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■Crossing■

ともやいずみ
【0413】【神崎・美桜】【高校生】
 これは日常。
 その人にとっては些細なこと。
 その人にとっては大事なこと。
 そんな日常。
Crossing ―病は気から―



 都築亮一はるんるんとしながら神崎美桜の屋敷へと来訪した。
 ここに来るのも久しぶりだ。
(若い二人を邪魔するのも悪いですしねぇ)
 ふふふと薄く笑う亮一は、楽しみでならない。
 あの二人の仲は進展しているだろうか?
(いやぁ、ラブラブ過ぎるとちょっと困りますけど)
 自分が完全に除け者になるのだけは困る。
 そう思って門をくぐると、塀の内側を走っていたジャージ姿の和彦に気づいた。
「和彦君! 何してるんですか!?」
 仰天して声を張り上げると、彼はすぐに気づいて亮一のところまでやって来た。
「何って、鍛錬だ。鍛えていないとすぐに感覚を忘れるからな」
「鍛錬って……十分強いでしょ、君は」
「怠惰は人間を腐らせる」
 律儀な性格の和彦の言葉に亮一は呆れた。仕事のない時まで彼はこんなことをしているのか。
(美桜ともっと甘ったるい世界でも展開させてるのかと思いましたよ……)
 和彦らしいと言えばそうなのだろうが、どうにも面白くない。
「美桜は?」
「ああ、もうすぐ来るんじゃないか?」
「来る? どこへ?」
「彼女も一緒にランニングするんだ」
 真面目な顔で言う和彦の言葉に、亮一は頭がついていかなかった。
 走る? 誰が?
「ええっ!? 美桜がですか? なんでそんなことになってるんです!」
「なんでって、体力がないのを直したいって言ってたぞ、本人が」
「え、で、でも今の時期は……」



 ランニングをするためにウェアに着替えた美桜は軽く身体を動かす。
(? なんだか動き難いような……)
 怪訝そうにしていると、居間に入ってきた亮一と目が合った。
 久しぶりに来た兄の姿に美桜が顔をほころばせる。
「兄さん!」
 美桜は亮一に抱きついた。抱きとめた亮一は微笑する。
「久しぶりですね、美桜」
「はい! 兄さんも元気でしたか?」
「もちろん。見ればわかるでしょう?
 和彦君とは仲良くしてますか?」
 慌てて美桜は亮一から離れて、頬を赤く染めて俯く。
 亮一の入ってきたドアから和彦が入って来た。美桜は彼を見て「あ」と呟く。
「用意できましたよ、和彦さん」
「…………」
 無言の和彦に不思議そうにしていると、美桜の額に亮一が手を当てた。
「ほらやっぱり。熱がありますよ」
「? 熱?」
「例の時期です。忘れたんですか?」
 指摘された美桜がハッとする。
 道理で身体がやけに重く、動かし難いはずだ。
 美桜は災害や季節の影響で虚弱になる時期がある。今まさに、その時期なのだ。
「熱があるので、運動はダメですよ」
「だ、大丈夫です!」
 せっかく着替えてランニングしようという気になっているのに!
 それに……二人に心配はかけたくない。
 しかしそんな美桜の気持ちも虚しく、彼女は眩暈を感じてよろめいた。
「ほら! そんな状態では無理です。今日はやめなさい」
「で、でも……」
 美桜は助けを求めるように和彦を見遣った。無表情でいた彼は口を開いた。
「今日はやめておいたほうがいいだろう。またの機会に」
「か、和彦さん……」
「もう寝ろ。熱があるなら休むべきだ」
 冷たく突き放すように言われて、美桜は肩を落としてとぼとぼと寂しい足取りで寝室に向かう。
「美桜、地下に行きなさい。そのほうがいいでしょう」
 背後からの兄の言葉に彼女は落胆した様子で頷いただけだった。



