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■梅雨前の大掃除■

伊吹護
【5655】【伊吹・夜闇】【闇の子】
「そろそろ、やらないとねぇ……」
 パンドラの定休日。
 針のような小雨に濡れる久々津館の中で、レティシアは窓際に座り、霧に煙る庭を見ながら呟く。大きなため息が漏れ出た。
「いつもならもう終わってますからね、梅雨入り前には」
 その呟きに応えるように語りながら、いつもと同じように気配を立てぬまま、黒衣の男――鴉が現われる。
「水菜を買ってきたりして、どたばたしてたものね。とはいえ、やらないでそのまま、ってわけにもいかないか――あれは」
「半年に一度はやっておかないと、大変なことになりますからねえ」
 ため息が止まらないレティシアに同意するように、鴉が言葉を合わせた。
 ただしかし、その立ち居振る舞いも、帽子の陰でよく見えない表情も。
 こちらは状況を楽しんでいるようにしか見えなかった。
「だよねえ。今年は、人でも頼もうかしら――棚卸し」
 棚卸し。
 そう、二人が語る『あれ』とは――棚卸しと名のついた、館の大掃除だった。
 年に二度、年末と、この時期。
 いつもなら梅雨の来る前に行うそれは、館にとって一大イベントだった。
 まず第一に、傍目に見てもそこそこの大きさがあるこの館。実は地下や謎の部屋などがあってかなりの広さを誇っている。
 そして、何よりも。
 館のいたるところに並ぶ、数々の、大小さまざまな人形たち。
 その数もさることながら。
 一部の人形たちは、自ら勝手に、動き回る。
 館から出て行くことは、そう簡単にできないようにはなっているのだが。
 半年も放っておけば、どれが、いや、誰がどこにいるのか。
 果たして本当にいなくなってはいないのか。
 確証など、なくなってしまう。
 だからこそ、必要なのだった。
 それにこの時期、湿気が高くなる前に、一度(普通の)人形たちの状態もチェックし、きっちりと世話をしておく必要もある。
 ただそれは今年、既に手遅れになりつつはあるが。
「んじゃ、さっそく――人手募集してみるか。まずはうちの店に貼り紙でもして。後は、知り合いの店なんかにも出してみますか……」
 そうして、次の日には。
 例の如く、ティークドールショップ「パンドラ」の壁に、こんな貼り紙が貼られることとなった。
 『アルバイト募集
   業務内容:
   久々津館内の大掃除、人形整理、棚卸しの手伝い。
   体力のある方、または人形の扱いを丁寧にしていただける細やかな性格の方、歓迎。
   報酬は日給で、応相談。一万円以上保証。
   ※数日に渡る場合もあります。』
梅雨前の大掃除

 梅雨の合間、気持ちよく晴れた日。
 いや、気持ちよくというと語弊があるかもしれない。
 雨は降っていないとはいえ、雲がないとはいえ。
 そこは、梅雨の合間の日本。
 肌を伝ってくるねっとりとした空気は、暑さを数倍にも感じさせる。
 とても、作業に向いている日には思えないけれど。
 今日は、久々津館の大掃除。
 と同時に、棚卸しと整理をする日だった。

「暑くなりそうですな」
 長い長いその一日は、鴉のその一言から始まった。

 そこは、集まった面々には見慣れた場所。
 久々津館の玄関ホール。

 黒衣の男、鴉。
 アンティークドールショップ『パンドラ』のオーナー、レティシア。
 人形博物館の受付、兼久々津館内雑務をこなす、人ならざる者、炬。
 同じく雑務をしている、ゴーレムの水菜。

