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■Crossing■

ともやいずみ
【0413】【神崎・美桜】【高校生】
 これは日常。
 その人にとっては些細なこと。
 その人にとっては大事なこと。
 そんな日常。
Crossing ―孤島の封印―



 家に居た和彦の元に、妙な荷物が届けられた。
 メッセージカードを添えられたそれは、神崎美桜の制服と鞄。そして船のチケットだった。
 カードを見て和彦は顔をしかめる。
『協力を請う。断れば美しき白い花が散る』
 そう書かれていた。



 着いたのは孤島だった。
 見えるのは六つの塔。その六つを繋ぐように高い塀がある。どうやら建物はあれしかないようだ。
 和彦と同じ船に乗っていたのは五人の男たち。どうやら退魔師や霊能力者のようだった。
 出迎えもないことから、六人は建物のほうへと向けて歩き出した。
「なあ兄ちゃん、おまえさんまだ若いんだから辞退してくれねぇかな」
 退魔師の一人が和彦に馴れ馴れしく声をかけてくる。肩に腕を回し、こそこそと耳打ちした。
「なあ頼むよ。なにもタダってわけじゃねえ。ちゃんと分け前はよこすから」
「…………」
 どうやら和彦以外の連中は金目当てでここまで来たらしい。
 和彦は無言で男の手を払いのけると建物まで急いだ。

 高い塀の一部に門のようなものがある。どうやらそこが入口のようだ。
 塀の中に屋敷があるのが、その門の隙間からうかがえた。
 門は開いており、ぞろぞろとメンバーが中に踏み込む。
 屋敷の扉は開いていた。
 扉を開けたそこに、一人の少女が吊るされている。
 細い管を腕につけ、両手首を鎖で縛られている彼女は神崎美桜だ。
 管からは彼女の血液が流れ、近くにある瓶に溜められている。失血死するには十分の量だ。
 和彦は顔をしかめると、影を刀に変えてすぐさま駆けた。だんっ、と跳躍すると天井近くの鎖を一瞬で斬り刻み、解放された美桜を抱えて着地する。
 血の気を失った美桜は紙のように白く、唇も乾いていた。
「美桜、しっかりしろ」
 美桜は和彦の声に薄く瞼を開いた。だがそれ以上は動けない。
 しかし美桜は囁きかけていた。心の中で。
 塀の外を占める植物たちに、少しだけ命をわけてくれるようにと。
 植物たちの生命エネルギーをもらい、美桜の中に活力が満ちてくる。
「あ……ぅ、和彦さん……」
「美桜……」
 安堵したように彼が息を吐き出した。
 美桜は荒い息を吐いて彼に礼を述べる。
「あ、た、助けに来てくださったんですね……ありがとうございます」
「気にするな。それより、無事で良かった」
 そこにぱちぱちと拍手が響いた。
 玄関ホールにそれが大きく反響していく。
 中央の階段を降りてきた紳士服の男は薄く笑っていた。
「ようこそ、皆さん」
「あんたか。わしらを呼んだのは」
 招待された霊能力者が声をあげる。紳士服の男は頷いた。
「その通り。あなたがたには6つの封印を解いて宝を探して欲しいのです」
「宝!?」
 若い退魔師がすぐさま反応する。
 紳士服の男の言葉に五人はすぐに従った。残された和彦は、美桜を抱えたまま男を見遣る。
「…………」
「さあ、どうしました? 早く行って封印を解いてください」
「…………」
 きびすを返す和彦は、美桜を降ろし、手を引っ張って歩き出す。
 屋敷の外に出て、美桜は心配そうにした。
「封印て、なんなんでしょうか?」
「……強力な悪霊の封印を解く気だろう」
「悪霊!?」
 和彦は頷く。そして美桜のほうを見遣った。
「……おまえも狙われている」
「私が!?」
「6つの封印を解いて、おまえを生贄に捧げる気だろう。おそらく」
「私を生贄に……?」
 青ざめた美桜は頬に手を遣り、それからきゅ、と拳を握る。
「そんな……悪霊の復活だなんて。いけません。絶対に止めないと」
「当たり前だ。そんなことになったら、大変なことになる」
「和彦さん、絶対に阻止しましょう!」
 美桜の言葉に、彼は慎重に頷いた。