 美桜の使っている一軒家には地下があり、そこには温室全体に張っている結界の源――結界珠がある。
 そこは温室で一番清浄な空気が多い。美桜の不調には一番効果の高い部屋だろう。
 美桜がそこに向かったのを確かめて、亮一は和彦を振り向く。
「半夏生が近いですからね……。一週間は無理をさせないようにしてください」
 その時期は半夏という毒草が咲き乱れ、天地に毒気が満ちるらしい。亮一の話だと。
(半夏? カラスビシャクのことじゃないのか?)
 和彦の知る「半夏」は生薬のほうだ。それに当てはめると半夏生は植物ではなく時期になる。それだと7月2日あたりだ。
 よくわからないが、亮一がそう言うのだから……あえて何も言わないことにした。
「大地が汚染されるこの時期は、美桜には少し辛いんです」
「ソレと美桜には直接的に関係がないだろう。影響され易いな、本当に」
 和彦は呆れたように目を細めた。
「……相変わらず過保護だな」
 亮一は苦笑する。
「あの子が外を歩けるようになってまだ五年弱……あまり無理をさせたくないと思うのは当然でしょう?」
「だとしても、度が過ぎる」
「君も相変わらず厳しいですねぇ」
「清浄な空気がある地下のことも……あまり褒められたものじゃない」
 否定的な和彦の発言に亮一が首を傾げた。
 美桜を大事にする同じ男として、なぜか和彦と亮一は意見が合わないことが時々ある。
「どうしてですか?」
「それでは……いつまで経っても美桜は丈夫にならない」
「それはそうですが……」
「人間というのは、環境に身体を合わせる。いや、どんな生物もそうだろう。環境に適した姿になるのは自然の摂理だ。
 美桜は清浄な空気に慣れ過ぎている。このままでは虚弱になる一方だ」
「…………」
 否定できなかった。
 彼の言うことはもっともだが、亮一は美桜が可愛くてたまらない。彼女の為にしていることだから、いいことなのだと思ってしまう。同時に……和彦の正論もとてもよくわかる。
「少しずつ……少しずつでいいんです」
「俺は別に急いでいない。すぐに変えろとは言っていない。
 だが、何かある度に過剰に彼女を護るのはやめろと言っているんだ」
「和彦君は……美桜のあの状態を見ていないから……」
 つい、小さく亮一は洩らした。すぐに口を閉じる亮一。
 和彦は腕組みした。
「俺は美桜のことをそれほど知らない。今回のことも、知らなかった。彼女の過去も、詳しく知らない」
 彼はすぐに腕を解いて美桜が向かった地下へと足を向けた。亮一ものろのろとその後に続く。
「あんたが甘い分、俺が厳しくせざるを得ない」
「君が厳しいのは知ってますよ」
 美桜を護って護って、大事に大事にしてきた亮一と彼は違う。
 カゴに閉じ込めて大事に保護してきたのに、和彦はあっさりとそのカゴを破壊したのだ。
 美桜の手を引っ張って、前へ進んでくれる。その相手が和彦なのである。
「……まぁ、過保護にする気がわからないではないんだが…………俺まで甘やかすわけにはいかないからな」
「大変ですね、和彦君も」
 わざわざそんな役をかって出るとは……。本当に恐れ入る。
 亮一はふと気づいてにたりと笑った。
「そういえば……今年の蚊は独占欲が激しいみたいですねぇ」
 ウェアで隠されていない喉元や首筋の跡を見ての、亮一のからかいだった。
 ここに美桜が居ればさぞかし暴れることだろう。
 前を歩く和彦は軽く首を傾げた。
「蚊……?」
「ええ。美桜の首とか色んなところに」
「ああ……なんだ」
 理解したようで和彦は頷く。そして亮一のほうを振り向いた。
「ああいうのがあるほうが、美桜が安心するみたいだからな」
「…………」
 動揺すらしない和彦に「は?」と亮一は眉をひそめる。
「だから、わざとだ。キスマークだろ?」
「え、ええ……そ、そうですね」
「あったほうが嬉しいらしいから、わざと残すようにしてるんだ」
「はぁ……なんとも色気のない理由ですね」
「夢じゃないって確認できるから……だろ」
 ぽつりと呟く和彦の言葉に、亮一は「ああ」と納得する。
 昔の反動か、美桜は自分が幸せでいることをひどく疑うことがあるのだ。
 彼の心遣いに感謝すると同時に……亮一は「残念」と唇を尖らせる。
(面白くないですね……。和彦君は全然動揺しないですし……)
 からかって遊べるオモチャになったと思ったのに、彼は鉄壁のガードを崩しはしない。
(むぅ……どうやったら動揺するんですかねぇ)
 思案する亮一の視線に気づかず、和彦は地下室の扉に手をかけて開けた。



