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■Crossing■

ともやいずみ
【0622】【都築・亮一】【退魔師】
 これは日常。
 その人にとっては些細なこと。
 その人にとっては大事なこと。
 そんな日常。
Crossing ―温泉喜劇?―



 神崎美桜の熱が下がったため、彼女と都築亮一と遠逆和彦の三人は温泉宿に来ていた。
 霊山のふもとにあるというその旅館に、和彦は渋い顔だ。
「よくお世話になるんですよ、この時期は」
 嬉しそうに説明する亮一に、和彦は嘆息する。彼はあまり気が進まないようだ。
 美桜は彼をうかがう。
「あの……温泉はお嫌いですか?」
「いや……温泉は好きだ。そうじゃなくて……何から何まで贅沢なのが嫌なんだ」
「贅沢でしょうか?」
「慎ましさがない」
 目の前に立つ旅館はそこまで大きくない。それなのになぜだろうか。そう思う美桜である。
 確かに美桜の家に比べると小さいものだが……和彦の目から見れば十分デカいのだ。
 和彦は亮一に視線を向ける。また呆れたように溜息をついた。
 一方美桜は、この療養中にあることを実行しようとしていた。この旅館の主人である叔父が蕎麦作りを教えてくれると言っていたのだ。なので、習得したいのである。
 宿の引き戸を開けて中に入る亮一に続く二人。和彦はうっ、という顔をして眉間に皺を寄せる。妖気が扉からむわっ、と出てきたのだ。
 亮一が笑顔で振り向く。
「ここは妖怪もOKの妖怪旅館としても有名なんですよ」
「…………」
 目を細めている和彦が、美桜のほうへ視線を移す。美桜は苦笑した。
「大丈夫ですよ。美桜が狙われても俺や君がいるんですから」
「……そういう問題じゃ……」
 何か言いたそうな和彦だったが、諦めたように深い溜息を吐き出した。
 どうも疲れる。
 すでに疲労を感じている和彦はわけがわからない。療養するのになぜわざわざこういう場所に来るのだろうか。
(おとなしく普通の温泉か……もしくは家で寝てるとかできないのか……?)
 こんなところに来れば安心できないのは誰が見てもわかることだ。
「まあまあ和彦君。大丈夫ですよ。君は心配しすぎです」
「……あんた……」
 怒りのような色を瞳に浮かばせる和彦を、美桜は不思議そうに見る。こんな和彦を見るのは初めてかもしれない。
 なにせ感覚が一般人に近いのは、この三人の中では和彦なのだ。彼が疲労するのも当然である。
「警戒しなくてもいいですから」
 明るく笑う亮一に、和彦は苛々したような表情をするが何も言わなかった。
 彼としては、もっと普通のこぢんまりとした温泉のほうがくつろげるのである。
「とにかく荷物を部屋に運びましょう。ね?」
 亮一の限りなく楽しそうな声に、和彦はげっそりしたように頷いた。