「……お」
 ぺちぺちと何かが頬を叩く。
 美桜はうるささに眉根を寄せ、小さく唸った。
「美桜、起きろ」
 耳元で聞こえた声に美桜はうっすらと瞼を開けた。
「か……ず、ひこさん?」
 瞼を擦る美桜は、周囲を見回す。そこは自分の寝室だった。
 あの島から無事に帰って来れたのだ。
「いつ帰って来たんですか……? 私、憶えがないんですけど……」
「……? 俺は隣の家に居たが」
 不思議そうにする和彦に、起き上がった美桜は小さく笑う。
「なに言ってるんですか。島から帰ってからですよ」
「島?」
 和彦が眉間に皺を寄せる。
 彼はジャージ姿で目の前にいた。また鍛錬のようだ。
「すごいですね、和彦さん。帰ってきてからもすぐに鍛錬ですか」
「…………おまえ、大丈夫か?」
 怪訝そうにする和彦は美桜の額に手を当て、熱を測る。
「熱は……ないようだが」
「なに言ってるんですか。確かにあの島では……」
 そういえば、身体はどこもダルくない。
 美桜は不思議そうにした。
 あれほど血を抜かれていたというのに。
「あれ……?」
「あれ、じゃない。夢でも見ていたのか?」
「夢? あれがですか?」
 瞬きをする美桜はそういえばと思い至る。
 美桜の登下校にいつも和彦は付き合ってくれる。登校中にさらわれるなどというシチュエーションはまずありえない。
 色々と現実には無理な展開もあったような……。
「あの……島に行って、封印を解くのを防ごうと……したんですよね?」
「封印? なんの?」
 和彦は軽く首を傾げて疑問符を浮かべていた。