 そしてここから先は、バイトの応募を見て来た者たち。
 『パンドラ』の常連で、もうすっかり顔なじみになった、アリス・ルシファール。
 アリスの姉(という扱いになっている)駆動体のアンジェラ。
 すっかり炬の友人として、久々津館にもよく出入りしている、伊吹夜闇。
 夜闇の分け身である、もう一人の夜闇と言える夜闇人形。
 総勢、七名。プラス、人形一体。
 炬と水菜、そしてアンジェラを一人として数えていいのかどうか、またそもそも闇の子であり数百年を生きている夜闇を人間として扱っていいのかなど色々疑問点はあるが、まあ気にしてもしかたがないことだ。
「アリスちゃん、夜闇ちゃん。手伝い来てくれて、ありがとね。誰も来なかったらほんと今年はどうしようかと思ってたのよ。いっつも毎年、数日かけて、それでもまともに終わらないことも多くてね……」
 他の六人と一体に正対するように立っているレティシアが、アリスと夜闇に向かって言う。見る者を惚けさせてしまうような笑み。
 でも、アリスは見逃さなかった。台詞の最後で、軽いため息が漏れるのを。
 去年のことを思い出したのだろう。よほど、大変な作業だったに違いない。
 それでもアリスの心は、どちらかといえば浮き立っていた。
 そしてそれは、夜闇も同じだ。
 二人とも、人形に関する興味はかなり強い。
 異形のものや異常な現象にも耐性がある。と言うより、そういったモノの中に身を置いている。
 これから始まるのは、おそらく、ただの見学では得られない体験。
 大変だろうと思いつつも、楽しみな気持ちのが上回る。
 そんな二人を巻き込んで、年に一度の大掃除が始まった。

「まず、これが棚卸し用のリストね。何度も博物館内見てもらってるから分かると思うけど、基本的には部屋別のリストになってる――つまり、地域と、年代の別ね」
 そう言うと、レティシアは抱え込んだ紙の束を机の上に積み上げた。
 机を挟んだ向かいには、アリス、夜闇、炬。そしてなぜか炬の肩の上に夜闇人形が座っている。どうもその場所の居心地がいいらしい。
 ところ残りの鴉、アンジェラ、水菜はどうしているかというと。
 そちらは、館内の大掃除を始めているはずだった。
 ホールに集まった直後。レティシアから具体的な説明があり、まずは鴉が指示する大掃除組と、レティシアが指示をする棚卸し組に分かれることになったのである。
 そして今回の面々、肉体労働に向いている者は少ない。それでも一同の中から、鴉、そして力は強いゴーレムの水菜、さらにアンジェラがついていくことになった。最初は見た目から判断したのか、レティシアはアンジェラにも棚卸しをさせるつもりだったらしいが、水菜と同じように彼女もまた人ならぬ者としてかなりの膂力を持っている。実際に受付のカウンターを持ち上げて見せれば説明などするまでもなかった。
 今頃は、空調が効いているとは言え、汗水垂らして掃除をしていることだろう――
 いや。
 あの三人? が汗水垂らして――どうにもそれが想像できない。アンジェラや水菜はありえないし、かといって鴉のそんなところが頭に浮かぶかというと――二人以上に考えにくい。
 アリスの口から、思わずくすりと笑みがこぼれてしまう。
「どうかしたのですか?」
 隣の夜闇が不思議そうな顔で問いを投げかける。
 慌てて、首を振る。特にたいしたことはないのだと。ただ大掃除組の三人の様子を想像すると、ちょっと奇妙なその光景に、思わず吹いてしまったんだんと話す。
 小首をかしげて、良くわからないといった風の夜闇。アリスから見ても、きゅっと抱きしめたくなるような、絵になる可愛さだ。
 ううん、なんでもない、と言って紙束の一部を受け取る。
 二人に任されたのは、レティシア、炬と手分けしての棚卸しだ。リスト化されたこの紙束をもとに、各部屋を回る。一覧にあるものはチェックして、状態に気になるところがあればそれを書き込む。簡単な埃取りなどはやってもいいらしい。また、そこにいないはずの人形がいた場合には、それも書き込む。
 その作業を進めていって、居ない人形、また別のところにいる人形を、あるべき場所に戻していくのだ。
 基本的には、チェックしていくだけ。
 滅多に異常などないはず。
 なんだけどね。
 と、レティシアは今度ははっきりと分かるほど深いため息をつく。
「二人ももう分かってるだろうけど……ここの子達は、普通じゃないのもたくさんいるから。厄介な子は厳重に閉じ込めてあったりもするけど、そうでないレベルの子は比較的自由にさせてるから、収拾がつかなくなっっちゃうのよね……」
 俯いた状態で、一拍間が空く。
「でも、今年はお手伝いがこうして二人も来てくれたし、きっと何とかなるはず! よろしくね」
 顔を上げると、これでもかと言わんばかりの、大輪の花が咲いたような笑顔が溢れる。
 去年の苦労が思い偲ばれる笑顔だった。
 それはともかく。
 受け取った紙束を胸に抱えて。
 二人はそれぞれ、館内に散っていくのだった。