「気分はどうだ?」
 入って来た和彦に、美桜は微笑む。少し辛いが、ここだと多少は楽である。
「平気です」
「……無理はしないように」
「してませんよ」
 意地を張る美桜に、和彦は嘆息した。
 亮一は美桜の頭を撫でる。
「まあ一週間は安静にしててくださいね。この時期が大変なのは、美桜もわかるでしょう?」
「……う。は、はい」
 二人のやり取りを見ていた和彦は「うーん」と小さく唸った。
「一年に一度体調が悪くなる……か」
「? 和彦さん、何か疑問が?」
「いや、女性の……月に一度のあれに似ているなと、少し思って」
 わざと言葉を濁して言うが、美桜は顔を真っ赤にした。
「かっ、和彦さん!」
 思わず美桜が和彦を睨む。
「な、なんてこと言うんですかぁ!」
「……悪い。花粉みたいなものと言えば良かったな」
 にや、と笑う和彦に、美桜は「そういう問題じゃありません!」と喚いた。
 大声を出したので美桜がよろめいた。それを亮一が受け止める。
「み、美桜、無理は……」
「兄さんは黙ってて!」
 亮一を怒鳴りつけた美桜に、彼は瞬きする。ぐったりしているはずなのに、この元気はなんなんだ?
「ど、どう、して……あなたは時々そうなんで、すか……」
 意識が朦朧としてきたらしい美桜は、それでも足を踏ん張って和彦に言う。和彦は知らん顔だ。
「み、美桜! もうやめてベッドへ……」
「う、うぅー……」
 悔しそうな美桜を無理に担ぎ、亮一はベッドに運んだ。
 ベッドに横たわった美桜はぜぇぜぇと息を吐いた。
「もう……ほらみなさい」
 呆れる亮一の背後に立っている和彦を見ていた美桜は、むぅ、と頬を膨らませた。
 心配している亮一の後ろでは、腕組みしている和彦が小さく笑う。
 亮一は美桜の手を握った。
「兄さんが手を握ってますから、安心して寝てください。ほら、和彦君も握ってあげてください」
「……俺は遠慮する」
「和彦君……それくらいしてあげてくださいよ」
「あんたがいるのにそんなことをするつもりはない」
 きっぱりと言い放った和彦は部屋から出て行く。
 残された亮一は大仰に嘆息した。
「なんというか…………本当にマイペースですよねえ、彼は」
「…………そこがいいんです」
 微かに呟いた美桜は、亮一が帰れば彼がここに来るであろうことは……なんとなく予想していた。
 美桜は亮一に微笑む。
「いつもありがとう兄さん。でも私は、大丈夫だから」
 痛みを耐えた笑みではない。痛みなどどうでもいいのだ。
 亮一はそんな美桜を見て微笑する。確かに美桜は変わってきていた。確実に。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【0413/神崎・美桜(かんざき・みお)/女/17/高校生】
【0622/都築・亮一(つづき・りょういち)/男/24/退魔師】

NPC
【遠逆・和彦(とおさか・かずひこ)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、神崎様。ライターのともやいずみです。
 病弱が目立っていたので、話を前向きにさせていただきました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!