 美桜が朝食をとりながら全貌を話すと、彼は思わず吹き出して笑う。
「ははは……! そりゃすごい夢だ……っ!」
「な、なんでそんなに笑うんですか……っ」
 恥ずかしくなって美桜は頬を赤く染める。そんなに笑える内容だろうか?
 美桜が食事をする目の前で、和彦はコーヒーを飲みながら言う。
「前々から想像力がすごいとは思っていたが……ここまでとはな」
「な、なんですかその言い方……」
 ぷう、と頬を膨らませると彼はひらひらと掌を振る。
「四六時中おまえの傍にいるのに、なんでおまえがさらわれるんだ? 俺はおまえを放置した覚えはないんだが」
「うっ。そ、そうですけど……」
「だいたいなんだ。最初のメッセージ……えっと?」
「『協力を請う。断れば美しき白い花が散る』ですか?」
 ぶはっ、と和彦がまたそこで吹き出す。
「は、恥ずかしい文面だな……。美桜の制服を送りつけて何が『美しき白い花が散る』だ」
「わ、笑うところですか? ここ」
「断れば女の命はない、が普通だろ。なぜわざわざ遠回しに言うんだ? 無意味だろ。それに制服を脱がせて送りつけるなんて、とんだ変態だ」
 きっぱりと言い放つ和彦の前で、美桜が渋い顔をする。
「しかしとんでもない変態ロマンチストにさらわれたんだな、美桜は」
「さらわれてません! 夢ですから!」
「そう怒るな。おまえの夢なんだから」
 笑いを堪える和彦に、美桜はじとっとした視線を向けた。
「普通の人間の感覚でその文章を読むと『寒い』となるんじゃないか?」
「さむい、ですか」
「今時そんなこと言うヤツは、引かれるだろう?」
 我慢できなかったようで和彦はまた笑い出した。
「夢の中の俺はよく『気持ち悪いヤツだな』と思わなかったな! あはは!」
「もうっ! そこまで笑うことないじゃないですか」
「それにな、美桜は血を抜かれていたんだろ? なんでそんな回りくどいことするんだ? 一気にブシュー! と抜けばいいだろ」
「和彦さんへの人質だったんですから、殺すわけにはいかないのでは?」
「もう少しで危なかったんだろ? 俺が万一間に合わなかったらどうするんだ? そんなリスクを伴うことをするヤツはよほどの阿呆だな」
 確かに……。
 美桜はむぐぅ、と唸る。
「だいたい植物の生命エネルギーで動き回れるようになるわけがないだろ。人間は血を失いすぎると失血死するんだぞ?」
「ですから、生命エネルギーをもらったんですよ」
「根性で動き回れたら失血死は存在しない」
 血液は失ったままなので、動けること自体がおかしいのはわかる。
 しかし和彦の突っ込みは厳しいものだった。
 元々彼は現実主義者だ。仕方ないだろう。
「なんでそんなに否定するんですか! いいじゃないですか!」
「別に悪いとは言っていない。非現実的だと言っているだけだ」
「そ、そりゃ夢ですし……」
「俺と一緒に船で来たとかいう退魔師も……おまえの想像が影響されて貧相だしな」
「ひ。貧相……」
「強欲で金に目がないという時点で貧相だ。いや、実際金目当てでやってるヤツもいるだろう。
 だが美桜の夢に出てきたのは三流としか思えないぞ、どうみても。金で目の色を変えるようなヤツらが封印解除に役立つとは思えない」
「むむむ……」
「おまえを生贄にするというのもおかしな話だ。確かに美桜の能力は希少だとは思うが、それが生贄に適しているかどうかは別問題だ。
 だいたい生贄に使うのは穢れなき乙女が定番。美桜ではその条件に当てはまってないから、封印を壊すのに最適とは思えない。中途半端な封印解除では、火傷するのがオチだ」
「じゃ、じゃあ和彦さんだったらどうするんですか……?」
「俺の場合はまず土地に働きかける。そういうのは手順がきちんとあるからな。
 生贄を捧げるなら、俺は女の赤ん坊をさらって捧げるぞ」
「あ、あかっ、赤ん坊!?」
「どちらにせよ女だな。生娘がいいだろ」
「な、なあ!?」
「あとは……そうだな。それが用意できないなら大量の人間でもいいかもしれない。質より量の場合もあるからな」
「量?」
「よく聞くだろ。大量の人間の生き血が復活に必要だ、とか」
 さらりととんでもないことを言う和彦。
 コーヒーをすする彼は顔色一つ変えなかった。
「ひ、ひどいです……! 和彦さんがそんなことするなんて!」
「莫迦者。誰がそんな非道なことをするか」
 すぐさま言い放った彼の言葉に美桜は安堵した。
 美桜は紅茶を飲む。
「で、でも私はよく貴重だとか言われるんですが……」
「死者復活の儀式や術は、存在はしている。美桜は手っ取り早く、簡単にできるインスタントなだけだ」
「い、インスタント?」
「手間がかかる本場のラーメンより、お湯を入れて三分のほうが人間は楽だからな。楽なほうを取りたいと思うから、美桜を狙うだけだ」
 がーんとショックを受ける美桜を見て、和彦はまた吹き出しそうになっていた。
 彼は言った。
「夢の中くらい大冒険しても、罰は当たらないからな」
「……もし、私がさらわれたら助けに来てくれます?」
「助けに行くが…………まず、美桜はさらわれたりしない」
 はっきりと言い放った彼は、飲み終えたコップをテーブルの上に置いた。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【0413/神崎・美桜(かんざき・みお)/女/17/高校生】

NPC
【遠逆・和彦(とおさか・かずひこ)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、神崎様。ライターのともやいずみです。
 す、すみません。夢オチに……。
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!