 夜闇は、相変わらずダンボールと共に移動していた。
 夜闇人形も炬の肩から移ってきている。
 そしてそのダンボールの中には、夜闇の小さな腕に余るのではというほどの紙束。
 レティシアはもっと少なくても、と言ったのだが、夜闇人形が必死にアピールして、他の皆と同じだけの量をもらってきたのだった。
 レティシアが心配するのは分かる。普通に作業をしたら、夜闇のペースでは半分も終わらないだろう。
 ただ、夜闇はただの子供ではない。その見た目、喋り方などからは想像もつかないが、齢数百年を越える存在である。考えはあった。
 最初の部屋へ着くと、床にぺたりと座り込む。そうすると、身体は完全に隠れてしまい、そこにはただダンボールだけがあるようにしか見えない。
 ダンボールの中で、夜闇は手を動かし始める。
 何かをこねているような手つき。
 やがて。
 動かしている手の平の内側の闇が、濃くなってくる。まるで、何かを形作るかのように。
 そしてそれは、いつの間にか――黒い闇で作られた、くまのぬいぐるみの形を取っていた。そのくまのぬいぐるみは、ダンボールから飛び出すと直立不動の態勢を取る。
 続いて、なおも闇をこねる夜闇。
 数十分後には。
 ダンボールの前には闇でできたぬいぐるみ、人形たちが並んでいた。その数、総勢五体。
 夜闇はそれらを一つずつ数えながら、頭を撫でていく。ただ可愛がっているわけではない。手を離すと、その小さな手と人形たちとが、黒い、これも闇でできた糸と繋がれていく。
 これを使って、リストにいない人形の在り処を探していくのだ。その間にゆっくりと夜闇と夜闇人形とが部屋のチェックをしていく。それが夜闇の作戦だった。
「それじゃ、お人形さんたち、お願いします」
 一体一体に、探さなければならない行方不明の人形たちの資料が手渡される。闇をこねている間に、夜闇人形が調べてきたものだ。
「お手伝いするのです……迷子の方は私のお人形さんにお任せなのです……異次元に通じる場所などがあると困るのですけど」
 夜闇のその声を合図に、とたとたとた、と一斉に駆け出していく闇の人形たち。
 それを見送ると、夜闇人形とともに、残りの紙束を抱えて歩き始める。後はこの作業の繰り返し。この久々津館、見た目よりも構造も複雑で何があるか分からないが、闇の糸が繋がっている限り迷うこともないはず。糸を通じて帰ってくることができるし、この糸、何かあれば夜闇にすぐ伝わるようになっている。それでも口に出したとおり、異状があったら困ることに違いはない。何もなければいいのだけれど。
 心配は多少あるが、これで準備は一段落。
 改めて、ゆっくり、じっくりと人形の一つ一つを見て回る。
 時にはそっと取り出し、埃を払ったり、傷つけないように細心の注意を払いながら、そっと撫でてみたり。
 人形に思い入れのある夜闇にとって、それはただの見学では得られない格別の体験だった。
 人形というのは、不思議なものである。例えそれほどでもない作りの素朴な布人形だとしても、いや、逆にそういったものこそが、作り手の強い思いを受けていたりもする。その不揃いな肢体が、歪んだ表情が、切々とその人形が作られた当時の世情を、心情を語りかけてくる。
 似たようなものだとしても、大事にされるうちに表情が違って見えたりもする。
 本当に、楽しい。
 そう思えた。
 やがて、探しに出ていた闇の人形たちも、ぽつりぽつりと戻ってくる。ある者は自分と同じくらいのサイズの人形を背負って。ある者は、何か通じるところでもあったのだろうか、探す相手であるその人形と並んで歩いてきたり。
 そう、消えた人形のほとんどは、意識を持ち、勝手に出歩いていた人形だった。長い間大事にされたり、作られるときに尋常ならざる思いなどを受けた人形は、時にして自らの意志を持つようになる。この人形博物館には、そういったものも意図的にかなりの数が集められているようだった。
 話をできるような人形もいて、雑談もしたり。
 ほつれができた人形を見つけては、レティシアに許可を得て、簡単な補修をしたり。
 そんなことをしているうちに、時間はどんどん過ぎていって。
 いつのまにか、館の外では陽が傾いているようだった。
 もう何度繰り返しただろうか。そろそろ終わりも見えてきていた。
 そんな時だった。
 闇の糸のうち――一本の感触が、ぷつりと消えた。
 繋がりが、絶たれた。
 親指と繋がっていたはずのその先には、最初に作ったあのくまのぬいぐるみがいるはずだった。
 何か、あった。それだけは間違いない。
 慌てて、夜闇人形と共に糸の痕跡を追いかける。切れたところまで。
 部屋を越え、廊下を越え。角を曲がり。
 糸はそして、階段へと続いていた。降り階段。
 近づく。階段の先は、真っ暗である。闇の子である夜闇にとってそれは特に恐怖の対象でもなんでもない。だけれど。
 足が重い。
 感じる。分かるのだ。
 闇が、濃い。
 これは――自分と、似たような存在の、闇の重さ。闇にまつわる異形の持つ、生きた闇の空気。
 それでも、ゆっくりと階段を降りて。床にたどり着く。
 地下は、明らかにこれまでと違った。
 古いながらも細かく掃除されていた地上とは違い、埃が相当積もっている。
 短い廊下を歩くと、扉が見える。
 少しだけ、開いている。闇の糸は、その中に消えている。
 そして。
 ――そこで、止まっておきなさい。
 低い、枯れた声が。
 扉の向こうから、漏れ出てきた。
 ――奇妙なモノがいると思って捕まえてみれば――君の作ったものか。
 立ち止まり、小さく頷く。
「くまさんを、返してください」
 顔をあげ、扉の先にいるはずの、その声の主に向かって言い放つ。
 ――いいだろう。こんなものに興味はない。ヒトへと繋がらないものなど。戻るがいい。ここには、君にとって得るものはないだろう――今のところは。
 その声が消えると同時に。
 扉の隙間から、くまのぬいぐるみが歩いて出てくる。
 夜闇はその子を両手を広げて、抱えるように迎え入れると、ぎゅっと抱きしめた。
 そのまま、一緒に階段を戻る。

