見当たらなかった。窓はあるが、雨戸が閉められているせいで部屋が薄暗いのだ。明かりは小さな机の上に置いてあるランプだけ。
 男は美桜の髪を掴むと、無理やり引っ張ってミイラに向かって微笑む。
「同い年くらいのコなんて、めずらしい、ね」
「……っ、いや……は、放して……」
 嫌がる美桜の髪を掴んだまま無理にミイラのほうへ連れて行く。そして、美桜を突き飛ばした。
 ミイラの足もとに倒れた美桜は、すぐ側にある男たちの遺体に真っ青になった。
 慌てて身を引こうとしたが、男が美桜の頭を押さえつける。
「なに座り込んで、るの……。そこじゃないよ」
「いた……っ」
 美桜を力ずくで立たせると、ミイラのほうへ押し付けるようにする。
 近距離でミイラを見て美桜は涙を浮かべた。どうして自分がこんな目に遭っているのだろうか。
(和彦さん……! 和彦さん助けて……っ)
 抵抗していたがダメだった。美桜はミイラに抱きつくような形になる。男はそれに満足そうにした。
「やった……トモダチ、だ」
 その呟きの直後、美桜が悲鳴をあげてミイラからすぐさま離れようとする。
 触れてしまったことでミイラの残留思念が美桜に流れ込んできたのだ。
 このミイラは十代後半の娘だった。だが美桜の後ろに立っている男に殺されたのだ。ゆっくりと首を締められて……散々いたぶられて!
 愛してると囁かれて命を奪われた彼女の無念の気持ち。
「いやぁっ! 和彦さん! 和彦さん助けてくださいっ!」
 あまりの強い思念に美桜の頭は混乱し、一心不乱に和彦の名を叫んだ。
 男が美桜の後頭部を押さえつける。
「うる、さいな、ぁ」
 瞬間、何もない暗い空中から腕が生えた。その腕は美桜の腕を掴み、力強く引っ張る。美桜は怯えて抵抗したが、腕の力に敵わずに空中にずぶりと呑み込まれた。



 いきなり目の前が明るくなった。
「美桜!」
 和彦が、突然出現した美桜を抱きとめる。美桜を引っ張った腕は、彼のものだったようだ。
 彼の腕の温かさに美桜はやっと安心して涙を流した。
「か、和ひ、こさ……っ、こ、こわか……っ」
「まだ泣くな。とにかく外に出る」
 よく見ればそこは玄関ホールだった。和彦は玄関のドアを蹴り破り、外に出る。しっかりと美桜の手を握って。
 外に出るや和彦は屋敷のドア目掛けて何か呟く。
「■■声■魔■破■」
 彼の言葉は美桜には理解できなかった。彼は続けて何かを詠唱していた。
 パンパンと掌を合わせ、彼は難しそうな顔をしてライターを取り出す。
「■■炎■魔■滅■」
 ライターの炎が一瞬で燃え上がり、屋敷に点いた。その炎はあっという間に屋敷全体に回る。
 ごうごうと燃える屋敷から二人は離れた。いつの間にか、雨は止んでいた。

 目的の山荘を目指して歩く和彦に、美桜は尋ねる。
「あの三人……生き返らせたほうが」
「やめろ。死んだ人間は生き返らないものだ」
「でも……!」
「そういう能力は、見えないところで皺寄せが来る。もしも未来にその負担がいっているとしたらどうする!?」
 美桜は押し黙る。
 落胆する美桜に和彦は言った。
「そもそもあいつらは死んでいた。あの屋敷の中はかなり歪んでいたからな」
「え? そうなんですか?」
「死んでいたのに、あいつらは霊体のままでリビングに居座っていたんだ。あいつらも、いつかの雨の日にあの屋敷に迷い込んだんだろう」
「……そうですか」
 あの館そのものが、退魔士である和彦に物凄い負担のかかる空間だったのだろう。
 美桜は振り返る。空にのぼっていく煙は細い――――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【0413/神崎・美桜(かんざき・みお)/女/17/高校生】

NPC
【遠逆・和彦(とおさか・かずひこ)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、神崎様。ライターのともやいずみです。
 奇妙な館のお話、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!