「そうだ。美桜、これを」
 亮一は部屋に着く前に美桜にあるものを渡した。
 受け取った美桜は怪訝そうにする。
 銀色のアクセサリーだ。実はそれはメリケンサックなのだが、美桜は気づかない。というか……知らない。
 亮一の作った怪しげなアクセサリーを見て彼女は首を傾げた。
「なんですか?」
「お守りです。絶対に外さないように」
「はい」
 美桜は嬉しそうにする。すぐさま和彦に見せた。
「とっても可愛いアクセサリーですね。ね、和彦さん」
「…………」
 彼はまた嫌そうな顔をした。渋い表情の和彦に美桜はおろおろする。
「あ、あの……?」
「…………」
「和彦くんにはこれを……」
 和彦の手を掴み、そっと……亮一は彼にハリセンを渡した。
「予備のハリセン君なんですが、君に使って欲しいです……」
「……………………いらん」
 すぐさま突っ返した和彦はスタスタと部屋に向かって歩いて行ってしまった。
 慌てて美桜が追いかける。
「か、和彦さん待ってください……!」
「…………」
 普段の彼からは想像できないくらいに足音が大きい。それほど彼は苛立っているのだろう。
 廊下を歩く際にすれ違った妖怪たちは美桜を見てにたりと笑みを浮かべるが、怒気を発している和彦の気迫に慌てて視線を床に落とした。
 案内していた店主が「ここです」と言った途端、彼は部屋のドアを乱暴に開けて中に踏み込んだ。すぐさま振り向いて店主に頭をさげる。
「お世話になります」
 だがすぐにきびすを返すと荷物をおろして窓際のイスに腰掛けた。非常に彼はご立腹、である。
「か、和彦さん……あ、あの……あの」
 彼の怒りにどうしていいかわからず、美桜は泣きそうになっている。
 亮一が来るまでまだ時間があるようだ。
 和彦は美桜のほうをじとりと見遣ると、手招きした。
「? は、はい」
 そろそろと近づいた美桜の腕を引っ張って、唇を合わせた。
 驚きに目を見開いた美桜だったが、彼の口から冷たいものが体内に入ってきて更にぎょっとする。
 彼の顔が離れ……美桜は首を傾げた。
「あ、あの……?」
 甘い雰囲気はない。そういう口付けではなかった。
「隠蔽や諸々の術をおまえに吹き込んだ。しばらくは一人で出歩いても大丈夫だろう」
「え……」
「…………」
 無言になって瞼を閉じる彼は「はぁ」とまた吐息をつく。
 兄や彼に、こういう時こそゆっくりして欲しいのに……和彦にとっては逆効果だったようだ。
 亮一が部屋に入って来た。
「おやあ、いい部屋ですね」
 途端、和彦がカッと目を見開き素早く何か唱えた。彼の周囲に防壁のような結界が出来上がったのだ。
「なにしてるんですか?」
「寄るな」
 不思議そうにする亮一に鋭くそう言うと、彼は再び瞼を閉じる。どうやら亮一を近づかせないようにしたらしい。
 亮一はくすんと小さく鼻をすする。
「なんでそんなに嫌うんですかね……」
「知るか。自分の胸に訊け」
 つーんとそっぽを向く和彦に、亮一は近づく。しかし見えない壁に阻まれた。
「なんの。これでも俺はお山のトップで……」
 亮一が結界を崩そうとするが、すぐさま和彦が別の詠唱を開始する。これではイタチごっこだ。
「こんなにいい宿なのに! 和彦君の意地悪!」
「うるさいっ!」
 そんな二人のやり取りを見て、美桜は苦笑いするしかなかった。



 美桜が温泉に行っている間、亮一は結界のすぐ側に座って和彦を見ていた。
「なにが気に入らないんですか?」
「全部」
 キッパリ。
 彼の声に迷いは一切なかった。
 相当彼を怒らせたことに亮一は初めて気づく。
「正気とは思えない」
「何がですか? 叔父の宿だから安心ですよ」
「そうじゃない。妖怪がウヨウヨしているところに泊まるおまえの感覚がおかしいと言っているんだ!」
「手出ししてくる妖怪はぶっ飛ばせばいいんですよ」
「莫迦者!」
 和彦が座っていたイスから立ち上がる。腕組みして、亮一を見下ろした。
「何がぶっ飛ばせばいい、だ! そんなことして何が可笑しい!?」
「いいストレス発散になりますけど」
 和彦のこめかみに青筋が浮かぶ。
 思わず亮一は視線を伏せた。逆鱗に触れてしまったのは、一瞬で理解できた。
 和彦は押し殺したような低い声を出す。
「…………どんな生き物だって、目の前にご馳走をぶら下げられたら思わず手が出るだろう。
 おまえはそういう卑劣な真似をして何が愉快なんだ? え?」
「卑劣……」
 和彦の言い方はかなりキツい。何もそんな言い方をしなくてもいいのに、と亮一は思ってしまった。
「宿に来ているということは、妖怪どももそれぞれ思惑あってのこと。有害無害は関係なく、俺たちのように癒されたいと思って来ているのかもしれないだろ!
 そこに餌をチラつかせて……手を出してきたらぶっ飛ばす?」
「か、和彦君、お、抑えて……」
「俺は知ってるぞ。おまえが、美桜に対して狙うような視線を向けた妖怪どもを見て『今年は面白くなりそうですね』などと……不埒なことを呟いたのを!」
「不埒……」
「面白くなりそうだと……? 最低だな」
 最後の言葉を強調して言い放つと、和彦は目を細めた。
「美桜に渡したのは五鈷杵を改造したものだな? おまえは美桜が危険にさらされるとわかってこの宿を選んだ。それが保護者のすることか?」
「いや、比較的安全ですから」
「ならなぜ武器を渡した?」
 追いつめるような和彦の口調に亮一は身を縮ませる。
 味方だと頼もしい存在も、敵にすれば恐ろしい。
「………………ここに滞在中は俺に話し掛けるな。虫唾が走る」
 本気で怒らせたようで、亮一は「ええー……」と蚊の鳴くようなボリュームの小さな嘆きを発した。