 元の部屋へ戻ると、レティシアが待っていた。
「どこへ行ってたの? あ、もうほとんど終わったのね。じゃあ、ちょっと休憩しましょう。アリスちゃんが、美味しい紅茶を淹れてくれるって言ってるし」
 見ると、その向こうからアリスが微笑んでいた。
 ダンボールと、くまのぬいぐるみと。夜闇人形も連れて。
 夜闇は駆け出した。例によって、転びそうになりながらも。
 さっきの出来事は少しだけ、頭の隅で気になっていたけれど。
 それも含めて、今日のことは忘れないだろう。
 この後飲んだ紅茶の美味しさと、アリスの歌の相変わらずの美しさも。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

【5655/伊吹・夜闇/女性/467歳/闇の子】
【6047/アリス・ルシファール/女性/13歳/時空管理維持局特殊執務官/魔操の奏者】

【NPC/レティシア・リュプリケ/女性/24歳/アンティークドールショップ経営】
【NPC/炬(カガリ)/女性/23歳/人形博物館管理人】
【NPC/鴉/男性/30歳/よろず人形相談・承ります】
【NPC/水菜/女性/1歳/雑用兼研究対象】
【NPC/ハロルド・リュプリケ/男性/60歳/洋館・久々津館オーナー】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは。再度のご依頼ありがとうございます。
 大掃除と言いつつほとんど大掃除ではない今回のお話、いかがでしたでしょうか。
 次の展開は現在、色々と構想を練っております。
 もしまた機会がありましたら、是非是非よろしくお願いします。