 美桜は不思議だった。
 廊下を歩いていても、妖怪たちは自分の存在に気づかない。
(和彦さんの……術、ですよね)
 安心する美桜はゆったりと風呂につかっていたのだが、隣の壁からぬっ、と妖怪が顔を出してきて思わず硬直した。
 妖怪は鼻をひくつかせ、壁を通り抜けてこちらにやってくる。どうも隣の妖怪専用の風呂からやって来たようだ。
(ひえぇ……ち、近いっ)
 そう思って黙っていると、ふいに美桜の手に妖怪が触れた。その手には亮一がくれたアクセサリーがあったのだが。
 妖怪があっという間に吹っ飛んで壁に叩きつけられた。まるで強力な衝撃を与えられたかのように。
(ええっ!?)
 驚く美桜は慌てて妖怪に「すみません!」と駆け寄って謝った。だがその声は、気絶している妖怪には届いた様子はなかった。

 部屋に戻ると重い空気にビクッとする。
 どんよりと暗い空気を出しているのは亮一だ。ついさっきまであれほど元気だったのに……一体この短時間に何があったというのか……。
「に、兄さ……ん……?」
「ああ……美桜……」
 ふふふと笑う亮一は、かなり憔悴していた。
「そういえば叔父さんが呼んでましたよ……? 何か用事があるんでしょう? 行ってらっしゃい」
「え、で、でも……」
 こんな兄を放っておいていいのだろうか?
 和彦のほうを見る。
「あの、和彦さん……」
「放っておけ」
 ぴしゃりと厳しく言い放った和彦は冷たい目で亮一を見遣る。亮一は自身の右と左の人差し指の先を合わせていじくる。
「べ、別に全部の妖怪にってわけでは……。いい妖怪とは楽しく過ごそうと思ってるんですよ……?」
「…………」
 ぎらっ、と和彦の視線が鋭くなる。美桜でさえ震え上がるようなものだ。
 一体兄は、彼をどうやってここまで怒らせたのだろうか……。
 亮一はすぐさま押し黙り、またもやしゅーん、と落ち込んだ。
 どうしようもない美桜は「じゃあ叔父さんのところへ行ってきます」と言って、部屋から出てしまう。
 部屋から出た美桜は、軽く嘆息した。
(なんだかすごく珍しいもの見ちゃった……)



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【0413/神崎・美桜(かんざき・みお)/女/17/高校生】
【0622/都築・亮一(つづき・りょういち)/男/24/退魔師】

NPC
【遠逆・和彦(とおさか・かずひこ)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、都築様。ライターのともやいずみです。
 今回は和彦の怒りに触れてしまったことに……。すみません。
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!